第11章「新たな力」
X.「双子の涙」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山

 

「みっともない所をお見せしまして」

 ようやく涙が止まって、セシルはそう言って恥ずかしそうに笑う。

「びっくりしたぜ。いきなりにーちゃん泣き出すんだもんなー」

 そう言ったのはパロムだった。
 セシルは照れたように頬を掻く。

「自分でもびっくりだ。なんでこんなに泣いたのか―――というか、泣いた記憶って今までに思い出せないんだけど。もしかしたら初めてかも」

 育ての親である神父が亡くなった時も泣いたかどか覚えがない。
 なんとなく、泣きはしなかったと思う。

「うん。でも、泣いてるセシルはすごく可愛かったぞ。うん」

 嬉しそうにリリスが言う。
 セシルは顔を赤くして、困ったように言う。

「・・・いや、恥ずかしいからそう言うことを言わないで欲しいんだけど」
「うん? でも可愛い物を可愛いと言えないのは寂しいことだぞ。そういえば、パロムも可愛いのに可愛いと言うと怒るんだよな。うん」
「ったりめーだ!」

 リリスが言うと、パロムは拳を振り上げて怒り出す。
 その顔は赤く、それは怒りと言うよりは照れのためのもののようで、セシルは共感めいたものを感じた。

 

 

******

 

 

「さて、ここでお別れだ」

 セシルが泣きやみ、それから朝まで一眠りして、そろそろ出立しようとした時。
 リリスがそんなことを言い出した。

「どういう意味ですか、リリス様」

 ポロムが尋ねる。
 リリスはいつものように「うん」と頷いて、続けた。

「私の役目はもう終わった。求める者に力を与え、そして聖騎士にならんとする者の資質を見極めるのが私の役目。だから、私の役目はもう終わりだ―――本当なら、セシルがパラディンになった時に消え去らなければいけないはずだった。けれど、私はもっとお前達と一緒にいたかった・・・今まで無理してここに存在出来た・・・うん」
「え・・・? でも、僕はパラディンには・・・?」

 セシルは自分の姿を見下ろす。
 もう1人自分。自分の闇と対峙した時に身に着けていた純白の装備は今はなく、船から落ちた時と変わらない軽装だった。エニシェルの肌も黒く、つまりは今までとなにも変わっていないはずだった。

 しかしリリスは「ううん」と否定する。

「セシルはもうパラディンだ。だから感じられるはずだ。聖剣の鼓動を―――うん」
「聖剣の鼓動・・・?」

 呟き、なんとなく目を閉じて見る。
 聖剣ライトブリンガーを手にした時の感覚を思い出しながら、聖剣の気配を追う。

(あ・・・)

 目を閉じた暗闇の中に、光の瞬きが見えたような気がした。

「エニシェル・・・!」
「うむ」

 エニシェルが頷くと、少女を摸した人形は、その場で小さな爆発を起こす。
 爆発の起こった後に少女の代わりに漆黒の剣。
 セシルは目を閉じたまま手を伸ばし、暗黒剣を手に取ると、小さく鋭く叫んだ。

「・・・来い!」

 叫んだ瞬間、目映い光がセシルを包む。

 ・・・・・・やがて、光が収まると。

「ほお・・・」

 思わずテラが感嘆する。
 光の中から現れたのは、先程と同じ、純白の装備に身を包んだセシルだった。
 白い鎧に白いマント、頭には海鳥の翼を摸したサークレットを身に着けて、手にする剣は光り輝く聖剣ライトブリンガー。

「・・・うわ」

 セシルは自分の姿を見て、あっけにとられたような声を上げる。

「なにこれ。聖剣を呼ぶたびに、いちいち変身するのか僕は」
「うん? 別に聖剣だけを呼ぶことも出来ると思うけど。うん」

 リリスに言われ、セシルはもう一度念じる。
 と、純白の装備が掻き消えた。聖剣だけは手の中に残っている。

「便利なんだか、なんなんだか・・・」

 セシルは苦笑して、手の中のライトブリンガーをじっと見つめる。
 どういうわけか、先程のような圧倒的なほどの力は感じられない。
 そのことに疑問を思っていると。

「うん。聖剣は世界の意志でもある。その意志が、本当に必要だと感じた時でないと、力を全て引き出すことは出来ない。うん」
「意志って・・・エニシェルは・・・?」

 そう言えば、さっきライトブリンガーを手にした時、エニシェルの声は全く聞こえなかった。
 別になにも言うことがなかっただけかと思ったが。

 ―――ちゃんと居るぞ。

 セシルの疑問に答えるように、エニシェルが答えてきた。

 ―――ただ、ひょいひょいと剣なり人形なりに移り変わることができることから解るように、妾は剣そのものではない。元は始祖たる闇の一欠片だったモノが、剣に憑依したがために、暗黒剣へと成り果てたに過ぎない。まぁ、自分で言うのもなんじゃが、幽霊みたいなもんだと思うてくれれば良い。

(つまり、君の意志とは別に聖剣の意志があるって事かい?)

 ―――そうじゃな。妾の意志で、ある程度聖剣の力は引き出すことが出来るじゃろうが、先程のような力を引き出すことはできん。

「ふうん・・・まあ、いいか。どうせ必要の無い力だ」

 呟いて、セシルはライトブリンガーを腰に差す。
 と、腰で剣が輝き、光の剣は闇の剣へと戻る。どうやらエニシェルはいつものデスブリンガーの方が居心地が良いらしい。

「うん・・・セシル、お前は必要ないというかもしれない。けれど、それはいずれ必要となる力だ。お前が、正しいと思う道を進むのなら。うん」
「それは・・・予言かい?」
「ううん。知っているからだ―――私は、お前が立ち向かおうとするものの存在を知っているからだ。うん」

 リリスの言葉にセシルは首をかしげる。

(ゴルベーザの事を言っているんだろうか。つまり、あれはそれほど強大な敵だと・・・?)

「わかった。リリス、心配してくれて有り難う」
「うん。愛する者の身を案じることは、当たり前のことだ。うん」

 いつもの嬉しそうな笑顔ではっきりと言われ、セシルは照れる。
 パロム辺りが「ひゅーひゅー」と囃し立てるが、不意に緊迫したポロムの声が響く。

「リリス様! 身体が!」

 見れば、リリスの身体に光の粒子がまとわりつく。
 自分の身体を舞う光を眺め、リリスは残念そうに呟いた。

「ああ・・・どうやらここまでが限界のようだ。うん」
「リリスねーちゃん。いっちゃうのか?」
「嫌です! リリス様ともう会えなくなるなんて・・・!」

 2人がリリスに駆け寄る―――が、抱きつこうとして2人は、そのままリリスの身体を素通りする。

「へっ・・・?」
「実体が、もう無い・・・?」

 双子の呆然としたような呟きに、リリスは素通りしてしまった2人を振り返り、もう触れることのない手で双子の頭を撫でる。

「うん。別れるのは悲しいことだけど・・・でも、大丈夫だ。私はいつでもお前達のことを見守っているし、またすぐに会えるから―――うん」
「リリス様・・・」
「ねーちゃん・・・」

 嘆きの表情を見せる双子とは対照的に、リリスは笑顔だった。
 彼女は双子に穏やかな慈しみの目で見ると、顔を上げてセシルを見る。

「さようなら、愛しいセシル・・・・・・というのは格好つけすぎだろうかな。うん」

 はにかむリリスに、セシルも微笑んで頷く。

「ありがとう、僕を愛してくれたリリス。・・・また会えることを信じているから」
「うん」

 セシルの言葉に彼女は最後に頷いて―――

 ―――そして、あっけなく消え去った。

 

 

******

 

 

 リリスの消え去った建物を後にして、一行は下山する。

 行きとは違って、とても静かな行軍だった。
 一番騒がしかった双子がしんみりと黙り込んでいる。なにせ、魔物とはいえ親しかった姐のような存在が目の前で消え去ってしまったのだ。特に感受性の高い子供なら尚更、ショックだろう。本当ならもっと子供らしく泣き喚いても良いはずなのに、2人とも泣くこともなく、ただ黙って歩みを続ける。

 そんな2人の心情を考えると声を掛けることも出来ない。
 登る時は双子達と一緒にはしゃいでいたロックも気まずい表情でなにも喋らない。

 登るより降る方が楽とは言え、それでも双子にとっては辛いようだった。
 2人ともよろめきながら何度も転びそうになって、歩き続ける。
 流石にセシルが「おぶろうか?」と声を掛けるが、2人とも頷かなかった。

 

 

******

 

 

 山頂の建物を出た時には早朝だったが、双子の歩みに合わせて降りたせいか、夕暮れ時になっても登山口につかなかった。

「あ・・・」

 不意に、ポロムが足を止める。
 力のない瞳で、ぼんやりと前を見たままその場に立ちつくした。
 その隣で、パロムも立ち止まり、同じように「ああ・・・」と、声を上げる。

「どうしたんだい、2人とも。やっぱり疲れたなら―――」
「違います」

 セシルの声に、ポロムがゆっくりと首を横に振る。
 それから、疲れ切った動作で腕を持ち上げて、ある方向を指さす。そこは、巨岩が囲いになって、ちょっとした部屋のようになっている場所だった。それを見て、セシルも双子が立ち止まった理由に気がつく。

「ここは・・・リリスの・・・」
「そう。リリス様のお住まいだったところです」

 ポロムが悲しそうに過去形で話す。
 そんなポロムを気遣うように、セシルは、

「・・・ちょっと、寄っていこうか?」
「いえ・・・余計に悲しくなりますから」

 そう言って、ポロムはリリスの住処の方をあまり見ないように顔を背けて歩みを再開する。と。

「誰か居る!」

 鋭いパロムの声が飛んだ。
 ぎょっとして、ポロムが立ち止まり―――慌てて立ち止まったせいか、バランスを崩して転びそうになる。それをクラウドが支えた。

「大丈夫か?」
「は、はい、クラウド様。・・・あ、ありがとうございます」

 顔を赤くして礼を言うポロムをしっかりと立たせ、クラウドは剣の柄に手を掛けると、パロムの視線を追う。
 パロムが見ているのはリリスの住処であり、その住処の中から2つの人影がのんびりとした動作で現れた。

「ゾンビに・・・スケルトン・・・アンデッドがまだ残っていたとはな!」

 クラウドが剣を抜く。
 テラも呪文の詠唱を始め、ロックは様子を伺うように身を退いて、セシルは黙って肩を竦めた。

「ブラス様、アルケス様!」
「ああれっ。そーいやお前らどこに言ってたんだよ?」

 双子の声に、セシル以外の3人が硬直する。
 セシルだけは「ああ、やっぱり」と苦笑する。

「って、どうしたのですかクラウド様。剣なんて構えて」
「ははあ、あんちゃんってば、またブラスとアルケスを敵だと思ったんだろ」
「パロム、ちゃんと敬称で呼びなさいよ。目上の人ですよ」

 そんなやりとりを前にして、クラウドはゆっくりと剣を背中に背負い直す。

「・・・というか。アンデッドなんてどれも同じに見えるよな、普通」

 ぽつりと呟いたロックに、クラウドとテラは強く頷く。

「そう言えばブラス様。パロムの言うとおり、どこに言っていたのですか?」
「リリスの・・・言いつけ通りに・・・そこの3人を山頂へ案内していた・・・試練が始まったから・・・引き返した・・・」

 ブラスのゆったりとした口調に、アルケスも骨をかくかくさせて頷いた。

「ああ、そうか。ポロムの魔法でショートカットしたから、僕たちは出会わなかったんだ」
「なるほど、そういうことですか」

 セシルの言葉に、納得がいったようにポロムは頷く。

「試練は・・・どうだった・・・?」

 ブラスが尋ねる。
 尋ねられて、双子の顔が暗く沈む。
 が、やがてぽつりとポロムが呟いた。

「試練は―――上手く乗り越えることが出来ました」
「それは・・・良かった・・・」
「ですがっ!」

 声を強く、ポロムは首を横に振る。
 そんな荒々しいポロムの様子に、二体のアンデッドは驚いたように身を退く。

「・・・ですが、そのためにリリス様は・・・」
「リリスがどうかしたのか・・・?」
「リリス様は・・・・・・う・・・・・・・・・」

 ポロムが説明しようとして―――けれど、その言葉は続かずに。
 ぽろっと、ポロムの目から涙がこぼれ落ちる。

「リリス様は・・・山頂で・・・試練を見届けた後・・・消え去っ・・・・・・て・・・・・・」

 最後まで言い終えて、パロムはその場に崩れ落ちる。

「泣くなよ・・・ぽろむぅ・・・」

 自分も涙を目一杯にため込んで、パロムがポロムに抱きつく。
 ポロムはパロムに抱きつき返し、そして、2人とも声を揃えて大きな声でわんわんと泣き始めた。

 子供のように泣き喚く双子を、セシルは顔を俯かせ、なにかを堪えるように身を震わせ、二体のアンデッドはただ困惑して顔を見合わせることしかできなかった―――

 

 


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