第11章「新たな力」
I .「ついで」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村

 

 

 次の日。
 セシルが試練の山へ行くことを告げると、テラは頷いて、

「では早速行こうかの。お主ものんびりしている余裕はあるまい」

 テラの言葉にセシルは重々しく頷く。
 本当ならば今すぐにでもバロンへ飛んでいきたい気分だ。
 が、それをこの村の人間は許しはしないだろう。そして魔道士でなければ、バロンへと続くデビルロードは使えない。海路を使おうにも、このミシディアの国であってもやはりリヴァイアサンの脅威は存在し、港は全て外海専用だ。

 テラはセシルに敵対心が在るわけではないようだが、それでも村人達を裏切ってまでデビルロードを使わせてはくれないだろう。
 ならば、早く試練の山へと向かい、そこで聖騎士となって長老達に自分を認めて貰うしかない。

(ヤンが僕の指示に従ってくれたのなら、今頃はファブールへ戻ったころだろう。もうトロイアへ向かっているかも知れない)

 実際は、ファブールへ戻る途中でファリスの海賊船に遭遇し、そのまま反転してバロンを目指しているのだが、当然、神ならぬセシルにはそんなことは解らない。

 ともかく、のんびりしている時間はないが、焦る必要もないとセシルは感じていた。
 ファブールでの戦争は、セシルの読み通りエブラーナがバロンの城を攻めたことで、バロンは引いた。ならばバロンの次の標的はエブラーナになるだろうし、そしてエブラーナはもう何年もバロンと戦争を繰り返してきた強力な軍事国家だ。飛空挺というアドバンテージがあるとしても、そう簡単に攻め落とせるものでもないだろう。

(―――案外、エブラーナがすでにバロンを落としているかも)

 などと冗談交じりに思うが、その一方でそれは有り得ないとも思う。
 エブラーナがバロンに勝つ可能性もあるかもしれない。それでもセシルはバロンが―――というより、ゴルベーザがそう簡単に破れるとは思えない。

(ファブールにベイガンは来ていなかった。ベイガンなら主力のいなくても十分、持ちこたえられる。―――それにあの男・・・ゴルベーザもエブラーナが攻めてくることは読んでいたはずだ。なにも準備していなかったとは考えにくい)

 なんにせよ、まだ戦いは終わらない。
 そしてセシルも己が生き続けている限り戦いを止めるつもりはない。

(・・・エブラーナが落ちたとしても、ゴルベーザの目的はクリスタルだ。このミシディアと、ダムシアンのクリスタルは手に入れたが、ファブールのクリスタルはファイブルへ帰るバッツに預けたし、トロイアのクリスタルは行方不明・・・・・・あの男が目的を達するにはまだまだ時間が掛かるはず)

 目的―――と考えて、セシルは悩む。
 クリスタルがなにかの封印をしていることは解った。遙か昔にはアルテマという強力な魔法を封印していたことも解った。
 しかし、今何を封印し、そしてゴルベーザはその封印を解いて何をしようとしているのかは解らない。

(・・・そう言えば昨日ははぐらかされたままだったな。そのことも聞かなければ・・・)

 ゴルベーザが何を目的としているのか。それを知らなければ、いつまでも後手に回ってしまう。

「賢者テラ。昨日聞きぞびれたクリスタルの封印とは―――」
「それを聞きたいのならパラディンになることじゃ。一応それはこのフォールスの秘中の秘であるのでな。長老の許可がなければおいそれと他の者に話すことは出来ん」

 そう言われれば無理に聞き出すわけにも行かない。

(なんにせよ、まずはパラディン・・・か)

「ほれ。さっさと支度してこぬか」

 吐息したセシルに、テラがそう言って促す。

 

 

******

 

 支度と言っても、海に飛び込んだままのセシルには特にする支度もない。
 せいぜいが顔を洗って軽く準備運動をするくらいか。

 そんなわけで長老の館の庭にある井戸で顔を洗い、つかれない程度に身体を動かす。
 汗を掻くか掻かないか程度で動きを止め、軽く深呼吸―――していると、庭に小さな足音が二つほど入ってきた。

「よお、兄ちゃん。おはよー」
「・・・・・・」

 幼い双子の魔道士だった。

「ああ、おはよう。・・・えっと、確か君はパロムだったかな」
「おうっ! 天才魔道士パロム様だ。サインやろーか?」

 寝癖のついたぼさぼさ頭のまま、にかっと太陽のように笑うパロムに、しかしセシルは丁寧に首を振って断り、そのパロムの後で、険悪にこちらを見つめている少女に視線を移す。

「・・・えっと。ポロム、だったかな」
「・・・・・・・・」

 セシルの呼びかけに、彼女はあからさまに顔をしかめてパロムの背後でぼそりと何事か呟く。
 それをパロムがやれやれと肩を竦めながら通訳する。

「 “気安く名前を呼ばないでくださいませクソ野郎” だってさ」
「クソ野郎・・・」

 女の子らしかぬ言葉遣いに、セシルはちょっと唖然。
 と、ポロムは顔を真っ赤にして慌ててパロムの耳元で怒鳴りつけた。

「ちょっとポロム! 私、クソ野郎なんて言ってません!」
「・・・っ。うるせーっ。耳元で怒鳴るなよっ。キンキンする・・・!」

 耳を押さえつつ、パロムもポロムの耳に向かって怒鳴る。今度はポロムが耳を抑える番だった。

「くっ・・・パロムこそ怒鳴らないでくれますッ!」
「はあ? 何言ってるんだよ!? 聞こえねーよ!」
「はあ? 言いたいことがあるなら私の耳に聞こえるようにはっきり言ってくださいませ!」

 2人とも自分の耳をしっかり抑えながら、互いに届かない声で喧しく騒いでいる。
 と、その2人の頭を、細い老人の手がはたいた。

「てっ!?」
「きゃっ!?」
「・・・お前ら、朝っぱらから何を騒いでおる!」

 双子が顔を上げて横を見れば、騒ぎを聞きつけてやってきた長老がいた。その後ろにはテラとクラウドもいる。テラの手にはデスブリンガーが握られているのも見えた。

「ってぇ・・・なんだよ! オイラは悪くねーぞ! ポロムのヤツがいきなり耳元で怒鳴るから!」
「酷いですわお爺さま! パロムが嘘吐いたのがいけないのに、私までぶつなんて・・・」

 パロムが抗議するのと同時、ポロムも抗議しながらくすん、くすんと泣き始める。
 だが、そんなポロムの頭を、長老はもういちどぺしん、と叩いた。

「きゃんっ!?」
「ポロム、そんな嘘泣きが儂に通じると思うてか」
「うう・・・二度もぶたれた」
「やーい! ポロムの馬鹿ー」
「なんですってッ!」

 そして再び双子が騒ぎ出す。
 からかいながら逃げるパロムを、怒りの形相でポロムが追いかける。
 微笑ましいと言えば微笑ましい光景に、セシルは思わずくすり、と笑い。

「ほれ」

 と、その目の前に黒い剣が差し出される。
 デスブリンガーだ。

「・・・僕に渡して良いのか?」
「悪いと思ったら渡さんよ」
「・・・ありがとう」

 テラに差し出された暗黒剣を、セシルはしっかりと受け取った。
 それを腰にくくりつける。

「さて、いくか」

 そうテラが宣言すると、双子のおいかけっこがぴたりと止まった。
 パロムが不満そうに声を上げる。

「ええぇー! もう行くのかよー! オイラ、まだ全然準備してねーよ」
「そうですわテラ様。私だって、まだ顔も洗ってないし髪も―――きゃあああああっ!?」

 パロムの言葉を追うようにポロムも不満を言い終えるよりも早くクラウドの存在に気がついて、パロムと同じように寝癖のついた頭を、真っ赤になって抱える。

「ク、クラウド様に寝起きの頭を見られてしまいました・・・なんてはしたない・・・!」
「おいかけっこの方がもっとはしたないと思うけどな」

 ケケケ、と笑うパロムの台詞は、ポロムには届いていないようだった。

「あああああ・・・こんなところを見られてしまったら、もう私・・・私、クラウド様以外のところへおヨメに行けませんわッ」
「なんでだよッ!?」
「いいからとっとと支度せんかッ! このままでは試練の山へ立つ前に日が暮れるぞ!」
「「はーい」」

 長老の怒鳴り声に、直前までのやりとりを忘れたかのように双子は声を揃えて元気よく返事をした後、井戸で水を汲んで顔を洗い始める。

「って・・・どういうこと? 試練の山に・・・って、僕一人で行くんじゃ・・・?」

 てっきりそう言うことだと思っていたセシルは、長老の言葉に困惑する。
 が、テラは目を丸くして、

「何をいっとる。そもそも試練の山へは私が用事があるのだ。セシル=ハーヴィ、お主はそのついでだ」
「ついで・・・」
「まあ、私もあの双子を連れて行くのは反対したんだがな。なんでも試練の山の封印はあの双子でないと解けぬというから・・・」

 やれやれ、と吐息するテラ。
 その後ろではクラウドが興味なさそうにぼーっと突っ立っている。

 そしてセシルは、顔洗っていたハズなのに、いつのまにか水の掛け合いに発展していた双子を折檻する長老のやりとりを唖然と眺めていた―――

 


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