第11章「新たな力」
N.「試練の山」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山

 

 

 遠くから見た時に岩山に見えた試練の山は、近くで見ればやはり岩山だった。
 セシルの身長の五倍は縦に長い巨大な岩が、いくつも重なり立って山を形成している。

「ここが山の入り口だぜ」

 とパロムに案内されたところは、確かに入り口のようだった。
 両脇を門のように巨岩が立っている。

 その岩と岩の間に、壁―――というよりはまるでカーテンのように、炎が覆っている。

「・・・これは、凄いな・・・」

 見上げても尚足りないほどの巨大な岩と岩の間に、それと同じくらい高い炎のカーテンが掛かっている。
 滅多に感情を表さないクラウドも、素直に驚いている。

「つか、それよりもおかしいと思わないのか?」

 と、疑問を呈したのはロックだった。
 ? と、怪訝そうに首をかしげるクラウドのすぐ後ろで、セシルも頷く。

「ああ。これだけの炎が眼前にあるのに、熱さを殆ど感じない。本当なら、これだけ近づいたら炭になってもおかしくないほどの熱量があるはずなのに・・・」
「あと光、な。同じだけの炎があれば、目が潰れるくらい眩しいはずだが、直視しても目が痛くもない」

 セシルとロックの疑問に、クラウドが「言われてみれば・・・」と改めて炎のカーテンを見やる。
 目の前にある炎は、炎の動きと色があるだけで、熱も光も感じ取れない。まるでなにかモニターを介して見ている画像のようにも思える。

(神羅ビルで何度か見た事のある立体映像みたいだな・・・)

 等と思いながら、クラウドは炎の壁に何気なく触れようとして、

「いかんっ!」

 というテラの厳しい声に、慌てて引っ込める。

「危ないぜー、兄ちゃん」
「そうですわ、クラウド様。この炎は、熱と光を感じないだけで実際に燃えているのですから・・・」
「本来は、外に発散するはずの熱と光を内に留めたまま燃えておるのじゃ。炎に触れれば、火傷どころが一瞬で骨まで炭化するぞ」
「・・・・・・」

 魔道士三人に注意して、クラウドは気まずそうな顔をする。

「ところで、ふと思ったんだけど、入り口ってここからでないと入れないのかい? 確かに他は巨大な岩が立って徒歩じゃ入るのは難しいだろうけど、魔道士ならたしか浮遊魔法があっただろう?」

 セシルの疑問に、テラは首を横に振る。

「他にも登山口のような場所はある―――が、入り口はここだけじゃ。何故ならこの山をぐるりと取り囲むように強力な結界が張られておる。無理に入ろうとすれば、肉が裂き、骨が砕けるぞ」
「そゆこと。だからここからじゃないと入れない―――というか、この炎の封印が一番入りやすいんだ」

 言いながら、パロムは無造作に炎のカーテンに腕を突っ込んだ。
 テラを初めとする、ポロムを除いた全員が「「あっ」」と思う中、少年は平然と魔法を唱え、

”・・・界を隔絶せし炎の門よ、オイラが差し出す氷の鍵をもって開き放て!”

 ひゅぅっ・・・と、辺りに冷たい風が吹いた。
 そう思った瞬間、パロムの全身を氷を思わせる冷たい青い光が包み込む!

「『ブリザド!』」

 パロムが魔法を完結させた途端、パロムの身体を覆っていた青い光が腕を伝わり炎の壁を浸食する。赤い炎全てが青い光に包まれた次の瞬間、パキィイィィ・・・・・・と、薄氷が砕けるような美しい破砕音とともに、砕け散る
 砕け散った炎のカケラは、パロムたちに降り注ぐ無く、空中で霧散し、消え去る。

 そして道が開かれた。

「早くいこーぜ。この結界、すぐに復活するし」

 そうパロムが言っている間にも、両脇の巨岩から炎の端がちろちろと顔を出していた。

「急ぐぞ!」

 テラの号令で、一行は慌てて炎のカーテンのあった場所を駈け抜けた。

 

 

******

 

 

 炎は瞬く間に元通りになった。

「うっわー、すげえなあ・・・」

 炎のカーテンを振り返って仰ぎ見、ロックは感嘆の声を上げる。

「誰が作ったんだ? これ」
「さあ? ・・・ただ、伝承に寄れば、結界は元々あったものですが、炎の封印は暗黒騎士がパラディンへ昇華した後に誰かが作ったらしいですね。一説に寄れば、そのパラディンが作ったとも、かの伝説の大魔道士ミンウが作ったとも言われてますが・・・」

 ロックの疑問に、ポロムが曖昧に答える。
 しかしテラは首を横に振って、

「じゃが、おそらくそのどちらも違うじゃろうな。いくらパラディンとはいえ、魔道士でもない人間がこれほどの封印を作れるとは思えぬし、ミンウ様が作ったものであれば、もう少しはっきりした記録が残っていてもおかしくはない」
「誰でもいーじゃん。今はそんなこと関係ないだろ?」

 水を差すようにパロムが、ケケケッ、と笑いながら言う。

「きっと、オイラのような超絶大天才様が作ったんだろうぜ」

 

 

******

 

 

 山道・・・というより岩道をしばらく進む。
 試練の山はその殆どが岩で構成された巨大な岩山だ。

 両脇を巨岩が立ち並び、まるで通路のようになっている。
 その通路は、どこか人工的に造られたようにセシルには思えたが、その割には岩を加工したような跡が見えない。

「話に寄れば、遙か昔に古代種と呼ばれた人たちが、岩をくみ上げて作ったのがこの山だそうです」

 歩きながらポロムが解説する。

「世界中から巨大な岩を運んできて、それをそのまま組み込んだのだとか」
「へえぇ・・・なんどか古代種の遺した遺跡の話は耳にしたけど・・・実際に来てみると凄いもんだなー」

 ロックはこういう遺跡などの逸話に興味があるのか、先程からポロムの話を熱心に聞き、相づちを打ち、辺りの様子を見回したりと忙しい。

「本当に古代種の仕業なのかは知らぬが、人工的に作られた山というのは確かなようじゃな。現在の技術力で同じ山を作るとしたら、どれほどの力と時間が必要なのか、想像もつかん」
「まずは岩を探すところから始めなきゃいけないもんなー」

 確かに、こういった巨大な岩は、フォールスではあまり見ない―――少なくともセシルは目にした事がない。ただの岩盤ならば、山へ行けば幾らでも目にするが、一個の岩となると・・・・・・

(やっぱり、思い当たらないな・・・)

 自分の記憶を探っても、全く思い出せない。

 と、不意にテラが足を止めた。

「さて、そろそろ無駄話は終わりにせんとな」
「へ?」

 きょとん、とロックが首をかしげるが、クラウドは油断無く立ち止まり、背中の剣の柄に手を掛ける。
 セシルもその ”気配” には気づいていた。

「・・・伝承に寄れば試練の山とは、この世に未練の遺した亡霊が集う山。生者が入ればたちまち死者たちに死界へと引きずり込まれるという・・・」
「アンデッドか・・・」

 ちっ、とセシルは舌打ち。
 暗黒剣では不死者たちには効果が薄い・・・どころか、逆に活性化させてしまうかもしれない。

「セシル、お主は引っ込んでおれ!」
「とゆーか、アンデッドが居るなら居ると言ってくれ! そうしたら普通の剣が用意・・・」
「ミシディアに騎士用の剣があるわけ無いじゃろうが!」

 言われてみれば確かにそうだった。

「でも魔法薬くらいならあるだろう!」

 不死者達には、生きている人間を治癒するポーションなどの魔法薬は、逆に毒となる。
 致命的なダメージは与えられなくとも、牽制くらいはできたはずだった。

「来たぞ!」

 そうこう言っている内に、通路の向こうからずるずる、とかカチャカチャとか妙な音が聞こえてきた。
 バロンの陸兵団で、バロン各地の魔物と戦っていた頃にも何度か耳にした事がある。それは足音だった。

「ゾンビに、スケルトンか・・・!」

 セシルの言葉通り、姿を現したのは人間の形をした―――しかし生きては有り得ない、腐った自分の肉をずるずると引きずって現れたゾンビと、キレイさっぱり余分な肉を全て無くしてしまったため、骨の足でカチャカチャと岩床を踏みしめて現れたスケルトンだった。

「ちっ・・・子供と暗黒騎士は下がってろ!」

 クラウドが大剣を片手で抜きはなち、空いた手でセシル達を下がらせようとするかのように大きく振り払う。
 その隣ではテラがロッドを構え、魔法を放つ為に精神を集中させていた。

「あのー、俺も下がってていいっスか?」
「・・・勝手にしろ」

 ロックが言うと、クラウドはぶっきらぼうに答え、ロックは素早く後ろに下がった。が。

「おいパロム!」

 思わずセシルが叫ぶ。
 見れば、パロムがトコトコと前に―――クラウドとテラよりも前に出て、無造作に二匹のアンデッドに近づいたのだ。

「おい、下がれって!」

 ロックが後ろから怒鳴る、が少年は聞く耳持たない。
 と、いきなりゾンビがパロムに向かって片手を上げた。

「ちっ!」

 舌打ちしてクラウドがパロムに向かってはしり、テラが口早に呪文をとなえかける―――が。

(―――間に合わないッ!)

 状況を見てセシルはそう判断。
 テラの魔法の発動には時間が掛かるし、クラウドも巨剣を持っているにしては早いが、それでも流石に重い剣を持って一瞬で加速は出来ない。つまり、そのどちらよりもゾンビの攻撃がパロムに当たる方が早い―――

(・・・でも)

 しかしセシルは動かなかった。
 いつもならば間に合わないと判断しても動いている―――だが、この状況はさきほど、炎の封印にパロムが無造作に手をつっこんでいた時と似ているような気がした。

「2人とも、止まれッ!」

 セシルの言葉に、思わずテラは魔法を中断させ、クラウドも動きを止める。
 2人は困惑の表情を浮かべ、セシルを振り返ろうとしたその瞬間。

 手を挙げたゾンビに呼応するように、パロムも片手を上げた。そして。

「おいっす」
『オイッス』

 挨拶らしきものを交す。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」

 クラウドとテラとロックは唖然とその様子を見やる。
 と、ポロムもゾンビの前まで歩み寄り、うやうやしく一礼。

「お久しぶりですわね、ブラス様」
『ポロムも・・・久しいな・・・』
「アルケス様も」
『・・・・・・」

 ポロムがスケルトンにも礼をすると、スケルトンは喋れないらしく、顎の骨をカタカタと動かしただけだったが、それでポロムには通じたらしい。
 少女はクスクスと笑って、

「イヤですわアルケス様ったら」

 と、何故か照れたようにそんなことを言う。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 クラウドとロックが呆然とする中、テラだけがいち早く我に返って。

「パロム、ポロム、つまりそのゾンビとスケルトンとは友達なんじゃな?」
「おうっ!」
「「って、なんだそりゃあああああああああああああっ!」」

 元気よく答えるパロムに、クラウドとロックが絶叫。

「いや、だから友達なんだろ」

 セシルが言うと、ロックは頭を抱え、

「だからなんでアンデッドと友達とかそういうことになるんだよ!? つーか、セシルにジジイ! どーしてそんな風に簡単に受け入れられんだよッ!?」

 ロックの困惑と言うよりは激昂した疑問、セシルとテラは顔を見合わせて、

「それは・・・」
「そうじゃな・・・」

 顔を見合わせた後、2人は声を揃え、

「「そういう子供をもう1人知っているから」」
「ンなガキが居てたまるかあああああっ!」
「いやいるんだって。リディアって言うんだけど、チョコボとゴブリンとボムとコカトリスと仲良しで―――」

 言ってからセシルは少し表情を曇らせる。
 そう言えば海に落ちてリディアは無事だろうかと。

 ―――リヴァイアサンはリディアの力を欲していた。ならば少なくとも喰い殺されたという事はないじゃろうよ。

 セシルの心中を察して、デスブリンガーがそう思念を送ってきた。

(・・・ありがと)

 ―――事実を言ったまでの事じゃ。

 どうやら礼を言うと、この暗黒剣は照れてしまうらしい。
 そんな彼女に、セシルは苦笑した。

「ほう、コカトリスか。私が会った時にはコカトリスまでは連れておらんだな」
「ええ、コカトリス―――トリスと言うんですが―――とは、その後、ホブス山で友達になったので」
「いや、つーかおかしいだろ。魔物と友達とか!」
「現実を見ろ」

 言いながらもロックと同じ気持ちではあるらしく、どこか疲れたような表情でクラウドが、スケルトンやゾンビたちと追いかけっこをしている子供達を見やる。ちなみに追いかけているのが双子のほうで、アンデッドの方が追いかけられていた。

「・・・逆ならぴったりと来るんだけどな・・・」

 などと思っていると、追いかけられていたゾンビが不意に止まった。

『あ、そうだ―――』
「ぎょわっ!?」

 いきなり立ち止まったゾンビに、追いかけていたパロムはそのままゾンビの腐肉の中に身体を突っ込ませた。
 即座にゾンビから離れて身体をネコのように震わせる。

「うぎぇーっ! 臭い臭い臭いーッ!」
『おお、すまぬ。パロム』
「ぐおらああぁぁっ! ブラ公! 止まるならちゃんと言えって前にも言っただろがー! 臭いんだよッ! 風呂は入れーッ!」
『いや、風呂に入ったら肉、全部取れちゃうし』

 などと言い合うパロムとブラスの間に、ポロムが入る、

「はいはい、もうパロムったら仕方ないんだから・・・」
「仕方ないのはブラスだろ」
「ブラス様のせいにするんじゃありません!  “―――在らざる力にてこの世に執着せし闇なる肉体、今こそ現世の楔より解き放たれん”

 ポロムが魔法を唱えると、少女の身体を白い光が包み込む。

「ケアル!」

 魔法が完結すると、パロムの身体を、ポロムと同じような白い光が包み込む。
 パロムに付着したゾンビの腐肉も光に包まれて、それは一瞬で塵になって霧散する。

「うー・・・さんきゅ、パロム―――もう、ブラスの馬鹿ー!」

 礼を言うと同時に、原因であるゾンビを罵倒する。
 ゾンビはしゅんと、気落ちしたように項垂れた。

「もう、パロムったら!」
「なんだよ。今のはオイラが悪いわけじゃないだろ!」
「でも、パロムが調子にのって追いかけ回すからでしょ! ブラス様は私達のことをちゃんと考えて、あまり近づかないようにしてくれて居るんですから!」

 ポロムに怒られ、パロムは納得いかないように「う〜」と唸る。
 そんなパロムは無視して、ポロムが振り返った。

「それで、ブラス様。どうかしたのですか?」
『おお、そうだ。ポロム、大変な事が起きた』
「大変な事?」
『うむ。実は山の結界の一部が破られた』
「ええっ!?」「なんじゃとっ!?」

 ポロムとテラが同時に驚く。

「この山の結界は、ミシディアの魔道士が総掛かりでも破れなかったシロモノじゃぞ! 一体誰が・・・」
『解らぬ。少なくとも、私が生きておった200年前には見た事がない』
「そりゃそうだろ」

 と、呆れたように言ったのはロックだ。

『その男、どうやら試練の間に目的があるらしく、仲間達を長い刀で切り払いながら山頂を目指している』
「長い・・・刀だと」

 ゾンビの言葉に反応したのはクラウドだった。
 興味なさそうに聞いていたクラウドは身を乗り出して、ゾンビを問いつめる。

「答えろ! その男・・・銀髪で背が高くなかったか!?」
『うむ、その通りだが・・・おお、そうだ。お主と同じような色の瞳をしていたな』

 ゾンビの返答に、クラウドは大きく目を見開いた。
 ぎり・・・と奥歯を噛み締める音が、傍らにいたロックにも聞こえた。

「知り合いか?」

 テラが尋ねるとクラウドが大きく頷いた。

「ああ・・・俺が、俺が追いかけ続けていた男―――最強のソルジャーとまで言われた・・・セフィロス・・・!」

 呟き、顔を上げ、クラウドは未だ見えぬ山頂を睨み上げた―――

 

 

 


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