第11章「新たな力」
M.「聖剣」
main character:セシル=ハーヴィ
location:試練の山・麓

 

 

 それは夢のような感覚だった。

 その渦中に居る時はなんともぼんやりとした永い時間を、終わりはまだか、と彷徨っていたような気がするが。
  “道” を抜けてしまえばつい一瞬の事のように感じる。

 セラフィックロードの中で色々と “見た” 気もするのだが、それも夢の残滓のようなもので上手く思い出せない。

 なんにせよ。

 気がつくと、セシルは白い箱のような建物から外に出ていた。
 白い建物は先程のものと全く変わらないように見えるが、周囲の風景は全く違っていた。

 見渡せば遠くにミシディアの村が見えていたのが、今は辺りをぐるりと見回しても山と森と平原しか見えない。

「あれが、試練の山か・・・」

 すぐ目の前というわけではないが、それでも近くに見える山を見てセシルは呟く。
 それは山と言うよりは岩山で、遠目から見れば木の一本草の一本も生えていないように見える。それだけ、緑が全くないという事だった。

 周りをぐるりと見回しても、他に山らしきものは見えない。だからおそらくその岩山が “試練の山” なのだろうとは思っていたが。

「そうです。あれが試練の山・・・引き返すなら」
「もしかして心配してくれているのかい?」

 小さな少女はさっきからずっとセシルを引きとめようとしているようにも感じられた。
 そのことを指摘すると、彼女はかーっと顔を赤くして。

「そんなわけないでしょう! 私はただ、貴方がもし―――」

 言いかけて、言葉を止める。
 誤魔化すようにそっぽを向いて、

「ともかく、引き返す気がないのなら好きにすればいいんです」
「半強制的にここまで来させられた気がするんだけどね」

 ミシディアの人間に許しを乞う為に、セシルはここに居る。
 だが、セシルにはまだ少し迷いがあった。

「・・・れいちぇる?」
「クラウドだ」

 などという声に振替えると、ぼんやりとした表情のロックが、すがるようにクラウドの腕にしがみついている。それをクラウドはうざったそうに振り払う。その反動で、ロックは地面に叩き付けられるようにして倒れた。

「いてぇっ・・・・・・って、あれ、ここは・・・?」
「今度は昏倒する事もなかったのぅ。やはり二度目ともなれば慣れるか」

 ほっほっほ、とテラが、きょとんとしているロックを見て笑う。
 その隣ではパロムがテラの物真似をして笑っているが、ほっほっほ、という笑いではなく、子供特有の甲高い声で、きょっきょっきょ、という風に何処かで聞いた事のあるような笑い声にセシルには聞こえた。

「うえ〜・・・キモチワリィ・・・」

 笑われている本人は、笑われている事を気にする余裕もないほどに気分が悪いようだった。
 傍から見てはっきりと解るほどに青ざめている。
 それを、クラウドがやれやれ、と嘆息しながら。

「大人しく、ミシディアで待っていれば良かったんじゃないか?」
「あ、あのなあ・・・俺はなんかしらないけど、そこのセシルと同じ仲間として思われてるんだぞ・・・? 一人で居たら、なにをされるか解ったもんじゃない」
「なにを?」
「なにを・・・って・・・そうだな、魔法使いなら・・・例えば、イケニエとか」
「イケニエ〜? ロック兄ちゃん、それってマンガの読み過ぎだぜ?」

 パロムがテラの笑い声を真似るのを止めて、素でケラケラと笑い出す。
 その隣ではテラも苦笑しながら、

「確かに。魔法使い=イケニエというのは、これまた古くさい認識じゃのう」
「え・・・? でも、魔法使いって言ったらほら、大鍋にカエルとかイモリとか人間の脳味噌とかぐつぐつ煮込んで・・・って、うわ、おえ、言って想像してるだけで気分悪くなってきた・・・」

 ロックはさらに気分悪そうにへたり込む。

「まあ、そういう生贄を必要とする術法もあるにはあるが、少なくともミシディアの人間はやらんよ。数百年前に、当時のミシディアの長老が禁術として、そういった外法の記された書物を焼き払い、全ての魔道士の記憶から、術の記憶を消し去ったらしい。もちろん、そういった術の研究・開発も禁止された」
「・・・ちょっと待ってくれ。それはおかしくないか? 関する書物が失われたという事は、その術の記録も全て失われたという事だろう? その上、魔道士たちの記憶も消されたのなら、どうしてその術があることをあなたが知っている?」

 セシルの疑問に、テラは「ほう」と嬉しそうに笑った。

「どうやら、頭は悪くないようじゃな―――実は、焼き払われたはずの書物が存在する場所がある。記憶を封じるほどの力を秘めたミシディアの長老でもそこの書物には手が出せなかったようでな。私はそこでそういった外法の存在を知ったのだ―――知ってから後悔したがね」

 と、テラは苦々しく笑う。

「興味があるな―――その場所は?」

 それまで黙って聞いていたクラウドが身を乗り出す。
 だが、テラは首を横に振り、

「クラウド、知ってどうするつもりかね? まさか古代の外法を復活させようというつもりでもあるまい」
「そんなことには興味はない。ただ、失われたはずの書物が存在するような場所ならば、俺の追い求める男も現れるかもしれないと思ったからだ」
「・・・お主の言葉が真実だとしても、おいそれとその場所を教えるわけには―――」
「古代図書館だろ」

 テラとクラウド、2人の会話にいきなり割り込んだのは、青ざめた顔をしたままのロックだった。
 その言葉に、テラ以外の人間は困惑の表情を、テラだけは驚き―――いや、最早驚愕とも呼べる表情でロックを見やり。

「何故、知っている?」
「・・・俺も訳ありでな」

 にやり、とロックは笑ってみせる。と、

「『ケアル』」

 癒しの魔法がロックをつつみこみ、青かった顔色がみるみる良くなる。

「おー・・・なんか気持ち悪くなくなってきたな」
「・・・答えろ、その古代図書館とやらの場所を」

 調子を取り戻したロックに詰問したのはクラウドだった。癒しの魔法を使ったのも彼だ。

「えー、どうしようかなー」
「殺すぞ」
「いやいやいやいや殺すなよ! 教えるから!」

 背中の巨剣を掴んだクラウドから、本気の殺気を感じてロックは慌てて答える。

「でも後にしろよ。お子様達は退屈してるし、そこの爺様は険悪な顔をしているし―――セシル=ハーヴィだって、とっとと用事済ませたいだろ?」
「まあね」

 唐突に話を振られ、思わず素直に頷く。
 その返事に、ロックは満足そうに頷いて、

「そういうことでこの話は後だ! つーか、後で案内してやるからさ」
「案内なんかいらない。場所だけ教えろ」
「そいつはちょっとイヤだね」
「なに・・・」

 クラウドは再び剣の柄を握りしめる―――が、今度はロックも引かない。

「・・・彼は、その場所を教える代わりに自分を守ってくれって言ってるんだよ」

 横から助け船を出したのはセシルだった。ロックは嬉しそうに楽しそうに頷いて、

「そゆこと。流石に赤い翼の元隊長様は理解が早いね」
「赤い翼は関係ないと思うけどね」

 セシルが苦笑して答える。と、クラウドは殺気を引っ込めて、剣から手を放した。

「お、解ってくれたようだな―――ほら、なんか今ってさ、バロンで少し働いたからってミシディアの人たちに目の敵にされたり、なんかこれから怖いところにいこーとしてるみたいだしさ、か弱い俺としてはボディガードの一つくらい」
「解った。ただし、ミシディアを出るまでだ。ミシディアを出た後、その場所を話して貰う」

 クラウドがそういうと、「OK」とロックが頷いたところへ、パロムが声を上げる。

「というか、テラのじいちゃんに聞けばいいんじゃねーの?」
「わっ、馬鹿、そういうこというんじゃねえ、クソガキー!」
「ガキ言うない! オイラは天才パロム様だぞ!」
「残念ながら、私は教える気にはならん―――自分で調べ、見つけて赴くのは勝手だがな」

 よっぽど恐ろしいトラウマでもあるのか、今度はテラが顔を青くしてそう答えた。
 その言葉を聞いて、ロックが「よっしゃ」とガッツポーズ。

「ふう・・・なんか、バロンの竜騎士&ガストラの将軍に追いかけ回されたり、魔道士達に魔法ぶっ放されたり、ここんとこロクなことが無かったけど、なんとか生きて還れそうだなー」

 両手を組み、天に祈る乙女のようなポーズをとってロックが感極まったように言う。
 それから、一同を大仰な身振りを見渡して。

「よっし! じゃあ、さっさと行こうぜ。そんで、皆でパラディンになってさっさと帰るぞー!」
「・・・そんなに容易くパラディンになれるか・・・」

 はしゃぐロックに、テラがぼそっと呟いた。

 

 

******

 

 

 意気揚々とするロックを先頭に、一行は試練の山へと向かう。
 山はすぐ近くに見えているが、少し歩くようだった。

 歩きながら、セシルは心の中で迷っていた。

(許されるものなのか―――許されてよいものなのか・・・)

 例えパラディンになったとしても。聖なる騎士になったというだけで許されて良いものなのか。そして、聖騎士だからといって、朋友を殺し、ミシディアの宝であるクリスタルを奪い去ったセシルを、ミシディアの人間は許すことが出来るのだろうかと。

 パラディンになれるかどうかに関してはあまり不安がない。どういうものかすらよく解らないのに、なれるかどうかなど心配できるはずもない。

 その噂は “お話” として聞いたことがあるが、騎士の国であるバロンの歴史にも “パラディン” の称号を持った人間が現れた事はないのだ。

(唯一、それらしいと言えばアーサー陸兵団長か・・・)

 つい先日に亡くなってしまったが、アーサー=エクスカリバーは、バロン史上で唯一聖剣に認められた男だった。
 聖剣エクスカリバーを使いこなし、その剣の名を自身の字にした、バロン王オーディンの盟友でもある男。もしも彼が試練の山の試練とやらに挑んだならば、確実にパラディンの称号を得ていただろうと思う。

(君は、パラディンを知っているかい?)

 腰に差した暗黒剣の柄に触れ、デスブリンガーに呼びかける。

 ―――いや。話に聞いた事はあっても、耳にした事はないな。聖剣を振るった人間ならば一人知っておるがの。

(大体、パラディンって・・・聖騎士ってどういうものなんだ? 聖剣を使えればパラディンってわけじゃないのか?)

 ―――ならば逆に問うが、聖剣とはなんだ?

 問い返され、返答に詰まる。
 真っ先に浮かんだのは単に “聖なる剣、だから聖剣” というものだった。

 ―――まさか、聖なる剣だから聖剣、などと安直な事は言うまいな?

 セシルの心を読んだかのようにデスブリンガーが言う。
 誤魔化そうとも思ったが、この暗黒の剣は容易く見破るだろう。セシルは観念して心の中で頷く。

(・・・違うんだ?)

 ―――当たり前じゃ。ただ単に聖属性がついた、と言うだけならば何故聖騎士以外に使う事ができぬ?

 ・・・言われてみれば確かにそうだった。
 例えば暗黒剣を暗黒騎士しか装備できないのは、ダークフォースに抗する訓練を受けた暗黒騎士でなければ、闇に呑まれて狂気へと走ってしまうからだった。
 だが、聖剣が人の精神を狂わせるような悪しき力を持っているとは思えない。それでは暗黒剣だ。

 ―――聖剣とは、正しき剣の事を言う。

(正しき・・・ねえ。つまり、その剣をつかえれば正義ってこと?)

 ―――そうじゃ。じゃが、それは剣を使う人間の正義というわけではない。

(・・・もしかして、君のように剣が意志を持っているとか? つまり、剣が正義って言うのはそのまんまで、剣が自分の正義を主張して聖騎士に己を振るわせる、とかそういうような)

 ―――惜しい、が外れじゃな。大体、それならば妾も聖剣ということにならんか?

(正義を主張しているわけじゃないだろう?)

 ―――しないだけじゃ。お主が己の正義を持ってここまで闘ってきたのと同様に、妾も妾の正義を持って今まで存在してきた。

(じゃあ、聖剣って結局なんなんだよ?)

 セシルがやや苛立った気分でデスブリンガーに呼びかけると、彼女は丁度人間が嘆息するような気配を返してきた。

 ―――お前も案外短気じゃのう。クリスタルの事と良い、そんなに人智の及ばぬ力が気にくわぬか?

(そう言うわけじゃないけど・・・)

 思いながら、一方でそう言う事なのかも知れないとも思う。
 クリスタルという、ちょっと見にはただの綺麗な結晶体でしかないそれに、大勢の人間が左右され自分も含めた周囲の知人が争いへと巻き込まれたと気がついた時は、激しい憤りを感じたものだ。

 そして聖剣に対しても、自分は憤っている―――いや。

(聖剣、というよりはパラディンと呼ばれる存在に、か)

 ミシディアの長老は、セシルがパラディンになれれば全て許すと言った。
 そしてデスブリンガーは、聖剣とは正義の剣と言った。
 つまり、パラディンとは正しき存在であると言う事だ。例え、過ちを犯した人間でさえもそれに慣れれば罪を許されるというような―――

 ―――聖剣とは世界の代弁者じゃ。

 不意に、デスブリンガーが語り始めた。

 ―――この “世界” の意志のカケラが宿った剣が聖剣と呼ばれるもの。惜しい、と言ったのはそう言う意味でな。その、剣の意志に認められた人間でなければ聖剣は扱えん。具体的に言えば、聖剣の意志がこの “世界の正義を行う者” と判断した人間にしか扱う事を許されん。認められぬ者が使っても、それは木剣よりも切れ味が悪く、重いだけの剣の形をした棒に過ぎない。

 それはセシルも知っていた。
 以前、アーサー=エクスカリバーが、聖剣をセシルに譲り渡そうとして―――しかし、セシルには彼の聖剣、エクスカリバーには認められなかった。

 ―――聖剣には妾のように自我があるわけではない。ただ忠実に世界の意志を汲んで、使用者を見定めるだけの権限しか持たない。

(そこが、君と聖剣との違いというわけかい?)

 ―――その通り。妾は世界の事など気にせんからの。使い手が気に入れば、世界の救済でも世界の破滅でもどちらにでも力を貸す。

(ああ、それは良かった)

 ―――なにがじゃ?

(いや僕もそれなりに気に入られていたんだと思って。なんかずっと文句ばっかり言われていた気がするから、てっきり嫌われているのかと)

 ―――ふん。勘違いするでないぞ。別に妾は貴様の事など気に入っておらん。ただ単に他に使い手がいないから、仕方なく貴様の腰に差さってやっておるのじゃ。

(うん、でも、ありがとう)

 ―――礼を言ってもなにもでんぞ。

 ぶっきらぼうな思念が伝わってくる―――が、なんとなく照れているようにセシルには感じられた。

 ―――それよりもパラディンの事じゃ。

 照れを誤魔化す為なのか、彼女は話を強引に元に戻した。
 だがセシルはそれをつっこまず、黙って話を聞く。

 ―――聖剣とは世界意志の代弁者。その使い手は世界の正義を行う者、というのはわかったな?

(うん、つまりパラディンとは世界の正義を行う者―――)

 ―――違う。結論を急ぐな・・・例えば聖剣はこの世界に一本だけというわけではない。妾が記憶しているだけでも5、6本この世界に存在する。

(結構、多いね)

 ―――今現在、どこにあるかは解らんがな。・・・そして一つの聖剣を扱えたからと言って、全ての聖剣を扱えるわけではない。

(あれ? そうなの? でも、世界の為に剣を振るう事が使い手の条件なんだろう?)

 ―――世界の意志というのは一つではない。詳しい説明は省くが、世界の意志とは無数の意志が集まって一つの塊になっているのじゃ。それも一個に融合しているわけではなく、無数の意志が混沌としたまま一つの塊になっている。

(・・・つまり、そう言った複合された意識のカケラである聖剣も、全てが同じ意志というわけではないということ・・・?)

 ―――そのとおりじゃ。聖剣とは世界のためだけに存在し、世界の為に剣を振るう使い手を選ぶ権限しか持たぬ―――が、それら一本一本の判断基準は微妙に異なる。例えば、力の限り剣を振るい、世界の敵を悉く滅ぼす事こそが世界の為と思う剣もあれば、世界を愛する存在を守り抜く事が正しき事だと思う剣もあるじゃろう。中には世界を滅ぼす事が世界の為と思う剣もあるかもしれん。

(一つの聖剣にとっては正義であっても、他の聖剣にとっては正義ではなく、逆に悪ですらあることも―――まさか!)

「パラディンというのは全ての聖剣に認められた存在の事・・・!?」

 セシルは思わず叫ぶ、と、前を歩いていた他の面々がセシルを振り返った。

「あ・・・」

 その時になって初めて、セシルは自分が声を上げていた事に気づく。

「ふぅむ。そうかもしれんのう」

 頷いたのはテラだった。

「実は私もパラディンの条件というのがよく解っておらん。ただ、ミシディアの伝説に寄れば、遙か昔にたった一人だけ、試練の山に入り込み、パラディンと成って帰ってきた暗黒騎士がいたという。その者は、山にはいる時持っていたはずの闇の剣の代わりに、光り輝く聖なる剣を手にして帰ってきたと言われる・・・つまり、パラディンに成るという事は聖剣に認められる事なのかもしれん」

 テラの言に、ふむふむと頷きながら、セシルは心の中で呼びかける。

(やっぱり、そうなんだ?)

 ―――本当に近しいところを突いてはいるが、違う。いや、正しいとも言えるが、正答ではないのう。パラディンとは・・・

 そう言って、デスブリンガーはセシルに正しく答えた。

 ―――・・・パラディンとは、世界に認められた存在の事じゃ――――――

 

 

 


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