第11章「新たな力」
D.「生かすか殺すか」
main character:テラ
location:ミシディアの村

 

 

 ロックがポロムを背負い、クラウドがセシルを背負い、テラが暗黒剣を持って村へと戻る。
 ロックは暗黒剣をテラが運ぶことに不安を覚えたが、テラが言うには暗黒剣の鞘は剣の “封印” となっている為、暗黒騎士ではない者が持っても、鞘から抜かない限りははダークフォースの影響を受けることもないらしい。
 戻る途中で、セシルの正体をロックが告げると、テラは渋い顔をして唸った。テラはこのミシディアの元住人であり、赤い翼がミシディアへ攻め込んだことは知っていたが、その時その場に居なかった。

「わしにもどうすべきかは解らんよ。長老に判断を仰ぐべきじゃろう」

 と言うことで、魔道国家ミシディアの国長でもある、村の長老の所へと出向くことにした。

 ちなみにクラウドはどうにも興味なさそうだった。

 

 

 長老の家は村の奥まった所にあった。
 村中に立てられている木造の家を、三棟分合わせたくらいの大きな家だ。
 なんでも、村の寄り合い所にもなっているらしい、とパロムがロックに説明した。

 セシルはクラウドに背負われたまま、長老の家についても目を覚まさなかったが、ポロムの方は村の入り口に差し掛かった辺りで目を覚ました。自分がロックに背負われていることに気がつくと、「降りますわ!」と叫び、喚き、終いにはロックの背中でばたばたと暴れ、半ば落ちるようにして強引に地に降りると、ロックとは目を合わせようともせず、クラウドに背負われているセシルを睨付けると、さっさと走り去ってしまった。

 先程のように「殺す」と口に出さなかったのは、クラウドに聞かれるのが嫌だったのか、それとも怒りのあまりに声も出なかったのか。

(ただ単に混乱しているだけかもなー・・・)

 いきなり目の前に親の仇が現れたのだ。
 殺したいほどの怒りがあったとしても、実際にどうして良いか解らないのかもしれない。
 まだ子供と言うこともある。
 だから、もう少し時間が経って、心落ち着けて考えもまとまれば何らかの答えを出すのだろう。

「おいっ、ポロム。待てよー!」

 走り去る少女を、パロムが追いかける。

 死ぬほど殺したいほど憎んでいる相手を “殺す” 方法は二つある。
 実際に殺すか、相手を否定して完璧に無視するか。
 ポロムが考えを決めて、もしも殺すことを選択した場合、彼女が選ぶのはどちらなのだろうかとロックは思う。

 できれば後者であってほしいと願う。
 実際に殺せばその時は気が晴れるだろう。けれど、その後味は最悪だろうと思う―――ロックは人を殺したことはないので、何とも言えないが。
 だが、否定して無視して―――いずれ忘れることができてしまえば、後は平穏に生きられる。そして、なによりも―――

 

 ―――あなたが誰かは知らないけれど、あなたのせいでお父さんもお母さんもつらい顔をするの・・・!

 

「・・・っ!」
「どうした?」
「いや・・・」

 ポロムとパロムを見送るロックが痛みを堪えるように顔を歪めるのを見て、テラが様子を伺うとロックは無理矢理笑ってかぶりを振った。

 

 ―――だから・・・出て行って。もう来ないで。私に顔を―――見せないで・・・

 

 無理に笑いながら、心の中に蘇る彼女の否定を思い出す。

 ―――殺されれば殺されることで罪を償い、安らぎを得ることが出来る。だが、否定されてしまえば。

(殺されるのは一瞬だ。けれど否定されれば一生、許しを請うことも出来ずに罪を背負って生きていくしかない。それは、或る意味殺されるよりも苦しい罰だから・・・)

 去りゆくポロムの小さい後ろ姿は、ロックの目にはかつて見た彼女の後ろ姿と重なって陰り行く―――

 

 

 ******

 

 

「セシル・・・ハーヴィじゃと!?」

 話を聞いて、ミシディアの長老は声を荒らげた。

 テラと同じくらい年を食った老人だ。
 頭はてかてかとはげ上がり、その髪の毛の代わりに口元には立派な髭が生えている。
 外にいた黒魔道士の様に黒いローブを身に着けているが、室内だからかとんがり帽子は被っていない。

 ロックたちは長老宅へ通された後、まず気を失っているセシルを入り口の近くにあった図書室の休憩用のベッドに寝かせると、寄り合いで使われる広間に移って、テラとロックが事情を説明した。

 説明した、と言ってもロックたちにも情報不足で、ただ単に「セシルが砂浜で倒れていた」くらいしか言うことがなかったのだが。

「・・・何故、バロンの暗黒騎士が・・・」
「先刻の光の柱となんらかの関係もあるかもしれんの」
「つか、そもそもあの光の柱はなんだよ? なんかの魔法か?」

 魔法にあまりくわしくないロックが疑問を呟くと、テラが難しい顔をして答えた。

「魔法は魔法じゃが・・・我々の扱える魔法ではないな」
「へ? それって、とんでもない凄い魔法って事か?」
「強い魔力じゃったが、あれがどの程度の魔法かは私にも解らん」
「召喚魔法か」

 不意にそれまで黙っていたクラウドが言う。
 なんとなく一同の視線がツンツン頭のソルジャーに集まった。自分に向けられた視線を、少々うざったそうに顔をしかめつつ、彼は続ける。

「時空系魔法に似た感じがした。もっといえば、デジョンやテレポのような空間歪曲系のそれだ―――しかし、デジョンやテレポにしては魔力が強すぎる。海を越えて空間を繋ぐダークロードですらあれほどの魔力を感じなかった。だとすれば・・・」

 クラウドの言葉にテラが頷く。

「そうじゃ。あれはおそらく召喚魔法だが、果たして何を召喚されたのか・・・」
「あれだけの強い魔力じゃ。おそらく現界ではなく幻界からの召喚に違いない―――しかし、魔封壁のある現在、まさか異界から召喚を行える者がいるとは・・・」
「もしやテラ。幻界とはまた異なる別の世界からの召喚では・・・」
「・・・わからん。その可能性もあるかもしれんが―――」

 などとテラと長老がやりとりするのをぽかんとした表情で聞きながら、ロックは同じように黙って聞いているクラウドに尋ねる。

「なあなあ、なんのこと話しているか解るか? マフウヘキってなんだよ?」
「興味ないな」
「またそれかよ。つまんねーやつだな」

 クラウドが肩を竦めると、ロックはへ、と笑ってみせる。
 と、それが気に障りでもしたのか、表情は変えないままクラウドは続けた。

「俺は魔道士じゃない。マテリアの力で魔法を使うことは出来るが、魔法そのものに関してはさほど詳しいわけでもない」
「マテリアって?」
「・・・・・・」

 今度は興味ないな、とも言わずにクラウドはロックを無視した。

「―――ええい! なんにせよ召喚魔法に関しては情報が少なすぎる」
「我らの魔法と召喚魔法は根本的に使い方が異なるからのう。我らは技術と知識で魔法を制御し、召喚士は素養と感性で魔法を扱う」
「それで我らの魔法も同様に操るのだからな。こちらが何年もかけて修得した魔法を、奴らは物心ついたときから扱うこともできる。覚えておるか、テラ。あの少女のことを」
「ミストの少女か・・・」

 言われて脳裏に浮かぶのは、十数年ほど前に出会った少女のことだった。
 その頃、テラはデビルロードの事件でカイポの村に落ち延びていた。自分が作ったデビルロードの為に、多くの同胞を失ってしまったテラは自分の責任を重く感じ、魔法を捨てて生きることを決意していた。そのため、ミシディアには戻らずにカイポの村で余生を過ごすつもりであった。

 まだバロンとエブラーナが戦争を続けていた時で、なおかつ魔物たちが増えつつあった、近年でもっともフォールス中を不安が覆っていた時機だ。
 召喚士の村ミストから、時代のミストの村長を預かってくれと頼み込まれた。その時、戦争はエブラーナの方が優勢であり、バロンが戦力の足しにミストの召喚士たちを徴兵する可能性もあった。
 もちろん、ミストの召喚士たちはバロンに従うつもりはないが、そうなるとバロンと一戦交える可能性もある。かつてのミストならば、強力な召喚魔法を扱い、バロンを撃退、或いは逃走することも出来ただろうが、魔封壁のせいで扱える幻獣はミストを守護するミストドラゴンのみだった。普通の黒魔法や白魔法も召喚士は使うことが出来るが、ただの魔法では圧倒的な戦力差をひっくり返すことは難しい。なおかつ、正規の黒魔道士や白魔道士に比べても力が劣る。

 もしもバロンが攻めてくればミストに勝ち目はない。
 しかし、だからといってフォールスのクリスタルを監視する役目を持ったミストの召喚士が、村を捨てて逃げるわけにも行かない。
 だからせめて次代の召喚士だけは守りたいと言うことだった。

 当時のミシディアの長老はそれを快く了承し、デビルロードを通ってその少女を迎え入れた。
 ちなみに、その少女の送迎をしたのはテラと現長老の二人である。
 ミシディアから長老(その当時は長老ではなかったが)がデビルロードを使いミストまで迎えに行き、カイポのテラに協力を要請して再びデビルロードを使ってミシディアへと戻った。

 デビルロードはバロンの中にある。
 一人ならともかく、子供を連れてとなると戦時中のバロンに潜入してこっそりとデビルロードを使うのは難しい。だからテラに協力して貰った―――というのは建前で、本当はテラをミシディアに連れ戻す為だった。
 結局、テラはミシディアには戻らなかったが少女を安全にミシディアに送る為に協力してくれた。

「あの時、一度だけバロンの兵士に見つかってしまった時、ワシやテラよりも早くにあの少女が魔法を使った。しかも魔法の中でも難度の高い時空系魔法を・・・」

 無事にバロンに潜入はしたが、街は戒厳令が敷かれ外には兵士以外誰もいない状況だった。
 なにせ相手は潜入工作が得意な忍者国家であるエブラーナだ。兵士以外の人間が街をうろついていれば即座に敵と見なされて問答無用で攻撃される。見つかった時も、兵士は誰何もせずにいきなり斬りかかってきた。それに対してテラたちは撃退する為の攻撃魔法を唱え掛けて―――最初に完成したのが少女の『テレポ』だった。
 空間と空間を繋げ、一瞬にして別の場所に移動する魔法である。それを兵士を対象として、街の外に転移させたという。
 異界と現界を繋げる術を操る召喚士とはいえ、5、6歳の少女が使うには過ぎた魔法だ。しかもテラたちは当時、ミシディアでも1、2を争う魔法の使い手だったのだ。その二人よりも早く魔法を完結させたのは、それだけ魔法を使い慣れていると言うことでもある。

「覚えているだろう、テラ。あの時の少女は反射的に魔法を唱えていた。我々が魔法を使う時は、まず頭の中に自分の扱える魔法を思い浮かべ、その中からその状況に適した魔法を選択してから魔法を唱える。知識と技術で魔道を操る我らは、まず『思考する』ところから魔法が始まる。だが、召喚士にはそれがない。すでに魔法は己の一部として、生まれついて四肢を持ち、動かすことが出来るように、奴らは生まれつき魔法を持ち、扱うことが出来る。普通の人間が、どのような原理で腕を振り、足を踏み出すことが出来るのか解らずに、しかしそれでも歩き走る事が出来るように、自分がどのような理屈で魔法を扱っているかも理解せずに魔法を放つ。そんな者たちが扱う召喚魔法だ。我々の理解が及ばぬとして、なんの不思議があるだろうか」

 力説する長老にテラは苦笑する。
 あの当時、すでにテラは魔法を捨てていた。だからこそあの少女の魔法に驚きはしたものの、それ以上の感動は無かった。
 だが長老は違ったようで、同じ魔道士として―――いや、同じ魔法を扱う者として劣等感のようなものを感じてしまったらしい。

(召喚士の少女か・・・)

 ふと、テラは思い出す。
 もう十何年も昔のことなので、記憶はおぼろげだったが年相応の可愛らしい少女だったように思う。加えて、子供にしては妙に礼儀正しい良い子だった。
 丁度、自分の娘と同じくらいの歳だった気がする。だから少女を送り届けるのに協力したとも言える。

(確か、名前は―――)

「む。そう言えば、その少女の名前はなんといったかの」
「なんだテラ。ボケるにはまだ早すぎるだろうに」

 長老はそう言いつつ、その少女の名前を答えた。

「ふむ、確か名前は―――ミストのリディア、じゃったか」
「リディア・・・?」

 

「嬢ちゃんの名前はリディアと言うのか。良い名前じゃのう」
「うん! だってお母さんの―――――」
「お母さんがつけてくれた名前なんじゃな? そうかそうか」
「うん。そう、お母さんがくれた名前ー」
「きっと良い母親なのじゃろうな。―――それにしても魔物が友達か。ほほ、珍しい子供じゃのう」

 

(・・・そうか。”母がくれた名前” とはそう言う意味か。あの少女の母親が―――魔物を連れておるから、魔物使いかなにかと思ったが・・・召喚士か)

「どうした、テラ」
「いや、なんでもない。それよりもあの暗黒騎士のことじゃ」

 と、話が脱線しすぎていることに気がついて、テラは話を戻す。

「どうするつもりじゃ?」
「どうするもなにも・・・我らの同胞を殺し、クリスタルを奪った男だ。許すわけにはいかん」
「まあ、そうじゃろうな―――じゃが、少し待ってはくれぬか」
「テラ。お前はあの暗黒騎士を許すというのか!?」
「許す許さないの問題ではない。あの暗黒騎士はバロンの命令に従っただけじゃろう。そしてあの男はそれを悔やみ、バロンとは決別しておる」

 リディアのことを思い出しついでに、バッツのことも思い出す。
 ダムシアンに向かいがてら、バッツからセシルがミシディアのクリスタルを奪い、そしてバロンとは決別し、今はカイポに居ることを聞いた。
 カイポに居たはずのセシルが、どうしてミシディアの海岸で倒れているのかは謎だが、ともあれバッツ=クラウザーの話を信じるならば、セシル=ハーヴィはもうバロンの人間ではないはずだった。

 そのことをテラが説明してやると、しかし長老は渋い顔をして唸り、

「だからといって納得できるものではない。悔やみ、バロンと敵対しようともそれで死んだ者が生き返るわけでもない」
「じゃが、セシルを殺して死んだ者が生き返るわけでもないじゃろう?」
「・・・テラ。最愛の娘を殺されたお前になら解るだろう? アンナを殺したバロンが、『反省したから許してください』と言って許せるものか?」
「それは・・・!」

 許すことなどできはしない。
 しかし・・・

「そこを曲げてはくれぬか? 許せとは言わん。じゃが、かつてはバロンの騎士であったが、今ではそのバロンに反旗を翻したとも聞く」

 テラはセシルと直接顔を合わせたことはない。
 だが、セシルのことはカイポで暮らしていても耳に届いていたし、バッツからも話を聞いた。バロンに潜伏していた時にも『セシル=ハーヴィが国を裏切った』という風評を、泊まっていた宿の食堂に食事に来ていた兵士たちが不安そうに囁き合っていたことを耳にしていた。

 完全に敵対状態にあるならまだしも、同じ敵を相手にしている状態で殺してしまうえば、バロンを喜ばせるだけだ。
 長老の意見がミシディアの総意であるということはよく解っているし、別にセシルの力を借りたいとは思っていないが、むざむざ利敵行為だと知りつつ見過ごすのには抵抗がある。

「バロンに反逆を・・・?」

 どうやら長老はセシルが国を出奔したというのは初耳だったらしく、怪訝そうな顔でテラを見る。

「ああ。私はつい先日までバロンにいたんじゃぞ。間違いない」
「・・・確かに、それならばあの男がこんなところに居た理由もわからなくはない・・・」

 ―――例えば、バロンを逃げ出して追っ手を振り切る為に船に乗って海に逃げたは良いが、リヴァイアサン辺りに船を沈められたのだとか。

 などと長老は、当たらずとも遠からずな推測をして頷き。

「・・・わかった。とりあえずはその男の言い分を聞いてみよう。処置を下すのはそれからじゃ」
「有り難い。別に暗黒騎士の力なぞアテにはしておらんが、それでも敵の敵を減らしてやることもないだろうしの」

 少しほっとしてテラが長老に礼を述べる。
 利敵行為云々ということもあるが、バッツとリディアがその男のために(正確にはその恋人の為に)ダムシアンまで『砂漠の光』を取りに行ったことを考えると、見捨てるのも忍びない。それに、あれからバッツたちがどうなったのかも聞きたかった。

「―――とりあえず、白魔法の達者な者を呼び、気付けを行う」

 そう言って、長老が誰かを呼ぼうと部屋を出ようとして―――それよりも早く部屋のドアが開く。

「どうやら必要なかったようだ」

 開かれたドアから、ロックと一緒に入ってきたセシルをみやりテラが苦笑した―――

 

 


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