第12章「バロン城決戦」
H.「“死なせたくないから”」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町
城の前まで行くと、セシルの言った通りに跳ね橋が上げられていた。
目の前にあるのは堀と高い門。例え竜騎士の跳躍力であっても飛び越すには無理の在りすぎる距離と高さだ。見下ろせば深い堀。セシルの身長を二倍しても届かない深さに水が張られ、さらにその水は半透明に透き通っているというのに底が全く見えない。
「橋が架かってない以上、泳いで渡るしかないんだけど、そんなことをすれば塀の上から矢を射かけられて終わりだろうし、なにより渡りきったとしても門を開けなければどうしようもない」
セシルは良いながら門の上を見上げる。
と、そこには見張りの兵士が2人立ち、こちらを見ているようだった。
流石にまだ敵だとは思われてはいないようだが、それでも不審には思っているだろう。兵士の1人はじっとこちらから目を離さない。「裏道とかはねーのか? ほら、秘密の抜け穴とかそういうの、お城にはあるって言うじゃん」
パロムの問いに、セシルは軽く頷いて、
「あるにはあるよ。だけどそれは、今僕たちがいる地面のずっと下に広がっている地下水脈をを利用したもので、その出入り口はバロンの街にあるんだ」
「ああ、だから街に戻ろうとしていたのですか」はあ、と双子はやれやれと溜息を吐いて。
「お馬鹿さんですね」
「馬鹿だよな」
「・・・なんでそう馬鹿馬鹿いわれなきゃいけないんだ」怒る、というよりはなんか情けない気分になって、セシルが反論する。
「だって、こんなの魔法を使えば一発じゃんか。なあ、ポロム」
「ええ、パロム。―――それでは早速いきますよっ!」などと宣言してポロムはおもむろに呪文を唱えはじめる。
「 “―――道無き道、閉ざされし門の先知る者よ。我らをその場へと誘わん・・・” 」
「って、ポロム!? ちょっと待って・・・!」セシルが慌てて制止の声を掛けるが、ポロムは待たない。
そのまま魔法を完結させる!「『テレポ』!」
完結の言葉を叫んだ瞬間、セシルの視界がぐにゃりと歪んで暗転した―――
******
怒号が響き、血煙が舞い、死臭が漂う。
兵士が斬られ、地面に伏せるのを見るたび、バッツは気分が悪くなるのを抑えることが出来なかった。
「・・・くそっ」
人が死ぬ。人が死ぬ。人が死ぬ。
どうしようもなく人が死ぬ。
その人を殺すのもまた人だ。なんでこうなってしまったのかバッツは知っている。
少なくとも、ファブールや海賊がバロンの兵士を殺す理由を知っている。
しかし、それでも理解することは出来そうになかった。ファブールの時は1人で戦っていた。
その時は誰も殺さず、死なずに、自分も運良く生き残った。
だから、本当の殺し合いの場に立つのは、これが初めてで。人が死ぬのが戦場だと言うことは解っていた。
だが、初めて目の当たりにする ”戦場” にバッツは憤りと苦さを感じていた。「くそっ・・・たれ!」
感情を吐き捨てるように声を吐き、バッツは襲いかかってきた兵士の鎧が無い脇腹を、身体を捻って放つ巻き打ちで勢いよく殴り打つ。もちろん片刃は返した峰打ちだ。
「ぐ・・・ぉ・・・」
小さい呻き声を上げ、兵士はその場に倒れて悶絶する。
気を失っていないようだが、激しい痛みに起きあがることもできないようだった。
バッツがそれを見下ろしていると、いきなりその兵士の首元をモンク僧の1人が踏みつぶす。ごきっ、という首の骨の砕ける音が聞こえたような気がした。「・・・おい」
「お見事です、バッツ殿!」やや呆然と、思わず声を上げたバッツに、モンク僧は満面の笑顔で称賛してくる。
その表情に、バッツは何も言えず、無言を返す。
相手は気にした様子もなく、別の敵へと向かって行った。「ナニをぼーっとしておる!」
トン、といきなり後ろから槍の柄で背中を小突かれる。
振り返ればフライヤが険しい表情で―――ネズミ族の表情は少しばかり解りにくいが、最近は解るようになってきた―――そこにいた。「ぼーっとなんかしてねえよ」
「・・・バッツ。ここは戦場じゃ。生き残ること、相手を打ち倒すこと以外のことは後で考えろ。でなければ死んでしまうぞ!」
「言われなくても―――!」
「バッツ!」フライヤの叫び声に、バッツは反射的に反転。
身を翻した勢いで真後ろに回し蹴りを放つと、丁度襲いかかってきたバロン兵の胸元を打つ。「うぉ・・・」
板金の鎧を着込んでいた兵士はダメージこそは与えられなかったものの、それでも数歩よろめき。そこへ、
「せぇっ!」
バッツの脇をかすめてフライヤの槍が延びる。
槍は正確に兵士の喉元を貫き、一撃で兵士の命を奪い去った。「・・・くっ」
命を失った瞬間を目の当たりにして、バッツは顔を歪めた。
それは怒ったような、泣きそうな、そんなやるせない感情が渦巻いた表情だった。フライヤの槍が突いた時と同様に素早く引かれ、支えの失った兵士が地面に倒れる。
うつぶせに倒れた兵士の下からじわりと赤いものが広がっていく。「バッツ・・・敵を殺せず、そして死ぬのを見るのが嫌だと言うのなら、船に戻れ」
「・・・・・・」
「幸い、こちらが優勢なようじゃ。お主1人がいなくとも何とかなるじゃろう」バロンの兵士は数は多いが戦意は低いようだった。
突然の、それも思っても見なかった海からの急襲からの戸惑いが抜けきっていないということもあるが、何よりもカインのような軍団長クラスの人間が場に居ないと言うこともあった。
だから、バロンの兵士は連携が上手くいっていない。逆に海賊はこういった乱戦を得意としているし、モンク僧は集団戦闘というものを元から得意としていない。加えて、ファリスとヤンが獅子奮迅の活躍を見せて敵をなぎ倒していく。自分たちのリーダーの勢いに乗って、海賊もモンク僧も嫌が応にも戦意が上がっていく。結果として、一方的にバロン兵が打ち倒されていく。
味方にも被害が出ているだろうが、バロン側に比べればかすり傷にも等しい。ちなみにファリスは先陣を切ってそのまま先へ行き、遅れながらもヤンもそれを追いかけて、2人ともバッツたちよりも随分先へと進んでいる。もしかすると、もう王のいる場所まで辿り着いているのかもしれない。
「バッツ」
フライヤがこちらをいたわってくれていることは解った。
だが、バッツは首を横に振る。「・・・いや。俺は行かなきゃいけない。借りを返さなきゃいけないヤツがいる」
直感だが。
この城にレオ=クリストフは居るはずだと、バッツは思っている。「親父の遺言も果たさなきゃいけない」
手にした刀は父の形見だった。
それをバロン王オーディンに届けること。それが父の遺言の一つ。「なによりも、俺は人が死ぬのを見たくないだけじゃない―――人に死んで欲しくないんだ・・・フライヤやヤン、ファリス。それに他のモンク僧や海賊達。バロンの兵士にだって誰にも死んで欲しくねえんだよッ!」
剣を握る手を強く握りしめる。
「俺が居ることで誰かの命が奪われなくても済むかもしれない・・・その可能性があるっていうなら、俺は逃げられない!」
「誰も殺すことが出来ず、逆にお前が殺される可能性があったとしてもか」
「俺は、死なねーよ」最後にバッツはにかっと笑う。それは、かなり無理矢理にした笑みだったが。
フライヤはやれやれと肩を竦めて。「全く根拠のない自信じゃが―――何故か私もそう思えてしまうから不思議じゃな」
それから、彼女は槍を肩に担ぐように持つと。
「ならば先を急ぐかバッツ。バロン王かゴルベーザかは知らんが、ともあれ敵の大将を討ち取れば戦いも終わる」
「おおっ」フライヤの言葉にバッツはいきなり驚き、その驚きの声にフライヤもまた驚く。
「・・・なんじゃいきなり」
「フライヤ、お前頭が良いな」
「はあ?」
「そうだよな、大将ブッ倒せばそれでオシマイじゃんか!」今更気がついたらしい。
心底感心するバッツを、フライヤはジト目で見やり。「バッツ・・・お前、馬鹿じゃろう」
「馬鹿とか言うな! 少しばかり考えが足りなかっただけだッ」
「それが馬鹿だと言うんじゃ!」言いつつ、フライヤはバッツの頭を槍の柄で小突く。
それを上半身ごと反らして回避しつつ、「うっせ。そうと決まればさっさと突破するぞ―――遅れるなよッ!」
「突破するって・・・どうやって・・・」見る。
見れば、王の間へと続く通路は海賊やらモンクやらバロンの兵士やらが入り交じって大乱戦だ。
敵味方入り交じる中、突破するのは簡単では無さそうだ、が。「突破は突破だ。駆け抜けるッ!」
「おい」と、フライヤが声を掛けた時にはすでに、バッツは駆けだしていた。
真っ直ぐ敵へと向かい―――「くっ、こいつ―――!?」
バッツの突進に気がついた兵士が、向かってくるバッツに向かって剣を振り下ろす―――だが、振り下ろそうとした時にはすでにバッツの姿は目の前にない。
「なっ―――消えた!?」
「いやこっちだ」
「えっ!?」バッツの声は兵士の真横から。
だが、兵士が振り返った時にはバッツはもう兵士の隣を駆け抜けたあとだった。「なんだ・・・幽霊―――ぐあっ!?」
困惑している隙に、その兵士はモンクの1人に殴り倒され。床に転がった所に海賊の手斧が振り下ろされ、血しぶきが吹き上がる。
敵の1人を倒したことにより、モンクと海賊が鼓舞の雄叫びを上げる。
しかしフライヤは、そんな声も耳に届かず、バッツの姿を見送ることしかできなかった。(なんじゃ今の動きは・・・? 幽霊の方がまだ理解出来る。バッツのあの動きは―――)
バッツの動きはフライヤの常識をはみ出していた。
兵士に突進したバッツは、兵士が気づいたと察知した瞬間に速度を落とさずに兵士の視界の外まで真横に飛んで、さらに再び直進した―――と言葉にすればそれだけだが、フライヤにしてみれば有り得ない動きだ。あまりにも有り得ない動きに、相対した兵士は勿論、後ろで見送っていたフライヤですらバッツの姿を見失いかけた。突進した勢いのまま、斜めに折れることは誰にだってできる。だが、真横に飛ぶには突進した勢いを殺して横に跳躍しなければならない。
突進した勢いを、竜騎士として鍛えられた脚力で踏ん張ることによって一瞬で0にして立ち止まることはフライヤにも出来る。
世界で1,2を争うと言われる竜騎士であるフラットレイやカイン=ハイウィンドなら、立ち止まった後に間髪入れずに同じ速度で真横へ跳躍することはできるかもしれない―――つまり、今のバッツの動きと “似たようなこと” はできるだろう。だがそれは、あくまでも “似たような動き” に過ぎない。
バッツは止まらなかった。
突進の勢いを殺すことなく、その勢いを100%真横への跳躍力に変換し、さらに同じようにして横への突進力を前へと―――「・・・って、できるかああああああああああっ!」
思わずフライヤは絶叫した。
「でやあああああああっ!」
フライヤの絶叫に、近くにいた兵士が反応する。
剣を振りかぶって斬りかかってくる兵士の顎を、フライヤは無造作に―――しかし機敏な動きで槍の柄で打ち据える。「べぐぅ」とか妙な悲鳴を上げて、兵士はそのまま打ち倒された。「できるわけなかろうがッ! なんじゃあの動き! 貴様は本当に人間かああああああッ!?」
バッツの動きで一番信じがたいのは、それが筋力によって強引に行われている動作ではないと言うことだった。
精密な体重移動と精密な足の運び。ほんの僅か、万分の一パーセントでも間違えるコトも許されない極々緻密な動作。その2つだけで、バッツは慣性を一瞬にして別方向へと転じさせている。物理的に信じがたい動きだが、実際にそう動いているのだから仕方がない。その当人はというと、もうすでに随分と先へ行ってしまったようで、兵士達に遮られてもう見えない。
「・・・ええいっ」
文句を言うべき相手がもう見えないことに気がついて―――あとで思い返して、その思慮のない行動に自分でも驚いたが―――フライヤは一瞬たりとも迷わなかった。
すなわち。
「負けていられるかッ」
フライヤもバッツと同じように乱戦に向かって突進する。
兵士達の何人かが気がつき、向かってくるフライヤに向かって剣を振るってくる―――が、フライヤは兵士達の剣が届く直前の位置で急停止。
ふおん、と振るわれた剣に仰がれた風が鼻先を撫でるのを感じながら、フライヤは真横へ跳躍。「くうっ・・・!」
さすがにバッツの時のように見失う、ということはなかったが、それでもその動きに兵士達は追いつけない。
振るった剣を切り返して、再びフライヤめがけて振るおうとした時には、フライヤはすでに兵士達の真横を駈け抜けていた。(ただの旅人にできて、世界最強の竜騎士の弟子にできぬ道理はないッ!)
思いつつ、フライヤは乱戦の中を駈け抜ける。
風の如くに吹き抜ける旅人の後ろ姿を追いかけて―――
******
「な、なんだお前達は!?」
景色が切り替わった瞬間に飛んできたのはそう言った声だった。
見ればセシル達の周りをバロンの兵士達が取り囲んでいる。
兵士達が包囲した、というよりは兵士達が集まっている中にセシル達が現れてしまった、ということなのだろうが。セシルたちを取り囲んでいる兵士の数は6人。門の上にも見張りの兵士が居るが、数えなくても良いだろう。
「うわ。なんか懐かしい気分だ」
久しぶりのバロンの城。それと見慣れたバロン兵の装備を見て、セシルがそんなことを呟く。
「懐かしがっとる場合ではないだろうに」
淡々とエニシェルがつっこみを入れてくる。
「どうするんじゃ?」
問われてセシルは「さあ?」と、肩を竦めた。
「状況次第、周りの出方次第かな」
「まあ、セシ・・・じゃなかった、ルシセさん。それはとてもいい加減ではないですか。むしろ無責任というものですわ!」やる気の無さそうなセシルにポロムが非難の声を上げる。
「それ、君にだけは言われたくないな」
「まあ? 何故でしょう?」
「それはね、僕が止めるのも聞かずにいきなり魔法を唱えて、いきなりこんな所に出てしまったからだよ」地下水脈の秘密の抜け道を使うにしろ、魔法を使用するにしろ、もう少しタイミングと言うモノを考えるべきだった。というか考えさせて欲しかったとセシルは痛切に思う。
魔法のことはセシルには専門外だったにしろ、バロンの城のことなら当然双子達よりも良く知っている。だからどこから潜入するべきか、どのタイミングで魔法を使うべきかくらいは解るはずだった。―――今となっては、もうどうでもよいことだったが。なんにせよ、こんな風に兵士達に取り囲まれるような状況は、最悪というしかなかった。
(・・・それでも不幸中の幸いと呼べるのは僕たちの格好か)
女装したセシルを筆頭に、幼い双子のパロムとポロム、全身黒づくめのドレス姿という或る意味目を引く格好をしているが、黒いドレス姿という格好を覗けば普通の少女にしか見えないエニシェルに、年老いたテラ。
こんな面々をみてまさか城に攻めてきた敵だとは誰も思わない。
現に、周りを取り囲む兵士達は、いきなり現れたことを不審に感じているだけで、敵意のようなものはみえず、ただ困惑しているだけのようだった。「なんだお前達はッ」
さっき誰何の声を上げた兵士と同じ兵士が再び声を上げる。
無視されたと思ったのか、さっきよりも声が大きく、怒声が混じっているように聞こえる。仕方なしに、セシルはその兵士に向かって一歩前に出て。
「・・・私達は、あやしいものではございません」
「いや、ものすごくあやしいし。唐突に姿を現した所とか」
「そうですよね」冷静に兵士にツッコミ返されて、セシルは後ろに下がる。
その頭をテラがロッドでごつんと叩いた。「痛っ!?」
「説得され返されてどーする!」
「い、いやでもだっていきなり現れたりしたら怪しいだろ絶対」
「むう、確かに・・・って違うッ」頷きかけて、テラは首を横に振る。
「ええいっ、ならば私が説得しよう!」
とかいいつつテラがセシルを押しのけて、ずんずんと前に出る。
前に出てから、「あー・・・つまりじゃな」
「うんうん」
「私達はあやしくないものであって」
「うんうん」
「つまり、私達はあやしくないのだからあやしくないのである」
「うんうん・・・?」
「わかってくれ!」
「「「わかるかああああああっ!」」」その場の兵士達が全員でテラに突っ込んだ。
「って、考えてみたらいきなり現れて怪しくないとか言うても説得力ないだろうが!」
「逆ギレかよ!?」怒るテラに、兵士がさらにつっこむ。
・・・などと、兵士達の目がテラに集中している隙に、セシルはポロムにそっと耳打ちをする。
「・・・ポロム、今のウチにさっきと同じ魔法で城の外へ。一旦、出直した方が良い」
「は、はいっ、わかり―――」ました、というポロムの言葉の語尾が、セシルにはいきなり遠ざかって聞こえた。
同時に、すぐ目の前に居たポロムの姿が掻き消える―――というか、連れ去られた!「ふっ! そうはさせねえぞ! 悪党!」
「え」呆然としてセシルが顔を上げると、マッシュがポロムを小脇に抱えて兵士達の方へダッシュして、こちらを振り返ったところだった。
「うわっ!? ポロムがさらわれたっ! 誘拐犯!」
パロムが騒ぐと、マッシュは「違ーーーーーうっ!」と大きな声を上げて。
「お前達、とりあえずバロンの敵ってことだろう! さっきから城の外で戦うだの戦争だのなんだのとか話してたし! セシルって名前も聞いた。セシルと言えば、このバロンを裏切った極悪非道の暗黒騎士! つまり、お前達は敵だーっ!」
いきなりと言えばいきなりな展開にセシルは唖然とする。
(そーいや彼の存在を忘れていたけれど)
問題はないと思っていた。
さっきロック達と再会した時、どういうわけか一緒にいたバルガスたちのことを不思議に思ったが、そう言えばカイポの村で別れ際にバロンに向かうと言っていたし、偶然出会ってもそれほどおかしい話ではないだろう。どういう経緯でロック達と一緒に来たのかは良く理解出来なかったけど・・・などと特に問題に思わず結論づけていたのだが。(敵意も感じなかったし、カイポの村でも一緒に戦っていたから無条件に味方と思い込んでいたなあ・・・)
ぼんやりと思いながらセシルは相手の様子を伺う。
なんにせよ、ポロムを連れ去られてしまったら逃げるわけにも行かない。転移魔法だけならテラも使えるだろうが、それではポロムが置き去りになってしまう。ポロムが魔法を使えるなら逃げられるだろうが、魔法が完結する前にマッシュが口を塞ぐなりしてしまうだろう。(面倒なことになってきたな・・・)
そうこうしているうちに、バロンの城の中では戦闘が行われているはずだ。
早いところ、何が攻めてきたのか―――本当にヤンたちファブールなのか、それを確認しないと次の手が打てない。「敵だろうがなんだろうが誘拐は誘拐じゃねーか! このゆーかい犯!」
「私、悪い人にさらわれてしまったのですね、さらわれてしまったのですわ。・・・・・・助けてー!」
「ひ、人聞きの悪い!」双子とマッシュがなにやら言い合っている。
とりあえずポロムは大丈夫だろう。ほとんど会話もしていなかったが、印象からしてマッシュは悪人というわけではない。例えばポロムを人質にしたり、手をかけようとすることもないだろう。魔法で逃げようとしたから確保しただけだ。などとセシルがマッシュの行動分析をしていると、そんな彼に兵士の1人が声を掛ける。
「おい、たしかアンタって、カイン軍団長が連れてきたオッサンの連れだよな? 結局あいつらはなんなんだ?」
「・・・え?」
「いや “・・・え?” じゃなくて。結局どういう連中なんだよ。敵ってなんで敵なんだ?」
「・・・さあ?」
「おい」
「い、いやでも敵は敵だ! バルガスさんも “あとは任せた” とか言ってたし、それはきっとつまりこいつらからお前がバロンを守るんだー! とかそう言う意味で!」
「きっと、そのバルガスさんはあんまり深く考えずに “あとは任せた” とか言ったと思います」マッシュに抱えられたままポロムがぽつりと呟く。
「そんなことはなーいっ! バルガスさんは俺を信頼してくれて後を任せてくれたんだ! その信頼に応えるためにも、俺がお前達を倒す!」
目が燃えていた。
本当にどうしたものかとセシルが困っていると。「おい、お前達何をやってるんだ!?」
とかそんな声と一緒に、ポロムを抱えたマッシュの後ろの方から別の兵士が駆けてくる。
マッシュの肩越しに見てみれば、その兵士は顔を真っ赤にして興奮して、全力で駆けてきたらしく激しく息を切らせ、立ち止まると少しだけ息を整えて。「敵が攻めてきてるんだぞ!」
「解ってる! 海の方から攻めてきたって言うんだろう? 見張りが気づいた!」言いながら兵士の1人が門の上を指さすと、そこには言うとおりに見張りの兵士が居る。
門の上からなら海の様子も見ることが出来るだろう。「だけどこっちの方にはなんの指示も来ないし、門の守備を放棄しても良いのか・・・それも解らなかったから・・・」
「守備隊の隊長があっさり殺されたんだよ! だから、城内で指揮をとる人間が居なくて城内は滅茶苦茶だ。モンクや海賊にいいように嬲り殺されてる!」
「指揮をとる人間が居ないって・・・ベイガン様は!?」
「ベイガン様は近衛騎士を引き連れて王を護ってる。だけど、主力はエブラーナにいっちまったから、城内を突破されるのも時間の問題だ。だから―――」
「だから?」聞き返すと、走ってきた兵士は言いにくそうに口を小さくして、
「だから・・・その・・・」
「逃げてきた、と」セシルがぽつりと呟くと、兵士は簡単に顔色を青ざめさせた。
実に分かり易い。「逃げてきたって、お前―――」
「だって仕方がないだろ! あそこにいたって殺されるだけだ! だいたい、どうして海から来るんだよ! 海にはリヴァイアサンとかゆー魔物が居て船は出せないんじゃなかったのか!?」逃げ出してきた兵士は言い訳のためか必死で言葉をまくし立てる。
「とにかく、もうダメだ。俺たちは負けるんだ。だから逃げなきゃ―――」
ごっ!
鈍い音。
セシルが、逃げ出してきた兵士の顔を思いっきり殴りつけた音だった。どしんと、殴られた兵士が尻餅をつく。
皆が唖然とする中、セシルは倒れた兵士を冷たい目で見下ろして。「情けないな・・・それでもお前はバロンの兵士か!」
「う・・・ぐっ・・・なんだと・・・」
「お前たちもだ!」セシルは周りの兵士達を見回して吐き捨てるように言う。
「敵が攻めてきてると解っているのに、どうしてこんなところで集まってるんだ! 何故、戦おうともしない!」
「それは・・・指示がなかったから」
「命令が欲しかったら貰ってこい! ただ突っ立ってるだけなら案山子と変わらないだろうが!」
「何を・・・・・・さっきから黙って聞いていれば!」怒りと共に、兵士の1人が剣の柄に手を掛ける。
セシルはそれを一瞥し、「抜くのか? 斬るのか? 抜くなら抜け! 斬るなら斬れ! お前達のような情けない人間に俺が斬れるならな!」
「くっ・・・」セシルの挑発に、兵士の1人が剣を抜きはなってセシルに斬りかかる―――が、剣が振り下ろされるよりも早くに、セシルは素早く兵士に向かって踏み込むと、兵士の鎧がない部分に拳を埋め込んだ。
「がっ・・・?」
セシルの一撃に、兵士の身体がくの字に折れる。
身体を折り、セシルの胸元よりも下に下がった兵士の頭に、セシルは続けて肘を落とした。その一撃で兵士は悲鳴もなく地面に倒れて昏倒する。「・・・弱いな」
「き、貴様ぁっ!」完全に敵だと判断して、兵士達が一斉に剣を抜くが、セシルは無視。
ただ、黙ったまま様子を見ていたテラとパロムの方を一瞥し、「さっさと行こう。もたもたしてる場合じゃなくなった」
「行かせるか―――」
「下がれよッ!」剣を手に、セシルの前に立ちはだかろうとした兵士達を一喝する。
その声だけで兵士達の動きが止まった。「戦う意志のない奴らは下がっていろ!」
口に出して―――それから、言葉だけで威圧されて動きを止めた兵士達を見て嘆息する。
(・・・本当に情けないな)
心の中でもう一度呟く。
(リディアも、パロムも、ポロムも・・・まだ幼いと呼べる年だというのに、立派に戦いへの意志と覚悟を持っている。僕たち大人なんかよりもずっと)
純粋だからなのかもしれない。
余計なことを考えず、ただ自分がしたいこと、しなきゃならないと思うことだけを強く強く強く、ただひたすらに強く思うだけだから。その強さが戦いへの覚悟となるのかもしれない。それは無謀とも、子供ゆえの無知無考えであると呼べるかもしれない。
けれど、例えそうだとしても、彼らは戦場に立つことを恐れない。(だけど・・・果たして子供の頃の僕たちはあそこまで強くあれただろうか)
そんなことを思いながら、気迫だけで萎縮して動けなくなった兵士達を放っておいて、セシルは城の中へ進もうとする、が。
「おっと、ここからさきへ通すわけにはいかねえな!」
セシルの目の前に、ポロムを抱えたままのマッシュが回り込む。
「・・・どけよ」
「どけるか! 師匠とバルガスさんの期待に応えるためにも、お前を倒す! 女だからって手加減しないぞ!」
「・・・・・・」マッシュの口上を無視して、セシルは前へ進む。
立ちはだかるマッシュの脇を通り抜けようとして、「行かせないって言ってる! くらえ、師匠仕込みの必殺の拳ッ!」
自分の横を通り抜けようとするセシルに向かってマッシュは素早い動作で拳打を放つ。
必殺の拳とやらは、セシルの側頭部にまともに命中してセシルの動きが止まった。「セシルにーちゃん!?」
「セシルさん!?」回避行動もせずに、素直に拳を受けたセシルに、双子の悲鳴が飛ぶ。
だが、セシルは倒れずに拳を当てられたままマッシュを横目でぎろりと睨付けた。「・・・人が、死ぬ」
「は?」
「城内で戦闘指揮をとれる人間がいないということは、それだけ無駄に人が死ぬということだ」例えば負傷した兵士がいれば、それを後ろに引かせて代わりの兵士を前に出す。こちらが負けだと判断したなら撤退か降伏をする―――そういうことをできる権限を持つ人間がいないということは、兵士達は死ぬまで戦い続けなければならないと言うことだった。
或いは、戦うことが、死ぬことが怖くなって逃げ出すか。
1人の兵士が逃げ出すことと、指揮官が味方を撤退させることは、逃げるという意味では同じかもしれないが、実際は全然違う。
指揮官は味方の損害をなるべく出さないように、陣形を維持しながら敵の追撃に対抗しつつ引く。
兵士達が勝手に逃げまどえば、その陣形が崩れ、敵の追撃に言い様にやられてしまうだけだ。怖くなったからと言って兵士が勝手に逃げ出してしまえば陣が崩れる。陣が崩れれば、そこから容易く突破されてしまう。
すぐれた指揮官がいれば、即座に代わりの兵士をあてがって陣形を修復することも出来る。もっと優れた指揮官なら、そもそも兵士は逃げ出したりはしない。
(指揮官の一番の仕事は兵士達に『勝てる』と思わせることだ。勝てると思えば、恐怖にもくじけずに戦える)
逃げ出してきた兵士の話によれば、今のバロンには戦闘を指揮する人間が居ないらしい。
つまり、兵士達は勝てるかどうかも解らない戦いを、味方が死んでいくのを見ながら、自分が同じように死ぬまで戦っているということだ。「そ、そりゃあ・・・戦争なんだから人が死ぬだろ―――というかっ、あんたたちだって人を殺しに来たんだろうが!」
マッシュが拳を引っ込めながら、セシルの眼光にも負けずに真っ直ぐに見返す。
―――その瞳の光を、セシルはどこかで見たような気がした。(・・・バッツか。・・・この目・・・バッツに似てるんだ)
透き通った歪まない自分の素直な意志。
その意志が宿った瞳だ。
綺麗事しか知らないわけじゃない。だけど、綺麗事を躊躇わず口に出して行動しようとすることができる純粋な意志。「死ぬのが嫌なら、殺し合いが嫌だって言うなら、そもそも戦争なんかするんじゃねえよッ!」
マッシュはまだ抱えていたポロムを手放すと、今度は腰に拳を溜めてセシルに向かって踏み込みざま拳を放つ。
今度の一撃はさっきのような素早い一撃ではない。さきほどよりも強く、体重の乗った重い一撃だ。さすがにセシルもそんな一撃を喰らえばまともには立っていられないはずだった―――が。「・・・・・・」
「・・・・・・ッ」マッシュのセシルの顔面を狙った一撃はその寸前で止まった。ふおん、と拳圧が風を生み、セシルの赤いウィッグを軽く揺らす。
「なんでだ・・・?」
苦々しくマッシュはセシルを睨付けた。
「さっきもそうだった・・・・・・どうして避けようとしない!」
「・・・さっきは、別に避けなくてにも問題ないって思ったから」セシルはさきほどマッシュの拳が当たった側頭部を軽く撫でる。
ズキズキと痛みがある。少しだけ熱を持っているのを感じた。当てることを重視した力のこもっていない一撃―――それもポロムという荷物を抱えていた一撃だ。
あれでは体重の乗った強い一撃を打つことは出来ない。だからセシルは無視したのだが。「でも、結構痛かったけど」
「・・・幾らなんでも今のは『痛かった』じゃすまねえぞ!」
「もっとも、だと思ったからなあ」
「はあ?」困惑するマッシュにセシルは困ったような顔をして頬を掻く。
そこんは先程までの剣幕はない。「僕もそう思うよ。死ぬが嫌なら戦争なんかしなきゃ良いって―――そう、思うけれど実際はこんなことをしている」
或る意味、この戦争を引き起こしたのはセシルだ。
ミストの村でバロンに刃向かわず、ゴルベーザに協力してクリスタルを奪っていれば―――ミシディアの時のように上手くやれば、ダムシアンでもファブールでも被害は少なかったかもしれない。こうしてバロンの城が戦場となることもなかっただろう。けれど、セシルは自分で正しいと思うことを選択して、今、ここにいる。
それが本当に正しいのか間違っているのか、セシルには解らない。けれど、選んでしまった道は後戻りすることは出来ない。あとは、ただ進み続けるだけ。「だから、せめて君の思いは受けておこうと思った」
「・・・アンタ・・・アホだな」はー・・・っと、呆れたようにマッシュが言う。
素直な気持ちを口に出されてセシルは失笑。「良く言われるよ―――さて、僕は先に行かなければならない。どうしても通せないというなら好きなだけ殴ればいい。でも、僕は死なない限り前に進むから」
「つまり止めたきゃ殺してみろって?」
「殺されるつもりはないけどね」
「・・・じゃあ、止められないだろう」
「そう言ってるんだよ」に、と笑ってセシルが言うと、マッシュは「ふむ」と少し考えて。
「なあ、あんたが城の中に行けばどうなる? 城の中じゃ無駄に人が死ぬって言ったよな? あんたが城の中に行けば、誰も死ななくて済むのか?」
「死人を減らすことはできる」
「根拠は」
「・・・僕を信じてくれ、という他はないな」
「初めて会った人間のことを信じろって? 無茶を言う女だね」実際にはカイポの村で出会っているから、これで二度目のハズなのだが。
どうやらマッシュは未だにセシルの正体に気付けないでいるらしい。「解ったよ。行ってくれ」
マッシュは苦笑しながら、そのまま後ろに下がる。
「おいっ!」
それまで黙っていた兵士の1人が声を上げる。
「行かせてどうする! そいつらは敵だろ!」
「敵かもしれないけど、そうでないかもしれない」
「敵っていったのはお前だ!」
「細かいことは気にするなよ」そう言ってマッシュははっはっは、と笑う。
それから横目でセシルを見やり、「早く行けよ! こんなところでもたもたしてるヒマはないんだろ!」
「・・・解った。有り難う!」そう言ってセシルはワンピースの裾を翻して城の中へ向かって駆け出した。
「オイラたちも行くぜ!」
双子とエニシェルもその後に続く。
「ま、待てッ!」
兵士達も追いかけようとするが、その前にマッシュがたちはだかった。
「残念だけど、追わせねえっ!」
「お前、バロンに雇われてるんだろうが!」
「雇われたのは師匠だけだ! 俺はオマケだから大丈夫!」
「なにが大丈夫だあああああっ!」
「うるせええええええっ!」ずどんっ!
と、マッシュの体重の乗った一撃が兵士の腹にめり込んで、兵士はその場に倒れた。
「くっ、こいつっ!」
仲間がやられたのをみて、別の兵士が剣を振り上げる―――が、そこへ。
「『サンダー』」
「ぎええええっ!?」振り上げた剣に魔法の雷が落ちて、その兵士も悲鳴を上げて倒れた。
マッシュが驚いて後ろを見れば、そこにはテラが立っていて。
「じいさん、アンタは行かなかったのか?」
「さすがにこの年で若いもんについて行く足がなくてな。お主が我らの味方だというのなら、私も手伝おう」兵士は7人。
そのうち4人は打ち倒されているが、門の上にも見張りがいる。それらもじきにこちらへ降りてくるだろう。「俺1人で十分だけどな―――まあ、味方は多い方が早く済むか」
そんなことを行って、マッシュは残りの兵士達に向かって突撃した―――