第12章「バロン城決戦」
L.「蚊帳の外の人々」
main character:ロック=コール
location:バロン城外・平原

 

 気を取られたのは一瞬だけだった。

 しかし、相対するのはその一瞬の隙を逃すような相手ではなかった。

「―――ッ!」

 気がついた時にはクラウドの身体は吹っ飛ばされていた。
 高く弧を描くようにではなく、真っ直ぐに真後ろに吹っ飛ばされる。
 靴の裏が地面をこすりながら、後ろから前へと景色が短く流れ、やがて靴の裏のブレーキが効き始めた頃、勢いを無くした身体はそのまま後ろに倒れようとして。

「っ・・・!」

 倒れる寸前、なんとか片足を後ろにやって支え、踏みとどまる。
 なんとか転倒は避け、一息つこうとして―――息が出来ずにむせかえる。今頃になってようやく胸を打撃されたことに気がついたのだ。

「あの・・・ジジイ・・・」

 痛みを堪え、なんとか息を吐き出しながら呟く。
 と。

「ジジイとはワシのことか?」
「!?」

 目の前にそのジジイ―――ダンカンの顔があった。
 クラウドが一息ついている間に、間合いを詰めたらしい。そしてクラウドは、その急接近に顔を歪めて驚く時間しか与えられずに。

「がっ!?」

 いきなり顎の下から脳天に突き上げるような打撃。
 ダンカンの掌が、片手で重い物を垂直に持ち上げるような形で―――勢いが全然違ったが―――クラウドの顎をかち上げる。
 およそ力の入りにくい一撃だというのに、クラウドは背伸びを強制され、さらにつま先が地面から離れる。

 顎を跳ね上げられ、空しか見えないクラウドの耳に、ダンカンの声が聞こえる。

「ワシャ、まだジジイと―――」

 クラウドが聞こえたのはそこまでだった。
 次の瞬間、クラウドの腹部に固く尖った物が勢いよく突き刺さり、再び後ろへと吹き飛ばされたからだった。
 今度はボールを投げた時のように、高く、山なりに弧を描いて。

「――――――っ!」

 悲鳴すら上げることもできずに吹っ飛ぶクラウドを見送り、前方に肘を突き出した格好のままダンカンは続けた。

「―――呼ばれるような歳ではないぞ」

 

 

******

 

 

「・・・つえー・・・」

 あっさりと二度も吹っ飛ばされたクラウドを見て、ロックは目を丸くして呟いた。
 クラウドと知り合ってからそれほど長い付き合いというわけではない。
 だが、セブンスのソルジャーの噂がどれほどのものかは知っていたし、実際にクラウドが戦っているところも何度か見た。
 並の人間では振るうどころか持ちあげることも出来ないと思われる巨剣を軽々と振り回す。 “人外の化け物” というものを初めて見たような思いだった。

 だが、そんな化け物を、ダンカンはあっさりと吹っ飛ばした。
 初撃を喰らったのはクラウドがロックに気を取られたせいだとはいえ、そこから繋げての有無を言わせぬ連撃は、相手が誰であろうとも防ぎようはなかっただろう。

「・・・ちっ。あのオヤジ、また強くなっているな・・・」

 舌打ちは隣から。
 見れば、追いかけていたはずのバルガスがロックと並んでダンカンの方を睨んでいる。

「お?」
「あ?」

 思わず声を上げてしまったロックに、バルガスが我に返る。
 ロックと目を合わせ、みるみるうちにその表情が紅潮した。

「貴様ぁっ! ゆるさあああああんっ!」
「いや待て落ち着け俺の話を聞けええええええっ!」

 叫びつつバルガスがロックに蹴りを放つ。
 それに対して、叫びつつロックが蹴りを避ける。

 バルガスの蹴りは速く鋭く、ロックは紙一重でそれを回避するので精一杯だった。

「く、くそったれっ!」

 溜まらなくなって、ロックは後ろへ素早く飛び退いて僅かに間合いを取ってから、さらに素早く反転。
 バルガスに背を向けて逃げ出そうとする―――が。

「遅いッ!」

 そのロックよりもさらに速く、バルガスはロックの目の前に回り込む。

「げっ!?」
「ふん。俺が本気を出せばこんなものだ。さあ、観念しろ」
「か、観念って・・・いやあのさ、俺は別にあんなヤツの恋人とかそういうんじゃなくて―――」
「あんなヤツだとおおおおおおおッ!」

 必死で弁解しようとするロックだったが、火に油を注いだようなものだった。
 もうこりゃ逃げるしかないなー、と思いながらもう一度反転してバルガスから逃げようとする、が。

「だから遅いと言った!」
「げげっ!?」

 また目の前に回り込まれる。
 反射的に後退しかけるロックに、バルガスは容赦なく蹴りの嵐を見舞う。

「そらっ! そらそらそらそらそらあっ!」
「だああああああっ!?」

 繰り出される無数の蹴りを、ロックは必死の形相で紙一重で避ける。
 なんとか回避し続けて、バルガスが一息ついた隙にロックは再三、尻尾を巻いて逃げ出そうとするが。結果は同じ。

「無駄だと言っているだろう!」
「げげげっ!」

 先程と変わらず、またもやロックの行く手をバルガスが回り込んで塞ぐ。
 そしてまたまたバルガスの蹴りがロックに向かって繰り出される。それをロックは必死で避けて、隙を衝いてまた逃げだそうとしてはバルガスに回り込まれる。

 ―――そんなことを数回繰り返し。

(・・・なんだ?)

 何度目かの蹴り―――バルガスは数えてなかったので解らなかったが―――に、バルガスは違和感に気がついた。

(何故だ・・・? なんでこうも蹴りが当たらない・・・!?)

 自分の素早い連続の蹴りを、ロックは必死に避けている。避け続けている。
 さっきからロックの身体をかすめるだけで、一度も直撃していない。

 あまりにもロックが滑稽に、必死になって逃げるので気がつくのが遅れたが、これは明らかに異常だった。

 ―――そう、バルガスが気がついた時、必死だったはずのロックの表情が笑みに変わる。その笑みはまるで「ようやく気がついたのか?」と嘲笑しているかのように、バルガスには感じられた。

「貴様あああああああっ!」

 怒り。
 先程までとは違う怒りを爆発させ、バルガスは拳を握りしめてロックへと殴りかかる。
 だが、ロックはあっさりと回避し、バルガスの横手に回り込むと、その肩をポン、と叩く。それだけでバルガスのバランスは崩れ、上半身が泳ぎ、下半身はよろめいた。

「なにを・・・したっ!?」

 ともすれば倒れそうな身体を、しかしなんとか持ち直してバルガスはロックに向き直る。
 だが、ロックは軽く肩を竦めて、

「別に。あんたが勝手に疲れてるだけさ。そりゃあんだけ走ったり蹴りをからぶったりすりゃ疲れるわな」
「まさか・・・最初からそのつもりで・・・」
「暴力は苦手なんでね。ちと頭を使わせて貰った」
「この・・・野郎!」

 怒りを通り越して、憎しみさえこもったバルガスの視線を、しかしロックは平然と見返して。

「やかましい。大体お前が変な嘘に騙されるから悪いんだろうが。人の話は聞けよ」
「・・・殺してやる」
「全然聞いてねえな・・・」

 嘆息するロックに、バルガスは拳が白くなるほど強く強く握りしめ、振りかぶってロックへと殴りかかる。
 対してロックは何もしない。避けようともしない。
 バルガスが声にならない雄叫びをあげてロックに向かって拳を突きだし、その拳は寸分狂わずロックの顔面へと突き刺さり―――

 手応えがなかった。

「な・・・に? これは・・・残像?」
「ハズレ。そりゃ幻影だ」

 ロックの声は後ろから。
 すでに疲れ果て、今まさに全力の一撃を振り絞ったバルガスには、最早素早く動くだけの力はなく、ゆっくりとよろめきながら背後を振り返ることしかできなかった。

 振り返ってみれば、そこにロックが立っていた。
 そのロックの着ている上着が、明るい昼間ではおぼろげな、淡い光に覆われていた。

「悪いけど城の方に戻らせてもらうぜ? ちょっと用件を思い出したんでな」
「用件、だと?」
「あんたにゃ関わりのないことさ―――まあ、大したことってわけでもないんだがね」

 そう言いつつロックは自分の額を軽く撫でる。
 そして、ダンカンとクラウドの方を振り返る。見れば、クラウドはダンカンと相対して、先程の腕相撲の時と同じように、互いに己の力を示すような強い光に包まれている。先程の攻防を見る限りでは、ダンカンの方が一枚上手のようだとロックは判断したが―――

(ま、死にはしねーだろ)

 そう思い、ロックは今度こそバルガスたちに背を向けて、城へと戻るために駆けだした―――

 

 

 


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