第12章「バロン城決戦」
B.「許し」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村

 

 

 長老の屋敷には村中の人間が集められていった。

 村中、と言ってももう真夜中だ。
 女性や子供はもう床についているのか、ここにはいない。

 そしてセシルは、この村に来た時と同様に、ミシディアの魔道士達に囲まれて、長老と向かい合って座っていた。

 村人達は帰還したセシルの姿をじっと見ては囁きあい、それがざわめきとなって場を満たす。
 彼らのセシルの姿を見る目は、決して好意的なものではなかったが、しかしそれでも以前のような激しい憎悪は見られない。代わりに、不安のような面持ちで、セシルを見つめている。

 村人達の中に混じって、テラとロックの姿もあった。
 双子とクラウドの姿はない。
 双子はもう眠ってしまったし、クラウドもまたいつものように「興味ないな」と言って眠ってしまった。

 複雑の感情の入り交じった、無数の視線に見つめられる中、セシルは神妙な顔をして目を閉じたまま、なにも言い出さない。
 長老もそんなセシルをじぃっと見つめてなにも言わなかったが、やがてしばらくして口を開く。

「それで、パラディンにはなれたのか?」

 長老の声が場に響く。
 それまでざわめきあっていた村人達の囁きが消え、夜の静けさが辺りに染み渡る。

「・・・・・・」

 長老の言葉にセシルは目を閉じたまま答えない。
 イライラとした様子で眉を上げ、長老は少し声を荒らげて再度尋ねる。

「なれなかったというのか!」
「・・・・・・」

 セシルは答えない。代わりに、すっと立ち上がった。

「・・・ずっと考えていました。僕にとってなにが正しいのかを―――最初、僕は許されないことこそが償いだと思っていました。僕には貴方達に対して、憎まれることしか出来なかったから・・・」

 セシルの言葉に、村中の人間がふたたび囁き合う。
 さっきよりも強いざわめきの中、セシルはゆっくりとめを開いて、続ける。

「でも、そんな僕を許したいと言ってくれた子がいました。その時に思い知ったんです。例え憎まれることしかできなくても、それでも許されようと望まなければいけないと。償うために憎まれるのではなく、償うために許されなければならないと」

 セシルはゆっくりと腰のデスブリンガーを引き抜く。
 どういうわけか、せしるは自分の剣を取られずに、帯剣したままここに居ることを許されていた。
 黒い剣を掲げて持つセシルに、周囲のざわめきがさらに強くなる。中には、飛び出してセシルを抑えようとする者も居たが。

「静まれ!」

 という長老の一言によって、あたりは静まり、誰も動かない。
 長老は剣を抜いたセシルを見て、一つ頷くと。

「・・・続けるがいい」
「はい、ありがとうございます。・・・僕は許されようと思った。でも、それはパラディンになったから許されるのではなく、暗黒騎士のまま・・・このミシディアからクリスタルを奪ったセシル=ハーヴィとして許されなければならないと思った。けれど・・・」

 言ってから、セシルは少し息を吸い込むと、一言。

「―――在れ!」

 その瞬間、剣が輝きを放つ。
 目映い光が屋敷の中を照らし出し、その光が収まった時、デスブリンガーは光り輝く真白の聖剣、ライトブリンガーへと姿を変えて、セシル自身もまた、純白の鎧とマントを身に着けた、パラディンへと変身していた。

 おおおおお、と、周囲の人間から驚嘆の声を上げる。
 声こそ上げなかったものの、長老も驚いた表情でセシルを見つめていた。

「確かに、その姿は伝説にあるパラディン!」
「・・・けれど、仲間の1人に言われて、パラディンとしてではなく許されようとするのは僕の我儘だと気づかされた。許されるキッカケを手にしているのに、それを隠すことはただの傲慢だと」

 セシルはライトブリンガーを腰に納めると、長老に対して一礼する。

「・・・僕がしたことは許されることではないと解っています。パラディンになったからと言って、帳消しに出来るものでもないと思っています。それでも、僕は許されるのでしょうか?」
「確かに、ワシはパラディンになったら許すと言った。・・・だが、それはお主がパラディンだから許すという意味ではない・・・」

 頭を下げたままのセシルを見下ろし、長老は厳かな声で続けた。

「パラディンになるための試練は伝承にて知っている。それは後悔を前にして、それでもなお己が正しく在ることが出来るか―――そして大いなる力を手にして、その正しさを持ち続けられるか・・・その2つ! そうじゃな?」
「はい」
「ならばお主がパラディンとしてここに居ると言うことは、正しくここに在るということじゃ。かつて過ちを犯したとはいえ、それでも今この時に正しく在る者を、どうして許さぬ事が出来るだろうか!」
「長老・・・」

 セシルは顔を上げる。すると長老は、うむ、と頷いて、両手を広げて周囲の村人達に大きな声で呼びかけた。

「皆の者! ワシはこの男を許そうと思う! 皆はどうじゃ!?」

 村人達は顔を見合わせる。
 やがて、壮年の魔道士が1人、前に出て、

「・・・私達は長老の言葉に従うだけです。しかし、父親を殺された双子の事を思うと・・・」
「私たちは、もう許しています」

 その場に少女の声が響き渡る。
 驚いて振り返ってみれば、人と人との間を分け入って、ポロムが姿をあらわすところだった。

「ポロム・・・寝てたんじゃ・・・」
「あまりにも騒がしいから起きてしまいました。―――無神経なパロムは、まだがーがーといびきを立てて眠っていますけど」

 そう言って、あふ・・・と小さな欠伸を一つして、異議を唱えかけた魔道士の方へ向き。

「リンク様。そう言って頂けるのはとても嬉しいことですわ。けれど、もう私とパロムはセシルさんを許してしまいました。もはや、私達の中に彼に対する憎しみは残っていません」

 そう言ってから、不意にセシルを睨付ける。

「・・・もっとも、別のことでは激しく怒っていますけど」
「あ・・・あはは」

 少女に睨みあげられて、セシルは力なく笑う。
 どうやら、試練の山でリリスが死んだと勘違いしていた双子を笑ったことを、まだ怒っているようだった。

「し・・・しかし、その男はミシディアの宝であるクリスタルを奪うために、我らの同胞を殺し―――」
「そうしなければならなかったのでしょう! そうしなければ、もっと多くの人が死ぬことになったということはもう理解出来ているはずです」
「そいつがこのミシディアに来なければ!」
「・・・・・・はあ・・・」

 ポロムは深く吐息する。
 それから半眼で魔道士を見上げ、

「今更ですが、パロムの気持ちが良く解りましたわ」

 セシルを憎んでいた自分を見ていたパロムはこんな気持ちだったのだろうと思いながら。

(パロムは私のことを宥めようとしました、生意気にも。ですが私はパロムほどには優しい気持ちにはなれませんね)

 自分の中にあるトゲトゲした感情を自覚しながら―――その時は気づかなかったが、それはセシルを憎んでいた時にも感じていたものだった―――ポロムは吐き捨てるように言い放つ。

「それでは、どうしてリンク様は私達を―――お父様を―――クリスタルを守ってくれなかったのですか?」
「・・・っ!」

 言われてリンクと呼ばれた魔道士は目を見開く。
 胸を押さえ、ドキリとした顔で、唖然とポロムを見返したままなにも言い返せない。
 そんな彼に、ポロムはさらに言葉を続ける。

「あなたが助けてくれたなら、お父様も死なずに済んだかもしれません。クリスタルも奪われずに済んだかもしれません。なにより、誰もセシルさんを憎まずに済んだかもしれません! でも現実にあなたは私達を救えなかった!」
「し・・・仕方がないだろう! 私は・・・私はその時ミシディアに居なかったのだから!」

 顔を真っ赤にしてリンクが怒鳴る。
 激昂した相手とは対照的に、ポロムは涼しい顔で頷いて。

「そうですね、リンク様は港町に―――もがっ?」
「もういいよ、ポロム」

 セシルがポロムの後ろから、抱きしめるような形で両手を重ねて口を塞ぐ。

「もうそれ以上は言わなくてもいい。それだけで僕は―――」
「いや、それでは不十分じゃ」

 セシルの言葉を遮ったのは長老だった。
 その場の皆が一斉に長老の方を振り返る。その長老は、厳しい瞳でリンクを見やり、

「リンク、ポロムの言いたいことがまだ解らぬか?」
「長老・・・何を・・・?」
「解らぬようじゃな。―――ならばポロムの代わりにワシが言おう。リンクよ、お前は赤い翼が南の港に現れた時、村の魔道士を率いて出撃したな」
「は・・・はい。ですから、私はその時にミシディアには居らず、そして私達がミシディアに居たなら、赤い翼など・・・」

 言い訳じみた言葉をまくし立てるリンクに、長老は首を横に振って言葉を制す。

「それはどうじゃろうな。つい先日、このセシル殿がミシディアに再び来て、そして逃げだそうとした時、お主はおったにも拘わらず、たった1人を仕留めることもできなかったじゃろう」
「そ・・・それは・・・」

 ぐ、とリンクが言葉に詰まる。
 その様子に、セシルは不意に気がついた。

(・・・もしかして、僕が逃げ出した時に追ってきた魔道士の1人か・・・?)

 ロックとこの長老の館を飛び出して逃げ出した時、追ってきた魔道士の中に居たような気がする。

「幾ら我らが魔法に秀でようとも、所詮は戦の一つもしたことのない弱者である。古くから戦争を繰り返してきたバロンの精鋭に敵うわけもない」
「し・・・しかし、それでも一矢報いることができたかも・・・」
「言葉遣いが違っとる。一矢報いることしかできんかったんじゃ。そして、その代償にもっと多くの同胞が死んでいったじゃろう」
「・・・・・・」
「のう、リンクよ。お主には罪悪感があるのではないか? 非常時にミシディアに居ることが出来ず、そしてむざむざ仲間を殺され、クリスタルを奪われた罪悪感が。そしてそのためにセシル殿を憎み、罪悪感を誤魔化そうとしているのではないか?」
「それはっ・・・! そんなことは・・・っ!」

 リンクは叫ぶ・・・が、「ない」と言い切ることは出来なかった。
 代わりに、長老に向かって怒鳴りつける。

「それならば長老はどうなのですか! 港に赤い翼が現れた時、港に援軍を送ると言い出したのは長老、貴方だ!」

 リンクの言葉に、しかし長老は神妙に頷く。

「そう、その通りじゃ。そして、むざむざクリスタルを渡してしまったのもワシじゃ。そして、そのことがあったからこそ―――そのことに後悔しているからこそ、ワシはセシル殿を憎み、殺そうとした。―――真に憎むべき者は他に居るというのに!」

 長老はセシルに向き直ると、深々と頭を下げた。

「すまなかった、セシル殿。許してくれ・・・」
「ええと」

 謝られ、セシルは困ったような顔をする。

「どうして許しを乞う立場の僕が、謝られているんだろう?」
「長老様は思慮深い御方ですから。きっと、私やパロムと同じ結論に達したのでしょう」

 セシルに後ろから抱かれる格好のまま、ポロムが呟く。ポロムの口を塞いでいた手はすでに解かれ、ポロムの小さな肩におかれていた。
 ポロムはセシルの顔を見上げ、「あら」と声を上げる。

「今は泣かないんですね」
「・・・なんで僕が泣かなきゃいけないんだ?」
「泣いたでしょう、試練の山で」
「頼むから忘れてくれ」

 泣きたいような心境でセシルが言うと、ポロムはにっこりと微笑むだけでなにも答えない。

「なにをぐちゃぐちゃ話している!」

 いきなりリンクが激昂して声を荒らげると、セシルをキッと睨付けて。

「なんにせよ、コイツが悪い。コイツがこの村に来なければ、私達は平和に暮らしていたんだ! コイツが、来なければ―――」
「それは違う! セシルが来なくとも、いずれはゴルベーザという男がクリスタルを奪いにやってきただろう! そうなれば、この村は跡形も残らずに―――」

 テラが言うと、リンクはだだっ子のようにぶんぶんと首を横に振り、

「うるさい、うるさい、うるさい! セシル=ハーヴィ! お前が居なければ、お前さえ居なければ! 私はこんな・・・こんなに苦しむこともなかった! お前が、せめて私も殺してくれたなら―――」

 がっ!

 唐突に、セシルがリンクの胸ぐらを掴む。
 そのまま、先程までの様子から一変して、激しい怒りを浮かべたセシルが、リンクを睨付ける。

「・・・ふざけるなよ」

 その声はとても低かった。
 が、それ以上に込められた強すぎる感情を感じ取り、周囲の者たち―――テラやロック、長老にポロムも含んだ周囲の人間が、セシルの怒りに身を固まらせ、息を呑む。

「お前と同じように、無力だった者が居る」

 ゆっくりと、セシルはリンクから手を放す。
 放されたとたん、リンクは腰でも抜けたのか、そのままどさっと床に尻餅をついた。

「子供だったからと、父と共に戦えずに―――なにもできないまま父親を殺された少年が居る」

 パロムのことだ、とその場の全員が理解する。
 そのことを感じ取ったのか、セシルは一つ頷いて、

「その少年は、だけど己の無力に嘆きもせず、他の誰をも恨んだりもせず、ただ自分が父と同じ場所に立てなかったことを悔やんだだけだった。そして、自分でもやれると、子供でも戦えると叫んだ少年の言葉を僕は一生忘れない!」

 すでにセシルはリンクの方を見ては居なかった。
 その瞳は村人達の方を向いているが、しかし誰も見ていない。
 誰に言っているのか、なにに向けて言っているのか、セシル自身にも解っていないのかもしれない。それでも彼は叫ぶ。

「憎むなら憎めばいい、それで気が晴れるなら。嘆くなら嘆けばいい、その後に立ち上がれるなら。だけどどんなに悔やんだとしても、その後悔から逃れるために殺されることを願うな! 死ぬことを望むな! 死とは願い望むものではなく、受け入れるものだろう! 耐え難い、償いきれない後悔が僕にはある! それでも僕は、その時が来るまで悔やみ続けて、苦しみ続けてやる!」

 息が切れるほどの強い声で叫び、セシルは短く呼吸を繰り返しながら、床に腰をつけたままのリンクを見下ろす。
 セシルに視線を向けられて、リンクは「ひっ」と声を上げた。構わずセシルはそのまま尋ねる。

「・・・僕が憎いか?」
「・・・・・・」

 セシルの問いに、リンクは答えない。
 よほど恐ろしかったのか、リンクはがたがたと震えたまま動くことも出来ない。

「首を動かすだけでいいよ。僕が憎いのか?」
「・・・・・・」

 再びの問いに、リンクはゆっくりと首を横に振る。
 そして、少しだけ間を置いて、ぽつりと呟きはじめる。

「・・・アンタが憎いわけじゃない。・・・長老の言うとおりだ。私は、私が誰も何も守れなかったから、そのことを悔やんで・・・その悔しさを誤魔化すためにアンタを憎んでいたフリをしていただけだった・・・」

 最初、弱々しかった呟きは段々と強くなる。

「本当は俺にも解ってるんだ。本当に悪い・・・黒幕は他にいるって・・・でも―――」

 リンクはセシルから視線を外すと、その傍らに居るポロムの方を向いて。

「ごめん・・・ごめんよ、ポロム。あの時、私は・・・ミシディアが襲われたと気づいて、ミシディアに戻った時、思ったよりも被害の少ない村を見て安堵したんだ。・・・その後、クリスタルが奪われて、何人か死人が出たと聞いたけれど、最初村の被害が少なかったことで、気楽な気持ちで “それくらいは仕方なかった” と考えてしまった。自分たちがミシディアにいれば守り切れたかもしれない、けど、残念ながら居なかった。それでも、その程度で済んで幸運だった。そのくらいの被害はむしろ仕方がないって・・・」

 リンクの独白を、ポロムはじっと聞いていた。
 無言で、無表情で、ただじっと耳を澄ませて、

「でも、それはすぐに勘違いだということに気づかされた。ポロムとパロム、長老・・・それに、殺された魔道士と特に親しかった者たちの嘆きを前にして、私は自分の過ちに気がついた。その過ちを誰にも悟られたくなくて・・・打ち消したくて、私は顔も知らない―――相対することすら出来なかった、セシル=ハーヴィという暗黒騎士を皆と一緒に怒り、憎しみ・・・自分自身の罪悪感を誤魔化していた・・・」

 それでリンクの独白は終わりのようだった。
 最後にもう一度ポロムに「すまない」と言って項垂れる。
 そんなリンクの肩に手を置いて、ポロムは優しく首を振る。

「リンク様の後悔、よく解りました。いままでさぞ苦しかったことでしょう―――けれど、覚えておいてくださいね。私も、そしてパロムもきっと、リンク様が死ぬことなど望んではいないと。ここにこうして居ることが喜ばしいことであると」
「・・・うっ」

 ポロムの言葉に、リンクは顔を自分の腕に突っ伏して、そのまま嗚咽を漏らす。
 その様子を長老は眺め、一つ頷くと周囲の村人に向かって、再び声を上げる。

「他の皆も大半はそうではないか? 心の中に淀む感情は、半分はミシディアを襲撃したバロンへの憎しみだとしても、もう半分はその時に無力であった己自身への後悔ではないか。先程も言ったがワシも同じじゃ。ワシが無力だったために、クリスタルを渡すことしかできなかった」

 長老の言葉にその場の全員が静まりかえる。
 皆一様に、心に思うことがあったのだろう。

「ワシはセシル殿を許すと言った。じゃが、それは半分は自分への許しじゃ。そして今一度問う―――皆は、このミシディアの同胞を殺し、そしてクリスタルを奪ったセシル殿と、そして己自身を許すことが出来るか!?」

 再度の問いに、しばらく村人達は考え―――やがて。

「私は・・・許します」

 1人の村人が手を挙げる。
 続いて、また1人。

「私も、許せます」

 さらに1人。

「私も許そうと思います」
「私も」
「私も許します」
「ワシも許す」
「僕も」
「私も」
「俺も」
「私も」
「私も」

 ・・・・・・

 次々に声が上がり、それは重なり、だんだんと大きくなり―――やがて、小さくなっていく。
 そして、最後の1人が「許す」と言い終わり、長老は周囲を見回して確認する。

「許せぬものは居らんな? ―――よし、居らんようじゃ」

 満足そうに頷くと、長老はセシルに視線を向けて。

「そういうわけじゃ、セシル殿。我らはあなたと、そして自分自身を許そうと思う」

 長老に言われ、セシルはなんと答えようかと、しばし戸惑い。

「・・・ありがとうございます」

 口に出たのは、自分でも素っ気ないと思う言葉だった。
 だが、それでもポロムがぱちぱちと拍手をすると、他の誰かも拍手をして、それは段々波のように広がっていき、拍手の音が津波のようにセシルに押し寄せてくる。
 その拍手の嵐の中、セシルはどんな顔をすれば良いのか解らずに、ただただ戸惑った様子のまま立ちつくしていた―――

 

 

******

 

 

 ―――やがて、拍手の波が収まると、長老が声を張り上げて宣言する。

「皆の者! 我らはセシル殿を許し、自分自身を許した。・・・じゃが、それで後悔を消したとは言えぬじゃろう。何故なら、ワシらは知っておるからだ。クリスタルを奪い、よからぬ事を企む悪の存在を! 本当に憎むべき相手を! クリスタルが奪われてしまった時、我らは無力だった・・・だからといって、いつまでも後悔したまま立ち止まっていてはならぬ。立ち上がり、そして真に戦うべき相手と戦うのだ!」

 長老の言葉に村人達が「おおーっ」と声を上げる。
 だが、村人の1人が手を挙げて前に出る。

「で、でも長老。俺たちになにができますか? いくら魔法に秀でていても、戦い続けてきたバロンの兵士には敵わないって言ったのは長老でしょ?」
「別に剣を交え、魔法で破壊するだけが戦いではないじゃろ。我らには我らにしか出来ぬ事もある。それに、戦いの術を知ればワシらだって戦うことも出来るじゃろう。のう、セシル殿」
「え・・・」

 いきなり話を振られて、セシルは戸惑う。
 というか、先程から周囲に置いてけぼりをくらって戸惑いっぱなしだった。

「ワシらは魔法しか能のない魔道士じゃが、それでもバロンと戦えるじゃろうか?」
「えっと・・・」

 セシルは迷う。
 結論から言えば、魔法というのはとても心強い力だった。
 特に、バロンでは魔法の研究を始めたのはまだ最近の話で、才能があるとはいえ、子供のパロムが使いこなせるくらいの魔法を、バロンではまだ見たことがない。
 ガストラの将軍という、魔道に精通した客人が居るとはいえ、それも極めて少数だ。バロンに対抗するにはこの上なく役に立つ力だったが。

(だけど・・・それではミシディアの魔道士達を戦いに巻き込むことになる・・・)

 リンクが言ったとおり、このミシディアは平和な国だった。
 バロンとエブラーナが戦争をしていた頃、同じ大陸であったためか、しばしばそのとばっちりを受けていたダムシアンや、何周期かに一度、厳しい寒波の来るファブールと違い、ミシディアは平和で気候も穏やかな平穏な国だった。だからこそ、セシルも簡単にミシディアを制圧出来たと言うこともある。

 なにより、セシルはこのミシディアに対して引け目もあった。
 一度は王命に従って襲い、クリスタルを奪い去った過去がある。だから、あまり戦いに巻き込みたくはなかった―――が。

「もし、私達を巻き込みたくない・・・なんて考えているのでしたら、それは遅いというものですよ。もう、巻き込まれていますし、なにより貴方がなんと答えようと、長老は戦おうとすることを止めないでしょう」

 くすり、とポロムは笑って。

「長老様はガンコなところもあるんですよ。あなたに負けないくらいに」
「・・・・・・」

 ポロムに言われ、長老を見れば、彼は「うむ」と頷いて、

「よろしく頼みますぞ、セシル殿」

(何をよろしくするんだ・・・)

 なしくずしに許されて、なしくずしに戦意高揚して、なしくずしに頼まれて、

 なにも言うことも出来ず、セシルはただ肩を落として嘆息した―――

 


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