第12章「バロン城決戦」
D.「その身を変えて」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村

 

 朝の目覚めは快調だった。

 昨日飲んだエリクサーのお陰かもしれない―――そう、思うと途端に気分が悪くなる。
 このミシディアにも一本しかない、貴重な霊薬。
 それをハメられたとはいえ、飲んでしまったことを思いだし。

「・・・謝った方が良いんだろうか」
「だから、内緒だと言ったでしょう?」
「うわあっ!?」

 傍らの声に、セシルはベッドから飛び起きる。
 見れば薄暗い部屋の中に、昨日と同じようにポロムが立っていた。

「おはようございます、セシルさん。よく眠れましたか?」
「あ、ああ・・・おはようポロム。早いね。君こそ良く眠れたのかい?」

 そうセシルが尋ね返すと、ポロムは呆れたような顔をする。

「何を言っているのですか。もう起きるには少し遅いくらいの時間ですよ。なかなか起きてこないから、起こしに来たんです」
「え・・・そうなんだ」

 それほど長い時間眠っていたという気分はない。それほど眠りが深かったのか、寝て、すぐ起きたような感じだった。
 加えて、本棚に囲まれたこの部屋は薄暗く。多少、夜よりは明るいので朝だと言うことは解るが、どれくらい陽が昇っているのかはわからない。

「もう朝食の用意はできていますよ。早く顔を洗ってきてください」
「あ・・・うん」

 ポロムにせっつかれて、セシルは素直に頷くとベッドを降りた。

 

 

******

 

 

「おはようございます、セシル殿」

 庭の井戸で顔を洗い、ポロムに案内されて食堂にいくと、食卓に座っていた長老がにこやかに挨拶をしてくる。
 食卓には長老の他に、セシルと一緒に試練の山へ赴いた面々が揃っていた。

「うー・・・・・・」

 その中の1人、ロックは呻き声をあげてテーブルの上に突っ伏していた。

 どうしたんだ? とポロムに聞いてみれば、

「二日酔いだそうです」
「久しぶりに飲み過ぎた・・・」

 ごろん、と頭を倒してこちらの方を向いたロックの表情は、よほど気分が悪いらしく青ざめている。
 おそらく昨日は呑まされるだけ呑まされたんだろう。早々に退散して正解だったとセシルは思った。

「今、食事を持ってきますわ」

 ロックの青い顔を眺めながら、セシルが空いている席に腰を下ろすと、ポロムがぱたぱたと走って食堂の外へと走っていくと、食事をのせたトレイを持って戻ってきた。
 家事を随分となれているのか、ポロムの身体では両手を一杯に広げなければ抱えられないトレイを、危なげなく運んでくる。
 そして、セシルの目の前のテーブルの上にトレイごと乗せた。

 トレイの上に乗っているのは、バターの塗られた焼いたパンと、イチゴやブドウなどのジャムが詰まったビンが四つほど。それから野菜のスープだった。どれも少し冷めてしまっているが、寝坊してしまった自分が悪い。

「簡単なものですが、どうぞ」
「うん、ありがとう」

 ポロムに言われて、セシルは早速パンを手にしてジャムを塗る。
 それをひとかじりすると、甘酸っぱいイチゴの香りが口の中一杯に広がる。
 冷めているとはいえ、寝起きで空腹の身―――そう言えば、ここのところ何も食べていなかった気がする―――には、この上ない御馳走だった。が。

 ごくん、と咀嚼したパンを呑み込んで、セシルは気まずそうに動きを止める。

「・・・ええと。じっと見られていると、食べにくいんだけど・・・」
「お前が食事を終えるのを待っているんだ。とっとと食え」

 セシルが言うと、皆を代表してクラウドがそう返す。
 どうやら、セシル以外は食事を終えた皆がこうしてまだ食卓に集まっているのは、話か何かあるらしいのだと推察する。

「いや、なにか僕に用事とか話があるなら、別に食べながらでも―――」
「ダメです!」

 ぴしゃり、と叩き付けるように言ったのは、いつの間にかパロムの隣の席に座っていたポロムだった。

「お話ししながら食事をするなんて、行儀が悪いですわ!」
「・・・はい、そうですね」

 セシルは思わず気弱に頷いてしまう。

「ケッ。ポロムはうるさいんだよなー!」
「なんですって、パロムッ!」

 毎度のことのように始まった、双子の喧嘩の音を聞きながら、セシルはパンを口に頬張って、スープで一気に飲み込んだ。

 

 

******

 

 

「話というのはこれからのことでしてな」

 セシルがパンを食べ終えて、一息つくと長老がそう切り出した。
 それにしても変われば変わるもんだとセシルは内心思う。ミシディアに着た時、殺せ殺せと言っていたのが嘘みたいだ。

(まあ、それは僕自身が望んで憎まれたんだけど・・・)

 半分自業自得のようなものだ。
 最初から、素直に許しを乞うていれば、あそこまで険呑にはならなかったのかもしれない。

「我らもセシル殿と一緒にバロンと戦うということは昨晩申したとおりです。しかし、我らは戦などしたことがない。戦おうにもどうすれば良いのか・・・」

 ミシディアは平和な国だった。
 気候も穏やかで、バロンとエブラーナのように敵対する国もない。
 力の強い大型の魔物が生息しているが、それでも人間が襲われることはほとんど無い。

 ミシディアの民の、その多くが魔道士ではあるが、研究以上の目的で攻撃魔法を扱うことは無く、強力な攻撃魔法を使えても、それを扱う術を知らないのだ。

「昨晩の酒が入った騒ぎの中での話ではありますが、若く血気はやった者たちなどは、すぐにでもデビルロードを通ってバロンに乗り込むべきだと騒いでいました。まさか昨日の今日で、そんな無茶をしようとする者はいないとはおりますが・・・・・・」

 長老の話を聞いて、セシルは頭を抱えたくなった。
 バロン―――ゴルベーザと戦うために立ち上がってくれるのは素直に嬉しいが、兵士でもない者たちを戦わせたくないという思いがセシルにはある。

「それで、セシル殿の意見の聞きたいのです。我らが今後、どうすれば良いのかを―――」
「それは・・・」

 戦うな、と言うのは簡単だが、それでは納得しないだろう。

(かといって、今まで平和に暮らしてきた民を、戦いに巻き込むというのは―――)

 なんと答えようか、セシルは迷い、考えて―――

「悩む必要はない。戦いたいというのなら、存分に力を使ってやればいいだろう」

 そう言ったのはテラだった。
 初老の賢者はセシルの心の内を見抜いたように、

「お主の気持ちも解る・・・が、戦いの意志があるものたちを、戦わせぬというのはその者たちの心を裏切る行為でもある。セシル=ハーヴィ、お前ならば魔道士達の力を最大限に発揮させ、なおかつ誰も殺さぬように活かすことも可能だろう?」
「・・・人は死んだらそれまでなんだよ・・・! また僕に同じ後悔を背負わせようというのか?」
「ふん。なにもせんでも勝手に後悔してゆくくせに。だったらせめて、ミシディアの魔道士達の心意気に答えて見せよ! ・・・それに、戦力は必要だろう。いくらパラディンになろうとも、お前1人でどうにかなる相手でもあるまい」
「それは・・・」

 確かにその通りだ、とセシルは頷くしかなかった。
 諦めたように吐息して。

「解った・・・でも、デビルロードで攻め込むのは少し待って欲しい。あれはバロンの街中に設置されてあるんだ。ヘタをすれば、バロンの街が戦場になる。一般市民を巻き込みたくない」
「ならばどうする? 海路でバロンへと向かうか?」
「いや、その前に確認したいことがある。僕が海に落ちてから、ヤンたちはどうしたのかを。僕の指示通り動いていたなら、今頃はトロイアだ。無視していたならバロンに攻め込んでいるはず・・・リヴァイアサンを超えられていたらの話だけど」
「リヴァイアサン?」

 パロムがはっとしたように声を上げる。

「それって・・・セシルにーちゃんを見つける前にみた、光の柱となにか関係があんのかな?」
「光の柱?」

 セシルが首をかしげると、パロムの代わりにポロムが頷く。

「はい。セシルさんを見つける前、海の方で今までに感じた事のない力を感じたんです。それを追って浜辺に出たらセシルさんが倒れていて・・・」
「あれは召喚魔法だ」

 テラがきっぱりと断言する。

「しかも感じたことのある力・・・おそらく、あれはリディアの力だろうな―――それにしては、強大すぎる力であったが」
「リディアの!? じゃあ、リディアはリヴァイアサンを送り還すことに成功したのか・・・?」

 呟いて、セシルは気が抜けたように脱力する。

 力及ばず、守れきれなかったと思った少女。
 けれどセシルの守りなど必要なく、少女は自力で事を成した。

(僕も、どこかリディアのことを侮っていたのかもしれない)

 少女だから守らなければならないと。
 バッツがおかした勘違いを、セシルもまたしていたようだった。

(誇ればいいよ、バッツ。君の妹は・・・強い子だ)

 今はここには居ない、親友に向かってセシルは呼びかける。

「おい、大丈夫か?」

 突然脱力して、椅子に身体を預けたセシルをテラが心配そうに尋ねる。
 セシルは笑いながら手を振って、

「なんでもないよ。安心して、気が抜けただけだ―――それよりも・・・」

(リヴァイアサンがいなくなったなら、そのままバロンを目指している可能性が高い―――が、そのまま向かったならもうバロンと戦い、その決着はついている頃だろう)

 ヤンが、一旦はトロイアへと向い、そしてバッツと合流して再びバロンに向かったということを、しかし神ならぬセシルは知らない。

「よし・・・じゃあ、ひとまずバロンへ向かおうと思う。デビルロードで」
「うむ! ならば、ミシディアの戦える魔道士達を集めて―――」
「いや、早とちりしないで欲しい」

 意気揚々と立ち上がった長老を落ち着かせ、セシルは続ける。

「さっきも言ったように確認したいことがある。ヤンたちファブールのモンクたちがどうなったのかを。トロイアへ向かったのか、それともバロンと戦いなんらかの決着がついているのか。トロイアへ向かったなら、僕たちもトロイアヘ向かって合流するか、少なくとも連携をとれるようにはしたい。バロンとすでに交戦して―――そして、敗北していたならその時にまたなにか考えなければならない」

 そう言ってから、セシルは間を置いてから、

「・・・ヤンたちがそのままバロンを打ち破っていたなら最上なんだけどね」

 可能性がないわけではない。
 バロンの主力はエブラーナへと向かっているだろうし、一番手薄な海からの奇襲だ。楽々とバロン城内に入り込めるだろう。城内の見取り図も、セシルが用意していた。勝てる要因は少なくない、が。

(最高の結果を期待するよりも、最悪の可能性を覚悟しなければならない。期待に裏切られたら、次にどうすれば良いか解らなくなるから)

 そう思いながらセシルは続ける。

「だから、少人数でまずバロンの様子を偵察したい」
「それなら私も行かなければならないな。デビルロードの封印を解除、再封印出来るのは私だけだ」

 テラがそう言うと、クラウドも頷いて。

「なら俺も行こう。情報を集めるならちょっとしたツテがある」
「あ、俺・・・パス」

 力なくロックが手を挙げる。
 セシルは苦笑して。

「そんな二日酔いじゃ来て貰うだけ無駄だろうし―――」
「いや、そういう意味じゃなくてな」

 よっこらしょっと、テーブルについてロックが顔を上げる。

「俺はここらへんで抜けさせて貰うってことだよ。そろそろシクズスに戻らなきゃ」
「・・・そうか。まあ、無理に付き合わせるつもりは―――」
「ダメだ、ゆるさん」

 セシルがやんわりと頷こうとした時、クラウドがきっぱりとそれを否定する。

「貴様には古代図書館のありかを教えて貰わなければならない」
「・・・って、待てコラ。お前、昨日、もう必要ないって・・・」
「必要あるかもしれない。だからこのフォールスの騒動が終わるまではここにいろ」
「うわこのヤロ。なんつー自分勝手な!」

 ロックが青ざめた表情でクラウドを睨付けるが、当のクラウドはロックの怒りなどどこ吹く顔で、平然としている。
 流石にセシルが助け船をだそうと口を開き、

「クラウド、古代図書館の位置なら僕が教えるから」
「・・・知っているのか?」
「いや、行ったこともないし、正確な場所は知らないけれど、確かファイブルのカルナックの近くにあると聞いた覚えがある。僕の知り合いならもっと詳しく知っているはずだ」
「知り合い?」
「ローザ=ファレルって言う、今、ゴルベーザに捕まっている、僕の・・・幼馴染だよ」

 恋人、とは流石に言えなかった。恥ずかしくて。
 クラウドは「ふー・・・」と息を吐いて、

「これでまた一つ、ゴルベーザを倒す理由が出来たな」
「あれ? んで、俺は?」
「お前はもう用済みだ。どことなりとも消えればいい」
「うっわ、すげえ冷てえ。凍え死ぬぞ俺」
「死ね」
「・・・・・・」

 容赦ないクラウドの物言いに、ロックはばたんと再びテーブルの上に突っ伏す。それを見てパロムが「死んだ、死んだ」と嬉しそうにはしゃいでいた。

「あ。当然、私も行きますからね」
「オイラもー!」

 双子も揃って手を挙げる。
 が、それに対してセシルは厳しい顔をして、

「ダメだ」
「えっ?」
「君たちを一緒に連れてはいけない。このミシディアで大人しくして居るんだ」

 突き放すようなセシルの言葉に、ポロムは一瞬だけぽかんとしていたが、すぐに顔を真っ赤にして怒り出す。

「何故ですか!」
「君たちはまだ子供だ。子供を偵察だけとはいえ戦争には連れて行けない」

 偵察と言っても絶対に安全というわけでもない。
 ヘタを打てば、兵士と剣を交えることもあるかもしれない。
 なにより、ここで許せばなしくずしに、最後までこの双子を付き合わせることになりかねない。

「おい! まだオイラたちを子供扱いすんのかよ! オイラたちの力は試練の山で見せたろ!」
「力の問題じゃない! これは戦争なんだ! 殺して、或いは殺されて―――人を、殺さなければならないんだぞ!」
「―――その覚悟は出来ています」
「オイラだって!」

 セシルの言葉に、ポロムとパロムは力強い瞳でセシルを見る。
 その瞳をみて、セシルは深々と溜息を吐いて。

「言っても解らないようだね。なら・・・」

 セシルは席をたつと、ロックに向い、

「ロック。君は短剣を持っていたね、ちょっとそれを貸してくれないか?」
「ん・・・? あいよー・・・」

 ダルそうな声で、ロックは懐から革の鞘がついた短剣をテーブルの上に滑らせて、セシルに渡す。
 短剣を手に取り、鞘を抜いてセシルは双子の席の近くに歩み寄る。

「な、なんだよ。やる気か!?」
「脅したって無駄ですよ!」

 双子も席から降りると、セシルと相対する。
 セシルは、かがみ込むと短剣の刃の方を手に持ってポロムに差し出した。

「な、なんですか・・・?」

 差し出された短剣を、ポロムは反射的に受け取る。
 そしてセシルは、ポロムが握った短剣の切っ先に自分の首を近づけた。

「なにを・・・?」

 自分が手にした短剣。その切っ先のすぐ前に、セシルの首がある。
 ヘタに動けば差してしまいそうな距離だ。
 手が強ばり、突くことも引くことも出来ない。

「君たちに人を殺す覚悟があるというのなら、その剣で僕を殺してみろ!」
「なっ―――」

 どくんっ、とポロムの心音が高くなる。
 先程までは殺す覚悟は出来ていた―――出来ているつもりだった。
 だけど、いきなり殺すことを―――しかもセシルを―――強制されて、心が震え、身体が固まる。

「で・・・できるわけねえだろ! そんなこと!」
「じゃあ、人を殺す覚悟っていうのは偽りだったんだな」
「セシルにーちゃんは敵じゃないだろ! 敵だったら・・・」
「なら今から僕は君たちの敵だ。敵なら殺せるというなら、さあ早く殺せ!」
「う・・・」
「そ、そんな・・・・・・」

 セシルの剣幕に、パロムは気弱そうに表情を歪め、ポロムは泣きそうな顔のまま身体を強ばらせている。
 そんな双子の様子に、セシルはふっと表情をゆるめると、静かに身を引いた。
 刃の切っ先から、セシルの首が離れた瞬間、ポロムの全身から力が抜けて、短剣がその手からこぼれ落ち、ポロムはそのまま後ろに倒れる。

「うわっと」

 倒れてきたポロムを、パロムが慌てて支える。
 支えられたポロムは、そのままパロムにすがりついて泣き出した。

「ごめん、2人とも。でも覚えておいて、忘れないで欲しい。人を殺すって言うのは、そういうことなんだって」

 パロムにすがりついて泣きじゃくるポロムには聞こえたかどうかは解らない。
 しかし、セシルはそれ以上何も言うこともなく立ち上がる。

「できれば今すぐにでも出発したい。いいかな?」
「まあ、偵察だけなら特に準備も必要あるまい」

 そう言ってテラが頷くが―――

「いや、準備は必要だ。セシル=ハーヴィ、お前の準備がな」

 クラウドがセシルを見据え、そんなことを言い出す。
 準備、と言われてもなんのことか思い当たらず、セシルはきょとんとする。

「準備? なんの」
「お前はバロンの街では有名すぎるだろう。なら、変装しなければならない」
「まあ、そうかもしれないけど、そんなの魔道士のローブを借りて、フードを目深にかぶっていけば―――」
「ダメだな、0点だ」

 セシルの案を、クラウドは一蹴する。

「ダメですか。しかも0点ですか」
「考えてもみろ。ミシディアならともかく、バロンで魔道士姿の人間がいれば、それなりに目立ってしまうだろう」
「まあ、確かに」
「そう言うわけで女装だ」
「・・・はい?」

 クラウドの言った単語の意味が、咄嗟には理解出来ずにセシルは思わず聞き返す。

 すると相手はやれやれ、とかなり大げさに肩を竦める仕草をして。

「聞こえなかったのか? 女装をするんだ」
「いや女装て。そんなことまでしなくても―――」
「しろ」
「うわ命令形。というか、なんでそんなに熱心なんだ!?」
「面白そうだからに決まってるだろう」
「言い切った!? というか君、そんなキャラだったのか!?」

 セシルが頭を抱えると、クラウドはなにか懐かしい情景を見ようとするかのように、フッ・・・と遠い目をしてあさっての方向を見やり、

「俺はこれでも昔、軟弱な男だったんだ・・・」
「今の君からは想像つかないね」
「体つきもひょろっとしていてな。よく幼馴染に『女の子みたい』って笑われてたんだ」
「うん、それで?」
「で、何度か無理矢理女装させられたことがあってな」
「・・・・・・って、自分のトラウマを人に押しつけるなよ!?」
「今なら解る。ティファが俺に女装させたがったのか」
「解るなあああああああああああああっ!」

 絶叫するセシルの事など意にも介さず、クラウドは遠い記憶の旅から戻ってくると、真面目な顔をしてセシルを見つめ。

「そういうわけで女装しろ」
「誰がするかっ」
「いや、言いかもしれんな。意外と」
「テラまで!?」
「ま。幾らなんでもあのセシル=ハーヴィが女装をしてるなんて、誰も思わないだろうしな」
「ロック、お前もか!?」

 いつの間にかセシルは孤立状態に陥っていた。
 かつてない危機。
 幾多の視線をくぐり抜けては来たが、これほどまでに凶悪かつ情けない危機に直面したのは初めてだった。
 味方は誰もいない。ならば取るべき道は一つ。

(逃げよう)

 くるりと回れ右をして、セシルは出入り口へ向かって走り出そうと―――

「『ホールド』」
「ぐえっ!?」

 昨晩にも感じた、四肢の束縛。
 身体が動かなくなり、セシルはあっさりとその場に倒れる。

「うふふふ・・・どこへいくんですか、セシルさん♪」
「ポ、ポロム!?」

 なんとか動く顔だけで見上げてみれば、さっきまで泣いていたポロムがとても楽しそうな笑顔で見下ろしていた。
 涙のあとが痛々しいといえば痛々しいが、そんな事よりも

(今は僕自身の状態が痛々しいッ)

 逃げようとするが、魔法の呪縛はそう簡単には解けてくれない。

(精神を集中させろ! 魔法に対抗するのは精神のちか―――)

「『スリプル』」
「・・・ぐぅ」

 ポロムの魔法を精神の力で強引に解こうとしていたところに、不意打ちでパロムの眠りの魔法が飛ぶ。全くの無警戒の所に飛んできた魔法に、セシルは為す術もなく夢の世界へと旅だった。

「イエイ」
「ナイスですわ、パロム」

 双子はぱちん、とハイタッチ。
 そんな様子を眺め、テラが感心したように頷く。

「大した連携じゃ。流石は双子」
「さて、じゃあ化粧品とか女モノの服とかを揃えないとな」

 いつもの無表情で、それでもいつもよりもウキウキとした様子でクラウドは部屋を出て行った―――

 

 

******

 

 

 目の前に見知らぬ女性が居た。
 ―――それが寝起きのセシルの感想だった。

「誰・・・これ」

 目の前に立てられた姿見に写るのが自分だとは解っていたが、それでも言わずには居られなかった。

「へえ、ロックあんちゃんって化粧上手いなー」
「まあ、色々必要でな」
「ああ、ロックさんもそう言う趣味が」
「違うッ! ところに潜入する時に、変装するから・・・」
「潜入って・・・ロック、お前は泥棒だったのか?」
「ドロボウじゃねえ! 俺はトレジャーハンターだ!」

 等という、騒がしい背後の声も耳に入らず、セシルは自分の姿に見入っていた。

 肩までかかるくらいの赤毛の女性―――の姿をした自分。
 服装は身体の線を隠すように、ワンピースの上からカーディガンを羽織っている。
 日焼けした肌の色も化粧で隠し、ちょっと目にしただけでは男とは見抜けない。

 美女と呼べるほどのモノではなく、かろうじて女に見える程度のものだったが。それでも。

「・・・綺麗だ」
「おーい、セシル? 戻ってこーい」
「ロロロロ、ロック!? 言ってないよ!? 僕はなんにも言ってないよ!?」
「いや、落ち着け。お前がナルシストだなんて誰も言わないから」
「うわー!!!」

 不覚にも呟いてしまった一言をしっかりと聞かれ、セシルは死にたくなった。

「僕・・・もう生きていけない」
「お前、昨晩あのリンクとかゆーヤツに言ったことを忘れたのかよ」
「死ぬことを望むなとかなんとか言ってましたよね」

 ロックの言葉にポロムが続く。
 すると、セシルはうつろな目でどこも見ずにぽつりと呟く。

「人間・・・生きていたら死にたくなる時だってあるよね・・・・・・」
「うわ重傷だ。つか、自分の人生観崩壊するほどのものか?」
「君になにが解るんだ! こんな・・・こんな風に寝ている間に身体をいじられて女性に大変身していたことがあるのかー!?」
「なんか凄く語弊がある言い方だな」

 錯乱しているセシルに、ロックは呆れたような顔をする。
 と、そんなセシルの肩を誰かが優しく叩いた。クラウドだ。

「俺には解る。まだ子供の頃、今のお前みたいに何度も何度も何度も・・・・・・
「ああ、クラウド・・・君だけだよ解ってくれるのは―――って、そもそも君が妙なことを言い出したんだろッッ!」
「もう騒ぐな。大人しく観念して女になってしまった自分を受けいれるのじゃ。語尾に『ですわよ』とかつけるともう完璧じゃぞ」

 いつの間にか現れているエニシェルがそんな軽口を叩く。
 その隣でロックも頷いて。

「そーそ。セシルはそんな声も低くないし、背は高いけど身体のラインはスマートだし、もうちょっと仕草とか口調を女らしくすれば、誰も男だって解らないって」
「うう、嬉しくない・・・」
「あ、その泣き方女っぽいぜ」

 さめざめと泣くセシルに、パロムがにこやかに追い打ちをかけた――― 

 

 

****** 

 

 

 

 デビルロードはミシディアの村の外れに建てられていた。
 試練の山へと続くセラフロードとは村を挟んだ反対側だ。

 建物自体はセラフロードと同じ、白い建物で、同じように入り口は見えない。

「さあ、行きますわよッ!」

 片手を腰に、もう片方の手を口元を隠すように添えて、身をくねらせ―――セシルが思う "女性らしいポーズ" で宣言する。

「セシルさん、目が座ってますね・・・」
「なんつーか、ヤケクソってかんじだよなー」

 見送りに来たポロムとパロムがひそひそと、セシルに聞こえる声で囁き合う。

「五月蠅いですわよ、そこっ!」
「ぎゃはははははっ! すげー、お前、すげー女だよ! ぎゃっははははははははっ!」

 セシルの仕草に、さっきから笑いを止められないのはロックだ。
 ひーひー、と苦しそうに腹を抱える様を、セシルはじいっと睨付けて。

「というか、ポロムとパロムと長老はともかく、どうして君まで見送りにきたんだよ? とっととシクズスなりどこなりに帰ればいいだろ」
「そんな怒るなよ。俺もついてってやろうって言うのにさ」
「へ? なんでまた」

 セシルがきょとんとすると、ロックはにたにたと笑ったまま、

「だって面白そうじゃんか」
「ついてくるなッ!」
「まあ、いいじゃん。情報集めするなら俺を連れて行くとお得だぜ? それに、責任もってお前の着ている服を仕立て直さなきゃいけないし」
「仕立て直すって・・・」

 と、セシルは自分の着ているワンピースをみる。

「カーディガンはともかく、ワンピースの方は、この村で一番大きなサイズのヤツを借りたんだけど、お前の肩が大きすぎて入らなかったんでな。肩の部分を別の布を足して仕立て直してる。カーディガンで隠れて見えないけど、脱げばつぎはぎが目立つから絶対に脱ぐなよ」

 言われて羽織っていたカーディガンを外して見れば、確かにつぎはぎがあった。

「ロック・・・君って結構すごいんだな・・・」

 自分が眠りに落ちていた時間がどれほどのものかは解らないが、まだ陽がようやく登り切った頃だということを見ても、それほど時間があったわけではないはずだった。
 短い時間でワンピースの手直しをして、さらにはセシルの化粧まで済ませている。

「ちなみに肩は入らなかったけど、腰の方はぴったりだったんだよなー。きゅっと引き締まったウェストが羨ましいですのことよ?」

 セシルが感心しながら上着を羽織り直していると、ロックがふざけた口調で言ってきた。

「・・・・・・」
「あん? どうしたんだよポロム。自分の腹なんか見て―――いてっ!」
「うるさいですわよ、パロム!」

 ポロムはパロムを杖で叩いて、真っ赤な顔をしてそっぽをむく。

「―――さて、そろそろいいかの?」
「いつまでも遊んでいるなよ」

 デビルロードの前に立ったテラが、セシル達の様子を伺う。
 その隣で、クラウドが呆れたような顔をして注意を促す。それをセシルは半眼で見返して、

「・・・元は誰のせいだと思っているんだよ・・・」
「興味ないな」
「今、これほどまでに人を殺してやりたいと思ったことはないよ」

 手元にデスブリンガーがあれば、ものすごいダークフォースが発生していたかもしれない。
 だが、幸いというかなんというか、最強の暗黒剣は黒い少女の姿で偉そうにふんぞり返っている。

「では、道を開くぞ! ディ・ラン・サ!」

 封印を解除する呪文を唱えると同時、テラが自分の手を白い建物へと突き入れる。
 ずぶり、と腕が中に入り込み、続いて身体ごとデビルロードの中に入り消える。続いて、クラウドも同じように入り込んだ。

「じゃあ、僕たちも」
「これ、いやなんだよなあ・・・」

 クラウドの後にセシルとロックが続き、そして。

「んじゃ、オイラたちも」
「ええ」
「お、おい、パロム、ポロム?」

 頷き合う双子に不穏なモノを感じ、長老が呼びかける。
 だが、双子はニッと悪戯っぽく笑みを返しただけで、何も言わずに、そのままデビルロードへと飛び込んだ―――

 


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