第10章「それぞれの決意」
A.「クリスタルの伝説」
main character:セシル=ハーヴィ
location:???????
かつて、世界には何もなかった。
何もなかった、“世界” という概念すらなかった世界に、ある時闇が生まれた。
闇は何時自分が生まれたのか、どうして生まれたのかも解らない。
ただ、生まれながらにして自分が孤独だと言うことは理解していた。
何も無かった世界は、闇しかない世界へと生まれ変わった。
時が流れた。
何もなかった世界に、闇が生まれたことによって時が生まれた。
時の流れはじわりじわりと闇を疲弊させていった。
時の流れと共に、孤独が闇を蝕んでいった。
闇は孤独である寂しさを感じ、哀しみを感じ、世界に己しか存在しない不条理に怒り、憎しみ―――最後には諦めた。
それから長い長い時が流れた。
孤独であることを諦めてしまった闇は、もはや孤独に疲れることもなかった。
だが、代わりに段々と力を失っていった。
ゆっくりとゆっくりと、長い長い長い時をかけて闇はゆっくりと薄れて行き、最後には死んでしまった。
死んでしまった闇の骸は宇宙となった。
それからさらに長い長い時間がかかり、宇宙に神が生まれた。
何もなかった世界にある時突然 “闇” が生まれたように、何もなかった宇宙に突然 “神” が生まれた。
やがて神も自分一人しかない孤独を感じ、寂しさを感じ、悲しんだ。
自分一人しかいない不条理に嘆き、怒り、憎しみ―――しかし、諦める直前に神は涙を流した。
涙は小さな小さな結晶となり、その結晶は光を放ち、真っ暗闇だった宇宙を照らし始めた。
クリスタルの輝きには不思議な力があった。
風を生み、炎を生み、水を生み、土を生む力。
神はクリスタルの力で、土と水の力を使って星を産み出した。それが今、人々の住む星。
幾億幾万の星々を作り、ようやく満足の行く星を作り出すことに成功すると、今度は土を練って炎を入れて “竜” を作った。
星の上には幾千幾万ものの竜が徘徊し、神は孤独ではなくなった。
だが―――互いに竜たちは自らの力を誇示し合い、同族同士で戦い、その肉を喰らい合った。
やがて、地上を闊歩していた竜たちはその数を激減させた。
その様子を嘆き悲しんだ神は特に力が強く、凶暴であった八匹の竜を封じた。
そして、他の竜たちを地上から連れ出し、月に閉じこめてしまった。
神が取りこぼし、地上に残った竜たちも数匹いたが、それらは広い地上で巡り合うことはなく、自分の住処で長い時を過ごした。
竜たちを隔離し、また孤独に戻ってしまった神は再び土をこねて、今度は ”人” を作り出した。
人は竜たちのように争い合わず、互いに協力し合うように考えて、竜たちよりも弱く作った。
だが、逆に弱すぎて、一番初めに作った人は地上の環境に負けてあっさりと全滅してしまった。
神はもう一度人を作ると、今度はすぐに死なないように知恵を与えた。
自分を守る術を考える知恵によって、その人間たちは最初に作った人間よりも長く生きた。
だが、やはり人間たちには地上の環境は厳しく、次第にその数を減らしていった。
再び全滅しそうになる人間たちに、神は慌ててどうすれば良いかを考えた。
考えて、考えて、考え抜いた末にクリスタルを与えることにした。
風と炎と水と土。四つの力を生み出し操ることのできるクリスタルを人間たちに使いやすいように四つに分けて。
そのクリスタルの力で、人間たちは自然を操り、全滅することを免れた。
やがて、時が流れ人間たちは順調にその数を増やし、発展していった。
神を敬い、クリスタルを神器として奉った。
人間たちに慕われて、神は喜んだ。もう神は孤独ではなかった。
しかし人間たちは次第に増長するようになる。
神が与えた知恵をさらに発展させ、科学という力を生み出した。
科学は人間たちに様々な力を与えた。
クリスタルの力を越える力を人間に与え、人々はクリスタルを奉り、神を敬う心を次第に忘れていった。
やがて、人間たちは自分たちを産み出したと言うだけで神を名乗る神に反感を抱き始める。
そして科学の力で神を殺してしまった。
愛していた人間たちに裏切られ、殺されて、神は嘆き悲しみ、怒り、憎しみ―――最後には諦めながら死んでいった。
その激情は、かつて孤独だった時に感じたものよりも遙かに強かった。
神の悲しみは洪水となって1000日間世界を流し尽くした。
神の怒りと憎しみは炎となって1000日間世界を焼き尽くした。
神の諦めは氷となって1000日間世界を覆い尽くした。
神が死んで3000日経った後、地上には何も残っていなかった。
ただ、ぽつんと神の骸が遺されていただけだった。
それからさらに今度は10000日が経って、神の骸から二人の人間が生まれた。
二人の人間―――男と女は何もない世界に生まれ、やがて子供を作り、その子供がまた子供を産み出し。
やがて何も残らなかった地上に、また人間たちが生まれ始めた。
神から生まれた二人の子供。その子供の子供の子供の子供の子供の代になった時のことだ。
何もない地上を見て、一人の人間が何も無いのは寂しいと感じた。
その人間は “何か” を求め、地上を旅して回った。そして、何十年も過ぎてよぼよぼの老人になった時にそれを見つける。
その人間が見つけたのは、かつて神が、人間に与えた四つのクリスタルだった。
人間たちはそのクリスタルの力で、失われていた風を吹かし、炎を燃やし、水を流し、土に命の息吹を吹き込んだ。
そして地上には再び風が吹き渡り、炎が燃えさかり、水が流れ、土からは様々な緑が産み出された。
かくて世界はかつての姿を取り戻した―――
******
「・・・つまり。あのクリスタルには自然を操る力があるって? にわかには信じられないな」
セシルの言葉にエニシェルは訂正する。
「いや、正確には操るのではなく管理するに過ぎぬよ。クリスタルを産み出した神が死んだ時に、クリスタルの力も弱まり、さらに世界を再生した時にその力も殆どが失われた。さらにカオスの出現、光の反乱に、闇の暴走―――もう、自然を産み出し世界を創り出した時の力は、クリスタルには残っておらん」
「カオス・・・? それに光の反乱に闇の暴走って言うのは一体なんのことだ・・・?」
「それを説明すると、本気で長くなるぞ? 妾はむしろ説明してやりたいが―――特に闇の暴走の一件は、愛しい愛しいレオンと妾の物語でもあるからのー」
「いや、とりあえず、先にあのクリスタルについてもう少し詳しく教えて欲しい。あのクリスタルには、今、どれくらいの力があるんだ? ゴルベーザはクリスタルを集めて何をしようとして居るんだろう?」
「一つ、説明が必要じゃな」ぴんっ、とエニシェルは指を一つ立てて。
「今、妾が説明したのはオリジナルのクリスタルのことじゃ。この地にあるクリスタルの話ではない」
「・・・は?」
「この地にあるクリスタルは、月へと昇った古代の民がオリジナルを複製して作り上げたものじゃよ。・・・ある力を封印するためにな」
「じゃあ、今までの説明は無関係だっていうのか?」うんざりしたような顔でセシルが言う。
と、エニシェルは「とんでもない」と手を振った。「無関係などではないよ。お主にクリスタルの存在がどれだけのものか知らしめる為に必要じゃった。なんいせよ、ホイホイと他人に預けて良いようなものではないということじゃ」
「バッツに預けたことを言っているのか? でも君だって何も言わなかっただろう?」非難がましくセシルが言うと、エニシェルは涼しい顔で。
「バッツ=クラウザーに預けるならそれは正しいことじゃからな。何せあやつオリジナルのクリスタルの守り手じゃ。これ以上託すのに最適な相手がおるかい」
「バッツがクリスタルの守り手・・・?」
「まあ、その辺りはおいおい説明してやろう。まずは、この地のクリスタルについて聞きたいんじゃろう?」確認するようにエニシェルが尋ねる。
セシルは神妙に頷いた。「ふむ。まず、お主の最大の疑問から答えておこうか。ゴルベーザと言う男がクリスタルを用いて何をしようとするのか―――それは妾にも解らん」
「解らんって・・・さっきは、ある力を封印する為とか言ってただろう? だったら、その力とやらの封印を解く為じゃ・・・」
「その力の封印は最早解かれておる。ある魔道士の命と引き替えにな。お主も聞いたことがあろう? 大魔道士ミンウの名前を」その名前は、魔道にうといセシルでも聞いたことがあった。
白魔道士であるローザの話からもたまに登場する名前だ。
かつてあった小国の宮廷魔道士にして、黒魔法と白魔法の両方に精通した賢者の名前だ。「封じられていた力とは究極破壊魔法アルテマ。古代種族によって封印された四大魔法の一つであり、個人が扱う破壊魔法の中ではまさに究極と呼べる魔法じゃった」
「その封印はもう解かれている? じゃあ、今、クリスタルは何を封印しているんだ?」
「だからそれが解らんから、ゴルベーザとやらの狙いが解らんと言うておる。妾が知る限り、この地にある四種のクリスタルで封印されていたのは、究極魔法アルテマであり、その封印はすでに解かれておる。考えられるとすれば、妾の知らぬ間にクリスタルの力で封印された “何か” の解放か、或いは逆に何かを封印したいのか・・・?」
「封印、か」
「どうであれ、なにかロクでもないことを企んでいそうな男なんじゃろ? そのゴルベーザというのは。だったら、そ奴にクリスタルを集めさせなければよい。オリジナル・クリスタルと違い、封印のクリスタルは四つ揃わなければ意味がないからの」エニシェルの言葉に、セシルは嘆息する。
「結局、何も変わらない、か」
「お主の選択は間違って居らんよ。取引を無視してクリスタルをバッツに預けたことは、正しかったと妾は思う。後は、お主が恋人を無事に救い出せれば万々歳じゃ」
「・・・救い出せればね」
「もしも救い出せなくとも、誰もお主が恋人を見捨てたとは思わんよ。・・・そんなヤツがおったら、妾がヤキ入れてやるわ」エニシェルが、剣のくせに拳を握ってパンチする素振りを見せる。
こちらを元気付かせようとしてくれるのが解り、セシルは苦笑。確かにエニシェルの言う通りかも知れない。
自分の選択は、おそらく間違っていないだろう。きっと、誰もがそう言う。
ローザだって、例えそれで殺されても「セシルは間違ってないわよ」とにっこり笑って死ぬような気がする―――いや、気がする、ではない。そう確信できる。「じゃあ、まず初めに僕にヤキ入れて貰おうか。・・・誰もが間違っていないと、正しかったと認めてくれても、僕自身がそれを認められない」
例えローザが許してくれても。
セシルは自分自身を一生許さないだろう。
そんな彼に、エニシェルは呆れたような視線を送る。「難儀な性格じゃのう。というか、お主ほど心と行動が掛け離れてる輩も珍しいわ。もう少し、己の思うとおりに行動してみればどうじゃ?」
「思った通りに動いているさ。・・・けど、思った通りに行動しても、道を選んだとしても、納得できない時もある」
「そんなんお主だけじゃ。かか、本当に珍しいヤツじゃのう。誰よりも思い通りに行動しながら、誰よりも自分の行動に納得していない。本当に妙なヤツじゃ」なぜかやたらと楽しそうに少女の姿をした暗黒剣は笑う。
そんな彼女に、セシルは微妙な表情を形作り。「褒められてるようには聞こえないな」
「当たり前じゃ。馬鹿にしとる」そう言って、またかかかか、と笑う。
「そういう君だってそうとう妙だ。こう、話していても暗黒剣とはとても思えない」
「恋をしてしまったからのー」エニシェルは笑うのを止めて、うっとりとどこか遠くを見つめる目つきで。
それは確かに恋する乙女の表情だったのかも知れない。「ああ、何年、何十何百何千年と時が過ぎても忘れることはできぬ。目を閉じれば未だに色あせずに思い浮かぶ、彼の暗黒騎士の勇士―――妾はレオンに恋してしまった瞬間から、最強無敵な暗黒剣から、恋する一人の少女になってしまったのじゃ・・・」
「えっと、それってもしかしてさっきの話? 光の反乱だか闇の暴走だか・・・」いきなり乙女チックモード全開になったエニシェルに、セシルはおずおずと刺激しないように尋ねる。
危険だ、とセシルの経験が告げていた。
こういう状態を良く知っている―――嫌と言うほどに。(ローザだ。ローザの病気と良く似てる・・・)
熱っぽい表情、潤んだ瞳、自分の世界に入ってしまったと解る、どこを見て居るんだか解らないような視線―――
セシル、らぶーっ! とか自分の家だろうが兵舎だろうが人の多い大通りだろうが場所を構わず絶叫するローザの様子と、今のエニシェルは酷似している。「うむっ! そう言えばお主はさきほど妾とレオンの話を聞きたいと熱心に言っておったな!?」
注・言ってません。
「そこまで懇願されたならば仕方在るまい。聞かせてやろう。というよりむしろ聞け」
「いや、今日は色々あって疲れたから、もう僕は寝たいかなって・・・」
「そう、あれはまだ今の世界地図とは違った形をしていた世界だった頃の話―――」聞いてない。
思いっきりセシルの言葉をスルーして、エニシェルは語り始めた―――
******
結局エニシェルの話は、夜が明けて、次の日の昼間で続いた。
セシルは眠ろうとするたびに、或いは部屋を出ようとするたびにエニシェルのダークフォースに脅されて、やむなく話が終わるまで突き合わされて、少女の長い長い話が終わると同時に、夢の中へ急速潜行した―――
******
「あれ―――?」
目が覚めると、見知らぬ場所だった。
薄暗い部屋の中だ。
部屋の中を見回すと、狭い部屋の中に本棚が窮屈そうに並んでいる。どこからか、外の光は入ってきているようだが、本棚に遮られて光が部屋中に届かずに、結果として薄暗くなっている。
そんな本棚だらけの部屋の中で、セシルは本棚に追いやられたように、部屋の隅に寄せられたベッドに寝かされていた。本棚の本は、どれも分厚く、棚にぎっしりと詰まっていた。
本が苦手な人間なら、目にしただけで目眩を起こすだろう。
その背表紙に記されたタイトルは、殆どセシルの読めない文字で書かれてあり、何の本が並んでいるのかすら解らない。「・・・というか、ここは何処だ・・・?」
困惑して、呟く。
思い出そうとするまでもなく、全く知らない部屋だった。
ファブールでセシルが使っていた寝室でもなく、当然、バロンにある―――もとい、爆発して炎上してしまった自分の部屋とも異なる部屋だ。(えっと、確か僕はエニシェルの昔話に付き合わされて―――・・・? いや、違う!)
頭を振る。と、同時に記憶がはっきりしてくる。
目覚める前の最後に体験したのは、エニシェルの昔語りをまどろみの中で聞いていたことではなく、海の中でリヴァイアサンの咆吼の打撃に打ちのめされたことだった。「・・・生きてるのか・・・?」
いまさらながら、自分が生きていることが信じられずに、ぺたぺたと自分の身体を触ってみる。
と、その時になって初めて気が付いた。身体には包帯がしっかりと巻き付けられており、身体の手当がしてある。自分がどれくらいの痛手を負ったのか、気絶してしまったセシルはいまいちよく解らなかったが、少なくとも今はなにも痛みを感じないほどに回復していた。(だから、記憶が混乱したんだけど・・・)
目覚めたセシルは、打撃を受けた印象はなく、ただぐっすりと深い眠りについていたという感覚がある。
寝起きは少し頭がぼんやりしていたが、今はもう随分とすっきり覚めていた。目が完全に覚めた頭で思い悩む。
さて、ここは何処だろう。などとベッドから身を起こした状態で、部屋の中にある本棚を眺めながら考える。
とにかく、この部屋を出てみないと何も解らない―――そう、思いベッドから降りようとしたところで。とん、とん、とん・・・
足音が聞こえた。
それも下からだ。
どうやらここは二階であるらしく(もしかしたら三階かもしれないが)、本棚に隠れた辺りに階段があるらしい。
階段を昇り終えた足音の主は、ひょいっと本棚と本棚の間から顔を覗かせると、起きているセシルの姿に気が付いて「お」と声を上げた。「よう。目ぇ覚めたのかよ。だったら起きてこいよな」
「君は―――」バンダナをした青年だった。
しかも、見覚えのある青年だ。名前は知らないが、確か飛空挺技師であるシドの弟子の一人だったように思う。
飛空挺団長だった時に、副官だったロイドと良くつるんでいるのを見かけたことがある。その彼が居ると言うことは―――
「ここは、バロンなのか?」
セシルの質問に、バンダナの青年はきょとんとして。
その直後に爆笑して見せた。「あっはっはははははっ! ・・・っと、悪い悪い。つい、いきなりあんたが見当違いな質問するもんだからさ!」
謝ってるんだかよく解らないことを言って、彼は近くにある本棚の背表紙を軽く撫でながら、
「こんなヨクワカンネー、難しい字で書かれた本がバロンにはあるのかい? ここはミシディアだよ。魔道の国、ミシディア―――その村長の家の屋根裏部屋さ!」
青年の言葉に、セシルは驚きのあまりに息が止まった―――