第11章「新たな力」
Q.「抱擁」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山
「大丈夫ですか、リリス様!」
「うん、ポロムの回復魔法のお陰で大丈夫。うん」心配そうなポロムに、まだ軽く頭を抑えているリリスが笑顔で答える。
そんなリリスの様子に、少し安堵してからポロムは、なるべくリリスの方―――というか裸を見ないようにそっぽ向いているセシルを睨付けた。ちなみに鼻血はすでに手の甲で拭い去っている。「もう! 貴方が当たらないからッ!」
「そっちがノーコンだったってだけじゃないか・・・」ポロムの言葉に、セシルは思わずぼそりと反論。
反論されて、しかし何も言い返せないのかポロムは唇を噛んだだけで何も言わない。―――セシルがリリスに抱擁され、鼻血を吹いた直後、ポロムが怒りのあまりに投げた杖は、しかしセシルには当たらずにリリスの後頭部に直撃した。
その一撃で、リリスは頭を打突された頭を抑え、セシルはその隙に極楽のような抱擁から逃げ出す事が出来たので、セシルにとっても、セシルとリリスがくっついているのが嫌なポロムにとっても万々歳だったが。
「本当に、リリス様ごめんなさい・・・」
「うん、大丈夫。ポロムは私にとって良き友だ。うん」
「リリス様・・・」じーん、と感動したようにポロムは瞳を潤ませる。
しかしすぐに真面目な顔になって、「それにしてもリリス様も趣味が悪いですわ! クラウド様だったらともかく、こーんな暗黒騎士なんかに懸想するだなんて」
「けそうってなんだよ?」
「・・・惚れた、という意味です」
「なら最初からそういえよ。ポロムって時々ワケの分かんない事言うから困っちゃうぜ」
「貴方が不勉強なだけでしょ、パロム!」
「なんだとーッ。大天才のオイラに勉強なんていらないんだよ!」
「全く、貴方はいつもそうやって・・・」などと、リリスに男の趣味について説教しかけていたポロムは、いつの間にかパロムと口ゲンカを始めている。
(忙しい子供だなあ)
そんな様子にセシルは思わず苦笑。
セシルを憎んだり、リリスを慕ったり、パロムとケンカしたり・・・ポロムという少女はなんとも忙しい子供だとセシルは思い、それからふと気がつく。
「あれ・・・そう言えば他のみんなは?」
と、リリスに尋ねる。
先程から姿が見えないとは思っていたが、それを聞くどころの話じゃなかったので聞くに聞けなかったのだが。「うん? 他の人たちなら先に行ったな。うん、確か金髪の尖った髪の毛をしたヤツがセフィロスがどうとかいって、うん」
「金髪の・・・クラウドか」セフィロスという名前には聞き覚えがあった。
確か、セブンスのソルジャーで最強と呼ばれた男の名前だ。
そう言えば、試練の山の入り口で銀髪の男の話を聞いた時にもクラウドが同じ名前を呟いていたのを思い出す。(どういう因縁があるのかは知らないけど・・・まあ、あの時の雰囲気からして友達が見つかった、って話じゃ無さそうだな)
「うん、行くのか? うん」
「まあね。僕はそのために来たんだし―――というかそれにしても、僕は本当におまけだったんだなあ」苦笑する。
テラもクラウドもセシルがパラディンになるかならないかなど興味はないようだった。
ロックもテラとクラウドについて行った事は意外だったが、そう言えば彼はトレジャーハンターだと名乗っていた。こういう異境を探索するのは心躍るものなのかもしれない。この試練の山に入ってからも、興味深そうに周囲を観察したり、ポロムと色々と話し込んでいた。パロムとポロムがセシルと一緒にここに留まったのは、双子の役割がセシルの監視だからだろう。
などと考えていると、リリスが神妙な面持ちでセシルに、
「うん・・・頼みがあるんだ。うん」
「頼み? なんの?」
「うん・・・・・・パロムとポロムは連れて行かないで欲しい。うん」
「それは、どうして?」
「うん、どうしても、だ。うん」理由を話す気はないようだった。
だが、しかしセシルは困った顔をして。「僕が彼らについてくるな、と言う権利はないよ。むしろ僕は半分強制されてここに来たようなものだからね」
「うん・・・でも、このまま進むと、パロムとポロムに良くない事が起きる。だから―――」
「それは、銀髪の―――セフィロスという男に関する事かい?」
「ううん・・・いや、違う。でも、パロムとポロムにとって、それはとても辛い事で―――そしてお前にとっても試練となる事。だから出来ればお前も含めてここで引き返して欲しいと私は思っている。うん」先程、セシルのことを後悔しないように良く知っておきたいと懇願していた時の真摯な瞳。
思わず頷きそうになるが、(どうも、弱いな・・・)
彼女は魔物だが、とても真摯で優しい人だった。
もし、状況が状況ならば彼女の言葉に従ってしまったかもしれない。が。「それは、できない」
セシルは少しだけ躊躇ってからきっぱりと否定した。
「僕はミシディアで罪を犯した。その罪のために僕はここに居る」
正直、まだ “パラディン” に成ってどうのこうのという意識はない。
自分がした事は―――罪の無い魔道士の命を奪ってしまったことは、取り返しがつかず、許されざる事だとセシルは思っている。
何かの称号を得ただけで許されるとは―――例え、ミシディアの人々が許したとしても、セシル自身、自分を許す事など出来はしない。だというのに、セシルがここまできたのは、
(・・・それでも、許されたいと思っているから・・・か)
許されない事でも、それでも許して貰えるのなら。
自分で自分を許せなくても、自分の罪で苦しみ悲しんだ人々が許してくれるのなら。「・・・試練が待ち受けているというのなら、それは僕にとっての罰でもある。だから行かなければならない」
「―――そしてオイラたちはその見届け人だからなー。にーちゃんが行くって言うならオイラたちも行かなきゃさ」セシルの言葉に続けるようにして、パロムが言う。
見れば、いつの間にか双子は口喧嘩を止めて、2人並んでこちらを見ていた。「・・・そうですわね。そのセフィロスさんを追いかけていったクラウド様たちも心配ですし―――全く、誰かさんが鼻血を吹いて気絶なんてしなければ、クラウド様について行けたのに・・・」
「いや、ごめん」もの凄く気まずい気分でセシルが謝る。
と、ポロムは何故か顔を真っ赤にして怒って。「そんな事で謝らないでください!」
「え?」セシルがいきなり怒られた意味がわからずにきょとんとする、とポロムはセシルの疑問には答えずに顔を背け、ぼそっと、何かを呟いたが、セシルには聞こえなかった。
「うん、じゃあ、三人とも行くのか、うん?」
悲しそうなリリスに、セシルは申し訳ない気分になりながらも頷く。
「・・・うん、そうか、本当なら力づくでも止めたいと思うけど・・・うん」
「できればそれは勘弁して欲しいかな」困ったようにセシルが苦笑すると、リリスも苦笑して、
「うん・・・私もお前達と戦いたくない。だから、信じようと思う。お前達の強さを。試練に打ち克つ強さを―――うん」
******
リリスの住処を出て、岩で出来た山道を進む。
「・・・うん、ここまでだ、うん」
大分登ったところで、リリスが立ち止まった。
空を見上げれば、日はすでに真上に来ていた。
朝早くに出て、セシルが気絶した時間を考えてもかなり登ってきた事になる。
セシルはまだまだ余裕はあるが、見れば、パロムもポロムもかなり疲れ切っていた。「そうだね、そろそろ休憩に―――」
「ううん、いや、そう言う意味じゃないんだ。うん」セシルが立ち止まって言うと、リリスが首を横に振る。
その足下で双子が息を切らせて座り込んだ。「はあ・・・はあ・・・ふえ? 休憩じゃ・・・ないの?」
「ちょ、ちょっと疲れましたわ・・・ふう・・・・・・」汗だくになった2人をリリスが見下ろし、にっこり笑って「うん、休んでていいぞ、うん」と言うと、2人ともぐったりとしてリリスの蛇身に体重を預けた。その体重を心地よく感じながら、彼女はセシルに説明する。
「うん、私は、ここから先へ行く事が出来ないんだ。うん」
リリスの言葉に、セシルは反射的に「何故?」と問うが、リリスは困ったように首をかしげて、
「うん、そういうものだからなんだ、うん」
とだけ答える。
それから、自分に寄りかかって休んでいる双子を見下ろし、その小さな頭を両手で撫で付けながら、「うん、だから私の代わりにこの2人をよろしく頼む。うん。・・・2人とも、私が心配しなければならないほど弱くはないけれど、だけどそれでも私は心配で―――私にとってとても良き友人であるから、うん」
「・・・・・・わかった」どうしてこの先に行く事はできないのか―――聞きたい事はあり、そして自分が・・・よりにもよって双子の父親を殺してしまった自分が、任されて良いものなのだろうかという疑問など、言いたい事はいくつかあったが、しかしそれらは口に出さずに素直に頷く。
言ってもきっと、リリスは困るだけだとセシルは思ったし、何よりも。
(彼女がそう望むのなら、叶えてあげたいと思う)
思ってから、そんな風に思う自分に驚く。
相手は出会ってからまだ半日程度しか経っておらず、なおかつ魔物だった。
だと言うのに、こんなにも気安く心を許している。それはとても奇妙な事だった。
(まあ、仕方ないか)
顔に、苦笑を表さないように思う。
なにせ相手はずるい人だ。セシルがこの世で一番大切だと思える人に良く似た瞳で、良く似た気持ちをぶつけてくる。こんなにも、親しく接してしまうのも仕方のない事だ、とセシルが思っていると、
「・・・・・・・・・」
「な、なに?」いきなりリリスにじぃっと見つめられて、セシルは少し鼓動が跳ねた。
「うん。ローザというのは、お前の良き人か? うん?」
「うぇっ!?」いきなり言われてセシルは思いっきり変な声を上げた。
すると、リリスはクスクスと笑って、「うん。私の住処で、私がお前を捉まえた時に喚いただろう。 “ローザ” と。うん。それは女性の名前なのだろう? うん?」
「・・・あー・・・」そう言えば口走ったような気もする。
「えーと、まあ、その・・・うん」
セシルが素直に頷くと、リリスは嬉しそうな笑顔を浮かべた。
「うん、そうか! それは私にとっても喜ばしい事だ! 私にとって愛する人に、良き人が居てくれて! うん」
本当に、嬉しそうに彼女は笑って―――そして寂しそうに目を伏せる。
「うん、でも悔しくもある。お前にとって。その人は私以上に良き人なのだな。うん」
「・・・・・・あ・・・でも」―――僕にとって君も “良き人” だよ。
などと言おうとして止める。
これじゃポロムに言われるように単なるスケコマシだ。代わりに。
「・・・でも、きっと、僕がローザに出会わなかったら、僕は君を―――」
愛していたのかもしれない―――などと言おうとして。
「ごめん、嘘だ」
首を横に振る。
彼女を見れば、伏せていた目を開き、穏やかな微笑みを浮かべてこちらの言葉を待っている。
「・・・彼女は、君に良く似た人なんだ―――いや、実際はそれほど良く似ていないかも知れないけど、でも君と同じように真っ直ぐに僕を見て、僕なんかのために一生懸命に、真剣になってくれる人で」
何を言いたいのか、何を言おうとしているのか、セシルにもよく解らなかった。
それはセシルの考え、ではなくセシルの想いだった。
今、言っておきたいと思う、言わなければならないと思う言葉。自分なんかを真剣に “良き人” と言ってくれた人への精一杯のお礼。
「君の事をこれほど親しく感じてしまうのも、君と良く似た彼女を知っていたから―――」
「うん・・・じゃあ、私はその “ローザ” の代わりなのか? うん?」穏やかな表情のまま、リリスは尋ねてくる。
その問いに、セシルは一瞬だけ返答に詰まってから、自信無さそうに答えた。「違う、と思う。・・・・・・ローザの代わりなんか誰にもできっこないし、もしも君がローザの代わりだと僕自身が思ったなら」
一旦言葉を切り、セシルはリリスから視線を外して照れたように続ける。
「・・・・・・君の事を、強く抱きしめていたと思う」
「うん、じゃあ―――」セシルの答えに、リリスの髪の毛が蠢く。
と、次の瞬間、その髪の毛がセシルの身体を捉えようと延びる。「へ? うわっ!?」
照れて在らぬ方向を向いていたセシルは反応が遅れ、抵抗する事も出来ずにあっさり捕縛される。その次の瞬間、リリスの元に強引に引き寄せられ、リリスの両腕にしっかりと抱き留められていた。
「―――私がお前を抱くとしよう。うん」
ぎゅっ、と背中まで回された手が優しくセシルを抱きしめる。
セシルを捉まえた髪の毛がしゅるしゅると元の長さに戻り、セシルの身体を捉まえているのはリリスの両腕だけになった。「え、ええと・・・リリス・・・?」
「・・・・・・・・・」セシルの呼びかけにリリスは答えない。
ただ無言でセシルを抱きしめるだけ。リリスの表情は見えない。
顔をセシルの胸元に強く押しつけている。
それは、まるでなにかすがりついているようにも見えた。「・・・リリス、様?」
不意に、リリスの傍らで休んでいたポロムが声を上げる。
セシルにはリリスの影になって見えないが、その下にいるポロムにはリリスの表情が見えるのだろう。
その名前を呼ぶ声は、とても心配そうで。だからセシルは彼女がどんな表情をしているのか、遅まきながら気がついて、「リリス・・・」
思わず、抱きしめ返そうと手を伸ばし、その手が彼女の肩に触れた瞬間、
「ダメだッ!」
リリスの身体がぴくん、と跳ねて、否定の言葉を放つ。
セシルは慌てて抱こうとした腕を跳ね上げ、万歳のポーズになる。「うん・・・セシル。お前は私の事を、“ローザ” の代わりでないから抱かないと言ってくれた。だから、抱かないで欲しい。うん」
「リリス・・・でも・・・」
「うん。きっとお前はローザが抱きしめたら抱きしめ返すのだろう? でも私が抱きしめてもお前は抱きしめ返さない―――それは私だから。お前が私にしかしない反応だから。それは私の特権だからだから・・・だから、抱きしめ返さないで・・・もう少しだけこのままで―――」そう言われたら抱きしめるわけにはいかない。
セシルは抱かない代わりに、せめてリリスの抱擁をその暖かさを覚えておこうと、じっと動きを止めて瞳を閉じた。
******
「うん・・・じゃあ、ここでさよならだ。うん」
「山を下りる時、また会えるだろう?」
「うん・・・そうだな。楽しみにしている。うん」リリスの抱擁はそれほど長くはなかった。
セシルを半ば突き飛ばすように放し、顔を上げた彼女の表情はとても明るい笑顔だった。「うん・・・パロム、ポロム。お前達にとってとても辛く悲しい事が起きると思う。だけど―――頑張れ。うん」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですわ。・・・パロムはどうだかわかりませんけど」
「どーゆー意味だよそれぇ! ・・・つかさ、オイラたちにとって辛く悲しい事ってなんだよ」パロムの疑問に、しかしリリスは表情を曇らせる。
「うん・・・・・・それは・・・私にはとても言えない・・・うん」
「・・・そんなに恐ろしい事なのですか?」リリスの様子に、流石に不安になってポロムがもう一度尋ねる。
「うん・・・だから、今からでも遅くはない。私と一緒に戻って待っていないか? うん」
「それは・・・」散々脅されて、すこし気持ちがぐらついてしまったのかもしれない、逡巡してポロムがパロムを見る。
するとパロムは「へへーん」と笑って、「なんだよ、ポロムってばビビッてんのかー? なんだったらねーちゃんと一緒に待ってろよ。オイラはにーちゃんと一緒に行ってくるからさ」
「なっ・・・! 誰が恐れを為すものですか! 怖くなんかありません! ええ、ありませんとも! さあ、行きますよ!」どこからみても100%空元気を精一杯出しながら、ポロムがさっさと歩き始める。
その様子にリリスは諦めたように吐息する。そんな彼女にセシルは手を振って、「じゃ、僕たちも行くよ」
「うん。無事に戻ってくる事を願っている。うん」
「こらあー! 2人ともー! なにをしているんですかー! 早くしないと置いていきますわよ!」随分と先に登っていってしまったポロムが急かすように叫んでくる。
やれやれ、と嘆息してセシルはパロムと一緒に登り始めた。2人はやがて、先に登っていたポロムと合流し、3人揃って岩の山道を登り始める。
だんだんと遠ざかる3人の姿を、リリスはいつまでもいつまでも見送っていた―――
******
「なんか殺伐としてんなー」
セシルの頭の上でパロムが呟く。
リリスと別れてまたしばらく登ると、辺りの雰囲気が一変する。
相変わらず巨石でできた道や風景は変わらないが、所々に死体が落ちている。それも白骨死体や腐った死体。焼死体やら氷りづけのものまで。さらには大人から子供のまで多種多様。
「全部、アンデッドみたいだね」
「へ? そうなのか?」セシルが言うと、パロムが驚いたように聞き返してくる。
セシルは頷いて、「うん。正確にはアンデッドだったものだね。かすかにダークフォースを感じる―――ついさっきまでは負の生命力で動いていたと思うよ」
「って、ことは・・・もしかしてクラウドあんちゃんたちが、倒したアンデッド?」
「そうみたいだ」セシルが目をとめたのは、一つの白骨死体。
真っ正面からなにかに両断されたように左右に骨が別れている。
それも綺麗な切り口ではない。両断面が粉々に砕けたところを見ると、叩き斬られたといった感じだった。「あんなことができるのは、巨大な剣を軽々と振り回すソルジャーくらいなものさ」
「はー、なるほどなー・・・つか、こいつら全部死んでるのか?」―――基本的にアンデッドは死なない。
なにせもう死んでいるのだ。斬られても焼かれても死ぬ事はない。
そんなアンデッドを殺すにはどうすれば良いか。まず一つは聖なる力で浄化する。
アンデッドに対してもっとも有効なのが、白魔道士の使う白魔法である。
ダークフォースという負のエネルギーで動いているアンデッドは、その対極である正のエネルギーをぶつけてやれば対消滅して力尽きる。そしてもう一つは、物理的に滅ぼしつくす事。
例えば火で灰になるまで燃やし尽くすか、巨大なハンマーで粉々になるまで叩き潰すか、剣で原型をとどめないくらいまで切り刻むか。
もっとも、そこまでしなくとも、行動不能なほど痛みつけられた時点で、アンデッドは存在する気力を無くして滅びてしまうものなのだが。「うん・・・多分。ああ、でもなるべく近くにいた方がいいね」
言いながら、セシルは立ち止まり、パロムを背負ったままくるりと後ろを振り返る。
と、下の方に向かってパロムが大声で声をかけた、「おーいっ、ポロムー、早く来いよーッ!」
「・・・くっ」セシルの視線の先では、子供用の杖をついて、ぜえはあと息を切らしながらよろよろと登ってくるポロムの姿があった。
「ふう、ふうっ・・・ポロムったら・・・ぜえ、ぜえっ・・・一人だけ、はあ・・・ラクしてずるいんだから・・・!」
「あー? ポロムー? なに怖い顔して睨んでるんだよー?」
「ううううううっ」
「あ。もしかして、オイラが羨ましいのかー? だったら、後退してやろっかー?」
「いりませんっ! そんな男に背負われるくらいなら死んだ方がマシ―――ひあっ!?」思わず大声を出したポロムは、それで力尽きたかのようにその場に倒れ込む。
「あ・・・ちょっとパロム」
「むー。言い過ぎたかなー」セシルに窘められ、流石に反省したようにパロムが呟く。
そんなパロムを地面に降ろし、セシルは倒れたポロムに駆け寄る。「ひくっ・・・えぐっ・・・」
ポロムは倒れたまま泣いていた。
そんなポロムをセシルは抱き上げると、そのままひょいっと先程までパロムをそうしてたように背負う。「・・・うぐっ・・・えぐっ・・・ちょ、ちょっと!? 私はこんなことしてくれなんて―――」
「ごめん。でも、ほら僕はリリスに君のこと頼まれたからさ」
「・・・・・・」セシルにそう言われ、ポロムは黙り込む。
おや、とセシルは意外に思った。(・・・てっきり、“お父様を殺した人に背負われたくありませんわ!” とか喚くと思ったのに・・・もう喚く元気もないのかな・・・?)
そんな事を思いながら、ポロムを背負いパロムを降ろしたところまで戻り、さらに登る。
パロムも言い過ぎたと反省しているのか、文句も言わずに自分の足で歩き始めた。「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」沈黙。
さっきまではなんだかんだでパロムがはしゃぎ、それに対してポロムがいちいち反応して騒がしかったのだが。(・・・なんか、気まずいなあ・・・)
思い、セシルはコホンと咳払いしてから、
「そう言えばさ、ポロムは白魔道士なんだよね? だったら白魔法で体力回復とかできないのかな?」
思い切って質問してみる。セシルがポロムに話しかけてもまともに応えてはくれないだろうが、それでもそれをきっかけにまたパロムがなにか軽口を叩いて騒がしくなるかもしれない。
藪をつつくような気分だったが、しかし蛇は出なかった。「・・・私達はまだ子供だからMPが低いのです。だから、なにかあったときのために、なるべく魔法は温存しなければならないのです」
「えっ・・・?」
「・・・? なにか、驚くような事を言いましたか?」
「いや、別に・・・」驚いたのはポロムがまともに応えてくれたからだった。
この少女と出会って、まともに会話が返ってきたことが今までにあったかどうか思い出す事すら馬鹿らしい。「あー・・・ところでMPって?」
「メンタルパワーの略で、精神力の強さの事を表しているんです。このMPが強い人ほど、強い魔法を何回も使えるんですわ」
「へえ・・・」今度はセシルは素直に感心した。
ポロムが白魔法を温存する理由はなんとなく察していたが、MPという専門用語は初耳だった。「子供なのに色々と良く知っているんだね」
「子供だからと侮らないでください」セシルの軽口に、つん、とポロムがすねたように応える。
そんな子供らしい反応に、セシルは笑って「あはは、ごめんごめん」
軽い気持ちでセシルが謝ると、ぽつりと頭の上でポロムが呟いた、
「また・・・謝った」
「え?」
「な、なんでもありませんっ! それよりもそろそろ降ろしてください。もう歩けます!」いきなりポロムは怒ったように喚く。
直前のポロムの呟きが気にはなったが、セシルは素直にポロムを降ろす事を優先した。というのも。「って、おいセシルにーちゃん! クラウドあんちゃんたちが!」
不意に今まで黙っていたパロムが叫ぶ。
パロムに言われるまでもなくセシルは気がついていた。「クラウド様がどうかし―――あっ!」
セシルに降ろして貰ったポロムの視線の先。
見れば、クラウドやテラ、ロックの先に行った3人が、アンデッドの集団と立ち回っていた。場所はセシルたちが居るところよりもずっと上。テーブル上に広がった巨大な石の上だった。
今までになく巨大な一個の石の上だ。ただ、セシル達のいる場所からは平面的な距離で考えれば、ものの数分も走れば辿り着くだろうが、そこに高さの概念を加えれば空でも跳ばない限りすぐには辿り着けない。セシル達が今歩いている道は、クラウドたちの居る巨石の脇を抜けて、ずっと奥に続いていた。
おそらく、あの岩の上に辿り着くにはずっと遠回りをしなければならないのだろうが。ともあれ、セシルは双子に向かって言い聞かせるように、
「いいかい? 君たちはゆっくりと気をつけてくるんだ。僕は先に行くから―――」
「おいおいちょっと待てよ」
「待てない。早くしないと間に合わなくなる!」焦りを抑えたセシルの声。
テーブル状の巨石で、遠目に見えるクラウドたちはアンデッドたちに良く戦っているように見える。
だが、数が多すぎた、
クラウドたち3人に対して、その10倍はいる。なおかつ相手は、しぶとさだけは折り紙つきのアンデッドの集団だ。「今から走っていっても間に合わないぜ―――なあ、ポロム」
「ええ、そうよね」パロムがわざとらしくポロムに目配せすると、ポロムも悪戯っぽく頷いてセシルを見る。
そんな様子にセシルは思わずポロムの表情をじーっと見つめる。なにしろ、ポロムとは顔を合わせた時からずっと憎まれ、怒りを向けられてきた。
だから、こんな風に子供らしい表情を向けられてセシルは戸惑ってしまったのだ。見つめられている事に気がついたポロムは顔を赤くして、
「な・・・なんですかっ?」
「い、いや・・・ごめん」
「・・・また!」セシルが謝ると、どういうわけかポロムはとてつもなく不機嫌に顔を渋くする、
怒りや憎しみとは違う。ただ、不機嫌そうな顔。
そんな表情をされる理由は、どうやら謝ってしまうとそうなると察しはついたが、何故謝ると不機嫌になるのかセシルには解らない。だが、今はそんなことを追求している場合ではなく、
「2人とも、何が言いたいんだい?」
「言ったでしょう? 魔法はいざというときの為に温存していたのだと―――そして」
「今がそのイザってときだろ、なあポロム!」
「はいっ。――― “見えざる巨人の優しきの御手よ、我らを彼の地に誘わん―――”」不意にポロムが魔法の呪文を唱え始める。
同時に、セシル達3人の足下を光の円が包み込んだ。「これって、白魔法!?」
ローザの白魔法で散々な目にあっているセシルは思わず身体を硬くする。
そんなセシルに構わず、ポロムは呪文詠唱し終えて、「2人とも跳びますわよ―――『テレポ』」
そして呪文が完結する!
セシルたちの足下の円がヒュンッ、と音を立ててそのまま真上に昇った―――と思った次の瞬間、気がつけば周囲の様子が一変していた。
「うをっ!? お前らどっから現れやがった!?」
驚いた声を上げたのはロックで、さらにいうとロックだけだった。
自身も魔法を使うテラとクラウドにはどんな魔法を使って、セシル達がここに辿り着いたのか理解出来たのだろう。だから驚く代わりに、「遅いぞ! 鼻血騎士!」
「鼻血を拭くのにどれくらいかかっとるんだ!」
「・・・鼻血鼻血言うなぁっ!」敵を斬りながら、魔法を放ちながら言ってくるクラウドとテラに、セシルは泣きそうな気分で怒鳴り返す。
それから、セシルは腰の暗黒剣を抜きはなち、「デスブリンガー!」
―――解っておる。ダークフォースを抑えろと言うんじゃろ?
暗黒剣のダークフォースはアンデッドにとってはエネルギーだ。
だからダークフォース全開の暗黒剣でアンデッドに斬りつけても、力を与えるだけである。とはいえ、セシルはデスブリンガー以外に武器を持っていないので、それを使う以外に戦う事は出来ないのだが。「くそっ。せめて普通の剣があれば・・・」
―――くさるな! これも試練だと割り切れ。
「パロム、ポロム! 2人とも下がって―――?」
セシル達に向かってきた二体のゾンビを、暗黒剣を適当に振り回して牽制しながら、セシルが双子に呼びかけようとすると、双子はセシルの声も耳に入らないようで、ある一点を呆然と見つめていた。
(なんだ―――?)
2人の様子に、セシルは双子の視線を追う。
その先にはゾンビやスケルトンに混じって、黒いローブを着た魔道士風の男がいた。
しかし人間ではない。その身体は薄く透けて、その後ろの風景が透き通って見える。(亡霊―――いや、あの魔道士何処かで―――・・・)
見た事がある、と思った瞬間、はっとして双子を振り返る。
その隙を逃さず、二体のゾンビがセシルに襲いかかる。ざむっ!
二体のゾンビは、セシルに手を伸ばす直前に真横に一凪ぎされ、腰から上が地面に落ち、下半身もバランスを失って倒れた。
「・・・なにをぼーっとしている!」
ゾンビを叩き斬ったクラウドがセシルに叱責する、が、セシルの耳にはクラウドの声の代わりに、先程聞いたリリスの声が聞こえていた。
―――うん・・・パロム、ポロム。お前達にとってとても辛く悲しい事が起きると思う。だけど―――頑張れ。うん。
その内容は自分にはとても言えないと彼女は言っていた。
それはそうだ。
こんな事、あの優しい魔物には絶対に口には出せないだろう。「・・・お・・・父様・・・・・・・・・」
ポロムが、じっと魔道士の亡霊を見つめたまま、そう呟いた―――