第12章「バロン城決戦」
S.「生きる覚悟」
main character:レオ=クリストフ
location:バロン城内
体中の痛みを堪えながら、バッツはレオ=クリストフと相対する。
彼の必殺技を何度その身に受けたか、もう覚えていない。
不可視の衝撃波。
自ら反対方向へ飛んで、その衝撃力を逃がし、ダメージを軽減してはいたが、まったくゼロになるわけではない。
致命傷には至らないものの、体中が痛みという悲鳴を上げている。「さぁて・・・こっからが、本当の勝負だぜ!」
だが、そんな痛みを無視し、苦痛を表情には出さずに、むしろ不敵に笑ってみせる。
対するレオ=クリストフは険しい表情でバッツを見返している。
頬につけられた傷を撫で、僅かに滲む血を拭う。「・・・・・・」
レオは何も言わずにただ黙ってバッツを見返す。
と、唐突にバッツが動く。先程と同じく、真っ向からレオに向かって突進する!「いっくぜええええええええっ!」
「くっ・・・調子に・・・ッ!」向かってくるバッツに対して、レオは剣の切っ先を向ける。
そして、渾身の意気で必殺技を叩き付ける!
ショック!
無色透明な水晶の剣が白く輝き、その輝きは衝撃波となってバッツに向かう。
だが。「しまった!?」
レオが己の失策に気づいた時には、バッツの姿はすでにレオの視界から消え失せていた。
衝撃波は何もいない場所を通過した後霧散する。
だが、レオは外れてしまった攻撃をのんびり見送ることなどせずに、当てずっぽうに右を向く。「おゥ、当たりだ」
果たしてそこには笑みを浮かべたバッツが居た。
すでに剣を振りかぶっている。対してレオは、顔だけは振り向けたものの、反応出来たのは顔だけだ。バッツの一撃に対して、迎撃はおろか、受けることも避けることも出来ない。完全なレオのミスだった。
先程のバッツの一撃、かすっただけとはいえ動揺はしていたらしい。
バッツの突進に、反射的に動いてしまった。不用意な攻撃は隙を生む。
それはほんの僅かな隙であっても、バッツ=クラウザーを相手にすれば致命的な隙となる!大きく振りかぶったバッツの剣。
それに対して、レオはどうすることも出来ずに、振り回された強打を喰らう。「・・・・・・ぐっ!」
ごいん、と言う音と共に、レオの額をバッツの剣が殴る。
斬撃ではない。片刃の刀の峰打ちだ。
その衝撃にレオの身体が大きく傾き、2,3歩後方によろめいた―――が、それだけだ。並の人間なら死にこそしないだろうが、それでも倒れて、運が悪ければそのまま昏倒していたに違いない。「どうよ!? 必殺、肉も切らせずブッ叩く!」
ぶいっ、と刀を持たない方の手でバッツはVサイン。
だが、誰も答えない。
レオは打たれた額を抑えて無言のまま、痛みか、或いは打撃された屈辱にか堪えるような表情をして無言。
それならば、とバッツは傍観者を振りかえる。「・・・・・・」
ファリスは声もなく身動きひとつせずにバッツの姿を見ていた。
そんなファリスをバッツは不思議そうに見返す。「・・・なんだよ?」
「いや・・・」バッツの言葉に、ようやく金縛りが解けたかのようにファリスが反応する。
何かを言いかけて―――しかし上手い言葉が出てこないのか、少しだけ口ごもってから、「お前・・・強いんだな。解っていたつもりだけど」
バッツ=クラウザー。
ファリスはこの青年と出会ってからほんの数日しか経っていない。
しかしその数日で、その強さを見せつけられてきた。出会った時は自分が負けた。
ファリス個人が負けただけじゃない。バッツ1人に、ファリスの海賊団が負けてしまった。
その後で、いきなり襲ってきた空飛ぶ美女。バルバリシアと名乗った女性とその配下に親友である海竜・シルドラごと船を沈められそうになったところを、バッツに救われた。そして今。
世界最強の1人といわれるレオ=クリストフを相手に、何度も打ちのめされながらも立ち上がり、その都度向かっていき、最初は全く剣が届かなかったのが、かすり傷を与え、今、ついに会心の一撃を決めた。自分は、情けなくもレオの必殺技を一撃喰らっただけで、終わってしまったというのに。
だからファリスは思わず言葉に出した。強い、と。
「・・・強くねえよ」
しかしバッツは真顔になって否定する。
何故か気まずそうにファリスから視線を反らし、再びレオへと向き直る。レオ=クリストフはすでに額を抑えては居なかった。「俺は強くねえ。弱かったから、ここまで来るのに随分遠回りをしちまった・・・」
弱かったから、父が死んだ時、悲しみと寂しさに沈んで何も出来ずにいた。
弱かったから、ファブールでレオに打ちのめされ、負けた。
弱かったから、リディアを守れず、守ろうともせず、逆に守られようとしていることに気がつかなかった。
弱かったから、セシルに負けて、そしてこのフォールスを一旦、離れようとした。しかし。
しかし、とバッツは思う。
「だけど、弱かったから俺はここに居る」
自分が強かったらこの時この場には居なかっただろうと思う。
きっと、別の場所で別の出会いがあって別の事をしていたに違いない。何故なら、自分は弱かったからこそセシル=ハーヴィと出会い、己の弱さに気付けたのだから。
そして、己の剣の “意味” に気がつけたのだから。その “意味” をセシルに示すために、その “意味” でレオに打ち勝つために、バッツ=クラウザーはここに居るのだから。「訊いたよな? レオ=クリストフ」
「・・・なんの話だ?」
「ファブールで。命に対して命を代価として支払う事に覚悟しているかって訊いたろ? そして、そうでないのならここに立つ資格はないってよ!」だから、今こそバッツは己がここに居る意味を宣言する。
「ンな覚悟、あってたまるかボケ! 勝手に殺したがってしにたがるのはテメエラの勝手だろうが! 俺は誰も殺したくねえ、そして死にたくねえ―――だけど、俺が守りたいモノは守りてえ!」
「それは傲慢というものだッ! 戦いとは、戦争とは人と人が殺し殺され死にあうもの・・・そして生き残ったものが勝者となる―――それは大昔から変わらぬ事実」
「なんだそりゃ。じゃあ、お前らは大昔からの風習で殺し合ってるのかよ!」
「人間とはそう言うものだ! 昔から争い、傷つけ合い、そして生き延びたものが歴史を綴ってきた! ―――・・・だから私は我がガストラの世界統一を願う! そのためにこの命、その決意をした時から捨てている! そう言った覚悟が貴様に―――」
「・・・ばっかやろう・・・ッ」押し殺したようなバッツの声に、レオははっとした。
バッツは歯を食いしばり、顔を真っ赤にして凄まじい形相でレオを睨んでいる。
その表情から見て取れるのは激しい怒り。まさに髪の毛が逆立ちそうな激怒の様相だ。レオには解らなかった。バッツがどうしてそんなに激怒しているのか。
「てめえ・・・命を捨ててるだと・・・ふざけるなよ、馬鹿野郎ッ!」
「!」いきなりバッツが動く。
真っ直ぐに、レオに向かって飛びかかり剣を振るう―――神行法も使わない、単純な動きの一撃。当然、レオは難なくそれを受け止める・・・が、受け止めることしかできなかった。
―――レオ自身は認めなかったが、バッツの気迫に身が竦んだのだ。「命捨ててる様なヤツか人生やってんじゃねえよッ! 生きてるんだったら生きること考えやがれッ! 死人は死人らしく、墓の中でも入ってろッ!」
「くっ・・・貴様になにが解るッ。私の故郷は争いの絶えない地域だ。私は、幼い頃から戦で人が死ぬところを見てきた。それも、身近な知人友人が死ぬところをだ。だから私はその者たちに変わって、世界統一を成すことを決意した! 最早この身この命は私のものではない、かつて失われた多くの者たちのために在るッ」
「ぐあっ!?」バッツの気迫を退け、レオがバッツの剣を押し返す。
押し返されて、バッツはあっさりと後ろに下がった。再び間合いを取る。「・・・くっ・・・の・・・だったらぁっ! だったら、命捨てるなんて言うな! 生きて見せろ! 勝手に命賭けられて、死んだヤツらも大迷惑だ! 少なくとも俺だったら莫迦じゃねえの? くらい言ってやるぜ! 莫迦じゃねえの?」
喋りながらもバッツは停滞せずに行動。
また真っ向から一直線にレオへと向い行く。
勢いの乗った一撃。だが、それをレオは受け止めると、剣に力を込める。クリスタルの剣が白く輝く!「戯言をッ」
吐き捨てるように叫びながら、レオは力を解放する。
剣から解き放たれた力は、衝撃となってバッツに向かう―――が、衝撃波は何もない空間を打っただけだった。―――すでにバッツの姿はレオの真っ正面にはない。
「そこだっ!」
反射的にレオは左手に向かって身体を向けると同時に、剣を横凪ぎに振るう。横に向ききる前に剣がなにか硬いものにぶつかり、それを弾く。それがバッツの刀だと気がついた時、チッ、とバッツが舌打ちするのを耳にした。
自分の攻撃を弾かれて悔しそうなバッツの顔を見て、レオは2つの事に気がついた。1つは今の自分の動きが、今までの反応とは違っていたこと。
今まではバッツの来る方向を感じ取り、そちらを向いてから余裕を持って迎撃していた。
だが、今は考えるよりも先に身体が動いた。
バッツの姿を確認することもせず、直感任せに剣を振るっていた。そうしなければバッツの一撃にやられていた―――それが2つ目の気づいたこと。今までは死角から攻めてくるバッツに対して、余裕を持って対応出来た。 “無拍子” によって見切ることが出来ない動きで死角に飛び込むと言っても、その動きの速度そのものが速いわけではない。
しかし、今のバッツの一撃は今までよりも速かった。「おおおおおおおおっ!」
裂帛の気合いにレオは我に返る。
見ればバッツがさきほどからそうしているように、真っ向から向かってくる。(―――敵ではないはずだ)
レオは心の中で呟いた。
バッツ=クラウザーはただの旅人に過ぎない。それも、命を張る戦場において、人が死ぬ覚悟もない軟弱者だ。
現に、ファブールではレオを追いつめておきながらもトドメをさせずに、逆にレオの一撃の前に敗れている。あの時もこうして、レオの挑発に乗って己の戦法を忘れ、がむしゃらに真っ向から向かってきて―――敗れた。
そう。その時となにも変わらない。むしろバッツの動きを見切った分、バッツ=クラウザーなどというただの旅人など、ガストラの将軍にして戦士であるレオ=クリストフの敵ではないはずだった。
だというのに。
「・・・・・・ッ!」
ぎぃんっ―――振り下ろされた刀を、クリスタルの剣で受け止める。
バッツの力ではレオの剣はびくともしない。逆に弾かれてバッツの腕が剣を持ったままバンザイの形に跳ね上がる。懐がガラ空きになり、大きな隙が生まれる。当然レオはバッツの身体を狙って剣を振るおうとして。―――ヒヤリ、とした冷たいものを背筋に感じてレオは剣を動かさなかった。
「まだまだぁっ!」
バッツの気迫のこもった声。
それと共に、刀が―――上に弾き上げたハズの刀がレオの胴を狙って薙ぎ払われる。それをレオは己の剣を縦にして防ぎ、弾き返す。
不用意に剣を動かしていれば良くて相打ち、ヘタすれば一方的に斬られていたかもしれない。「死んでねえじゃねえかよッ!」
バッツの言葉と共に、弾いたはずの刀がありえない角度から再び斬りかかってくる。絶え間なく迫ってくる斬撃に対して、レオは反撃する暇もなく防戦一方だ。
(―――なにが、どうなっている・・・?)
さっきまでのバッツにはなかった苛烈な猛攻に、レオは心中の困惑を打ち消せない。
確かに “無拍子” や “神行法” による特殊な動きは厄介ではあったが、それでも対応出来ないものではなかったはずだ。いや、むしろこちらが優位に立っていたはずだというのに。(バッツ=クラウザーの剣が速くなっている・・・? ―――いや、速くなっているというよりも、これは)
「死なねえじゃねえかよッ!」
バッツの言葉と共に繰り出される無数の斬撃。
その一撃一撃を見て、レオは気がつく。
刃が向けられていると言うことに。(剣に惑いが無くなっている。人を殺すことに―――私を殺すことに躊躇いがなくなっている・・・?)
バッツの攻撃が遅い理由の1つに、バッツ自身の心の惑いがあった。
人を殺すこと、傷つけることに忌避感があるのだろう。攻撃する時のバッツの刀は、ハリセンを振るった時に比べてかなり動きが鈍い。しかし今のバッツの刀は、そう言った鈍さがない。
真っ直ぐに、純粋に、ただ速く速くレオを打ち倒そうとしている―――その割には殺気を感じない。だからレオは気がついた。
バッツはレオを殺そうとしているのではない。ただ単に純粋に怒り狂っているだけなのだと。「命を捨てた、なんつってどうしてテメエは生きてやがるッ、レオ=クリストフ!」
「!」渾身の一撃。
勢いよく踏み込まれたバッツの一撃を受け損ね、初めてレオの剣が弾かれた。「しまっ・・・!」
剣を放さなかったものの、剣に引っ張られるようにして半身が後方へ反り返る。致命的な隙だった。バッツならばこの隙も隙ではなくなるのかもしれないが、レオにはそういった技術はない。
(・・・こんなところで終わるわけには―――!)
レオは来るはずのバッツの一撃に対して身構えた。
だが―――
「・・・・・・?」
バッツの追撃はなかった。
代わりに来たのは静かな声。「嘘つくんじゃねえよ」
******
ゆっくりと息を吐いて、吸う。
絶え間なく剣を振るっていたために、流石に息が荒い。それを落ち着かせ、呼吸を整える。
そうこうしているうちに、レオも体勢を立て直したようだ。
トドメを刺さなかったバッツに困惑しているのか、戸惑ったようにこちらを見て立ちつくしている。そんなレオに向かって、口を開いた。
「嘘つくんじゃねえよ。・・・アンタ、命を捨ててなんかねえだろ。死ぬことを覚悟なんかしてねえよ」
「なにを・・・言っている?」
「今、俺はアンタを殺すことができた。・・・でも、アンタは絶対に死んでたまるかって顔をしてた。戦うことを諦めていなかった」
「・・・・・・」バッツの言葉にレオは答えない。
構わずに、バッツは自分の言葉を続ける。「・・・ファブールで、俺がアンタに負けた理由がようやくわかった。死ぬ覚悟、殺す覚悟、そんなことは問題じゃねえ。逆だったんだ。生きる覚悟がアンタの方が強かった。ただそれだけだったんだ。だから、俺がどんなに攻撃してもアンタは倒れなかった。・・・だけど、俺はアンタのたった一撃で諦めた―――その差が、アンタと俺の差だった」
もしも、という仮定は今更無意味だと解っていても思わずには居られない。
もしも、ファブールでバッツが諦めなかったら、レオを倒すことができただろうか、と。「レオ=クリストフ、アンタは強いよ。俺じゃあアンタには勝てないだろうな」
「戦うことを諦めるのか?」
「そうだな―――」レオの問いにバッツはぽりぽりと額を掻きながら、
「―――正直、そろそろしんどいから止めたい。これ以上戦ってもアンタを倒す自信がねえ。―――だけど、アンタがまだやるって言うなら・・・」
そう言って、バッツは刀の切っ先をレオに向けて、それからにやっと笑ってみせる。
「・・・・・・」
それに対してレオはしばし無言。
だが、やがて手にさげていた剣を持ち上げると―――そのまま自分の腰の鞘へと収めた。「やる気も失せた。―――元々、こちらは相手する気はなかったのだ」
「そいつぁ悪かったな。・・・くそっ、今度は絶対勝てるって思ったのによ」そう言って、バッツはその場に座り込んだ。
そのまま力なく、がくりと頭を垂れる。「お、おい、バッツ!」
力なく座り込んだバッツに、ファリスが声を掛ける。
それに対してバッツは手だけ持ち上げて “心配ない” とでも言うかのようにひらひら振った。「・・・お前の勝ちだ、バッツ=クラウザー」
不意に、レオが呟く。
その呟きに、バッツはゆっくりと顔を上げた。「・・・はあ?」
「お前の勝ちだ、と言った」
「なに言ってやがる。先に降参したのは俺だぜ? 良くても引き分けって所だろうが」
「ただの旅人が戦士と互角に戦った時点で、戦士の負けだ」
「・・・・・・」
「どうした? なにか言いたそうな顔だな?」
「・・・なんかエラそうでムカつく」
「・・・ふっ」レオは笑うように吐息を漏らし、バッツの側まで来ると胡座をかく。
「おい、セシルを追い掛けなくて良いのか? アンタ、あいつと戦いたかったんだろ?」
「・・・今はそう言う気分ではないな。彼の言うとおりになってしまったから」
「? なんの話だ?」
「セシル=ハーヴィが言っていただろう? 私はお前に勝てないと―――その通りになったからな。落ち込みもする。そうでなくとも、ただの旅人に敗れたとあっては情けなくて、勝負を挑む気にもなれん」言葉だけ聞けば皮肉だが、その表情は限りなく真顔だった。
おそらく心底の本音なのだろう。この男が自信喪失するというのも想像しがたいが。「それに、私が追い掛けようとすれば、黙っていないだろう?」
「・・・まーな」
「それよりもお前こそ、追い掛けなくとも良いのか?」
「・・・こっちゃ身体ガタガタなんだよ。それに、死にゃしないだろ。アイツなら」そう言って、バッツはセシル達が向かった謁見の間へと続く扉に視線を投げた―――