第12章「バロン城決戦」
E.「急襲」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城下町

 

 バロンの街。
 その外れにあるデビルロードの一端である白い建物の前。
 そこで、麗しく女装したセシルが、双子を前にして激しく怒っていた。

「・・・どうしてついてきたんだ!」

 本気で怒り、セシルは双子に向かって怒鳴りつける。
 しかし、双子は澄ました顔で、

「仕方ないじゃん。来ちゃったし」
「それに、セシルさんについてきたワケじゃありません。私達が勝手にここまで来たんです」
「僕の言ったことを、全然解ってくれてないな!」

 苛立たしくそう言って、セシルはテラを振り返る。

「テラ! この2人をすぐにミシディアに送り返してくれ!」
「別に戻ってもいーけど、また来るぜ? デビルロードの封印の解き方はもう覚えたし♪」

 パロムが軽口を叩く。
 なにせテラですら解けなかった試練の山の封印を解いたパロムだ。デビルロードのそれも解けないモノではないだろう。それに先程はテラが目の前でやってみせていた。

「・・・っ」

 もうどうしようもないことを悟って、セシルは歯がみする。
 と、そんなセシルの肩を、誰かが叩いた。ロックだ。

「まーまー、そんなに怒るなよ。この2人がそれほど弱いってわけじゃないって、試練の山で十分すぎるほどに解ったろ?」
「だけど・・・!」
「それだけお前が心配だって事だ。有り難く思えよ」
「し、心配なんて!」

 ロックの言葉に、ポロムが感情に反応する。

「べ、別にセシルさんなんか心配してません! 私はただ・・・ええと、か、監視! そう、監視ですわ! セシルさんがこの期に及んでバロンに寝返らないかどうかを監視しなければならないのです」
「ポロム、嘘つくならもうちょっとマトモな嘘を吐けよ」
「例えば?」
「えー、そうだなー。バロンって来たことなかったから、観光とか」
「じゃあ、それで」

 うん、とポロムは頷くと、セシルに向かって偉そうにふんぞり返って、

「というわけで、私達はバロンへ観光に来たのです。セシルさんのことなんか心配してませんからね!」

 どうだ、まいったか。とでも良いたげなポロムに、色んな意味で参りながらセシルは吐息する。
 吐息と共に怒りの何割かが身体から抜けていったような感じだ。

「・・・解ったよ。でも約束して欲しい、絶対に僕の言うことを聞くって」
「帰れ、とかそういう事以外なら」
「わかってるよ」

 苦笑してセシルは頷いた。

 

 

******

 

 

 とりあえず双子も一緒に行くと言うことになって、クラウドがセシルへ呼びかける。

「さてセシル子。これからどうする?」
「セシル子とか言うな!」
「しかし、セシルとか読んだら女装した意味がないだろう」
「セシルって名前の女性が居たって良いと思うけどな。だいたい、それでセシル子じゃ意味が無いじゃないか」

 セシルの文句に、クラウドは軽く小首をかしげてから少し悩んで、

「じゃあ、ちょっと捻ってセシールで」
「捻ってない捻ってない」
「じゃあ、ルシセ」
「うん、まあ、それなら良いかな」

 セシルが頷くと、クラウドは「よし」と呟いてもう一度やり直す。

「さてルシセ。これからどうする?」
「そうだね。まずは別れて情報収集かな。とりあえず確認したいのは、ヤンたちが来たかどうかと、それからエブラーナが攻めてきてどうなったかだ」
「エブラーナ?」

 テラの呟きに、セシルはうん、と頷いて周囲の町並みを見る。
 辺りに人通りはなかった。
 街の外れと言うこともあるだろうが、街全体が静まりかえっているようにセシルには感じられた。
 なおかつ、街のあちこちになにやら焦げたような、燃えたような後がある。

「僕たちがファブールでバロンと戦っていた隙をついて、エブラーナがバロンに攻め込んできたハズなんだ。そうでなければゴルベーザたちが退いた理由がないし、なにより街のあちこちが焼けているのは、エブラーナが街に火をかけたからだろうし―――様子から、結局エブラーナは敗退したみたいだけど、どれくらいの敗北だったのかを知りたいな」

 エブラーナの被害がどれほどのものかでも、今後の動きに違いが出る。
 例えば、エブラーナの被害が多ければ、今頃はゴルベーザがエブラーナに攻め込んで、殲滅しきっているだろうし、少なければまだしばらく保たせられるだろう。エブラーナと連携出来る可能性も出てくるかもしれない。

「―――エブラーナは結構、簡単に退いたみたいだぜ? ただ、話によるとエブラーナの王様が殺されたってさ」
「へ?」

 いきなり知りたかった情報を言われ、振り返るとロックが立っていた。

「それから、ファブールの軍勢はまだ来てないみたいだな。・・・あと、ついでに付け加えると、住民の中に不穏な空気が出てる。最近になって赤い翼の出撃が多くなって、不安を感じてるみたいだ。街に活気がないのはそのせいだな」
「ロック・・・? それ、誰から?」
「ん? まあ、人気がないっつっても、街の中央にはそれなりに居たからな。ひとっ走り行ってきて、ちょっと聞いてきた」
「ちょっと聞いてきたって・・・こんな短時間で?」

 クラウドと名前のことで言い合いしている間に情報を仕入れてきたと言うことだ。
 驚嘆の面持ちでロックの様子を見ると、ロックはにやりと笑って答えた。

「行ったろ? 情報収集なら俺はお得だって」
「それにしても・・・うん、でもありがとう。助かる」
「じゃあ、これで偵察は終わりか?」

 クラウドの言葉に、セシルはいいや、と首を横に振る。

「一応、街の知り合いに顔を繋いでおきたい」
「知り合い?」
「リサ=ポレンティーナって言うんだけど・・・・・・なんだよ、クラウドにテラ、ロックまで妙な顔をして?」

 セシルが出した名前に、3人とも苦笑をしてみせる。
 テラが声を出さずに笑いながら、

「いや、バロンも意外に狭いものだと思ってな」

 

 

******

 

 

 今まで見えていた水平線が途切れ、バロンの城とその街の姿が目に見えてきた。

「よおーしっ! 見えてきたぜ、バロンだ!」

 海賊船の甲板に立ち、ファリスが声高らかに叫ぶ。
 ファリスの後ろで、海賊達が「おおぉおおおーっ!」と声を上げた。

 その意気は感染して、海賊船に続くファブール、ダムシアンの船の乗組員まで雄叫びを上げる。

「頭ぁっ! 目の前に水門が!」
「馬鹿野郎! 言われなくても見えてらあっ!」

 バロンの城を囲むようにして、海にまで塀が作られている。
 その塀の真ん中に、頑丈そうな門がつけられていた。

「行くぜシルドラ! 構わずに全力でブッ放せ!」
『シャギャアアアアアアッ!』

 海面からざばあっ、と盛大に水しぶきを上げてシルドラの頭が姿を現した。
 シルドラはヒュゥゥゥゥゥッ、と息を吸い込むと、体内の雷撃と共に目の前の門や塀に向かって吹き付ける。

 

サンダーストーム

 

 凄まじい雷撃のブレスに、バロンを取り囲む水門は木っ端微塵に吹き飛ぶ。砕け散った破片が燃え、黒煙があがり、しかしそれはすぐに海に落ちて消えさる。
 ほんの僅かな黒煙を振り払うようにして、船団は船の勢いを止めないままに水門のあった場所をあっさりと通過した。

 水門を抜けると、すぐ目の前に城があった。
 城のある陸の高台の脇に、大きな穴が掘られ、そこがバロンの城の軍港となっているようだった。
 港の中にはいくつかの船が見えるが、どれも帆が破れていたりマストが折れていたりと、ロクな状態ではない。

 リヴァイアサンが出現してから十余年。最初はきちんと整備していたのだろうが、整備しても海に出れなければ意味がない。意味がないことを、そう何年もしていられなかったのだろう。

「よっしゃあっ! このまま船を港につけろ! バロンの船に当てたってかまわねえ!」
「アイサー!」

 ファリスの海賊船は、バロンの船にぶつかりながら、強引に港に入り込む。

「な、なんだ・・・こいつらああっ!?」

 偶然、港にいた数人のバロンの兵士が声を上げる。
 それに向かって、海賊船のデッキからファリスが飛び降り、手にしたハンドアックスを叩き付けた。

 血しぶきが舞い、あっさりと1人が絶命する。

「な・・・」
「ぎ・・・ぎゃあああああっ!?」

 他の兵士達も、海賊船から次々に飛び降りた海賊達が殺到し、あっさりと刃にかかって全滅した。

 と、シルドラのサンダーストームを聞きつけたのか、無数の騒がしい足音が城の中から響いてくる。

「どうやらお客さんが来やがったようだぜ?」
「つか、どっちかっていうと、俺らの方がお客さんだろ」

 兵士の死体をあまり見ないようにして、いつの間にか海賊船を下りていたバッツが訂正。その後ろには、フライヤも愛槍を手に持って居た。
 違いない、とファリスは笑って、どやどやと現れたバロンの兵士を睨付ける。

「よっしゃあ! まずは俺たちが相手をするぜ! バッツ、てめえら陸者は船酔いが残ってるだろ! 少し休んでから来いって他の連中に伝えときな!」
「わかった・・・死ぬなよ」
「誰が死ぬかよ」
「・・・それから、できればあまり人を殺すなよ」
「そりゃ無理だ」
「・・・・・・」
「ンな顔をするなよ―――解った、善処する」

 ファリスの応えに、頷くとバッツとフライヤは海賊船の後ろについたファブールの船へと走る。
 それを見送って、ファリスは嘆息する。

「・・・戦争だろ、これは。戦争ってのは―――」
「う、うおおおおおっ!」

 バロンの兵士がファリスに向かって飛びかかってくる。
 そのがらあきの胴体へ、斧を叩き付ける。
 斧の刃が腹の半ばほどまでえぐり、兵士は即死した。

「人を殺して、殺されるモンだ―――そいつはあいつだって分かり切ってるだろうにさ!」

 呟きながら、それはもしかしたら言い訳なのかもしれないとなんとなく思った。
 バッツ=クラウザーは解っていないのかもしれない。
 そうでなければ、人を殺すな、などという台詞が出てくるとは思えない。

(・・・死ぬなよ、か)

 血糊のついたハンドアックスを握りしめ、ファリスは次の敵へと視線を光らせる。

(そりゃあ、バッツ=クラウザー。なによりもてめえに必要な言葉だぜ!)

 

 

******

 

 

「しかし、君たちとリサが知り合いだったなんてね・・・」

 街中を歩きながら、セシルはロックに向かってそんなことを言う。

 今、セシルが目指すのはリサが父であるシド=ポレンティーナと2人で暮らしている家だ。

 ちなみに向かっているのはセシルとロック、それからエニシェルの3人だけだ。
 テラとクラウド、それから双子は別行動である。大勢でぞろぞろと連れだって歩くのは目立つし、テラとクラウドはリサの家ではなく、リサがアルバイトをしている宿屋に用事があるという。

 クラウド曰く、

「給料を貰い忘れた」

 だそうだ。

「それにしてもアレじゃの。街の者からは妾たちのことをどういう目で見ておるのかの? やはり3人の親子連れじゃろうか」
「「気色悪いこと言うな!」」

 セシルと手を繋いでいるエニシェルが笑いながら言い、セシルとロックが即座に否定する。

「いいトコ姉弟だろ。セシルが姉で俺が弟」
「全然、似てない兄弟じゃのう」
「大体、それなら逆でロックが兄だろ? 君の方が年上なんだし」

 セシルが言うと、エニシェルが派手に「えええええっ!?」とか驚いてみせる。

「お前、セシルの年上か! 全然、見えんかった!」
「あ。そりゃ若く見えるって事か?」
「ガキにしか見えん」
「その言葉、そっくりそのまま返す」
「誰がガキじゃー!」
「お前だお前ッ! ・・・ったく、長い間トレジャーハンターやってるけど、喋ったり女の子に変身する剣なんて初めて聞いたぜ・・・」

 呟いてから、ロックはふと思いついたように。

「・・・ジドールの街で競売かけりゃ、どれくらいの値段になるかな、こいつ・・・」
「貴様」
「あ、おいおいっ、ただ思っただけだって。そんな怖い顔するなよ。売ろうなんて考えてないって―――でもさ、気にならねえ? 自分の値段がどんなもんかって」
「そんなのわかりきっとる」

 ふん、とつまらなさそうにエニシェルは鼻を鳴らす。
 ロックはほほう、と頷いて「じゃあ、どんくらいの金額だ?」と尋ねると、

「金などでは足りんわい。妾の価値は、この世界と等価であるからのう」
「・・・真面目に聞こうとした俺がバカだった」
「ふん。ようやく解ったか、バカめ!」

 ふんぞり返って言い切ってから、エニシェルは何気なくを装って尋ねる。

「・・・で、その競売とやらで一番高い値段が付いたのは、一体なんなんじゃ?」
「うん? なんだ、気になるのか?」
「そりゃあのう。妾に及ばぬとはいえ、人間が己の材を投げ打ってまで欲しいと思う価値のあるものに興味がなくもない」
「随分遠回しな。ええと、一番高い値段がついたモンか・・・・・・あー・・・えっと、なんだったかなー・・・確か、地図じゃなかったっけ?」
「地図!?」

 地図、という単語にセシルが過剰に反応する。
 もの凄く険しい表情で睨付けられ、ロックはぎょっとして、

「な、なんだよその顔・・・」
「いや、なんでも・・・なんでもないよ?」
「なんでもないようには見えないけどな。まあいいや。・・・で、それもただの地図じゃなくて1000年前の世界地図―――」
「せかいちず!」

 世界地図という言葉にセシルは極めて激しく反応したあと、その場にがっくりと崩れ落ちる。

「地図・・・折角の地図を・・・火が・・・火が燃やして・・・」
「・・・お前、大丈夫か?」
「・・・あんまり、大丈夫じゃないかも・・・」

 セシルの脳裏には、バロンを出る前の出来事がはっきりと鮮明に思い出されていた。
 燃え尽される自分の部屋の中。
 壁にかけられた、高価な世界地図が燃えていく情景・・・―――実際には、地図が燃えていく所など見る余裕はなかったが、それでもセシルの記憶にははっきりと地図が燃えて灰になる様が思い出されていた。

 やれやれ、とロックは嘆息すると、エニシェルに目配せをして。

「この話題は止めよう」
「うむ。まあ仕方あるまい」
「・・・ありがとう。ごめん」

 礼を言いつつ謝って、セシルは立ち上がる。それをロックは適当に心配しながら、

「大丈夫か?」
「うん、まあ、ちょっとしたトラウマを思い出しただけだから。・・・それより早くリサの家に向かおう」
「あ、そういやリサって言えばさ、シドの親方とロイドはまだ処刑されてないみたいだな」

 そんな、ふいに思い出したかのようなロックの呟きに、歩き出しかけたセシルの歩みが再び止まる。
 セシルは軽く驚いた様子でロックを見返し、

「処刑? なんでまた・・・」
「ああ、お前は知らないか。シドの親方は、新型の飛空挺を誰にも見つからない場所に隠しちまったんだよ。戦争に使われるのはイヤだってな」
「シドが・・・」

 そのシドの気持ちはセシルにはよく解った。
 元々、シドは軍事用に飛空挺を作り上げたわけではない。未だに広い海を越えて、他の地域との交流を簡単にするために、丈夫で航続距離の長い飛空挺の開発をし続けた。

 多くの人間が手を取り合うために生みだした飛空挺を、多くの人間を殺すために使われたのではやりきれないものがあるだろう。

「あれ? シドはともかく、ロイドはなんで・・・?」
「赤い翼の新しい隊長。ゴルベーザって言ったっけ? テラが仇だって言ってるヤツ。あいつに斬りかかったんだと。だけど返り討ちにあってそのまま牢屋行き」
「・・・またロイドにしては無謀だな」

 セシルは顔をしかめた。

 ロイド=フォレスと言う男は良い意味で慎重な男だった。
 必ず大局を見定めてから行動し、成功する可能性の高い手段を講じてそれを成す。
 いつもセシルの事を「無茶」だの「無謀」だの言って非難して、セシルの作戦に最後まで反対し続ける。

 傍から見れば、ロイドがセシルに反抗しているようにも見えるが、違う。

 ロイドはセシルの選択が正しいかどうか、穴がないかどうかを確認するために、彼はセシルに意見しているのだ。
 実際、ロイドのお陰で何度か致命的な見落としを回避出来たことすらある。

「無茶無謀は彼が他人に対して口にする言葉だろうに」
「主にアンタに対してな。・・・つか、アンタの無茶が感染したんじゃないか?」
「人を病原菌みたいに・・・」

 セシルはますます渋い顔をする。
 そんな彼に、ロックはなんとなく問いかける。

「助け出すか?」
「・・・できたらね」
「できるだろ、アンタなら」
「どういう根拠だい? それ」
「アンタに出来なきゃ誰にも出来ないってことさ」

 ロックの言葉にセシルは答えない。
 助けられるかどうか悩んでいるのか、それとも助けるかどうか迷っているのか、ロックには解らなかったが。

「助け出したいって言うなら俺も協力するよ。・・・実は少しだけ気にしてたんだ、あいつを見捨てて逃げたこと」
「助ける余裕がなかったんだろ?」
「でも助ける義理はあった。一応、友達だしよ。―――それにシドの親方には結構、世話になった。・・・で? どうするんだ、セシル=ハーヴィ?」

 再度問われて、セシルはその問いには答えずに。

「というか名前が違うだろ。今の僕はセシルじゃなくてルシセ=ィヴーハだよ」
「ルシセはともかく、その下はどうやって発音してるんだよ。ってか、さっきからずっとセシルセシルって言って―――」

 などと、ロックが言い返したその時。

 

 っおおおおおおおおお・・・・・・・・ん・・・・・・

 

 遠雷のような響きが、バロン城の方から聞こえてきた。

「なんだ・・・今の?」
「雷? にしては空は晴れてるよな・・・?」

 空を見上げる。
 今は昼を少し過ぎた頃だろうか。
 雲一つ無い青空に、浮かぶ太陽は眩しく輝いている。

 ロックが空を見上げて雷雲はないかと確認している間に、セシルはバロンの城の方に視線を向ける、と。

「・・・煙・・・?」

 遠くでよく見えないが、煙のようなものが、城の海に面した辺りで上がっているように見えた。

「なんだあ? 城に雷でも落ちたのかよ?」
「妙だな・・・雷雲なんてどこにも無いのに―――」
「馬鹿者!」

 いきなりエニシェルは怒鳴ると、素早く周囲の様子を見て、声を小さくしてセシルに囁く。

「・・・あれは魔力の雷撃じゃ。それも人間の放てるレベルのモノではないな。魔物か・・・或いは幻獣か・・・なんにせよ」

 エニシェルの囁き声を耳にしながら、セシルも周囲の様子を確認する。
 見ればセシル達だけではない。
 街の外に出ていた住民達も、怪訝そうに城の方を見つめている。

 赤い翼の出撃が多くなって、不安を感じている―――ロックの言っていた言葉が思い出される。また何事かあったのかと、不安に思っているのかもしれない。

 エニシェルの言いたいことを察知して、セシルもまた周囲の人間に悟られないように小声で呟きを返した。

「バロンの城が襲撃されている・・・しかも、海から?」

 瞬時に連想したのはヤンたちのことだった。
 海からというのなら、ヤンが船団を率いてバロンに攻め込んできたのかとも思ったが。

(でも・・・魔法だって!? なんだってそんな力が・・・)

 ヤンたちファブールの民が信仰する名も無き神は、信者達に特殊な魔法に似た力を与える事があるという。だがそれは、決して攻撃的なものではないはずだった。もしもそんな力があったのなら、ファブールでの攻防戦のときに使っていたはずだ。

「・・・おい、どうする?」

 ロックも小声でセシルに伺う。
 セシルはうん、と頷いて。

「ロック、君は一旦リサの家に行って、リサと連絡をとってから自分の判断で情報収集をしてくれないか?」
「お前は?」
「城の様子が気になる。もしかしたら、あれはファブールの軍勢かもしれない」
「・・・無茶はするなよ?」
「無茶だと思うことはしていないよ。いつもね」

 そう、セシルは嘘を吐くと、さらに付け加えた。

「・・・あと、テラ達と合流出来たら、そのままミシディアへ戻ってもいい」
「おい、それこそ無茶だろ。テラがいなけりゃ、お前が戻れない」
「こっちはこっちで何とかするさ」

 そう言ってセシルは駆け出す。
 その後ろをエニシェルが続く。

 ワンピースの裾を翻して、慣れない女物の衣装だというのに、それでも軽やかに駆けていくセシルと、黒いドレスをはためかせて追いかけるエニシェルを見送って、ロックはぽりぽりと頭を掻く。
 いつもはバンダナを巻いていた場所だが、今はない。そのことを今更ながらに少し寂しく感じつつ。

「・・・ま。俺が心配することでもないか」

 などと呟くと、彼は自分の役目を果たすべく、リサ=ポレンティーナの家に向かって駆け出していった―――

 

 


INDEX

NEXT STORY