第11章「新たな力」
C.「仇」
main character:ロック=コール
location:ミシディアの村

 

 

 子供の足に追いつくことは容易だった。
 村から出たところにある丘の上に辿り着く前に、二人に追いつくことが出来た。

「なんだ、兄ちゃんも来たのか―――って、そういや兄ちゃんの名前、聞いてないけど」

 パロムがこちらに気がついて足を止める。それを追いかけていたポロムも同じように止まった。
 ロックは自分を指さして、

「ロックだ。ロック=コール。頭のバンダナがトレードマークのロック=コールだ!」
「バンダナなんてしてねーじゃん」
「え・・・?」

 言われてハッと気がつく、頭に手をやってみればいつもやっているバンダナがない。
 さっきまで寝ていた場所に置き忘れたか―――とも思ったが、不意に思い出す。

(・・・そーいやバロンであの女将軍に取られたんだっけか・・・)

 まいったなあ・・・と渋い顔をする。
 あのバンダナはかつての恋人から貰ったものだった。
 しかし、だからといってガストラの女将軍から命を張って奪い返そうとするにはリスクが高すぎる。だいたい、自分にとっては大事なバンダナでも、他人から見ればただのバンダナだ。もう捨てられているに違いない。諦めるしか無さそうだった。

「ええと、じゃあ今はただのロック=コールだ」
「バロンの、でしょう?」

 ポロムが固い口調で言葉を入れる。
 見れば、敵意のこもった眼差しでこちらを見つめていた。

「クラウドさんとの話を聞いていました。あなた、バロンの人間なんでしょう?」
「いや、元なんだけど・・・」
「元でもなんでも、バロンの人間にはちがいありませんわ!」

 そう言って、ポロムは海岸へ向かって―――というよりはロックから逃げ出すようにして走り去る。
 それをパロムは「あっちゃー」と見送って、それからロックを振り返った。

「悪いな、兄ちゃん」
「いや、別に良いけど・・・なんだ、あの娘、バロンが嫌いなのか?」
「・・・知らない? この前、バロンの人間が俺たちの村を襲ったの」
「あ・・・!」

 失念していた。
 ロックが逃げ出す前、確かに赤い翼がミシディアへ向けて出立していた。
 その理由は軍事機密だとかなんとかで、ただの技師見習いであるロックには知らされていなかったが、帰ってきた飛空挺の爆薬が減っており、どこかに空爆したことは明白だった。

 それがミシディアに攻撃を加えたのか、また別の目的だったのかは解らないが、後日にミストの村、ダムシアンと続けて出撃したので先のミシディアへ向かったのも、同様の理由だと技師たちは噂していた。―――だが、はっきりとした情報ではなく、あくまで噂は噂だったので、ロックは今の今まで忘れていたのだ。

(あぶねー・・・俺、へたすりゃ殺されててもおかしくなかったんじゃないか・・・?)

 クラウド辺りがロックがバロン関係者だと喋っていれば、今頃、少なくとも牢屋に繋がれていたに違いない。
 が、考えてみれば相手はこちらのことを知らなかった。きっと、さっきの自己紹介(?)で初めてバロンの関係者だったと知ったに違いない。

「それでさ、俺たちの親父もその時に殺されて・・・」
「・・・そうか・・・俺が謝ることじゃねえかもしれないけど・・・すまねえ」
「別にオイラはきにしちゃいない。アンタは知らなかったんだろ?」
「まあ・・・な」

 歯切れ悪く答える。
 知らなかったとはいえ、しかし自分が整備した飛空挺がその一役をかったことには違いない。
 バロンを出る際に、わざわざ危険を冒してまで飛空挺を爆破したのは、そのことに後ろめたい気持ちがあったと言うこともあった。

 技師としての師匠であるシド=ポレンティーナは自分が作った飛空挺を、我が子のように愛しんでいた。
 本当は戦闘目的の飛空挺ではなく、荷物や人間を運んだりする、船で言う貨物船や客船の目的で飛空挺を使って欲しいと、いつも酒を飲んではこぼしていた。
 そのために、動力に浮遊石と言われる特殊な鉱石を用いて、その他の動力は最低限に抑えて燃費を抑えていた。
 ファイブルを除く他の地方でも飛空挺は作られていて、バロンの飛空挺よりも性能は高い。ウソか本当かは知らないが、エイトスの飛空挺は宇宙空間を飛ぶものまであるという。

 だが、エンジンの耐久性と持続性はバロンの飛空挺は他を圧倒的に凌いでいる。
 例えば飛空挺を集めて耐久レースでもやれば、バロンの飛空挺がダントツで勝利を収めるだろう。

 ともかく、シドは飛空挺を戦いの道具に使われることを歓迎していなかった。
 そして、それはロックも共感できた。自分が手がけたものが人を殺すなんて、想像したくもないことだ。自分たちは兵器を作っているんじゃない。飛空挺を作っているんだ―――そう、思った。

 けど実際に、飛空挺は街をやいて、ダムシアンではその爆撃で城を中にいる人間ごと吹き飛ばしたと言う。
 ミシディアで、どういうことが起こったのか、ロックは詳しく知らない。
 しかしその被害者を目の前にして、ロックはなんと言って良いかわからなかった―――

 

 

******

 

 

 丘を越えると、唐突に砂浜が目の前に広がっていた。
 同時に、さっきまでは感じなかった潮の香りが鼻につく。

 一面の砂浜。その向こうには海があった。
 寄せては返す白波を、なんとはなしに眺めつつロックがその場に立ち止まっていると、その脇をすり抜けるようにパロムが砂浜へ突進する。やがて、ロックの居る位置と海とのほぼ中間辺りで立ち止まると、砂の上で小さな身体を精一杯に伸ばし、海の彼方を仰ぐようにして眺め。

「ちぇーっ! なーんもねーな!」

 残念そうにうなり声を上げた。
 苦笑しながらロックもパロムの後ろを追いかける。追いかけながらふと自分の子供の頃を思い出した。
 子供の時分に、今のような天にそびえ立つ光の柱―――なんて衝撃的な情景を見たことなどなかったが、それでも子供の目から見て幻想的だと思える情景を、走って追いかけたことはある。

 流れゆく入道雲、空にかかる虹、沈む赤い夕日、落ちる流星―――・・・

 美しく、それでいて自分から逃げるように去り消えゆくそれらを見るたびに、走って、走って、全力で走り抜いて追いかけた記憶がある。追いかけて、追いかけても絶対に追いつくことがないはずのそれらを、けれど自分ならば追いつけるはずだと信じて―――確信して、それらが消えて見失ってしまうまで、或いは体力が尽きてブッ倒れるまで追い続けた。
 そして、結局は追いつけなかった後も、次は絶対に追いつくことができると信じて―――今にして思えば、なんとも子供っぽくて幼い自信だったと思う。けれど、あの時は自分自身を純粋に過信することが出来た。

 今のパロムも同じなのだろう。
 唐突にそびえ立った光の柱。自分ならそこへたどり着けると確信して、砂浜まで駆けてきた。
 結局、たどり着くことは出来なかったが、それでもだからといって落胆した気配はない。

「ちぇー。まあ、いっか」

 そう呟くパロムの表情には過信があった。
 次はきっと上手くやれる、という子供特有の根拠のない自信。
 きっと、次にまた同じようなことがあれば、同じように駆けていくのだろう。今度こそたどり着けると確信して。

 そして、いつか駆け出すことを、追いかけることを諦めて、去りゆくそれらを眺め見送るだけで終えた時、それが子供時代の終わりなのかも知れない。

「ま、次、頑張れよ」

 ロックがそう言うと、パロムはにかっと笑って見せた。

「おう!」

 元気よく頷いて、それからふと気がついたように、

「・・・そーいやポロムのヤツ、どこに行ったんだろ」
「あれ、そいや見えないな」

 あの少女もこちらへ走ってきたハズだった。
 だが、見たところ辺りには―――

「居た」
「パロム! 人が倒れてる!」

 ロックがその姿を見つけたと同時、向こうもこちらに呼びかけてくる。
 見れば、確かにポロムの向こうに人影らしきものが倒れ、その脇には何故か人間と同じくらいの大きさの巨大魚が砂浜に頭からブッ刺さって、あと黒い剣が砂浜に刺さっていた。

「・・・なんだ、ありゃ」

 パロムの呟きに同意しつつ、ロックはそちらへ向かって歩いていった。

 

 

******

 

 

 倒れていた男には見覚えがあった。
 飛空挺技師の見習いでもやっていれば、嫌でも目にする。

 セシル=ハーヴィ。

 元・赤い翼の隊長で、現在はバロンの反逆者だ。

「なんで、こいつがこんな所に・・・」

 砂浜に倒れたままぴくりとも動かない青年を見て、ロックは怪訝そうに呟く。
 バロンのある地より海を越えた、このミシディアの砂浜に倒れているのかも疑問だが、なによりセシル=ハーヴィはミストで死んだはずではなかったのだろうか。

 ―――などと、ファブールでセシルがバロンと戦った事実を知らないロックは首をかしげる。

「なんだ、兄ちゃんの知り合いか?」

 訳がわからず悩んでいるロックに、パロムが尋ねる。
 ロックは「ああ」と頷き、

「聞いたこと無いか? バロンのセシル=ハーヴィ―――」

 まずい、とそう思ったのは名前を口にしてからしばらくしてからだった。
 考え事していたからあまり他のことに気が回らなかったと言うしかない。
 なんにせよ、口に出してからしばらくして何の反応も無いことに気づき、パロムたちの顔を見れば―――

「あ・・・」

 きょとんとするパロム、それから目を見開いて絶句するポロムの顔を見て遅まきながら気がついた。

 ミシディアへ向かって赤い翼が飛んだ時、その隊長はセシル=ハーヴィであったことを。

(やべ・・・)

 と思ったがもう遅い、パロムはおそるおそる倒れているセシルを指さして。

「え・・・だってこいつ、なんでこんな所に・・・だいたい、セシルってあの暗黒騎士だろ・・・? 黒い鎧着てないじゃないか・・・」

 セシルは暗黒の鎧を身に着けていなかった。どころか鎧すら身に着けていない軽装だ。
 ミシディアへ向かった時、セシルは闇の鎧を着て、さらにフルフェイスの兜もつけていたはずだから、例えばパロムとポロムがセシルの姿を目にしていても、軽装で倒れている男を見てセシルとは解らないだろう。

「・・・パロム・・・これ、暗黒剣よ・・・」

 ポロムが砂浜に突き立っている黒い剣を示す。
 確かに、真っ黒な剣など暗黒剣以外には考えにくいが。

「じゃあ・・・コイツがオイラたちの父ちゃんを殺した―――」
「うわあああああああああああっ!」

 いきなりポロムが絶叫して、砂浜に突き立っていた剣を手に取る。
 何をするか明確に察して、ロックは素早くその手を払った。

「やめろ! 暗黒剣は訓練された騎士じゃないと、ダークフォースに魂を乗っ取られるぞ!」

 一般常識ではないが、ロックはセシルの副官を務めていた友人から、聞きもしないのに色んなうんちくを聞いて知っていた。
 だが、ポロムは首を横に振って。

「そんなこと知っていますわ! でもっ、そいつを殺せるなら私は―――!」
「ポロム!」

 顔を真っ赤にして泣き喚くポロムに、パロムが抱きついた。

「駄目だろ、そういうの! 白魔法に必要なのは生命をいくつしむキレイな心だって、じいちゃんがいつも言ってるだろ!」
「・・・慈しむ、じゃないか?」

 ロックがツッコミを入れるが、無視。

「ならっ! パロム、あなたがそいつを殺しなさいよ! お得意のブリザドで、そいつを凍り付けにして粉々に砕いてしまえば良いんだわ!」
「ポロム・・・なんかヘンだよ・・・殺せとか言うの、ポロムらしくないぜ・・・」
「私に言わせればあなたの方がヘンよ! こいつは私達のお父様を殺したのよ! 私達の目の前で! ・・・なのに、なんでそんなに平然としていられるのよっ!」

 絶叫し―――それで一杯一杯だったのだろう。
 ポロムはそのままパロムにすがりつくようにして脱力して、後はただ嗚咽を繰り返した―――

 

 

******

 

 

「・・・で、どうする?」
「どうするって?」

 泣き疲れてそのまま眠るように気を失ったポロムを支えるパロムにロックが尋ねると、逆に尋ね返された。

「だから、こいつ。セシル=ハーヴィをどうするかってことだよ」
「村に運ぶしかないんじゃない? なんにせよ、オイラたちがどーこー言うことでもないと思うぜ」

 答えるパロムに、ロックは「ほー」と感心してみせる。

「・・・なんだよ?」
「いや、そのお嬢ちゃんの台詞じゃないけどさ。こいつ、親の仇なんだろ? よくもまあ平然としていられるなーって」
「んー・・・」

 ロックの疑問に、パロムはちょっと困ったように首をかしげて。

「別に、なんも思ってないワケじゃなくてさ。そりゃ、いきなり父ちゃんを殺したヤツが現れて・・・憎くないワケじゃないけど・・・でも、こいつだって殺したくて殺したわけじゃないだろうし・・・」
「まー、そだろな。ミシディア出兵はこいつにとっても不本意な命令らしくってさ。その後、王様にくってかかって城を追い出されちゃってるわけだ」
「だからこんな所にいんのか?」
「みたいだな。どーゆー経緯でこんなところに居るのか知らないけど――・・・でも殺したくて殺したワケじゃなくても、そうやって理解してやれるのは大人でも難しいぜ?」

 ロックが言うと、パロムは「そうか?」と首をかしげる。

「まあ、子供がいきなり『殺して!』なんて叫ぶのもぞっとしないけどな」
「そりゃ、ポロムが白魔道士だからだよ。怪我を治したりする白魔道士だから、大切な人が死んだ事に対してビンカンなんだ。きっと」
「ふうん。じゃあ、お前は?」
「オイラは黒魔道士」
「だから薄情なのか」
「そんなことねーよ! オイラだって父ちゃんが殺されて悲しいし悔しいし・・・でもさ、あの時のコイツ―――」

 

 

「父様! お父様ぁっ!」

 倒れた父にすがりつくポロムの鳴き声を聞きながら、パロムはいましがた父を斬り捨てた暗黒騎士を見る。
 怖かった。
 悪魔のような異形な兜と鎧。その中身が本当に人間なのかどうか、パロムには疑わしかった。

「・・・これ以上、死なせたくなければ大人しくクリスタルを渡すんだ・・・!」

 こちらには目も向けず、父の血がそのさきからぽたりぽたりとしたたりちる闇の剣を下げて、暗黒騎士は長老に詰め寄った。

「クリスタルを渡すことは・・・」
「できなければ皆殺しにして、村中を探すだけだ―――我々にとっては手間が増えるだけのこと・・・」
「ならば先にワシを殺せ!」
「―――いや」

 くるり、と唐突にこちらをむく。
 返り血をその身に浴びた暗黒騎士の姿は、まるで悪魔のようだった。ひ、と恐怖が引きつった悲鳴を出させる。
 ゆっくりと、パロムに向かって歩いてくる。

「まずは・・・この子供からだ」
「外道がッ! まだ幼い子供に手を掛けるというのか!」
「・・・そうさせるのはお前たちだろう!」

 兜の下で怒鳴る暗黒騎士―――その声に、パロムは奇妙な違和感を覚えた。
 何故か恐怖も忘れ、暗黒騎士の姿をよく見る。全身を鎧に包まれて、本当に人間が中に入っているかどうかも解らない。ただ、剣を握る手は、甲にはガードが覆っているが、その他は露出していた。その手が、強く強く強く剣を握りしめて―――震えている。

 ぼんやりとそんな暗黒騎士の様子を眺めていると、気力を失った長老の声が聞こえた。

「わかった・・・クリスタルは渡す・・・だから子供だけは・・・」
「そうだ・・・それでいい」

 再び長老へと身を向ける、その暗黒騎士の後ろ姿から聞こえた声は、妙に安堵していたようにパロムには聞こえた―――

 

 

「―――どうした?」

 ロックに声を掛けられて、パロムははっと我に返る。

「え・・・?」
「いや、なんかぼうっとしてて・・・」
「ん・・・ちょっとな。それより、本当にどうしようか。村に運ぶとして―――兄ちゃん、そいつとポロム、二人も運べるか?」
「はぁ!? ちょっと待てよ。こいつは俺が運んでやるけど、その嬢ちゃんはお前が運べよ」
「ええー、オイラ子供だぜ? 無理だよ」
「同じ子供同士だろうが。男の子だろ。なんとかしろ」
「ちぇ・・・ポロムと同じようなこといいやがる―――でもさ、オイラじゃポロムをおんぶして足を引きずっちゃうよ」
「け、短足が・・・」
「うわあー、ムカつくー!」

 実は気にしているらしく、パロムはむーっ、と口を思い切りへの字に曲げてロックを睨付ける。

「しゃあねえなあ。じゃあ、こいつはこのままにして、まずはその嬢ちゃんを連れて村に戻って応援を―――」
「あ。大丈夫みたいだぜ」

 パロムの言葉に、え、と顔を上げると、丘の向こうからツンツン頭とバロンで会った老人が姿を現すところだった―――

 


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