第12章「バロン城決戦」
T.「忘れていた悪夢」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城内・謁見の間

 

 

 ロックが城壁を乗り越えると、下の方に見知った顔があった。

「うおりゃあっ!」

 気合いの声と共に、マッシュの拳が兵士の顔面に突き刺さる。
 声もなく、兵士はその場に崩れ落ちた。

「これで、終わりか」

 ふーっ、と疲れたように吐息して、テラが周囲を見回す。
 その場で立っているのはマッシュとテラの2人だけだった。
 周りには電撃で灼かれ、或いは顔面に青アザをつくって倒れた兵士達が死屍累々としている―――とはいえ、皆、息はあるはずだが。

 逆にテラたちの方も致命傷はないものの、テラの息は上がっているし、マッシュもかすり傷程度だが斬られている。
 激戦、だったわけではないが、流石に訓練された兵士相手に苦戦はした。さらには数の多い相手になんとか勝つことができたのは、テラの魔法があったお陰かもしれない。

 魔法文化に疎いフォールスの人間は、基本的に魔法というものに免疫が無い。
 存在は知っていても、兵士達にしてみれば未知の兵器だった。

「・・・なんか、城の方も静かになってきたような気がするな・・・」

 傷から滲んだ血を指でこすりつけるように拭い、それを舐めながらマッシュが言うと、テラも頷いた。

「中の方でも決着がつきつつある、ということかもしれんの」
「・・・というか、なんで仲良くなってんだ、あんたら」

 上から声がして、2人は同時に城壁の上を見上げた。
 ―――それと同時に降りてくる人影。

「よっ、と」

 高い城壁の上からロープを伝ってロックが地面に降りてきた。

「よう、頑張ってるじゃないか」

 マッシュたちの周りに倒れた兵士達を見て、ロックはそんなことを言う。

「貴様あーッ!」

 だがマッシュは聞いてなかった。
 語気を荒らげてロックに詰め寄る。

「バルガスさんをどうしたああああああああっ!」
「あー、あいつ? あいつは―――」

 ふっ、とロックは笑みを浮かべて。

「・・・解るだろ? 俺がここにいると言うことは―――」
「ま、まさかバルガスさんを殺し・・・くっ、バルガスさんの仇ぃぃぃっ!」
「って、おい。冗談だってば。逃げ回ってまいただけだ」

 力みすぎて大きく振りかぶったマッシュの一撃を、ロックは容易く避けながら弁解する。
 その一言に拳を止めて、マッシュはきょとんとロックを見返し、

「・・・本当?」
「ホントホント。よく考えてみろよ。俺、そんなに強いように見える?」
「言われてみれば、確かに」
「・・・・・・納得されると、それはそれでムカつくな」

 ちょっとだけ不機嫌になりながらも、素直に拳を引っ込めるマッシュを見て、まあいいか、と思い直すとテラの方に向いて、

「んで? 結局、どうなってんだ? セシ―――ルシセたちは?」
「城の中じゃ。・・・城の中がどうなってるのかよく解らん。さっきまでは騒がしかったようじゃが、今は随分と静かになったし・・・もう決着がつきつつあるのかもしれん、と話していた所じゃ」
「ふうん・・・じゃあ、中にあの女が居るかも解らないか」

 ロックが嘆息すると、テラが首をかしげる。

「女?」
「ガストラの女将軍だよ。セリス=シェールって言う・・・」
「ガストラの将軍!? ガストラの将軍がここにいるのか!? 何故!?」
「おわっ!?」

 いきなりマッシュが大きな声を上げて、ロックは驚いて振り返る。

「な、なんだよお前。いきなり・・・」
「あ・・・悪い。いやでもだって、遠く離れたシクズスのガストラの将軍が、なんでこんなところに―――」
「クリスタルが目的らしいぜ? 全て集めれば凄い力を手に入れられる、だとかそんな話を聞いて三将軍がやってきたんだ―――なんでわざわざ将軍が派遣されたのかはよく解らないけど、それだけクリスタルを重要視したってことじゃねえかな・・・・・・って、なんで俺はこんなに丁寧に説明してやってるんだ?」

 ロックがおどけて最後に付け足すが、マッシュは聞いては居なかった。俯いて、なにかを考え込んでいる。

「ガストラが・・・重要視・・・」
「・・・それでロック。その女将軍になんの用事があるんじゃ? まさか恋人というわけでもあるまい」
「似てるけどな―――あ、いやそうじゃなくて。言わなかったっけか? 俺の大事なモノを、預けてんだよ。・・・まだ持っていてくれるかは疑問だけどな」

 期待半分とでも言うかのように、ロックは肩を竦めて見せた。
 実際には期待半分どころか、十中八九捨てられているだろう。大体、預けたわけではなく、逃げる途中でバンダナだけが捕まっただけだ。

(だってのに、どうして俺はこんな所に居るんだろー・・・)

 事実を反芻して、自分の行動に不可思議なモノを感じる。
 もう捨てられたかもしれないバンダナのために、一度は逃げ出した城にわざわざ舞い戻る。あのバンダナは確かに大切なものだが、命に代えられるものでもないはずだ。

 だというのに、ここに居るのは何故なのか。

(・・・ま、解っちゃ居るんだ。そんなのは建前だってさ)

 内心でそう呟き、それ以上考えることをやめる。と。

「よし!」

 不意にマッシュが声を上げた。

「こんなところでじっとしててもどうにもならない」
「お、行く気か? 城の中へ」
「ああ。ガストラの将軍とクリスタルって言うのも気になるけど、何よりも死人が減ったかどうかを知りたい」
「はあ?」
「あの女が嘘つきの悪党だったのか、誠実な役立たずだったのか、それとも信用出来る正直者だったのか―――とか言い換えても良いな」
「・・・わけわかんねえ」
「俺もだ。言っててよく解らなくなってきた」

 そう言って、マッシュはかっかっかと明るく笑う。
 それから、ひょいっとテラの身体を背中に担ぎ上げた。

「お、おい。いきなり何をする」
「爺さん、走るのがしんどいって言っていただろう。だから運んでやる」
「ばっ、ばかもんっ。そんなことせずとも自分の足で走れ―――」
「んじゃ、とっとと行こうぜ。ぬおあああああああああああっ!」
「どおおおぽおおおおっ!?」

 マッシュはテラの抗議の声など聞かずに全力疾走。
 背負った者のことなど考えずに、飛ぶように城の中へと飛び込んだ―――背中に背負ったテラをがくんがくん、と傍目で見て解るほどに激しく揺らして。

「・・・なんだ、ありゃ」

 半分呆れたように呟いてから、ふと首をかしげる。

「でも、なぁんか “あいつ” に似てるんだよなあ―――・・・性格は全然違うけど」

 そんなことを呟きながらロックもマッシュの後を追い掛けた―――

 

 

******

 

 

 扉を開ける。
 扉を開けた先には広い空間が広がっていた。

 そこは、セシルにとってほんの少し前まで馴染みのあった空間。

 城の他の場所と変わらない、石造りの部屋。
 天井が高く、天井に近い壁の辺りに大きな採光用の窓が幾つかあった。今、通ってきたばかりの廊下に比べると極端に天井が高い。そのためか、開放的な―――或いは不安な―――気分になる。

 視線を落として見回せば、ちょっとした球技くらいは余裕をもって出来そうな広々とした部屋の壁には何本も太い柱が半分壁にめり込むようにして立っている。その柱と柱の間に1つずつ、穴が空いてそこに燭台が置かれていた。夜になれば、そこに火が灯されて部屋を照らし出す。

 部屋の中央には絨毯が敷かれている。
 廊下から続いている、長い深紅の絨毯。
 それが、扉から真っ直ぐに部屋の奥―――2つほど弾を作った台の上に置かれた玉座へと続いている。

 そこは、セシルがこれまでに何度も訪れた場所。
 初めてここに入ったのは忘れもしない、暗黒騎士となって、同時に赤い翼の軍団長となった時だ。
 暗黒騎士の称号と、飛空挺団軍団長の役を王直々に賜った。そしてこのとき “セシル” ではなく、“セシル=ハーヴィ” という名前を初めてこの場で名乗った。

 それからセシルは幾度も赤い翼として出撃した。北に魔物が出たと聞けば退治に出て、南に野党が出たと聞けばそれを捕縛した。かつてエブラーナと戦争していた時の様な大きな戦いはなかったが、それでも小さな任務を文句も言わずにコツコツとこなし、王の期待に応え続けてきたという自負がある。

 ・・・つい先日、ミシディアに出撃する時までは。

「―――ようやく来ましたか、セシル=ハーヴィ」

 名前を呼ばれ、思い耽っていたセシルは我に返る。
 見れば部屋の中央。入ってきたばかりのセシル達と、奥にある玉座の中間に立つようにして、白のマントとグレーの軍服に身を包んだ近衛兵団軍団長ベイガン=ウィングバードが立ちはだかっていた。

 その両脇には近衛兵団が8人ほど並んでいる。
 誰もがベイガンと同じように、白いマントと軍服―――それから腰にはミドルサイズの騎士剣を帯剣していた。

(・・・なんだ?)

 それらを見て、セシルは酷い違和感を覚えた。
 理由は考えるまでもなく思い当たる。はっきりと理解出来るほどの違和感―――だからこそ、その意味がわからない。

 まず1つは人数だ。
 近衛兵団は王、もしくは王命に従って貴賓を守護するために存在する。
 故に構成される騎士達は身分のはっきりとしている者。そしてその中でも特に優れた、いわばエリート中のエリート達だった。

 だから他の軍団に比べて数は少ない。
 来る者拒まずの陸兵団とは比べるに及ばず、同じようにエリートである竜騎士団、暗黒武具への適正のある人間しか入れない暗黒騎士団よりも数が少ない。
 セシルの記憶では50にも満たなかったはずだった。

 だが、目の前に並ぶのはベイガンを含めてたった9人。

 通常近衛兵は、門番などと同じように10人ほどで交代しながら王の身辺警護を行い、24時間1分1秒途切れずに、常に王の身の回りにいる。民の上申や他国の使いとの謁見時には、無用に威圧しないようにとの配慮で(それも時と場合に寄るが)、見える場所には近衛兵長であるベイガンしか傍にはつかないが、それでもバロン王が一声呼べばすぐに飛んでくる場所―――具体的に言えば、玉座の真後ろに王の寝室へ続く通路があり、その通路に待機所がある―――に控えている。

 しかし、それも常時のこと。
 今のように敵が攻めてきたと解れば、当直の騎士だけではなく、待機していた騎士達も王を護ろうと行動するはずだった。
 だというのに、今この場にいるのは、常時護衛についている人数よりも少ない。待機所に詰めているのかとも思ったが、そこに潜む理由が思いつかない。

 そしてもう一つは装備だ。
 近衛兵団は長剣を好まない。他の軍団とは違い、彼らの任務は敵を打ち倒すことではなく、特定の人物を護ることだ。そのため、破壊力のある武器ではなく、限定された空間内でも扱いやすいミドルソードを用いる。
 特にベイガンの腰に刺さっている騎士剣 “ディフェンダー” はさらに防御力に特化した剣だ。別名 “盾の剣” とも言い、その名の如く普通の剣の倍近く幅広い刀身は、ちょっとした盾のようにも見える。

 それら武器には何も問題はない。普段通りの近衛兵の装備だ。
 しかし、問題は防具だった。
 白いマントに灰色の軍服―――これも普段通りの近衛兵の装備ではあるが、しかし今は平時ではない。敵が攻め込んでいる、というのに鎧を身に着けていないのは妙だとセシルは感じた。

「―――おい、ちょっとおかしくねえか?」

 そんなセシルの困惑を代弁するかのように、パロムが呟く。
 隣で、ポロムも大きく頷いた。

「ええ、妙ですわね」

 神妙な顔をしてベイガンを睨付ける双子に、セシルは感心して息を漏らす。

「気づいたのか、2人とも」
「あったり前だぜ。さっきも似たような事があったしな!」
「え?」

 パロムの言葉に、セシルはまた違った意味で困惑した。
 さっき、なにがあっただろうか?

「先程はなんとなく納得しましたが、今度は誤魔化されませんよ! ねえ、パロム!」

 ポロムが胸を張って宣言する。
 それに応えるようにして、パロムがベイガンをビシィッと指さした。

「おいオッサン! どうしてこれがセシルにーちゃんだって解るんだよ!?」
「そうですわ! ここに居るのはどうみてもセシルさんではなく、ルシセさんという一人のご婦人ですわよ!」
「って、そっちかあああああああああああああっ!」

 レオの時にもあったやりとり。
 確かに、赤いカツラはバッツとの戦いで外れたとはいえ、女装した上に化粧もしている。面影は確かにセシルだが、ぱっと見ただけではセシルとは思えないだろう。例えセシルと解っても、女装している姿を見て妙だと思わないのも妙だった。

(それを言えばさっきのレオ将軍だって似たようなものだけど―――まあ、なんとなく納得は出来る気がする)

 もしかしたら内心動揺していたのかもしれないが、レオ=クリストフという男は、そう簡単に表情に出すとは思えない。
 だが、目の前のベイガンは別だ。王のためならばどんな事でも耐えうる精神力を持ってはいるが、だからといって無愛想というわけではない。
 現に、ベイガンは「ふん」と双子をあざ笑う。

「簡単な事だ。何故なら一度見ているからな・・・」
「へ?」

 予想外の答えに、セシルは思わず間の抜けた声を上げる。

「見ているって・・・僕の女装を・・・?」
「おや? セシル殿はお忘れですかな? 昨年の暮れ、城で―――」
「ぐっ!?」

 ベイガンの台詞に、セシルの頭に激痛が走った!

「セシルさん!?」
「にーちゃん!?」
「ど、どうしたんじゃ!?」

 いきなり頭を抱えたセシルに、双子やフライヤが心配そうな声を上げる。
 傍らに居たヤンが、よろめいて倒れそうなセシルの身体を支えた。

 だが、そんな周りのことなど、今のセシルには随分遠い出来事のように感じられた。

(なんだ・・・なにか・・・忘れている・・・?)

 激痛が走る頭を抱えながら、セシルは自分が何かを思い出しそうになっている事に気がついた。
 ベイガンが言った言葉。
 去年の暮れ。
 城で。
 そして・・・女装。

「クックックックック・・・忘れてしまったのなら教えて差し上げましょう。あなたが何をしたのかを―――」

 意地の悪いベイガンの声が、やけにはっきりと耳に響いた。

「や、やめろ・・・やめてくれ・・・やめろおぉぉぉ・・・・・・」
「セ、セシルさんっ、落ち着いてください! セシルさん!」

 絞り出すような悲鳴を上げて、セシルはなにかを制止するようにベイガンに手を伸ばす。
 だが、敵に対してあまりにも無防備な行為に、ヤンとフライヤが押しとどめ、ポロムが悲痛な声を上げた。

「クックック・・・それほど思い出したくない事なのですか? 去年の暮れ、城で行われた忘年会の―――」
「うあああああああああああああっ!?」

 忘年会。
 その単語で、セシルの記憶は覚醒し、そして絶叫する。

「え?」
「・・・忘年会?」

 逆に、ヤン達はきょとんとして絶叫したまま天を仰いで硬直したままのセシルと、にたり、と笑っているベイガンを見る。

「クックックッ・・・思い出したようですね、忘年会のメインイベント―――ミスター女装コンテストの事を!」
「ぐはあああああああああっ!?」

 ばたり。
 ベイガンの台詞に、セシルはそのままばったりと倒れた。
 しかし、それを誰も助けようともしない。

 白けた雰囲気の中、ヤン達は皆同じ事を思っていた。

 曰く、どーしたもんかな、これ。

「思い出しますね・・・去年の暮れ。大差で敗れたとはいえ、堂々の二位を勝ち取ったあの艶姿・・・」
「艶姿・・・」

 ま、とポロムが口元に手を当てる。

「特に水着審査ではその恥じらう姿が “萌えー” と好評で」
「み、水着審査というと・・・ま、まさか・・・!」

 ポロムが顔を真っ赤にして、愕然と叫ぶ。
 対してベイガンは余裕を含む、勿体振った動作で大きく頷くと、世にも恐ろしいことをあっさりと告げた。

「勿論、女物の水着を。しかもハイレグで」
「きゃあああああああああああああああっ! 変態! 変態さんですね!? 変態さんですよーっ!」

 完熟トマトもかくやと言うほどに顔を真っ赤に染め上げて、ポロムが叫ぶ。何故かその叫び声は、悲鳴と言うよりは、なにやら嬌声じみたものだったが。

 ポロムの足下では、セシルが “水着審査” “萌えー” “ハイレグ” “変態” という言葉にいちいち反応して、びくんびくんと激しく痙攣していた。よくよく見ると、地面にうつぶせになったセシルの頭の辺りに水たまりが出来ている。付け加えると、しくしくしくしく、というとても悲哀のこもった嗚咽も聞こえた。

 そんなセシルを見下ろし、パロムがしみじみと呟く。

「・・・・・・えんがちょー」
「うわああああああああああんっ!」

 不意にセシルはがばあっ、と勢いよく起きあがった。泣きながら。

「さっきから黙っていれば言いたい放題ぃぃぃぃぃっ!」

 泣きはらし、真っ赤になった目でベイガンを睨付けて叫ぶ。
 だが、ベイガンは「心外だ」とでも言うかのように少し驚いた表情を見せ、

「おや? なにやら間違ったことを言いましたかな?」
「間違っちゃ居ないけど正しくもないっ! あれはっ、ローザが勝手に―――というか無理矢理させたんじゃないか! ご丁寧に睡眠薬まで使って、人が寝てる間に―――」
「そんなことは存じませんな。私は、私が知る真実を述べただけ」
「うっわー、もの凄く無責任ーっ!」

 平然とするベイガンに、セシルは頭を抱えた。
 と、そんなセシルの脇を何かが突っついた。振り返ってみると、ずっと黙っていたエニシェルが難しい顔をして立っていた。

「あ、ああ、エニシェル! 君なら解ってくれるよね! 僕は決して変態じゃない―――」
「いや、そんなことはどうでもいいのだが。1つ気になることがあってのう」
「なんだい? 僕が変態じゃないって言う理由についてならいくらでも答えてあげられるよ!」
「そうではなくて―――セシルが二位なら、優勝は誰だったのかと疑問に思ってな?」

 エニシェルの質問にセシルはもの凄く渋い顔をした。
 代わりにベイガンが答える。

「それは勿論、若くしてバロン最強の槍と呼ばれる、セシル殿の大親友でもあるカイン=ハイウィンドですな!」

 セシルの親友という部分を強調してベイガンが答えた。
 と。からん、謁見の間の石床の上に何かが落ちた音が響いた。

 その場の全員が音に振り返ってみれば、フライヤが呆然としている。今の音は彼女が槍を落とした音だった。

「ま、まままま、まさかっ、誇り高き竜騎士がじょ、じょ、女装などと―――」
「事実です」
「くぅっ!」

 フライヤは落とした槍を素早く拾い上げると、ベイガンの方にその切っ先を向けた。

「仮にも我らがネズミ族の英雄フラットレイと並び称される男が女装などと―――そのような戯言、信じられるかぁっ!」
「そうだ・・・その通りだッ!」

 フライヤの言葉に力づけられたように、セシルも叫ぶ。

「ベイガン、君の言っていることは正しくない! だって僕、覚えてないし!」
「それ、ただ単に忘れたかっただけなんじゃねーの?」
「ちがああああああうっ!」

 茶々を入れるパロムに、本気の怒りを込めて怒鳴る。
 よほど怖かったのか、パロムはびくりと身を震わせて、それ以上は何も言わなくなった。

 セシルは再びベイガンに向き直ると、、目はベイガンに向けたまま、手をエニシェルへと伸ばす。

「とゆーか、そもそも女装だのなんだのと、そう言う話をしている場合じゃないハズだろっ! ―――エニシェル!」
「いやー、妾としてはもう少しお前の面白話を聞いて痛いところなんじゃが―――」
「ライトブリンガーよ! 在れッ!」

 エニシェルのぼやきを無視して、セシルは聖剣の名前を呼ぶ。
 それと同時にエニシェルの身体が純白の光に包まれる。光の塊となったエニシェルは、そのままセシルに向かって飛び、今度はセシルが光に包まれた。

「こ・・・この光―――まさかッ!?」

 先程まで余裕を持っていたベイガンが、その聖なる光を目の当たりにして、表情を驚愕に歪ませた。
 眩しそうに―――というより、忌避すべき者であるかのように、両腕を身体の前にかざして光から逃れようとする。

「まさか・・・まさか、伝説の―――パラディン!?」

 というベイガンの呟きに応えるようにして、唐突に光が消える。
 恐る恐るというように、ベイガンがゆっくりと両腕を開くと、目の先には先程と変わらずにセシルが居た。

 だが、その姿は全く異なっている。

 先程の様な女物の服装ではなく、純白のマントと純白の鎧に身を包んでいる。
 そして、その手に握られているのは神々しさすら感じる真白き聖剣。

 それを、ベイガンは憎々しげに睨付けた。

「パラディン・・・まさか暗黒騎士の貴方が聖騎士になるとは―――」

 呟きながらベイガンはゆっくりと腰の騎士剣を抜きはなつ。

「貴方がゴルベーザ様に忠誠を誓うというのなら、今までのことは水に流してあげようとも思いましたが―――パラディンとならば話は別。・・・セシル=ハーヴィ、貴方を国家反逆者として処刑します」

 と、ベイガンのその言葉を合図とするかのように、彼の両脇に並ぶ近衛兵達も剣を抜く。

 そんな様子に、それまで黙っていたヤンが戸惑いの声を上げた。

「・・・何を言っている・・・? まさかここに籠もっていたから戦況が見えないというわけでもないだろう!? この城はもうすぐ落ちる、無為な抵抗は―――」
「言葉が違いますよ、ファブールのヤン僧長殿」
「なに!?」

 ヤンの言葉を遮り、ベイガンが言う。

「 “抵抗” とは弱者が強者へとするもの―――そして、弱者は貴方達だ・・・」

 自信に満ちあふれたベイガンの声。
 その声に、ヤンはますます困惑する。

 確かにこの場に限って言えば、数はこちらが負けている。
 ヤン達は、子供である双子を入れても全員で5人。対してベイガン達は、玉座に座ったまま微動だにしないバロン王を加えれば10人。こちらの倍の人数だ。

 だが、王がいるこの謁見の間は、バロンにとって本陣と言うことだ。
 本陣まで攻め込まれたということは、すでに戦の勝敗は決していると言うこと。

(・・・それが解らないような人間が、軍事国家の近衛兵長を務められるとは思えないが・・・)

 戸惑いながら、ヤンはセシルを見る。
 ヤンの視線に気づき、セシルは一つ頷くと、

「戦うしか、ないみたいだね―――」

 手にさげていた聖剣を構え、重々しく呟いた―――

 

 


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