第12章「バロン城決戦」
F.「RUN&RUN」
main character:クラウド=ストライフ
location:バロン城下町

 

 バロンの街を駈け抜け、城へと向かう。
 慣れない女性物の衣装だが、重い鎧よりは有り難い。

 ワンピースの裾をはためかせ、駆けながらセシルは思考する。

(なんだ・・・? 何が起きている・・・!?)

 海からバロンの城へ向かっての襲撃。
 普通なら、ヤンが率いるファブールの軍勢だと考えるところだが、それにしては色々なことが、上手く当てはまらない。

 一つは魔法。もう一つは時間。

 このフォールスは、魔道国家ミシディアがあるものの、それほど魔法が広まっている地方ではない。バロンでも近年にようやく白魔道士団、黒魔道士団が設立したばかりで、その魔道士団以外で魔法を使える者はいないはずだ。
 そして、それはファブールにしろダムシアンにしろ言えることで、初歩的な魔法を扱える人間はいるかもしれないが、 ”人間以上のレベル” とまで言える魔法を扱える者はいないはずだった。

 考えられるとすれば、ゴルベーザ配下の人ならざる者たち。
 ホブス山の頂上で出会った、四天王と自らを名乗ったルビカンテという炎の魔人。それから、ゴルベーザに付き従っていたバルバリシアという女性も同種の存在だろうとセシルは感じていた。

(ああいうのが使ったというのなら納得はできるけど・・・)

 しかしそうなると、今、バロンの城にはそう言った存在がいると言うことだった。
 ゴルベーザもいる可能性が高い。

(だとすれば、チャンスでもあり―――危険でもある)

 セシルは未だゴルベーザの力を計り切れていない。

(ヤンの実力は僕も知っている。けれど、そのヤンがゴルベーザを前にして何も出来なかった。ソルジャーのクラウドも、ゴルベーザに借りがあると言っていた。少なくとも・・・一筋縄で行く相手じゃない・・・!)

 リヴァイアサンの危険を覚悟してまで、バロンの城を急襲しようとしたのは、そのゴルベーザがエブラーナに行くと思ったからだ。しかしそのゴルベーザがバロンに残っているのなら、それは誤算というものだ。

(あと・・・攻めてきたのがヤンたちだとして、なんでこんなときに・・・?)

 セシルが海に落ちた後、そのままバロンに向かってきたのならもうとっくの昔になんらかの決着がついているはずだった。

(一旦、ファブールに戻ったと言うことなのか? でも、それならどうしてまたバロンに攻め込む気になったんだろう・・・?)

 バッツが海賊船で戻ってきた。
 などと、思いつきもしないセシルには考えても解らない。
 なんとなく予想するのは。

(ファブールで、バロンへ再侵攻する気になるなにかがあったってことだよな。もしかしたら、なにか凄い兵器かなにかを手に入れたのかもしれない。それも魔道の)

 それならば色々と説明もつく。
 商業国家であるダムシアンや、フォールスの玄関口でもあるファブールならば、他の地方か強力な魔道の兵器が流れ込んできてもおかしくはない。
 シャドーブレイドのような高品質の暗黒剣があったくらいだ。魔道の兵器がある可能性はある。

(リヴァイアサンの脅威に一旦は戻ったが、そこで魔道兵器を手に入れたからそれでリヴァイアサンに対抗しようとしたとか・・・)

 しかし、テラの話ではリヴァイアサンは在るべき場所へ送り還されたという。
 だから、リヴァイアサンに使うつもりだった兵器を、攻城戦に用いた―――エニシェルが感じたのは、その魔力だった。

(うん、まあ、それだったら説明がつくし。僕の読み通りにゴルベーザが居ない可能性が高いけど)

 可能性。
 事実を知らないセシルは、結局は可能性でしか考えられない。
 だから、セシルは事実を知るために城を目指す―――

 

 

******

 

 

 見覚えのある看板を見つけて、ロックはその店に飛び込んだ。

「おい、大変だぜ。城が―――」

 飛び込むなり、城になにかが攻めてきたことを伝えようとして。
 ロックは店の入り口を開けた状態で硬直した。

「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 店の中は異様な熱気に包まれていた。
 中央に頑丈そうな丸テーブルが置かれ、そのテーブルの上でクラウドと、見知らぬ筋肉質の男が腕を組んで、互いの腕を押し倒そうとしていた。
 早い話が腕相撲だ。

「あんちゃん頑張れー!」
「クラウド様! 負けないでくださいー!」
「師匠おおおおおっ! ・・・ほら、バルガスさんも応援しないと!」
「・・・勝手にやってろ」

 中央で腕相撲をやっているテーブル以外のテーブルは、邪魔にならないように端に寄せられている。
 そして、腕相撲をしている2人を取り囲むように、ギャラリーがワイワイと歓声を送っていた。

「・・・・・・なにやってんだ?」

 とりあえずカウンター席でのんびりと茶をすすっているテラに寄って、ロックが尋ねる。

「おお、ロックか。セシルはどうした?」
「いやそんなことよか、そっちこそどうしたんだよ。なにやってるんだ? これ」
「見れば解るだろう。腕相撲だ」
「見れば解るよ。だからなんで、こんなことをやってるんだよ」
「まあ、簡単な話だがな」

「うがあああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 そう言ってテラはクラウドと腕相撲をしている、頭を剃った筋肉質の男を見る。
 勝負は実力伯仲といったところだった。押しては押され、押されては押し返し。
 右腕を組み合わせ、左手でしっかりとテーブルをつかみ、2人とも顔を真っ赤どころか全身を赤くして、力を出し切っている。

「あのマッチョな男が、実はバロンに雇われているらしい」
「バロンに?」
「元は旅の修行者らしいのだが、なんでもエブラーナが攻め込んできた時に、街に襲い火までつけた残虐なエブラーナの忍者に対し、勇敢にも立ち向かったらしい」
「で、バロンに雇われたと? それがなんでクラウドと腕相撲やってんだよ?」
「それがな、実はこの店に来た時に偶然に鉢合わせてな。それだけなら良かったんじゃが、ポロムのヤツがうっかりセシルの名前を口に出して」
「ポロムが?」

 と、ポロムの姿を見る。
 少女は、双子の片割れと一緒にクラウドの勝負を熱中して見ているようで、こちらの会話には気がつかない。

「給料をクラウドが受け取ってすぐに『さあ、早くセシルさんの所に行きましょう!』とかそんな風に」
「・・・ンなに心配なら、俺たちの方についてくりゃ良かったのに」
「無理矢理ついてきたからのう。少し気まずかったのだろうな―――で、そのセシルの名前を聞き咎めた、あの男―――ダンガンというらしいのだが、そのダンガンが私達を呼びとめ、セシルの関係かどうかを尋ねられてな」

 そういって、テラハちらりと拳を振り上げてはしゃいでいるパロムを見やる。

「・・・それをパロムが馬鹿正直に答えてしまって」
「うわあ」
「で、あわや戦闘というところになったんだがな。そこへ出前から帰ってきたリサが大声で『店の中で喧嘩しないで!』と一言。それで、戦う代わりに腕相撲で決着をつけようと言うことになったのだ」
「なんだそりゃ? つか、この腕相撲に負けたらどうなんだよ? バロンの城まで連行されるとか?」

 ロックの問いに、は、とテラは今頃気がついたかのように。

「・・・そういえば、そういうことはなんも決まっとらんかったな」
「・・・なんのために腕相撲なんてやってんだ、あの馬鹿2人」

 はー・・・とロックはなにか疲れたように吐息する。
 と、ふと思い出して、

「あ。そだそだ。リサはどこだよ? 一旦、リサの家まで行ったんだけど留守で・・・」
「なに? 呼んだ?」
「うおっ!?」

 いきなりカウンターの下からリサが顔を出す。
 不意をつかれて、ロックは大きくのけぞった。

「なんだよリサ! 脅かすな」
「脅かしてなんか無いよ。あたしの名前が出たから顔を出したんじゃないか」
「カウンターに隠れて何やってるんだ」
「カウンターの下の掃除だよ。そういうロックは久しぶりだね。バンダナどうしたの?」

 リサはロックの頭に視線を送る。
 いつも―――飛空挺整備の作業時にも外さなかったバンダナが、今はないことを不思議そうな顔をして。

「イメチェン?」
「馬鹿言え。なくしちまったんだよ」
「ははあ。それは女の人ですね?」
「はい?」
「そのバンダナ、大切なモノだっていったよね? 女の人から貰ったんでしょ? で、その女の人に恋人が出来たとか結婚しちゃったとか―――或いは死んじゃったとか。それで捨てちゃったんでしょ?」
「・・・・・・」

 リサのからかうような言葉にロックは答えない。
 というか、なんと答えようか悩む事しかできなかった。
 リサは「おや?」という顔をして。

「あれ? 図星?」
「いや・・・まあ、女の人から貰ったってのは本当なんだけどな」

 それもロックが世界で一番大切だと思う人からの貰い物だ。
 ただし、その相手はもうロックのことを覚えても居らず、いまはもう――――――

「・・・ごめん、もしかしてからかっちゃ行けないことだったかな」
「ンなことないけどな」

 調子に乗りすぎたことを、少し反省した様子のリサに気を遣わせないよう、ロックは全く気にしていない風を装って、肩を竦めて答える。
 その仕草を見て、リサが「あは」と笑った。

「それ、クラウド君の真似?」
「はあ?」
「クラウド君、なにかあるといつも『興味ないな』とかいって、今のロックみたいに肩を竦めるの」

 言われてみれば、そうだったかなと思い返す。
 興味ないな、というクラウドの台詞は何度か聞いてはいたが、その仕草までは覚えていない。

(まあ、そんなに長い付き合いでもないしな)

 思いながら、短い付き合いのクラウドを見やる。
 見れば、クラウドの方が僅かに押していた。

「ぬ、ぬぐがあああああああっ!? ば、馬鹿なあっ!? このワシが押されているだとおおおおおおっ!?」
「1STのソルジャーをなめるなああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 押していたクラウドが、さらに力を込める。
 一気に勝負をつけようと、持てる力を全て出し切って、ぐいぐいと押していく。だが。

「まだじゃあっ! その程度ォッ!」

 ごううんっ!

 いきなり空気が震え、ダンガンの身体が金色の光に包まれる!
 その途端、押されていた手を一気に押し返した。

「なんだとッ・・・!? 馬鹿なあああああああっ!?」
「ぐははははははっ! 我が闘気の力を甘く見るなあああっ!」
「ぐううっ!」

 押し返され、今度はクラウドの方が劣勢になる。
 そのまま一気に押し倒されようとした瞬間。

「負けて・・・たまるか・・・ッ」

 ぎりっ、とクラウドが奥歯を噛み締め、さらに力を込める。その瞬間。

 

 リミットブレイク

 

 ぞわっ、とクラウドの髪がざわめき、ダンガンとはまた別の光がクラウドの身体を覆う。
 その色は明るい碧。クラウドの瞳と同じ、魔晄の光だ。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 クラウドは劣勢だった腕を、再び押し返す。

「おのれえっ! ぬううううううううううううううううううううううううううううううっ!」

 ダンガンも力を込め、結局勝負開始の位置で、2人の力が拮抗した。

 しばらく、2人は身を震わせ、渾身の力を入れた状態で動きが止まり、やがて―――

 ピシッ―――・・・

 なにか軽い破砕音が響いて。
 次の瞬間、2人分の馬鹿力をなんとか支えていたテーブルが―――崩壊、した。

 

 どっぐおおおおおおおおおおおおんっ!

 

 滅茶苦茶派手な音を立てて、クラウドとダンガンは、壊れたテーブルごとその場にすっころぶ。
 砕けたテーブルの破片が粉塵となって、2人の姿を覆い隠した。

「くっ、クラウド様ぁっ!?」

 口に手を当てて、ポロムがクラウドに駆け寄る。
 粉塵が収まってみれば、クラウドとダンガンはテーブルどころか床板までブチ抜いて目を回していた。
 当然、2人が纏っていた光は消えている。

「クラウド様! 今、回復魔法を―――」
「待って!」

 ポロムが杖を振り上げた瞬間、緊迫した声が飛ぶ。
 「え?」とポロムが振り返ってみれば、リサがカウンターを軽やかに飛び越えて、こちらへと駆け寄ってくるところだった。
 その表情は厳しく、真剣な顔をして。

「あの・・・?」
「黙って!」

 戸惑うポロムに、ぴしゃりと言ってから、彼女はクラウドの傍らでかがみ込むと、クラウドの身体を服の上からぽんぽんと叩いていく。
 それはまるで、医者が打診するように丁寧に身体の様子を伺っているようだった。

「もしかして、あなたは医術の心得が―――」
「・・・あった!」

 感心したように呟きかけたポロムを遮るように、リサが嬉々とした声を上げる。
 その手には、一つの白い封筒が握られていた。

「じゃ、クラウド君。テーブルと床の修理費用の代わりに、さっきあげたバイト代を貰っていくから」
「って、そう言うことですか!?」

 思わず叫ぶポロムを無視して、リサは立ち上がるとおろおろとしているマッシュに向かって、びしいっと人差し指を向けて。

「ダンガンさんへのツケも倍にしておくからちゃんと払ってね? 踏み倒したりしたら、地の果てまで追っていくから♪」
「ええええええええーっ!? そんな!?」
「ちなみに肉体労働でも可」
「だ、そうだ。マッシュ」
「って、なんで俺なんですかバルガスさん!? ツケまくってるのは師匠で」
「師匠の尻ぬぐいは弟子がするものだろう?」
「バルガスさんは息子でしょうッ!?」

 ぎゃいぎゃい喚いているダンガンの弟子と息子を見やり、ロックはなんとなく気が抜けたような気分で半笑い。

「なんか、平和だなァ・・・城が襲われてるなんて思えないくらいに」
「そうだのう・・・・・・・・・!?」

 テラもロックの呟きに同意して―――しばらくしてからはっとする。

「なに!? ロック、今なんと言った!?」
「へ? 平和だって」
「その後だ! 城が襲われてるだと!?」

 テラの緊迫した声に、酒場の中がしんと静まりかえる。
 皆の視線がテラとロックに集まる中、その中心でロックはきょとんとして。

「おお」

 と、ぽんと手を叩く。

「そいやすっかり忘れてた。バロンの城が海の方から襲われてるらしいぜ? んで、セシルがエニシェルと様子を見に行くって」
「馬鹿者ーッ!」

 ごがん☆
 と、テラはロックの頭を手にしていたロッドで殴りつけた。
 痛ぇっ、とロックは頭を抑えて涙目になり、

「なにしやがる!」
「そういう話は早くいわんかッ! クラウド、寝とる場合ではない! 私達も城へ向かうぞ!」
「オイ待てよ。セシルは俺たちにはミシディアに戻れって言ってたぜ」

 頭を抑えながらそう言うロックを、しかしテラは無視。

「ふん・・・せっかちなヤツだ」

 そんなことをいいながらクラウドがゆっくりと立ち上がる。
 体中の埃を適当に払うと、ゆっくりと酒場の出入り口に向かいかける―――と。

「ぐわははははははははっ!」

 その後ろで、いきなりダンガンが立ち上がって哄笑した。

「聞いたぞ! バロンの城が襲われているそうだな! ならばワシもいかねばならぬ! そして、貴様ぁっ!」

 ダンガンがクラウドの背中を指さす。
 クラウドは立ち止まると、振り返って、

「・・・クラウド=ストライフだ」
「クラウド! 貴様も城へと向かうのだろう! ならば、この決着は城にてつけようではないか!」
「ふん・・・興味ない―――」
「ダンガンキィック」
「ぐあっ!?」

 冷めた調子でいつもの台詞を吐こうとしたところに、ダンガンの素早い跳び蹴りが命中する。
 不意打ちの一撃に反応することもできずに、クラウドはまともに吹っ飛んだ。

「ふははははははっ! 勝負はすでに始まっているのだ! 先に行かせて貰うぞ、クラウド=ストライク!」

 いいながら、ダンガンは店の外へと飛び出した。その後で、

「・・・のやろおおおおおおおおっ!」

 怒声を上げてクラウドが立ち上がると、怒りの形相でダンガンを追って店を飛び出した。

 嵐のような勢いで立ち去っていった2人を残った者たちは呆然と見送って、
 ふと、パロムがぽつりと呟いた。

「クラウドあんちゃんってさ。クールな振りをしてるけど、けっこー熱いよな」
「そうねー」

 片割れの意見に、ポロムもぼんやりと同意して頷いた。

 

 

******

 

 

 バロンの街のメインストリートだ。
 街で一番広い道であり、この道を真っ直ぐ進めばバロンの城までたどり着ける。

 最近、赤い翼が出撃したり、エブラーナが襲撃してきたりとしたせいか、道を行く人は少ないが、それでも皆無というわけでもない。
 日々の食い扶持を稼ぐために、ちょっとした露店もぽつりぽつりと出ている。
 活気があるとまでは言い難いが、それでもそれなりににぎわってはいる。

 その賑わいの中を、ダンガンとクラウドは全力で疾走していた。

「俺はストライクじゃない! ストライフだ!」
「ぬおっ!? もう追いついてきおったか!?」

 街中を疾走するダンガンは、後ろから聞こえてきたクラウドの声に駆けながら振り返る。
 不意打ちから立ち直って、しかしすぐに追いついてきたクラウドに驚き、そしてすぐににやりと笑い、

「ふん! 腕相撲では互角だったが、鍛え抜かれたこの身体! 足では負けんッ! ぬうああああああああああああああああああッ!」

 ごうんっ!
 と、ダンガンの下半身が先程と同じような金の光に包まれて加速する。
 まさに風の如くとなり、一気にクラウドとの差を引き離す。

 ダンガンの加速が巻き起こす旋風に、通行人から悲鳴やら歓声があがった。

 対するクラウドは、走りながら背中に背負っているバスターソードを掴み、もう片方の手を胸元に突っ込むと、中から紫色の宝玉を取り出す。
 クラウドはその宝玉を、少しだけ引き抜いた剣の柄元に空いた穴にはめ込むと、

「スピードのマテリア!」

 叫ぶ。
 それと同時に、剣の柄元にはめ込まれた紫色の宝玉が明るく輝いた。
 途端、クラウドの速度も加速する!

 風よりも尚早い、疾風となったクラウドはあっさりと開いた差を詰めると、そのまま一気にダンガンを抜き去った。

「先に行くぞ」
「なにいっ!?」

 ふ、と薄い笑みを浮かべてそのまま先を行くクラウドを、ダンガンは驚愕に目を見開かせ。
 すぐに、ぎりりと悔しそうに奥歯を噛む。

「くっ・・・行かせんぞッ!」

 ダンガンは駆け足のまま、右手をクラウドに向かって突き出すと、体内の力を解き放つ。

 

 オーラキャノン(小)

 

 拳大の光の玉が、ダンガンの掌から放たれると、それは狙い違わずクラウドの後頭部に直撃する!

「なんだぁっ!?」

 それほどの衝撃ではない。
 が、それでも全力で加速しているところに、後ろからの一撃を受けて、クラウドはそのままバランスを崩して転倒する。
 転倒する直前、なんとか受け身を取ることには成功したが、ヘタに受け身を取ったせいでごろごろごろごろと転がって、自作のアクセサリーグッズを道の隅に並べていた露店に突っ込んだ。

「カッカッカッカッカ! 先に行くぞ!」

 どんがらがっしゃん! と、騒がしい衝突音を立てるクラウドと、それに巻き込まれた露天商を横目でみやり、ダンガンは悠々と走り去ろうとする。

「一度ならず・・・二度までも・・・ッ!」

 なにやら文句らしき物をけたたましく騒ぎ立てる露天商を無視してクラウドは立ち上がると、今度こそ背中のバスターソードを引き抜いた。
 いきなり抜剣されて、露天商が「ひぃっ」と悲鳴を上げて黙るが、元からそちらの方には興味ない。

 クラウドがにらみ据えるのは、走り去るダンガンの背中だ。
 最早、剣を投げても届かないほど距離が開いてしまったダンガンに向かって、しかしクラウドは剣を振り上げて―――振り下ろす!

 

 破晄撃

 

 振り下ろされた剣から放たれた魔晄の光が、もの凄い勢いでダンガンに向かって地面を走る。
 だが、後ろから迫り来るそれを、ダンガンは素早く察知すると、直撃の寸前に横へと跳ぶ。

「甘いわぁッ―――がふうううううううううううっ!?」

 横に跳んだ瞬間、横にあったファーストフードの屋台と激突する。
 ダンガンの身体は屋台を半壊させ、ケチャップやらマヨネーズやらバターやらが全身にふりかかる。

 ちなみに、クラウドの放った破晄撃はダンガンを外れ、別の露天商を吹っ飛ばしていた。

「ふん。ゆっくりメシでも喰ってるんだな」

 全身に降りかかった調味料の類をぺろぺろとなめるダンガンを、クラウドがあっさりと追い越す。
 ぬううううっ、とダンガンはうなり声を上げると、さらなる必殺技をクラウドに向けて打ち放つ!

「くらえぃっ! 我が炎の演舞を!」

 

 鳳凰の舞

 

 闘気の炎がダンガンの身体を包み込むと、半壊させた屋台を完膚無きまでに爆発させて、炎に包まれたままクラウドに向かって突進する。

「ぢいいっ!」

 迫り来る炎の身体を、クラウドは寸前で回避する。
 しかし、その回避行動のために足が止まり、結果としてダンガンに追い越された。

「ハッハッハ! 先に行くぞ!」
「行かせるかッ!」

 クラウドは剣を握り、近くにあった別の屋台に向かって跳び上がると、その屋台を台にして、さらに高くへ跳び上がる。
 ぐしゃ、という音が踏んだ屋台からしたようだが、クラウドはもちろん気にしない。その屋台の持ち主も、すぐに気にする必要が無くなった。何故なら―――

「降り注げ! 破壊の流星!」

 跳び上がったまま振り上げたクラウドの剣を中心に、無数の光の玉が現れる。
 さきほどの破晄撃の色と同じ、魔晄の光だ。

 

 メテオレイン

 

 クラウドは、剣を光の玉と一緒に下へ―――ダンガンへ向けて振り下ろす。
 光の玉は雨のようになってダンガンと、その周囲の通行人やら露店やらにへと降り注ぐ!

「ぬ、ぬおおおおおっ!?」

 いきなり降ってきた魔晄の力の流星に、ダンガンは為す術もなく打ち倒された。
 ずざざざざっ、と走っていた慣性のまま、滑りながら地面に倒れるダンガンを確認し、クラウドは勝ち誇った笑みを浮かべて地面に着地。

 ―――そのクラウドを、大勢の人間が取り囲んだ。

「な、なんだ・・・?」

 いきなり詰め寄ってきたバロンの住民に、クラウドは困惑する。
 老若男女。若い男もいれば、年老いた老婆もいる。パロムやポロムくらいの小さな子供もいたし、クラウドと同じくらいの歳の女性もいた。
 ばらばらに統一感無く集まった人の群れだが、共通しているのは皆、表情を怒りに変えているということだった。

「なんだじゃねえだろてめえっ!」
「どーしてくれるのよ! あんたがぶつかった露店のペンダント・・・あたし狙ってたのよ!」
「おい、あんたあのオッサンの知り合いか? 俺の屋台、弁償して貰うからな!」
「血! 血ぃでちゃったわよ! ほらここ! よおくみなさい! 滲んじゃってるでしょ! ちゃあんと医療費払ってよね! 一万ギルでいいわ!」
「いいからとりあえず殴らせろ! 初デートだったんだぞテメエ! 彼女、帰っちまったじゃねえか! 『燃えたり隕石みたいな光が降ったりするところでデートなんて出来ないわ』だとさ! そりゃあそうだよなあああああああっ!」

 などと。
 どうやらクラウドとダンガンの追いかけっこで被害にあった人たちがクラウドに詰め寄っているようだ。
 それを理解して、クラウドは肩を竦めると、いつものように一言。

「・・・興味ないな」

 次の瞬間、クラウドはしこたま殴られた。

 

 

******

 

 

「・・・なにやってんだか」

 クラウドが集団リンチにあっている現場を通り過ぎると、ロックは自転車を漕ぎながらぽつりと呟いた。
 リサの店から借りた自転車だ。店の物だから絶対に壊すなと厳命されている。

「クラウド様、可哀想・・・」
「可哀想だって思うなら助けてやればいいじゃん。オイラはゴメンだけどな。巻き込まれたくないし」

 ロックの後ろで、自転車の荷台―――料理の出前用に、しっかりとした作りの大きな荷台だ―――に乗った双子がそんなやりとりを交す。
 パロムに言われ、クラウドの様子を見送っていたポロムは、くるりと進行方向へ身体を向けると、胸の前で握り拳をつくり、しんみりと微笑んで、

「クラウド様・・・私、あなたのことは一生忘れません・・・」
「ポロムって、時々薄情だよな」

 ぽつりと呟いたパロムの声を、ポロムは聞こえないふりをした。

「うう・・・良かったのだろうか、倒れたままの師匠を置いてきてしまって・・・」
「別に戻っても良いぞ。後は俺が自分で自転車をこぐしな?」

 ロックと双子の自転車の後ろで、マッシュとバルガスが2人乗りをして同じ自転車を漕いでいた。
 これまたリサの店の出前用の二号で、こちらも壊すなと厳命されている。

 マッシュはしばらく黙り込んだ後、無言で自転車を漕ぐ速度を上げた。

「お? それは親父のヤツを見捨てたと解釈して良いのか?」
「ち、違いますよ! ただ、師匠を超えるのが俺の目標ですから! 助けに戻るよりも、こうして先へ進むことの方が師匠も喜ぶと思って・・・!」
「物は言い様だな」

 マッシュがスピードを上げたために、前を行くロックと並ぶ。

「うわ! ロック兄ちゃん、なんか追いつかれたぞ!」
「やる気ですね。やる気のようですね! ロックさん、もっと早くもっと早く!」
「うるせー! 後ろで騒ぐなーッ!」

 言いながらも、ロックは双子に言われたとおりに加速させる。

「おいマッシュ。また引き離されたぞ。もっと早くしろ」
「そ、そんなこと言ってもあっちの方が荷物が軽いんだし・・・バルガスさん、重いですよ!」
「親父を超えるんだろうが。この程度のハンデを乗り越えられなくてどうする!」
「そ、そう言われればそうかも・・・・・・よ、よおおおおおおおおおおしっ!」

 気合いの声を上げて、マッシュがさらにさらにペダルの回転数を上げる。
 身を低く自転車のフレームに顎をつけるようにして倒し、空気抵抗を限りなく減らしたスプリントフォームだ。
 その後ろのバルガスも、マッシュの背中に隠れるようにして身を低くして、空気抵抗を減らす。

「うおわっ!? 速えええっ!?」

 しゃこしゃこしゃこしゃこと、凄まじい勢いでペダルを漕いで、あっさりとロックを抜き去る。
 ロックも全力でこいではいるが、日頃の鍛え方が違うのか、追いつくどころか引き離される一方だ。

「ええいっ、こうなったら・・・!」

 ポロムは何事かを呟き、そして。

「『ヘイスト』!」

 ポロムの加速の魔法に、いきなりロックの漕ぐ速度が速くなる。
 段々と引き離されていた差が、みるみるうちに縮まる。

 そして、マッシュの自転車の後ろにロックの自転車の前輪が追いついた頃、

「街を出た!」

 パロムが歓声を上げる。
 二台の自転車は街を出て、城まで目前―――というところで速度が落ちた。

 街を出てから城までは、少し坂になっている。
 歩きならばなんでもない坂だが、自転車となると少しきつい。
 ロックもマッシュも座ったままでは力が入らず、立ち漕ぎで坂をぐいぐいと登っていく。

「ぬおおおおおおおおおおおっ!」
「うおおおおおおおおおおおっ!」

 2人とも意気を吐き、自転車を左右に揺らしてダンシング。
 もう足は限界だった。
 後は気力だけの勝負。
 ほとばしる汗が2人の周囲を舞い、熱い血潮が燃えたぎる!

 ―――そして、そんな2人に前方から声援が飛んできた。

「マッシュー、負けたら親父にいいつけるからなー」
「ロック兄ちゃーん! 負けるなー!」
「2人とも、あと少しですよー!」
「「って、なんで先に居るんだああああああッ!?」」

 どんがらがっしゃーんっ!

 荷台に載っていたはずの双子とバルガスが、目の前で声援を送っていることに全力でツッコミを入れた挙句、バランスを崩して2人とも転倒。
 そんな2人に、ポロムが心配そうに駆け寄った。

「あの、大丈夫ですか?」
「って! だから、お前らどういうことだよ!? 荷台に乗ってたはずだろ!? それがなんで先回りしてるんだよ!」

 ロックの抗議の声に、ポロムはしれっと。

「いえ、転移魔法で。2人とも立ち漕ぎなんてするものだから、揺れて揺れて乗っていられませんでしたし」
「全く、オイラたちのことも考えて欲しいよな」

 うんうんと頷くパロムにロックはさらになにか文句を言おうとして、

「ああああああああああああああああああああっ!」

 それがマッシュの声に遮られる。
 驚いて振り返ってみれば、マッシュは愕然と自転車を見て、

「チェーンが・・・外れてる!」
「なんだと!?」

 マッシュの言葉にロックは驚愕の声を上げた。
 見れば、確かに2つの自転車のチェーンが外れてしまっている。
 ペダルを回してみても、カラカラとギヤ盤が空回りするだけでタイヤが動かない。

「あーあ、こーわしちゃったこーわしちゃった、こーわしちゃったーよー♪」

 呆然とするロックとマッシュの後ろで、パロムが「こわしちゃったの歌」とやらを歌い出す。
 ポロムはそんなパロムを叩いて歌をやめさせてから、ふう、と嘆息して、

「そういえばあのリサ様という方。確か、自転車を壊したら・・・丸坊主にするとか言ってませんでしたか?」

 ポロムの言葉にロックとマッシュがびくりと反応する。
 しかしバルガスが訂正して、

「少し違うな。リサが髪を切る、と言っただけだ」
「それって、丸坊主となにか違うんですか?」
「違うな」

 きっぱりとバルガスは言い切ってから、付け足す。

「丸坊主の方がまだマシだ」
「「ひいいいいいいっ!」」

 ロックとマッシュの悲鳴が唱和される。
 その2人の脳裏には、さきほど自転車を貸してくれた時のリサの姿がはっきりと浮かんでいた。

 

 ―――もし自転車を壊したら、壊した人の髪を私が切らせて貰うからね。ふふっ、今ちょっと美容師さんに憧れてるんだ〜。

 

 輝かんばかりの素敵な笑顔を思い出して、2人は愕然とする。
 丸坊主にされるだけならまだマシだ。
 ヘタをすれば、頭の皮を剥がれかねない。というのは大げさだとしても。
 あ、失敗しちゃったー。とか言って、耳をちょん切るくらいのことは軽くやりそうだ。というよりむしろやる!

 少なくとも、ロックとマッシュが短い付き合いの中で知った、リサ=ポレンティーナという人物はそういう人物だった。

「逃げよう」

 提案したのはマッシュだった。
 しかしロックが首を横に振る。

「あの女のことだ。マジで地の果てまで追いかけてきかねない」
「ならどうする? 素直に謝るか・・・?」
「『いいよ。その代わり髪の毛切らせてね』って言われるのがオチだ」
「じゃあ、どうする! 逃げても謝ってもダメなら・・・!」

 焦るマッシュに、しかしロックは「ふ・・・」と余裕の笑みを浮かべる。

「簡単なことさ」
「簡単こと」
「ああ、とても簡単だ。つまり―――」

 とかなんとか言いながら、ロックはかちゃかちゃと自転車のチェーンをつまんで、手早くギヤに引っかけるとペダルを回す。
 最初重そうにペダルは回っていたが、やがてチェーンがギヤにかみ合うと、かちゃん、と音がしてスムーズに回り始めた。

「―――こうやって直しゃいいし」
「直せるならさっさと直せよ!?」

 激昂するマッシュに、ロックはもう一つの自転車も同じように直しながら声高らかに笑って、

「ははははは。いやいやスリルとサスペンスも時には必要さ」
「スリル過ぎだあああっ! 本気で死ぬかと思った・・・」

 大げさすぎである。
 だが、本人はとても真剣に顔を青ざめさせて、

「こんなに恐怖を感じたのは、子供の頃にナッツイーターにかじり殺され駆けた時以来だ・・・」
「ああ、だからお前はナッツイーターが苦手なのか」

 納得したようにバルガスが頷くと、ポロムが「えー」と不満そうな声を上げる。

「ナッツイータって結構可愛いですよ?」
「そうそう。ミシディアでも何人か飼ってたよな」
「・・・パロム、それって魔法の研究実験用のモルモットなんだけど・・・」

 ちなみにナッツイーターというのは、リスのような魔物の事である。
 習性もほぼリスと同じで、主に木の実を主食としている。違うのはサイズくらいなもので、とはいえリスのように手乗りサイズではないにしろ、それほど大きくもない。中型犬の子犬程度の大きさである。

 ただ、幾らリスのように見えても魔物は魔物。
 不意に凶暴性を発揮して、他の動物や人間に襲いかかることもまれにあるという。

「へえ、ナッツイーターが苦手ねえ・・・」

 と、自転車を直し終えたロックが、感慨深げに呟く。

「面白いもんでさ、俺の知り合いの双子の弟もナッツイーターが嫌いらしいんだよ」
「面白くあるかあああああああっ!」

 憤慨したようにマッシュが怒鳴る。
 ロックは「悪い悪い」と謝りながら、

「いや面白いのは、そいつってのがシクズスのフィガロに住んでるヤツでさ。ナッツイーターなんて生息してない場所なのに、どんな縁で嫌いになったのかな―――って、なんだよお前、ヘンな顔をして」
「い・・・いや、別に」

 話を聞いて、マッシュは目をまん丸くしていた。
 ロックはそんなマッシュをじっと見つめ―――ふと、なにかに気がついたように、「あれ」と声を上げる。

「あれ・・・? そーいやお前、そいつに似てるな・・・」
「ひ・・・人違いだ」
「・・・まあ、そうだよな。まさかアイツの弟がこんな―――」
「こんな?」

 問い返すマッシュに、ロックは慌てて手を振って、

「いや、なんでも。やっぱ全然似てなかった。いやさ、その知り合いってのが相当のスケコマシでさ。暇を見つけては出会う女片っ端からナンパしていくような馬鹿野郎でな?」
「兄貴・・・まだそんな・・・」
「ん? 何か言ったか?」
「い、いいや? なにも?」

 今度はマッシュが慌てて手を横に振る。

「ロック・・・? それにパロムにポロムまで・・・それに君たちはカイポの村の・・・? ・・・こんなところで何やってるんだ!?」

 いきなり城の方から声を掛けられて振り返ると―――

「あ・・・無事だったんですね!」

 城の方から姿を現したセシルに、ポロムが嬉しそうな声を上げる。
 パロムがセシルに駆け寄って、ロックは「よう」と手を挙げて挨拶した。マッシュは見知らぬ女性の出現に、少し戸惑いをみせている―――カイポの村で顔を合わせているはずだが、女装しているために相手がセシルだと気づいていない。

 そして―――

「美しい・・・」

 いきなり馬鹿なことを呟いたのが約1名。

 


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