第11章「新たな力」
W.「涙」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山
目を覚まし、一番に飛び込んできたのは双子の顔だった。
片方は心配そうな顔で、もう片方は怒った顔の瞳に涙を溜めて。「・・・おはよう」
セシルが目を開けて、最初にしたのは、その2人に挨拶することだった。
「何が “おはよう” ですか!」
「ぶっ」怒っていた方―――ポロムが、思いっきりセシルの顔面を手で叩く。
鼻の頭をしたたかに叩かれ、セシルは鼻の奥がジーンとして、涙がにじむ。「痛・・・」
「そりゃ痛いでしょうとも! お腹に剣を刺されれば、誰だって痛いに決まってます! それも、自分自身に殺されかけるなんて、あなたくらいのものですわ!」ポロムは少し興奮しているようで、どこか支離滅裂だった。
セシルはそれをぼんやりと聞いて、ぼんやりと答える。「いや、でもまあ・・・ほら、僕だって僕を殺しかけたんだし―――あれ、なんかヘンなこと言ってないか、僕?」
「あなたは存在自体がヘンな人です!」言い切られた。
「ほっほっほ・・・ポロム、そのくらいにしておきなさい」
「テラ様・・・でも!」ポロムの注意がテラに向いている間に、セシルはゆっくりと身を起こす。
それに気がついたポロムが、手にしていた杖を両手で持ち、全力でフルスイング。「があああっ!?」
鼻っ柱をかなりの勢いで強打され、セシルは思いっきりぶっ倒れる。ゴン、と頭を強く打ち付けてセシルはそのまま昏倒する。
「ダメです。まだしばらくは安静にしていないと。暗黒剣の力かなんなのか、細胞が死んでいて回復魔法じゃ追いつかなくて、テラさまが蘇生魔法レイズを使ってようやく傷が治ったんですから! 聞いてます、セシルさん?」
聞いていない。
セシルは鼻血を流して、そのまま気絶していた。
それを見たポロムは、ぽん、と手を叩くとにっこり笑って。「どうやら解ってくれたようですね。そうやってしばらく寝ていなさいな」
などと嬉しそうに言うポロムの後ろで、ロックとパロム、それからテラが囁き合う。
「なあ・・・あの子以外ともの凄いな・・・」
「オイラがなんかするとすぐに怒るくせに、自分のやることだけ気にしないんだもんな。ずるいぜ」
「しかし、腰の入った良いスイングだった」3人が囁き合う後ろでは、クラウドがさして興味なさそうに、大きな欠伸を一つしていた。
******
次にセシルが目を覚ますと、双子の片割れの顔がこちらを覗き込んでいた。
「あら、おはよう御座います」
「おはよう・・・なにしてるの?」言って、なにか息が少し苦しいことに気がつく。
鼻に手をやると、何かが詰まっていた。
嫌な予感がして、それを引き抜いてみれば、なにかの布の切れ端を丸めたもので、その布の先にはでろっと鼻血がついていた。「うわ・・・もしかしてまたか」
またパロム辺りに鼻血騎士だとか囃し立てられるんだろうな、と予想してセシルは暗鬱な気持ちになる。
「はい」
「あ、ありがとう」ポロムが差し出してきた掌くらいの布の切れ端を受け取って、鼻血のついた布の塊を包み込む。
どこに捨てようか、と辺りを見回して、未だにあのクリスタルルームと良く似た空間に居ることに気がついた。さっきよりも薄暗くて気がつかなかったが。そのことをセシルが尋ねると、「リリス様が灯りを調節してくださいました」
「へえ、そういうこともできるんだ―――って、おかしいな。暗い割にはポロムの顔がはっきり見える・・・?」周囲を見回してみれば、思い思いの場所で他の面々も適当な格好で眠っているのが見えた。薄暗いのに、人の姿だけは色も明るく目に映っている。
「そういう空間らしいです。私にもよく解りませんけど」
「ふうん・・・」なんにしても魔法のことはセシルにはよく解らない。子供とはいえ白魔道士であるポロムもわからないものを、セシルが解るはずもない。まあ、眩しくない光の空間もあるんだったら、その逆もあるんだろう。などと考えて納得する。
納得したことでセシルは気がつく。
さっきからポロムがこちらをじぃーっと見つめていることに。「・・・な、なにかな?」
「見ています。私の大事なお父様を殺した人の顔を」
「・・・・・・」ポロムの言い回しに、セシルの顔が辛そうに歪む。
「あ」とポロムは呟いて、手を振った。「勘違いしないでください。別にあなたを責めているワケじゃありません。・・・ただ、あたなはどんな気持ちで、どんな思いでお父様を斬ったのか・・・それをずっと想像していました」
「何も考えていないよ。必要だったから殺した―――ただ、それだけだ」
「・・・まだそんなことを言うんですか?」ちょっと怒ったようにポロムが口を尖らせる。
対してセシルは小さく苦笑。「もう、起きても大丈夫かい?」と断り、ポロムが頷くとゆっくりと身を起こした。
少女と目線を同じにして、セシルは続ける。「本当のことだよ。必要だから殺した―――そして、もしもあの時、長老がクリスタルを差し出さなかったら、僕はパロムを殺していただろう」
「あなたが・・・そんな人間じゃないってことはもう知っています。いい加減にしないと本当に怒りますよ?」納得しない様子のポロムに、セシルは困ったように頬を掻いた。
「だから本当なんだ。なんて説明すればいいのか―――・・・そうだね。僕は赤い翼という軍隊の長だった」
「知っています。バロンが誇る最新鋭の飛空挺部隊。その隊長だったのでしょう? そのくらいは知っています」
「そう。そしてその僕に、バロン王から命令が下された。 “ミシディアのクリスタルを奪取せよ―――” ぼくはその使命を遂行するために、自分の能力を最大限に発揮し、もっとも最善と思われる方法をとった」それが、ミシディアではなく近隣の港町に陽動を仕掛け、ミシディアの魔道士が救援のためにミシディアを留守にした時を狙って、ミシディアを強襲するという作戦だった。
「作戦はあっさりと成功し、僕たちはミシディアを簡単に制圧出来た。でも、僕にとって予想外だったのはミシディアの長老が頑なにクリスタルを渡すことを拒んだことだった」
「何故ですか? クリスタルはミシディアの宝・・・それを容易く渡すわけないでしょうに。それに、拒まれても強引に奪ってしまえば・・・」ポロムの言葉に、セシルは苦笑しながら首を横に振った。
「クリスタルというのがそれほど大事なものだと、僕は知らなかったんだ。―――僕はミシディアの長老に、ミシディアの民の命を助ける代わりにクリスタルを渡せと言った。それでも長老はクリスタルを渡すことは出来ないと言った。・・・強引に奪おうにも、クリスタルは隠されて、どくにあるのか解らなかった。村中をしらみつぶしに探せば見つかったんだろうけど、そんな事をしていれば陽動に引っかかっていた魔道士達が戻ってきてしまう―――そうなれば、村は戦場になり、ヘタすれば僕たちは村中の人間を殺さなければならなくなる―――こちらもそれなりの痛手を受けるだろう。それだけは避けたかった―――だから、長老を脅すために他の魔道士を殺した。長老を殺すわけにはいかなかった。彼にはクリスタルのありかを教えて貰わなければならなかったから」
そこまで言って、セシルはポロムの様子を伺った。
少女は青ざめた表情で―――暗闇のなかでも相手の表情が解るというのは、中々奇妙な感じだ―――セシルの話を聞いていた。やはり、自分の故郷を襲われ、最愛の父親を殺された時のことを聞かされるというのは、まだ幼いポロムにとっては酷い苦痛だろう。しかし、それでもポロムは笑ってみせる。「その話は聞きました。あなたは、被害を大きくしないために私の・・・私のお父様を―――して、クリスタルを手に入れたのですね」
落ち着きを装ってはいるが、ポロムの声音は震えている。
そんなポロムの様子に気がつきながらも、セシルは頷いた。「そうだよ」
「ほんとは、誰も殺したくなんかなかったんでしょう?」
「・・・そうだよ」
「でも、必要だから・・・そうしなければ、もっと酷いことが起こってしまうから、お父様を――――――殺した」殺した。と、そう言ったポロムの表情は、見るも哀れなほど健気だった。
唇まで真っ青にして、完全に血の気が引いている。憎しみか、悲しみか―――それとも恐怖のためか、小刻みに震え、自分の腕で肩を抱きしめている。
瞳を潤ませ、今にも泣き出しそうな様子を見せながら、それでも少女は微笑んでいた。「貴方は後悔しているのでしょう? だから憎まれながらも、許されようと謝ることをしない―――それは、自分が許される人間ではないと思い込んでいるから・・・」
「・・・それは、少し違う」
「え・・・?」セシルが首を横に振り、ポロムはあっけにとられたように言葉を止める。
「僕は後悔なんかしていなかったよ。何故なら、それは僕が必要だと判断したことだから―――必要なことを行って、後悔する理由がない」
「で・・・でも、それならどうして貴方は許しを乞うことも、逆に怒ることもなく、ただ憎しみを受けようとしているのですか?」
「なにも感じていないからだよ」セシルはふーっと吐息する。
ポロムとは微妙に視線を反らし、話を続けた。「確かに僕は誰も殺したくなかった。だから必要とはいえ、君の父親を殺した時は後味が悪かった―――でも、それだけ。バロンに帰って王にクリスタルを渡した後は、もうミシディアのことなんて忘れてしまっていた」
「・・・うそ・・・嘘です! あなたはそんな人ではありません」
「君がなんと思おうと勝手だけどね。僕は君が許しを与えるほど良い人間ではないよ―――悪い人間だというつもりもないけどね。憎まれ続けたままでいるのも、別にどうでも良いことだからさ。憎みたいのなら勝手にすればいい。僕が謝る必要は何処にもない・・・」セシルの突き放した言葉に、ポロムの表情から笑みが消える。
「でも・・・さっき、貴方は許されたいと言いました。暗黒騎士のまま許されたいから、パラディンにはならないと」
「それは・・・」ポロムの反論に、セシルは返答に一瞬詰まった。
だが、口の端をつり上げた、皮肉めいた笑みを浮かべ、「それは、ただ詭弁だよ。僕はパラディンなんて言うよくわからないモノになりたくなかっただけ。ただそれだけだ」
「そんな・・・嘘です・・・嘘・・・」呆然と呟くポロムの潤んでいた瞳から、ぽつりと一滴の涙がこぼれ落ちる。
それが限界だ。
「ひっく・・・えぐっ・・・」
ポロムの瞳から涙が溢れ、次々に零れていく。
止めどなく流れ落ちていく涙を抑えようとするかのように、ポロムは両手で自分の顔を覆った。
嗚咽を漏らすポロムの様子に、セシルは少し顔を強ばらせたが、それでも精一杯悪ぶって冷たく突き放す。「泣こうがどうしようが本当のことは変わらない。それが悔しいのなら、悔しさが晴れるまで泣けばいいさ。憎みたければ憎めばいい。僕にとってはどうでもいいことだ」
「うっ・・・ううっ・・・えぐっ・・・うううっ・・・・・・」
「ふん・・・」ポロムの嗚咽を耳にしながら、セシルは鼻を鳴らしただけでそれ以上は何も言わない。
だが、その表情は落ち着かず、怒ったように顔を固くして、時折ちらりちらりと顔を覆って泣き続けるポロムの様子を伺っている。2、3分ほどポロムの泣き声を聞き続けていただろうか。
「・・・・・・はあ」
セシルは諦めの吐息と共に顔を心底困ったようにゆるませて吐息する。
そして、周囲を見回してみる。誰か、助けてくれる人がいないかどうか。さっきとかわらず、他の皆は眠りについていた。
パロムはリリスの蛇身を枕に大口をあけて眠りこけ、リリスはそのパロムの頭を撫でるような形で手を置いて、座ったまま瞳を閉じて静かに寝息を立てている。
ロックは床に丸まって眠りこけ、クラウドは器用に立ったまま壁に背を預けて目を閉じている。テラなどは、どこに持っていたのか寝袋の中に入って安眠していた。その隣にはもう一つ小さな寝袋があり、どういうわけかこちらにはエニシェルが入っていた。(なんで剣が眠るんだか)
なにか妙なものを感じながら、セシルは泣き続けるポロムに視線を戻す。
誰も助けてくれる人間は居ないし、ポロムが泣きやむ様子はない。「・・・・・・はあ」
と、もう一度だけ吐息して観念すると、セシルはポロムの頭を腕で優しく抱いて引き寄せる。
「きゃっ・・・?」
不意に抱き寄せられたからだろうか。それほど乱暴にしたつもりはなかったが、ポロムが驚きの声をあげる。
「・・・ごめん、悪かったよ。ポロム」
「・・・・・・」セシルの腕の中で、ポロムはなにも答えない。
ただ、嗚咽は止まったようで、少しほっとする。「ミシディアを襲い、そして君の父親を殺してしまったことを僕はずっと後悔している。今でも、ずっと。本当に殺さなければならなかったのか―――もっと、良い方法があったんじゃないのか―――そもそも、バロン王の命令に従わなければ誰も殺すこともなかったのかもしれないって・・・ずっと思い続けている。そして、その後悔があるからこそ、僕はここにいる」
ミシディアの一件に後悔があったからこそ、セシルは王に詰め寄った。その結果、赤い翼の軍団長の任を解かれ、ミストへと使わされた。そのミストでバロンに反旗を翻す決意をして、そしてダムシアン、ファブールと渡ってここにいる。
「僕は君たちに憎まれても当然だと思っている―――本当なら、僕は許しを得るために、罪を償うということをしなければならないんだろうけれど、僕はこのミシディアで立ち止まるわけにも、ましてや殺されるわけにもいかない。共にバロンを倒すと誓った仲間が僕には居るから。僕は、僕が生き続けている限りは、仲間達を裏切るわけにはいかない。だから、償えないのならせめて、憎まれたいと思ったんだ・・・」
「・・・・・・」セシルはポロムが完全に泣きやんだと察すると、ゆっくり彼女から腕を放す。
話をじっと聞いていたポロムは、セシルの腕から解放されると顔を上げて―――「・・・え」
向けられた微笑みに、セシルはきょとんとする。
ポロムの笑顔には、どこにも涙のあとはない。それどころか、さきほど身体を震わせて、無理に笑っていたはかなさが何処にもない。ポロムは、パァン、と自分の手と手を打ち合わせて。
「やっぱり、あなたは私の思ったとおりの人でしたね」
「つーか、にーちゃんってば間抜けすぎ。ポロムの嘘泣きに騙されてるんじゃねーよ」声に振り返れば、眠っていたはずのパロムがこちらを見て笑っていた。
その隣で、リリスも嬉しそうに満面の笑顔を浮かべて頭の上に手をかざす―――と、途端にぱあっと周囲が明るくなった。「あー・・・疲れた。寝たフリって結構疲れるな。笑いを堪えるのにも苦労したし」
んー、と背伸びしながらロックが起きあがる。
「・・・・・・」
クラウドはさっきと変わらず、壁に背を預けたままで目を閉じている。
彼は本当に眠っているのかもしれないとセシルは思ったが、さっきとは違って口元が笑っていることに気がついた。「実はさりげに妾はヒントのつもりじゃったが。剣が眠るわけないだろうに、阿呆」
「にしては、私の寝袋の中で気持ちよさそうにしておったが?」
「眠らんでも柔らかくて暖かい寝床を心地よいと感じることは出来る」エニシェルとテラのやりとりは、もう振り返る気もおきない。
セシルは、ゆっくりとポロムの方へと視線を戻し、「ええっと、嘘泣き?」
「はい!」
「いやそんな元気よく言われても―――」
「せしるーっ!」
「おわあっ!?」いきなり横手からリリスにタックルされて、なし崩しに長い蛇の身体に絡め取られる。
「うんっ! すきだっ。やっぱりわたしはお前が大好きだーっ! うんっ!」
「ちょっとまて痛い痛い痛いいたいーってばなんか折れるーッ」
「うん? ゴメン」リリスは素直に謝ると全身から力を抜いてセシルを解放する。
「・・・ふう・・・・・・なんだよ、この展開は・・・」
「理由を知りたかったんです」セシルの目の前まで来て、ポロムが言う。
「理由?」
「はい。あなたが謝らない理由。憎まれ続ける理由―――それが、どうしても解らなかったから」
「それで、こんな大げさな芝居を・・・? やれやれ・・・」疲れたように、がっくりと肩を落とす。
しかし、それから首を振って。「でもね、ポロム。最初に言ったことも本当なんだよ。僕は君の父親を―――」
「サイレス」
「―――っ!?」ポロムの魔法にセシルの言葉が封じられる。
思わずセシルが手で喉と口を押さえていると、そんなセシルにポロムが半眼になって、「どんな理由でお父様を殺したのか―――それは、もういいんです。私は、貴方がどんな思いでここにいるのか解っていますから。それに」
にっ、と、彼女は笑ってみせる。
それは優しいポロムの微笑みではなく、太陽のようにはつらつとしたパロムの微笑みだ。「貴方が憎まれようとするのは、憎まれることしかできないからという理由だけじゃありませんよね? あなたは、悲しんで欲しくなかったんですよね? 自分が災いを与えてしまった人たちが、そのせいで悲しみに暮れることが嫌だったのでしょう? だから、私が本当に泣いていると思って、放っておけず、本当のことを話してくれた」
ポロムの言葉に、セシルは気まずそうな顔をして目を反らす。
その頬が照れのためか、少しだけ赤い。「セシルさん。あなたはとても優しい人です。そして、それど同時に、とっても―――」
言いながら、ポロムは物の言えなくなったセシルの頬に手を伸ばし、その頬に触れ、それから思いっきり。
「―――とっても、お馬鹿さんですね!」
思いっきり、つねり上げた。
「―――ッ」
「まったくっ、本当にお馬鹿さん! 確かに悲しみに浸るよりは、誰かを憎んでいた方が力は出ます。けれど、前にも言いましたけど、憎むというのはとても疲れるんですよっ。だから私は、あなたを憎んで疲れるよりも、笑いあって楽しく在りたい。そしてそれは誰だってきっとそう」痛がるセシルをしばし堪能した後、ポロムはつねっていた指を離す。
赤くなった頬をさすりながら、セシルは涙目。そんなセシルを、ポロムは杖の先を突き付けて、「貴方だってそうでしょう! 悲しむよりも、怒るよりも、憎むよりも、笑いたいでしょう!」
ポロムの勢いにセシルは反射的に頷く。
と、ポロムは満足そうに頷いて。「ほらみなさい。だからあなたはお馬鹿さんなんです。憎まれようとする努力が出来て、どうして笑い合おうとする努力が出来ないんですか!」
「いや、えーと・・・ごめん」
「また謝るし! 謝るんだったらなによりもまず謝ることがあるでしょうって前にも言いました! 悪いことをしたなら謝ることが、笑顔への第一歩でしょうに!」
「なんか、言ってることが段々、僕のよく知ってる白魔道士に似てきたよーな」セシルが苦笑しながらいうと、この場のセシル以外では唯一その白魔道士のことを知っているロックが微妙な表情を浮かべた。
「だったら、その白魔道士さんも言うに決まってます。早く謝りなさいって」
「そうだね・・・うん、きっとそういうな。・・・ごめん」その言葉は、自分で思うよりも素直に出た。
「ごめん、ポロム―――パロムも・・・すまなかった。君たちの父親を殺してしまって、許して貰える事じゃないけど・・・」
セシルの謝罪。
それに対して、ポロムは頷いて。「私はあなたが謝ってくれれば許すと言いました。それに、貴方が後悔の果てに今ここに居ることも知りました。だから、私はあなたを許します」
ポロムに続いてパロムが、両腕を頭の後ろに組んで、軽い調子で言う。
「オイラは別に、にーちゃんのこと憎んでないし―――最初から、なんか憎めないって思ってから許すも許さないも無いんだけどな」
双子の返答に、セシルは静かに微笑む。
「ありがとう、2人とも」
「とゆーかさ、ありがとうって・・・なあポロム」
「ええ、そうね、パロム」双子は互いに頷くと、セシルの前に2人並んで立つ。
なにをするのかと、セシルがきょとんとしていると、ポロムは頭を下げて、パロムは胸を張って、「ありがとうございました、セシルさん」
「あんがとな、にーちゃん」
「・・・え?」いきなり礼を言われ、セシルは困惑する。
そんなセシルにポロムが、笑いながら、「貴方がミシディアに攻め込んだ時、貴方がよく考えてくれたからこそ、被害が少なくて済みました」
「テラのじいちゃんから聞いたよ。ダムシアンって言う国がどうなったかって―――じーちゃんってば、頭が固いから絶対クリスタルを渡そうとしなかっただろうしな」
「もしもセシルさんではなく、ゴルベーザという男が赤い翼を率いて攻め込んできたなら、今頃ミシディアは焼け野原になっているでしょう」そこでポロムは目を伏せる。
少しだけ、力のない震える声で、「あなたはお父様を殺した仇には違いありませんが、それと同時に私達を救ってくれた恩人でもあります。そして、私は、貴方を憎しみ、怒り・・・許すことができたことを、あなたに感謝します」
そういって、2人はそろって頭を―――今度はパロムも―――頭を下げる。
そんな双子を、セシルは見ていなかった。
正確には、見ることが出来なかった。「・・・・・・・・・あれ・・・?」
いつの間にか目の前が見えなくなっていることに気がついて、セシルは疑問の声を上げた。
目の前がぼやけ、ぐちゃぐちゃになって、なにも見えない。目の辺りに指をやってみれば、なにか熱い水の感触があった。
「うわ。なんで泣いてるんだよ、にーちゃん?」
「・・・え?」頭を下げて、上げたパロムがセシルの顔を見て素っ頓狂な声を上げる。
―――その声で、セシルは自分が泣いていると言うことを、ようやく悟った。「ああ・・・泣いているのか、僕は。・・・でも・・・なんで・・・?」
理由なんて分かり切っていることだった。
その一方で、その理由を上手く口にすることが出来ないもどかしさがある。ただ、はっきりしているのは、この涙は悲しみの涙ではないと言うこと。
「せめて拭うなりなんなりすればよろしいのに」
ポロムの声と共に、セシルの手になにかが押しつけられる。布の手触り。
それがハンカチだと悟ると、セシルは有り難く使わせて貰うことにした。
ポロムのハンカチで涙を拭う・・・が、涙は後から後から流れ続けて止まらない。「なんだ・・・? なんで僕はこんなに泣いているんだ・・・?」
ハンカチはすぐにびしょびしょになって、もうこれ以上涙を拭ってはくれなかった。
まるで涙腺が壊れてしまったのかと思うほど、流れ続ける涙に、セシルは自分の腕を目に押しつけて拭う―――がそれでも止まらない。「く・・・・・・〜っ」
溜まらずに、セシルは腕で顔を覆ったままその場に膝を突き、
「う・・・」
呻き声を一つ漏らし、そしてそれはすぐに連続した声になる。
「うう・・・・・・ううううう・・・・・・う〜・・・っ」
(なんて・・・みっともないんだろう、僕は!)
情けないと自覚しながらも、それでも止めることのない涙に感情も、理性すらも押し流されて、いつしかセシルは生まれたばかりの無垢な赤ん坊のように大声で泣き喚いていた―――