第11章「新たな力」
H.「人は死ぬということを知らなければならない」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村

 

 結局、その場はそれで解散となった。
 セシルとロックは鍵の掛かる部屋に閉じこめられ、その上に魔法で鍵を掛けられた。

 さらに部屋の外ではクラウドとテラが待機している。
 テラの実力は解らないが、クラウドは紛れもなく強敵だ。逃げることは難しいだろう。

 ついでに、デスブリンガーも部屋の外だった。

「ああっ、くそっ、鍵はともかく魔法は俺じゃどーにもなんねー。おい、アンタはどうにか出来ないか? その暗黒騎士の力で」

 ドアの鍵と格闘していたロックがセシルに尋ねる。
 セシルは苦笑して首を横に振った。
 暗黒騎士暗黒の武具に秘められたダークフォースを引き出して力とする。つまり、暗黒の武具がなければなんにもできない。

「どーするんだ?」
「さてね」
「行くしかないんじゃないのか? その、試練の山ってところに」
「・・・・・・」

 ロックの言葉にセシルは即答はせず、

「・・・・・・許しを請うために、か」
「謝るのがイヤだ、なんてガキじみたこと言うなよ?」
「謝って、それで済む問題なら謝るよ。でも、僕は取り返しのつかないことをしてしまった。謝って、許してもらえることじゃない」
「許して貰えるかどうかは問題じゃねえだろ。要は誠意を見せろって事―――」

 口に出してから、ロックは気まずい表情をする。
 自分自身も恋人の死から逃げてきたようなものだ。人にとやかく言える事でもないが―――

(それでも俺はコイツとは違う。あいつを・・・レイチェルを絶対に生き返してやる―――)

「―――・・・人は死ぬと言うことを知らなければならない」
「・・・!」

 セシルが不意に呟いた台詞に、ロックは内心どきりとする。
 そんなロックの事など気にせずに、けれどロックに語るようにセシルは訥々と語り始めた。

「僕を育ててくれた人の口癖だよ。どういう意味か―――彼がどういう意味でこの言葉を言っていたのか、解説してくれたことはあまりなかったけれど、僕は僕なりに解釈してこの言葉を自分の心に刻んでいる」
「どういう意味で?」
「単純だよ。死ぬということは取り返しのつかないと言うことだ。やり直しのきかないことを知らなければならないと言うこと。―――死に臆病になれという意味じゃない。ただ、それを知っていろと言うこと。知った上で行動しろと言うこと」

 ふう、と一息。

「僕はあの双子の父親を殺す時、恨まれることを理解して―――それでも殺さなければならないと判断した。他にも最良のやり方があったかもしれない。けれど、あの時の僕には殺すことしかできなかった―――」

 それは結局、自分が無力だったからに他ならない。
 勇気がなかったから―――バロン王の命令を裏切ることが出来ず、そしてこれはバロンにとって必要なことなんだと自分に言い聞かせ―――

「思い出してしまったよ。つい先日のことなのに、僕は忘れようとしていた。あの子たちの父親を斬ったこと、斬った時の感触、そして父親を殺されて嘆くあの子達をも殺そうとしたこと」
「でも、そりゃお前が悪いワケじゃねえだろ。それは仕方のないこと―――」

 言いかけたロックの脳裏にかつての光景がフラッシュバックする。
 かつて、最初に恋人を失った時の情景。
 あれは仕方のないことだったのかもしれない―――しかし、

「違う」
「え?」
「違う・・・違うぜ、セシル=ハーヴィ。殺すと言うことを、知った上で殺してしまった。ポロム達に憎まれることを理解しながら殺したから、憎まれることを受け入れるって言うならそれは違う」
「なにが、違うって言うんだ?」
「―――その時のお前は殺すことしかできなかった。そう言うのなら、今のお前には憎まれることしかできないのか? 他に―――お前が殺してしまった奴らの為に、他に何かできることはないのかよ!?」

 それは、ロック自身への問いかけだったのかも知れない。
 しかし、ロックの事情など知らないセシルはきっぱりと首を横に振った。

「ない」
「あるはずだ!」
「ないよ。死んだ人間は生き返らない―――僕は、もう二度と殺してしまった人たちの声を、その家族や大切な人たちに聞かせてやることが出来ない。その温もりを感じさせてやることが出来ない・・・取り返せることが出来ない以上、どんな償いをしようとも許されることは出来ない」
「だったら生き返らせてみろ!」
「!」

 ロックの台詞にセシルは一瞬だけどきりとする―――が、すぐに苦い顔でロックをにらみ返す。

「何を馬鹿なことを・・・」
「馬鹿じゃねえ! 殺してしまった人間を、生き返らせることでしか罪をあがなうことが出来ないって言うなら、生き返らせてみせろ!」
「死んだ人間は生き返らない! 死者の復活を望むことはそれだけで死者への冒涜だ・・・!」
「違うね! 罪を償えないと諦めて、ただ憎しみを受け止めることしかできないてめえこそ冒涜者だ! てめえは、殺してしまったから仕方ないって、死人を見捨ててるだけなんだよッ!」

 だんっ、とロックは近くにあった壁を殴りつけ、セシルに向かって全力で怒鳴る。

「俺はあいつを見捨てねえっ! 冒涜だろうが自然に反することだろうが構わねえっ! 俺はアイツを―――レイチェルを生き返らせる! 絶対にだッ!」

 壁を殴りつけた拳の指を立てて、それをセシルに向けて、

「てめえはそのまま自分が無力だって嘆き続けてろ! 何も出来ないって諦めてろ! この世界に取り返しのつかない事なんて何一つあるもんか! 俺はぜってー諦めない! 絶対に、俺はッ」

 ごがんっ!

 唐突に部屋のドアが開いた。
 それも勢いよく。

 堅い木で作られたドアは、ちょうど良い位置に立っていたロックを強打。
 その一撃で、ロックは吹っ飛ばされ、壁に叩き付けられ、そのままずるずると壁にもたれるようにその場に倒れ込み。

「・・・・・・」

 動かない。気絶したようだった。

「うるさいぞ」

 と、ドアを開けて現れたのはクラウドだった。
 彼は感情を表さずに静かに述べると、そのまま、ばたんとドアを閉める。
 どうやらこのドアは、こちらからは開くのは難しいが、外からは簡単に開けられるらしい―――と、あまり脱出の役に立たないことに気がつきながら、セシルは倒れたままのロックを見る。

 なにやら一方的に怒鳴られたが、どうやらロックにも大切な人を失った―――或いは殺した―――経験があるらしい。
 そして、単なる勢いで口走っただけかも知れないが、どうやらその人を生き返らせようとしている。

「人は・・・死ぬということを知らなければならない・・・」

 ぽつり、と呟いてみる。
 それは、セシルが長年、指針にしてきた言葉でもある。
 この言葉を胸に、数々の選択を乗り越えてきた。その一つが、このミシディアのクリスタルを奪いに来て、立ちはだかった魔道士を殺した時のことだ。

 迷う時、迷ってはいけない時、一瞬の躊躇いが大きな犠牲を生んでしまうような時。
 セシルはこの言葉にすがって来た。
 だが、今このときばかりは、この言葉が酷く頼りなく思えた。

「絶対に生き返らせる―――なんて、はっきり言ったヤツは初めてだ」

 なんの根拠もない、勢い任せの宣言だが、それでもセシルが今まで作り上げてきた価値観が土台からひっくり返されたような気分だった。

(今まで、僕は取り返しのつかないことは、取り返しのつかないことだと諦めてきただけなのかも知れない・・・)

 正直なところ、ロックには悪いが死者を生き返らせるなど出来るわけがないと思っている。
 魔法で死体を動かしたり、死体の中に死者の魂を押し込めて操る術はある―――が、それらは死せる者<アンデッド>であり、生者では有り得ない。

 セシルにはロックのように死者蘇生の術を探す気にはなれないが、それでも。

(・・・殺してしまった人間を生き返らせる―――それと同等の償い方が他にもあるかも知れない)

 唯一の償い方は憎まれ続ける事だけだと思っていた。
 殺した人間と同じように殺される―――だけでは、償いにはならない。何故ならば、自分が殺した人間は、決して殺されることを望んでいたわけではなく、贖罪のために自ら死を望むのとでは、苦しみが違う。
 だから、百万回殺されても恨み足りないほどの憎しみを受け続けることが、せめてもの償いだと思っていた。

「許されたいのかな。僕は」

 許されないことが償いだと思っていた。
 だから、試練の山に行き、パラディンになれれば正しく神に選ばれた騎士として罪を忘れ、認めると長老は言った。
 そう言われた時、心が酷く揺れた感触がある。

「当たり前か」

 認める。
 誰だって―――セシルだって、憎まれ続けられたくなんかない。できることなら許して欲しいと思う。でも、それは―――

「許されることじゃないんだ・・・それは解ってる。解ってるけど―――」

 もしもロックが言うように、死者を生き返らせる事が出来るのなら。
 或いは死者を生き返らせると同じくらいの償いがあるのなら。
 それがパラディンになることだと言うのなら。

「僕は―――」

 閉じこめられた部屋の中で、セシルは一人、決意を固めていた―――

 

 

******

 

 

 ―――次の日の朝。
 セシルは己の決心をテラに告げ、そしてテラ、クラウド、双子の魔道士パロムとポロムと共に試練の山へ向けて出立した―――

 

 

 


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