第11章「新たな力」
R.「双子の試練」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山

 

 アンデッドの集団の中に、魔道士の亡霊は五体いた。壮年の魔道士の亡霊達だ。
 それらは、かつてセシルが赤い翼の隊長としてミシディアへ攻め込んだ時、セシルが斬り捨てた魔道士達だった。

「お父様に・・・カイエおじさま・・・フラメントさん―――クローウさんに、ピート様まで!」

 ポロムが悲痛な声で魔道士達の名前を呼ぶ。
 その隣のパロムも泣きそうな、怒りそうな、そんな渋い表情を浮かべていた。

「・・・くそっ」

 そんな2人の様子に、セシルは奥歯を強く噛む。

(・・・これが試練だというのなら―――なんて無慈悲な・・・!)

 アンデッドに成り下がったとはいえ、この魔道士達を倒すという事は、幼い双子達にもう一度親しい父や知人の殺すところを見せなければ成らないという事だ。

 それが、どれだけ辛く悲しい事か―――

(・・・解っていたからこそ、リリスは僕たちを止めようとした。もしかしたら僕を殺そうとしたのも、あそこで殺してしまえばパロムたちが山を登る理由が無くなったからかもしれない。けれど)

 リリスの思惑がどうであれ、試練は始まってしまった。
 あとは乗り越えられるか、それともここで力尽きるかのどちらかしかない。

「やるしかない、か」
「やめて!」

 セシルの呟きに反応して、ポロムが叫ぶ。
 泣きそうな顔で、懇願するかのようにセシルを見上げ、

「お願い、止めてください! お父様達を殺さないで!」
「・・・・・・」

 セシルはそれには応えず、アンデッド達へと向き直る。
 と、スケルトンが一体、錆びたロングソードを振り回して襲いかかってきた。

「GAAAAAAAAッ!」
「―――遅いんだよッ」

 スケルトンが剣を振り下ろすよりも先に、セシルはデスブリンガーを横凪ぎに勢いよくスケルトン腰骨に叩き付ける!
 ミキィッ、と骨にヒビが入る音がして、骨だけのスケルトンの身体がバラバラに崩れ去る―――が、すぐさま骨が浮き上がり、再生しようとする。

「させるかっ!」

 起き上がりかけたスケルトンの頭部を、セシルは真っ向からたたき割った。
 骨の砕ける鈍い破砕音が響き、頭部が粉々に砕け散る。それでスケルトンは力尽きたようで、骨は再びバラバラと地面に散らばり、もう動き出す気配はなくなった。

「クラウド様! やめてぇえええええっ!」

 ポロムの悲痛な叫び。
 見れば、クラウドが魔道士の亡霊の一体に斬りかかるところだった。

「・・・!」

 ポロムの叫びにクラウドの動きが一瞬止まる。
 そこを逃さずに、クラウドと相対していた魔道士が手をかざし、叫ぶ。

「『ファイア』!」
「ぐっ・・・!」

 動きを止めてしまったクラウドを、魔力の炎が包み込む。
 だが間髪入れずにそこへ、

「ブリザド!」

 さらに冷気の魔法がクラウドと炎を包み込み、炎と氷は互いを打ち消し合って消える。

「今の魔法は・・・」

 テラではない。
 テラは他のアンデッドを相手にするので精一杯だった。もちろんクラウド自身でもない。

 セシルが後ろを振り返る。

「・・・・・・」

 見れば、パロムが自分の子供用のロッドを握りしめ、それをクラウドへ向けて突き出していた。

 セシルは舌打ちして、

「パロム! 君たちは下がって―――」
「いやだッ!」

 セシルの言葉を、パロムは全力で否定する。

「オイラだって魔法が使える。戦える!」
「でも、君たちはまだ子供で―――」
「子供でも戦えるッ!」

 叫び、続いて魔法を唱える。

“オイラが欲しいのは全てを焼き尽くす紅蓮の炎! 魔力よ、転じて火炎と成れ―――”

 パロムの叫びに応え、少年が手にするロッドの先につけられた宝玉が赤く光る。

「『ファイラ』ぁっ!」

 ごうううううううううううんッ!

 セシル達の周囲を、先程魔道士が放った炎とは比べものにならない熱量の火炎が暴れ回る。
 その炎は、固まっていたセシル達へ歩を進めていたアンデッド達を一瞬で焼き尽くす!

 ―――ほう。子供の分際で、中級の魔法を使いこなすとはやるもんじゃのう。

 デスブリンガーがそんな暢気な感想を漏らすのを聞きながら、セシルはパロムをはっとしてみる。

「パロム!」
「へっ、どうだよ・・・オイラだって出来るんだ・・・」

 セシルが見れば、パロムは疲れ切った表情でその場にへたり込んでいた。

 ―――・・・私達はまだ子供だからMPが低いのです。だから、なにかあったときのために、なるべく魔法は温存しなければならないのです。

 セシルの脳裏に、さっきのポロムの言葉が蘇る。
 子供だから、大きな魔法を多くは使えないと。
 それはつまり、大きな魔法を使ってしまえば、すぐに力尽きてしまうという事。

「頼むから無理をしないでくれ!」

 半ば本気で怒り、セシルが怒鳴る。
 その剣幕に、ポロムはびくりと驚いたが、パロムはじっと真っ直ぐにセシルを見返す。

「それは・・・オイラたちが子供だからか・・・?」
「・・・そうだ」

 パロムの言葉にセシルは頷く。
 子供だから、大人である自分が守らなければならない―――リディアを助けようと思った時と同じ感情。そして、さらにパロムたちには父親を殺してしまったという負い目がある。し、なによりも。

(彼女に頼まれたんだ。自分の良き者を頼む、と)

 だが、パロムは気にくわないように鋭く睨み返す。
 あからさまに憎しみをぶつけてきたポロムと違い、ずっと子供っぽく笑っていたパロムが怒りの表情をセシルに向けたのは初めてだった。
 だから、セシルはそんなパロムに気圧される。

「オイラが子供だから戦っちゃいけないって―――父ちゃんもそう言って、オイラ達を家に閉じこめて戦いに行った! そして殺された! でも、父ちゃんが殺されたのにオイラはなにも出来なかった! 戦っちゃいけなかったから・・・子供だったから、戦っちゃいけなかったからッ!」

 今の魔法で、殆ど力尽きているはずなのに、その瞳は力強い。
 その瞳を見て、セシルは初めて自分の過ちに気がついた。

(心配しなければならないほど弱くはない―――か)

 リリスの言った言葉が思い出される。
 彼女はそう言って、それでも心配だから頼む、と言った。

(頼む、とそう言ったのはきっと守って欲しいという意味じゃなかったのかもしれない)

 少なくとも、パロムは守られる事を望んでいない。

「・・・解ったよ。パロム。・・・でも、少し休んでてくれ。そんな状態じゃ戦えないだろ?」

 セシルに指摘され、パロムは渋い顔を浮かべた。
 パロム自身、さっきの魔法で殆ど力を使い切っていたことは理解していた。だから素直に頷く。

「わあったよ・・・でもすぐに回復するからちょっと待ってろ!」

 パロムの精一杯の強がりに、セシルは笑って頷く。
 それから剣を握りしめ、それまで黙っていたポロムを見つめ、

「・・・僕は、もう一度君たちの父親を殺す」
「!」
「許してくれとは言わない―――許されることだとは思えないから。憎みたいなら、幾らでも憎んでくれればいい」
「あなたは・・・」

 青ざめた顔でポロムは何かを言いかけて・・・しかしその言葉は続かなかった。
 だからセシルはその言葉の続きを待たずに、剣を握りしめ、アンデッドの集団へと向き直り―――駆けだした。

 

 

******

 

 

「パロム・・・」

「なんだよ?」

「どうしてあの人は、あんなことを言うの?」

「あんなこと?」

「わざわざ私に、お父様を殺すって。憎んでくれても構わないって」

「そんなこと・・・あのにーちゃんに聞いてくれよ」

「パロム、あの人は悪人よね? 私達にとって悪い人よね?」

「・・・・・・」

「だってあの人は、私達のミシディアに攻め込んできたわ。そして私達のお父様を殺して―――また殺そうとしている」

「そうだな。オイラたちにとって、悪いヤツかもしれない。でも・・・」

「でも・・・?」

「でも、イイヤツかもしれない。少なくともリリスねーちゃんにとってはイイヤツだったし」

「・・・リリス様は、なんで私達のお父様を殺したあの男を好きになってしまったのかしら?」

「一目惚れって言ってたなー。ま、好きになっちゃったんだから好きになっちゃったんだろ」

「あの時のリリス様・・・リリス様が私達の事を初めて “良き者” と言ってくださった時と同じくらいに嬉しそうな顔をしていたわね」

「うん。きっと、ねーちゃんはオイラ達と同じくらいにあのにーちゃんが好きになっちまったんだな。うん」

「リリス様の真似は止めて。・・・でも、別れ際。あの人の事を抱きしめながら、リリス様はとても悲しそうな顔をしていたわ。あんな悲しそうなリリス様、私は見た事がない・・・」

「そうなん? オイラは見てないから分かんない」

「悲しそうな顔してたの! ・・・ほら、やっぱりあの人は悪人じゃない。リリス様を悲しませた、リリス様にとっても悪人」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「・・・・・・な、なにかいいなさいよ、パロム!」

「うっさいなあ。つか、ポロム、さっきから何が言いたいんだよ!?」

「だから、あの、ええと、あの人・・・あのセシルって私達やリリス様にとっての悪人を、あなたは・・・・・・パロムは許せると思うの?」

「・・・さあ? よくわかんねえ」

「無責任な答! なによ、それ!」

「だってわかんねえんだもん。あのにーちゃんは確かに父ちゃんを殺したけどさ。でも、そのことを悔やんでる。許されない事だって思ってくれてる。とても辛いと感じてくれてる」

「だったら殺さなければ良かったのよ! そうすればお父様は殺されなくて済んだ! あの人だって苦しまなくて済んだ! 私達だって―――私だって、こんな想いはしなくて済んだのに・・・!」

「そーかもな。でさ、結局ポロムはどうなんだよ?」

「え?」

「お前はあのにーちゃんのことを許せるのか? 許せないのか?」

「許せないわ。ええ、絶対に許せない。だって―――」

「だって?」

「―――だって、あの人はまだ・・・・・・・・・」

 

 

******

 

 

 数が多い。
 その上、相手はアンデッドだ。ただ斬るだけでは、簡単には倒れてくれない。

「アンデッドじゃなければ・・・!」

 セシルが歯がみする。
 普通の魔物が相手ならば、デスブリンガーのダークフォースで一掃する事も可能だが、相手がそのダークフォースで動いているアンデッドに使っても、逆効果だ。

 ダークフォースを封じられたセシルは、ダークフォースの抑えられたデスブリンガーで、ひたすらアンデッド達を切り刻むことしかできない。

 しかも、セシルの背後には双子の魔道士が居る。
 自分の後ろに敵を侵入させないように戦わなければならないという制約がある。

「あああああっ、くそったれぇっ! ついてくるんじゃなかったー!」

 などと悲鳴を上げてロックがアンデッドの攻撃をひょいひょいっとかわしている。
 自分からは攻撃しないが、素早い身のこなしで戦場を逃げ回り、結果としてアンデッドたちを引きつけている。

「『ケアルラ』!」

 そんなロックを追いかけるアンデッド達を確実に白魔法で仕留めているのはテラだった。
 生きている人間には怪我を治癒する白魔法も、不死体であるアンデッドにとっては身を滅ぼす攻撃魔法だ。味方の中でもっとも効果的な攻撃をしているのがテラだった。

「・・・・・・ッ」

 そんなテラをクラウドが身の丈ほどもある巨剣を振り回して守っている。
 上手い具合に連携をとってはいる、が。

(なんにせよ数が多い! なんだってこんな―――!)

 ゾンビの緩慢な突進を、低く身をかがめて足首を切る事で転倒させてやり過ごしたあと、非難するようにセシルはクラウドに向かって叫んだ。

「どーしていきなりアンデッドの大群に囲まれてたんだよ!」

 その問いに、クラウドがぶっきらぼうに叫んで答える、

「知らんッ! 気がついたら囲まれてたッ!」
「気がついたらって・・・くっ」

 所々肉がこそげ落ちた、半分ゾンビ半分スケルトンのような中途半端なアンデッドが、折れたロングソードを横凪ぎに振ってくる。
 セシルはそれを剣を盾にして滑らせ、受け流し、相手の剣が通り過ぎた次の瞬間、身を捻ってがら空きの腹部に―――肋骨と背骨がむき出しになった場所を狙って、巻き打ちを放つ。耳の奥に響くような野太い悲鳴を上げて、中途半端なアンデッドはその場に崩れ落ちる。

(まさか、これが試練だっていうわけじゃないだろうな!)

 崩れ落ちながらも蠢いている中途半端なアンデッドの頭部から地面にめがけて串刺しにトドメを差したあと、ちらりと背後を見やる。

 双子は戦場の中心から少し離れた場所で、こちらを眺め、なにやら言い合っているようだった。

(・・・あの双子にとっては確かに試練かも知れないけれど・・・)

 視線を戦場へ戻す。
 アンデッドたちの集団。その中心に魔道士達の亡霊がおり、時折、アンデッドの支援として攻撃魔法を放ってくる。
 幸い、その狙いは殆どクラウドたちに向けられ、クラウドの魔晄の力や、テラの対抗魔法でなんとか凌いでいる。

(あの魔道士達は僕が殺さなければならない・・・!)

 自分以外の誰かが殺す―――滅ぼしてしまえば、双子・・・というかポロムは、またセシル以外の誰かを憎まなければならなくなる。
 それだけはなんとしても避けたかった。

(恨まれ、憎まれるのは僕だけでいい・・・!)

 とはいえ、このままでは他のアンデッドたちに阻まれて魔道士達のところまで辿り着くことができない。
 強行突破してしまえば、自分の後ろに居る双子達に危険が及ぶ。

(くそっ、何とかならないか、デスブリンガー!)

 ―――どうにもならんということは貴様とて解っておるじゃろうが! 妾にも出来る事と出来ぬことがある。

(なら、せめてエニシェルになって、敵を引きつけるとか!)

 ―――エニシェル・・・そ、そんなことできるかー!

(なんでっ!? ・・・そーいや君、ずっと剣のままだね。どうして?)

 ―――そ、それはじゃな。人形が汚れて・・・い、いやなんでもないっ! とにかく乙女の秘密で駄目なんじゃー!

(乙女の秘密ー!?)

 訳のわからない事を喚くデスブリンガーに困惑しつつ、セシルは迫り来るアンデッドに剣を降り続ける。
 と。

「おい、セシル=ハーヴィ! 一瞬だけでいい、こいつらの動きを引き付けられないか?」

 不意にクラウドがそんなことを叫んでくる。

(何をする気だ―――?)

 と、思ったが口には出さずに頷く。
 問うよりもまずは動く事だと、判断して、

 ―――無謀じゃな。何をするかも解らぬのに―――もしかするとあの男、貴様を囮にして逃げるつもりかもしれんぞ?

(それならそれでいいさ。どうしようもなくなったら退くというのも手だろ)

 いざとなったらここに来た時と同じように、白魔法で逃げればいい。

 ―――しかし転移魔法を使えるあの少女は貴様を憎んでいただろうが。貴様一人、見捨てられるかもしれんぞ。

(それならそれでいいさ―――それよりも! デスブリンガー、ダークフォースを少しだけ解放するぞ!)

 ―――解っておる。

 と、デスブリンガーが答えた瞬間、剣の中から力が涌き出るのをセシルは感じた。
 強大な闇の力。その一端を、セシルは意志の力で捉え、それを―――

「いけえっ!」

 ―――放つ!

 

 デスブリンガー

 

 セシルの持つ暗黒剣から放たれた、不可視の波動が戦場を駆けめぐる。
 ダークフォースを身に宿したアンデッド達は、なにも例外なく動きを止め、その波動の元へと顔を向ける。顔を向けていたアンデッドは、その先に暗黒剣を構えたセシルの姿を見つけると、身体の向きを変え。

 ―――ふむ、来るぞ。

 一斉に。

「流石に少し圧倒されるかな」

 まるで撒き餌に群がる魚のように向かってくる!

(・・・さて、どうする、ソルジャー!)

 地響きを立てて向かってくる、その場の全てのアンデッドを前にして、セシルは怖じ気づくことなく楽しそうに笑っていた。
 本当に、心から楽しんでいた。
 このアンデッドの群れを、あのソルジャーは一体どうしてくれるのか、と。

「気を引けとは言ったが、やりすぎだ!」

 クラウドが叫び、そして次の瞬間にはその身体が金色の光に包まれる!

 

 リミットブレイク

 

 自分の体内に宿る魔晄の力を全解放。
 限界以上の力を己の剣の切っ先に宿し、それを一気に解き放つ!

「大気の中に・・・竜の姿を見ろ!」

 

 画竜点睛

 

  突如生まれた突風が、アンデッド達を軽々と吹き飛ばしていく!

「すげ・・・」

 ロックがぽかんと呟く。
 それほどクラウドの必殺技は豪快で、凄まじいものがあった。
 何十体もいたアンデッドの殆どが、その一撃で空の彼方へと吹き飛んでいってしまったのだから。

「・・・予想以上だな」

 セシルもロックと似たり寄ったりの表情を浮かべていた。が、すぐに表情を引き締める。

「あとは・・・」

 セシルの視線の先。
 殆どのアンデッドが吹き飛ばされた中、魔道士の亡霊達は健在だった。

「まあ、亡霊であるし、風に吹かれたところでなびく事もないだろうのう」

 テラが暢気にそんなことを呟くが、セシルにとってそれは有り難かった。

(あの魔道士達は、僕が―――)

「『ホールド』!」
「え・・・? うわっ!?」

 いきなり全身が動かなくなり、セシルはその場に転倒する。
 なんだ、と思うとセシルの前に2つの小さな足音が並んだ。
 身体が動かない為、顔を上げる事も出来ず、それが誰だか見る事は出来なかったが―――それでも誰かはセシルに解った。

「パロム、ポロム!?」
「へへっ、天才魔道士パロム様! チャージ完了だぜぃ!」
「・・・あなたの身体は封じました。そのまま大人しくしていてください」

 いつもの通りにはしゃぐパロムと、つんと済ましたポロムの声。

「どういう・・・つもりだ!?」
「あなたは私達の大切なお父様をもう一度殺すと言いました―――けれど、そんなことは許せません」

 一瞬、この場で仇をとるつもりなのかとセシルは思った―――ポロムのある種の決意がこもった声に、そうでないことに気がつく。

「まさか君たちが―――ダメだ! 自分の親を殺すなんて、それこそ許されることじゃない! それは僕の役目だ!」
「・・・そして、私はまた貴方を憎まなければならないんですか?」
「・・・・・・!」

 ポロムの言葉に、セシルは返答に詰まった。
 セシルが何も言えないで居ると、パロムがさらに言う、

「憎むのって、結構疲れるんだとおもうぜ。じーちゃんやポロムを見てるとよく解る。オイラ疲れるのイヤだし」

 ケケケ、と笑う。
 そんなパロムの頭を、ポロムがぽかりと叩く。

「だけど・・・やっぱりダメだぁっ!」

 気合いを込めて、セシルはポロムの魔法に抵抗し、打ち勝つとそのまま勢いよく立ち上がる―――その瞬間。

「『グラビデ』」
「ぐわっ!?」

 いきなり身体が重くなって、セシルは地面に強制的に抑え込まれる。

「テ、テラ・・・?」
「重力魔法じゃ。しばらくそこで大人しく見とれ」

 白髪の老人はそう言ってふぉっふぉっふぉと笑う。
 先程とは違い、自分の頭を持ち上げて前を見る事は出来たが、それが精一杯だった。

「あ、ポロムポロム。にーちゃんがお前のパンツを下から覗き込んでるぞ」
「えっ!? きゃああっ!」
「うわっ、ごめん、そんなつもりじゃ―――って、そんなわけあるかあっ!」

 セシルが怒声をあげる、が、そんなセシルにポロムは自分の手に収まるくらいの小さな石を拾い上げると、セシルの方へと向かって軽く放り投げる。セシルに向かって放られた石は、セシルに近づくと重力魔法に引っ張られ、すごい勢いでセシルの頭に落下した。

「ぐあっ!? ちょ、ちょっと待って。本当にパンツなんて見てない・・・」
「パンツは関係在りません! ・・・どうでもいいことで謝るからですわ!」

 セシルの泣き言に、ポロムは顔を真っ赤にして怒る。

「貴方は、どーでもよいことには簡単に謝るのに、肝心な―――まず初めに謝らなければ行けない事を謝らないんですから!」
「それは―――」

 ポロムがなんのことを言っているのかは解る、がセシルには何も言えない。
 そんなセシルにさっさと背を向けて、ポロムはぽつりと呟いた。

「・・・許し難い事だからこそ、謝られなければ許す事ができないんですよ・・・・・・」

 

 

******

 

 

 セシルとポロムのやりとりの間だ、魔道士の亡霊たちは、何故かぴくりとも動かなかった。
 だが、ポロムがセシルに背を向けて、亡霊達に向き直るとゆっくりと動き出す。

「随分と親切な亡霊だな」
「誰もが優しい人たちでしたわ。誰もよく遊んでくれて―――特にピート様は会うたびに私を『いつも可愛いね』って頭を撫でて頂いて、あめ玉までくださって・・・」
「・・・オイラは怒られて殴られたことしか覚えてないけどなっ」
「それはパロムがいっつも悪戯ばっかりするからですわ」

 不機嫌そうなパロムに、ポロムがふふふっ、と笑う。
 と、パロムは真剣な顔になって。

「大丈夫か、パロム。ツラいんだったらオイラ一人で・・・」
「貴方一人ではお父様たちの足下にも及ばないでしょう。もちろん私一人でも同じこと。でも」
「・・・わあってるよ、言ってみただけ。じゃあ」
「ええ、始めましょう―――そしてこれで終わりにします。私の憎しみは!」

 双子は互いに顔を向け合って頷き会うと、再び亡霊達に顔を向けて。

 ぱあん、と視線を亡霊達に向けたまま、互いの片手と片手を勢いよく合わせた。

「いくぜっ! オイラとポロムの必殺技」
「双子に生まれた私達にしか成すことの出来ない秘術をお見せします!」

 2人は宣言し、魔法の詠唱を開始する!

 

“いにしえに在りし破壊の竜―――”

 

“―――いにしえに在りし嘆きの神”

 

“全てを砕くは白き閃光―――”

 

“―――全てを滅すは赤き灼熱”

 

“過去より今に―――”

 

“―――今より過去に”

 

“その破壊を呼び起こせ―――!”

 

“―――その嘆きを呼び覚ませ!”

 

 そして、呪文は完結する!

 

「「『プチフレア』!」」

 

 

******

 

 

 ずごごごごごごごごごごごごごごごっ!

 双子の魔法が完成した瞬間、五体の亡霊を小さな爆発が呑み込んだ。

 それも単発ではない。
 無数の小爆発に、亡霊達は苦悶の表情を浮かべ―――しかし、抗うことも出来ずに滅びていく。
 その様子を、ポロムは泣きそうな表情で、パロムも亡霊達と同じような苦悶の表情で、しかし決して目を反らさずにじっと見つめていた。

「さよなら・・・お父様・・・」

 ポロムがぽつりと呟く。
 その呟きを耳にして、パロムは合わせていたポロムの手を優しく握りしめた。ポロムも、ぎゅっとややつよくパロムの手を握り返す。

 次々と亡霊たちが爆発に呑まれ、消え去り、滅びていく。
 やがて最後の一体―――パロムとポロムの父親の亡霊だけが残り、それもあと少しで消え去ろうとしたその瞬間。

「ポロム、危ないッ!」

 危機を孕んだセシルの声!
 同時に、魔道士の亡霊が爆発の渦の中から魔道士が飛び出す。魔道士はポロムに飛びかかり、その身体を強く突き飛ばした!

「え・・・っ!?」

 唐突な出来事に、ポロムはその場に尻餅をつく。その頭上を、折れた剣が通り過ぎた。

「って、まだいたのかよ!」

 パロムが悲鳴を上げる。
 見れば、ポロムが尻餅をついた背後に、さっきセシルが倒したはずの中途半端なアンデッドが立っていた。

(殺し切れてなかったかッ!?)

「うおおおおおおっ!」

 アンデッドが尻餅をついたポロムに再び剣を振るう―――前に、セシルが魔法に抗って起きあがり、アンデッドの背後から剣を突き刺す。デスブリンガーは腐肉に覆われた心臓を正確に貫いたが、そもそもアンデッドなのでそれは急所になりえない。アンデッドは平然と首を真後ろに回してセシルを見やり、カカカ、と笑う。が。

 ―――うざいわ。『ファイア』。

 いきなりデスブリンガーが発火して、アンデッドと一緒に燃え始める。

「うわっ、熱ッ!」

 セシルが慌てて剣を引き抜くと、剣の炎はあっさりと消えた。
 が、アンデッドの方は燃え続け、しばらくすると灰になって滅びる。

「・・・というか、使えたんだ、魔法」

 セシルが思わず声に出してデスブリンガーに尋ねる。

 ―――うむ。まあ、乙女の嗜みというヤツじゃな。

(・・・どんな嗜みだよ。というか、使えるならさっさと使ってくれ)

 ―――ほれ昔から言うじゃろう。能あるタカは爪を隠すとか。

(君はタカじゃなくて剣だろ剣!)

「・・・お父様・・・」

 セシルが脱力気分でデスブリンガーにつっこんでいるそのすぐ傍で、ポロムは起きあがると、今にも消えそうな魔道士の亡霊を伺うように下目づかいに見上げた。

「助けて、くれたんですよね・・・?」
「・・・・・・」

 魔道士の亡霊はなにも答えない。
 ただ、静かに薄く消えゆくだけ。

 消える寸前、魔道士はセシルの方を見る。
 その瞳には憎しみの様子はなく、ただ、静かに見つめているだけで―――・・・

 結局、魔道士の亡霊は自分の子供たちにはなにも告げることもなく、静かに消え去っていった―――

 

 


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