第11章「新たな力」
J.「憎むべき嘘」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村
ミシディアでセシルが “ついで” 扱いされ、やや唖然としていた時―――
セシル達が目指す、試練の山の登山口に、一人の男が立っていた。
長身の、長い銀髪を背中に流した美青年だ。
背中にはその背よりも長い刀を背負っている。青年は、草木の見あたらない、岩ばかりの試練の山を見上げてぽつりと呟く。
「―――ここが、古代種の―――・・・」
小さく短く呟いたその表情を、まだ顔を出したばかりの朝日が眩しく照らす。
しかし青年は、そのまぶしさに目を細める事すらせず、ぎらりと輝く瞳を尚、大きく見開いて試練の山を見上げ続け。「・・・・・・」
やがて、その登山口に一歩踏み出す―――その瞬間。
ばちっ!
と、電気がはじけるような音を立てて、青年の身体が後ろへ吹っ飛んだ。
大きく跳ね飛ばされながらも、しかし青年は軽い身のこなしで倒れることなく両足で着地する。「・・・結界か」
ち。と舌打ちして、彼は背中から刀を抜きはなつ。
青年の腕よりも長い長大な刀だ。
普通の人間ならば、両手でも重くて持ち上げる事は出来ないだろう―――が、青年は苦もなく片手で抜きはなった。「阻むのなら―――切り捨てる」
宣言して―――青年は刀を振り上げて、それから “結界” に向けて真っ向唐竹割りに振り下ろした―――
試練の山へは徒歩で片道一週間はかかるという。
なので、セシルは当然のようにチョコボを借りられないかと長老に交渉したが、「それよりも、もっと良いものがあるぜ」
支度を終えたパロムが嬉しそうに言い出した。
なにかと思うセシルに、長老は渋い顔を浮かべ、ポロムは苦笑。
事情を知らないセシルやテラは困惑し、クラウドは相変わらず興味なさげに状況を見守っているだけ。「こっち、こっちー!」
はしゃぐパロムに連れられて、セシル達がやってきたのは村の郊外にあった白い建物だった。
どういうわけか入り口らしきもののも窓も見あたらないので、建物、というよりは一件家ほどの大きさのある白い箱だ。その白い箱を見た瞬間、テラが長老と同じように顔をしかめた。
「まさか・・・こいつを使うというのか!?」
「お。テラのじーちゃん、流石だね。こいつがなにか解るんだ」
「パロム! テラ様に失礼でしょ! だいたい、これを作ったのはテラ様なんだから・・・!」パロムをたしなめるポロムの言葉に、セシルは反射的にテラを伺う。
と、彼はどうにも渋い顔で黙したままなにも言わない。代わりにパロムが本当に嬉しそうに説明した。
「じゃーんっ! こいつはバロンとミシディアを繋ぐ精神転化送受盤―――通称『デビルロード』の試作品、セラフィック・ロードだ!」
「なんで貴方が威張るの!?」またやいのやいの言い始める双子。
そんな双子に、黙っていたテラが重々しく口を開く。「しかし、この装置は封印されていたはず・・・まさか長老のヤツが封印を解いたとは思えぬが・・・?」
「あ、それ、オイラが解いた」
「なに!? どういうことだ? これの封印を施したのは私だぞ!? 子供に解けるような術ではない・・・・・・!」思いっきり驚いた顔でテラが目を剥く。
対してパロムは誇らしげに「えへへー」と胸を張って。「オイラってばパズルが大得意なんだ」
「パズルと封印を一緒にするな!」
「でも似たようなもんじゃん。力押しじゃ破れないけど、解く順番さえ知っていれば誰にも解ける―――ま、テラのじいちゃんの封印もなかなか面白かったけどさ。試練の山の封印はもっと面白かったなー」けらけら笑うパロムに、テラはショックを受けたようにがっくりと肩を落とした。
「わ、私の封印を解いただけではなく、私がどうやっても解けなかった試練の山の・・・ミンウ様の封印を・・・こんな子供が」
「子供言うない! オイラは超! ウルトラスーパーダイナミック天才少年魔道士、パロム様だい!」胸を張って堂々と言うパロムの言葉を、しかしテラは聞いていなかった。
自分が出来なかった事が、自分の十分の一くらいしか生きていない子供にあっさりとこなされたのだ。気落ちしたくもなるだろう。「んじゃ、さっさといこーぜ」
そんなテラの気持ちなど気にせずに、パロムは宣言する。
「今度は呑まれるなよ?」
クラウドがにこりともせずにそう言ってロックを振り返る。
するとロックはむっつりとした顔で。「・・・善処する」
と、答えた。
「呑まれる?」
クラウドの言葉を聞き咎め、セシルが尋ねる。
その問いに答えたのはクラウドでもロックでもなく、意外にもポロムだった。「この “道” はとても不安定な道なので、魔道に通じた存在でなければ道を踏み外し、次元の狭間へと落ちて二度と現界に戻ってくる事はできません」
少女は、そう説明した後一拍置いてからセシルを睨付ける。
「魔道士でもない貴方がこの道を行くならば、道を踏み外さぬように心を強く保つ事。―――止めるのなら今のうちですよ?」
「ここで止めて逃がしてくれるというのなら、喜んで辞退させてもらうけどね」
「もちろんパラディンになれなければ、私達は生きて貴方をこのミシディアから返すつもりはありません」ポロムの表情は動かずに、憎しみを持ってセシルを睨み続ける。
無茶苦茶だ、と思う反面、仕方のない事だとも思う。
むしろ少女の恨みは正当であり、(憎悪を向けられていた方が安心できる・・・っていうのも妙な感じだけど)
と、セシルは横目でポロムに良く似た少年―――パロムの方をちらりと見る。
少年は、少し退屈しているらしく、頭の後ろで両手を組んだポーズのままぼんやりとして、時折小さな欠伸をしていた。(憎しみを向けられないというのも奇妙な感じだ―――父親を殺されておいて、どうして平然としていられるんだろうか)
父親のことが嫌いだった―――と言うわけではないようだ。
けれど、セシルが父を殺した事を恨んでいるようにも見えない。(子供は正直だ・・・)
子供は感情を制御する術を知らない。
どんなに嘘を吐く子供であっても、自分の感情に対してだけは素直だ。
嬉しければ喜ぶし、悲しければ無く。大人ならば堪えたり、我慢できる感情を、しかし子供は素直に発散する。だから、親を殺したセシルを憎み、それを包み隠すことなくセシルへとぶつけてくるポロムを、セシルは理解できる。
しかし、パロムは違う。
セシルに怒りや憎しみを向けていない。これが精神の成熟した大人ならば、何か考えや企みがあって憎しみを隠しているということも考えられるが、パロムは子供だ。つまり。(本当に僕の事を恨んでいない・・・?)
と、セシルがパロムに注意を向けていると、少年もこちらに気がついたらしく顔を向け、にかっ、と笑ってみせる。
その笑顔にセシルは尚更戸惑った。(どうして、自分の親を殺した人間に向かってそんな風に笑えるんだ・・・?)
わけがわからない。
もしかしたら、実は親とは仲が悪かったのかも知れない。
或いは、子供ながらに大人と同じように心を隠す術を会得しているのかも知れない。だが、セシルはなんとなくそのどちらも違うような気がした。
と、ポロムもパロムの笑顔に気がついたようだ。
不機嫌そうな顔でパロムに近づき、「ちょっとパロム! なんなのその顔!」
「は? なんだよポロム。オイラのニヒルなクールスマイルになんか文句でもあるのか!?」
「どこがニヒルでクールなの!? 単なるバカヅラでしょう!」
「せ、せめてプリティスマイルとかいえよ!」
「誰がいいますかッ!」火でも吐きそうな勢いのポロムに、パロムは「うおっ」と声を上げて後退。
しかしパロムが下がった分、ポロムはさらにパロムに詰め寄って、「大体、貴方、おかしいわよっ! どうして父様を殺した仇がすぐ傍にいるというのに、そんな風に笑う事が出来るの!?」
「んー・・・さあ?」
「さあ、じゃないっ! 貴方も憎むべきなのよ! この男をッ!」顔をパロムの方へ向けたまま、ポロムは指先をセシルへと向ける。
しかし、パロムは「む〜〜〜〜」とか唸りながら。「だーかーらーさー・・・それをずっと考えてるんじゃんか」
「考える!? なにを!?」
「そいつをホントに恨まなきゃいけないのかって事」
「考えるまでもないでしょう!」
「そだよなー、結局、わかんないし」そういって、再びにかっと笑ってセシルに顔を向ける。
「大人ってメンドクサイよな。色んな事考えて、色んなことを隠さなきゃいけない」
不意にこちらに向けて言われた言葉に、セシルはどきりとする。
「それは・・・どういうことかな?」
「別にー。ずっと考えて、わかんなかったからそう思っただけ。超天才のオイラが考えて解らなかったってことは、兄ちゃんがなにか隠してるから解らないって事だろ?」
「さあ、どうだろうね」
「ほらそーやってすぐに誤魔化す。オイラの父ちゃんもそーやって色んなこと誤魔化して隠してた」
「父様とコイツを一緒にしないで!」よっぽど嫌だったのか、ポロムが悲鳴じみた金切り声をあげるがパロムは無視。
「―――あの時もそうだった。あんたたちが攻めてきた時。父ちゃんは “なんでもない、すぐに戻ってくるから大丈夫” って言って、オイラ達を部屋に押し込めて、鍵まで掛けて―――でも結局、大丈夫じゃなかったし戻って来なかった」
いつのまにか―――
さっきまで笑っていたはずのパロムはなんの感情もない真顔になっていた。
その表情と言葉に、その場の誰もが息を呑む。
ポロムでさえも、怒りを引っ込め、唖然とした顔で双子の片割れを見つめている。それは、セシルも同様だった。
「オイラが憎むとしたら、それは父ちゃんを殺した暗黒騎士でも、ミシディアを襲わせたバロンの王様でもない。大丈夫だって嘘をついて、戻ってくるって嘘をついてポロムを泣かせた父ちゃんと―――」
パロムの瞳がじっとセシルを睨付ける。
それは怒りというほど激しくなく、憎しみというほど深くもない。
しいていうなら、ささやかな非難の目つき。だが、セシルにはそのパロムの視線が、ポロムの憎しみよりも胸に突き刺さるような気がした。
「―――自分を嘘で覆い隠して、ポロムにずっとヤな顔させ続けてるあんただ」
「僕は・・・嘘なんてついていない・・・」パロムの言葉に対する反論は、随分頼りないものだと自分でも思った。
だが、パロムは再びにやりと笑うと、今度はふてぶてしい挑戦的なめつきでセシルを睨付ける。「ならいーよ。嘘をつき続けるならそれでも。それもあんたの本当なんだろうしな」
パロムの言葉に、ふっ、とセシルも思わず笑った。
「君は・・・不思議な子供だな」
「天才って言ってくれよ―――ンなことよりもさっさと行こうぜー。早く行かないと日が暮れちゃうぜ!」そう言って、パロムは視線を白い建物へと向けた―――