第11章「新たな力」
U.「恐怖、再び」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山

 

 テラとポロムが白魔法で傷を完全に癒しても、クラウドは目を覚まさなかった。

「ま、そのうち気がつくじゃろう」

 心配するポロムに、テラは安心させるようにそう言った。

「それにしても・・・あれがソルジャー最強と謳われた男か・・・」

 はあ、という嘆息と一緒にセシルは言葉を吐く。
 あの男と相対した先刻のことを思い出すだけで鳥肌が立つ。

 あれは刃物だ。
 それも、良く研ぎ澄まされた、指で触れただけで指先が切り落とされてしまうような、そんな鋭利すぎる刃物。
 冷たく、そして見る者の意識を引き込んでしまうような魔性の美しさを秘めた刃。

 眺めるだけなら害はない。だが、一歩踏み込んで触れてようとすれば、その刃は容赦なくこちらの身を切り刻む。
 同じソルジャーであるクラウドですら、なにごとも出来ずにただ切り刻まれた。
 そんな男の斬撃を、二度も回避することが出来たのは、全く運が良かったとしか言い様がない。

(もっとも、クラウドが一方的にやられたのは、実力差もあるんだろうけれど、それ以上にクラウドが自分の力を発揮出来なかったせいだ)

 セフィロスと相対したクラウドは、見るからに身体が強ばり、動きが重く、それでいてただ真っ向から切り伏せることしか考えていない単調な攻撃しかしていなかった。
 ミシディアの村でセシルと相対した時の、速さと重さを兼ね揃えた “強さ” がその剣にはなかった。

(・・・あの時のクラウドと、さっきのセフィロスを見比べてみれば解る。あれが、ソルジャーという戦士なんだ・・・)

 その一撃は重く、それでいて風を切るほどに速い。

 相手の剣の方が速さで勝っているというのなら、剣を盾として構えて受け止めればいい。
 力で勝っているというのなら、速さと技量でその重い一撃を受け流せばいい。

 しかし、速い剣を受け流すには同等の速さが必要であり、重い一撃を受け止めるならば同等の力が必要だ。
 つまり、その2つを兼ね揃えた斬撃を防ぐには。

(同等の速さか、力が必要になる・・・けれど相手は魔晄という力を秘めたソルジャーだ。並の人間ではそのどちらも敵わない・・・)

 などと考えていると、こん、と足下を蹴られた。
 見下ろしてみると、さきほど目が覚めたばかりのパロムがこちらを見上げている。

「なんだよー。しんき臭い顔してぶつぶつ呟いちゃってさ」

 どうやら考えていたことが独り言に出ていたらしい。
 少し恥ずかしくなって、セシルはぽりぽりと頬をかく。

「あんたはその最強のソルジャーの攻撃を防いだんだろ? もちっと明るい顔をしろよ」
「・・・運が良かっただけだよ」

 声に出して呟いて、セシルはふう、と疲れたように吐息。

「本当に、運が良かっただけなんだ。相手の足下を見て、動くとなんとなく感じたから反射的に身を退いたら、ギリギリ刀が届かなかった。刀を受け流せたのも、クラウドにとどめを刺そうと余分な力を込めたからその攻撃が読めただけだよ」

 余分な力を込めれば、それだけ威力は増しても、動きは鈍る。さらに、セフィロスの切っ先がクラウドに向けられているのが見えた。そこまで解れば、どういう軌道を刀が通るのかは概ね想像がつく。

 そうは言っても最強のソルジャーの一撃だ。攻撃が読めたとはいえ、上手く受け流せたのは、本当に―――

「幸運だったって事だよ」
「ふーん。よくわかんねえ」
「・・・パロム、あなたよくそんなんで天才とか名乗れますわね」
「うるせえなあ! ポロムは!」

 おほほほ、と嘲笑するようなポロムを、パロムが追いかけ回す。
 もはやテラやロックには馴染みとなっている追いかけっこだ。
 まだこの双子とは一日二日程度の付き合いしかないセシルも、微笑ましく見守っている。

「っと、そんなことよりも」

 不意にテラが呟いて、今セシル達がいる巨石上の中央に建つ白い建物の方へ向く。

「おそらくこの先に私の求める “力” があるはずだ・・・」
「―――そして、セフィロスが何故この場所を訪れたのか、その理由もここにあるはずだな・・・」

 声に一同が振り返る、とクラウドが目を覚まし、上半身を起こすところだった。

「クラウド様、身体は・・・」
「ああ、問題ないな。―――回復魔法をかけてくれたのはポロムか?」

 クラウドが問うと、頷いてからテラの方を見て、

「私1人では傷を完全に癒すことは出来ませんでした。テラ様のご助力があったからこそですわ」
「そうか。・・・ありがとう」

 素直に礼を述べるクラウドに、ロックはぽかんとした表情で言う、

「・・・お前でも、人に礼を言う事ってあるんだな」
「お前、どういう目で俺を見てたんだ?」

 渋い顔をしてクラウドが言うと、はははっ、とロックが笑う。

「悪い悪い。いやでもさ、なんにしても無事で良かったぜ。つーか、誰も死ななかったのが不思議だ」
「パロムなんて斬り飛ばされたしね」

 セシルが言うと、テラも頷いて、

「全く。私の “プロテス” が間に合わなければ、今頃、パロムは2つになっているな」
「・・・悪かったな、パロム。俺のせいで」

 クラウドが、ぽん、とパロムの頭を撫でる。
 するとパロムはクラウドの手を払って、

「子供扱いするない! オイラは天才魔道士パロム様だぜ? 別に大したことなんてなかったさ―――つってもオイラ、良く覚えてないんだけど。なんかクラウドあんちゃんが危ない! って思ってダッシュしたら、あの長い剣持った長い兄ちゃんがオイラの方を向いて―――そこから不思議と覚えてないんだよなー」

 そう言えば、セシルがパロムを受け止めた時に、パロムは気を失っていた。
 おそらく、斬られた瞬間にそのショックで気を失ってしまったのだろうが。
 などとセシルが思い返していると、

「セシル・・・だったか?」

 クラウドがセシルの名前を呼ぶ。
 顔を向けると、ソルジャーの青年は渋い顔で顔を背け、

「・・・確かにお前の言うとおりだ。あのまま戦っていれば俺はアイツに簡単に殺されていた・・・俺だけじゃない。他のみんなも・・・」
「なんかいきなり殊勝になったね」

 頭でもうったのかい? という言葉は呑み込んだ。

「・・・頭でも打ったのか、とでも思って居るんだろう?」
「うっ・・・」

 顔に出ていたらしい。今度はセシルがクラウドから顔を背ける。

「・・・ふん、俺とアイツの力の差は、誰よりも俺が解ってる」
「なら、このまま諦めるかい? 僕としてはそれをオススメするよ。・・・あの男とまともに戦えるそうなのは、僕は1人しか思いつかない」
「お前の相棒だったカイン=ハイウィンドか? 確かにあいつは強いが―――」
「違うよ」

 セシルは首を横に振る。それから、軽く肩をすくめて。

「名も知られていないただの旅人さ」
「・・・旅人か・・・」

 言われてクラウドは、なんとなく以前にダムシアンで出会った旅人のことを思い出す。
 まさかセシルの言っている旅人とは違うだろうが―――剣を腰に下げていたわけでもないし、戦士というイメージからはほど遠い男だった―――どういうわけか、印象に残っていた。連れのチョコボと会話のようなものをしていたからかもしれない。

 旅人のことを頭から打ち払い、クラウドはセシルを見返してはっきりと告げる。

「俺は諦めない。俺はあいつを倒さなければならない―――そのために、いままで生き長らえてきた」

 そういうクラウドに対してセシルは無言。
 別に止める理由も義理もない。
 なにより、セシルにも倒さなければいけない相手はいる。ゴルベーザという男が。

「・・・そのためにも俺は知らなければならない。あいつが、なにを求めているのかを・・・」

 そう言って、クラウドは白い建物を見やる。

 円方形の建物だ。
 巨大な石から丸ごとくりぬいたように、煉瓦などを組上げた継ぎ目が全く見えなかった。
 そして、テラが向いた真っ正面に、その建物の入り口はあった。

「石の扉か・・・」

 ロックが呟いたとおり、その扉の部分だけがくぼんで、青い色の石が塞いでいる。
 しかしその石にはとってのようなものは見えない。
 試しにロックが押したり引いたりしてみるが、びくともしなかった。

「こりゃあれだな。なにかどっかにしかけがあって、それを何とかしないと―――」
「―――うん。そういうものはないよ、うん」

 声は、その青い石から聞こえた。
 それも、聞き覚えのある声音と口調だ。

「・・・え? リリス様?」
「うん。―――えっと・・・・・・しれんをのりこえしものたちよ、あなたたちはちからをえるしかくをてにいれたのではいりなさい・・・・・・・・・だったかな、うん?」

 紙に書いた文章をそのまま読むような平坦な声で言われ、セシル達は困惑する。

「なんだい、その棒読み」
「うん。遠い昔の名前も忘れてしまった者に、ここに人が来たらそう言えと言われた。うん。それよりも早く入ってこい。私からはお前達の顔を見ることは出来るが、お前達からは私の顔が見えないだろう? うん。それは私としても少し寂しい」
「って言われても、どうやって入ればいいんだ?」
「うん。お前達には力を得る資格があると言った」

 そう言ってリリスは続ける。

「セシルは最悪の後悔を前にしながらも正しき “己” を貫き通した。

 パロムは後悔を繰り返したくないがために力を発した。

 ポロムは憎しみを胸に抱き、しかし許すということを心に決めた。

 テラは力を得ることと諦めは同じ事だと悟りながらも力を求めた。

 ロックは敵わぬ相手だと悟りながら、勇気を持って逃げ出さずに刃を抜いた。

 クラウドは倒すべき敵に敵わぬ事を認め、それでも倒すということを誓った。

 それは、全て己にとってそれが正しきことだと信じたからこそ。
 己が正しきと思うことを示すこと。それがこの山で力を得るための最低条件。うん」

 リリスの言葉に、6人は互いに顔を見合わせる。
 その中でロックが思い切り狼狽して。

「ちょっと待て。ナイフ抜いただけでなんでそれが “正しきこと” なんだよ? 俺は結局またなにも出来ないで・・・」
「うん。お前は過去に後悔があるんだろう? でも、その後悔を繰り返したくないがために逃げ出さなかった。逃げ出すことが正しきことでないと自分で思ったからだろう? うん」
「・・・・・・」

 リリスに言われ、ロックが困ったように頬を掻く。

「うん。この山へ来る者たちは―――生者であれ、死者であれ、必ず後悔を過去に秘めている。その後悔を前にして、正しき己を示すことがこの試練の山の試練・・・パロム、ポロム」

 いきなりリリスに呼ばれ、双子は少しきょとんとして。それから二人して同時に返事を返した。

「はい」「なんだよ?」
「私にはどうすることも出来ないとはいえ、お前たちには本当にすまないことをした。まだ悲しみも癒えないのに、愛しき者とお前達を戦わせてしまった・・・」

 悲しそうに沈んだリリスの声に、しかしパロムは明るく元気な声で、

「別にっ。オイラはきにしてねーぜっ! むしろ、父ちゃん達とまた会えてラッキーくらいに思ってるしさ」
「私もです、リリス様。お父様達と相対することで、私は憎しみを振り切ることができました。・・・まだ、完全にふっきれたわけではありませんけれど・・・―――それに、お父様は私を守ってくださいました」

 双子の言葉に、「うん」とリリスは小さく呟いて、

「・・・うん。ところで早く入ってこい。そのためにここまで来たのだろう。うん?」
「いや、だからどうすれば入れるんだよ?」

 もう一度セシルが尋ねると、リリスは「うん」と呟いて、

「お前達は力を得る資格があると」
「いや、それは聞いたから。具体的にどうやれば入れるんだ?」
「うん。青い石に手を触れれば入れる。うん」
「へ? でも、さっきロックは―――」

 そう呟きながら、セシルが青い石の扉に手を触れる。
 その瞬間、周囲の景色が転じた。

 

 

******

 

 

「・・・眩し・・・くない?」

 そこはきらきらと輝く広大な空間だった。
 ちかちかと光が舞っている―――というのに、眩しく感じない、そんな不思議な部屋。

 そしてそんな不思議な空間を、セシルは知っていた。

「ここは・・・クリスタルルーム・・・?」

 ―――似たようなモノじゃな。もっとも、ここにクリスタルはないようだが。

 セシルの呟きにデスブリンガーが答える。

「うっわー、キラキラしてるー! なんだここー!」
「ミシディアのクリスタルルームに似ていますわね」
「って、ポロム、なんだよそのクリスタルルームって?」
「その名前の通り、ミシディアでクリスタルを補完していた部屋のことで、クリスタルに相反する存在に対する結界の役目もあった特殊な部屋のことですわ―――もっとも、ミシディアのクリスタルは誰かさんが奪い去ってしまいましたけど」

 声のした方を振り向けば、じとっとした目で睨んでくるポロムと目があった。
 その隣には当たり前のようにパロムがいる。

 睨んでくるポロムに対して、セシルは困ったように笑って目を反らした。
 ポロムの目は以前のような憎しみの色はなかった。笑ってこそいなかったが、それでも半分ふざけたような仕草だ。そのことに気がついて、セシルはほっとして苦笑する。と、同時に気がつく。

(安堵している・・・のか、僕は)

 ポロムが自分を見る目から憎しみが消えて、安堵している自分に複雑な思いを抱く。
 憎まれることが自分の罪だと自分に言い聞かせながら、それでも憎まれることを自分は決して望んでいないいのだと。そして、「謝れば許します」というポロムの言葉を思いだし、喜びに近い感情を感じている。

(・・・本当は、そんな風に言われて喜んじゃいけないのにな・・・)

 ―――じゃが、お前が憎まれることを正しきとしたように、あの少女もお前を許すことを正しきことだとしたのだろう? だとすれば、どちらが間違っておるのだろうな?

(・・・・・・)

 デスブリンガーの言葉にセシルはなにも答えなかった。

「へー・・・なんかすっごく広いな。つか、外から見た感じよりも明らかに広いじゃんか」
「魔道の力を使えば空間などどうとでもなる。これくらいならミシディアの技術でもできるぞ」
「ならなんでそうしないんだよ? ミシディアの家を全部広くしちまえば良いだろう?」

 いつの間にかロックとテラ、そしてクラウドもいた。
 ロックの疑問に、テラは首を横に振って、

「同じようなことはできても、それを維持し続けるのは今の技術では難しい。なにせ、高魔力を扱える魔道士が何人か、つねに魔法を制御し続けなければならんからの」

 そう言って、テラは空間の中央に居る彼女へと目を向ける。
 半人半蛇の魔物。
 試練の山の入り口でも出会ったリリスだ。

「・・・久しぶり、というには早すぎるか」
「うん。それもそうだ。まだ別れてから半日くらいしか経っていない。うん」
「というか、なんで君がここに?」

 セシルの問いに、リリスは「うん」と頷いて。

「私が、この試練の山の管理者だから。だから試練を乗り越えた者がここへ辿り着いた時、私は強制的にここに転送される。うん」
「管理者?」
「うん。難しいことは私にも解らない。ただ、私は試練を乗り越えた者たちに望む力を与える権限を持っていると言うことだけ。うん」
「望む力!」

 リリスの言葉に過剰に反応したのはテラだった。
 彼女へと勢いよく詰め寄り、

「ならば “メテオ” を私に与えてくれるというのか!」
「うん」

 リリスはあっさり頷くと、そっと手を挙げる。
 すると、そのリリスの手の中に、石の塊が現れた。なにか、板のような石の破片にテラは見えた。

「それは・・・?」
「うん。これはメテオを封じた封印のカケラ。これを持てば、たった一度だけメテオを使う権限を得る」
「って、あっさりすぎねえか!? そんなんでいいのかよ!?」

 思わずロックが声を上げる。
 だが、リリスは悲しそうに首を横に振って。

「うん・・・でも、これは試練でもある。うん」
「試練、だと・・・? それはどういうことだ・・・?」
「その魔法は強力すぎる。年老いたテラの身体では絶えられず、魔法の発動と同時に死んでしまう・・・」
「・・・そんな!」

 青ざめたポロムが手を口に当てる。
 だが、テラは強く頷いて。

「そんなことは覚悟の上。あのゴルベーザに一矢報いることが出来るのなら・・・!」
「うん。それが、テラにとっての試練。―――テラ、さっきセシルとパロムが言った事を覚えている? うん」
「セシルと、パロムの言葉・・・?」

 言われて思い出すのは、アンデッドの大群をなんとか切り抜けた時のこと。
 力が無いと嘆き、だからこそ力が求めるテラに、「だったら諦めろ」とパロムが言い出した時のことだ。

 

 ―――自分の力じゃどうにも出来ないから諦めて、自分以上の力に頼ろうとしてるってことだろ?

 

 ―――けれど、貴方が愛した娘は、貴方が危険な力を手にしてまで仇を討って貰いたいと思っているのか―――それを、考えて欲しい。

 

「テラが手にした力は所詮、“諦め” の力に過ぎない。そして、テラの娘が望まぬ力でもある―――そのことを知りながら、それでも命と引き替えに出来るという覚悟がなければ、その魔法は発動しない。ただテラの命が失われるだけ。うん」
「・・・・・・」

 リリスの言葉にテラは押し黙る。
 石版のカケラをじっと見つめるテラは、しかしゆっくりと頷いて。

「覚悟は、もうできておる」
「テラ・・・」

 呟くテラにセシルが声を掛ける。
 が、テラはセシルに何も言わせないように手を振って。

「何も言うな、セシル。これは私の試練。私が決めた正しき覚悟だ」
「・・・・・・わかった」

 テラの願い通りにセシルは何も言わなかった。
 その傍らで、ポロムがなにか言いたげな顔をしていたが―――少女もまた、老賢者の決意になにも口を挟むことは出来なかった。

「うん・・・じゃあ、次に力を求めるのは誰? うん?」

 リリスが問いかけると、ロックが前に出る。

「・・・死んだ人間を、生き返らせるような力は・・・?」
「うん。流石にそれはできない。うん」
「・・・・・・ちっ。やっぱりな」

 半ば予想はしていたのか、ロックはあっさりと引っ込んだ。
 それでも少しだけは期待していたのか、少し落ち込んだように肩を落とす。

「うん。他は? うん」

 リリスの目がクラウドへと向けられる。
 クラウドは肩を竦めて。

「特に興味はないな―――ただ、代わりと言ってはなんだが、セフィロスの目的を知っているなら教えろ。ヤツはここで何をしていた?」
「うん。あの怖い男の子とか。うん。―――あの者は古代種を探していると言っていた。うん」
「古代種・・・? それで、アンタはなんと答えたんだ?」

 リリスはうん、と頷いて真上を指さした。
 つられてクラウドたちもその指先を追って上を見上げる―――が、そこには壁や床と同じような天井があるだけ。

「月だ。うん」
「月?」
「古代種は今、月にいる」
「月って・・・あの夜に浮かんでる2つの月?」

 ロックが呆けたように問い返すと、リリスは頷いて、

「それも、パロムとポロムが “幻の月” と呼んでいる方の月だ」

 空には2つの月がある。
 一つは普通に月と呼ばれている地球の衛星。そしてもう一つ、幻の月と呼ばれる月だ。
 月は周期毎に決まった時間、決まった空に浮かぶが、幻の月は地球の周囲を滅茶苦茶に移動する。

 伝説に寄れば、昔は普通の月が一つだけあり、いつからか幻の月が夜空に浮かび上がるようになったのだという。

「月か・・・そーいやエイトスのなんとかって国が、月まで行ったってウワサがあるけど」
「エイトスか・・・」

 クラウドがぽつりと呟くがリリスは首を横に振り。

「うん。古代種の月に行くには塔か船でなければいけない。うん」
「塔? 船?」
「・・・これ以上は私は教えられない。あとは自分で探さなきゃいけない―――と、あの銀髪の男にも伝えた。うん」

 それで話は終わり、と言わんばかりに今度は双子の方へと顔を向ける。

「うん。パロムとポロムは力を望まないか? うん」
「オイラは天才だしー。必要ないかな」
「私もいりません。・・・少し前なら、誰かさんを殺すために求めたかも知れませんが」

 ポロムはちらり、と笑いながらセシルを見やる。
 セシルはなんと反応して良い物か、困ったように苦笑い。

 と、リリスは嬉しそうに笑って。

「うん。お前達ならそういうと思ってくれた。うん。じゃあ―――」

 最後に、リリスはセシルへと顔を向けて、

「さあ、セシル。最後はお前だ」
「リリス、僕は―――むっ?」

 セシルが何か言いかけるのを、リリスは人差し指をセシルの唇に押しつけて留める。

「うん。お前ならきっとパラディンになれるはずだ。私はそう信じてる。うん」

 嬉しそうにそういうリリスのの人差し指を乱暴にならないように払い、セシルは首を横に振る。

「僕はパラディンになる気は無い!」
「へっ!?」

 セシルの言葉に、パロムが妙な声を上げる。
 他の面々も困惑してセシルの様子を伺っている。
 ただ、リリスだけが変わらず穏やかに微笑んでいた。

「ちょ、ちょっとどういうことです! せっかくパラディンになれるというのに、それを拒否するというのですか!?」

 声を上げたのはポロムだった。
 セシルは少女を振り返らずに何も答えない。
 ただ、リリスに向かって告げる。

「僕はパラディンにはならない。このままでいいんだ・・・」
「うん。・・・そうか―――でも、それはダメだ。うん」
「え・・・?」

 いきなりセシルの目の前が真っ白い光に覆われる。

「なんだ・・・っ!?」
「なんじゃ、この光は!?」

 戸惑うセシルの隣から、エニシェルの声が聞こえた。
 そのことに「え?」と思いながら、横を向くと、そこには純白のドレスに身を包んだ少女がいた。

「・・・エニシェル?」

 思わず疑問形になってしまったのは、彼女が白いドレスを着ていたせいだけではなかった。
 顔や体つきは確かにエニシェルだったが、真っ黒かった肌が新雪のような白い肌に代わり、髪の毛もセシルと同じような銀髪になっていたからだった。

「いかにも妾じゃが―――・・・なんじゃ、セシル。その格好は?」
「え?」

 エニシェルに言われ、セシルは自分の格好を見る。
 ファブールの船から海に飛び込んだ時に着ていたズボンとシャツといった軽装ではなく、上質のアンダーシャツとズボンの上に、白銀の鎧を装着している。背中にはマントを羽織り、頭には海鳥の翼をあしらえたサークレットを身に着けている。

「・・・って、なにこの格好!?」

 鎧を着ている、と言う事に気がついた瞬間、ずっしりとした鎧の重みを感じる。
 普通の鎧よりは随分と軽い。
 暗黒の武具よりは重いが、あちらのばあいは、鎧そのものの防御力よりも、ダークフォースの力の方が重要なので、限りなく軽量されているため、普通の鎧と比べられるものでもない。

「ぬおっ!? なんじゃこの格好!? というか、海で荒れた妾のお肌が元通りというか真っ白く!?」

 エニシェルも自分の姿に気がついたようだった。
 ドレスの裾を巻くって自分の素肌をじいっと見つめている。

 

 ―――うん。これでセシルは聖騎士に、そしてエニシェルは聖剣へとクラスチェンジすることができた。うん。

 

 満足そうなリリスの声がどこからか聞こえてくる。
 ふと、見回せばその場にはセシルとエニシェル以外の誰の姿もない。

「なんだ・・・いつのまに・・・テラやロックたちはどこに行ったんだ・・・? くそっ、リリス! どういうことだ!?」

 

 ―――うん。セシルは望まなくても、セシルはパラディンにならなければならない。何故なら、セシルが倒すべき敵は闇の力では敵わないから・・・

 

「僕の倒すべき敵・・・? それは、ゴルベーザのことか・・・!?」

 

 ―――ううん。違う。それよりも強大な闇。さあ、セシル。今から試練が始まる。セシルがパラディンとなるための試練が。

 

「って、もうなったんじゃないのか?」

 

 ―――それは一時的なもの。セシルの中の “闇” を切り離して、聖なる加護を与えただけ。・・・セシルはこれから自分の闇と戦って打ち勝たなければならない。そうしなければ、本当の意味でパラディンにはなれない。

 

「だから、僕はパラディンになんて―――」
「セシル、来るぞ!」
「えっ?」

 エニシェルの声で気がついた。
 目の前。
 きらきらと輝くクリスタルルームににた空間の向こう側に、2つの人影がある。

 それは、そのどちらもセシルには見覚えのあるものだった。

「僕と・・・エニシェル?」

 ひとつはファブールで身に着けていた闇の武具を装備したセシル。
 もうひとつは、黒いドレスに身を包んだ、黒髪黒肌のエニシェルだ。

 そのどちらもが、目を真っ赤に爛々と輝かせ―――まるで魔物のような殺意をむき出しにしている。

 それを見てエニシェルが「ひっ」と低い悲鳴を上げた。

「あれは・・・セシル、お前じゃ!」
「見れば解るよ・・・って、いたっ!?」

 頷くセシルのスネを、エニシェルは思いっきり蹴り飛ばした。
 足を押さえてうめくセシルに、エニシェルは怒鳴る。

「馬鹿者! お前はわかっとらん―――いいや、知らんはずじゃ。あれは、あれは・・・」

 エニシェルの脳裏に悪夢の化け物が蘇る。
 カイン=ハイウィンドも、セリス=シェールも、レオ=クリストフさえも倒すことが出来なかった闇の怪物。

「あれは・・・我を忘れ、暴走した時のセシル=ハーヴィ、貴様じゃ!」

 

 

 


INDEX

NEXT STORY