第12章「バロン城決戦」
R.「蚊帳の外の人々 -決着-」
main character:ダンカン
location:バロン郊外
驚愕は一瞬だった。
己の渾身の一撃。最強にして必殺の奥義をその身に受けて、尚も立ち上がる青年に、ダンカンは一瞬だけ驚愕し、すぐに納得する。手応えはあった。
並の人間は言うまでもなく、鍛え抜かれた肉体を持つ戦士だとしても、即死しても可笑しくない一撃。だが、血を吐きながらも立ち上がるクラウドの姿を見て、ダンカンはほんの僅か驚いただけで済んだ。
相手が魔晄という力で強化されたソルジャーだからというわけではない。
ソルジャーだろうがなんだろうが、己の拳は一撃必殺であると言う自負がある。奥義ならば尚更だ。
本当ならば、奥義をもってしても倒しきれない者に対して、もっと衝撃を受けて良いはずだ。しかし、ダンカンは驚きどころかむしろ平静に、当然とすら思いながらにやりと笑う。当然だ、とすら思う。
根拠はない。
だが、一度は倒れた自分だって起きあがったのだ。
ならば相手も同じように起きあがらなければ、それは不公平というものだろう。そんなことを思いながら、楽しげにダンカンは立ちつくしたままのクラウドを見やり、
「ふぅむ・・・」
笑みを浮かべながら、ダンカンはクラウドに向かって軽く跳躍する。
クラウドの目の前に着地すると同時に、流れるような動作で蹴りを放った。「!」
文字通り飛んできたような蹴りに対して、クラウドは回避しようと身を捻る―――が、ダメージが深く残っているせいか、まともに動けないまま蹴りを喰らう。
「がぁっ・・・・・・」
ダンカンの蹴りが腹部に突き刺さり、クラウドはそのまま後ろへと吹っ飛んだ。
二メートルほどよろめくように吹き飛びながらも、クラウドはずざっ、と足を草の上に滑らせながらも踏ん張り、なんとか倒れる事は防ぐ。が、辛うじて倒れていないと言うだけで、立って居るのが精一杯という様子だ。「倒れて・・・たまるか・・・・・・ッ」
今、倒れてしまったらもう二度と立ち上がれない―――とでも言うかのように、クラウドは歯を食いしばって立ちつくす。
だが、ダンカンは容赦はしない。
再び跳躍し、今度は着地せずにそのままクラウドに向かって蹴りを放つ。「そりゃ」
軽い掛け声と共に、クラウドの頭上から踵を落とす。
その一撃に、クラウドは声もなくあっさりとその場に倒れ伏した。ダンカンはクラウドの傍に着地すると、そのまま軽く脇腹を蹴る。
が、呻き声を上げることすらしない。完全に気を失ってしまったようだ。まだ死んでは居ないとは思ったが。「・・・・・・」
ダンカンは倒れたまま動かない青年を見下ろして思案する。
(さて、どうするかのぅ・・・)
このまま放っておいて、城へ向かうべきだと思う自分が居る。
城の方で先程からなにやら不可思議な “気” のざわめきを感じる。きっと城では “面白いこと” が起こっているに違いない。
クラウドとの戦いも面白かったが、それはもう決着がついてしまった。なら、ここでこのままじっとしていても仕方がない―――が。「・・・む?」
不意に、足下から力を感じた。
見れば、先程まで意識がなかったはずのクラウドの身体が震えている―――ということに気づいた瞬間。
リミットブレイク
先程から何度も見た、明るい碧の光。
限界の壁を砕く、魔晄の碧だ。「・・・ま、まだだッ。まだ俺は―――」
「寝とれ」
「ぐあっ!?」光を身に纏い、起き上がりかけたクラウドの頭をごつんと叩く。
その一撃で、魔晄の光は霧散して、クラウドは再び気絶した。ただのゲンコツではない。
打撃と共に、クラウドの体内にダンカンの “気” をブチ込んだ。その “気” が集まりかけていたクラウドの魔晄の力を打ち消したのだ。静かになったクラウドを見下ろして、ダンカンは再び悩む。どうしたものか、と。
(・・・このまま放っておいても死にそうにはないが―――しかし、今の調子だと・・・)
放っておけば、再び戦おうとするだろう。この男は。
ダンカンが居ないとしても、城で戦いが続いているならば城へ向かうかもしれない。死にかけの身体のままで。「親父」
不意に後ろから声を掛けられる。
振り向くと不肖の息子が居た。不詳の弟子の姿はない。
息子は明らかに不機嫌そうな顔をしていた。「・・・早かったな? その様子だと逃げられたようじゃな」
「・・・・・・ちっ。堀さえなければ・・・・・・」バルガスは悔しそうに歯がみする。
それをにやにやと眺めながら、ダンカンはついでのように質問をした。「そう言えばマッシュはどうした?」
「知らんな。辺りに姿が見えなかったと言うことは、おそらく城の中だろう」ふて腐れたようにバルガスが言う。
普段はクールを気取ってはいるが、自分の思うように事が進まないとすぐにスネてしまう。まだまだガキじゃのう、とダンカンは自分の息子を評価しつつ。「そうか。ならば城の方はマッシュに任せるとするか」
「・・・は?」
「息子よ、ワシらは一足先に街に戻るぞ。ほれ、そいつをとっとと背負わんか」
「ちょっと待て、親父。どういうことだ!? マッシュに任せるって一体・・・」困惑するバルガスに、ダンカンは投げやりに返事を返す。
「だからー、城でどういう事があったかは後でマッシュに聞けば良いじゃろうが。ワシは普段使わん奥義なんぞ使ったせいで疲れとるんじゃよ。そういうわけで酒場にGOじゃ」
「いや、なんだそれ・・・って、奥義!? 奥義って・・・こいつ相手にか!?」バルガスはダンカンと倒れたままのクラウドを交互に見やる。
が、それ以上ダンカンは答えることをせずに、そのまま街の方へと足を向けた。「おい・・・!」
バルガスはなおも何か言いかけたが、ダンカンの足下を見て口を閉ざす。
ダンカンの歩みが、ほんの僅かおぼつかないことに気がついたからだ。
そして、バルガスはダンカンの性格を知っていた。
だから気がついた。そのほんの少しの違和感に、どれほどのやせ我慢が隠されているか。「・・・・・・」
見回してみれば、辺りには死闘の跡が見て取れた。
草原のあちこちに、気や魔法による焼け跡―――あるいは2人の足が草を踏みしめ、その下の土を蹴り上げた跡がはっきりと見て取れた。
バルガスがロックを追い掛けて城まで走り、そして諦めて戻ってきた、時間にしてみれば僅かな時間の死闘。
どんな戦いがあったのか、見ていないバルガスは結果から推し量ることしかできなかったが。「・・・今日は、厄日だ」
呟きながらバルガスはクラウドの身体を背負う。
見たこともない美しい人と出会えたと思ったら、彼女にはすでに恋人がいた。さらにはその恋人にさんざんコケにされたあげく、今度はこうして殆ど身も知らぬ男を、事情もよく解らないまま運ばされるハメになった。たしかに厄日には違いない。バルガスは吐息1つすると、近くに落ちていた巨剣もついでに拾い上げ、その切っ先を引きずるようにしてダンカンの後を追って街に向かった―――