第11章「新たな力」
T.「セフィロス」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山
「うぎゃあっ」
セシルが吊り橋を駈け抜けた直後、パロムの悲鳴が辺りに響き渡る。
青年の鋭い刀に振り払われ、吹っ飛ぶところだった。まっすぐセシルめがけて。
「パロムッ!?」
「・・・きゅう」真っ正面に飛んできたパロムをなんとかキャッチする。
顔を覗き込んでみれば、斬られたショックか目を回していた―――が、身体はわずかに服の端が切れている程度で、怪我一つしていない。よくよく見ると、パロムの身体を、六角柱のを形取った光が包み込んでいた。「これは、魔法か?」
おそらくはテラが咄嗟に防護の魔法をパロムにかけたのだろう。
そうでなければ、今頃パロムの腹はパックリと開かれていたはずだ。とりあえずパロムが無事なことを確認すると、セシルは少年の身体を地面に手早く寝かせながら、顔を上げて現状を把握しようとする。
さっきまで膝をついていたクラウドは何とか体勢を立て直し、巨剣を相手に向かって真っ直ぐに構えている。テラもまたロッドを構えて口早に呪文を唱えていた。そしてロックは片手に短剣を握りしめたまま動かず、様子を見ている。
3人とも、相手の技量を肌で感じたらしく、緊迫した様子だ。そんな3人に囲まれている青年は余裕―――を表情に出しているわけではないが、長さだけならクラウドの巨剣よりも長い、刀をだらりと地面に下げて持ち、落ち着いた様子だった。美しい青年だった。
セシルと同じ銀髪だが、セシルのとは違い日光に照らされてきらりと輝く、美しく長い髪。バロンでも1、2を争う美形である、ローザやカインの金髪と同じくらいに美しい髪だ。
背も高く、ピンとたった背筋が青年の強さと美しさを同時に表しているようだった。
黒を基調としたロングコートを羽織り、その手には長大な刀を握りしめている。そして―――(クラウドと同じ瞳・・・)
魔晄の洗礼を受けた魔晄の証は、その瞳に現れるという。
ソルジャーであるクラウドと、同じ瞳をしているこの青年は間違いなく・・・「こいつがセフィロス、か・・・?」
クラウドに確認するように呟く―――が、クラウドはセシルの声など聞いていないようだった。故に答えず、代わりに、
(あ・・・動く)
クラウドの膝に力が入るのをセシルは見逃さなかった。
思った瞬間、反射的にセシルは手を伸ばす。「うをおおおっ!」
クラウドが気合いの声を上げて、銀髪の青年―――セフィロスに向かって剣を振り上げる。振り上げると同時に身体を前に倒し、前へ前へと足を踏み―――
「待てッ」
「―――!?」―――クラウドがセフィロスに踏み込もうとした瞬間、その肩をセシルの手が掴んだと思うと、そのまま後ろへと強引に引き倒される。
「ぐっ・・・」
地面に仰向けに倒れ、クラウドは忌々しそうにセシルを見上げる。
「なんのつもりだッ」
「それはこっちの台詞だ」
「なに・・・」セシルの問い返しに、怒りすら表情に浮かばせてクラウドが歯ぎしりする。そんなクラウドを放っておいて、セシルはセフィロスの様子を伺う。
青年の様子は先程と全く変わらないように見えるが、一つだけ違うところにセシルは気がついた。(刀が・・・)
さきほど見た時は、セフィロスの刀は地面に向けられていた。
そしてそれは今も変わらないが、刃の向きだけが違う。(クラウドの攻撃の気配を読んで、瞬時に刀を持ち替えたんだろうな。あのままクラウドが踏み込んでいたら、下から跳ね上がった刀にやられていたに違いない・・・)
考えながら、クラウドが起きあがる気配を察して、セシルはその肩を足で踏みつけた。
「がっ・・・なんの、つもりだッ」
クラウドの非難の声が下から聞こえてくるが、セシルは顔すら向けずにただ呟く。
「本当なら僕が肩を掴んだくらいで倒れる君じゃない。むしろ掴んだ僕を引きずってでも前に行くだろう―――でもあっさり倒れた。今だって、僕に踏みつけられて起きあがれずに居る」
言いながら見下ろせば、クラウドは腹筋に力を入れてなんとか身を起こそうとしているところだった。だが、セシルに肩を踏みつけられたまま起きあがることが出来ないで居る。
「焦りすぎだ。身体が強ばって、いつもの力の半分も出せていないんじゃないか?」
「うるさい・・・ッ、その足をどけろッ」
「言っただろ。普段の―――というか、君の巨大な剣を振り回すだけの力があれば、僕の足なんか簡単にはね除けられるって。だからまずは落ち着―――」セシルは言葉を最後まで言わなかった。いや、言えなかった。
「・・・ッ」
息を止め、あっさりとクラウドの肩から足を離すと、そのまま後ろへ一歩素早く後退。同時に身体も少し後ろにのけぞらせる、と。
ひゅんっ。
空気を引き裂く音と一緒に、セシルの目の前を銀の光が弧を描いて通り過ぎる。
「ほう・・・」
感心したような吐息が前から。
さっきから一歩も動いていないその場所で、セフィロスがセシルの方を見ている。
地面に向けられていた刀は、今はセフィロスの真横、水平になっていた。セシルの目の前を通り過ぎた銀の光は、セフィロスが刀を振るった残光だ。
「今のを避けるか―――読んでいたのか?」
「君の足だけは注意していたんでね。例え一歩も動かなくても、足の力の込め具合で身体の重心がどこにあるかは解る。重心の動きが読めれば、どういう動きをしてくるのかも見当がつく」(・・・もっとも、重心の動きが読めても、全く無関係な動きをするヤツも居るけど)
旅人の青年のことが頭に浮かぶ。
バッツ=クラウザーなら重心とはまったく無関係に、呼び動作もなにもなく―――重心の移動すらなく唐突に動く。「セフィロスッ!」
不意に、セシルの足から逃れられたクラウドが起きあがると、セフィロスに向かって飛びかかる。
今度はセシルに止めるヒマはなかった。
クラウドは巨大な剣を振り回し、それをセフィロスに向かって振り下ろすが―――「―――フン」
さっき遠目で見た時と結果は変わらず、クラウドが剣を振り下ろすよりも早く、セフィロスの刃がクラウドの身体を切り刻む。
「ぐあああああっ・・・」
身体の前から血を噴き出しながら、仰向けに倒れるクラウドを見ながら、セシルはデスブリンガーを手にして駆け出す。
「死ね・・・!」
倒れ行くクラウドに、セフィロスはその刃の切っ先を向けてトドメを刺そうとする。だが、その一撃をセシルのデスブリンガーが受け止め、反らす。
「・・・くっ」
刃を通して伝わってくる手応えに、セシルは顔をしかめた。
(クラウドの剣と同じだ・・・やたらと重い。これじゃ、まとも受け止めるのは無理だな)
「ほう・・・」
反らされた刀を、ゆっくりと手元に引き戻してセフィロスは興味深そうにセシルの方を見る。
「お前は、誰だ・・・?」
「名乗ったら見逃してくれるかな?」冗談半分本気半分にセシルはそう答える。
ああ、なんかミシディアでも似たようなやりとりをクラウドとやった気がするなあ、などとか思いながら。「見逃す? フン・・・そうだな。どうせここにはもう用はない。見逃せと言うのなら―――」
「―――見逃せるかッ! セフィロスッ、俺はお前を・・・」倒れた血まみれのクラウドがいきなり起きあがる。出血は酷いようだったが、出血自体はもう止まっているようだった。おそらく自分自身かテラか、或いはポロムが白魔法で癒したのだろうが。
セシルはセフィロスから目を離さないまま、今にもまた剣を持ってセフィロスに飛びかかりそうなクラウドの頭を蹴り飛ばす。やや強く。
「ぐあっ!?」
「君は黙ってろッ」起き上がりかけたクラウドはセシルのケリで三度地面に倒れた。セシルはさっきと同じように、クラウドの肩を踏みつけて押さえつける。
「どけ」とか「邪魔だ」とか「殺す」とか騒ぐクラウドを無視して、セシルはセフィロスに向かって自分の名前を言う。「セシルだ。セシル=ハーヴィ」
「・・・覚えておこう」
「君の名前は教えてくれないのかい?」冗談めかしてセシルが言うと、向こうは真面目に答えてきた。
「セフィロスだ」
「・・・覚えておくよ」そういうセシルの脇を、セフィロスは興味なさそうな顔をして通り過ぎていく。
クラウドを逃さないように意識しながらセシルはセフィロスの背中を見送る。セフィロスは倒れたパロムと、いつの間にかパロムの傍らにいたポロムの隣を通り過ぎるとそのまま吊り橋を渡っていった―――
******
セフィロスの姿が完全に見えなくなった頃、セシルはクラウドの身体から足をどけて、深く息を吐く。
「は〜・・・・・・」
今になって冷や汗が出てくる。
それほど、あのセフィロスというソルジャーは強かった、と今更セシルは実感する。「死ぬかと思った・・・」
「なら今死ぬか・・・?」今までセシルに押さえつけられていたクラウドが起き上がり、セシルの胸ぐらを掴む。その表情は烈火の如く赤くなって怒りを表している。セシルはそれを冷めた目で眺め、
「・・・随分と怒ってるね」
「当たり前だ! 俺は、俺はニブルヘイムのあの時からずっとあいつを追ってきた! それをお前が・・・」
「君じゃあれには勝てないよ―――事実、勝てなかった」クラウドの剣はセフィロスには届かず、そしてセフィロスの刀は容赦なくクラウドの身体を切り刻んだ。
普通の人間なら致命傷だが、魔晄の力で強化されたソルジャーの肉体のお陰で、致命傷どころか意識すら失わずに済んでいる。もっとも、随分と血が抜けたせいで力は入らず、セシルの胸ぐらを掴んでいる手は、簡単に振り払えそうだった。だが、セシルは振り払わずに冷淡にクラウドへ告げる。
「君と、あのセフィロスとの間になにがあったのか、僕は知らないし知る気もない。正直、君が殺されようとどうでも良いことだ。君1人が殺されるのならね。だけど、あの時、君を助ける為にテラは魔法を唱え、ロックもナイフを抜いて構えていた。パロムだって斬り飛ばされて、魔法が間に合わなければ死んでいた。あのままセフィロスが退いてくれなければ、君だけじゃなく他の皆も殺されていただろう。君1人の為に、他の皆も死ぬところだった」
「・・・く」セシルに言われ、クラウドはセシルから手を離す。そしてすぐに頭を激しく振って、
「俺は助けてくれと頼んだ覚えはない!」
「そうだね」あっさりとセシルは頷いて―――笑う。
「だから僕は君を助けず、君の邪魔をした。なにか文句はあるかい?」
「くっ、この・・・」クラウドは何も言い返せず、拳を握ってセシルに向かって振りかぶる。
―――だが、そこまでだった。「・・・・・・うっ・・・」
不意にクラウドの握っていた拳がゆるみ、がくりと両膝をつくと、そのまま地面に倒れる。
「力尽きたか・・・」
テラがクラウドの傍にかがみ込んで、様子を伺う。心配そうにポロムが、
「クラウド様は・・・大丈夫ですか?」
「うむ。血を出し過ぎただけじゃ。安静にしておればそのうち目を覚ますじゃろう」
「・・・よかった」ほっとしたようにポロムが胸をなで下ろす。
それから、セシルに向かって少し顔を強ばらせ、「セシルさん・・・その、クラウド様を助けて頂いて―――」
「礼ならいらないよ。君が言うべき事じゃないし、僕はただ、自分が死にたくないからコイツの邪魔をして命乞いをしただけなんだから」
「・・・・・・」言われてポロムは礼の言葉を引っ込める。
代わりにロックが笑いながらセシルの背中をばんっ、と軽く叩いた。「謙遜するなよ。お前のお陰で助かったんだぜ? 俺、今度ばかりはダメかと思ってたしな」
彼は自分のこめかみを親指でこつんこつんとつついて、
「いや俺さ、自分に降りかかる危険って言うのはだいたい解るんだよ。なんか危険が近づくとこの辺りがピーン、と来てさ。で、今回の相手はかなりヤバいって見た瞬間に解ってさ・・・」
手にしたナイフを羽織っているベストの裏側の隠しポケットに終いながら苦笑する。
「反射的にナイフを持ったはいいけど、そっから動けなかった。怖くて。動いたら死ぬような気がしてな」
「正解だよ。ソルジャーでもない君がヘタにちょっかいだして返り討ちにあっていたら即死だった」倒れたクラウドの腹の傷を見ながら、セシルは渋い顔で呟く。ロックもつられてそれを見て「うげえ」と顔を歪めた―――