第9章「別れ行く者たち」
Q.「痛み」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール城
「はあ・・・」
牢屋の中でリックモッドは本日何度目になるか解らない溜息を吐いた。
陰鬱そうに牢屋の格子の隙間から外を眺める―――とは言っても、格子の外に見えるのは石造りの壁だけだ。「ンだよ陰気くせえな」
同じ牢屋に入っているギルガメッシュが文句を垂れる、
それを無視してリックモッドは再び吐息。「・・・陸兵団に入って結構長いけどな。牢屋にブチこまれたのは初めてだ」
「おおそりゃ良かったな。ちなみに俺様は何度もあるぞ」
「・・・だから?」
「つまり俺の方が先輩というわけだ。いやしかし大変だな? これからテメエは俺様を陸兵団長様と敬わなければならない上に、先輩と崇拝しなければならないわけだ。二重の意味で下僕だな」無言で殴った。
「痛ッ!? てめえ、父親にもぶたれたこと無いのにー!」
「うるせえ黙れ! くそったれ・・・なんでこんな事に・・・」
「ちなみに父親にはぶたれたこと無いが、母親には嫌と言うほどぶたれたからな。なにせあのババア、手が六本あるモンだから普通の一般家庭の三倍は殴ってくるってシロモノだ。なんか児童虐待って訴えても勝てる気がしねえか?」
「くそ・・・戦って捕虜になるならまだいいがよ。よりにもよって味方のせいで捕まるなんて、無様も良いところだ」
「おお? 味方のせいって俺のせいか!? てめ、俺様が陸兵団長様々々々々々だからって、なんでもかんでも責任押しつけるなよ!」
「ちげーよ。あのゴルベーザのせいだ!」そう。
リックモッドは戦いに敗れて捕虜になったわけではない。
ゴルベーザの呪縛の霊気によって、ヤンともども動きを封じられてしまったのだ。そして、呪縛が解けた時には、すでにバロン軍は撤退していて、ものの見事に置いてけぼりを喰らった後だった。
何故かギルガメッシュもうんうんと頷いて。
「だよなー。あの黒いヤツ。あいつが悪い。俺様は悪くない。何てったって、確かアイツが一番偉かったような気がするしな。こういうときは一番エラいやつが責任取るもんだ」
「お前こそ偉いからってなんでも責任押しつけ―――」言いかけて、リックモッドは口を閉ざした。
牢屋に誰かが入ってきた足音が聞こえたからだ。気配を頼りに、牢室の入り口に視線を向けると―――見覚えのある男が現れた。
「久しぶりですね、リックモッドさん」
「セシルか・・・」久しぶりの旧知の再会、というにはやや陰気にリックモッドは訪問者の名前を呼ぶ。
「たく、よりにもよってお前の捕虜になるとはな。ちょっと前までは思いもしなかったぜ」
「僕もこうして、鉄格子越しに会話をするとは思っても見ませんでしたよ」そう言ってセシルは苦笑。
牢屋に入ってきたのはセシルだけではなかった。
その後ろに、金髪の育ちの良さそうな青年がついてきている。「誰だ?」
目配せして誰何の声を上げると、セシルは横に一歩退いて、後ろにいたギルバートを紹介する。
「ギルバート王子―――ダムシアンの王族の生き残りだ」
「初めまして。ギルバート=クリス=フォン=ミューアと言います」
「ダムシアンの王子だと!? 生き残りが居たのか・・・」赤い翼のダムシアン襲撃の時、リックモッドもあの場にいた。
そして、ダムシアンの城が跡形もなく吹っ飛んだことも。「あの爆撃で生き残りが居るとはな」
「運良く下の階に居たんですよ」
「そうか・・・運が良かったな」
「ええ、とても幸運でした」運がよいといいながら、二人とも暗い顔を浮かべる。
セシルも言葉無くして押し黙り、そんな中で唯一ギルガメッシュだけがカカカ、と明るく笑って。「運が良かった? ならちったあ嬉しそうに笑いやがれ。お前らどうみても運が良かったっつー風には見えねえぜ?」
「・・・おい!」非難がましくリックモッドがギルガメッシュの脇腹をつつく。
しかし、ギルバートは「そうですね」と頷いて。「運が良かった。僕は。生き残ったのだから・・・皆の無念を晴らすことが出来るのだから」
「馬鹿かお前。折角、生き残ったなら大事に使えばいいのによ。わざわざ戦いに行くなんて馬鹿げてるぜ」
「おい、いい加減にしろよ!」リックモッドが今度はギルガメッシュの首を太い腕で締め付ける。ぐえ、とカエルの潰れたような声を上げ、じたばたともがくが、力の差は歴然で、リックモッドの束縛を逃れられない。
「いえ・・・彼の言うことももっともですから」
ギルバートの言葉に、リックモッドはギルガメッシュを締め付ける腕をゆるめる。
と、素早くギルガメッシュはリックモッドをはね除けた。「げほっ、げほっ、何しやがるこの筋肉だるまぁっ!」
「お前が場の空気読まずに適当ぶっこくだろうがッ。いっぺん死んでみろ! そしたら馬鹿が治るから!」
「けっ。てめえこそ死にやがれ。つーかむしろ俺様が引導を渡してやるぜぇーっ!」いいながらギルガメッシュがリックモッドに飛びかかる。それをリックモッドが迎え撃ち、牢屋の中でどたばたどたばたと乱闘を繰り広げた。
「・・・止めた方が良いのかな」
「いや。大丈夫でしょう」不安そうなギルバートに、リックモッドのことを良く知るセシルは適当に答える。
ややあって、乱闘はものの五分とたたずに終わった。「ぐ、ぐぇぇぇ・・・」
「ふん。お前如きが俺を殺そうなんざ、十年早い!」牢屋の中では、再びリックモッドがギルガメッシュを締め付けていた。
「ぎ、ぎぶぎぶぅ・・・」
「うっせ、黙れ、そのまま落ちやがれ」
「いや、オとされると困るんだけど」
「そうなのか?」セシルの仲介に、リックモッドが腕を少しだけゆるめる。
ギルガメッシュはさっきと同じように逃げ出そうとするが、しかし今度はリックモッドは逃さない。「にゃろっ、放しやがれ、この野郎!」
「で、セシル。捕虜になんかようか? 用がなければこんな所までこねえだろ」
「いいや? リックモッドさんがどんな顔をしているか見に来ただけですよ?」
「お前、本当に時々ムカつく冗談が好きだな。こんな顔だよ、文句あっか?」
「放せ、放しやがれぇぇぇ・・・」
「・・・冗談ですよ。怒らないでくださいって」
「放せつってるだろが。そんでついでに牢屋からだせーッ! でないとお前ら眉毛が太くなる呪いをかけるぞバカヤロー!」
「「うるさい」」セシルとリックモッド、二人の息のあった台詞に、ギルガメッシュは少し黙る。
が、すぐにまた騒ぎ出した。
流石にセシルも嫌そうに。「五月蠅いなあ。リックモッドさん、放してください」
「いいけどよ。放すとこいつ、もっとうるせえぞ?」
「こいつ言うな。陸兵団長様だぜおらぁ。団員なら心の底から敬いやがれ!」
「話が進みませんし」セシルが言うと、リックモッドは素直にギルガメッシュを解放する。
「ふう・・・この野郎。ヤローのくせに俺様に密着しやがって。抱きしめたいなら女になってからやりやがれ」
「それはそれでキモいだろ」
「あー、ちょっといいですか、お二人とも。少し頼みがあるんですが」また口論に発展しそうな二人に、セシルが声をかける。
リックモッドとギルガメッシュは同時にセシルの方を向いて。「頼み?」
「おう? こっから出してくれるならなんだってしてやるぜ!」
「そうですか。なら話は早い」満足そうなセシルの様子に、ギルガメッシュは「ほえ?」ときょとんとする。リックモッドも僅かに眉をひそめ、セシルが何を頼もうとするのか警戒して。
そんな二人にセシルはにっこりと笑って。「この牢屋を出してあげますから、ギルバート王子を護衛してトロイアまで行って欲しいんですよ」
「「「は?」」」セシルの台詞に、他の三人―――ギルバートまでも困惑した表情を見せる。
「な・・・どういうことだよ、セシル!」
ギルバート本人にも聞かされていなかったらしい。
寝耳に水の話に、ギルバートが抗議の声を上げる。「聞いていないよ、そんなこと!」
「今、初めて言いましたからね」セシルはギルバートを振り返って宥めるように両手を広げてあげてみせる。
「王子には僕たちが海路からバロンを攻めている間に、トロイアに行って欲しいんですよ。そして、トロイアの神官様にダムシアン、ファブールをバロンが襲撃した詳細な情報を伝え、協力の約束を取り付けて欲しいんです。できれば、土のクリスタルの探索も」
「・・・なんで、今更トロイアに協力要請を・・・? そんなことはファブールでの戦いが始まる前に行えば良かったろう! それに、僕がトロイアに行く必要があるなら、どうしてファブール王の前で言わなかった!? こんな自分勝手にこっそり決めて・・・」
「いや、実はトロイアとの協力体制を作ることに大した意味はないんですけどね。ダムシアン、ファブール、トロイアの三ヶ国は国が起こった時からの友国ですし」セシルは苦笑して見せる。
が、その笑みは伝染することはなく、逆に普段温厚なギルバートが顔を真っ赤にしてセシルに掴みかかる。「セシル・・・君は何を考えている・・・? 戦いが終わってから少しヘンだぞ・・・?」
「ヘンですか・・・?」
「ああ。ヘンだとも。バッツへの態度といい、今といい・・・勝手に自分一人で決めて、そんなに僕たちが信用できないのか!」怒鳴りつけて、ギルバートはよっぽど興奮しているのかぜいはあと息を切らせた。
牢屋の中の二人は、いきなりのギルバートの激怒に唖然としている。
そしてセシルはと言うと―――「・・・・・・」
冷めた目でギルバートを見つめていた。
その目をギルバートは知っている―――つい、昼にも見たばかりだ。
誰も守れない―――そう言われて激昂していたバッツに向けていた目。「信用できないのは―――・・・」
「・・・セシル?」
「いえ・・・そうですね。勝手に話を進めて申し訳ありません」言いかけた言葉を呑み込んで、セシルは謝罪してみせる。
いきなり謝られて、ギルバートは毒気を抜かれ、何時のまにか掴んでいたセシルの胸元を放した。「あ・・・ごめん」
「いえ。王子が怒るのも無理はありません―――ですが、王やヤンが居る前でトロイア行きを告げてしまえば、今のように王子は怒り、そして私が王子がトロイアへ行かなければならない本当の理由を告げなければなりませんでした」
「本当の理由・・・?」
「はい。ただ、これから語ることは王子がトロイアへ行くまで誰にも告げないで欲しいのです―――もちろん、ヤンにも」そう、前置いてからセシルは己の考えを語り始めた―――
******
「おかえりなさーい。ご飯にする? それともおフロ? それとも、あ・た・し?」
いきなり馬鹿なことを言って出迎えたエニシェルを無視して、セシルは自分のベッドに着の身着のまま倒れ込む。
100%作り笑顔のままで固まっていたエニシェルは皮肉げな顔でセシルを見下ろす。「ふん。お疲れのようじゃのう」
「・・・・・・」
「やれやれ、返事もできんとは―――だが、妾には聞こえるぞ、お主の心の悲鳴が。辛い辛い、逃げたい逃げたい、苦しい苦しいと泣き叫んでおるわ」
「うるさい・・・」
「だが、お主はバッツのように逃げることはできん。ここまできて全てやめてしまえる性格でもない―――」
「うるさいって言ってるだろ・・・」ベッドに突っ伏したまま、低い声をセシルが漏らす。
その声に気圧されたわけでもないだろうが、エニシェルは言葉を止める。しばらく―――十数分ほど沈黙が続く。
やがて、次に言葉を発したのはセシルだった。「・・・れば、良かった」
「お?」
「逆らわなければ良かった」ゆっくりと、セシルは顔を上げ、身を起こす。
その目は何も見ず、虚ろに目の前の壁をじっと見つめていた。「バロン王に、ゴルベーザに逆らわなければ良かった。逆らわずに、任務だと割り切ってボムの指輪でカイポの村を壊滅させていれば良かった。いや、そもそもミシディアから戻った時、何も言わずにクリスタルを渡していれば良かった」
ギルバートあたりが聞いたら耳を疑いそうなことを、セシルは呟き続ける。
「他にも機会はあったんだ。カイポの村にずっと留まっていれば良かった。ファブールでカインの誘いに頷いていれば良かった。そうすれば、こんな・・・こんな風に・・・なんで、僕ばかりこんな―――」
「今からでも遅くはないぞ? あのゴルベーザとやらに投降を申し出てはどうじゃ? お主ほどのダークフォースの使い手、敵とはいえ無下にはせんじゃろうしな」からかうような口調で、エニシェルが言う。
だが、その言葉もセシルには届いていないようだった。「・・・くそ・・・なんで―――なんで、こんなことになっちゃったんだ。どうして・・・ローザ・・・・・・」
「なんじゃ。お主が悔やんでおるのはあの女のことか。覚えて居るぞ、暴走したお主を封印されているはずのホーリーで止めた女じゃな」
「そうだよ。悪いか・・・」セシルは涙ににじんだ目でエニシェルを振り返り睨付ける。
「彼女が居ないことがこんなに苦しいだなんて思わなかった。戦いが始まる前、ローザが居てくれるなら何だって出来るような気がした・・・バロンの大軍だって、どうにかできるって―――例え、どうにもならなくてここで終わったって、ローザと一緒なら悪くないって思った・・・でも!」
ぎり・・・と奥歯を噛み締め、セシルは泣き叫ぶ。
「彼女は連れ去られた! なのに僕は生きている! どうしてだよ!」
「お主・・・ああ、そうか、お主が後悔しているのはバッツにクリスタルを預けたことじゃな?」
「・・・・・・」
「そのローザとやらの事を一番に想いながら、けれどそれを救うよりもクリスタルを守ることを優先してしまった―――確か、クリスタルと引き替えにあの女を返す、そうゴルベーザとやらは言ったんだったな?」撤退する際に、リディアはゴルベーザにそう言われたとセシルに伝えた。
エニシェルに指摘され、セシルは沈痛な面持ちで、「約束なんて守られる保証はないよ・・・最悪、ローザはもう殺されているかも知れない」
「しかし、取引に持ち込めれば女を救う可能性もあった。しかし、取引をこちらからブチ壊してしまえば、可能性はゼロじゃ」
「解ってたよ、そんなことは!」だむっ、とセシルは拳をベッドに打ち付ける。
「わかっていたさ! でも、ゴルベーザという男は危ういんだ! ヘタに要求に従っていれば、なにがおこるか解ったモンじゃない。だいたい、クリスタルだってどういうものか解っていないんだ! ローザだけの事を考えて、判断を誤るわけにはいかない・・・!」
「・・・・・・」
「・・・話して貰うぞ・・・!」息をついて、セシルはエニシェルを見る。
その瞳には怨念にすら似た意志が宿っていた。「クリスタルがどういうものなのか・・・お前が知っている限りのことを、全て話せ!」
「ハ! 最強の暗黒剣たる妾になんとも無礼な男じゃ―――でもまあ、お主のダークフォースに免じて話してやろうかのう」よっこいせ、とエニシェルはセシルのベッドに腰掛けた。
「さて、どこから話そうかのう。全ての始まりは何もなかったこの世に “闇“ が生まれた時から―――」
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翌朝―――
まだ朝靄が出ている時分にこっそりと、ファブールの城を出た者がいた。
ギルバートとリックモッド、それからギルガメッシュの三人だ。
三人はチョコボに乗り、ファブールから西へと出発した―――西、トロイアのある方角へと。そしてその2日後。
セシルとヤンはモンク僧たちを率いて、ファブールの城を出発した。
ファブール南の入り江に用意された船に乗り、一船団となって海路でバロンへと向かう。一両日経った頃には、ダムシアンから出た傭兵たちの船団とも合流。一大船団となって、バロンへと突き進む。さらにその半日後―――
いよいよ、セシルたちはリヴァイアサンの潜む海域へと進入する―――