第12章「バロン城決戦」
M.「蚊帳の外の人々 -限界と可能性-」
main character:ロック=コール
location:バロン城外・平原

 

 

 ダンガンに二度も続けて吹っ飛ばされたクラウドは、今度は受け身を取ることすらできずにそのまま地面に転がった。

「くっ・・・!」

 全身に痛みが走る。
 だが、そんな痛みは意識の外に追いやって、クラウドは素早く起きあがった。
 3度目を喰らわないよう、意識を集中させて。

 ―――だが、ダンガンの追撃はなく、敵はクラウドが吹っ飛ばされた分を間合いとして、こちらを向いて立っているだけだ。

 彼は、余裕を見せつけるように、ゆっくりと自分の髭を撫で付けながら。

「ほほう、今のですぐに立ち上がれるか。中々、丈夫だのう」
「・・・このクソジジイ・・・!」

 相手を睨付けながら、吹っ飛ばされつつも話さなかった自分の巨剣を両手で強く握りしめる。
 握りしめながら、怒りとともに恐れを感じた。
 クラウドの身体だけではなく、この巨剣の重量ごと軽々と吹っ飛ばしたのだ。
 “丈夫な” ソルジャーでなかったのなら、今の連撃で終わっていただろう。ヘタをすれば、人生すら終わっていた可能性もある。

「アンタ、本当に人間か?」
「人間に見えんか?」

 クラウドの問いに、ダンガンは問いで返した。
 返されて、クラウドはしばらく黙り込んで、それからゆっくりと首を横に振る。

「・・・いいや。アンタは人間だよ」
「アンタは、か・・・その口ぶりだと、別に化け物を知っていそうだな?」

 ダンガンの言葉に、クラウドはそれまでの怒りを消して、無表情に答えた。

「俺は本当の意味での “化け物” を知っているんでな」

 世界各地に存在する人間の天敵―――魔物、モンスターと呼ばれる怪物。
 その中でも凶悪な物とクラウドは戦った経験がある。遙か昔は新羅のソルジャーとしての任務で。つい最近では、路銀を稼ぐための賞金稼ぎとして。

 だが、そんな魔物よりもさらに強い化け物をクラウドは知っていた。

「化け物みたいな強さだが、アンタはちゃんと人間だ。少なくとも、身体までは化け物じゃない」

 それは人の形をしていながら、元は人でありながら、しかして人を超えてしまった者。
 魔晄、と呼ばれる力を身に宿し、人の限界を打ち砕く戦士―――

 そしてその戦士達の中で最強と呼ばれた存在。

「アイツは本当の化け物だった。身も、力も―――そして今では心さえも」

 かつて、仲間として共に戦ったソルジャー最強の男の雄姿は、少し思い出そうとするだけで鮮明に脳裏に蘇る。
 自分の数倍もある巨大な魔物を、一方的に切り刻み、そして打ち倒す圧倒的な力。
 同じ1STのソルジャーで在るはずなのに、途方もない差を見せつけられ、しかし悔しがることも羨むこともなく、畏怖と同時に憧れ、いつか肩を並べて戦えるようにと追い掛け続けた背中。

 それから何年も経ち、かつて追い掛けていた目標は、倒すべき仇へと成り下がった。
 クラウド自身、時間という経験を経て、思い出の中の自分よりは強くなったと思えるが、それでも未だに彼の足下にすら及ばないのではないかと思う。

 だが、例えそうだとしても、彼は―――あの男、セフィロスは倒さなければならない。

「そして・・・」

 クラウドは彼の者の幻影を打ち払う。
 今この場にセフィロスは居ない。代わりに、セフィロスほどではないが強敵が在る。
 この相手もまた、今までに会ったことのない強さを持った相手だった。

「そして、この俺も化け物だ」

 ぶるん、と巨剣を振り回し、クラウドはその切っ先をダンガンへと向ける。
 ダンガンは呆れたような―――それでいて嬉しさを隠せないような、そんなあやふやな表情でクラウドを見返して言い返す。

「おうおう。言われなくとも解っとるよ。ンな剣、化け物でなくては振り回せん。ワシにだって難しいわい」
「はっきりと、出来ないって言えよ」
「やっても見ないうちから出来ぬと決めつけるのは損じゃろう?」

 言われて、先程振り払った男が頭に浮かぶ。
 敵わぬ相手だと思いつつ、それでも倒さなければならない相手。
 そんな相手のことを思いだし、クラウドはほんの少しだけ―――誰にも気がつかれないくらいに小さく笑ってみせる。

「良い言葉だ。覚えておこう」

 そう、クラウドが呟いた瞬間。

「ッらあああッ!」
「せぇあああッ!」

 2人は同時に動きを放った。

 

 

******

 

 

 先に攻撃が届いたのはクラウドだった。
 巨剣のリーチはダンガンの蹴りの倍以上もある。
 超重量剣を、普通の剣と同じように縦一文字に振り下ろす。迷いのない素直な一撃―――だったが、ダンガンは向かってきたそれに対してクラウドの横手に回り込むようにして回避。

「甘いわッ!」

 そのままの勢いで回し蹴りを打ち放つ。巨剣を振り下ろした体勢のクラウドには避けられない一撃のハズだったが。

「ッ!」

 ダンガンの蹴りよりも、クラウドの剣が地面を打つ方が先だった。
 がつん! と地面に響く音を立てて、剣が地面に激突。その反動で、クラウドの身体が浮き上がる。
 反動を利用して、クラウドは自ら跳び上がると、剣の切っ先を支点にして、そのまま前方に空中前転。ダンガンの蹴りを回避する。

「ぬおっ!?」

 ダンガンの驚きの声。
 その声の聞こえた方に向かって、クラウドは着地と同時に剣を真横になぎ払う。身体を半回転させて放った横の斬撃に対して、ダンガンは素早く前に転がって回避。間合いを取りつつ背後のクラウドへと向き直る。その時にはすでにクラウドは接近しつつ再び剣を振り上げていた。

「喰らえ―――」

 剣を振り上げながら、自身も跳び上がる。
 跳躍し、大上段から剣を勢いよく振り下ろし、ダンカンへと叩き付けようとする。

 

 ブレイバー

 

 重力加速を加えた、重く速い必殺の一撃。
 しかし、ダンガンは慌てることなく、剣の軌道を見切ると、慌てることなく素早くバックステップ。
 巨剣は目標にかすりもせずに、また地面へと叩き付けられる―――が。

「・・・・・・ッ!」

 クラウドの攻撃はそれで終わりではなかった。
 剣を地面に叩き付ける寸前、クラウドの身体が淡く碧色に―――クラウドの瞳と同じ色に輝き、その光は巨剣へと伝わった。

「―――ぬぅっ!?」

 それ、をダンガンは知っていた。
 つい先程も見た技―――

 

 破晄撃

 

 光は地面に激突した瞬間、破壊の衝撃波となって地面を這い、間合いを取ろうとしたダンガンを追撃する!

「ちいいいいっ!」

 真っ直ぐに自分へと向かってくる衝撃波を見て、素早く今度は真横に飛ぶ―――が、飛んだ瞬間、衝撃波が弾けて三方に拡散した。その一方が、尚もダンガンを追撃する!

「ぬおおおおっ!?」

 避けきれない!
 そう判断したダンガンは、自分の “気” を高め、身構える。
 金の光が力強くダンガンの全身を包み込み、そこへクラウドの破晄撃が命中した。

 破壊音が辺りに響き、衝撃波によって土煙が舞う。
 土煙は一時、クラウドの視界を覆い尽くし、ダンガンがどうなったのかは確認出来ない―――が、クラウドは構わずにダンガンが居た方へ向かって突進。

(あの程度で終わりとは思えない・・・!)

 手を抜いたわけではない。
 全力で放った一撃だ。相手が並の人間だったら、クラウドは最早見向きもしなかっただろう。
 だが、相手が並でないことは、腕相撲で引き分け、街の中を競争し、そして今こうして剣と拳を交えてはっきりと解っている。

 これで終わるような相手ならば、こうして戦うまでもなく決着はついている。

「う、おおおおおおおっ!」

 駆けながら、振り上げた剣を土埃の中、ダンガンが居た場所へと、当てずっぽうに振り下ろす。
 がうっ! と、巨剣の一撃は空を砕く勢いで、土埃を割り、吹き散らす。
 剣圧によって土埃が晴れ、開けた視界の中、しかし剣の先にダンガンは居なかった。

「上かッ!」

 直感だけでクラウドは天を見上げる。
 と、空を背後に従え、ダンガンがこちらに蹴りを向けて突っ込んでくるところだった。

「はああっ!」

 クラウドがダンガンを認めた瞬間、その身体がまたもや金色に光り輝いた!
 途端、ダンガンの身体が加速する。跳び蹴りの格好のまま、まるで金の槍となってクラウドへと襲いかかる。

「ちぃいいいいいいっ!」

 クラウドは反射的に剣から手を放し、全力で回避行動に移る。
 剣を捨てた甲斐があって、ダンガンの必殺の蹴りを紙一重で回避成功するが。

「まだまだあっ!」
「ぐっ!?」

 クラウドに蹴りを避けられたものの、そのすぐ傍に着地したダンガンは、間髪入れずにクラウドの襟首を掴みあげると、その身体をもう一方の手で抱きかかえるように持ち上げ、そのまま跳躍する!

「なにっ!?」
「ふはははははっ! 我が流派は打撃だけではなく投げ技も天下一品! 受けよ! これが必殺の―――」

 

 メテオストライク

 

 ―――気がつけば、クラウドの身体はダンガンに捕まったまま、いつの間にか頭が下になっていた。
 ダンガンをふりほどこうとしても、ビクともしない。そうこうしている間に、クラウドたちはゆっくりと落下を始めていた。最初はゆっくりと、しかしだんだんと加速してもの凄い勢いで地面が迫ってくるのが、クラウドには見えた。
 このままでは頭から地面に激突してしまう。いかに強靱なソルジャーの肉体でも大ダメージは免れない。

「くっ・・・・・・」

 ふりほどこうとしてもふりほどけない。というか、力が思うように入らない。どんな形かは解らないが、ダンガンはクラウドを力ではなく技で抑え込んでいるようだった。
 どうしようもなく地面が迫ってくる。

(ちっ・・・くそったれ・・・・・・ッ!)

 抜け出せない。そのことを思い知り、クラウドは落下の衝撃への覚悟を決め―――ようとした時、その視界の隅にあるものが見えた。
 さっき、ダンガンの一撃を避けるために捨てた剣だ。その巨剣を見て、クラウドは反射的に叫んでいた。

りだつのマテリア!」

 クラウドの声に答えるようにして、巨剣の柄にはまっている宝石の1つがキラリと輝く。
 感覚的な手応えを感じ、クラウドは続けて叫ぶ。

「 “エスケプ”!」

 その瞬間、宝石ははっきりと輝き、その輝きはクラウドを照らして―――

「なんとぉっ!?」

 次の瞬間には、クラウドの身体はダンガンの束縛を抜け出していた。
 どうやって抜け出されたのか解らずに困惑したが、着地と同時にようやく気がついた。

「まさか・・・魔法というヤツか!?」
「少し違うな。・・・同じようなものだけどな」

 ダンガンと同じように危なげなく着地したクラウドは、丁度足下に転がっていた自分の剣を広い上げた。
 その柄にはまっている二つの宝石を見せながら説明する。

「マテリア―――というのを聞いたことはないか?」
「知らん。・・・息子辺りなら知っているだろうが」

 と、ダンガンはちらりとクラウドから視線を外す。
 新たな視線の先は、今し方口にした自分の息子。
 ロックに良いようにあしらわれ、城の方へと舞い戻るロックの背中を、疲労を引きずりながらよれよれと追い掛けるところだった。

「まあ、とにかく魔法というヤツなのだろう? あの、炎が吹き出たり雷が走ったりするヤツ」

 よく解っていないような口調でダンガンが言う。
 クラウドはやれやれと肩を竦めて。

「魔法って、使わない人間にしてみれば理解しがたいものだと思っていたが。ここまで大雑把な把握をしている人間は初めてだ」
「カカカ、褒めるな。照れるぞ」
「・・・褒めてない」

 嘆息しながらクラウドは巨剣の柄にあるくぼみにはめ込んでいる宝石を取り出した。
 くぼみは二つあり、宝石も二つはめ込まれている。今取り出したのは、先程クラウドを救った緑の宝石だった。

「この宝石はマテリアという、特殊な力を秘めた宝石で、セブンスで製造されている武具についている “ホルダー” に装着することで、様々な力を得ることが出来る。魔法と違うのは、素養のない人間でも使いこなす事が出来るという点だ」

 そう言いながら、クラウドは慣れた手つきで緑の宝石を胸元にしまい込むと、代わりに別の黄色い宝石を取り出した。それを、空いた穴―――ホルダーへとはめ込む。

「マテリアには大別して5つの種類があり、それは色によって異なる。緑色のマテリアは魔法青色のマテリアは特性黄色のマテリアは技能紫色のマテリアは能力変化、そして赤色のマテリアは召喚
「なるほどなるほど。つまり便利なモノなんじゃな?」
「アンタ、絶対わかってないだろう」

 はあ・・・と、深く嘆息して、クラウドは両手で剣を握る。

「確かに便利なモノだが、欠点もある。武具に装着出来るマテリアの数は限られているし、だから様々なマテリアを使うには、取り替えなければならない。しかし、戦闘中にいちいち取り替えるのは大きな隙となる。だから、基本的に戦闘の最中にマテリアの交換は出来ない」
「なるほどのう。便利な反面、不便もあるのか」

 ダンガンはうんうんと頷きを繰り返して、ふと首をかしげる。

「・・・もしかして、わざわざ説明してくれたのは、そのマテリアを交換するための時間稼ぎか・・・?」
「頭は悪いが、カンは良いんだな」

 あっさりと認め、クラウドは両手で握り込んだ剣に向かって叫ぶ。

いかずちのマテリア!」

 クラウドの声に応えるように、今交換したばかりのマテリアがキラリと輝く。
 そのマテリアの中には、小さな雷が荒れ狂っていた。

「 “サンダー” !」

 剣の切っ先から紫電が走り、ダンガンへと向かう―――が、雷が発生する瞬間に、ダンガンはすでに動いていた。

「なんとおっ!」

 横飛びに向かってきた雷撃を回避する。

「避けた!?」
「くくっ、我が流派の極意は “心を空に、そして雷よりも速く” じゃ! その程度の魔法では捉えられんぞ!」
「・・・わけわからん」

 投げやりに言い返しながらも、心中では驚きを隠せなかった。

(魔法が当たらないなんて・・・)

 弓矢などの投擲武器と違い、基本的に魔法は意識を相手に向けるだけで命中する。
 相手の魔法抵抗力によって、効果が発揮されないこともあるが、基本的に魔法とは避けることが出来ない間接攻撃だった。

(集中が途切れ、魔法が反れることはある。だが完璧に発動した術を回避するなんて、どういう直感だ!?)

 魔法は基本的に発動すれば一瞬だ。
 クラウドが今使ったマテリアの魔法とは違い、普通の魔道士が扱う魔法は呪文の詠唱などで発動するまでに時間が掛かるが、しかし一旦発動してしまえば即座に対象に効果が発揮する。それを回避するには、術が発動する寸前に回避行動を取らなければ間に合わない。それも、まさに雷よりも速く動くくらいの動きでないと、回避しきることもできないだろう。

 そんな事実を反芻して、クラウドは内心の驚愕を外に逃がすように軽く吐息して。

「・・・やっぱり化け物だ」
「いんや、人間じゃよ」

 にか、とダンガンは笑って続ける。

「お主が言うソルジャーとやらが、人の限界を超えた存在だというのならば、ワシは人間のままでよい。何故ならば我ら格闘家は人を超える超人には非ず! 人の身のまま己を鍛え、その限界をどこまでも引き上げ続ける―――人の可能性を探究する者!」

 ばっ、とそこで彼は、右足を軽く前に出し、右肩をクラウドに向けるようにして半身の構えをとる。
 クラウドと相対して、初めての構えだ。

「さあ、クラウド=ストライク! 貴様が己を人を超えた化け物だと名乗るのなら、限界を超えたという力を見せてみろ! ワシは貴様の限界が超えた先まで人のまま到達して見せよう!」

 ダンガンの言葉にクラウドは一瞬、呆けたように動きを止める。
 だが、すぐに苦虫を噛みつぶしたような表情になり、怒りと共に言葉を吐く。

「だ・か・ら、俺はクラウド=ストライフだ! ストライクじゃない!」

 叫びながらマテリアを発動させ、クラウドは再び雷撃を放った―――

 

 

 


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