第11章「新たな力」
V.「光と闇」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山
「暴走した・・・僕自身・・・?」
エニシェルの言葉に、セシルは自分とエニシェルと同じ姿をした “闇” に目を向ける。
姿形は同じだが、雰囲気はまるで異質のものだった。
鏡の中の自分はこれほどまでに殺伐とした気配を持っておらず、目も赤く爛々と輝かせていない。少し離れた場所に居るというのに、凄まじいダークフォースを感じられる。
普通の人間ならば同じ場に立つだけで恐怖に身を震わせ、気の弱い者ならばそのまま失神してしまうだろう。だが、そんなダークフォースを強く感じながらも、セシルは平然として立っている。
平然としていないのはその隣のエニシェルだった、真剣な表情で2人のセシルを交互に伺っているが、その仕草に落ち着きがないのは隠しきれない恐怖のためだろう。一度は良いように力を使われた存在だ。恐れを抱くのも仕方がない、とセシルは思った。「どうする・・・? いくらパラディンといえど、あの “闇” はかなり厄介じゃぞ。なにせ、お前のよく口にするカイン=ハイウィンドとやらが、かすり傷一つ負わせられなかった化け物じゃ」
ファブールでの事の顛末は詳しく聞いていた。
暴走し、ダークフォースを全開にした自分に対して、カインも、ガストラの将軍2人も手も足も出なかったという。
ローザの聖魔法だけが唯一通じたと言うから、パラディンの聖なる力も同様に通じるはずだが。「どうするもなにも・・・戦うしかないんだろ? それに・・・」
セシルはもう1人の自分自身を見ながらへっ、と笑った。
「暴走してようがなにしてようが、あれはセシル=ハーヴィだ。所詮は僕自身だろ。だったら、僕が恐れる必要は何処にもない」
ファブールで、ローザもまた似たようなことを口にしていたことをセシルは知らずに、言い捨てる。
それと同時に、闇のセシルが手を高く掲げると、傍らの黒いエニシェルの姿が不意に消え、セシルの手の中に漆黒の剣が現れる。「デスブリンガー・・・!」
「まあ、君だって向こうにいるんだ。デスブリンガーを手にしたっておかしくはないだろ」デスブリンガーを手にした闇のセシルは、そのダークフォースをさらに増す。
戦闘状態というわけでもなく。ただ剣を持って立っているだけだというのに、最強の暗黒剣であるエニシェルが気圧されそうなほどのダークフォースを放っている。だが、やはりセシルは平然と。「・・・エニシェル。デスブリンガーは向こうに取られたようだけど、僕たちの剣は?」
「むぅ・・・代わりの剣を感じられる―――」そう呟いた途端、エニシェルの姿が掻き消え、代わりにセシルの目の前に光の塊が現れる。
その棒状の光が収まると、そこには一振りの剣が浮かんでいた。デスブリンガーと良く似た剣で、色だけが違う。黒いデスブリンガーに対して、それは真っ白い―――セシルが身に着けている鎧と同じような白銀に輝く剣だった。「・・・デスブリンガーの聖剣バージョン・・・ライトブリンガーってところかな」
呟きながら、セシルはゆっくりとその剣を手にする。
すると剣を伝わって、熱い何かが体中に広がるのを感じた。「なんだ・・・これ―――」
力が沸いてくる。
などという表現では物足りない。
体中がカッと熱くなり、どうしようもなく気分が高揚していくのを自覚する。明るかった周囲がさらに明るく、そしてはっきりと感じられるのは、五感が極めて鋭くなったためだと理解する。
とくん、とくん、と聞こえるのは自分の鼓動の音。
普段なら耳にすることはない、小さな自分の鼓動まではっきりと耳にすることが出来る。セシル=ハーヴィという自分を構成する全てすみずみまで力が浸透する。
その力が聖剣のものだと気がついた時、セシルは言い様のない感動が沸き上がることを、押さえつけることは出来なかった。「これか! これが聖剣というものなのか!」
声に出す。
そうしなければ、胸の中で感動が爆発してしまうような気がして、セシルは、強く、強く、声に出す。「はははっ! これが聖剣の力だというのなら、今まで僕が扱ってきた力はなんなんだ!? 暗黒剣? ダークフォース? そんなモノはこの聖剣の力の前じゃ、ゴミに等しいじゃないか!」
ファブールで、初めてデスブリンガーを手にした時にも強い力の衝動を受けたが、セシルはそれを押さえ込めることが出来た。
だが、今は違う。
完全に聖剣の力に酔いしれている―――それほどまでに、沸き上がる力は素晴らしい。と、闇のセシルが動くのが解った。
見ていたわけではない。見る必要もない。
聖剣のおかげで得た超感覚が、敵の動きをわからせてくれる。(いや・・・敵なんかじゃないな)
セシルは相手も見ずに苦笑する。
(あんなものは敵ですらない。この僕の敵と称するのもおこがましい。敢えて言うなら―――)
闇のセシルがデスブリンガーを振りかざし、セシルがよそ見をしていた隙に詰めていた間合いから振り下ろす。
セシルはそっちの方を全く見ずに、ライトブリンガーを一閃させた。「・・・ふん」
セシルはゆっくりと闇のセシルへと顔を向ける。見れば、闇のセシルのデスブリンガーを持っていた右腕が、肘から下が無くなっていた。セリス=シェールの剣ですら届くことのなかった闇のセシルの腕を、セシルの一撃は傷つけるどころか容易く断ち切っていたのだ。
「・・・・・・!」
暗黒の兜の下で、闇のセシルの顔が驚愕に歪むのが解った。
「ただのザコだな」
「・・・ッ」闇のセシルは鋭くセシルを睨むと、小さく「在れ」と呟く。
途端、自分の腕ごと跳ね飛ばされたデスブリンガーが、断ち切られた右腕の中から消え、健在である左手の中に現れる。それをしっかりと握りしめ、セシルに向かってその切っ先を向けると。「うぅおおおおぉおぉおぉぉぉぉおおおおおおおおおッ!」
吠えた。
同時に、剣にダークフォースが収縮され、それは超破壊的な闇の力となるッ!
デスブリンガー
切っ先からほとばしる闇の力を眺め、しかしセシルはそれに対してなにもしなかった。
ただ一瞥しただけで興味なさそうに嘆息する。
そのセシルへと、ダークフォースの奔流が津波のように押し寄せる。が。「・・・くだらないな」
呟くと同時に、セシルに向かっていたダークフォースが全て霧散する。
唖然とする闇のセシルに対して、セシルは嘲笑を浮かべ、
「そんなちゃちな力でいきがるなよ、セシル=ハーヴィ」
「・・・ッ。がああああああああああッ!」ダークフォースが通じないと悟ると、闇のセシルは獣のようなうなり声を上げてセシルへと飛びかかる。
だが、セシルはデスブリンガーの一撃を、なんと指先一つで受け止めてみせる。「おい、それはまさか攻撃のつもりじゃないだろうな? 攻撃ってのは・・・」
「・・・!」セシルは片手で持ったライトブリンガーの剣の腹で闇のセシルの身体を鎧とダークフォースの上から打撃する。
鉄壁のダークフォースを易々と砕き、ライトブリンガーは暗黒の鎧を強打する。辺りに破砕音が響き渡り、闇のセシルはくるくるときりもみしながら跳ね飛んだ。地面に落下して固い打撃音を響かせる闇のセシルを眺め、セシルはくすくすと笑い。
「へえ、良く飛んだな―――攻撃って言うのはこうやるって、身をもって解っただろう? あははははは!」
セシルの哄笑が響き渡る。
笑い声を聞きながら、闇のセシルがよろよろと立ち上がる。
だが、先程まで恐ろしいほどの重圧を放っていたダークフォースはちりぢりになり、赤く燃え上がっていた瞳の色は消えている。それに気がつき、セシルは困ったように肩を竦めた。
「おいおい、もうちょっと頑張ってくれよ? 僕はこのパラディンの力をもっと試してみたいんだ」
にやりと笑いながら、セシルはゆっくりと闇のセシルへと近づいていく。
なんとか立ち上がった闇のセシルの側まで来ると、おもむろに。がっっっ!
「ぐっ・・・!」
立ち上がったばかりの闇のセシルを乱暴に蹴り飛ばす。
簡単に吹っ飛んで、闇のセシルは再び地面の倒れた。「どうやらこの力はお前を倒せば僕のものになるらしいからな。飽きたら滅ぼしてやるよ。あっさりとな―――だから」
言いながら、セシルはライトブリンガーの切っ先を、起きあがろうとする闇のセシルへと向ける。すると、ライトブリンガーに小さな光の玉がいくつも浮かび上がり、続いてその光の玉から光線が闇のセシルに向かって放たれる。
「・・・・・・ァッ!」
幾つもの光線に貫かれ、闇のセシルの身体が何度も跳ねて、声なき悲鳴を上げる。
それをセシルはさも可笑しそうに笑いながら、「ああ、いいね。これでもまだ死なないなら、色々と試すことができそうだ―――」
******
「なんだよ、あれ・・・」
闇のセシルを圧倒するセシルを見て、パロムは眉をひそめた。
場所は先程と変わっていない、クリスタルルームに似た広い空間だ。
さっき、セシルを目映い光が包み込んだと思うと、この場から姿が消えていた。
慌てるパロムたちに、リリスが落ち着いて一方を指差すと、示された方向の壁の向こうにセシルの姿があった。そこは、ここと同じような作りになっていて、どうやらこちらからセシルの姿は見えるが、向こうからはこちらが見えなくなっているようだった。
パロムたちが見守っていると、黒い鎧に身を包んだセシルが現れ、パラディンになったセシルがそれを圧倒的な強さで打ち倒している。
もはやそれは戦いですらなく、セシルの一方的な暴力だった。パラディンの力で闇のセシルに攻撃を加える音と、セシルの哄笑が響き渡り、誰もが押し黙ってその残虐な暴力を眺めている。
「うん・・・ダメだったのかな、うん」
悲しそうに呟いたのはリリスだった。
「何がダメなのですか、リリス様? セシルさんは、パラディンの力を使いこなしているように思いますけど・・・」
ポロムはセシルの暴力を真剣な表情で目をそらさずにじっと見つめていた。
その瞳には、パロムや他の面々が浮かべているような嫌悪の色はない。
かといって面白おかしく観賞しているわけでもない。ただ、じっと眺めている。「ポロム・・・うん。これは、パラディンになるための試練なんだ。うん」
「さっき、リリス様は自分の闇を打ち倒すことがパラディンになるために必要なことと言いましたね? でも、自分の闇を圧倒して、それでもダメというのは・・・?」
「うん。あれは嘘なんだ。うん」リリスは悲しい顔のまま、首を横に振る。
「本当は、自分の闇を倒すのではなく、光に昇華させて自分の力としなければならない。うん。闇とはいえ自分自身。その闇を倒すというのは、自分自身も倒すこと。もしもセシルが自分の闇を倒し、消滅させてしまえば、セシル自身も死んでしまう・・・・・・」
「なんだって?」驚いた声を上げたのはロックだった。
「じゃあ、今のままだったらセシルは・・・死ぬってことか・・・?」
その問いに、リリスはゆっくりと頷く。
「じゃあ、やばいじゃんか。早くセシルにーちゃんにそのことを教えないと」
「うん。・・・それはできない。管理者として、私はそんな不正をすることを許されていない・・・うん」リリスは悲しそうに、辛そうにそう呟き返す。
納得いかない様子で、パロムが声を張り上げた。「でもっ! リリスねーちゃんはセシルにーちゃんのことが好きなんだろっ! このままじゃにーちゃんが死んじゃうんだぞっ! それでもいいのかよ!」
「・・・うん。でも、できないんだ・・・ごめん・・・パロム・・・」
「ねーちゃん・・・」泣きそうな顔のリリスに、パロムはそれ以上言葉を無くす。
痛々しい空気が漂う中、相変わらずセシルの哄笑と、暴力的な破砕音だけが連続して響く。「・・・どんな気分だ?」
ふと、クラウドがずっとセシルの様子を眺めているポロムに尋ねる。
ポロムは視線を動かさないまま「どういう意味ですか?」と問い返す。「自分の仇がもうすぐ死ぬっていうのはどんな気分かと思ってな」
「・・・わかりません。私には」そう言って、ポロムは苦笑する。
「だって、きっとセシルさんは死にませんから」
「リリスの説明を聞いていなかったのか? あいつはもうすぐ自分自身を殺して死ぬ」
「いいえ」ポロムはゆっくりと首を横に振った。
そこで初めて、セシルから目を反らし、クラウドの顔を真っ直ぐに見上げて、「あのセシル=ハーヴィという人はね。私の知る限り、一番の大嘘つきなのですよ。憎まれたくもないのに、憎まれる必要すらないのに、それでも憎まれようとした。しかもそれが正しいと思ったからと言う理由だけで。ねえ、人が嘘を吐くのはなにかを誤魔化し、偽るときでしょう? そして正しいということと、偽りということは、まるっきり正反対のことじゃないですか。だというのに、あの人は正しいことのために偽ろうとする―――そんな矛盾を平気で口にする大嘘つきなんですよ」
「だからセシルは今も嘘を吐いていると? 自分自身を殺そうとしているのは、偽りだと?」ポロムは大きく頷いて、にっこりと笑って見せた。
「はい。なんなら賭けましょうか? 私、ギャンブルというのはやったことがありませんが、絶対に勝てる自信がありますよ?」
******
セシルの何度目かの一撃に、闇のセシルはまた地面に倒れた。
もうどれほどの攻撃を与えたのか、セシルも覚えていない。だというのに、セシル自身は汗一つかいていない。
対して、闇のセシルの方はもう、まともに動くことも立ち上がる力さえも残されていないようだった。「飽きてきたな・・・」
地面にはいつくばったまま、立ち上がろうともしない―――できない、闇のセシルを眺めて呟く。
闇のセシルは全身を痛めつけられていたが、元々が闇であるためか、出血などはしていない。もっとも、普通の人間と同じように血を流していたなら、最初に腕を跳ね飛ばされた時、腕からの出血だけですでに失血死しているはずだ。
それでも痛めつけられて動けないのは、闇とはいえエネルギーを消費しているからだろうか。「そろそろ滅ぼそう。僕が、本当のパラディンになるために・・・」
ライトブリンガーの切っ先を闇のセシルへと向ける。
闇のセシルは、歯を食いしばり顔を上げてセシルを睨付ける―――が、それが精一杯のようだった。「・・・僕が怖いか?」
セシルが自分の闇に対して問う。
だが、答えは問う前から分かり切っていたことだった。
自分自身だからではない。その瞳を―――身体は傷ついても、未だに力強い意志が見える瞳を見れば、よく解る。「まだこのパラディンである僕に刃向かう気でいるのか? 勝つ気でいるのか・・・? お前みたいなザコが」
「・・・・・・」
「無力で、無力であるが故に王命に逆らえずにミシディアに攻め込み、そしてミストの村でも、ファブールでも、そしてリヴァイアサンに対しても、守るべき者を守れなかったお前がッ! まだ立ち向かおうとするのか? 答えろ、セシル=ハーヴィ!」
******
「・・・なんだ? あいつ、なにを言っておる?」
訝しげにテラが呟く。
いよいよセシルが自分自身を殺す―――そう思った瞬間、セシルが妙なことを口走り始めるのを見て、その場の誰もが困惑する。ただ1人、ポロムだけが微笑んでいた。
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「僕はパラディンだ。聖剣の力を得た、お前とは違う強力な力を持ったセシル=ハーヴィだ! 僕になら、お前に出来なかったことが出来る。僕ならミシディアに攻め込んで無用な殺戮をすることもなかったし、ミストの村でだってカインもミストさんも守ることが出来た。ファブールでもローザを奪われることはなかったし、リヴァイアサンが相手でも、リディアを救うことができたはずだ!」
セシルの言葉を、闇のセシルはじっと聞いている。
その瞳に、力強い意志をたたえて。無言で聞き続けているのを眺め、セシルはさらに続ける。
「それだけじゃない。僕ならお前の過ちを取り返すことができる。ゴルベーザを倒し、ローザを奪い返すことも出来る。リディアだって救い出せる。例え死んでいたとしても、僕なら生き返らせる方法を見つけられる! その力が今の僕にはあるはずだ!」
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―――僕なら生き返らせる方法を見つけられる!
そんなセシルの言葉を聞いて、ロックは思わずリリスを振り返る。
リリスはロックの視線の意味に気がついて、ゆっくりと首を横に振った。「うん。いくらパラディンでも死者を生き返らせる力はない。うん―――むしろ彷徨える亡者を浄化するべき存在が聖騎士なのだから。うん」
「でもパラディンならその方法を見つけられるって・・・」
「世界の何処かに死者を蘇生する方法があるのなら、普通の人間よりもパラディンの方が見つける可能性はある―――すくなくとも、どんな困難をも打ち砕く力がパラディン・・・というか聖剣にはあるみたいだからな」テラが口元の髭をしごきながら言うのを聞いて、ロックはがくりと肩を落とす。
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「お前にはできない全てのことがこの僕には出来るはずだ! ―――だから」
セシルはじっと黙って聞き続ける闇のセシルににやりと笑ってみせる。
「だから問う! セシル=ハーヴィ! お前はこの僕の力を羨むか? 欲しいと願うか!?」
「・・・・・・」セシルの問いに闇のセシルは無言だった。
しかし、やがて首を横に振る。「僕は・・・そんな力など、要らない・・・ッ」
闇のセシルの返答に、セシルは満足そうに頷くと、ライトブリンガーから手を離す。
途端に聖剣は虚空に消え、代わりに傍らに白いドレスの少女が現れた。
******
「・・・喋った・・・?」
闇のセシルの返事を聞いて、一番驚いたのはリリスだった。
「うん・・・??? そんな、ありえない。あれはセシルの闇を、セシルの形に整えて、戦うようにし向けただけの存在。自分の意志で動くことはないし、喋るなんて・・・・・・」
ひたすら困惑するリリス。
そんな彼女に向かって、まるで向こうから見えているかのようにセシルが振り返る。「―――そう言うわけだよ、リリス。僕はこんな力を必要としない。確かにこの聖剣の力は凄いと思った。けれど、これは僕の力じゃない」
先程まで哄笑をあげていたセシルではなく、いつもの少し頼りない微笑みを浮かべているセシルだ。
「パラディンになれば、ミシディアの長老は僕を許すと言ってくれた。けれど、ポロムはパラディンではない―――暗黒騎士のままの僕を、許したいと言ってくれた―――謝れば、許してくれるとまで言ってくれた。そして、僕はまだ許して貰うために謝ってはいない―――僕は、彼女にパラディンになって許されるよりも、謝ることで許されたい!」
「・・・セシルさん・・・」セシルの言葉に、ポロムは胸元で拳をぎゅっと握りしめる。
「なにより僕は、自ら望んでダークフォースを身に着けた。それは、バロン王の力に少しでもなりたいと思ったからだ。そして暗黒騎士である僕を、親友であるカインは認めてくれ、ローザは愛してくれた。僕は暗黒騎士として戦い続け、敵を屠り、幾多の罪を犯し、幾多の恩を受け続けてきた」
一息。
「それを無くしてパラディンになると言うことは、自分や親友の思いを捨てて、罪と恩とを忘れるということだろう? そんな無価値な力は必要ない!」
そう、セシルが言い切ると、途端に笑い声があがった。
「あ―――あははははははっ! すげーっ。にーちゃんカッコいーっ!」
パロムははしゃいで大笑いして、何度も手を叩く。
リリスは困惑し、テラは顔を渋く染め、ロックは呆れたようにセシルを見ている。クラウドも苦笑して、隣のポロムを見下ろして、言う。
「どうやら賭けはお前の勝ちのようだな―――特になにも賭けていなかったが、どうする?」
「あ―――」クラウドの問いに、ポロムがなにか答えかけた瞬間。
不意にポロムの表情が青ざめ、次の瞬間には悲鳴を上げていた。「きゃあああああああああっ!?」
「うわっ!? なんだよ、ポロム―――」いきなりの悲鳴に驚き、パロムが文句を言いかけて、その文句が途中で止まった。
その場の誰もが凍り付く。
壁の向こうに立つセシル。その腹部から、漆黒の剣が生えていた。
******
「ごふっ・・・」
腹部を貫かれ、セシルは口から血を吐き出す。
そのセシルの背後から、闇のセシルがいつのまにか立ち上がり、セシルにデスブリンガーを突き刺していた。「セシルッ!」
声を上げたのは傍らのエニシェルだ。
彼女は慌ててセシルと闇のセシルを引きはがそうと駆け寄ろうとするが―――「大丈夫だ・・・」
血を吐きながら、セシルがエニシェルを押しとどめる。
「なにが大丈夫じゃ! お前、そんな―――」
「腹に穴が空けばそこから戻しやすいだろう。うん? 口から呑み込んでも良いのかな? そこのところ、良く分かんないんだけど」
「良く分かんないのは貴様のほうじゃ! なにを奇天烈なこと口ばしっとるッ」
「うん、自分でも良くわかんないけど―――ともかく」セシルとは赤く染まった口元を、にぃ・・・と笑みの形に作り上げ、背後のもう1人の自分を振り返る。
「戻れよ、セシル=ハーヴィ。僕にはお前が必要だ」
「・・・ッ」
「お前がなんなのか、ずっと考えてたんだけど良く分かんないんだ・・・・・・簡単に自分の闇とかリリスは言ったけどさ。自分の闇って結局なんなんだろうなってずっと考えてた。最初は単純に、僕の中の負の感情が形になったものかと思ってた。怒りとか悲しみとか憎しみが形になったのが君だと思ってた―――でも、違う。だってそういう感情は、今の僕の中にもまだあるから」ごふっ、とまた血を吐いてセシルは続ける。
「じゃあ、何かなってさ。君に攻撃を加えながら考えてた―――それで解ったよ。君の目を見て。きっと、君は僕が一番嫌いな僕なんだ。カインやローザの期待に答えられず、守りたかった人を守れず、自分が無力だと知りながら、それでも分不相応に自分が正しいと思うことのために前に進み続けようとする・・・正しいと思うことのために自分も他人も傷つけ、それでもくじけずに正しくあり続けようとする―――」
もはや吐く血も残っていないのか、セシルは激しく咳き込むだけだ。
「がはっ・・・ごほっ・・・はー・・・はー・・・僕は・・・・・・僕は、お前が大ッ嫌いだ。お前はずっと王と認めてくれたカインの期待を裏切った。愛し続けていたローザを避けていた。お前のせいで、バロンに刃向かって、僕はこんなところにいる。・・・お前さえ居なければ、今頃僕はまだ赤い翼の隊長としてバロンにいたかもしれない。もしかしたら、あのゴルベーザの片腕として、このフォールスを支配していたかもしれないな。はは・・・ははは・・・」
乾いた笑い。
だが、そこで闇のセシルがぽつりと呟いた。「けれど、それは僕じゃない・・・」
呟いた闇のセシルに、セシルはまたもやニヤリと笑ってみせる。
「よくわかってるじゃないか。そうだよ。お前がセシルなんだ。闇だろうがなんだろうが、お前がセシル=ハーヴィなんだ。だから、お前が戻ってこなければ、僕は僕じゃない。だから―――とっとと・・・」
戻ってこい、と言う言葉を言う前に、セシルは力尽きる。
「・・・・・・」
どさり、と力なく膝をついたセシルから、闇のセシルは無造作にデスブリンガーを引き抜く。支えを失ったセシルは、その場に力なく倒れ込んだ。生きているようだが、意識はもう無い。
そんなセシルに構わず、闇のセシルはデスブリンガーを適当に振って、セシルの血を払い、
「エニシェル」
「な、なんじゃ!?」
「返す」ぽいっと、エニシェルに放り投げる。
反射的にエニシェルは投げ渡されたデスブリンガーに手を伸ばし、その指先が剣に触れた瞬間、剣は闇の粒子に転じてエニシェルにまとわりつく。「な、なんじゃ!?」
戸惑うエニシェルにまとわりついた闇は、エニシェルのドレスと肌や髪の毛を、黒く染め上げる。
「・・・お、おー・・・? 元通りになった?」
「そのデスブリンガーは君の ”色” から作り上げたものだから」
「・・・なんか、普通に喋っておるが、お前・・・セシルなのか?」エニシェルの問いに、闇のセシルは答えない。
ただ苦笑を返し、倒れたセシルを見下ろす。「・・・どうして、僕はいつもこうなんだろうね。傷ついては倒れて、そしてまた立ち上がる」
「それがお前にとっての正しいことだからじゃろう?」ふん、と鼻を鳴らし、エニシェルは倒れたセシルに近づくと、おもむろに呪文を唱え始める。
「『ケアルラ』!」
癒しの魔法がセシルの傷口を包み込み、それで出血は止まった。だが、セシルが目を覚ます気配はない。
「・・・息はしておるようじゃが・・・弱いな。このままでは死ぬぞ」
「死なないよ。死ねれば楽だって思ったことはなんどもあるよ。でも、そう思っても死んだ試しがないんだよね」
「死んだらここにおらんだろ」
「確かに」笑って、その笑顔を最後にして、闇のセシルは闇へと還る。
ただの闇となったそれは、そのまま空間に溶け込んで消失する。それと同時に、さっきセシルがパラディンの姿になった時と同じような目映い光が、セシルとエニシェルを包み込んだ―――