第12章「バロン城決戦」
C.「嘘つき」
main character:ポロム
location:ミシディアの村
階下の喧噪は、未だしばらく収まりそうになかった。
ミシディアの長老が戦いの宣言をした後。
呆然とするセシルを放っておいて、そのまま景気づけにと宴会モードへと突入した。皆、抱えていた後悔を認め、自らを許したためだろうか。
なんとも陽気に、場のテンションは一気に高まり、酒を飲み交わし、そしてどうやってバロンと戦うべきかを、酔っぱらいながら語り合う。セシルも酒を勧められたが、疲れているからとなんとか誤魔化して、逃げてきた。
長老に、ミシディアに運び込まれた時に寝ていた部屋を使っていいと言われたので、また本棚だらけの部屋に居る。
月の光さえも本棚に遮られ、なにも見えない真っ暗闇だが、セシルはなんとかベッドに辿り着く。「ふう・・・」
ベッドに腰掛けて、吐息。
なんとも妙なことになってしまったと思う。
セシルはミシディアには来るつもりはなかった。来てはいけなかったとも思う。
―――ぜんぶ、ぜんぶ・・・私が見てる大切なもの・・・全部殺して、壊して、燃やして・・・! 私から全部奪い去って!
つい先日のポロムの言葉が脳裏にはっきりと浮かび上がる。
その時の、少女の苦しみと悲しみと恐怖のこもった叫びは、一生忘れることは出来ない。
自分がしたことは、まだ幼い少女に、それほどの激情を喚起させるものだったのだと、酷く後悔する。その後悔は、ポロム自身が許し、ミシディアの人間が許し、そしてもう適わぬ事だが、セシルが殺してしまった双子の父親が許したとしても消すことの出来ない後悔だった。
(・・・ミシディアの民達は僕と己を許すと言った。けれど、僕は僕を許せるだろうか?)
思い悩んで、それから苦笑する。
わかりきった事だ。容易く自分を許せるなら、こんなにも悩んではいない。と。
「セシルさん、いますよね・・・?」
階下の喧噪に危うくかき消されそうなポロムの声が聞こえると同時に、本棚の向こう側の天井が灯りで照らされる。
「ポロム?」
セシルが答えると、本棚と本棚の間から、手に灯りの灯った蝋燭立てを持ったポロムが姿を現した。
「少しお話宜しいですか―――って、なんですか、その驚いた顔」
「いや、丁度君のことを考えていたから」
「まあ、セシルさんったら。ダメですよ、リリス様と言う人がいるのだから、私を口説こうだなんて・・・」
「そういうつもりじゃないんだけど」セシルは苦笑。
だいたい、リリスは好意を持ってくれてセシルも嫌いではないが、そういう関係ではない。(関係と言えば・・・そう言えば、ポロムたちとリリスってどういう関係なんだろう)
なにがキッカケで双子が試練の山に赴き、そしてリリスと出会ったのか・・・興味があったが。
「それで、話って?」
それはまたの機会で良いかと、セシルは興味を打ち消す。
が、ポロムは疲れたように嘆息して。「大した話じゃありません。下が五月蠅いからなかなか寝付けなくて・・・だから眠くなるまで、お話相手になって貰えませんか?」
「別に構わないよ。っと、そう言えばポロムたちはここに住んでいるのかい」
「ええ・・・誰かさんにお父様を殺されてから、長老に引き取られたので」
「う・・・」いきなり地雷を踏んで、セシルは渋い顔をする。
そんなセシルを、クスクスと笑いながら、ポロムはベッド脇の小さな台に蝋燭をおくと、ベッドに飛び乗ってセシルの隣に並んで腰掛けた。「お母様は、私達が物心着く前に亡くなってしまいましたし。だから、私はお母様の顔を良く覚えてないんです」
「ああ、僕と同じだ」
「セシルさんもですか?」
「うん。僕は捨て子だったから」
「それは・・・」と、今度はポロムが渋い顔をする。聞いてはいけないことを聞いてしまったと思ったのかもしれない。
そんな少女の頭を、セシルはぽん、と撫でて、「あはは。これでおあいこって事で」
「・・・セシルさんって、意外と意地悪で子供っぽいところが在りますよね。優しそうな顔をして」撫でられたまま、半眼でポロムが睨み上げてくる。
セシルはポロムから手を放して、首をかしげて。「そうかな? 自分じゃそう思わないけど。特に子供っぽいって言われるのは心外だな。特に君に」
「あ! それはつまり私のことを子供だと言いたいんですね! そりゃ私は子供ですけど、それでも精神年齢はあなたよりもよっぽどオトナです!」
「うん。あー、じゃあ、そう言うことにしておこうか」
「あー! それはバカにしてますね? バカにしてるんでしょう! そうやってすぐ人のことを子供扱いする・・・だからオトナってイヤなのです!」
「なんか、支離滅裂になってない?」
「・・・はっ」しまった、とポロムは口を押さえて。
それから深呼吸。「私としたことが・・・取り乱してしまいましたわ」
(よく取り乱す子だなあ・・・)
そう思って心の中で苦笑したが、表には出さない。
・・・つもりだったのか、なにかを感じ取ったのかポロムはじいっとセシルを見やり、「言いたいことがあるならハッキリ言えばどうですか?」
「うん? なにが?」
「目が笑っています」
「えっ・・・」思わず目に手をやる―――はっとした時には遅かった。
目の前の指と指の隙間の向こうから、ポロムが険悪な表情でこちらを睨んでいる。「あー・・・これは目にゴミが」
「ふうん。なら私がとって差し上げますわ。爪でえぐるようにして」
「ごめんなさい」苦笑しながらセシルが謝ると、ポロムははーっ、と長く息を吐く。
それから肩を落とし、顔を俯かせる。
蝋燭の明かりしかない薄暗い部屋の中だ。ポロムの表情がまったく見えなくなる。「本当に、全く・・・」
「うん?」
「意地が悪くて、嘘つきで、ガンコで、その上人のことを子供扱いしてバカにして」
「それって、僕のことかな」確認しなくてもセシルのことを言っているのだろうとは思ったが。
(バカにしたつもりはないんだけどな・・・)
心の中でぽつりと呟く。口に出しても反発されるだけだろう。
・・・子供扱いしたことは否定しなかったが。「でも」
と、少女は顔をあげる。
それは、とても、とても真剣な顔でセシルを見上げていた。「貴方はとても優しい人。そして、とても強くて―――愚かな人」
「・・・それ、褒められているのかどうなのか解らないんだけど」
「褒めてるつもりはありません。ただ、私が思ったことを口に出しているだけ」言いながら、ポロムはベッドから降りるとセシルの目の前に立ち、セシルの右手を自分の小さな両手で握りしめる。
「大きな手ですね」
「どうかな。小さくはないとは思うけど、それほど大きいと思ったこともないな」
「あなたはこの手で剣を握り、一体何度その剣を振るってきたのですか?」
「さあね、もう覚えきれないほどの数をだよ」
「あなたは覚えきれないほどの剣を振るい、一体どれほどの命を奪ってきたのですか?」
「さあね。強いて言うなら数え切れないほどの数だよ」
「あなたは数え切れないほどの命を奪い、そしてそれと同じ数かそれ以上の数の後悔を重ねてきたのですね?」
「それは―――」セシルには答えることはできなかった。それを見て、ポロムは手を放す。
それから、セシルに背を向けて、「・・・私達は、あなたを許すと言いました」
「うん」
「まだあなたに対するわだかまりもあるでしょう。あなたに対して憎しみや恨みを捨てきれない人もいるかもしれません。それでも許そうと努力すると思います」
「うん。とても、ありがたいことだと思う」
「ありがたいことだと思うなら―――その思いに報いたいと思うなら、セシルさん・・・」そこでポロムは言った言葉を句切った。
次に言う言葉を、言おうか言うまいか迷い、息を吐き、吸い、また吐いて、そんな呼吸を5回くらい繰り返してから、振り向かないそのままで続ける。「このミシディアで暮らしませんか?」
「ミシディアで・・・暮らす? 僕が?」
「ええ。リンク様も言いましたが、このミシディアはフォールスの中でもっとも平和な国です」そのことはセシルも知っていた。
ミシディアの村には他の国のように、凶悪な魔物を防ぐための塀がない。力の強い魔物が何体か生息はしているが、それらの殆どは頭が良く、こちらが手を出さなければ向こうも襲ってくることはない。このミシディアは、人と魔物との棲み分けができている国なのだ。「だから、セシルさんが望むなら剣を捨てて、この地で平穏に暮らすことも出来るはずです」
振り向かないままのポロムに、セシルは向こうが見えないと解っていながらも「うん」と、頷いて。
「それはとても魅力的な提案だね。剣を持たなければ、その剣を振るって命を奪わなくても済む」
「そうですね」
「命を奪わなければ、そのことで後悔することもなくなる」
「そのとおりです」
「ミシディアで暮らすことが出来れば、僕は幸せになれるだろうか?」
「ええ、きっと・・・きっと、幸せになれると思います」何故か、頷くポロムの声は震えていた。
しかしセシルはそのことに気がつかないフリをして。「そうか。でも、僕は魔法を使えないんだよね。ミシディアで暮らしていけるだろうか」
「ミシディアでも魔法を使えない人はいますし。それに、使えないと決まったわけではありません。私達が教えれば使えるようになります、きっと」
「ああ、ポロムが僕の魔法の先生になるわけだ」
「ええ、ビシビシ行くから覚悟してください。私にかかれば、魔法を知らないセシルさんだって一流の白魔道士になれます」
「白魔道士か・・・ポロムは白魔道士だもんね」
「赤魔道士や青魔道士になるのがお望みなら、他の魔道士を紹介しますよ」
「赤に青もあるのか・・・白と黒だけかと思っていたよ」苦笑して、それからうーん、とセシルは声に出して考え込んで、
「僕は白魔道士で良いよ。見知らぬ誰かに教わるよりもポロムに教わる方が気が楽だろうし」
「・・・・・・」
「あ。気がラクって事はないか。ビシビシ行くっていってたもんね」
「・・・・・・」
「それで魔法を使えるようになって、それから・・・ああ、生活するためにはなにか働かなければならないね。畑でも耕してみようか。聞いた話では、白魔法には植物を生長させる魔法があるって―――」
「・・・・・・ばか」ちいさく、ぽつりとポロムは呟くと、セシルの言葉が止まった。
ゆっくりと、ポロムがセシルを振り返る。
その目には、嘘ではないホントの涙が溜まっていた。「・・・・・・」
涙を乱暴にぬぐって、ポロムは黙ったままのセシルを見る。
ポロムが見たセシルは、笑っていた。
今までにポロムが見た、無理して人を嘲るような、或いは人を小馬鹿にするような笑みとも違う。嬉しい時の微笑みとも、苦笑とも違う。ただ、とても、とても―――とても優しい微笑み。
「あなたは嘘つきです」
気を抜くと、次々と溢れてきてしまう涙を拭いながら、きっぱりとそう断言する。
「そんな笑顔で、平然と嘘をつけるあなたは最低です」
「そうかもしれないね」涙は止まらない。
けれど、せめて泣かないでおこうとポロムは思う。
そんなポロムに、セシルが尋ねてくる。「ポロムはどうして泣いているんだい?」
「泣いてなんか居ません。ただ涙が止まらないだけです」
「じゃあ、なんで涙が止まらないんだい?」
「あなたが・・・嘘を吐くから・・・っ!」自分の声がかすれ、泣く寸前だと言うことを自覚する。
それでも、絶対に泣いたりなんかしないと強く思う。
こんな、嘘つきの前でなんて泣いてたまるかと思う。「・・・私では、あなたのことを救えないと解ってしまったから・・・だから、悔しくて・・・ッ。これは悔し涙で・・・・・・」
もう、目の前は何も見えない。
蝋燭の明かりがぼんやりと涙ごしにうつるだけ。
いつの間にか、涙を拭う手は止まっていた。もっとも、拭い続けていてももう無駄だろう。もうポロムに涙を押しとどめる力は残されていなかった。不意に、身体が抱き寄せられる。
暖かな胸に抱かれ、その穏やかな胸の鼓動に優しく押さえつけられて、激しく泣き喚きたい衝動にかられる。
抑えきれないその衝動を、しかしポロムは精神の力で抗することができた。幼い子供とはいえ、大人と変わらない白魔道士の修行を受けてきた賜物だと、思考の片隅で思う。「僕が笑って居られるのはね、君のような優しい人が居てくれるからなんだよ」
「私は・・・優しくなんかありません・・・」
「優しいよ。優しいからこそ、こうして泣いてくれている」セシルの言葉に「泣いていません」とはもう言えなかった。
セシルの胸元は、もうポロムの涙でぐっしょり濡れてしまっている。止まらない涙をセシルに押しつけて、ポロムはセシルの暖かさを感じながら、ぼんやりとふとあることが頭に過ぎる。もう泣くことは止められそうになかった。
だから、せめてその事だけを聞いてから、精一杯泣こうと決めた。「・・・一つだけ、正直に―――絶対に正直に答えて欲しいことがあるんです」
「嘘つきの僕で良いのなら」
「あなたはお父様達を殺したことを “仕方のないこと” だと言いました。そして、私もパロムも、長老様達も “仕方のないこと” だと納得しました。あそこで誰かを殺してでもクリスタルを奪っておかなければ、もっと悲惨な事になってしまったと」
「そうだよ。その通りだ」頭の上でセシルが頷くのを感じる。
彼が今、どんな顔をしているのか想像しながら、ポロムは続けた。「嘘ですよね?」
「・・・・・・」
「確かに仕方のないことだった。誰もがそう思って、納得して―――実際に仕方のないことだった。それでも、あなたは・・・」セシルの胸から顔を放す。
すでにセシルはポロムを抱きしめてはいなかった。だからポロムはすんなりと顔を上げ、セシルの表情を見ることが出来た。セシルは笑っては居なかった。
無表情に、ポロムを見下ろしている。それは、なにかの感情を押し殺しているようにも見えた。「それでも、あなただけは “仕方がなかった” だなんて思っていないんでしょう? そんな簡単な言葉で納得なんかしてないんでしょう?」
「・・・・・・・・・僕は・・・」
「私は正直に答えてくれと言いました。だから、何も言わなくても結構です―――あなたのその表情が・・・笑うことも出来ず、嘆くことも出来ないその表情が本当だと言ってくれていますから」くすり、とポロムは苦笑する。
泣こう、と心に決めていたのに、どういうわけか涙は引っ込んでいた。
我慢し続けているうちに、消え去ってしまったのかもしれない。或いは、セシルが最後まで自分の本心を隠し通そうとしたことが妙におかしかったのかも知れない。ともあれ、ポロムは泣かずに笑って。
「私はあなたのことが嫌いです」
「へ?」嬉しそうな顔で言われてセシルは思わず呆けた声を上げる。
「貴方みたいな嘘つきは大ッ嫌いです」
「えっと、それは・・・残念だなあ」
「なんですか、それ」
「いや、他に返す言葉が見つからなくて」困ったように首をかしげるセシルを眺め、ポロムはなんとなく理解する。
(・・・例えミシディアで平穏に暮らすことを選択しても、きっと、この人は後悔するのでしょうね。少なくとも、自分がやるべき事があるのにそれから逃げてしまうことを、必ず後悔してしまう)
さっき、涙を流しながら―――泣きながら、言った自分の言葉を思い返す。
(・・・私、救えないから悔しいと言いましたよね)
それでは、自分で口に出すまで気づかなかったこと。
最愛の父を殺した男を、何故救いたいと思ったのか―――(それはこの人がとても愚かで哀れだから。自分が正しきとおもう道を行くがために、茨の道にも躊躇わずに入ろうとする馬鹿な人だから。そのくせ、茨の棘が刺さっても、「痛くない」と笑って嘘を吐く酷い人だから)
だから、助けてあげたいと思った。
誰よりも苦しくあり続けるこの人の、苦しみを少しでも和らげてあげたいと思ったから。
そして、そのことが叶わぬ事と知った今、それならこの人の事を嫌いになろうと思った。
この人を好きになれば、凄く大変だろうから。この人がなにかしようとするたびに、心配しなければならないから。
だから、嫌いになれば、この人がどうしようと気にせずに居られるだろうから。本当に嫌いになるのが無理でも、せめて口先だけでも「嫌い」と言っていれば、そのウチ本当に嫌いになれるかもしれないから。
「・・・貴方を好きになった人は大変ですね」
「いや、どっちかっていうと僕の方が大変のような気がする」
「またそんな冗談を」
「冗談じゃないんだけどな・・・」セシルは苦笑。
それは、どこかとても疲れたような笑みだったことに、ポロムは気がつかない。・・・・・・そろそろ階下の喧噪も収まりつつあるようだった。
そのことにセシルは気がついて。「ほら、もう宴会も終わった様だよ。そろそろ眠いんじゃないのかい?」
「そうですね」と、言ってからポロムは欠伸を一つ。
それからにっこりとセシルに笑いかけて。「独り寝が寂しいようなら添い寝してあげましょうか?」
「1人で眠れないって言うなら付き合ってあげるけど」
「・・・結構です!」ぷん、と怒ってみせるポロムにセシルはくっく、と声を立てないように笑う。
と、ポロムが何事か思い出したように。「ああ、忘れるところでした。セシルさん、ベッドに横になって目を閉じてください」
「え? なんで」
「いいから! とっても良い物をあげますから」
「良い物って?」
「もう! 五月蠅いですわよ、とっとと横になりなさい!」
「・・・はい」ポロムの剣幕に、セシルは不安になりながらベッドに横になる。
「よいしょ・・・っと」
ポロムがベッドにのぼり、セシルの頭のすぐ隣に膝をつく。
「ポロム、なにを・・・」
「いいから早く目を閉じてください!」
「はい・・・」ポロムに言われて、渋々目を閉じる。
何をされるんだろうかと酷く不安になってくる。
これがローザ当たりだったら「祝福のキッスよー!」とか騒いで口づけの一つでもしてくるんだろうが、まさかポロムがそんなことをするとは思えない。などと考えていると、不意になにかの香りが鼻孔をくすぐる。
花などの自然の香りではなく、人工的な―――もっというなら何かの薬品・・・「じゃあ、一気にお飲みください」
「もがっ!?」一気に口の中に固い何かが突っ込まれた。
その固い者から、ごぼごぼと音を立ててどろりとした液体が喉の奥に流し込まれる。(なんだこれっ!?)
「暴れないでください! ホールド!」
「むがっ!?」慌てて口の中のものを引き抜こうとした瞬間、ポロムの肢縛の魔法で動きが封じられる。
すぐに魔法の効果が完結したのは、予め予測して呪文を唱えていたのだろう。為す術もなく、液体が喉を通って身体の中に浸透するのを感じることしかできなかった。
(ぐあ・・・動けない・・・・・・・・・・・・あれ?)
動けないはずの身体が不意に動いた。
それも魔法の効果が切れるには早い。ポロムが解いてくれたのか、とも思ったが呪文らしき声は聞こえていなかった。「んっ・・・」
自分の口に入れられた固いものを引き抜く。
それはビンだった。透明な、硝子の小瓶。
中にはどろりとした透明な液体の―――つまりセシルが呑まされたものらしい液体の、残りが少しだけ入っていた。「どうですか、お体は?」
「ポロム・・・? これは?」きょとんとするセシルに、ポロムは先ほどしたようにセシルの右手を自分の両手で握る。
暖かいポロムの体温を感じながら、セシルはポロムの行動の意味がわからず―――「・・・えっ?」
首をかしげようとして不意に気がつく。
自分が、ポロムの体温を感じていることに。ダークフォースの力の使いすぎで、感覚が鈍くなってしまっていた身体が、今やはっきりと周囲の気配を察することが出来る。
「私が気づかないと思っていましたか? あなたの身体の変調を」
「気づいていたのか・・・でも、どうしてそれが―――さっきのは一体・・・?」戸惑うセシルに、ポロムはふふ、と笑って。
「先程、セシルさんに飲ませたのはエリクサーという魔法薬です」
「エリクサー・・・?」
「はい。死者をも生き返らせると言われる、今やその調合法も失われた大変貴重な霊薬です。このミシディアにも一本しかなかったんですよ?」ポロムの説明に、セシルの表情がさーっと青くなる。
エリクサーを飲んだ胃が、酷く重く感じた。「ちょっと・・・そんな貴重なものを・・・長老はしっているのか?」
「いえ。言っても飲ませてくれなかっでしょうから、こっそりと同じようなビンに水を入れてすり替えておきました」
「ちょっと待て! そんなことして・・・!」
「ですから、セシルさんも黙っていてくださいね? 飲んでしまった以上は同罪ですし」
「うあああああああ・・・・・・」ハメられたことにようやく気がついて、セシルは愕然とする。
セシルをハメた相手は、とっても嬉しそうな顔をして、口元に指を一本当てて「秘密ですよ」とウィンクを一つ。それから、身を翻してもう随分短くなった蝋燭を手にとって、
「それではセシルさん、おやすみなさいませ。また明日―――」
そう言って、本棚の間をすり抜けて、階下へと降りていく。
暗闇となった部屋の中に、1人残されたセシルは「はあ・・・」と吐息して。「・・・どうして僕の周りの白魔道士って、こうも僕を困らせるんだろーか・・・」
その呟きに、答える者は誰もいなかった―――