第10章「それぞれの決意」
F.「別れには再会の約束を」
main character:バッツ=クラウザー
location:フォールス近海

 

 

 結局、バルバリシアは風のクリスタルを手に入れた事に満足して、そのまま去っていった。
 バッツはそれを見送った後、甲板に落ちていた白い布を拾い上げて今までと同じように刀に巻き付けた。内心、風か何かでどこかへ飛んでいかなかったことに安堵しつつ。

(これも親父の形見の一つにはちがいねえしな)

 一方で、アルフェリアは一旦浮遊魔法に集中するのを止めると、応急処置しただけの足の痛みを堪えて海賊船へと飛び乗って、シルドラが沈むよりも早く魔法剣で封じている三つの光の三角形を叩っ斬る。
 術者が傍にいない為か、それは容易く音もなく斬れ砕けて霧散した。と、同時にアルフェリアが状態回復の魔法を唱えると、今度こそ銀竜の石化は解けた。

「きゃ・・・」
「おっと」

 三角形を斬る為に飛び上がり、そして着地した瞬間に負傷した足に力が入らずによろめいたアルフェリアをファリスが抱き留めた。

「す、すみません」
「いや、こっちこそ・・・ありがとよ」

 自分の大切な竜を救ってくれた礼を、ファリスは照れ隠しにぶっきらぼうに言う。
 だが、その感謝の思いをアルフェリアははっきりと感じ取って微笑んだ。

「あ。そう言えば腕を・・・」

 確か、ファリスは腕に重傷を負っていたはずだった。
 アルフェリアの身体が軽いとはいえ、支えるだけでも苦痛なはずだ。
 しかし腕を見れば、もう出血は止まっている。動きはぎこちないが、それでもさほど痛みを感じている様子はない。
 怪訝そうなアルフェリアの様子に、ファリスは「ああ」と、頷いて。

「ケアルくらいは使えるんでね。もっとも、勉強不足で自分に使うのが精一杯だけど」

 そう言って笑う。と、物音がしてファリスは素早く背後を振り返った。
 振り返ると、海賊船の船内から手下の一人がのんびりと顔を出すところだった。ぼんやりしていた顔が、甲板上の惨状を見て驚きに変わる。

「な、なんだこりゃあ!? か、頭、一体何が!?」
「何がじゃねえっ! てめえ、なにしてやがった!」

 よくよく見れば、バッツたちが乗っていた客船の接近を伝えた手下だった。
 ファリスの一撃にずっと伸びたままだったらしい。

「ぼさっとしてんなッ! さっさと船倉からありったけの魔法薬を持ってきやがれ!」
「へ、へいっ!」

 それからはポーションやらハイポーションなどの魔法薬、それからアルフェリアの回復魔法で海賊たちや船員たちの傷を癒した。大半は重傷を負い、回復魔法でもすぐには動けないような状態だったが、不幸中の幸いと言うべきか、死んだ者はいなかった。

 

 

******

 

 

「いやー、大変だったねー、アルちゃん」

 軽い調子でそんなことを言いながら、客船の中からアルフェリアの連れの男が姿を現した。
 後ろから家族連れも顔を出したが、船上の悲惨な様子に母親は子供を連れて船内に引っ込んだ。
 アルフェリアは自分の相棒を半眼で睨付けて、

「良いご身分ですね、ガイ。今までなにをしてたんですか」
「船の中に閉じ篭もってたよ。なんか上でヤバイことが起きてるのが解ったからね。様子を見に行くって勇敢かつ無謀にも外に出て行こうとした御仁を何度も押しとどめたり、結構苦労したんだよー」

 あくまでも軽い調子で、アルフェリアの相棒・ガイロード=アークスは答える。
 それをアルフェリアは船員の一人に回復魔法を使いながら嘆息して、

「まあ、ガイが出てきてもなんの役にも立ちませんでしたけど」
「だろう?」

 何故か自信満々に胸を張って自分の無力を誇る男。

「ああ、でもガイの好みそうな可愛らしい女の子が居ましたよ? 敵でしたけど」
「なにいいいいいいいいいっ!?」

 アルフェリアの言葉に、軽い調子だったガイは限界まで目と口を開いて、悲痛な絶叫を上げた。
 その声は客船、海賊船にまではっきりと響き、その場にいた全員が何事かとガイの方を見る。だが、そんな注目の視線にも気が付かずに、彼は絶叫を続けた。

「そんなッ!? そんな悲しいすれ違いがあったなんてぇえっ!? 畜生、僕はなんて馬鹿野郎なんだッ! 幼女が僕に逢いにこんな海上まで追いかけてきてくれたというのに(違います)! ああ、神様のいじわる―――ぶげえっ!?」
「うるさいです。黙ってください」

 冷たい目でアルフェリアが告げる―――が、ガイはそのアルフェリアの剣の腹で頭を強打され、苦悶の表情で甲板上を転げ回る。
 ふと、その後ろで呆然としている家族連れの旦那に気づいて、なんとなく思い出す。確か、この家族が連れていた子供は幼い男の子だったな、と。

(・・・女の子じゃなくて良かったですね)
(・・・ええ)

 その一瞬だけ心と心が通じ合ったのか、アルフェリアの視線に気が付いて、男の子の父親は苦笑して頷きを返した。

 

 

******

 

 

「海賊ー、頼みがあるんだけどー」

 全員の治療が終わった頃、バッツがファリスに向かって呼びかけながら、再び客船から海賊船へと飛び移る。
 そのバッツの後ろには、怒り心頭のフライヤが追いかけていた。怒りの原因は考えるまでもなくクリスタルを簡単に渡したことだろう。
 クリスタルの件に関しては、ファリスもフライヤほど怒りはないもの、その価値を良く知るファリスはバッツを非難したい気持ちもある。だが、それと同じくらいにクリスタルを渡さなければ、被害はかなり大きくなっていただろう。バルバリシアとバッツが交わした会話の通り、本当にバッツ以外の全員が全滅する可能性だってあった。
 それだけ、あのバルバリシアという女性は人間離れした力を持っていた。

(ついでに、こいつもな)

 バッツという名前の旅人。
 騎士でも戦士でもないただの旅人が、その化け物を相手にして唯一無傷だった。
 その身のこなしは俊敏な肉食獣ですら敵わないと思わせるほどの身のこなしと、相手の刃を断ち切るほどの剣のキレ。本当に、相手が悪かったのだと痛感する。自分はこんな化け物相手に殺すだのなんだの言っていたのかと思うと、背筋が寒くなる。

 だが、その一方でファリスはバッツの剣をどこかで見たような気がしていた。
 そして、バッツに対しても妙な親近感や懐かしいものを感じる。
 だから、バッツの力を認めた時、あっさりと負けを認めることができた。

「なんだよ、頼みって。それから俺はファリスだ。ファリス=シュルヴィッツ。名乗らなかったか?」
「名乗ったっけ? 俺はバッツだ。バッツ=クラウザー」
「ああ、それはさっき聞いた―――クラウザー!?」

 バッツの下の名前に、ファリスははっとする。
 その驚きに、バッツは(また親父の雷名か)と苦笑した。

「ふうん、成程ね。どーりで・・・」
「なんだ、親父の名前って海賊にまで知れ渡ってるのかよ?」
「いいや? まあそう言うわけじゃないが色々あってな―――で、頼みって?」

 苦笑いするファリスを不思議にバッツは思ったが、まあ親父は今関係ないと思い自分の用件を伝える。

「頼みってのはさ。俺をバロンまで連れてって欲しいってことなんだが」
「おいおい。俺はそのバロンへ行ってきてファイブルに戻るところだぜ?」
「そこを何とか。いいじゃん、自由気ままな海賊だろ? 流石に客を乗せてる船に無理を言うわけにはいかねーし」

 と、バッツが客船を振り返ると、家族連れの旦那が船長にくってかかっている所だった。
 武装して安全な船だから乗ったのに、とかなんとか騒いでいる。まあ、気持ちは解らなくもないと思いつつ。

「というわけで、頼む」
「何しにバロンに行くんだよ」

 ファリスは即座に可否の返事はせずに、逆に尋ね返す。
 バッツはんー、と数秒言葉を選んで、

「借りを返したい馬鹿が居る。それも二人ほど」

 バッツの頭に浮かんだのは、二人の男だ。
 レオ=クリストフ。
 それから、セシル=ハーヴィ。

「ついでに、奪われた物も奪い返さないとな」
「それはお主がくれてやったんだろうがッ!」

 それまで黙っていたフライヤが、いきなりブチ切れて怒鳴った。
 というより、さっきからキレっぱなしだ。

「ああもう、セシルになんと言えば良い! 私がついていながらみすみす敵に奪われるとは・・・」
「さっきからしつこいなー。お前だって止めなかったじゃんか」
「止める余裕があったら止めてたわい!」

 と、バルバリシアの髪の毛に引き裂かれた自分の服の裾を掲げて見せた。
 無惨に引き裂かれてはいるが、腕はアルフェリアの回復魔法で癒されている。

「あそこで俺がクリスタルを渡さなきゃ、俺以外殺されてたぜ?」

 言われてフライヤは「う」と言葉に詰まった。
 確かにバッツの言うとおりだった。
 上空に居るバルバリシアにはこちらの攻撃が届かない。魔法を扱えるアルフェリアは海賊船を沈まないように浮遊魔法を維持するのに手一杯だったし、フライヤも怪我を負って飛んでも満足に槍を振るうことはできない状態。
 反対に、バルバリシアの髪の毛の一撃を完璧に回避できたのはバッツただ一人だけだった。

「くそ・・・面目がない・・・」
「合わせる顔がないって言うなら、向こうの船に乗ってファイブルに行けばいいじゃん。なんだったら、セシルとギルバートには『フライヤは命がけでクリスタルを守ろうとしたが力及ばず、名誉の戦死』とかなんとか言ってやってもいいぜ?」

 からかうような口調で言うバッツを、フライヤはギロリと睨む。

「そんなことできるか! かくなる上は、竜騎士の誇りにかけてクリスタルを取り返す!」
「最初からそう言えば良いんだよ。過ぎたことをぐちぐち言わずにさ」
「言わせているのは貴様だろうが!」

 怒るフライヤに笑うバッツ。
 そんな二人を、ファリスは愉快そうに眺めていた。そんなバッツに、変わらぬ調子でバッツが声をかける。

「で、どうだよ」
「行かない・・・って言ったらどうする?」
「仕方ないからファイブルまで行って、フォールス行きの船に乗って、ダムシアンかファブールからバロンに行く」
「いいのか、そんなんで」
「良いも悪いもないだろ。まさか泳いで行くわけにもいかねえし」
「俺はてっきり、命が惜しければ・・・とか言い出すかと思ったぜ」

 冗談めかしてファリスが言うが、内心では本当にそうやって脅してくるんじゃないかと思っていた。
 フライヤの方はともかく、バッツの強さは人外じみている。
 ファリスを含めたこの船に乗っている海賊全員がかかっても、傷一つ追わせることは出来ないだろう。バルバリシア相手に見せた身のこなしは、最早、人の域を超えている。
 加えて、メーガス三姉妹の武器を容易く切り裂いた剣捌き。
 相手が武器を持ったまま、その剣を斬るなど達人と呼ばれる剣士でも難しい。余程切れ味の良い剣でなくては、斬る前に鋼と鋼がぶつかった衝撃で手から武器が弾き飛ぶ。
 鋼が切れるなら、それより柔らかい人の肉やら骨やらはなお容易く断ち切れるだろう。
 こちらの攻撃は当たらずに、相手は一撃必殺の技を持つ。

「正直、死にたくなければ、と言われれば従うしかなかったんだがな」

 ファリスが苦笑すると、何故かバッツは怪訝そうに、

「嘘つくなよ。お前、さっきは命よりも海賊としての誇りが大事とか言ってたろ」
「俺一人の命と誇りじゃ、誇りの方が重いさ。けどな、俺の手下全員の命と比べれば、誇りなんか安っぽいもんだ」
「か、頭ぁ・・・」

 ファリスの言葉に、周囲にいた海賊たちが感動したように、熱い視線で我らが頭領を見つめている。
 そんな手下たちを、ファリスは嫌そうな顔をして「そんな目で見んな!」と、腕を振って追い払う仕草をする。だが、顔が赤くなっているので、それが照れ隠しだと言うことは一目瞭然だった。

「よし解った。死にたくなければ」
「お前、ここは感動するところじゃろ」

 バッツの場の空気を読まない言葉に、フライヤがつっこむ。

「冗談だ」
「いや。今のはかなり本気だった」
「冗談だっちゅーに。いくらなんでもそんなこと言えるか!」
「言ったじゃろーがっ!」

 にらみ合うバッツとフライヤ。そんな二人を見て、ファリスが大笑いする。

「ほんっと、面白い奴らだな。お前ら」
「「うるさい」」

 ファリスの感想に、バッツとフライヤは異口同音。
 と、バッツは不意に真顔になって。

「ま。別に、無理してあんたらに頼もうとは思ってねえよ。この船一隻でバロンまで向かってくれってのは結構無茶な話だしな。何せ、バロンの海には―――なんだっけ。なんか居るんだよな?」

 フライヤに顔を向けて尋ねる。
 はあ、とフライヤは呆れたように吐息して、

「海王リヴァイアサンじゃ。そんくらい覚えとけ!」
「そう、それ。だから、船で行くのは自殺行為・・・って、なに笑ってるんだよ」

 バッツは言葉を止めて眉をひそめる。
 見れば、ファリスが可笑しそうに、声を殺して腹を抱え笑っている。
 ふと気づけば、周囲に居る海賊たちもにやにやと笑っていた。

「お前らさ。俺の話を聞いてなかったのか?」
「話って」
「言っただろ。俺たちはバロンへ行ってきて、ファイブルに戻るところだったって」
「・・・あ」

 そう言えば、ついさっきバッツが「バロンへ向かってほしい」と頼んだ時、ファリスはそう言って答えた。

「あれ。もしかして、あれか? リヴァイアサンって言うのは都市伝説か何かで―――」
「いや、ちゃんとバロンの海にはリヴァイアサンって言うでっかい・・・シルドラよりもでけえ海竜が居る。それは確かだ」
「じゃあ、どうやってその怪物を―――もしかして、あの銀竜が追っ払ったとか?」

 バッツが言うと、「馬鹿を言うな」とフライヤが即座に言い捨てる。

「リヴァイアサンじゃぞ!? 海竜たちの王にして、神竜バハムートに次ぐ世界で二番目に強いと言われている竜じゃ。同じ海竜とはいえ敵うものではないわ!」
「まあ、その通りだな。いくらシルドラでも海竜王に太刀打ちできねえ」

 フライヤの言葉に、あっさりと頷くファリス。
 「じゃあ、なんだよ」とバッツが口を尖らせると、ファリスは説明を始めた。

「リヴァイアサンを追っ払うことはできねえが、同じ海竜だからリヴァイアサンのテリトリーは解る。俺たちは、リヴァイアサンの領域に極力進入しないように遠回りしてバロンに向かったのさ。遠回りって行っても、こっちにはシルドラが居るからな。例えばファブール辺りから出発して、普通の船で直接バロンに向かうのと比べても、殆ど変わらない時間でつける。今からなら、まあファブールの港で補給して、遅くても一週間でバロンにはつけるな」
「へー・・・」
「ほう・・・」

 ファリスの説明に感心するバッツとフライヤ。
 そんな二人に、ファリスは困ったように「おいおい」と声をかける。

「反応、それだけか?」
「いや、驚いてるよ。セシルのヤツだってずっとリヴァイアサンをどうしようかって悩んでたんだぜ? つか、短い付き合いの中でアイツが悩んで悩むだけで他人任せにしたのって、そのリヴァイアサンのことだけだろうしな」

 バッツの言うとおり、リヴァイアサンに関しては、魔道の知識がないセシルにはどうすることも出来ない問題だった。
 いや、せめて時間があれば、例えばファリスのようにリヴァイアサンの領域を避けてバロンへ向かう、と言う方法も取れたかも知れない。が、それを調べている余裕はなく、時間をかけてしまえばゴルベーザはエブラーナを滅ぼしてしまう。そうなれば、ゴルベーザは背後からの敵を気にすることもなく、悠々とクリスタルを手に入れ、目的を達成してしまうだろう。

 だから、セシルは召喚士としては未熟であるリディアの潜在能力に賭けることしかできなかった。

 そして、その賭けが失敗したことを、バッツはまだ知らない。

「その問題を簡単にスルーしたのは凄いって本気で思うぜ? 流石は海賊だよなー」
「いや、だからさ。だったら喜べよ」
「・・・なんで?」

 首をかしげるバッツに、今度はファリスが「はああ・・・」と溜息。

「だから、バロンまで連れて行ってやるって言ってるんだよ!」
「へ? マジで? いいのか」
「おう、マジだ。だから俺様に心の底から感謝しやがれ、コンチクショウ!」

 ふんぞり返るファリスに、バッツはパンパンと柏手を打って拝んで見せた。

「ははあ〜! ファリス大明神様〜!」
「・・・なんだ、その大明神ってのは」
「俺も良く知らないんだけど、俺の故郷のすげえ古い先祖が拝んでた神様。まあ、今じゃ故郷で知るのは俺くらいなもんかなー。多分、長老たちだって知らないだろ」
「なんで年寄りが知らない昔のことをお前が知ってるんだよ?」
「親父の影響だよ。ウチの親父、そういうの好きだったから」

 あっさり答えるバッツに、ファリスがぽかんと口を開けた。

「あのドルガン=クラウザーが実は神様マニア・・・?」
「いや、村の古い文化に興味持ってただけで、宗教マニアとかそう言うのじゃ無いんだけど」

 誤解を解くようにバッツが訂正する。
 と、ふと気が付いたように。

「そいや、そういうお前こそ、なんでウチの親父のことを知ってるんだよ? 剣士でもないのに」

 バッツの質問に、ファリスは渋い顔をして口ごもる。

「色々あったんだよ。色々」
「色々って何が」
「いーじゃんかよ。別に聞いたって面白くねえ事だ―――それよか準備はいいのか。そろそろ出すぜ」
「あ。待てよ。ボコを連れて来なきゃ」
「クリスタル以外の荷物も部屋に置きっぱなしじゃろ」

 そう言って、バッツとフライヤは再び客船に飛び乗り戻った。

 

 

******

 

 

 荷物を持って、ボコを連れ出すバッツよりもフライヤの方が速く甲板に出た。
 と、そこへ声をかけられる。

「フライヤさん」
「アルフェリアか」

 そこには銀髪の女魔法剣士が一人。
 少し足を引きずってはいるが、それでも傷は殆ど癒えているようだった。

「魔法というのは便利じゃな。私も一つ習ってみようか」

 冗談めかしてフライヤが言う。
 だが、アルフェリアは暗い表情で微笑して、

「私は・・・欲しくなかったんですけどね」
「?」

 フライヤはアルフェリアの事情を知らない。
 だがら、彼女の苦悩を理解できずに困惑する。そんなフライヤに「なんでもないです」と彼女は手を振って、

「行かれるそうですね」
「まあ、馬鹿がわざわざ敵にくれてやった物を取り返さなければならんからの」
「本当は、私も手伝いたいところですが―――・・・」
「無理はしなくて良い。お主にはなにも関わりのない事じゃ」
「すみません」

 ぺこり、とアルフェリアが頭を下げる。
 フライヤは謝らなくても良いのに、と苦笑しながら。

「まあ、本当はお主のような魔道の使い手は味方に欲しいところじゃがな」

 ぽろりと本音を漏らす。
 なんにしろ、敵は強大すぎる。なおかつ、相手側にはバルバリシアを初めとする人のようでそうでない化け物がいたり、シクズスの魔導戦士が協力していたりするのだ。こちらには魔道の使い手と言えば、ローザとティナが連れ去られた今ではリディアしかいない。魔法の使い手、とくに癒しの魔法の使い手は喉から手が出るほど欲しい。その威力を見せつけられた後なら尚更そう思う。

 だが、アルフェリアにはアルフェリアの都合がある。
 それにフライヤはこの少女の事を好ましく思っていた。ネズミ族の自分に、他者と変わらずに―――いや、戦士としての力を認めて礼儀正しく接してくれた。
 最近、少し忘れがちになるが、このフォールスやファイブルで自分は異形の存在である。あからさまに嫌悪の視線を向けられることも珍しくない。バッツやセシルのような人間は例外中の例外なのだ。

(・・・そんな例外なヤツらじゃからこそ、私はここに居るのかもしれんな)

 フライヤには旅の目的があった。
 自分の師匠であり、恋人でもある同じネズミ族の竜騎士、フラットレイを探すという目的が。
 フラットレイはフォールスには居なかった。弱冠21歳でありながら、世界最強と噂される竜騎士カイン=ハイウィンドが居る地なのだから望みは高いと思ったが、自分以外のネズミ族がフォールスに来たという噂すら掴めなかった。ネズミ族なのだから風貌は目立つ、噂はすぐ広まるはずだ。しかし噂と金が集まる商業国家ダムシアンで噂すら掴めなかったのだ。これ以上フォールスに居ても無駄だろう、が。

 それでもフライヤはまだフォールスを出て行くつもりはない。
 船に乗ったのも、セシルに頼まれたからで、クリスタルの行方を見届けたら即座にフォールスに戻るつもりだった。
 ギルバートと傭兵の契約をしてあるというのもある。
 だが、なによりもこの戦いを―――自分が知り合った、戦友とも言うべき者たちが関わった戦いの結末まで付き合うつもりだった。

「すみません・・・でも、フライヤさんなら、きっと私なんかの力が無くても―――」
「そう言ってくれるのは嬉しいがの。私はまだまだ弱い」
「そんなことありません!」
「そんなことあるんじゃよ。バッツや襲ってきた金髪の女を見れば解るじゃろう? この戦いはああいうのが何人も関わっとる。―――これでもナインツではそこそこ名の知れた竜騎士なんじゃが、そんなわしでもヤツらに比べればタダのネズミじゃ」

 自分の風貌を皮肉ってフライヤが言う。
 アルフェリアは何か言い返したそうにしていたが、現にバッツやバルバリシアを見た後なら、フライヤの言葉がただの自嘲ではないのだと解る。

「じゃが、わしはこの戦いを最後まで見届けようと思う。生き延びて、見届けようと思う―――じゃから、また、生きて逢おう。アル」
「・・・はい。絶対に、また逢いましょう、フライヤさん」

 目の端に少しだけ涙を溜めて。
 しかし精一杯の笑顔を浮かべて、アルフェリアはフライヤと再会のための別れの挨拶を交わした―――

 

 


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