第12章「バロン城決戦」
U.「人を超えた存在/人から逃げた者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城内・謁見の間

 

 

 

「・・・戦うしかない・・・?」

 ベイガンがゆっくりと噛み締めるように、セシルの言葉を反芻する。
 直後、激昂して声を荒らげた。

「元々そのつもりだったのでしょう!? 我らを倒し、王を殺し、そしてこのバロンの新たな王にでもなるつもりか! かつてカイン=ハイウィンドが望んだように!」
「そんなつもりは毛頭無い!」
「ならば何故、貴様はここにいる!? セシル=ハーヴィ!」

 叫びつつベイガンがセシルに向かって突進する。
 セシルさん! とポロムが叫んだが、その叫びは2つの剣の激突にかき消された。

 ぎいいいいんっ!

 ベイガンの “ディフェンダー” と、セシルの “ライトブリンガー” が激突して激しい音を立てる。
 その音をかき消すように、セシルは答えの叫びをベイガンに返す!

「護りたい人が居る! 護りたかった人が居る! そのためにこの手を血に汚しもした! 悩み、苦しんだ挙句に後悔もした!」

 セシルの剣がベイガンの剣を押し返す。
 それは力で、というよりはセシルの気迫がベイガンを圧倒しているかのようだった。

「今、僕がここに居るのは後悔してきたからだ!」
「後悔しないためにここにいるだと! そんな青臭い理由で―――」
「そうじゃない! 後悔しないためじゃない! ただ、後悔して―――それだけで終わらないために、僕はここに居る! ベイガンッ!」
「ぐうっ!」

 セシルが剣でベイガンの剣を振り払う。
 ひらり、とベイガンは後ろに跳んでセシルと間合いを取った。

「ベイガン! ゴルベーザはどこだ!? 王も国も関係ない! あいつが全ての黒幕だろう! だからアイツを倒せば―――」

 言いかけて、ふとセシルは何か引っかかっていることに気がついた。

(黒幕・・・? そう、確かにゴルベーザは黒幕のはずだ・・・はずだ、けれど)

 不意に、セシルの中で黒い疑惑が急速に膨れあがる。
 ゴルベーザが黒幕・・・確かにあの男が現れてから、バロンはおかしくなったように思う。
 クリスタルを巡るバロンの異変は、あの男が関与していると考えて間違いないだろう。だが。

 何かを忘れている。見落としている。そんな懸念がセシルの中に渦巻いて―――

「クッ・・・ゴルベーザ様を、軽々しく呼び捨てて欲しくはないですな!」

 ベイガンの台詞で思考を中断する。
 意識を思考の世界から、現実へと引き戻してベイガンに目を向ける。

「もう一度聞く。ゴルベーザは・・・」
「あの方はここには居られませんよ。今頃はエブラーナの城を陥落させている頃でしょう」
「・・・エブラーナ、か」

 在る程度、予想はしていた。だからセシルには驚きがなかった。
 その一方で、違和感も覚える。

 例えばセシルだったら、ゴルベーザと同じようにエブラーナを攻めるだろう。
 エブラーナがバロンに攻め込んで、しかもそれを撃退した直後だ。今、飛空挺の機動力でエブラーナの城に攻め込めば、容易く攻略することが出来るだろう。後々のことを考えても、ここでエブラーナを叩いておくのは間違いではない。

 しかし、エブラーナにはクリスタルがない。
 残された最後のクリスタル。土のクリスタルはトロイアにある。今までのゴルベーザの行動からして、クリスタルの奪取を優先させる可能性が高いかとも思ったが。

「だが、そんなことはあなたには関係ありません! 何故ならば―――」
「 “ここで、死ぬからだ!” なんて台詞は陳腐するぎるから止めてくれよッ!」

 ベイガンの言葉の先回りしつつ、セシルはベイガンに向けて聖剣の切っ先を向ける。
 ぬう、と近衛兵長の顔が歪む。図星だったらしい。

「聖なる剣に秘めたる意志よ!」

 解りやすい相手の反応に苦笑しながら、セシルは剣に意識を込めて、剣に込められた力を―――

「その意その力、我が意我が力となりて解放せよ!」
「余興はここまでだ! 全員、かかれぇっ!」

 セシルが聖剣から力を解き放つと同時、ベイガンが両脇に控える部下達に号令を掛ける!

 ライトブリンガーから放たれる光撃がベイガンに直撃する―――のにも構わずに、八名の近衛兵がセシル達に向かって殺到する。
 さらに。

「クッ・・・見くびって貰っては困りますね。この程度で―――」

 聖剣の一撃を受けながらも、ベイガンは平然としてセシルを見返す―――見返したところで、目を見開く。

 ざむっ!

 ベイガンがセシルを見返した時、セシルはすでに近衛兵の一人を切り伏せていた。血しぶきを上げながら、その場に膝をついて、そのまま倒れる。

「せぇああああああああッ!」

 その隣の近衛兵を、ヤンの蹴りが打ち倒していた。
 悲鳴もなく、ベイガンの立った位置よりも後ろへと吹っ飛ばされて、地面に墜落する。ごん、と鈍い音がベイガンの耳にハッキリと聞こえた。しばらくは起きあがってこれないだろう―――打ち所が悪ければ永遠に起きられないかもしれない。

 ぎぃんっ!

 という金属音に目を向ければ、フライヤが近衛兵の一人を槍で串刺しにし、素早く抜いた槍で、近衛兵2人の剣を捌き受け流していた。

 八人いたはずの近衛兵が、あっという間に五人、一気に半数近く減ってしまった。
 並の雑兵ならばいざ知らず、近衛兵はバロン軍の中からも時に選りすぐられた優秀な兵―――のはずだった。それがあっさりと倒されている。

「ば、莫迦な・・・私の部下達がこうもあっさり・・・?」

 などと、ベイガンが呆然としている間に、残りの近衛兵も倒される。
 内訳はセシルに斬られたのが2人、フライヤに串刺しにされたのが3人、ヤンに殴られたのが3人だ。
 一応、セシルもフライヤも急所は外していた。すぐに手当をすれば死ぬことはないだろう。ヤンが殴った兵も、よっぽど運が悪くない限り、死ぬことは無い。

 だが、少なくとも今この場では戦闘不能のはずだ。

「ふう・・・思ってたより数が少なくて助かったな」

 一息ついてセシルが呟く。
 ベイガンや近衛兵が王を護っているということは、予想するまでもなく当然のことだとセシルは思っていたが、数はもっと多いと思っていた。近衛兵団全員が動員されていてもおかしくない―――というより、総動員されていなければおかしいはずだった。

「くっ・・・おかしい・・・どうして、こんな・・・私の有能な部下達が・・・」
「僕にしてみれば、その理由がわからない君がおかしいんじゃないか?」

 困惑するベイガンに、セシルは肩を竦めて頭を振る。
 相手を馬鹿にしたような仕草―――ではなく、とても苦々しい表情で、心底訝しんでいる。

「なんだと・・・!」

 だが、ベイガンは素直に馬鹿にされたのだと感じたのか、怒りを露わに激昂する。

「・・・確かに近衛兵は有能だ。バロンの中でも選ばれた人間が最高の教育訓練を受けた近衛兵は、例えば傭兵まがいの陸兵団の団員に比べても、剣技、知能、品格・・・何をとっても遙かに上だ」

 ベイガンとは正逆に、セシルは冷めた様子で淡々と事実を述べていく。

 王の身の回りを守護する近衛兵は、例えば何らかの式典等の時も、王のすぐ傍に控えることが多い。それはつまり、公式の場において、人々が最も注目する、そのすぐ場所に存在すると言うことだ。
 だから、近衛兵はいついかなる時でも無礼が無いように、戦うこと以外にも高度な教養を必要とされる。

 ちなみに騎士の位を持つ者も、公の場に出ることが多いので、最低限のマナーを必要とされる。
 だが騎士とはいえ、印象の悪い暗黒騎士であり、しかも平民あがりで孤児でもあるセシルは、本当に必要最低限の礼儀作法しか身に着けていない。そのため、城で開かれる晩餐会だの舞踏会だのに出席した時には、いつもカインやローザに助けられていた。身分の高い生まれでもある2人は、幼い頃から教育を受けていたために、当然、礼儀作法も一級品だ。

 さらに蛇足ではあるが、バロン王オーディンも礼儀作法には煩くない方で、ベイガンにフォローされることも少なくなかった(とはいえセシルよりは遙かにマシだが)。だから、貴族や高官の提案で毎月のように行われる舞踏会には辟易していたらしい。

 逆に、違う “ぶとうかい(武闘会)” はよく開きたがっていて、しかも自分が出たがるので、逆にベイガンや高官達を辟易させていたが。

「近衛兵は有能。だけど、だからといって戦闘力が高いとは限らない。戦闘に特化している分、陸兵団の方が強い場合もある―――それにここにいるのは、ファブール最強のモンク僧と、一騎当千と謳われるナインツはプルメシアの竜騎士。そっちに分があるのは数だけだよ」
「つけ加えれば、バロン最強の剣もこちらに居るしな」

 フライヤが付け加えると、セシルは決まり悪げに頭を掻いた。

「・・・他人を賞賛するのは平気なのに、どうして自分を褒められるのが苦手なのでしょうね」

 フライヤたちの後ろでポロムがセシルをみながらぽつりと呟く。
 すると聞いても無いのに隣の片割れが答えた。

「そりゃ簡単。オイラのように天才じゃないからさ」

 にかっと笑うパロムの顔をちらりと見やり、ポロムは大げさに嘆息して見せた。

「もう1つ。 “盾” たる貴様が足止めされたのが一番の大きな敗因であり、我らの勝因でもある」

 ヤンがベイガンを指さして告げる。

 セシルの攻撃が目くらましとなって、ベイガンは戦況を一瞬見失った。
 その一瞬で、兵の3人が倒され、それを見て呆然としているうちに残りの兵も倒された。

 ベイガン自身も近衛兵と連携をとって攻撃していれば、或いは的確な指示を出せていれば、また戦況は違ったかもしれない。

 だが、ベイガンにできたのは突撃命令だけ。
 指揮官としてベイガンは無力であった。

「・・・ふっ・・・・・・そうですか」

 不意にベイガンの表情が変わる。
 怒りに朱くなっていたのが、その怒りが抜けて、不気味な薄ら笑いへと転じた。

「やはり、戦闘に関してはそちらが一枚上手、というわけですか・・・」
「それだけじゃない」

 ベイガンの言葉を軽く否定するように、セシルは冷淡に―――しかしその口元は苦々しく、歯をかみ合わせて続ける。

「近衛兵の数も少なかった。装備だって鎧の1つも身に着けていない。それに、近衛兵の動きも少し妙だった。動きに精細がなかったし、何よりも声がなかった」
「声?」

 そう尋ね返したのはベイガンではなくヤンだった。
 セシルはヤンの方を振り向かず、笑みを浮かべたままのベイガンに向いたまま軽く頷く。

「斬られても殴られても悲鳴1つ無かった。幾ら訓練されてるからって、声の1つも上げないのはおかしい」
「おかしいのはそれだけじゃあないぜっ!」

 いきなりパロムの大声がその場に響き渡った。
 反射的にセシルはパロムの方を振り向くと、少年はちっちっと指を振って、にやりと笑っていた。

「・・・あ」

 思わず振り向いたセシルは、慌ててベイガンの方へと向き直る。
 敵を目の前にして、敵から視線を反らせば、その隙を衝かれて殺されても文句は言えない。

 だが、ベイガンは身動き1つしていなかった。
 笑みを浮かべたまま、こちらを眺めたまま―――見つめる、と言うよりはなにか遠い所にある “なにか” を見るように眺めていた―――動かない。

「さっきから妙な “ニオイ” していたんです。それも貴方達から―――そのニオイが、あまりにも場違いなので、今の今までなんのニオイか解りませんでしたけど―――」

 これはポロムの声だ。
 その声を聞きながらセシルは匂いに意識を集中してみる。
 だが、慣れ親しんだバロンの城の空気に入り交じった生臭い血臭くらいしか解らない。

 ―――たわけ! ニオイというのは単なる比喩じゃ! ヤツらの “存在” を感じてみろ! 暗黒騎士でもあるお主なら解るじゃろう!

 不意にライトブリンガーに秘められたエニシェルの意識がセシルの頭の中でがなり立てる。
 頭の中に響く声に顔をしかめながらも、セシルはベイガンに意識を向ける。 “存在” を感じてみろ! 等と言われても良く解らなかったが。

(・・・・・・これは・・・?)

 おぼろげながら、セシルはベイガンに何かの気配を感じた。
 それも、覚えのある感覚に似ている。

(これは・・・この感覚は、ダークフォース!?)

 暗黒騎士が扱う闇の力。
 それにとてもよく似た黒い力が、ベイガンから感じられる。

「おっさん! あんたら “魔物” だろ!」
「え・・・!?」

 パロムの声に、セシルは思わず振り返りそうになるのを何とかこらえる。
 魔物呼ばわりされながらも、しかしまったく動じないベイガンを、困惑したまま見ながら口を開く。

「ちょっと待って、ベイガンは―――」
「ずるいですわ! するいですわよパロム! 今、いっしょに “せーの” で言おうって!」
「へへーんだ! そんなの言ったモン勝ちじゃんか! ポロムがグズなのがいけないんだーい!」
「だっ、誰がグズですかッ。酷いですわ、とおっても酷い暴言ですわ! ねえ、セシルさん!」
「・・・えーと」

 後ろで展開されているいつもの双子ゲンカを頭の中に想い浮かべながら、セシルは困ったようにベイガンを見る。

「ええっと、ベイガンって人間だよね?」

 我ながらとてつもなく馬鹿みたいな質問をしていると思ったが、他に言葉が出てこなかった。

 だが、ベイガンはそんなセシルの問いに、ふっ、と鼻で笑ってから答える。

「くっくっく・・・・・・そう、私は力を手に入れたのです。ゴルベーザ様から頂いたとても素敵な力をね―――」
「ベイガン、君は―――」
「その力を得るために、私は自ら人間をやめたのだッ!」

 ごうっ!

 と、いきなりベイガンの身体が膨張する。
 体中の筋肉が盛り上がり、身体のサイズが一回り大きくなる。服が破けるほどではなかったが、それでも身に纏っていた軍服のボタンは弾け、石床に落ちて小さく音を奏でた。

「な・・・」

 セシルが息を呑む。
 ベイガンの変化は身体の膨張だけではなかった。

 その様相も人のそれとは大きく変化している。身体の膨張で服の端々からはみ出た肌の色が健康的な肌色から薄気味悪い紫色へと変化して、見た目の質感も人の肉と言うよりは、爬虫類のぬめりとした皮膚のようになっている。
 頭も人のそれであったものが、目がぎょろりと半分外にはみ出てて、口先は尖り、それこそトカゲかなにかの爬虫類のようだ。だが、人とは全く異なりながらも、その顔は何処か元のベイガンの面影がある。
 そして両腕が人の腕ではなく、巨大な蛇となっていた。蛇が腕のようにベイガンの肩口から生えて、蠢いている。それ自身が意志を持っているのか、右蛇はベイガンの剣 “ディフェンダー” の柄を加えたままだが、空いたもう一方の蛇が、時折セシル達の方を向いて「しゃーっ」と牙を見せて威嚇してくる。

「どうです? この素晴らしき姿は! この素晴らしき力を手に入れるため、我らは人の姿を捨てたッ!」
「まさか・・・我らって・・・!」

 セシルの嫌な予感は的中した。
 倒れていた致命傷を受けて倒れていた近衛兵達がもぞもぞと動き出し、立ち上がる。
 皆、一様にベイガンと似たような爬虫類系・人型の魔物へと変異していた。

「・・・ば、馬鹿な! 死んではなくとも致命打は与えたはず・・・!」

 ヤンが驚愕に叫ぶ。
 それを面白がるようにベイガンは含み笑いをする。

「くくく・・・確かに普通の人間ならば立ち上がることは出来ないでしょう―――が。我らは人を捨て、人を超えた存在! 言ったでしょう? 弱者は貴方達だとね! ハハハハハハッ!」

 そんなベイガンの哄笑を耳にしながら、セシルはぽつりと呟く。

「とりあえず、1つ解った」
「なにがじゃ?」
「いや、鎧を着てなかったのはこういう理由だったんだなって」
「・・・お主、結構、余裕じゃのう」

 呆れたようにフライヤが言う。
 セシルは苦笑して―――それから酷く冷たい瞳でベイガンを見やる。

「いや、まあね。ちょっと驚いたけどさ。―――でも、人間であることから “逃げ出した” やつに負ける気はしないってことさ」
「・・・・・・なにぃ・・・ッ」

 ベイガンの表情が見る間に笑みから怒りへと変わっていく。
 人の顔ではないというのに、感情がはっきりと読み取れる。それほど、ベイガンという人間の態度が解りやすいと言うことだが。

「貴様に・・・貴様に何が解る! 人の身では、私の力ではできなかった! だからこそ、私は力を欲したのだ! 今度こそ・・・今度こそ―――」
「何を言っているか解らないがッ! 何を言ったとしても、今の貴方のそれはただの言い訳だッ。人として負けて、人である自分から逃げ出した言い訳に過ぎないッ!」

 ベイガンの怒りの声は、しかしそれを上回るセシルの怒号に気圧された。

「人は! 死ぬということを知らなければならないッ! 死ぬと言うことは終わると言うことッ! ならばベイガン! 人を止めたというのならばッ、僕が知るベイガン=ウィングバードという気高き近衛兵長はすでに死んだということだッ! 今僕の目の前に居るのは、ただの醜悪な魔物に過ぎない」

 聖剣を魔物と化したベイガンに突き付け、セシルは厳かに告げた。

「仇は取らせて貰うぞ―――」
「仇だと? 誰のだ!」
「僕が尊敬した、ベイガンという騎士の仇だッ!」

 悲哀と、怒りを混じり合わせた感情を込めて叫び、セシルは剣を振り上げてベイガンへ突進した―――

 

 

 


INDEX

NEXT STORY