第11章「新たな力」
P.「“良き者”」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山

 

 

 ―――夢を見た。

 真っ暗闇の中。見も知らぬ老婆が、見も知らぬ雑貨屋の前でにこにこ笑いながらこちらを手招きしている夢だ。
 セシルがぼーっとそれを眺めていると、歩いてもいないのに老婆と雑貨屋が近づいてくる。それはまるで、老婆が雑貨屋ごと近づいてきているようだった。

 だんだんと、だんだんと、ゆっくりゆっくりそれは近づいてきて。

 老婆と雑貨屋が、視界一杯に広がってその他は何も見えなくなった―――元から闇の中だ、他には闇しか見えなかったが―――その瞬間。

 

 

******

 

 

「―――あれ?」

 唐突に目が覚めた。

「うん? 気がついたようだな、うん」

 ぼんやりと身を起こし、声のした方に目を向ければ、セシルが気絶した原因である半人半蛇の女性―――リリスがこちらを見て首をかしげていた。

 ちなみに、さっきのように真っ裸ではなく、雑巾にも使えないような、ボロボロに朽ち果てかけたボロ布を、何枚も身体に巻き付けて身体を隠している。

「あー・・・」

 セシルはぼんやりとしたままぼんやりと返事を仕掛けて、口の辺りに違和感を感じて反射的に手で拭う。と、かさかさに乾いた何かが手に触れてそれを見てみれば。

「・・・鼻血」

 羞恥心と言うよりは、むしろ情けなさを感じて、セシルは渋い顔をする。
 そんなセシルに追い打ちをかけるようにして、

「お。鼻血の兄ちゃん、目ぇ覚ましたか?」

 明るい少年の声が聞こえてきて、セシルは声の方を向かずにがっくりと項垂れる。

「いやー、びっくりしたびっくりした。兄ちゃんってばいきなりぶっ倒れるもんだから、慌ててリリスねーちゃんの家に運び込んだら、いつの間にか鼻血で顔面真っ赤っかーなんだもんなー。きちゃないからそのままにしたけど」
「うう・・・」

 真面目に泣きたくなるような気分で、セシルが顔を上げると、傍らにパロムがにかにかと笑いながら立っていた。その後ろに隠れるようにしてポロムもいる。相方の背中に隠れて少女は、セシルの方を一瞥すると、一言、

「・・・変態」
「なんでっ!? どーしてっ!? 誰がっ!?」
「貴方に決まってますわ! この変態! 私達のお父様を殺した上に、リリス様を視線で穢すなんて・・・ッ!」
「ちょっと待てぇぇぇぇっ! どっちかってゆーと僕はむしろ被害者だッ! だいたい、年頃の女の子が白昼堂々と破廉恥な格好で闊歩している事の方が大問題だろッ!」

 セシルはポロムに怒鳴りながらリリスを指さす。
 指さされたリリスは、両手に頬を当てて、セシルから少し視線を外すと、

「・・・ぽっ」
「って、なんでいきなり顔を赤らめるうううううっ!?」
「ほらみなさい! リリス様だって顔を紅潮させるほど嫌がって! この、変態変態変態!」
「うううううううう・・・・・・」

 変態、と連呼されてセシルは頭を抱えて再び俯く。
 なんだか言われている内に、だんだんと自分が本当に変態に思えてきて、

「違う、断じて違うッ!」
「うん、違うな、うん」

 と、セシルに同意したのは、顔を赤らめたままのリリスだった。
 へ? とセシルとポロムが彼女の方を向けると、リリスはやはりセシルからは微妙に視線を外したまま、

「うん・・・ “年頃の女の子” などと言われたのは初めてだから照れているだけだ、うん」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 リリスの言葉にセシルとポロムはなんとなく気まずく押し黙る。

「・・・・・・ふわ」

 このやりとりが退屈なのか、パロムだけが眠そうに欠伸を一つあげる。

「―――こ、この」

 沈黙を破ったのはポロムが先だった。
 怒りで顔を真っ赤にして、自分の持つ子供用の杖の先端をセシルへと突き付けて怒鳴る。

「このスケコマシ――――――ッ!!!」
「それこそ誤解だあああああああああッ!!!」
「うるさいッ! もう絶対に勘弁できません! お父様を殺した上に、リリス様を誑かすだなんてッ!」
「うん、ちょっとまって、うん」

 不意に。
 顔を赤らめていたリリスが、真面目な顔をして制止の声を掛ける、

「うん・・・と、さっきもそんなこと言ってたけど、お前がポロムたちの父親を殺したのか・・・? うん?」

 視線をセシルへと向けながらリリスが尋ねる。
 今度は、セシルの方がリリスから視線を外して、

「・・・・・・ああ、そのとおりだ」
「うん・・・じゃあ、お前はポロムとパロムにとって良き者ではないのか? うん?」
「当たり前ですわ! この男がミシディアに来なければ、お父様だって死なずに済んだのだから!」
「うん、そうか・・・なら・・・・・・」

 と、リリスは自分の身体を覆っていた―――というか、セシルから裸を隠していたボロ布をはぎ取る。

「・・・!」

 リリスの動きを見て、セシルは慌てて立ち上がる。
 裸となったリリスを真っ向から見据えて。

 さっきまでなら裸を見た途端、またのぼせてぶっ倒れてしまうのがオチだろうが、今はそうならなかった。なぜなら。

(・・・来る、か)

「うん・・・残念だが、私はお前を殺さなければならない。良き友人のために、友人が良くある為に―――うん」

 そう言うリリスの雰囲気は先程までとは一変していた。
 目は赤く爛々と輝き、長い髪が風もないのにゆらゆらと蠢き、そして爪が鋭く剣のように長く延びた。

 完全に戦闘態勢に入っている。

 対してセシルは、腰に手をやって自分の剣がそこにある事を確認すると、そのまま抜かずにデスブリンガーへと語りかける。

(・・・恐怖で彼女を縛る事は出来ないかな)

 ―――無理じゃな。アンデッドではないとはいえ、ダークフォースに満たされた場所に長らく住んでおる魔物じゃ。そんなヤツにダークフォースで恐怖を喚起させる為には我が全力を出し、汝がそれを引き出さねばならぬ。しかしそうすれば―――

(近くにいるパロムとポロムが恐怖で発狂する―――か)

 ―――そうと解っててお主には出来まい。手っ取り早いのはあの魔物を斬ってしまう事じゃ。アンデッドでないのなら、ダークフォースも通じよう。

(・・・・・・)

 ―――まあ、魔物に対して “彼女” などと呼んでおる貴様には無理か。

(よく解ってるじゃないか)

 セシルは苦笑して、周囲を素早く見回す。
 一瞬の隙を生むが、唐突だったせいかリリスは襲いかかってこなかった。

 今、セシル達がいる場所は、勿論、試練の山の何処かなのだろう。
 見回したところ、周囲を巨石で囲まれた、ちょっとした小部屋のようになっている場所で、天井はない。パロムはリリスの家だとか言っていたが、家と言うには何もなく、部屋の中央が黒く焼けているくらいで後は石のみだった。黒く煤けた場所の近くにトカゲだかなんだかの爬虫類の尻尾(まさか竜ということはないだろうが)の切れ端が在るところを見ると、リリスが何かを焼いて食事にした跡なのかもしれない。まあ、魔物の住処なんてこんなものだろうと、セシルは思いながら、

(問題は、出口がリリスの後ろにあるって言う事だけど)

 出口は2つ。
 屋根のない天井と、リリスの後ろにある出入り口だけだった。
 竜騎士であるカインなら、楽々と上に逃げ出せたのだろうが、

(もっとも、カインなら戦うだろうな。容赦なく彼女を殺すに違いない)

 カイン=ハイウィンドは敵に対して情を見せるほど甘くはない。
 自分も、それほど甘くはないつもりだが―――

(ダメだな)

 と、自分にダメだし。

(諦めかけてる―――というか、どうでも良く思ってる自分が居る。ここで死んでしまうのなら仕方ないと思っている自分が)

 本当ならば、何が何でも生き延び無ければならないはずだった。
 ローザを救う為に。

 それは、ミシディアでも言えた事だ。本当なら、魔道士たちの魔法を避けながら逃げる―――などという悠長な事はせずに、誰か一人でも切り捨てて逃げるべきだった。そうすれば、ダークフォースというかりそめの恐怖ではなく、現実的な “死” という恐怖に縛られて、魔道士たちは追撃できずに、もう少し上手く逃げられたはずだった。クラウドにも追いつかれなかったかもしれない。
 或いは、双子の魔道士が立ちはだかった時に容赦なく斬り捨てていれば―――・・・

(ローザはもう死んでいるかもしれない)

 ふとそんな考えが頭を過ぎる。

(クリスタルの人質に成らなかった時点で、ローザはもう用済みだ。殺されていてもおかしくないし―――殺されていないのならそれこそ僕が助け出さなくても良いと言う事で)

 マズいな、と思いながらも一旦始まった思考は止まってくれない。

(そして今、別に誰かを守ろうとしているわけでもない。僕がここで死んだって誰も困らない―――泣いてくれる人はいるかも知れないけど)

 ・・・自分は今、どんな表情をしているのだろうか、などと思いながらセシルはリリスたちを見る。
 魔物そのものの様相のリリスと、怒りをあらわにしているポロム。そして何を考えているのか―――何も考えていないのか、眠そうに欠伸をしているパロム。

(僕が殺した魔道士の子供の双子。それとその良き友人である魔物―――向こうは僕を殺すだけの理由があり、そして僕にも殺されるだけの罪がある)

 つらつらと思考は “理由” を並べ立てる。
 それはセシルが死ぬ理由―――死んでもよいという理由。

「―――ふざけるなよセシル=ハーヴィ。お前は死ぬ事を望んでいるのか!」

 思わず声に出たのは自分に対する怒りだった。

「いきなり、なにを・・・」

 虚を突かれたようにポロムが呟く、だがその呟きはセシルの耳には入らなかった。

「人は死ぬという事を知らなければならないとお前は知っている! とても大切な人から受け継いだ、とても大切な言葉だ! その言葉を知るお前がッ!」

 だんっ! と、セシルは拳を握りしめ、近くの岩壁に叩き付けた。

「容易く死を求めて許されようと思うなぁっ!」
「何をいきなり世迷い言をッ。リリス様! あの男を早く殺してくださいッ」

 セシルの叫びに、ポロムがヒステリックに反応する。それは怒りや憎しみと言うよりも、いきなり喚きだしたセシルに、恐れと困惑のようなものを感じてしまったからなのだろう。

「殺したいなら殺して見せろッ! でも僕は―――」
「うん―――」

 セシルの言葉を最後まで待たずに、リリスが動く。
 足の代わりに蛇身をくねらせ、器用にセシルへと飛びかかる。

(―――速いッ)

 意外な速さにセシルは半ば虚を突かれた。
 飛びかかってくると同時に振り下ろされてきた鋭い爪の一撃を、横に辛うじて回避した―――と思った瞬間、リリスの蛇の下半身が、鞭のようにしなってセシルへと襲いかかる。

「―――がっ!?」

 胴体の一撃に、セシルは後ろの岩壁に叩き付けられた。そこへ、再びリリスが飛びかかってくる。先程と変わらず、爪を振りかざし―――

「くっ」

 岩に叩き付けられた衝撃に堪えながらも、セシルは何とか身をかがめる。セシルの頭へと振り下ろされた爪は、その真後ろの岩壁に当たってギリギリで止まった。その隙にセシルはリリスの脇に飛び込んで、そのまますれ違い、出口に向かって逃げようとする―――が、

「うん、甘いな、うん」

 ばしんっ、と、セシルの目の前を遮るような大振りで、リリスの蛇身が地面を叩く。
 思わずセシルが足を止めると、その隙を逃さすにリリスの髪の毛が、まるで生き物のように伸びてセシルの両手両足を拘束した!

「しまっ・・・」
「うん。終わりだな、うん」

 髪に四肢を捕まえられたセシルは必死でもがくが、思いのほか髪の毛の力は強く、ぴくりとも動かせない。それでもセシルは抵抗をやめずに必死でもがき続ける。

「やりましたわ! リリス様! 早くトドメをッ」

 ポロムが歓声を上げる。
 だが、リリスは鋭く伸ばした爪を引っ込めると、髪の毛を動かしてセシルの身体を自分に向ける。

 そんなリリスの行動を、パロムはじーっと眺め、ポロムはキョトンとする、

「・・・リリス様?」
「うん・・・殺す前に一つ聞きたい。いいか、うん?」

 リリスの質問に応えたのはセシルではなくポロムだった。

「リリス様! そんなヤツに聞くことなんて・・・!」
「ポロム、少し黙ってろよ」
「パロム・・・」

 双子の片割れに言われて、ポロムはしぶしぶと押し黙る。
 ちらりとそんな双子の様子を見て、リリスは軽くうなずくと、セシルに向き直り、

「うん・・・なんでお前は剣を抜かなかったんだ? うん?」
「・・・・・・」
「うん、お前が剣を抜いて、そして戦っていたら私は殺されていたのかもしれない、うん」
「そんな! リリス様が殺されるなんて―――」
「だからポロム、黙ってろよ」
「でも―――」
「うん、ポロム。私も、少し黙っていて欲しいと思う、うん」
「・・・リリス様まで・・・」

 2人に言われ、ポロムはしゅんと項垂れる。
 そんな少女に、リリスは少し何か言いたそうに瞳を揺らしたが、結局は何も言わずに。

「うん、さっきの二回目だ。二回目に私が飛びかかったあと、お前は私の爪を避けて、私の脇から逃げ出そうとした。私はそれに対して尻尾でとおせんぼすることしか出来なかった。あの時剣を抜いていたら、私の胴を凪ぐ事もできたはずだ、うん」
「・・・そんなこと聞いてどうするんだ? 理由が何であろうと僕は剣を抜かずに、君は死なずに、僕はこうして掴まっている―――それとも、理由を話したら剣を持った状態からやり直させてくれるのかい?」
「うん・・・と言ったらどうする? うん」
「・・・なっ!」

 再びポロムが何か叫ぼうとしたが、即座にリリスに睨まれて口を閉じる。

「そんな事をするくらいなら僕を逃がして欲しいね」
「うん・・・・・・それは出来ない。お前は私の友達にとって良き者ではない・・・残念だが、私はそれを見逃す事は出来ない。うん」
「ならさっさと殺せばいいだろうに」
「うん・・・だが、私はお前に惚れてしまった。うん」
「「・・・は?」」

 思わずセシルとポロムの拍子抜けした声がハモる。

「ちょ、ちょっとリリス様、惚れたって・・・」
「うん・・・初めて女の子だと扱われて、初めてトキめいてしまった。うん」
「うわー、ねーちゃんってばもしかして初恋?」
「うん、そうなるかな、うん」
「そうなるかな、じゃないだろおおおおおおっ!?」

 拘束されたままセシルは絶叫する。

「なんだそれ!? ローザだってもうちょっと段取りあった気がするぞ! っていうか女の子扱いされたから惚れましたって、なにそれーっ!」
「うん、私も不思議だ。これが俗に言う一目惚れというヤツなのかも、うん」
「ヒューヒュー! ねーちゃんとにーちゃんってばヒューヒュー!」
「み、認めませんわ! こんなカップリングッ! このケダモノーッ!」

 口笛なんぞ吹いて囃し立てるパロムと、いつの間にか手にハンカチなんぞ持ってきぃぃっと悔しそうに噛むポロム。
 さっきと同じように照れたように頬を染めるリリスの目の前で、セシルは心底疲れたように項垂れる。

「なんだこの展開。僕は本当に殺される寸前なんだろうか・・・」
「うん、だからお前を殺してから後悔しないように、お前のことをはっきり知っておきたいと思ったから聞いている。うん」
「・・・・・・ずるいなー」
「うん? なにがだ、うん?」

 セシルの呟いた言葉に、リリスは首をかしげる。

(ローザと言い、彼女と言い・・・なんでそんなに僕に対して真剣なんだよ・・・。これじゃ、なにも誤魔化せない―――いや)

 心の中で呟いて、しかしそれは間違いだと否定する。

(誤魔化していたんだ。ずっと、ローザの真剣さに対して、ずっと僕は誤魔化して逃げていた)

 誤魔化すのを止めたのはつい最近。
 カイポの村で、熱病に冒されていた彼女が目を覚ました時だった。
 彼女に対して誤魔化すのを止めた以上、彼女と同じように真剣なリリスに

(誤魔化す事なんか出来ないじゃないか)

 首をかしげたままのリリスに、セシルは苦笑する。

「・・・僕はあの双子の父親をその目の前で殺してしまった・・・それは、許せない事だと思うかい?」
「当然ですッ」

 怒りを込めてポロムが怒鳴る。
 それに応じるようにリリスも頷いた。

「なら、その双子が慕う君を、その目の前で殺すのも許せない事だろう」
「うん、その通りだな、うん」

 セシルの言葉にリリスはにこりと笑う。
 そこには、先程まで魔物の雰囲気は微塵もない。

「うん、よかった、うん」
「なにが?」
「うん。私が初めて好きになった者が、私にとって良き者であってくれて、うん」

 うん、と笑って頷いて―――それから、彼女は表情を噛み殺す。

「・・・うん・・・そして、残念だと―――本当に残念だと思う。私にとって良き者が、私の友達にとって良き者でなくて・・・うん」

 シャキン、と再び爪が伸びる。
 セシルはそれを眺め、困ったように笑った。

「やっぱり殺されるのか、僕は」
「・・・・・・」

 セシルの問いにリリスは答えない。
 そして、爪を伸ばしたまま、セシルを無表情で睨付けたまま―――動かない。

 ―――どうするつもりじゃ?

 セシルの心に、それまで黙っていたデスブリンガーが語りかけてくる。

(・・・どうしようか? 本当は、君にどうにかして貰いたいなー、なんて他力本願なこと考えてたんだけど)

 ―――その魔物を殺して良いなら幾らでもどうにかしてやるが。

(・・・それ以外ではどうにもならないかな)

 ―――どうにもならん。甘い事を言うな、それは魔物じゃ。貴様だって何匹も殺してきたじゃろう!

(人間も何人も殺したさ。魔物だからって殺して良いってわけじゃないし―――それにもうこれ以上、あの子たちに憎しみを負わせたくない)

 ―――・・・勝手にせい。全く、レオンならば迷わず生き延びる事を選択したじゃろうにな。

(あ、言づてがあるなら聞いておくよ。あの世でもしかしたらそのレオンに逢えるかもしれないし)

 ―――・・・・・・

(・・・あー・・・怒らせた、かな。まあ、そんなことよりも・・・)

 と、セシルはデスブリンガーに語りかけるのをやめ、目の前を見る。

「どうした? 早く殺せばいいだろう?」
「うん・・・・・・」

 セシルの言葉にリリスは頷いて―――しかし、動かない。

「リリス様! どうしたのですか!?」

 ポロムが声を掛けるが、それでもリリスは動かなかった。

 と、そんなリリスにパロムがてくてくとのんびり近づくと、ぽん、とその背中を叩く。

「いいよ、もう」
「うん?」
「ねーちゃん、殺したくないんだろ? だったらそんなことする必要ないって」
「パロム!」

 例によってポロムが怒鳴る―――が、パロムは無視。

「ポロムはこのにーちゃんのこと嫌いみたいだけどさ。オイラはそんなんでもないし―――というか、ねーちゃんと同じように、オイラもこのにーちゃんのことを “良き者” だと思い始めているのかもしれない」
「うん・・・でも、お前の父親を殺したのは―――」
「殺したくて殺したわけじゃないんだよ。・・・今のねーちゃんみたいに、殺したくないのに殺すしかなかったんだ」

 パロムはセシルに視線を向けて、

「なあ、にーちゃん。ねーちゃんはにーちゃんのこと殺したくないんだよ。でもオイラたちのために殺そうとしてる・・・誰かに似てるよな?」

 いひひ、とパロムは悪戯っぽく笑ってみせる。
 そんなパロムに、セシルは渋い顔を浮かべる。

「にーちゃんがどんな気持ちで居るのか、後悔しているのか・・・オイラにはよく解らない。だけどねーちゃんがオイラたちの為ににーちゃんを殺して、後悔するのは絶対にイヤだ!」

 そう言い捨てると、パロムはポロムを振り返る。

「ポロムは、どうだよ?」
「それは・・・」

 パロムに言葉を掛けられて、ポロムは口の中でごにょごにょと言い淀んでいたが―――

「わ、私も・・・リリス様が私達の事で苦しむのはイヤですわ・・・」

 観念したように小さな声で呟いた。

「というわけだ! ありがとな、ねーちゃん!」
「うん・・・うん・・・」

 二度、頷いてリリスはセシルを解放する。
 セシルの四肢にからみついていた髪の毛がするりと抜けて、元の長さに戻った。

 それから、彼女はパロムたちを振り返って、

「うん・・・私は良き者を友人に持って、とても幸せだ! うんっ!」
「はっはっは! もっと褒めてもっと褒めてー!」
「・・・パロム、恥ずかしいからあまり調子に乗らないで」

 胸を張って高笑いするパロムを、ポロムがふくれっつらで睨付ける。
 そんな2人にくすりと笑って、リリスはセシルを振り返った。

「うん、それから、それから! お前を殺さなくてほんとーに良かったっ! うんっ!」
「あ、うん・・・って、え?」

 がばあっ、とリリスがセシルの身体を抱き寄せる。

「ちょ、ちょっと・・・」
「うん、私はお前の事が大好きだッ! うんっ」
「待て、待って離れてっ。胸が、胸とか、胸がっ、うぎゃーっ!?」

 ぷっ・・・

「うん? なんか生暖かい物が頬に・・・うん?」
「って、また鼻血だー。うっわー、にーちゃんカッコわりー!」
「こ、この変態ッ、一度ならず二度までもーッ!」

 ぎゃはははっ、と笑うパロムの隣で、怒り心頭のポロムがセシルに向かって手にしていた杖を全力で投擲した―――

 

 

 

 


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