第9章「別れ行く者たち」
O.「“諦め”の暗黒剣」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール・港町

 

 

 三つの大陸に、大きな火山島と列島が一つずつで構成されるフォールス地方には、6つの港町がある。

 

黄色の点が港町位置

 

 20年前までは上記地図の他に、ファブールの南に一つ、カイポの村の東に一つ港があったのだが、18年前から出現した内海に出現した海竜リヴァイアサンによって、内海を行く船は悉く沈められてしまった。
 そのため、内海に面していた港には船が寄ることがなくなり、次第に寂れ、ついには人の居ない廃墟と化した。
 バロン南東に位置するミシディア大陸にある港も、大陸の北側―――つまり内海にあったが、同じ理由で外海に面する大陸南側へと移転した。

 賢者テラがバロンとミシディアを繋ぐデビルロードが作られたのも丁度この頃であり、その時はデビルロードという禍々しい名前ではなく、『セラフ・ロード』と名付けられていた。
 バロンとミシディアを船よりも遙かに早く行き来できる魔道の道は、もしも成功すればバロン−ミシディア間だけではなく、フォールス各地を繋ぎ国家間の交流を豊かにするはずだった。
 だが、この魔道の道には問題があり、心の弱い人間は目的地に正しくたどり着くことが叶わずに、次元の狭間へとはじき飛ばされてしまうことが解った。

 さらに、当時のバロンはエブラーナと戦争中であり、国の重鎮たちはこの技術を兵士や物資を送り込む為の手段として用いようとした。それを知った賢者テラは、セラフロードの封印を決意。バロンはテラの身柄を拘束しようと兵を差し向けるが、テラと共にセラフロードを作り上げたミシディアの魔道士たちの徹底抗戦によってテラはセラフロードの封印に成功。仲間たちの犠牲によって、妻や娘と共にバロン国外へと逃れカイポの村に落ち延びる。

 道を封印しようとした魔道士たちの虐殺が行われ、バロンとミシディアの中を完全に決裂させた事件の後、セラフロードのことを『天使の道』と呼ぶ者は居なくなり、次第に人は『悪魔の道』―――デビルロードと呼ぶようになる。

 

 閑話休題。

 さて。
 ファブールからフォールスの外に出たいなら、一番近いのはファブール北東にある港町である。
 バッツが向かうとしたらそこしかない。だから、セシルたちはチョコボを走らせ港町へと向かったのだが・・・

 

「・・・追いつけなかったなー」

 フォールスの他の村や町と同じく、魔物たちの襲撃に備えた高い壁がぐるりと取り囲む港町の入り口。
 玄関門を守るモンク僧兵の検閲―――港町なので、そういうチェックは厳しい―――をヤンの顔パスでくぐり抜け、チョコボから降りてセシルは一息。

「もしかしたらどこぞで道草をくっとるのかもしれんぞ」

 よ、とかけ声を挙げて降りながら、セシルと同じチョコボに乗っていた黒ずくめの少女がそんなことを言ってくる。
 セシルは「どうかな」と顎に手をやり、

「色々あって自分が否定されてしまった―――それでもって逃げるように城を出たんだ。道草する余裕なんか無いと思うよ。僕だったら一刻も早くフォールスの外に出たいと思うけどな」
「ふうむ。どうであろうな? 正直、あやつの事は良くわからん。付き合いは長いつもりだが、遙か昔からつかみ所の無いヤツじゃった」

 セシルの真似をして、顎を出ながらエニシェルが遠い目をしてそんなことを言う。
 それをセシルは訝しげにながめ、

「・・・長い付き合い?」
「ま、ざっと千年ほどだ。もっとも、実際の付き合いは百の年月も数えられんが」
「僕には君の言うことが掴めないな」
「そうじゃな。まあ、そのうち解る。これからもクリスタルに関わっていくというのならな」

 エニシェルの淡々とした台詞に、セシルの表情が歪んだ。
 不機嫌そうにそれが入った麻袋を掲げて睨付け、唾でも吐くように言葉を吐き捨てる。

「クリスタルか・・・」
「セシル!」

 不意に、ギルバートの叫び声が聞こえた。はっとして、というよりは驚いて振り向くとギルバートが慌てた顔でこちらとクリスタルの入った麻袋とを交互に見ていた。その後ろにはフライヤとヤンの姿も見えた。

「あ、ああ、王子。どうかしましたか?」
「いや・・・なんか、今にも地面に叩き付けそうな雰囲気だったから」
「そうしたいのはやまやまですけどね」

 苦笑して、セシルは肩を竦めると、掲げていた麻袋を持っていた手を下ろす。

「それよりも、どうでした? バッツは―――」
「ああ」

 ギルバートが軽く頷く。
 門の検閲をしていたモンク僧に、バッツらしき青年が街に入ったかどうかをギルバートとヤンは聞き込みしていたのだが。

「バッツらしい茶色い髪の青年が、少し前に門をくぐったらしい。チョコボを連れていて、しかもそのチョコボとまるで話をするようなやりとりをしていたというからまず間違いないと思う」
「ああ、それはバッツだ」

 チョコボと会話をする人間なんてそうそう居るわけがない。
 セシルもチョコボに語りかけて会話しているのを見たのは、バッツとあとはリディアくらいなものだろうか。
 ・・・そういう所も、二人は本当に兄妹のように思えた。

(しかも妹の方がしっかりしてる)

 妹の方が兄離れをして戦おうとするのを、それをヘタれな兄貴は自分がもう必要ないものだと思い込んでイジけて家出した。そう考えてしまえば、これはとても滑稽な話である。

「じゃあ、とりあえずは二手に別れて探すとしようか」

 セシルが言うと、ギルバートも頷いて。

「じゃあ、僕はフライヤと一緒に街の宿を巡ってみるよ」
「なら僕はヤンと港の方へ行ってみるとしよう」

 ギルバートとセシルが互いに行動を述べる。
 と、その二人の視界に、小さな手が挙げられるのが見えた。エニシェルだ。

「妾はどうすれば良い?」
「君は・・・そうだな。ここでチョコボの番でもしてて待っていてくれないか」
「ほう」

 セシルの返事に、エニシェルの目が細められる。
 と、同時に辺りが異様な雰囲気に包まれた。
 ギルバートは身をすくませ、ヤンが反射的に身構え、フライヤも自分の愛槍を持つ手に力を込める。
 通行人や、街の外に出る為に検閲に並んでいる一般人も、なにかを感じ取ったのか、皆一様にぎくりとした表情でエニシェルを振り返った。

 誰もが異様な雰囲気を感じながら、エニシェルからあふれ出すそれに気づく者は居ない。

 ダークフォース。
 怨念、憎悪などのマイナスの意志エネルギー。訓練された暗黒騎士にしかはっきりと感じる事の出来ないその力は、この場ではセシルとエニシェル自身にしか見えないだろう。
 エニシェルの身体から放たれるダークフォースは、濃密な闇としてセシルの目に映った。闇とは言っても透き通った闇で、闇に覆われながらも視界は明るい。クリスタルルームの眩しくない光と反対の、不思議な闇だ。

「貴様、妾に留守番をしろというのか」

 エニシェルが呟いた瞬間、辺りに拡散していた闇が意志を持ったように蠢き、収縮し、セシルへと殺到して凝縮する。
 辺りに散らばったダークフォースに異様な気配を感じていた一般の人間は、何事もなかったかのようにエニシェルから視線を外すが、ヤンとフライヤだけは緊迫した表情でセシルとエニシェルを見つめている。暗黒騎士ではないものの、戦士として鍛え、そして視線をくぐり抜けてきた直感がセシルの周囲に収斂した闇を気が付かせていた。ギルバートも二人ほどの鋭い直感を持ち合わせていないが、フライヤたちの様子からまだ何かがあると察して暗黒騎士と暗黒剣のやりとりを注視している。

 だが、当のセシルはダークフォースに取り囲まれながらも、平然とした顔で少女の人形に意識を移し替えた暗黒剣を見下ろしていた。

(凄いな・・・)

 最強の暗黒剣の雷名は伊達じゃないらしい。
 これほどのダークフォースを感じたのは、バロンでゴルベーザと顔を合わせた時以来だった。
 あの時、セシルはゴルベーザのダークフォースに言い様のない威圧感を感じた。その時のダークフォースと、今のそれは同等の力だ。むしろ、エニシェルのダークフォースの方が強いかも知れない。

 だが、セシルはゴルベーザと相対した時のような恐怖感を感じなかった。

(ゴルベーザのダークフォースは不安定だった。いつ、暴走してもおかしくないような不安定なダークフォース。・・・けれど、このダークフォースは・・・)

 セシルを取り巻くダークフォースは完全に安定していた。
 安定している、という表現はおかしいのかも知れない。ダークフォースの大本は、怒りや哀しみ、憎しみと言った人間には制御できない負の激情である。本来は決して安定することのない、荒れ狂う嵐のような激情こそがダークフォースの本質なのだ。

 人は怒りを抑えることは出来る。哀しみを堪えることも、憎しみを覆い隠すことも出来る。だが、それは制御しているとは言い難い。制御するということは、自在にそう言った感情を発し、或いは消すことだ。
 小さな感情ならば抑えているうちに消えることもあるかもしれない。しかし、本当の『激情』というものを簡単に出したり引っ込めたりすることはできない。

 ダークフォースとは感情のエネルギーだ。当然、その感情が強ければ強いほど、武具に込められた激情が激しければ激しいほどに力が増す。暗黒騎士は、暗黒の武具に込められた激情=ダークフォースを制御して力を発する。制御できなければ、その感情に支配され、激怒や憤怒に捕らわれれば狂戦士へと転じ、心が凍えるような哀しみや寂しさに捕らわれれば廃人と化す。

 そのように負の感情エネルギーたるダークフォースを制御する暗黒騎士だが、しかしダークフォースそのものを制御しているわけではない。暗黒騎士が制御しているのは力の流れや方向性といったものであり、激情そのものではない。先も述べたように、人は感情を制御することは出来ない。ただ抑えて我慢して、自分の中の感情が消え去るのを待つことくらいしかできない。
 加えて、制御された激情はすでに激情とは言えない。

 だが、セシルを取り巻くダークフォースは完全に制御され、安定されていた。
 矛盾のようであるが、しかしこれは矛盾ではない。
 このダークフォースは激情ではなかった。負のエネルギーには違いないが、怒りや哀しみや憎しみなどの強い感情ではない。

 セシルがこの闇から感じるのは “諦め” だった。
 喜びも、怒りも、憎しみも、哀しみも、なにもかもを諦めてしまった、そんな寂しい感情だった。

 無為の絶望と破滅を司る呪いの暗黒剣。
 その剣を手にした者は、その剣を手にしたという理由だけで全てを失い破滅し、絶望する。
 この剣を手にして破滅しなかった暗黒騎士は歴史上に伝えられる中ではただの一人しか居ない。

「諦めの暗黒剣・・・か」

 闇に包まれたままでセシルがぽつりと呟いた。
 途端にエニシェルがぴくん、と片目をやや大きく見開く。猫がなにか興味を引かれるような物に気が付いた仕草というのはこんなものではないかと、なんとなくセシルは思った。残念ながらセシルは基本的に普通の動物には嫌われているらしく、猫の仕草などをじっと観察できたことはないので、想像でしか語れないのだが。

「ほう。妾の根源をよくぞ見破った!」

 瞬間、セシルの周囲から人の目には見えぬ闇が消失した。
 同時に、なんとなく不穏な空気を感じ取って振り返っていた周囲の人間が、何事もなかったかのように思い思いの方向を向く。
 ヤンたちは、ダークフォースの気配が突然消え去ったことに戸惑いながらもエニシェルを警戒していたが。

 もっとも、エニシェルはそんなヤンたちをさらりと無視している。
 いや、無視しているのではなく、まったく気にしていない。
 今、彼の暗黒剣の興味は100%セシルに注がれていて、他のことは見向きもしていない。

 エニシェルとヤンたちの様子を見比べて、セシルは困ったように苦笑。
 とりあえず、黒い瞳を爛々と輝かせているエニシェルへ、セシルは肩を竦めてみせる。

「別に大したことでも無いだろ。暗黒騎士なら誰だって解る事だよ」

 そう、セシルが照れ隠しのように言うと、黒ずくめの少女はカカカカカ、と可憐な少女の風貌には似つかわしくない、奇妙な笑い声を立てた。

「面白い! 実に面白いなセシル=ハーヴィ! かつて妾を使いこなしたレオンは、その決然とした意志と強さを持って妾を強引に振り回した。人間が、己の意志を振り絞って妾を使いこなすのも楽しかったが、お主は何だ! 妾のダークフォースを受け流し、妾の言葉さえも受け流す。暗黒騎士なら誰でも解ることじゃと? たわけが! 暗黒騎士ならば尚のこと、妾のダークフォースに潰されて、『諦め』に心が塗りつぶされるわ!」
「いや、なんか馬鹿にされてるのか褒められてるのか良く解らないんだけど」

 呟いて、セシルはなんとなしに空を見上げた。
 太陽の位置は、もう天頂を過ぎ去っていたようだった。城を出た時は朝とも昼とも呼べない微妙な時間帯で、そこから歩けば半日以上かかる道のりを、チョコボを飛ばして街に着いた時は太陽は天頂にあった。

 それからまだそれほど時間は経っていないように感じられたが、見上げた太陽は先程見た時よりも、大分動いているようにも感じられた。

(できれば夕方までにはバッツを見つけ出したいんだけどな・・・)

 夕方までに町を出れれば、夜には城へ着く。
 時間は稼げるだけ稼いでおきたい。飛空挺を持つバロンは、このフォールスでは最強の移動・輸送手段を持っているということだ。その速度には対抗のしようがない。せめて、セシルたちに出来るのは無駄な時間を極力切りつめることくらいだ。

 大体にして、ファブール王が床に伏せってる今、指導者的な立場にいるセシルにヤンやギルバートが揃って城に居ないというのは何かと具合が悪い。
 そうとしってて三人ともここにいるのは、まずファブール領内で顔の通じるヤンが居た方が人捜しには便利だと言うことだった。

 ギルバートがついてきたのは、バッツが故郷へ逃げ帰ろうとする事に納得できないからで、もしかしたら思いとどまるように説得するつもりなのかも知れない。が、ギルバートの説得でバッツの気が変わるとはセシルには思えなかった。リディアの言葉ならまだしも効果があるかも知れないが、リディアにはバッツを引き留めるとめるつもりは全くない。だからこそ、バッツはこのフォールスを出て行くつもりになったのだが。

 なんにせよ、時間が余っているワケじゃない。セシルは嘆息すると、諦めたような心境で―――まさかこれがデスブリンガーの影響だとは思いたくないが―――エニシェルに、

「・・・解った。じゃあ君は僕たちと一緒に来てくれ。チョコボは―――」
「僕たちが連れて行くよ。適当な宿に預かって貰っておけばいい」

 ギルバートがそう言って、チョコボの手綱を取った。
 フライヤは、まだエニシェルから目を離さないが、ギルバートはすでに警戒していないようだった。相対するセシルがのほほんとしているせいかもしれない。
 ギルバートに引っ張られる形で、フライヤもエニシェルの方を気にしながらもチョコボの手綱を取る。セシルは軽く手を挙げて。

「じゃあ、最低でも日が落ちる頃にはここで待ち合わせよう。それで見つからなかったら諦める」
「解った」

 頷いて、ギルバートはフライヤを伴い、チョコボを引いて街の中へと消えていった。
 それを見送り、セシルはヤンとエニシェルを振り返って。

「それじゃあ、僕たちも行こうか。ヤン、港まではどうやって行けばよいか先導してくれないか」
「・・・セシル、この娘は」
「暗黒剣らしいよ。この世で最強の、ね」
「そのとおりじゃ。人間、理解したなら妾を崇め奉り畏怖して平伏すが良い。理解できぬのなら死して人生をやりなおせ!」

 腕を組んでふんぞり返る少女。
 その額を、ヤンは軽くこづいた。

「おわっ!?」

 バランスを崩してそのまま後ろへとコケる。
 がつん、と音がして、空気を吐き出しただけの声なき悲鳴がエニシェルの口から漏れた。

「黒・・・」
「どうした、セシル? 顔が赤いぞ」
「い、いやっ、別に何でもないって!」

 慌てて首を横にぶんぶんと振って、セシルは何かを誤魔化す。
 と、その間にエニシェルが身体を起こして、恨みがましい視線をヤンに向けていた。

「くをわあああっ! 貴様、何をするかーっ!」
「無様に転んでおいて、何を畏怖せよと言うのか! 第一に、私が崇め奉るのは、我らが神のみだ!」
「こんのハゲェ・・・」

 エニシェルの怨念がこもった呟きに、ヤンの目が大きく見開かれた。

「だっ、誰がハゲかーっ! この頭は剃っているだけだ! 断じてハゲなどではなーいっ!」
「髪の毛が無ければハゲじゃろうがこのハゲ! 自発的だろうと自然的だろうと、貴様はハゲじゃ! 自覚せい!」
「セシルーっ! このクソガキ・・・もとい、邪悪な存在を私は許しておけん! 今すぐこの場で滅ぼすが異存はないな!?」
「はっはーっ! 面白いことを言うな。100の年月も生きていない若造が、妾にたてつくつもりか! セシル=ハーヴィ、妾を手に取れ! ダークフォースの力を目にも見せてくれん!」

 二人とも、ノリにノッてセシルの名を呼ぶ。
 だが、返事はない。
 おや? と思って二人が振り返ると、先程までセシルがいた場所に姿はなく、遠くに目を凝らせば通りの向こうへ姿を消すところだった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

 思わず二人が無言でそれを見送っていると、不意にセシルが立ち止まり、首だけで振り返る。
 非難がましいで視線をこちらに送り、ややあって再び前を向くとそのまま歩き出した。

「・・・コホン」

 なんとなくヤンは咳払い。
 エニシェルは気まずそうに頬を掻いて。

「ええと・・・待て、セシル! 妾を置いてけぼりにするとは何事じゃー!」

 少女がセシルを追って走り出し、、その後をヤンが続いて追いかける。
 その叫び声を聞いて、セシルはまた立ち止まると、疲れたように溜息を吐いた。

 

 


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