第11章「新たな力」
L.「愛する想い」
main character:セリス=シェール
location:ゾットの塔
「セシルは・・・セシルは絶対に私を助けてくれる! 私は・・・それを信じているからッ」
なにもない広い空間に、ローザの嗚咽混じりの声が響き渡る。
部屋にはローザとセリスしかいない。
瞳の端に涙を溜めながら叫ぶローザに、しかしセリスは答えない。セリスがなにも反応がないのを見て取ると、今度は強い眼差しでセリスを睨付ける。
口を開き、叫ぶのは嗚咽混じりの悲痛な声ではなく、怒りという激しい感情を伴った声だった。「私は貴方達を許さない・・・ッ。そしてそれは、セシルだって!」
「・・・・・・」怒りをぶつけられ、しかしそれでもセリスはなにも反応しない。
いや、その表情には先程から一つの感情が浮かんでいた。なんというか、もうどーでもいいやー、的な呆れの感情。
鉄椅子に拘束されたままセリスを睨付けるローザ、そのローザを立って半眼で見下ろすあきれ顔のセリス。
とりあえずローザの方は言う事が尽きたのか、それ以上は何も言わず、セリスは元々なにも言う気がないようだった。
結果として耳が痛いほどの静寂が場に留まる。「・・・なにをしているのかしら?」
と、不意に現れたのはバルバリシアだ。
本当になにもない空間から唐突に、向かい合うローザとセリスの横に現れる。バルバリシアがいきなり現れた事にも驚かず、ローザはキッ、とセリスに向けていた目をバルバリシアへと向けた。
「この卑怯者! 私を人質に取るなんて・・・セシルは、貴方達の卑怯な罠には屈しないわ!」
ローザの叩き付けるような言葉に、バルバリシアの目が薄く細められる―――彼女は愉快そうに笑って。
「ふふっ・・・屈しようと屈しまいとどうでもいいの。ゴルベーザ様の前ではセシル=ハーヴィなど敵ではないのだから。貴方を人質にとったのも私の主様にとってはほんの小さな気まぐれの一つに過ぎないの」
嘲笑まじりのバルバリシアの言葉に、ローザの目が大きく見開かれ。
「それよッ!」
「は?」
「これなのよ! やっぱ悪役はこういう感じでなきゃ!」
「・・・はい?」先程までの憎々しい様子とは打って変わって嬉しそうにはしゃぎ出すローザに、バルバリシアは困惑。
困ったように隣に立つセリスに顔を向けると、彼女は「私に聞くな」とばかりに顔をそっぽへ向ける。「も〜、セリーヌったら、何も反応がないんだもの。これじゃ練習にならないわ」
困ったようにローザがセリスに向かって非難の声を上げる。
その台詞にさらに困ったようにバルバリシアがセリスに顔を向けたまま。「練習?」
「私に話を振るな―――それから」と、セリスはイヤそうにローザに顔を向けて。
「私はセリス、だ。それ以外の名前で呼ぶな!」
「ニックネームは仲良しの第一歩よ。私の事だってロザリン♪ とか呼んでいいし。ちなみに “♪” がポイント」
「いらん。つーかそれ以上言うと、怒るぞ」
「私の記憶に間違いがなければ、なんかいつも怒ってる気がするけど?」
「お・ま・えが怒らせてるんだろーがッ!」
「怒った顔も魅力的で素敵よ? うふ」その瞬間、ブチ、とかなにかが切れる音を、バルバリシアは確かに耳にした。
恐る恐るセリスの方を伺うと、彼女は顔を真っ赤にして激怒の表情を―――浮かべているわけではなく、むしろ逆ににっこりと微笑んでいた。顔の筋肉を全力で使った、なんとも歪な作り笑いだったが。「それ以上言うと、二度と遊んでやらんぞ」
「ごめんなさい、私、ちょっと調子に乗りすぎてたわ」セリスの辛辣(?)な一言に、ローザはあっさり謝る。
そんな2人をバルバリシアはくすくすと笑いながら、「貴方達、仲良いのねー」
「誰が仲良しだッ!?」
「そうよ! それは大いなる誤解よ! 伝言ゲームで “ろーざ と せりす は こいのらいばる” が、 “ろーざ と せりす は なかがよい” って変わるくらいの誤解よ!」
「えーと、なんかその例えって回りくどいようで分かり易いと見せかけて、じつはやっぱり回りくどいわよ?」
「お前の台詞の方が回りくどいが」かなり疲労が濃い(精神的に)セリスが嘆息混じりに呟くと、バルバリシアは「そうかしら?」と首をかしげる。そこへたたみかけるようにローザが拘束されていて、唯一動く首を動かして頷き、
「そうなのよ! 名前の知らない浮いてる人!」
「その言い方って、なんか私だけ除け者扱いされてる気がするんだけど」
「じゃあ、見知らぬ何処かの誰かさん」
「バルバリシアよ」
「じゃあ、略して “ばっちゃん” ね!」
「それ、多分言うと思った―――できればもうちょっと可愛いニックネームがいいわねー」
「じゃあ “シア” で」
「うん、バッチ」イエイ、とバルバリシアは親指を立てて、ローザはウィンクを返す。
もしもローザが拘束されていなかったら、互いに手を叩き合っていたかもしれない。それをセリスが呆れたように、
「・・・お前達こそ仲が良いじゃないか」
「あらロザリン、セリスがジェラってるわよ」
「ええっ、ダメよセリス! 私にはセシルがいるんだし! そりゃあ、名前は似てるけど・・・」
「また名前ネタか! いい加減飽きたぞ―――っと、そうだ」セシル、の名前が出てセリスは自分がここへ来た理由をようやく思い出した。
「・・・お前に伝える事がある」
「愛の告白なら受け付けられないわよ」ローザの返事は無視。
セリスはバルバリシアに手を指し、「こいつが風のクリスタルを奪取した」
「・・・・・・」
「驚いて声も出ないようだな」
「ううん、よくわかんないだけ。風のクリスタルって、確かファブールにあったクリスタルの事よね? あれって私と一緒に奪われたんじゃなかったの?」? と、ローザは首をかしげてみせる。
その返事にセリスはしばらく怪訝そうな顔をして、「・・・・・・もしかして、お前―――お前は何処まで現状把握している?」
「ええっと、ファブールで貴方達に掴まった囚われのヒロイン」
「それはもう良い―――というかそれだけか!? なんで掴まったとかそう言う事は?」
「聞いてないけど?」
「聞いてないなら聞けぇぇっ! なんで疑問なく平然と椅子に拘束されてるんだ!? 普通、そう言う時は泣いたり喚いたりして自分がこれからどうなるのかとか聞くだろ絶対!」セリスに言われ、ローザははっとした表情になる。
「そういえば・・・でも、だって掴まったって気がついた時から、これならヒロインとしてティナを超えられるとしか考えてなかったし!」
「っだああああああああああっ、こいつわあああああああああああっ!」セリスは頭を抱えて、その場に膝を屈する。
顔を床に押しつけていたのでローザやバルバリシアからはその表情をうかがい知る事は出来なかったが、もしかしたら泣いていたのかもしれない。流石のローザも、少し心配そうにセリスを見下ろし、「ね、ねえシアー。私、なにかセリスに悪い事いったかしら?」
「・・・とりあえず、もうなにも言わない方が良いんじゃない? 貴方が喋るたびに彼女のMPが減っていってるのが見える気がする・・・」
「じゃあ、私ってば “いつでもラスピル” ね!」ね! と、やたら嬉しそうに言うローザに、バルバリシアは心の底からセリスの事が哀れだと思った。
そのセリスはしばらく床に倒れたまま肩を振るわせていたが、やがて勢いよく立ち上がるとそのまま勢いよくローザの顔に自分の顔を近づける。勢いつけすぎて、額と額がごつんとぶつかり、ローザはくらくらしたがセリスは無視。ぶつけたまま、額をくっつけて凄まじく至近距離で乱暴にまくしたてた。
「だーかーらーっ! ローザ! あなたは人質としてこの塔へ連れてこられたの! それで、お前の命と引き替えに風のクリスタルを渡すようにセシルに伝えたのに、そのセシルはクリスタルをバッツに預け、そのバッツはファイブル行きの船に乗ってこのフォールスから逃げようとした! つまり、ローザ! あなたはセシル=ハーヴィに見捨てられたのよ! 解った?」
「え、ええ、解ったわ」ローザが了解すると、セリスは自分の身体を起こしてローザから離れる。離れられてローザはほっと一息。
「もー、痛いじゃないセリス。こっちは両手両足動かせないんだから、頭を抑える事もできないわ! とゆーわけで私のおでこを撫で撫でするように!」
「誰がするかッ! というか聞いていなかったのか!? お前はッ、愛しい愛しいセシルに見捨てられたんだッ!」
「いやあん。愛しい愛しいだなんて、そんな本当のこと―――」
「人の話を真面目に聞けえええええっ!」全力で怒鳴る。
これでローザ相手に怒鳴ったのは何度目だろう。バロンで出会った時からずっと怒鳴り続けている気がする。怒鳴られたローザはきょとんとしていたが、軽く首をかしげて、
「なんでセリス、怒ってるの?」
「お前がちゃんとこっちの話を聞かないから―――」
「そうじゃなくて・・・私の気のせいかも知れないけど、 “セシルが私を見捨てた事” に対して怒ってるように聞こえるのだけれど?」
「そ、それは・・・」どうなのだろう? と、自問自答する。
(そうだ・・・私はどうしてこれほどまでに苛立っている・・・?)
セシルもローザも、別にセリスの仲間であるわけじゃない。
同じ陣営に与しているわけでもなく、どちらかと言えば現状では敵対関係にあるはずだ。だからセシルがローザを見捨てようが、ローザが見捨てられようが関係のない事―――のはずだった。
「どうして・・・そんなに平然としていられるのよ・・・?」
自問に対する答えが思い浮かばないまま、半分無意識にそんな疑問が口をついて出た。
「あなたはセシル=ハーヴィを愛していたんでしょう?」
ローザたちと出会ったのはつい最近だった。
それでもセリスは、そのことを痛いほど知っている。「傷ついたセシルに、身を震わせて祈っていたでしょう・・・?」
思い出されるのはバロンでの事。
セシルが暴走したボムを止める為にセリスの凍結魔法を自分の暗黒剣に上乗せするという無茶をした時のこと。それがローザ=ファレルとの出会いだった。
「セシルが死んだと言っても信じずに、逆に生きていると信じ続けて追いかけたでしょう?」
ミストでリディアの喚びだした巨人の一撃で引き起こされた、村の崩壊に巻き込まれ、その場に居合わせた誰もが死んだと思い、しかしその場にいなかったローザだけがそれを信じなかった。
その時、ローザは一方的にだがセリスと賭けをした。結局、その賭けはローザが勝つ事になる。
「暴走したセシルを・・・カイン=ハイウィンドも、レオ=クリストフも、私でさえ止められなかった、あのセシル=ハーヴィを、止めたのはあなたでしょう・・・!」
ファブールで、闇の力の暴走で自我を失ったセシル。カインは怯え、レオとセリスもその力に為す術がなかった。
だが、それをローザが止めた。(あの時は本当に “愛の奇跡” とやらを信じかけた・・・)
「それは、全部、セシルのためでしょう!? だというのに、あなたがそこまでしたというのに、セシル=ハーヴィはお前を見捨てたッ。なんでそれを悔しいと思わないのよッ!」
(私は、こんなに悔しいのに・・・!)
その瞬間、理解した。
自分は悔しいのだと。
悔しいから、これほどまでに怒っているのだと。セリスは知っている。
ローザがどれほどまでにセシルを愛しているのかを。
その愛の強さを、短い間でもはっきりと目にしてきた。だが逆に、セシルがどれほどまでローザのことを愛しているのかわからない。
これほどまでにローザが愛しているというのに、そのことを知っているはずなのに、セシルはローザを見捨てた。それが、悔しいのだ。
「ええとね、セリス」
「なによっ」
「うわ怖」ぎんっ、と擬音がつきそうな程に強く、ローザを睨付ける。
別に憎くて睨付けているわけではない。ただ、目に力を込めていないと涙が出そうだった。(こんな・・・こんなことでガストラの将軍が泣くのは帝国の恥だ・・・!)
辛うじて残った理性という名のプライドがそうさせる。
そんなセリスの目つきに少々怯えながら、ローザは横に小さく首を振る。「ええとね、セリス。あなたは誤解している―――あ、誤解と言えばシアー、ついでにさっきの誤解を断っておくと、私とセリスは仲良しじゃなくてセシルを巡る恋のライバルなの。三角関係。とらいあんぐるはーと。基本よね?」
「いーからとっとと話しなさいっ!」
「だから誤解なの。別に私は、セシルの為にセシルの事を愛してるワケじゃないの。私の為にセシルを愛しているのよ。だって、別に私はセシルに愛してくれ、って頼まれたわけじゃないもの。逆に、私はセシルに私を愛して欲しいだなんて頼んだ事はないわ」
「だから見捨てられても平気だと?」皮肉っぽくセリスが尋ね返す。
が、ローザはあっさりと頷いて。「ええ」
「・・・お前は、それで良いのか!? 愛するだけ愛しておいて、こちらの愛にはなにも応えて貰えずに―――」
「なにか応えて欲しくて愛してるわけじゃないもの。だからね、ええと、なんて言ったらいいのかしら・・・」そういいつつローザはなにやら考え込んでいる様子だった。
それはまるで、学校の教師ができの悪い生徒に、どうやったらこの公式を理解させる事ができるだろうか、と悩んでいるようだった。「だからね、セリス。私は幸せなの」
「こうやって掴まってる状況がか?」
「ええ。今、こんなふうになっているのは、私がセシルを愛した結果だもの。セシルの事を愛さなければこんな風にはなっていなかったでしょう? でも、セシルを愛してなければ、私は不幸せだったと思うのよ。少なくとも、今よりも絶対に幸せではなかったと思う」相変わらず、セリスには訳のわからない事だったが―――
「・・・・・・」
それでもセリスは黙って聞いていた。
これは、ローザなりに真面目にセリスに答えようとしているのだろうと解ったからだ。「私はセシルを愛して幸せよ。もしもそれで、結局セシルに見捨てられて、そのまま人生が終わってしまったとしても、私はこんなにも愛することができた自分を幸せに思う。たった今死んだとして、その19年間は心の底から―――命すら賭けて愛する人と出会えたと言うだけで、そんな風に愛せる人と出会えなかった100年の人生よりもずっと幸せだと思うのよ」
「・・・・・・」ローザの “答え” を聞いて、セリスはしばらく押し黙ったまま口を開かなかったが―――
「だから・・・見捨てられても・・・死んでも構わないと?」
「ええ」
「・・・・・・ふざけるなッ! そんな、簡単に自分の命を賭けられるようなものが愛だと!? だとしたらお前の愛とやらはゴミクズほどの価値しかないッ!」今度こそセリスには自分が解らなかった。
どうしてここまで自分が激怒しているのか。
激怒の理由はわかっている。先程と同じく “悔しい” からだ。
だが、何故悔しいのかが解らない。「人を愛するという事は生きるという事でしょう! 人は、生きている人に出会うからこそ人を愛する! 生きているからこそ、共に愛し合える! それが解らないなら、愛だのなんだのいうんじゃないッ!」
それだけ言って、セリスは踵を返すと部屋を出ようとする。
その背中に、ローザは大きな声で呼びかけた。「賭けをしましょう!」
セリスの歩みがぴたりと止まる―――が、振り返らない。
「セリス! セシルが私を見捨てたかどうか―――私を助けに来るか、賭けをしましょう!」
「・・・賭けにならないわ」やはり振り返らずに、言葉だけが返ってくる。
だが、その言葉をローザは敢えて聞こえなかったふりをした。「私はセシルが助けてくれる方に賭けるわ! 賭けるものは私の命!」
簡単に命を賭けるな、と怒鳴られておきながら、簡単に命を賭けると言い放つ。
誰が見ても馬鹿にしているとしか思えない言葉だが、しかしローザはふざけているつもりは毛頭無い。「―――・・・お前が負けたら、私がお前を殺してやる・・・セシル=ハーヴィと一緒にな!」
そう言い捨てると、最後まで振り返らずにセリスは部屋を出ていた。
「かなり怒っていたわねー」
セリスが部屋を出て行ってからバルバリシアがほっとしたようにそう言った。
「全く、あの子もよくわかんないわよねー。なんであんなに怒っているのか・・・きっと自分でもよく解ってないんじゃない?」
「・・・羨ましいわ」バルバリシアの軽口の返事というわけではないだろうが、ぽつりとローザが呟いた。
「やっぱりちょっと嫉妬しちゃうわね」
「なにに?」
「セリスに。―――きっとね、セシルも似たような事を言って怒るか嘆くかしただろうから」そう言って、ローザは苦笑混じりに吐息した―――