第11章「新たな力」
K.「囚われの・・・」
main character:セリス=シェール
location:ゾットの塔

 

 

 カンカンカン、とやや強い足音が階段に響き渡る。

「・・・・・・」

 その足音の主は随分とご立腹の様子で、怒りを隠そうともせずに塔内の階段を乱暴に、早歩きで昇っていた。
 女性だ。
 白い鎧を装備して、騎士剣を腰に下げた勇ましい金髪の女性。

 セリス=シェールだった。

「なにをそんなに慌てて居るのよ?」

 という声は後ろから。
 階段を昇っているのはセリスだけではなかった。
 長い金髪を身に纏った美女が、セリスの後ろから追いかけるように階段を昇っている。

 しかしセリスとは違い、その美女は足音を立てていない。

 それもそのはずだった。
 その女性の足は階段についてはおらず、宙に浮いたまま滑るようにセリスを追いかけている。
 フォールスの外海でバッツ達と交戦し、クリスタルを奪取した風のバルバリシアだ。

「慌てているわけではないッ! ただ憤ってるだけだ!」

 バルバリシアの問いに、セリスは言葉通り憤りを混ぜた声で言い放つ。
 うわ、こりゃそーとー頭にキてるわねー、とバルバリシアは肩を竦めて苦笑。

(でもなんでそんなに怒っているのかしらね? 私、なにか悪い事言ったかしら?)

 セリスが怒りだしたのは、先程バルバリシアがこのゾットの塔へと帰還して、ゴルベーザに風のクリスタルを渡した時だった。
 バルバリシアの手からゴルベーザへと渡されるクリスタルを、セリスは愕然とした表情で眺めて立ちつくした後、いきなり何も言わずに身を翻し、全身で “憤然” の二文字を表現しながらこうして階段を昇っている。バルバリシアは、それを特に意味もなく―――強いて言うならばちょっとした好奇心で追いかけているだけだった。

 行き先は解っている。
 ローザ=ファレルを閉じこめている塔の最上階だ。

 普通、牢室と言えば地下だろうが、ここは塔だ。しかも空高く、雲の上に浮かび立つゾットの塔。
 かつて世界の空を漂っていた浮遊大陸のカケラで作られた塔。だからこそ、何者も手の届かない塔の天辺が捕えた者を閉じこめる牢室だった。

「彼女に会ってどうするの?」

 バルバリシアが問う。が、セリスは黙ったまま答えない。
 仕方なくバルバリシアは適当に思いついた事を呟く。

「風のクリスタルは手に入ったから、お前はもう用無しだ、とか言うのかしら?」

 何気なく呟いた言葉に、しかしセリスは急停止。
 だがいきなり立ち止まると思って居なかったバルバリシアはそのままセリスに激突。具体的に言うと、バルバリシアの膝が丁度セリスの首筋にクーリンヒットした。

「ぐはっ!?」

 予期せぬ一撃にセリスの意識はブラックアウト。
 だが、すぐに倒れて床に激突した衝撃で目が覚める。

「く・・・ううぅうぅ・・・・・・」

 全く受け身は取れなかったが、それでも鎧を着込んでいたお陰で大した痛みはない。
 だがバルバリシアの膝の一撃が脳天に響いている。くらくらしている頭を抑えながら、セリスはゆっくりと立ち上がると険しい顔でバルバリシアを振り返る―――が、そこには誰もいなかった。

「・・・逃げたか」

 ちっ、と舌打ちしてから口早に呪文を唱える。
 程なくして癒しの魔法が完結し、すーっと全身からバルバリシアのニードロップやら倒れた時の衝撃の余韻が消え去っていく。

 一息して、セリスは再び階段の上を見上げる。
 ローザの部屋はすぐそこだった。

 

 

******

 

 

 部屋に入るとそこは広い部屋だった。
 ただ広いだけでなにもない部屋。部屋の奥に入ってきたのと同じような機械式の自動扉があるだけの部屋。

 なんのための部屋かと塔の主であるバルバリシアに尋ねたところ、未だ決まっていないという。バルバリシアがこのゾットの塔の主になったのはつい最近のことであり、長い間雲の上を彷徨い続けてボロボロになっていた塔を修復・掃除して、さらに塔の機能を回復させたのはファブールでの戦闘が始まる少し前だったという。

 だから、未だ塔内部の構造を把握し切れていないところもあり、数多くある部屋の多くもその役割を決められていない。

 しかし、この部屋のさらに先にある部屋は役割が決められていた。

 セリスは立ち止まることなく広い部屋を突っ切ると、奥の扉に近づく。一定距離まで近づくと、プシュ、と空気の抜けたような音が響いて扉が勝手に開く。ガストラにある魔導研究所でも似たようなものは見た事があったが、しかしこの塔の仕掛けは、修理したとはいえ元々は1000年を数えるよりも遙か昔にあったものだという。今と変わらぬ技術が、ずっと昔に存在した事にセリスは小さく驚きを感じる。

(・・・ケフカのやつは悔しがるだろうか)

 などと心の中で思う。
 同じガストラの将軍でも、セリスやレオとは違い、ケフカは技術畑に近しい人間だ。
 さぞかしこの塔の技術には興味あっただろう―――さっさと国に帰らなければ。

(全く、自分勝手な男だ。いつものことだが)

 ケフカがガストラ本国へ帰ったと聞いたのはついさっきのことだった。
 元々はその連絡がレオから来たというので、セリスはゴルベーザに呼ばれていたところに、帰還したバルバリシアと出くわした。

 その事を思い出し、セリスは苦笑しかけていた顔をしかめる。

(そうだ、今は勝手に帰った馬鹿のことを考えている時じゃない)

 思い、扉の開いた部屋に踏み込んで前を見る。
 広間の先にあった部屋は、やはり広かった。同じように殆どなにも置かれていない部屋だったが、部屋の奥には扉はなく、代わりに鉄の椅子がぽつんと置かれている。
 その鉄の椅子には一人の女性が座っていた。

 ローザだ。

 その両手両足には鉄の枷が嵌められていて、それは鉄の椅子にしっかりと固定されて身動きできないようになっている。
 ローザが昏睡状態から目を覚ましてからすぐに鉄の椅子に拘束された。それからもう一昼夜経過している。最初は「これねっ! ヒロインの醍醐味ってやつよね!」と何故か妙に嬉しそうにはしゃいでいたものだが、流石に参っているようだった。

「おい、生きているか?」

 半ば冗談交じりに―――後の半分は本気で心配して、セリスはローザへと近づきながら呼びかける。
 だが、返事はない。

(流石にこの女も・・・こんな状態ではな)

 同情しつつ、ローザの掴まっている鉄の椅子をみやる。
 ローザの四肢が鉄枷で拘束されているのは先程も述べたとおりだが、さらにローザの頭上には巨大なギロチンの刃が―――背を伸ばせば刃に髪の毛がついてしまうくらいの位置に刃があった。

 なんでも、ケフカと同調した自称天才発明家の、ルゲイエとかいう変質者が考案して自分で作り上げた拷問&処刑用の素敵装置らしいが。

 どんな人間だろうと、四肢をしっかり拘束され、さらにすぐ頭の上にスイッチ一つで落ちてくる巨大な刃があるような状況にありながら平常で居られるわけはない。まだ気が触れて狂わないだけ強いとも思う。
 思えば、最初にはしゃいでいたのもフリで、精一杯の強がりだったのかもしれない。そう思えば、出会ってからこちらのペースを狂わせっぱなしだったが、そんなことも忘れて憐憫の眼差しで項垂れたままのローザを見やる。

「・・・おい、ローザ=ファレル」

 もう一度呼びかける―――がやはり返事はない。
 身じろぎ一つせずに俯いたままだ。

 気でも失っているのか―――まさか、あまりの過酷な状況に自ら舌を噛んで。

 などとあまり楽しくないことを想像し、セリスは身をかがめて俯いたままのローザを舌から見上げて―――絶句する。

「・・・くー・・・」

 寝てる。
 まるで自分の家のベッドでふつーに眠っているかのように穏やかな表情で。
 どれくらい穏やかかというと、口の端からだらしなく涎をたらすようなゆるみきった寝顔。よく見れば、床にいくつか涎の落ちた後が見えた。

「・・・・・・」

 困惑。
 した後に、セリスは言い様のない怒りを覚えた。
 それは心配して同情までした自分の目の前で、眠り込んでいるフォールスで一番の美女(という称号もセリスにとっては甚だ疑わしい限りだったが)に対してではなく、こんな女に一瞬でも同情してしまった自分にだった。

 セリスは怒りを噛み殺しながら立ち上がると、そのまま深呼吸。
 息を吸い込めるだけ吸い込んで、それから、全力で。

 

「起きろーーーーーーっ!」

 

 ローザに向かって絶叫。
 すると、「ふにゃ」とかとてもとても気の抜けた声を上げながらローザが目を覚ますと、ゆっくりと顔を上げる。その表情は寝顔と同じく、捕らわれているということを感じさせない、ゆるみきった寝起きの顔で、まだ半分しか開いていない目をセリスに向けている。

「あー・・・うん。寝る」
「寝るなつってんのよ!」

 ばしいっ! と、セリスは再び俯きかけていたローザの頬をはたく。
 と、ローザは涙目で顔を上げ、

「セリリン、痛い・・・」
「誰がセリリンだっ!?」
「あれ? 気にくわない? じゃあ、セリセリ」
「セリスだ!」
「うん、知ってる」
「・・・ねえ、もう一回殴っていい?」

 セリス、ちょっとキレ気味。
 表情をにこやかにして激怒しながら、拳を振るわせるセリスに、ローザは嫌そうな顔をして、嫌そうに「えー」と声を上げた。

「セリスってそういう趣味なの?」
「どういう趣味だッ!?」
「まあ殴りたいなら好きなだけ殴りなさいな。私、こんなんだから抵抗できないし。・・・あー、でもできるなら優しくしてね? それから殴る時は悪の女幹部っぽくお願い。高笑いつきで。そうすれば私のヒロインポイントがレベルアップだし」

 とかそういうことを真面目な顔でつらつらいうローザに、セリスはがっくりと肩を落とす。
 そんなセリスには気がつかず、ローザはさらに言葉を繋げる。

「あー、でもあれよね? 殴られて、でも殴り返さずにまた殴る事を許すなんて・・・ええと、ほらあれ。右頬を殴られたらそっと左頬を差し出すとかそーゆーやつ。いやん、私ってば聖人君子? ああ、でも君子て男よね? えっと、ゴメン、今の無し。聖人・・・聖人・・・聖人女・・・だとなんかいやだし・・・聖人女神だと人だか神だかよく解らないし―――あ! 聖人乙女! 聖人乙女でどうかしら!? なんかとてもいい思いつきじゃない、私!? 今瞬間的に私の頭が良くなった気分!」
「あー、頭が良くなったところで悪いんだけど、ちょっと一言言わせて貰っていいか?」

 疲れ切ったようなセリスに、それとは対照的にきらきらと瞳を輝かせてローザは頷いた。

「モチのロン宜しいですわよ? 今のワタクシは聖人乙女なのでどんな罵詈雑言だって黙って耐え受け止めますわよ!」
「どんなキャラ作ってるのか良く分かんないけど・・・貴方ね、ヒロインとか囚われのお姫様とか、そういうの全然、向いてない」
「えええええええええっ!? なんでっ!? こんなにしっかり絶体絶命の拘束状態なのにっ!?」

 どんな罵詈雑言でも黙って耐える聖人乙女はものすごく不満げな声を上げる。

「そんなに楽しげに掴まるヒロインがどこの世界に居るかーッ!」
「うっ・・・」

 怒りと正論をもって答えたセリスに、ローザは二の句をつげることはできなかった―――

 


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