第11章「新たな力」
G.「パラディン」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ミシディアの村
クラウドの動きが止まったのを確認してから、セシルはゆっくりと振り返る。
見れば、ポロムの後ろに二人の老人がいた。さらにその背後にはミシディアの魔道士たちが、恐怖と不安、怒りと憎しみ、そんな感情をない交ぜにしてこちらを伺っている。老人は、目覚めた屋敷に居た二人の老人だ。
待った、の声を上げたのは白髪の老人で、屋敷でセシルに攻撃を仕掛けた老人―――長老はその隣で苦虫を噛みつぶしてしまったような顔をしている。
「そこまでじゃ、二人とも」
白髪の老人は繰り返して制止の声をかける。
「テラ様! どういうことですか!」
ポロムが悲鳴のような声をあげる。
折角親の仇が果たされる機会に、いきなり横やりを入れられて、半分怒り半分困惑した様子だ。「その男を殺させるわけには行かぬよ―――少なくとも、憎しみで殺させるワケにはいかん」
つい、とセシルを見やる。
「お主がセシル=ハービィか」
「そうだけど・・・貴方は?」
「わしはテラ。ミシディアに縁ある魔道士じゃよ―――時に “砂漠の光” は間に合ったかね」
「・・・え?」思わぬことを言われ、セシルはきょとんとした顔になる。
そんな様子を愉快そうに眺め、テラは笑った。「ははは。まあ、それも含めて話がある―――が、こんなところでは落ち着いて話しも出来ん。ついてこい」
そう言ってテラは背を向ける。
隣の長老も、振り向き様にセシルを睨付けてからテラの後に続き、ポロムや他の魔道士もそれに習った。
セシルはどうしようかと逡巡、と。「行こうぜ」
ぽん、と腰の辺りを叩かれて振り返れば、パロムがにかっと笑ってこちらを見上げていた。
「あのテラってじいちゃん、実は結構エラいやつなんだ。じいちゃんが殺さないって言うなら殺されることもないと思うぜ」
「そだな、俺もあのじいさんに助けて貰ったようなものだし」ロックもパロムに続けて言ってから、「なあ」と後ろのクラウドを振り返るが、彼は「さあな」と肩を竦めるだけだった。
そのクラウドはというと、今の戦いに横やりを入れられたのが不満なのか、どうにも不機嫌らしかった。が、それでも剣は背中に斜めに背負い、もう戦うつもりはないようだ。「君は、僕のことが憎くないのか。僕は―――君の父親を・・・」
「殺したくて殺したのか?」唐突に、パロムの目が薄く細められる。
子供らしい無邪気な笑顔から、感情を抑えた真剣な表情だ。「・・・殺さなければ、ならなかった」
「なんでだよ?」
「・・・・・・」セシルは答えずに、そのまま歩き出す。
テラたちの後を追って。「答えろよ!」
パロムが叫ぶ。が、セシルは答えない。
返ってこない返事に、パロムは「ちぇ・・・」と舌打ち。「なんだよ・・・くそ、理由がわからなきゃ怒って良いのかもわかりゃしない」
「親が殺されたんだろ? だったら憎む権利はあるんじゃないか」ロックがパロムに言う。
パロムは「んー・・・」と難しそうに唸った後。「あいつがもっとイヤなやつなら良かったんだ。例えば人を殺して『ゲハハ』とか楽しそーに笑うような。・・・でもさ、あの時も、今だって、ポロムや長老のじいちゃんたちが怒ってる以上に苦しんでいるような顔をして―――これじゃあ、なんか可哀想じゃんか」
それに、とパロムは続けて。
「あの時は父ちゃんや、他の魔道士を殺したけど―――今は、殺さなかった。殺せるはずなのに殺さなかった」
「逃げるのが精一杯で殺す余裕が無かったんじゃないか?」
「―――・・・いや。俺に相対した時も殺気がなかった」ぽつり、とクラウドが呟く。
「それに、なりふり構わずに逃げるのなら、俺と向き合う前にポロムを殺している。あの時、ポロムはずっとセシルのすぐ後ろに居た。殺すのは容易かったはずだが、そうはしなかった」
「それは、確かに・・・」ポロムの魔法でセシルとロックは逃げ切れない状態にあった。
だからこそ、セシルは覚悟を決めてクラウドと相対したのだろう。しかし、それもポロムを殺してしまえば逃げることだけに専念できたはずだ。「二つほど疑問がある」
さらにクラウドは、村の様子を見回しながら呟いた。
辺りに残っているのはクラウドたちだけだった。村の人間は皆、長老たちについて集会所にもなっている長老の館の方へと向かっていった。
だから、誰も喋らなければ静かだった。ミシディアの村はバロンやファブールのような煉瓦や石造りの建物は少なく、木の家が無造作に村の敷地内に乱立して、その中心に長老の館がどっしりと建っている。
魔道の国、と一応はフォールス地方の一角を形成する国家ではあるが、国と呼べるほど政治がしっかりしているわけではない。このミシディアの村を中心として、同じような村が集落として、ミシディアの大陸各地に点在しているだけだ。各地の集落には “長老” や “村長” と呼ばれるような責任者が居り、年に二、三度ほどこのミシディアの村に集まって、近況報告などをする他は各自それぞれに暮らしていた。「この村はセシル=ハーヴィ率いる赤い翼に襲撃され、村人は殺されて村の宝であるクリスタルを奪われてしまった。だから村人達は赤い翼を恨み、その指揮をとっていたセシル=ハーヴィを憎んだ―――それは解る。しかし、誰も恐怖していない。それが解らない」
力に寄って蹂躙されれば、それは怒りと憎しみと同等に恐怖を産み出す。
セシルという存在は、恨み辛みの対象であり、また恐怖の権化でもあるはずだった。
だが、セシルとロックを追いかけた魔道士達は怯むことなくセシルに魔法を放った。彼らが恐怖を感じたのはデスブリンガーの力によるものだけ。セシル自体に恐怖を感じてはいない。「もう一つ。俺の聞いた話が確かなら、赤い翼がこの村を襲撃したのは、まだ一ヶ月と経っていないはずだ。だというのに、襲撃された痕が見えない」
クラウドの言うとおり、村には襲撃された痕―――例えば焼け跡やら刀傷やらなど、或いは破壊された建物などの施設などのそう言った “跡” が何処にも見えない。
「―――・・・ダムシアンは同じ “赤い翼” によって城下を焼き払われ、城も爆破された。王を初めとする人間も、幾十幾百と死んだはずだ。俺はすぐにテラと共にダムシアンを出たから後のことは知らないが、おそらく今でも復興作業は続けられているはず―――それに比べてこの村は、まるで平和だ」
「・・・それもそーだよな。山賊に襲われたって、もーちっと被害出るぜ? 本当にこの村が襲われたのか?」
「そーだよ。でもあいつらはクリスタルを取って行っただけだ。・・・それを止めようとした父ちゃん達は殺されて」
「あ、俺も不思議に思ったんだけどさ」パロムが説明しようとするのを遮って、ロックが手を挙げる。
一応、先程まではミシディアの魔道士達から逃げ回っていたはずなのだが、そんな事など忘れてしまったかのように気楽に会話に参加している。それをパロムもクラウドも自然に受け入れているのは、二人とも他の魔道士達ほどロックやセシルに憎しみを抱いていないからだろう。クラウドは元々部外者であるし、パロムもバロンの人間だからと言う理由だけでロックを恨む気にはなれない。「赤い翼に抵抗した魔道士が殺されたって言うけどさ、逃げ回っていた時攻撃しかけてきた魔道士は抵抗しなかったのかよ? お前の親父さん達に任せて、家の中でガクガクブルブル震えていたとか?」
「違ぇーよッ! 皆、出払っていたんだ。オイラは良く知らないけど、なんか港の方でなんかあったとかで、父ちゃん達だけ残して皆はそっちに行っちゃってた」
「間が悪かったってやつだな。でも、そのお陰でそいつらは命が助かったってわけか」ロックが軽い調子で言う。
が、パロムは逆に暗く俯いて。「その代わり、父ちゃんは死ンじまった・・・あいつに斬られて・・・」
ぐっ、と下唇を噛んでパロムが呟く。
「あれから村はイヤな雰囲気でさ。バロンの名前が出ただけで皆怒りだして。港から戻ってきた奴らはバロンに攻め込もうとか言うし。ポロムだって泣くか、恐い顔をするかのどっちかで・・・―――ホントはさ、オイラも父ちゃんを殺されて悔しいし、カタキウチしたいって思う。けど、父ちゃんを殺したあいつは、なんか可哀想で・・・オイラ、どうしたら良いか解らなくて・・・・・・」
ぽたり、とパロムの足下に雫が落ちる。
涙だ。
己の泣き顔を見せない為か、いつのまにかパロムは地面に向かって顔を向けていた。「馬鹿だなー・・・ガキはガキらしく素直に泣いて、怒ればいーんだよ。セシルが憎いって思うなら憎めばいーんだ」
ぽんぽん、とロックはパロムの背を叩いてやる。
だが、少年はぶんぶんと激しく首を横に振る。「それは、イヤだ」
きっぱりと、言い切った。
「憎めばラクになるかも知れない。けど、オイラはイヤだ。なんか、上手く言えないけどさ。それじゃダメな気がするんだ」
思い出す。
赤い翼が襲撃してきた時。セシル=ハーヴィが自分を殺すとこちらを向いた時の事を。
心を覆い隠すかのように、黒い甲冑に全身を包み込んだ暗黒騎士。
けれど、僅かに露出した剣を握りしめる拳は、その心を写すかのように強く震えていた。それは目の錯覚だったのかも知れない。
けれど、その瞬間、パロムは直感的に理解した。
誰よりも何よりも可哀想なのはこの男なのだと。
理屈はない。理由は暗黒騎士に直接問いただすしかない。けれど、パロムは暗黒騎士を哀れだと感じた。だからだろうか。
父親を殺された悲しみを感じても、憎しみを感じられない。
逆に、憎い憎いと叫ぶ他のみんなが恐いと思う。そして、それはあまりよくないことだと思う。自分で言ったとおり、父親を殺したセシルを許すつもりはない。
けれど。「憎むにしても怒るにしても、それはあいつから理由を聞いた後じゃないといけない」
「理由・・・?」
「言ったじゃんか。 “殺さなきゃいけなかった” って。なんでオイラの父ちゃんを殺さなきゃいけなかったのか―――その理由を知らなきゃ、オイラは憎めない・・・!」パロムの絶叫に、ロックはやや気圧される。
天才、とか自分のことを言っていたが。(案外、マジかもなー。子供が魔法を使うってどんだけすげえのかよく解らねえけど―――少なくとも、こいつはこいつなりに何かを感じ取って必死に考えて結論を出そうとしてる)
そしてそれは、自分にはできなかったことだ、とロックは自嘲する。
最愛の恋人が記憶を失って自分に出来たことは、彼女の前から消えることだった。次に彼女に会った時は、彼女はもう死んでいた―――だというのに自分はここにいる。ロック=コールはトレジャーハンターだ。
そして、世界に眠り、伝承として伝えられる秘宝の中には、不老不死を叶えるものや、死者を蘇らせるものも多く存在する。ロックは彼女を殺したガストラ帝国に対抗するレジスタンス組織『リターナ』の一員として世界中を駆けめぐりながら、その一方でそう言った秘宝の情報も探している。もっとも、伝えられる伝説の殆どは当然ガセであり、まだなんの手がかりも見つかっていない・・・(彼女を生き返させる―――そう言って秘宝をさがして。でも結局、秘宝のひの字も見つかりゃしない)
結局、自分は逃げてるだけなのかも知れない。
彼女に否定された時に、彼女の前から姿を消してしまったように。
彼女の死を認めるのが恐くて、ありもしない秘宝を求めて逃げている―――(それに比べてこのガキは、逃げずに真っ向から自分の親の敵に向き合ってる。逃げるわけでも、否定するわけでも、一方的に憎むわけでもなく。憎むにしたって、ただ憎むのが正しいことなのか見極めようとしてやがる―――ガキのくせに)
「―――フ」
と、笑うような吐息を吐いたのはロックではなかった。
「成程な」
「なんだよツンツン。なにが “成程” なんだ?」ロックが小さく口元だけ笑っているクラウドに尋ねる。
ずっと無表情だったが、こいつも笑うことがあるんだなー、とか思いながら。するとクラウドは怪訝な表情でロックを見返して、
「なんだその “ツンツン” というのは?」
「ツンツン頭だからツンツン。つかその頭、薬液かなんかで固めてるのか?」
「魔晄の力だ」即答され、パロムとロックはじぃっとクラウドの頭を見やる。
「魔晄って・・・凄いんだな。じいちゃんにも分けてあげたいぜ」
パロムの呟きに、ロックは頭の禿げ上がった長老の顔を思い出して、
「いや、別に髪は生えないんじゃないか? つかそもそもそれ以前に分けられるモンでもないだろ」
「当たり前だ」憮然とするクラウドを無視して、ロックは再度尋ね返す。
「それでなにが成程なんだって?」
「お前には教えてやらん」
「おいおい、つめてぇなあ、ツンツン」
「ツンツンじゃない」はあ、とクラウドは吐息。
「だが、俺の想像どおりなら、セシル=ハーヴィというのは馬鹿野郎だな」
「ああ、それは常識」
「常識?」今度はクラウドが尋ね返し、ロックはこくりと頷いた。
「俺もイマイチよく解んねーけど、ロイドってゆー俺の知人が言うには、セシル=ハーヴィが馬鹿なのは “赤い翼” の常識だってよ。知らねェやつはモグリらしい」
そう言って、ロックはへらっと笑ってパロムに向き直り、続けて言う。
「きっとな、お前の親父を殺した理由って言うのも、殺された当人が呆れ返るような馬鹿な理由だと思うぜ」
その馬鹿な当人は、再びミシディアの長老宅に居た。
集会時には会場としても使える大きな広間で、周りを何十人ものの魔道士が取り囲む中、ミシディアの長老とテラ、二人の老人と相対していた。
ちなみにポロムは周りで魔道士達と一緒にセシルを睨付けている。「それで、話とは?」
長老とポロムを含む、魔道士たちの憎々しげな視線の中で、しかしセシルは平然とテラに尋ねた。
唯一、セシルに対して敵意を抱いていないテラは「うむ」と頷くと、「まずは砂漠の光は間に合ったのかね」
「ええ、お陰様で」
「なに、私はなにもしていない。実際に取ってきたのはバッツとリディアの二人じゃろう」
「あと、ダムシアンのギルバート王子も」ギルバートの名前を出した瞬間、テラの表情が驚きに変わる。
「ギルバート・・・あの男か・・・」
「知っているのですか?」
「・・・まあ、縁があったとだけ言っておこうか。あの男は?」
「今はトロイアに向かっているはずです」
「なるほど、土のクリスタルか」
「話が早いですね」
「一応、賢者と名乗っているのでな。仇の目的がなんなのかくらいは把握せんと」そのテラの言葉に、今度はセシルの表情が険しくなる。
「仇というのはゴルベーザの事ですか?」
「よく解ったな」
「ゴルベーザの目的がクリスタルだというのは明白です」
「お主こそ頭の回転が早い。その通り、私はゴルベーザに娘を殺された」剣を交えたクラウドと言うソルジャーもゴルベーザを仇と呼んだ。
なにか関係でもあるのか、とセシルは思ったが、それよりも知りたいことがあった。「教えてください。フォールスのクリスタルは何を封じているのですか? ゴルベーザはなんの封印をとこうとしているのですか!」
「ほう。フォールスのクリスタルは封印の鍵であるとしっておるか!」
「・・・物知りなヤツが教えてくれたんですよ。もっとも、過去にアルテマという魔法を封じていたことと、その封印が解放されたことくらいしか知らないようでしたが」
「アルテマの事まで知って居るのかッ!」悲鳴じみた絶叫を上げたのは長老だった。
あまりの反応に、セシルはやや驚いて様子を伺う。長老の顔は真っ赤で怒り狂っているのがはっきりと解る。
不思議なのは他の魔道士の反応で、長老とテラ以外は困惑しているようだった。その反応の違いから、アルテマ、という魔法は一般の魔道士にも知らされることのない秘中の術だと言うことに気づく。
(ちょっと失敗したかな―――っていうか、教えてくれても良いだろうに)
―――妾とて魔道士の事情など・・・しかも今の魔道士達のことなど知らんわい。
心の中で腰に下げているデスブリンガーに囁くと、彼女は素っ気なく応えた。
―――ちなみに館の中に入る前に長老がデスブリンガーを取り上げようとしたが、テラがそれを制止した。強力な暗黒剣を暗黒騎士以外が手にすれば危険だという理由だが、実際には魔道士たちが勢い余ってセシルに襲いかからないための抑止力であった。武器を持たせるのは危険ではないか、と長老が反論したが、危険ならばすでにそれなりの反応を見せているだろうとテラがさらに反論。ついでに、そんなに危険だと思うなら二人で話をさせてくれ、とテラが言ったが、テラの命を失わせるわけにいかんと数十分口論を繰り返し、結局セシルはデスブリンガーの携帯を許可され、長老や他の魔道士たちが監視する中で話をすることになった。
もしもセシルがテラを殺そうとしたら、どんな犠牲を払ってでも止めるとか長老達は息巻いていた。
「まあ、それはともかく―――賢者テラ、ゴルベーザの目的とはなんなのですか?」
「知ってどうする?」
「知ってから決めます」即答してからセシルは続ける。
「もしもその目的が危険なものだったならなんとしてでも止めます。もしもその目的がくだらないものだったなら好きにさせてしまえばいい」
「また極端な話だな」
「本心ですよ―――それで」
「・・・とりあえずその話は置いておくとしよう。それよりもまず、聞きたいことがある」セシルの質問をはぐらかし、テラは逆に質問を返す。
「セシル=ハーヴィ。お前は赤い翼の軍団長としてこの村を襲った。クリスタルを奪う為に」
「はい」
「その時に何故、村人を皆殺しにしなかったのかね?」一瞬、場が静まりかえった。
テラの質問の意味が理解できなかったからなのかも知れない。或いは、あまりにも唐突な質問だったので言葉が出なかったのかも知れない。
とにかく、その場の全員が声を失い、驚いた顔をしてテラを注視していた。ただ一人、セシルだけが驚くことなく暗い顔でテラを見返していたが。
「ど・・・どういう意図の質問だ、それは」
テラの隣にいた長老がかすれた声で尋ねる。
対してテラは落ち着いた声で、「どういう意図もなにもそのままの質問だ。長老、このセシルの赤い翼に襲われ、殺されたのは熟練の魔道士が五人・・・そうだったな?」
「あ、ああ・・・長年、この村に貢献してくれていた魔道士が五人も失われた」
「長老、五人も、ではなくたった五人だ。たった五人しか殺されなかったのだ」
「なんだと・・・」長老が怒りをテラに向ける。周りの魔道士達も批判的な視線をテラに向けていた。
しかし、テラは臆することなく逆に長老を見返して。「長老。私がここに来る経緯は概ね話したな」
「ああ」
「ダムシアンが赤い翼に襲撃されたことも話したな」
「あ・・・ああ」
「―――私の娘も含め、どれほどの命が失われたか・・・説明がいるかね」
「・・・・・・」テラの言葉に長老が押し黙る。
周囲の魔道士達も戸惑ったように見守るだけだ。「無論、数が多い少ないの問題ではない―――だが、ミシディアとダムシアン。この差はどこから来るのだ?」
「指揮官が馬鹿かそうでないかの違いだろう?」テラの疑問詞に応えたのは、クラウドの声だった。
続いて、魔道士たちの間を通り抜けて、クラウド、ロック、それからパロムが姿を現す。「遅かったな」
「ちょっと、似たようなことをこいつらと話していた。―――お陰でこいつを殺すなと言う、アンタの言葉の意味がわかった」クラウドはフ、と小さく笑ってセシルを見やる。
「ゴルベーザは手っ取り早くクリスタルを手に入れる為に、飛空挺の威力を見せつけてから王の恐怖を煽り、クリスタルを差し出させた。セシル=ハーヴィはわざわざ陽動を使い、この村の戦力を低下させた上で、素早く村に攻め込んだ―――どちらが利口なやり方かは言うまでもないだろう?」
セシルは無表情のまま何も答えない。
「そして利口な指揮官は、目的を果たした後にもぬかりなく、反旗を翻させないように苛烈な置きみやげを残し、馬鹿野郎な指揮官は目的を果たした後に村人の恨み憎しみを黙って受け止めて帰った」
やれやれ、とクラウドは肩を竦めると嘆息。
「その結果、こうして魔道士に恨まれている」
「・・・」
「パロム。お前の父親を殺さなければいけなかった理由というのも単純だ」父親の話が出て、パロム以上にポロムが反応した。
魔道士たちの中から出て、クラウドに詰め寄る。「どういうことなんですか、クラウド様! お父様が殺された理由って・・・!」
「セシル=ハーヴィはミシディアの戦力を低下させる為に、陽動としてまずはこの村ではなく、反対の沿岸部にある港を襲った。襲ったと言っても実際に攻撃を仕掛けたわけではないだろう。せいぜい宣戦布告をして、空に浮かんでいただけだろうな。そしてその知らせを受けたこの村を含む他の集落は赤い翼に対抗する為に戦闘力の高い魔道士を送り込む。その隙に飛空挺の機動力を持って、港からこの村に電撃侵攻。あとはクリスタルを奪えばミッションコンプリートだが、そこでまごまごしていれば、陽動に引っかかった魔道士たちが戻ってきてしまう。なにせ、赤い翼に飛空挺があるのと同様、魔道士にも魔法がある。転移魔法テレポでは移動距離は限られてしまうが、それでも走るよりは速い。だからこそ、殺さずに無力化してゆっくりするわけには行かなかった」
「その通りだよ」観念したようにセシルが頷いた。
「僕はクリスタルを手に入れる為にさっさと君の父親を殺した―――他の魔道士がこないうちにクリスタルを手に入れる為に」
「くっ・・・よくもぬけぬけと」
「待てよポロム!」平坦な声で訥々と述べるセシルに、ポロムが握り拳を振るわせる。
が、その拳をパロムが掴んで押さえた。「パロム!? 貴方、おかしいわよ!? ずっとこいつを庇うようなことをして!」
「庇ってるつもりはないけどさ! でも、クラウド兄ちゃんの言った事を良く思い出せよ! こいつはオイラ達を皆殺しにしてクリスタルを奪うことも出来たんだ。でも、それをしなかった! それはきっと殺したくなかったからだ!」
「・・・・・・ッ」
「絶対、誰だって誰も殺したくなんか無いッ! じいちゃんに教えて貰ったろ? このフォールスはバロンとエブラーナが戦争を繰り返してきたって―――でも本当は、兵士は憎くて殺したくて敵を殺してるわけじゃないって。王様同士が戦ってるから、兵士も戦ってるだけだって・・・」パロムがセシルを指さして叫ぶ。
「―――こいつはバロンの王様なんかじゃない! 単なる兵士だろ!」
そんなパロムの言葉に。
(・・・あ)
不意に、セシルの脳裏に親友の幼い顔が思い浮かんだ。
―――それは、まだセシルが幼い頃。
王はまだ代替わりをしておらず、相変わらずエブラーナと戦争を繰り返していた時代。
ある時を境に、セシルに「王になれ」と繰り替えし続けていたカインに耐えきれず、「どうしてそこまで僕を王にしたいんだ?」と尋ねた時のことだ。『お前が王になれば、きっと誰もが望む世界になれる。―――すくなくとも、戦争なんか起きない世界に!』
今まで忘れていた、きっとカインだって忘れている幼い日の言葉だ。
けれど、その言葉は今のパロムの台詞と重なって、セシルの心を強く打った。(僕が王であれば―――こんなことは起きなかったのだろうか・・・?)
もの凄い飛躍した考えだと思う。
けれど、確かに自分が王ならばクリスタルの為に人を殺さなければならないような命令は出さない。(って、馬鹿なこと考えてるぞ、僕。大体、そもそもこれはゴルベーザが悪いんであって。バロン王は―――・・・)
果たして今はどうなっているのだろうか、と思う。
優しく、エブラーナとの戦争を凍結させた、偉大なる騎士達の王オーディン。
その突然の豹変は、本物とは思えない―――思いたくない変わりようだ。(けれど、本物でも偽物でも―――もう)
今の王が本物だというならば、打倒しなければならない―――偽物だったなら、死んでいるのだろう。少なくとも生かしておく理由は思い当たらない。
「ポロム! オイラは父ちゃんを殺したこいつを許せない! けど、ワケも知らないでコイツを憎むポロムはもっとイヤだ!」
「なら・・・イヤだからどうだっていうの!? 私だって誰も憎みたくなんかない! けど、誰かを憎まなければ、私は・・・!」ぽろり、とポロムの目の端から涙が一滴。
その一滴が少女の心の壁を決壊させたかのように、そのままポロムはわんわんと泣き喚いた。
パロムはそんなポロムを困ったように見ていたが、やがて同じように泣き始めた。口達者でも、年相応に泣き喚く二人をセシルは無言で眺め―――
「これでも、お主はなにも言わんのかね?」
そんなセシルに、テラがゆっくりと問いかける。
その言葉は、まるでセシルの心を見透かすかのように、「真意を知らねば憎むことの出来ぬ少年が居る。それは不幸なことだと思わんかね? 真意を知らずに憎むことしか出来ぬ少女が居る。それは辛いことだと思わんかね? 理由もわからず日常を壊されたものたちが居る。それらに対してせめて許しを請うことは、お主の義務だとは思わんかね?」
セシルは賢者の言葉を聞いて、しばらく黙っていたが。
やがて、「・・・・・・僕は、どうすれば良いのでしょう・・・?」
やがて発したセシルの問いかけに、テラはにこりと笑って見せた。
「試練の山と呼ばれるところがある―――伝説に寄れば、その山の試練に打ち勝てば聖なる存在へと昇華することが出来るという。もしもお主が正しき者ならば、きっと聖なる騎士 “パラディン” になることができる。そうなれば、誰もお主のことを責めることはない」
「パラディンは神々に認められた騎士でもある―――ならば、我々も貴様の罪を忘れ、貴様を認めよう」テラの言葉の後を続いて、長老が苦々しく言い捨てる。
「パラディン・・・か・・・―――」
泣き疲れたのか、段々と声の小さくなってきた双子を辛そうに見つめ、セシルは小さく呟いた―――