第12章「バロン城決戦」
J.「戦場に在る意味」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城内・エントランス
―――その ”恐怖” が放たれた時、ヤンとファリスも例外なく動きを止めていた。
「なんだよ・・・今のは・・・?」
かつて感じたことのない、背筋が凍り付くような恐怖に、ファリスの声は少し震えていた。
そのことに気がつき、自分が怯えていることに怒りを覚えてファリスは大声で言い直す。「なんだッ! 今のはッ!」
「ダーク・・・フォース・・・まさか―――」ヤンはゆっくりと背後を振り返る。
と、海賊やモンク僧たちを押しのけて、1人の女性が現れてるところだった。いや、別に彼女は手で押しのけているわけではない。
ただ彼女が歩くだけで、周りの者たちが後ろに退き、結果として彼女の前に道が出来る。皆、怯えていた。
いきなり現れた、身も知らぬ1人の女性に。
皆、気がついていた。
今の “恐怖” が彼女の発したものだという事を―――だからこそ、怯えている。その女性は、一振りの漆黒の剣を手に提げていた。
ヤンはその剣を見たことがない。だからこそ困惑して、誰何の声をあげる。「誰だ、お前は・・・!?」
尋ねられて彼女は嘆息した。
自分の赤い髪の毛の先端を軽くつまみながら、「なかなか良く出来て居るみたいだ。さっきから顔見知りに会っているのに、誰も解らない」
「その声・・・? やはり貴様は・・・!」その声で、ようやくヤンは気がついたようだ。
が、相手の名前を言うよりも、ファリスが動く方が早かった。「てめええええええッ!」
いきなり斧を振りかぶって、彼女―――セシルに向かって突進する。
力任せに振り下ろされた一撃を、セシルは横に身を反らして難なく回避。手にしたデスブリンガーで、ファリスに反撃を行おうとするが―――「!?」
「オォオオオオァッ!!」ぶおんっ!
と、今振り下ろしたはずの手斧が、地面に弾かれたように振り上げられる。
思わぬ攻撃に、セシルは反撃することなく、あわてて回避した。「無茶苦茶だ・・・」
力任せの無茶苦茶な攻撃に、セシルは唖然として呟く。
「うるせーこの野郎! さっきのはテメエの仕業か!? なんかしらねえがビビッちまっただろ! どうしてくれるんだよ!」
「あー・・・」ファリスの言葉に気圧されながら、セシルは声を上げる。
「いや、大きなお世話だと思うんだけど」
「あんだよ?」
「女の子がそう言う言葉遣いをするのはどうかと―――うわっ!?」いきなり飛んできた手斧を、セシルはぎりぎりで避ける。
ぎゃあ、とか後ろから悲鳴が聞こえたような気がしたが、セシルにはそちらに構っている余裕はなかった。「うわっ!?」
「てめえ!」いきなり胸元を捕まれそうになって、セシルは身を引いて回避。
手持ちぶさたに手をわきわきと動かしながら、ファリスはセシルを強く睨む。「誰が女だコラァッ! 俺のどこか女だよ!?」
「あ、いや何となく―――違ったなら謝るけどさ。でも」
「でも?」
「そこ、危ないよ?」
「へ―――!?」風が来た。
その時ファリスが感じたのは、それだった。
セシルの言葉と風。その二つに反射的に身体が後ろに跳んだ。跳んだ次の瞬間、目の前に風が飛び込んでくる―――正確に言えば、風と共に1人の青年が飛び込んでくるのを見る。
「おっし。俺の勝ちぃ!」
風と共に現れた青年―――バッツがその場でそう宣言する。
・・・と、続けてそこに向かって槍の切っ先が飛んできた。「おわっ!? 危ねえな! 串刺しになったらどうしてくれる!?」
「お主は絶対に避けるじゃろうが! そうでもなかったら、突いたりせんわい!」槍を突き出したのはフライヤだった。
彼女は大変ご立腹の様子で、バッツを強く睨んでいる。そんな彼女に、バッツはにたりと笑ってみせた。「へっ。俺の勝ちのようだな」
「なんも勝負なんぞしとらんわい! それより貴様ぁ、私が先行した瞬間、尻尾を引っ張ったじゃろう! このド変態が!」
「変態とか言うな! しかもドをつけるな!」
「やかましい! レディの尻尾を掴むとは、ド変態と言ってもたらんわい! この超究極スペース変態が!」ネズミ族であるフライヤは、表情の変化が読み取りにくいが、声の勢いだけで激しく怒っていると言うことははっきりと解った。
できればしばらく放っておきたいが、そうのんびりしていられる状況でもない。セシルはバッツとフライヤの間に分け入ると、「まあまあ」とフライヤを宥めようと声を掛けた。「・・・なんじゃ、お主は」
フライヤはセシルを見て、怪訝そうな声を上げる。
どうやらフライヤにもセシルの女装は見破れないようだった。バッツも同じだろうか、と思って振り返ってみれば、彼はとても嬉しそうにセシルを指さして。
「おい。ここにも変態が居るぞ」
「わ。一発でバレた!?」
「バレるに決まってるだろが。主に声と顔つきで―――つか解らない方がどうかしてる」
「変態? なんのことを言って居るんじゃ?」フライヤの疑問に、バッツはケケケケ、と意地悪く笑いながら答える。
「いやだから、ここに女装しているセシル=ハーヴィとか言う変態が・・・」
「変態じゃない! 変装と言ってくれ!」
「やかましい! 男が女装するなんざ、立派な変態以外のなにものでもない! この超究極スペース変態が!」
「それは私の台詞じゃ」フライヤが冷静に突っ込みを入れる。
・・・などと、やっていると。「―――ッ!」
不意にセシルが後ろに跳んだ。
その目の前に、鉄の手斧が振り下ろされる!「ちっ!」
手斧を振り下ろし、舌打ちしたのはファリスだった。
「おい。いきなりなにしやがる。怖いだろ」
バッツが非難じみた声を上げると、ファリスは強くきつくバッツを睨付けた。
「こわいだろ、じゃねえだろ! コイツは敵だぞ! 解ってるのか!?」
「・・・敵?」バッツは怪訝そうにセシルを見やる。
すると相手は肩を竦めて、あっさりと認めた。「まあ、今はそうかな」
「つまり、またバロン側についたってことか?」
「微妙に違うな」
「じゃあ味方じゃねえか」
「少なくとも、そこに居る海賊とヤンたちの味方をする気はないね」
「ああ、なるほど」セシルの言葉で、バッツは合点がいったように頷いた。
その隣でファリスが吠える。「だから言っただろうが! 敵だって! 解ったらさっさと―――」
「ああ。ブッ倒さなきゃな―――というわけで、ここは俺に任せてくれ」言いながら、バッツは父から預かった刀を持ち、一歩前に出る。
「あいつには借りがあるんだ。だから俺がやる」
そう言った次の瞬間、バッツの姿が皆の視界から消え失せた。
誰もが青年の姿を見失い、戸惑っていると不意に響き渡るのは鋼と鋼がぶつかり合う、耳障りな金属音。
その音を頼りに目を向ければ、バッツの横手からの一撃を、セシルの剣が受け止めたところだった。「ちぃっ。通じねえか!」
「危なかったけどな――― “答え” は見つかったのか?」舌打ちするバッツに、セシルは半笑いを浮かべて問いを出す。
その問いに、バッツは勢いよく答えた。「俺なりに結論は出た! だからここに居る」
そう答え、再びバッツの姿が視界から消える。
(右かッ!)
直感だけで判断して、セシルが振り返る―――が、そこにバッツの姿はない。
姿がないと気がついた瞬間、目の前に向かって低い姿勢で飛び込んだ―――地面に手を突いて、一回転して背後を振り返る。「ちっ。避けやがったッ!」
見れば、バッツがついさっきまでセシルが立っていた所の左手に立ち、剣を空振りしたところだった。
どうやら、一旦セシルの視界から外れ、セシルが別の方を振り向いた瞬間に、また同じ所から斬り込んだらしい。「相変わらず、動きが見切れないな・・・」
「それなのに、どうしてこうも見事に避けられるんだか」苦笑するセシルに対して、バッツは微笑。
その笑みの差は、互いの余裕の差でもあった。二度―――ファブールでのやりとりも含めれば三度、バッツの攻撃をセシルは回避出来たが、そのどれもが紙一重に等しかった。ほんの少しでも気を抜けば避けきれない、死角から一撃。しかも、バッツはまだ本気を出していない。そのことを認識しながら、セシルは表情では笑みを作りながら、胸中で嘆息する。
(―――バッツの動きを見失ってしまうのは、呼び動作が全く無いからだ。唐突な動きに目が反応出来ずに、それで見失ってしまう。だけど速さ自体はそれほど速くはない。僕より少し速いくらいだ。だから、来る方向が解れば十分に対応出来る)
直感で来る方向を決めて、そちらをみて来なければ、後ろか横から来ると言うことだ。ならば前に逃げれば回避出来る。
だが、そのためにはバッツを見失う瞬間に反応し、停滞することなく動かなければならない。少しでも迷ったり、戸惑ってしまえばそこで終わりだ。「全く・・・厄介なヤツだよ」
「お前こそ。俺の剣が三度も当たらなかったのは初めてだ」
「何度も見せて貰えばそれなりの対処法は考えつくさ。・・・それなり、だけど」今のままではバッツの剣を避けることはできても、反撃することはできない。
何故なら、バッツの動きに対応出来るのは、こちらから動かない “待ち” の姿勢だからだ。ヘタに攻撃を加えれば、攻撃から守りに転じる隙を逃さず、バッツの一撃が飛んでくる。速さ自体に差はないが、動作の切り替えの速度は相手が圧倒的に速い。(まあ、良いか。今はバッツを倒すことが目的じゃなくて―――)
などと思っていると、目の前にバッツが現れる。
「なに!?」
一瞬で目の前に現れたバッツに、驚きながらも思い返していた。
(これは、ファブールでカイン相手に見せた―――)
確か、バッツは “神行法” と言っていた。
相手の間合いをゼロにする秘技。「もらいッ!」
「くっ・・・」反射的に後ろに退こうとする。
だが、後ろには誰かが―――海賊かモンクかバロン兵かは解らなかったが―――立っていた。
皆、戦いの手を止めてセシルとバッツの戦いを見ている。後ろの人間が邪魔で、それ以上退けないセシルの頭をめがけ、バッツの刀が振り下ろされる。
後ろに逃げ切れないために、無駄なあがきだと知りつつも身をかがめるが―――(避けきれない!)
―――そう、セシルが思った瞬間。
ごんっ☆
重く、小気味よい音がセシルの頭の上から響いた。
セシルの頭で響いたわけではない。「・・・あれ?」
戸惑うバッツの声。
続いて、どさり、と背後で誰かが倒れる音。
振り返ってみれば、海賊の1人が頭を抑えて倒れていた。「うわやべ。間違えた」
「あほかあああああああっ!」ファリスの怒声が飛んでくる。
バッツは「あははは」と誤魔化すように笑って。「いやー。刀を返してなかったらヤバかったな。まあ、凄く痛いだろうけど」
そう言うバッツの刀は、刃を自分の方へ向けていた。
つまり、相手に向かって振るっているのは峰の部分だ。「こっちも十分ヤバかったな」
バッツがファリスに弁解している隙に、セシルは素早く体勢を立て直すと、横に逃げてバッツと間合いを取る。
「・・・神行法、とか言っていたっけ。君のその技」
「おうよ。ぼーっとしてるとケガするぜ」
「次から気をつける」見失わない瞬間だけに反応すれば良いというわけではないらしい。
バッツの動きそのものに反応しなければならないのだと、自己修正。(・・・本当に、厄介な相手だよ。身のこなしだけで長い間戦うために剣を振るってきた僕たちを圧倒する・・・!)
自分だけではない。世界最強の1人とも呼ばれるレオ=クリストフ相手にもそうだった。
正直、剣の技量だけで言うならバッツの腕は大したことはないと思っている。まともに打ち合えば、三本中三本はセシルがとるだろう。
話を聞いた限りでは、レオ=クリストフに負けた時も、挑発に乗って真っ向から打ち込んだから負けたらしい。(・・・というより、真っ向から打ち合った経験がないんじゃないだろうか)
バッツの動きをみているとそう感じてくる。いつも相手の死角に回ってから不意の一撃では、打ち合うこともない。
「次、行くぜ」
バッツがそう宣言した瞬間、セシルの目の前からその姿が消える。
横か!? と左右を素早く見るが、そこには居ない。
「後ろだよッ!」
その言葉通りに、バッツの声は背後から。
バッツは無防備なセシルの背中に、刃を返した刀を素早く打ち込む―――が。ぎぃんっ!
と、刀はデスブリンガーに弾き返された。
いつの間にか、セシルは逆手に剣を持ち、腰から肩に向けて、背中を斜めに覆うように剣を持っていた。「おわっ!?」
刀を弾かれ、バッツは二、三歩後ろによろめく。
と、どん、と誰かにぶつかった。振り返ると、バロン兵がそこに立っている。「おい、邪魔だぜ」
「あ、ああ・・・」言われて、困惑しながらバロン兵は後ろに退こうとした瞬間。
バッツの姿が目の前から消える。
代わりに、バロン兵のすぐ目の前を、漆黒の剣が通り過ぎた。「ひっ・・・」
かすれた悲鳴を上げて、バロン兵はその場に尻餅をついた。
それほど怯えたのは、剣が目の前を通り過ぎたということよりも、デスブリンガーのダークフォースに当てられてしまったからなのかもしれない。「まあ、避けるか」
「・・・って、お前。今のマジで殺す気だったろ!」セシルの目の前に居たはずのバッツは、何時の間にか横に回り込んでいた。
そちらに方を向きながら、セシルはしれっと答える。「殺す気だったさ。殺せないとも思っていたけど」
「うわー、怖いヤツだなお前。友達を殺すとか言うなよ!」
「・・・それは、僕に対する皮肉かな」セシルは苦笑。
つい先日、ファブールで無二の親友と殺し合ったセシルは、苦笑を返すことしかできなかった。「というか、今知ったんだけど、僕と君って友達だったんだ」
「馬鹿野郎。人類皆兄弟だ!」そう言いながら、バッツは真っ向からセシルに向かって飛び込んでくる。
「!?」
先程のように一瞬で間合いを詰めるわけでもない。
普通に真っ向から斬りかかる。何かの罠か、と思いながらセシルは振り下ろされたバッツの刀をあっさりと跳ね上げた。
金属音と共に、刀がバッツの手からすっぽ抜けて、天井近くまで跳ね上がると、傍観していたモンク僧の目の前に落ちて、がちゃんと耳障りな金属音を立てた。「ぬわ!?」
いきなり落ちてきた刀に、モンク僧は慌てて後ろに下がる。
と、バッツは素早く刀の元に駆け寄ると、それを拾い上げてから小首をかしげる。「やっぱだめか」
「って、一体なんなんだ、今の考え無しの打ち込みは!?」
「いや。人類兄弟とか恥ずかしいこと言っちまったから、照れ隠しに斬りかかってみた」見ればバッツの顔は少しだけ赤くなっていた。照れているらしい。
「・・・照れ隠しに斬りかかるのか、君は」
「まあ、通用しないとは思ったけどな」そう言って、バッツは拾い上げた刀の切っ先をセシルに向けて。
「さあ。続けようぜ」
向けられた刀の切っ先を見て、セシルは無言でデスブリンガーを構え直すと、小さく頷きを返した―――
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バッツとセシルの戦いを、双子は入り口付近でじっと見つめていた。
「・・・セシルにーちゃん。なんか楽しそうじゃねえか?」
騎士と旅人の戦いを眺めながら、ぽつりとパロムが呟く。
それはポロムも感じていた。先程までは怖いとすら思っていたセシルが、あのバッツという青年が現れてから様子が一変した。
恐さは消え、いつもの―――戦っていない時のセシルの様子と同じになった。剣を打ち合わせ、戦っているはずなのに、そこには殺伐としたものはない。
双子はバッツのことを知らなかった。
だから、相手がどういう人間かは解らなかったが、それでもセシルの敵ではないと―――本当の意味での味方なんだと解った。「全く、セシルにーちゃんも酷いよな。さっき散々怖がらせてさ。ちゃっかり自分は楽しんで」
「・・・あ」パロムの笑う声に、ポロムははっとする。
セシルが自分たちを怖がらせた時のこと。
人が、目の前で人が死んでしまった時のことを思い出したからだ。先程、セシルに斬られて倒れたままの海賊を見る。
倒れた2人の海賊は、自らの血に身体を浸したまま動かない。
もう、死んでいるのだろう。そう、思いながらポロムは二つの死体を凝視する。(考えなきゃ・・・セシルさんは考えろって言いました。何が正しいのか、正しくないのか・・・そして正しいと思ったことを前にして、自分がどうしなければならないのか、考えろって)
戦うための覚悟はある。だからポロムはこの場に居る。
けれど、覚悟だけではまだ不十分だった。この戦場という殺し合いの場に居ることの出来る資格を得ただけ。
それだけでは、居るも居ないも変わらない。(問題なのは、自分がここでなにをできるのか―――しなければならないのかと言うこと)
セシルは襲いかかってきた海賊をあっさりと斬り伏せた。
それは、セシルが戦わなければならないと判断したからだ。
ならば、白魔道士である自分は何をすべきで、何をすれば良いのか―――(私は・・・)
何をしたくて、自分がここにいるのか―――
(・・・私は、もう人が死ぬのを見たくない)
心の底から思う。
セシルが海賊を殺した時、心の底からそう思った。セシルを助けてあげたい。ここに来るまではそう思っていた。
そのためには人を殺すことだってできると思い込んでいた。けれど、それは違う。
自分は戦うためにここに来たわけじゃない。
もう、誰も死んで欲しくないから。
セシルやパロムが死ぬのも嫌だし、逆にセシルが誰かを殺すのも嫌だ。さっきまでセシルのことが怖かった。
それは、セシルに人を殺す覚悟と決意があったからだ。そして、それを自分では止めることが出来ないと解っていたからだ。
でも、今は違う。
バッツという青年の出現で、セシルから殺意というものが消え失せていた。それがバッツという青年のせいであると、そのことに気がついて、ポロムは自分自身を悔やむ。本当なら、それは自分がしたくて、しなければならないことだったのに、と。そう思いながら、海賊の死体を見る。
セシルが殺してしまった海賊。
自分が止めなければならなかった殺人。自分が、もっとしっかりしていたなら2人の海賊も、そしてセシルも救えたはずなのに―――(きっと、セシルさんはあとで後悔します。殺してしまったことを。また、後悔してしまう―――私は、それを止めたかったのに・・・!)
悔やみながら海賊の死体を見つめ―――
ふと、気がついた。
「え・・・?」
「どした、ポロム?」パロムが聞いてくる。
だが、ポロムは双子の片割れに返事を返さずに、海賊の死体へと駆け寄った。そして、ぴちゃり、と血だまりに服が汚れるのにも構わず、死体の傍らに膝を突くと、死体に手をやった。
「ど、どうしたんだよ、ポロム?」
「動いたの・・・! 今、動いた気がした―――やっぱり!」ポロムは半泣き半笑いの表情で、パロムを振り返る。
「パロム、この人達まだ生きてる!」
「ほ、ホントかよ!?」
「・・・ッ」パロムは驚き、ポロムは再び倒れた海賊の方へ向くと口早に言葉を唱え。
「 “ケアルラ” !」
ポロムの癒しの魔法、その光が2人の海賊を包み込む。
「た、助けるのか!?」
驚いたままパロムが尋ねてくる。それに振り返らずにポロムは答えた。
「当たり前でしょ!」
「でも敵じゃ・・・」
「敵とか関係ない! 私は白魔道士! 傷ついた人を助けるためにここにいるの!」叫びながらも魔法に魔力を注いでいく。
癒しの光は海賊達を包み込んで、やがて、完結する。「ふぅ・・・・・・」
疲れたように吐息するポロムに、パロムが尋ねる。
「助かったのか?」
「1人は。・・・でも、もう1人。最初、セシルさんの剣に貫かれた方は、もう肉体の細胞自体が死にかけてる。ケアルじゃだめ。蘇生魔法じゃないと・・・!」言いながら、ポロムは再び口早に呪文を唱える。
「 “奇跡の天使よ・・・死に行く者に今一度復活の灯火を―――・・・レイズ”!」
呪文が完成し、先程よりも強く眩しい光が海賊を包み込む。
「お願い・・・! 死なないで!」
ここで海賊を死なせてしまえば、自分がここに来た意味がなくなる。
そう感じて、ポロムは焦りながら魔法に魔力を注ぎ込む―――が、手応えはない。
もう、殆ど死にかけている。蘇生魔法でも追いつかないほど、死のスピードが速い。「ダメよ! 死んじゃダメ!」
自分の力が足りない。
そう痛切に感じて泣きそうになる。
もっと自分に力があれば、自分が子供でなければ救えるのに―――そう焦りと一緒に感じた瞬間。
もう一つの力が魔法に注ぎ込まれる。「え・・・? パロム?」
「1人で先走るなよ! オイラたちは2人で1人、だろ?」顔を上げると、パロムがにかっと笑いながらポロムの魔法に魔力を注ぎ込んでいた。
それを見た瞬間、ポロムの心にパロムの心がシンクロするのを感じる。とたんに、自分の力が何倍にも膨れあがるのがはっきりと解った。
いつもの合体魔法の時に感じる感覚。手応えがある。
死に瀕していた身体が、命を取り戻していく手応えが。「大丈夫・・・もう・・・大丈夫」
やがて、魔法は完結して、光が消える。
すると、2人の海賊はそろって「「うぅ・・・」」と呻き声をあげて見せた。「おい、もう大丈夫みたいだぜ・・・・・・ポロム?」
パロムが見ると、ポロムはとても答えられる状態ではなかった。
涙を瞳に溢れさせ、泣き声を漏らさないためか両手で口を押さえている。
そんなポロムを宥めるように、パロムは少女の頭を二、三度ぽんぽんと叩くと、セシル達の方を向く。見れば、いつの間にかセシル達は戦いを止めていた。
セシルの手にはデスブリンガーはすでになく、代わりに傍らにエニシェルが立っている。バッツもやる気無さそうに刀を肩に担いでいた。「・・・どうやら、向こうもケリがついたようですね」
そう言って、ポロムは涙を拭う。
「大丈夫か?」
「なにが?」
「・・・まあ、ポロムが大丈夫なら良いけどさ」へへっと、パロムが笑うと、ポロムは少し照れたように顔を赤らめて。
「パロム・・・その、ありがとう」
「礼なんか言わなくて良いって。それよりも」
「・・・ええ!」パロムの言葉に、ポロムは頷きを返す。
まだ倒れたままの海賊の傍らから立ち上がり、双子は互いに手を取って、セシルの元へと駆けだした―――