第12章「バロン城決戦」
I .「意味無き恐怖」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城内・エントランス
城内は大乱戦だった。
バロン兵と、海賊、モンク僧が入り交じって殺し合っている。
その中でも一方的に屠られているのはバロン兵で、次々にモンク僧の拳と海賊の手斧によって倒れていく。
しかし数は圧倒的にバロン兵の方が多く、次々と現れるバロン兵を前に、海賊やモンク僧たちも疲れを隠すことが出来ない。だが。「意気を吐け! 敵の数は多いが、勝てぬ相手ではない!」
「てめえら! 海賊の根性を見せてやれよッ!」海賊、モンク僧の先頭で戦っている2人の男が圧倒的な強さで敵を屠り、そして士気を高めていく。
その内の一人をセシルは知っていた。「・・・ヤン、か」
「お知り合いですか?」
「ああ。やはりここに攻め込んだのは味方だったようだよ・・・」ポロムの問いにセシルは頷く―――が、その表情は苦々しいものだった。
「女!? なんだお前ら、こんなところでなにをしてやがる?」
海賊の一人がセシル達に気がつく。
手斧を肩に担ぎながら、いやらしい笑みを浮かべてゆっくりとセシル達に近寄ってきて。「この城の女か? ならお前らは捕虜として俺が可愛がってやるぜえ」
などと言いながら海賊が手を伸ばしてくるのを、セシルは無造作にはね除けた。
同時に、叫ぶ。「エニシェル!」
「応! ようやく出番か!?」セシルの呼びかけに、嬉しそうにエニシェルが応える。
そしてセシルに向かって飛びつきながら、ただ一言。「在れ」
小さく短く呟かれたその一語で、エニシェルの身体が闇に包まれる。
闇が少女の身体を包み込んだのは一瞬。しかしその一瞬で、少女の身体は掻き消えて、代わりに一振りの漆黒の剣が出現する。無為の絶望と破滅を司る、最強の二つ名を冠する暗黒剣。
知る人は『デスブリンガー』と呼ぶその剣は、セシルの右手の中に綺麗に収まる。「なんだ・・・手品か?」
困惑する海賊に、セシルはその疑問に応えることなく剣を向けた。そして告げる。
「邪魔だよ。そこをどいてくれ」
「は?」
「お前達のリーダーに用事があるんだ。だからどいてくれ」
「リーダーって・・・お頭のことか?」
「そーだよ」セシルが頷くと、海賊は「へっ」と笑う。
「ばぁーっかかおめえ。どけといわれて、はいどうぞ、なんていうヤツがいるわけ―――」
「―――デスブリンガー・・・」海賊の台詞を最後まで聞かず、セシルは暗黒剣の名前を呼ぶ。
その呼びかけに応えるように、デスブリンガーは黒く怪しく発光する。それを見てふざけていた調子の海賊は、なにかを感じ取ったのか表情を変えると、無言で手斧を振りかぶる!
(―――こちらがやる気だって感づいたか・・・さっきのバロン兵よりは殺し合うということを知ってはいるようだ・・・けれど)
「死ねやああああっ!」
海賊の斧がセシルに向かって振り下ろされる。
だが、振り下ろされるよりも速く、セシルは海賊の懐へと飛び込んでいた。剣を海賊へ向けたまま。「ぐあ・・・」
結果、海賊の斧はセシルの肩越しに空振り、その海賊自身の背中からはデスブリンガーの切っ先が生えていた。
「・・・ごめん」
海賊の胸元で小さく謝罪の言葉を呟き、セシルは身を引く。
ぐらり、とセシルに向かって倒れてくる海賊から、素早く剣の引き抜くと、さらに二、三歩後ろに引いて海賊の身体を避ける。その身体は力なく、どさりと床に倒れ込んだ。「・・・ぁ・・・・・・」
小さな呻き声に振り返ってみると、ポロムとパロムが青ざめた顔をしてこちらを見ていた。
自分たちの父親が殺された瞬間を思い出してしまったのかもしれない。呆然とした表情で、セシルの姿を見ているが、顔を合わせようとはしなかった。「人が死ぬ。それが殺し合いということだ」
セシルの言葉に、青ざめたままのポロムがびくりと震える。
パロムも、なにかに耐えるような顔をして、口をへの字に曲げていた。「君たちはなにもしなくていい。そこでじっとしているんだ。けれど―――」
―――今朝までのセシルだったなら、ここで双子に皮肉の一つでも言って、自分が悪役になることで戦場から遠ざけようとしただろう。
しかし、今はもう双子の覚悟を認めてしまった。だから。「―――本当に覚悟が在るというのなら、目を反らさずにこの殺し合いを見ているんだ。そして―――」
「なんだ、てめえ!?」仲間が殺されたことに気がついたのだろう。海賊の1人がセシルに向かって斧を片手に飛びかかってくる。
だが、セシルはそちらを見もせずに剣を一閃させ、あっさりと返り討ちにする。「ぎゃああ・・・」
短い悲鳴を上げて、海賊はさきほどセシルが倒した海賊の身体の上に折り重なって倒れた。
「そして、考えて自分で答えを出すんだ。何が正しいのか、正しくないのか―――その正誤に対して、自分がどうすればいいのか・・・どうしなければならないのかを!」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」答えは返ってこなかったため、自分の言葉が双子に届いているのかセシルには解らなかったが―――しかし、確認はしなかった。
それ以上双子の方を振り向かずに、戦場へと目を向ける。見れば、海賊達の何人かはセシルに気がつき、こちらの様子を伺っていた。
先程の海賊のようにいきなり襲いかかっては来ない。セシルの足下に倒れている海賊を見て、その強さがどれほどのものか解ったのだろう。(・・・良いな)
素直にセシルは胸中で感心した。
(余程戦い慣れている。仲間がやられても冷静だ・・・。これは、相手が守備兵ではなく赤い翼や竜騎士団の精鋭でも対等に戦えるかもしれない)
なんにしろ、今のところ城内守備兵しか動いていない様子では、バロンの城が落ちるのも時間の問題ということだった。
そしてそれはセシルも望むところでもあった―――だが。(問題は、人が死ぬってことだ)
胸中で呟きながら、セシルは剣を振り掲げる!
セシルのその行為に、海賊達が自分の武器を油断なく構える―――が、セシルは構わずに声高らかに叫んだ!「魔剣よ! 意味無き恐怖を撒き散らせ!」
デスブリンガー
叫んだ瞬間、掲げられたデスブリンガーから漆黒の波動が放たれた―――
******
その時、ベイガンは謁見の間に居た。
周囲には自分の部下である近衛兵が控え、そして背後の玉座にはバロン王オーディンがぐったりと身体を預けて座っていた。さらにもう1人、ガストラ帝国からの客人であるレオ=クリストフの姿もあった。
「・・・ベイガン殿。随分と容易く攻め込まれているようだが・・・?」
背をピンチと伸ばした直立不動の姿勢でレオが呟く。
戦いの喧噪はこの謁見の間にもはっきりと聞こえてきていた。
つまり、それほど近くまで攻め込まれていると言うことだった。この謁見の間に辿り着かれるのも時間の問題だろう。だが、ベイガンは余裕の笑みを浮かべる。
「問題はありません。―――いえ、むしろそれは必要なことなのです」
「必要なこと・・・?」
「はい。長い間、戦というものをしていなかった我が国は、随分と弱くなってしまいました」
「弱く? しかし飛空挺団 “赤い翼” を初めとする八大軍団を擁するバロンはフォールス最強だと思われるが・・・?」
「しかし、貴国であるガストラと比べればどうでしょうか?」
「む、それは・・・」質問を返されてレオは即答は出来なかった。
だが、ベイガンは笑みを変えずに続ける。「いいのですよ、はっきり言ってくださって。戦争を続けているガストラに比べ、我がバロンは弱い―――いいえ、温いとね」
不意に、ベイガンは笑みを消して暗い表情を浮かべる。
「かつては最強を疑うことなく自負できた軍団も、竜騎士団が竜を失い、海兵団はリヴァイアサンを恐れて無力となり、暗黒騎士団の質も年々落ちるばかり・・・二つの魔道士団は未だ設立して日が浅く戦力になりませんし、陸兵団は所詮は寄せ集め・・・」
嘆かわしい! とでも言うかのように、小さく頭を振りながら彼はつづけた。
「我ら近衛兵団は、無論、ぬるま湯に浸かっているつもりはありませんが、その役目は王の守護であるため、無敵の盾にはなれましょうが、最強の矛にはなれません―――つまり、現状で唯一最強を誇れるのはゴルベーザ様の赤い翼のみ!」
「いや、そんなことも無いと思うのだが。特に竜騎士団のカイン=ハイウィンド。彼は―――」
「そう。確かに彼はこのフォールス最強の1人でもあります。ですが、所詮は単騎。たった一騎ではどんなに強かろうとも、その力は知れています。バロンの兵員全てが強くならねばならぬのです」
「しかし、それと攻め込まれるままになっていることとなんの関係が・・・?」会話を続けながらも、レオはベイガンの奇妙な雰囲気に気がついていた。
妙に気分が高揚している様子で、しかも言っていることの意味がイマイチ通じない。なんとなく誰かの様子に似ていると思っていたら、気がついた。(ケフカか。なんとなくケフカに雰囲気が似ている気がする―――)
「攻め込まれればそれだけ強くなるのですよ。敗れれば、敗れた分だけ強くなれます」
「・・・・・・」何故、ベイガンの様子がケフカに似ているなどと思ったのか。
別にキョッキョキョー、とか笑っているわけではない。甲高い耳障りな声でまくし立てているわけでもない。セリスに虐められているわけでもない。(こういう言い方はケフカに失礼だとは思うが―――・・・狂っているのか?)
狂っている。
というのは少し大げさな表現かもしれない。
だが、ベイガンの様子はそれに近いと感じた。いつも狂っている男が身近に知っていたから、敏感に感じ取れたのかもしれない。「そう! 力を得られるのです! 現に、私もこの素晴らしい力を得たのは、バロン王が―――」
「・・・・・・?」不意に、ベイガンの言葉が止まる。
見れば、なにやらぼうっとした様子でぽかんと口を開けたまま動かない。「ベイガン殿・・・?」
「え・・・? はっ、な、なんですかな、レオ将軍」
「いや・・・なにやら言いかけて止まったので。バロン王がどうなされた?」尋ねつつ、レオはバロン王に視線を送る。
玉座に座り、バロン王は気怠そうにうつらうつらと眠りかけていた。
あれが、かつては騎士の中の王とまで呼ばれた者なのかと、心中で落胆する。「バロン王が・・・そう、つまりですな! 私はバロン王を守るためにこの力を得たのですよ!」
「そうか。それは―――」再び意気揚々と語るベイガンに、良かった。とでも気のない返事を返そうとした時に、それが来た。
「!?」
それは、恐怖、だった。
全身の毛という毛が逆立つような恐怖。どんな死線をくぐり抜けても味わうことのなかった、心の底から恐ろしいと呼べる恐怖。
それが、なんの恐怖なのか、どういった恐怖なのか、全く解らないが、ただひたすら「恐ろしい」ということを感じた。「なんだ・・・今のは?」
「今のは・・・セシル殿のダークフォース・・・!」高揚していた気分は今の恐怖で消し飛んでしまったらしい。青ざめた表情のまま、ベイガンが呟く。
「セシル=ハーヴィか!」
その名を口にして、レオはファブールでセシルがバロンの陸兵団と暗黒騎士団を相手に、たった1人で撃退したことを思い出した。
そしてもう一つ、暴走したセシルを相手に手も足も出なかったことも。「そうか・・・」
ふと気がついたように呟く。
その表情はいつもと変わらない、無骨な無表情だったが、セリスが見れば「なんとも楽しそうな顔だ」とでも評しただろう。レオはそのままゆっくりと謁見の間の扉へと向かって歩みを進める。
いきなり出て行こうとするレオに気がついて、ベイガンが声を上げた。「レオ将軍、どこへ・・・?」
「借りを返さねばならない相手が居る」そう言い残し、彼は1人、外へ向かった―――
******
剣と斧のぶつかり合う中をくぐり抜け、兵士と海賊とモンクが争い合う戦場をすり抜けてバッツが駆け、それを追ってフライヤが跳ぶ。
そろそろ最前線かと思う頃、恐怖が来る!「おっ!?」
「な、なんじゃっ!?」バッツとフライヤは同時に足を止める。
フライヤは、いきなり来て、そして過ぎ去っていった恐怖に全身の毛を逆立てて慌てて周囲を振り返る。
周りも皆、突然の “恐怖” に恐れ、その恐れに戸惑い動きを止めていた。「居る・・・」
呟いたのはバッツだった。
フライヤが振り返ると、皆が恐怖に戸惑う中、バッツだけが嬉しそうな笑みを浮かべている。「はっ―――はははははっ! 居るぜ! つーか、やっぱり生きていやがった! ほらみろよ!」
そうはしゃいでバッツはフライヤを振り返る。
だが、フライヤにはバッツの言っている意味がわからない。「な、なにを言っている? お主」
「何を言っているかって? ンなこた一つしかねーだろが! 生きていやがったんだよ! 殺しても死なない馬鹿が! だから言っただろうが、あいつを殺したきゃ、死体を俺の目の前に持ってこいってな!」
「まさか・・・今の、セシルか・・・」こくり、と唾を飲み込んでフライヤが呟く。
それは疑問と言うよりは、確認の意味のこもった呟きだった。(言われて見れば・・・今の恐怖は―――というか感覚は覚えがある)
カイポの村で、ホブス山で、ファブールで、フライヤとバッツはセシル=ハーヴィがダークフォースを放つその場に居た。
だからこそ、なんとなく解った。「さあて! あいつがいると解ったなら、とっと行くぜ!」
にっ、とすごく楽しそうな顔をして、バッツは言う。
「あいつならこの馬鹿げた殺し合いを止められる! 少なくとも、俺なんかよりも多くの命を助けられる! そうだろ?」
「・・・そうじゃな」フライヤは知っている。
カイポの村で村人達が全員助かったのも、ファブールでバロン軍を撃退出来たのも。
そのどちらも、セシルが居たからこそだということを。「そうと決まれば!」
「うむ!」バッツが行く先を睨み、フライヤが強く頷く。
「全速力で突破しかける! 遅れるなよ!」
「誰にものを言っておる! 私は最強の竜騎士の一番弟子じゃぞ!」そんなことを言いながら、2人は動きの止まった戦場を駆け抜けた―――