第12章「バロン城決戦」
O.「“最強”対“旅人”」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン城内
「・・・バッツ1人で大丈夫なのか?」
謁見の間へと続く大きな廊下。
そこを駆けながら、フライヤが前を行くセシルに尋ねる。
セシルは振り返らずに走り続けながら。「さてね」
「おい。なにか勝算があるからバッツを置いてきたのでは・・・!」
「いいや、全然。それどころかちょっと危ないかもな。曲がりなりにも通じていたバッツの剣が、今のレオ=クリストフには全く通用していない」
「おいっ!?」驚きのような怒りのような、そんな声を上げてフライヤが立ち止まる。
彼女はくるりと後ろを振り返り、そのまま戻ろうとして。「どこに行くんだ?」
「決まっている! バッツを見殺しには出来ん!」
「・・・誰も見殺しになんかしてないよ」駆け出しかけたフライヤは、セシルの言葉で立ち止まる。
彼女は怪訝そうな顔でセシルを振り返る。「なに?」
「だから見殺しになんかしていない。バッツは負けないよ―――勝てるかどうかは解らないけど」
「・・・どういう意味じゃ?」フライヤの台詞は、つい先程のレオの言葉と同じだった。
そのことが可笑しかったのか、セシルは苦笑して。「ファブールでのバッツなら、まず死ぬだろう。なぜならあの時の彼は戦士であろうとしていたから。戦士は戦い、勝利するために剣を振るう―――逆に言えば、相手を倒せなければ自分が死ぬ―――そしてバッツ=クラウザーは人を殺せない。レオ=クリストフは息の根を止めない限り勝つことは出来ない。―――なら、レオを殺せず倒せないバッツは、死ぬしかない」
だけど、とセシルはフライヤの肩越しに、廊下の奥―――もう閉じてしまった扉の向こうで戦っているはずのバッツの方へと視線を向けて。
「今の彼は旅人だ。旅人は敵を倒すために剣を振るわない。道を開くために、生き残るために、目的を果たすために剣を振るう―――殺されるまで戦ったりはしないさ」
「しかし、バッツがレオ=クリストフに勝てない、という事実は変わらんじゃろう! ここは、戻って加勢を・・・!」
「それはバッツが許さないよ。・・・というか、フライヤ。君にバッツの動きが見切れるかい? バッツの動きを見極めることができないのなら、一緒に戦っても連携なんか取れやしない。互いに互いが邪魔になるだけだ」
「・・・くっ」セシルの言うとおりだった。
バッツの動きについていけなければ、最悪足手まといになるだけだ。「それにまあ、勝てないと決まったわけでもないし」
「・・・え?」
「勝つよ、バッツは」困惑するフライヤに、セシルは微笑。
その笑みは、純粋な信頼であるようにフライヤには感じられた。「し、しかし、バッツ=クラウザーの剣はレオ=クリストフに通用しない。ならば勝てる望みはないだろう?」
ヤンが声を出す。
そうだね、とセシルはあっさりと認めて。「・・・でも、バッツは勝つよ、きっと。なんの根拠も無い、ただのカンだけどね」
セシル自身、不思議だった。
どうしてここまでバッツのことを信頼出来るのか。
どう考えてもバッツがレオに勝てるとは思えない―――だというのに、バッツが勝つと確信に近い物を感じている。思えば、カイポで出会った時、会ったばかりのバッツを信頼して、ローザを救うために砂漠の光を頼み、そしてリディアを預けた。
今にして思えば、随分と考え無しだった気がする。
ローザが熱病で倒れていたことに動揺していたのかもしれない。・・・それにしては、バッツとリディアが旅だった後も、なにかのんびりと落ち着いていたような気もするが。
(ああ、そうか)
―――そこまで思い返して、なんとなく気がつく。
(これは、あの時と同じなんだ。バッツに、砂漠の光を採りに行って貰った時と同じ)
あの時のセシルもきっと、今と同じように考え無しにバッツを信頼したのだろう。
“信用できない人間は信用しない。バッツ=クラウザーは信用できる人間だと僕は思う”
バッツに砂漠の光を頼んだ時、彼はそんなに簡単に信用するなと言った時、セシルはそう言い返した。
今も同じだ。
今のバッツ=クラウザーなら信用出来る。
例え、世界最強の1人が相手だろうとも、なんとかしてくれる―――ローザのために、砂漠の光を採ってきてくれた時のように。だから。
「だから、僕たちは先に進もう。今、戻ることはバッツに対する裏切りでもある」
この場を任せていいか? というセシルの問いに、バッツはあっさりと肯定した。
今、引き返すことはそれを裏切るということだ。「・・・―――しかし」
「フライヤ。もしもバッツがレオ=クリストフに殺されてしまったら、僕を恨んでくれて良い」
「それに、さっさと城の主を打倒してしまえば戦いは終わる。レオとやらが戦い続けることもなくなるじゃろう」なおも渋るフライヤに、セシルとエニシェルが説得する。
やがて、ネズミ族の女性はゆっくりと頷くと、謁見の間への扉へと身体を向けて。「・・・セシル、1つ聞きたい」
「なにかな」
「さっき、バッツの言葉に対して笑ったのは何故じゃ?」―――俺はただの旅人だ。
そう言い切ったバッツに、セシルは思わずといった様子で噴き出してしまった。
バッツは怪訝そうにセシルを見たが、セシルはその理由を言いかけて、結局言わなかった。その時のことを思い出したのか、セシルは笑みを堪えるように顔を歪める。
「別に大した理由じゃないよ」
「言ってくれ。それでワシは安心出来るかもしれない」
「・・・本当に大した理由じゃないんだ。ただ、バッツの台詞が、あまりにも―――・・・」セシルは少しだけ後ろを振り返る。
「あまりにも、僕が聞きたかった台詞そのものだったから」
「・・・本当に大した理由ではないな」はー、とフライヤは嘆息。
もしかすると、フライヤはその理由が、バッツが大丈夫だと言える理由であったと思ったのかもしれない。そんなことを思いながらセシルは、
「・・・どうしても心配だというのなら、戻ればいいよ」
仕方ないな、とでも言うかのように投げやりにフライヤに言う。
そんなセシルに対して、フライヤは憮然と、「なんじゃその言い方は。まるで私1人が戻ろうと戻るまいと、意味がないとでも言いたげじゃな」
「・・・・・・」フライヤの皮肉と自嘲の入り交じった台詞にセシルは応えない。
そして、その無言の返事こそが、はっきりと答えを表していた。「・・・そういうことなのか?」
「―――別に、キミの力を侮ってるわけではないよ」取りなすようにセシルが言う。
「ただ、あのレオ=クリストフという男は紛れもなく “最強” と呼ばれるべき1人であって―――」
「それに対抗するバッツ=クラウザーも最強の1人であると? そして、最強対最強の戦いに私のようなネズミは立ち入る隙はないと?」セシルの言葉を皆まで聞かずに、憮然としたままフライヤが言う。
するとセシルは困ったように笑って。「バッツは、最強なんかじゃないよ」
「では、なんだと? 最強たるレオ=クリストフに立ち向かえる存在が最強ではなくなんだと言える?」険のこもったフライヤの口調を、受け流すようにセシルはそっぽをむいて、
「本人が言ってたろう? 彼は―――ただの旅人だって」
そうとだけ、答えた。
******
ただの旅人は、最強の将軍を前にして、引きつった笑みを浮かべていた。
「うっわ強ぇぇ・・・」
辛うじて笑みを浮かべているが、その表情には余裕はない。
対する最強の将軍―――レオ=クリストフは、バッツに向けて侮蔑とも言える表情を浮かべていた。「・・・そんなものか。ドルガン=クラウザーの剣というのは」
何かを期待していて―――それが裏切られ、落胆しているような響きを滲ませて彼は言う。
そんなレオに、バッツはむ、と不機嫌そうに表情を転じ、「勘違いするなよ馬鹿野郎。俺はバッツだ! 親父じゃねえ!」
「ならば退くべきだ。貴様の剣は打ち倒すに値しない」
「・・・このっ!」憤りとともにバッツが動く。
それは常人ではあり得ない、動きの “予兆” とか “溜め” というものが無い、あまりにも唐突な動き。人に限らず、動物は動く時に予備動作という物が必要になる。
例えば歩く時。
右足を前に出そうとすれば、左足の踵に力を込めて地面を蹴る必要がある。さらにスムーズに足を前に出そうとするなら腕を振る。それは、人間なら誰でも無意識のうちに行っていることであり、作用・反作用という物理法則がある以上は必要不可欠な動きだ。そして、無意識のうちに行っているからこそ、また人はそれを無意識のうちに感じる。
目の前の人間が右に飛ぼうとする時、逆に反対の足に力を込めることを無意識のうちに感じ取れるからこそ、その動きが読める。目が追いつかない程の超スピードであっても、反射的に右に飛んだと言うことが察知出来る。方向が解らなくても、動こうとしていた動作から、どちらかに “飛んだ” ということが理解出来る。
しかしバッツの動きには予備動作がない。
完全な静止状態から唐突に動く。
静止状態から、横に飛ぶまで、逆の足に力を込める、飛ぶ方向の足を振り上げる、などの動作が10ほど必要だとする。しかしバッツの場合、0からいきなり10の動きする。1から9までの必要な動作を全てキャンセルして、いきなり横に飛んでいる。それは、人の常識ではあり得ない動きだ。
だからこそ、常識を知る人間はその動きについていけず、バッツの動きについて行けずにその姿を見失う。それは、レオ=クリストフも同じであるはずだ―――が!
「もらったあッ!」
バッツの声はレオの左手から。
剣を持たない左手に回り込み、バッツは父の形見の刀を振り上げてレオに突進する。
それに対してレオは、そちらを見ようともせずに、「ふんっ!」
バッツの居る方向に無造作に左手を突き出すと、気合いの声を吐く。
ショック!
瞬間、レオの左手が真っ白く輝き、その輝きは衝撃波となってバッツをはじき飛ばした。
「ぐあっ!?」
その一撃にはじき飛ばされながらも、バッツは空中でバランスを取り、くるりと一回転して床に着地する。
「だああああああっ! もうっ!」
危なげなく着地したバッツは、その場で地団駄踏みつける。
「おいおい、どうしたんだよバッツ=クラウザー。手、貸してやろうか?」
自分の剣が届かず、悔しがるバッツによく響く綺麗な声が届く。
バッツがその声の方をした方―――バッツがついさっきまでレオと相対していた所の向こうを見れば、このところ見慣れたパープルカラーの髪をした海賊の若頭が居た。「・・・って、ファリス!? お前、セシル達と行ったんじゃ・・・?」
「てめえ1人じゃなにかと不安を感じたんだよ。―――ついでにお前があのレオ=クリストフを倒せるというのなら、それも見てみたい」淡々と言うファリスに、バッツはははあと笑ってみせる。
「それは逆だろ?」
「逆?」
「そうさ。この俺が、 “あの” レオ=クリストフを倒す所を見る―――そのついでに、俺に不安を感じるべきだろ」
「・・・そこまで言われると、笑うのも馬鹿らしくなってくるな―――それよりも」ファリスが何かを言い続けるのを聞くよりも速く、バッツは “嫌な予感” がした。
その予感に従って、バッツは素早くファリスの方へと向かって駆け出す。
ぶおん、と、その背後を何かが振り下ろされる気配をバッツは感じ取り、ちらりと背後を振り開ければ。「ふ・・・避けたか」
クリスタルソードを、つい数瞬前までバッツの居たところを振り下ろしていたレオの姿があった。
「あ、ああああ、危ねえっ!?」
ファリスのすぐ傍まで非難して、バッツは安堵の息をつく。
そんなバッツに、背中からファリスが暢気な口調で。「そこに立ってると危ないぞ、って言おうとしたんだが」
「遅ぇ!」叫んでから、バッツは即座に始動。
レオはまだ、剣を振り下ろしたままの状態だ。
バッツは素早くレオの背後へと振り返ると、剣を振り上げて―――「今度こそ貰ったッ!」
必勝の声と共に、レオの背中に向かって険を振り下ろす―――が、しかし。
「通じぬと言った!」
「なっ!?」ぎぃん、とバッツの剣の一撃は、レオの剣に阻まれていた。
重なり合う剣と剣。
しかし、それも一瞬のこと。
すぐにレオのクリスタルの剣が真っ白く輝く。それは、バッツが何度も目にした光―――「うお、やべえ!?」
危機を察知してバッツが逃げようとする。
だが、それよりもレオの方が尚早い。
ショック!
白く輝く衝撃波が、またバッツの身体を打ち倒す!
「ぐ・・・あ・・・」
バッツの身体は壁には届かず、床に叩き付けられるようにして墜落した。
そのままバッツは動かなくなった。
バッツが動かなくなったのを確認して、レオは吐息を1つ。「やれやれ・・・」
それからファリスを一瞥する。
ファリスは愛用の手斧を握りしめ、レオを睨付けていた。「ちっ・・・あのレオ=クリストフに勝つって・・・もしや、って思ったけどな。思っただけですんだのかよ! 情けねえぞ、バッツ!」
「ただの旅人に、戦うために己を磨き続ける戦士が負けるわけがない」
「ああ、そうかい。そんならさ!」レオの言葉に、ファリスは冷や汗を流しながらも、しかし大胆不敵に笑って見せた。
「生きるために人を殺し続ける海賊様はどうだい?」
「人を殺めてその財産を奪い去るなどとは言語道断!」
「言ってくれるじゃねえかこの野郎!」手斧を握りしめる手に力を込める。
(相手は世界に轟く、最強と冠された男の1人。しかも、俺が手も足も出なかったバッツを相手に完勝してやがる。どう考えても、俺が勝てる可能性なんてカケラもねえけど)
本当ならばファリスは今すぐ逃げ出すべきだった。
勝ち目の無い戦いをするほど、彼は愚かではない。
だが。(ここで逃げたら・・・バッツは確実に死ぬな)
ファリスが逃げればレオはバッツの息の根を確実に止めるだろう。そして先へ進んだセシル達を追い掛けるに違いない。
バッツが死のうが、レオがセシル達に追いつこうが、ファリスにはどうでも良いことのハズだった―――ハズだったのだが。
「なんでだろうなあ・・・なんでか、見捨てられねえ・・・」
強敵を前に緊張しながら、口元に小さな笑みを形作る。
自分でもよくわからない。けれど、バッツ=クラウザーという存在が、ファリスの中で特別なものになっていることをファリスは自覚していた。完敗した相手、というのもあるかもしれない。
だけどそれだけじゃない―――なにか、もっと違う特別な “何か” をバッツに感じていた。それがなにであるかは、ファリス自身にもよく解らないが。
「・・・まさか、惚れちまった、なんて思いたくねえけど・・・」
「何を呟いている? 向かってこないならば、こちらから行くぞ!」
「!」宣言したと同時にレオが突進してくる。
凄まじい勢いで肉薄し、剣が届く範囲にくると勢いよく剣を振り下ろす。剛剣。
ぐわっ、と空気を砕くような音を唸らせて、必殺の一撃がファリスの頭へと振り下ろされる。
「うおっ!?」
振り下ろされてきたそれに対して、ファリスは横に回避。
だが、少し回避が遅れた。
ファリスの身体は回避出来たが、手にしていた手斧の柄が切り落とされた。「げっ」
斧の部分が切り落とされ、柄だけになってしまった自分の武器を見る。
切断面はとても滑らかで、まるでカンナかなにかで綺麗に削られたかのようだった。とても剣で斬ったとは思えない。
思わずその切断面に見とれていると、ガッ、という音。見れば、斧の頭が地面に突き刺さった所だった。同時に気がつく。床に向かって剣を振り下ろしたレオが、さらなる追撃をファリスに向かって振るおうとしていることに。「ぬううううっ!」
床に振り下ろされた剣を、レオは引っこ抜くような形で振り上げる。振り上げつつ、逆袈裟にファリスに向かって斬りかかる。
だが、今度は危なげなく後ろに下がって回避する。「・・・え?」
振り上げられたレオの剣はぴたりとファリスの目線で止まった。
真っ直ぐに切っ先がファリスの目を見る。
中途半端な位置で止められた剣を見て、ファリスはきょとんとして動きを止め―――すぐにその意味に気がついた。「やべぇっ!」
「遅いッ!」レオの言葉と同時、その剣が真っ白く輝く。
バッツとの戦闘中にも何度か見た衝撃の光―――
ショック!
「ぐああああああっ!?」
剣が真っ白く発光した次の瞬間、ファリスの視界一杯に広がったのは白い衝撃波。
全身を、巨大な鉄のハンマーで思いっきりブン殴られたような衝撃を受け、ファリスは為す術もなく吹っ飛ぶと、壁に叩き付けられ、そのまま床に倒れ込む。「く・・・そ・・・」
全身を激しい痛みが襲う。
気が遠くなるような痛みだった。
それでもなんとか意識をつなぎ止めると、ファリスは歯を食いしばって上半身を起こす。(くぅ・・・バッツのヤツ、よくこんなのを何度も受けて立ち上がれたな・・・)
「・・・ほう、まだ意識があるが。だが」
「!」声が上からふってくる。
見上げれば、すぐ目の前にレオが立っていた。
彼はゆっくりと剣を振り上げて、「だが、これで終わりだ」
「くそっ・・・」ファリスはレオと、その手に持つ剣を睨み上げた―――睨み上げることしかできなかった。
全身のダメージが激しい。上半身を起こすのがやっとで、それ以上は力が入らない。(ここまでかよ・・・ッ)
ファリスが心中で諦めかけたその時―――
「―――ッ」
レオが不意に横を向く。
同時、レオの向いた方向から刀がくるくると回転しながら飛んできた。それをレオは自分の剣で打ち払う―――と。スパーン!
快音がレオの頭の上で響いた。
いつの間にか目が覚めたのか、バッツがレオの死角から、いつかカイポの村でレオと相対した時にも使った髪のハリセンで思い切り叩いていた。「へっ。油断大敵―――どわっ!?」
にやりと笑うバッツに、レオは停滞せずに剣をバッツに向かって振り回す。
「うおアブねぇっ!? というかもうちょっとリアクションとかなにかないのか!? またハリセンでブッ叩かれて悔しいだろフツー」
「そんなもの、気にしなければどうということもない。むしろ、そんなことしかできない貴様を無様に思うだけだ」
「・・・なんか逆にムカつくな」バッツはハリセンを小さく折りたたんで懐にしまうと、レオにはじき飛ばされた刀を拾い上げる。
「バッツ! お前、よく平気で・・・」
あれだけ何度もレオの必殺技を受けたにも拘わらず、平然と動いてるバッツに、ファリスは納得のいかない物を感じていた。
全身の痛みを堪えながら、それでもなんとか立ち上がる―――立ち上がるだけで精一杯だったが。(この俺がたったの一撃でこのザマだってのに・・・)
「平気なんかじゃねーよ」
刀を肩に担いで、バッツは不機嫌そうに応えた。
「今だって全身メチャクチャ痛ぇ」
「嘘つけ! どう見てもピンピンしてるじゃねーか!」
「痛くない、と思えば痛くねぇ。動ける、と思えばまだ動ける。ただそんだけだ」ファリスの文句に、バッツは投げやりにそう応える、と。
「それに・・・直撃は一度も与えていないからな」
ぽつり、とレオが呟いた。
にぃ、とバッツは笑い、「・・・気づいてたか」
「当たり前だ。―――私が “ショック!” を放つ度に、自ら跳んで威力を殺していたのだろう? 壁に叩き付けられた時も、ちゃんと受け身を取っていた―――倒れたまま気絶していたのも、演技だろう」
「そこまでバレてたか。なんか油断して近づいてきたら、不意打ちしてやろうと思ったのによ」
「って、演技かよ!?」思わずファリスが声を上げる、するとバッツはそっちの方を向いて。
「おう。心配させたか」
「してねーッ!」
「・・・ま、不意打ちしてやろうってのもあったけどさ。ちょっと考えごとしてた」弁解のつもりだろうか。
そんなことを言って、バッツはレオに再び視線を戻す。「なんで俺の剣がアンタに通じないのか、さ」
「答えは出たのか?」
「いや、さっぱり。カイポの村とファブール。俺はアンタを殺すことは出来なくても、剣は届いてた。それがなんで届かなくなったのかよく解らん―――教えてくれると有り難いんだがな」冗談交じりにバッツが言う。
だが、レオは真面目な顔をして。「簡単なことだ」
「・・・って、教えてくれんの?」
「今まで私は貴様の動きを目で見て対処しようとしていた―――だが、無拍子で一瞬で視界の外に出る動きを見きれなかった。だから私は、目で見るのではなく、気配を感じることに意識を集中したのだ」
「ええっと、それってあれか? 心眼とか言うヤツ」
「そんな高度なものではない。単純に “気配” ―――勘のようなもので、来る方向を察知しているだけだ。そして、バッツ=クラウザー、貴様にとって致命的なのは動きが遅い」
「って、ちょっと待てよ。それはおかしくないか?」レオの言葉に、ファリスが怪訝そうな声を上げた。
「バッツが速いから目で見失うんだろ? それがなんで遅いんだよ?」
「確かに初動は速い。無拍子は一瞬で静止状態から最高速度で始動出来る体技だ。動く気配もないのに、いきなり最高加速で動き出すからこそ見失う。・・・だが、その最高速度そのものは並の速さに毛が生えた程度だ。さらに、剣を振るう瞬間に速度が落ちる」レオはバッツとその手にもつ刀を見やり、
「剣の扱い方を見るに殆ど我流で覚えたものだろう。剣の扱い方が全くなっていない。剣の振るい方も知らず、その上、剣を振るうこと自体にも抵抗があるのだろう。だから、攻撃の瞬間がとても遅い」
「うぐっ・・・」図星をさされ、バッツは呻くことしかできない。
「故に、気配を察知してからこちらが動いても十分に対応出来る。―――どうだ? 納得したか?」
「納得した・・・」とてつもなく不機嫌そうにバッツが言う。
そんなバッツに、レオは無表情に淡々と、「ならば剣を引け。こうして戦っていても時間の無駄だ」
「・・・そいつは―――どうかな!」
「むっ!?」一瞬で。
バッツはレオの目の前に肉薄していた。
先程、セシルと戦った時にも見せた、一瞬で相手との間合いを詰める、 “無拍子” の応用技――― “神行法”「速いが・・・しかし!」
レオの鎧の隙間を狙って刀で突いてくるバッツに、レオはそれよりも速くバッツの身体を蹴り上げた。
「がはっ!?」
「何度も言わせるな―――遅いッ!」蹴りを腹部に受けて、バッツの身体が軽くくの字になった。
当然、バッツの突きは反れてレオには当たらない。「退かぬというのなら、何度でも喰らわせてやろう―――ッ」
「ぐっ・・・!?」レオの剣が凄まじい勢いでバッツに向けて突き出される。
首元を狙って突き出されたそれを、バッツは腰から横に身体を傾けるようにして回避。
レオのクリスタルの剣は、バッツの首を触れることなく通り過ぎるが―――当然のことのように、無色透明の剣が白く発光する!「にゃろ・・・っ!」
一瞬後に放たれる白い衝撃を覚悟して、バッツは少しでも衝撃を逃すために、背後へ跳ぼうと懸命に身を動かす―――それはバッツ自身、半分も意識していない、無意識の自衛的な行動。
ショック!
放たれた衝撃波が、バッツの身体を打ち倒す。
床に転がるバッツを見て、レオはなにかを言おうとして―――言えなかった。「なにっ!?」
代わりに出たのは驚愕の声。
床に倒れたバッツは、すぐさま起きあがると、再び “神行法” でレオに接近する。
対して、レオは未だ必殺の一撃を放った体勢のままだ。「必殺技の直後ならッ!」
「くぅっ!?」バッツはレオに向かって袈裟懸けに斬りつける!
レオは懸命に身を反らし、回避しようとする!
バッツの刀は、レオの頬を浅く切り裂いて、そのままレオの胸元を覆う鎧に弾かれた。「ちいいっ!」
レオは剣を強引に振るう―――が、その時にはすでにバッツはレオの射程外へと抜け出していた。
「・・・へっ、どうだよ。いくらアンタでも必殺技の直後なら隙が出来る―――肉を打たせて皮を斬るってやつだ」
「いや、それって負けてないか?」
「うるせーな・・・」ファリスの冷静なツッコミに、バッツは憮然として返す。
ついでにファリスを振り返ってみれば、先程のダメージはもうほとんど無いようだった。回復魔法を使ったのかもしれない。「くっ・・・不覚・・・!」
頬に手をやり、レオが悔しそうに呻く。
傷は、傷とも呼べない薄皮一枚斬っただけの物。ファリスの言うように、ダメージの量で言うならばバッツの負けだろう。
しかし、たった今、 “時間の無駄” と言い放った相手に手傷を負わされた。しかも、今までの様な奇襲ではなく、真っ向からの攻撃で。「侮りすぎた・・・ということか」
「はっはっは。ようやく気がついたかこの野郎。旅人さんをナメるなよ?」腰に手を当てて朗らかにバッツが朗らかに笑い、刀の切っ先をレオに向かって突き付ける。
「さあ、こっからが反撃だぜ―――!」