第9章「別れ行く者たち」
K.「予期せぬ再会」
main character:エドワード=ジェルダイン(エッジ)
location:バロン城

 

 エドワードの火遁術に紛れ、謁見の間を離脱した後、エッジは城内を彷徨っていた。
 城門は閉じて跳ね橋まで上げられて、なおかつ数人の兵士が固めている。どうにもそこから脱出は難しいようだった。
 かといって、このバロン城には勝手口などという便利なモノはなかった。
 騎士が登城するのも、貴族が来るのも、城勤めの女給が兵士たちの食事の材料の買い付けに街に出かけるのも、全て正門だ。不便なことこの上なく、騎士たちが行軍する隣を女給が買い物かごを腕にぶら下げて、スキップで肉屋の特売セールに向かう光景は、想像するだけで面白い―――もっとも、城の食材はわざわざ女給が買いに行くわけではなく、専門契約した商人が決まった期日にチョコボ車で届けにくるのだが。

 ともあれ、エッジは唯一の出入り口から出ることも叶わず、途方に暮れていた。

(チッ! このまま城の中を逃げ回り続けるわけにもいかねえし―――どうするよ? 俺)

 不意に、前の方から足音が聞こえた。

(やべっ)

 今、エッジがいる場所は長い廊下だった。
 遮蔽物は殆どない場所だ。その廊下の先の曲がり角から、走ってくる足音に気づいた。

(隠形は―――駄目だ、今度は俺を捜して居るんだろうし、通り過ぎてくれるってわけにはいかねえだろなあ・・・)

 謁見の間へ赴く前に、出くわしそうになった兵士をやり過ごせたのは、あくまでも兵士の目的が「エッジたちを探して見つけ出すこと」、ではなくて「騒ぎのあった場所へ向かうこと」だったから気配を消しただけでやり過ごせた。
 が、今は状況が違う。

 ベイガン=ウィングバードの伝令は迅速だった。
 エッジが逃げ出して数分と経たないうちに城内の兵士たち全員に、エッジの風貌が事細かに伝えられたらしく、少し前に遭遇した兵士には隠形術は通じずに、あっさりと見破られて追いかけ回された。
 そんなわけで城中を駆けまわり、現在今自分がどの辺に居るのか解らなくなっている。

(ああ、くそなんか隠れる場所は―――ここしかないか?)

 エッジが目を付けたのは廊下に面した壁に並ぶ部屋のドアだった。
 いくつかある部屋の、一番近い部屋に素早くされど音もなく静かに近づいて、ドアの向こうの気配を探る―――誰もいない、と思った。
 だが、部屋の中に入るのは少し躊躇われた。
 隠れるのはよいが、隠れた後に一部屋一部屋しらみつぶしに捜索されて見つかったら逃げ場がない。

 が、他に選択肢もない。
 足音はすぐそこまで迫っている。

(ええいくそっ、南無三ッ!)

 なにかに祈るような気持ちで、エッジは小さく部屋のドアを開けると、その中に身を滑り込ませた。

 

 

 

 飛び込んだ部屋は客間のようだった。付け加えるなら、それほど重要ではない客を迎える部屋。
 貴賓を出迎えるには部屋は小さく、調度品も高価なモノではない。
 そして、部屋の中には人影が一つ。

(うわ、何ポカしてるんだ俺ッ!?)

 部屋の中に気配は感じなかった・・・気がした。
 だが、気がしただけで、ちゃんと人はいた。

 女性だ。
 メイド服を着ているところを見ると、この城に務めているのだろうか。
 格好からして魔道士ではないようだった。ならば、兵士ではないはずだ。

 

 バロンでは女性兵士は有り得ない。
 基本的にバロンの兵士に女性は存在しない。
 騎士は勿論のこと、衛生兵やそれぞれの部隊で軍費の管理やその他諸々の雑務を請け負う事務員に至るまで、全て男だ。

 そんな中で、ローザ=ファレルは軍属の白魔道士として登用されている。
 現在、バロン軍内での例外が、白魔道士団、黒魔道士団の二つの軍団だった。

 意外と知られていないことだが、魔法に関する適正というのは男性よりも女性の方が高い。
 大魔道士ミンウを初めとして、伝説にある魔道士はその殆どが男性だが、それは単に女性魔道士が表舞台に出る機会がなかっただけに過ぎない。

 そういうわけで、魔法の研究が思うように進まないバロンは、近年になって初めての女性兵士―――女性魔道兵士を登用することになったのである。

 

 上記の理由で、城の中に居る女性は、魔道士か女給である。
 客間のようであるし、外来の―――例えば貴族の令嬢がなんらかの用事やら事情で城を訪れているという可能性もあるが。

(まァ、普通に考えて城務めのメイドってトコだろうな)

 格好でそう判断する。
 ならば、とエッジは考えた。

(一般人なら声出さないように脅して兵士をやり過ごすか―――そこに誰かが入ってきたらアウトだな)

 思い浮かんだ案を即座に棄却する。

(だいたい、女性を脅すなんざ俺の流儀に反する・・・って、言ってる場合でもないんだよなー・・・)

 どうしたもんかとエッジは悩む。
 そうこうしているうちに、兵士たちの気配がどんどんと近づいてくる。

(と、兎に角、騒ぎ立てないように説得しとかんと・・・)

 目の前の女性は、突然現れたエッジに驚いているのか、ぽかんとこちらを見たまま悲鳴一つあげない。
 そんな女性に、エッジはなるべく刺激を与えないように控えめな声をかける。

「あの〜」
「あんた、なにやってんだよ?」

 エッジの言葉を遮って、ぽかんとしたまま表情でメイドの女性が言う。
 驚いている、というよりはどうやら呆れているような口調だった。

「え? なにって・・・」
「いや、エブラーナが攻めてきてるって聞いたから、もしかしたらとは思ったけどさ。なんであんたがここにいるのさ」
「え? ええ?」

 困惑する。
 女性はエッジのことをさも顔見知りのように言ってくる。
 が、エッジは目の前の女性を知らなかった。

(いや・・・見覚えはある・・・かな? いやいやだけど、女の子の顔なら忘れるはず無いんだけどなー・・・)

「なに間の抜けた顔してるのよ? もしかしてアタシの顔、見忘れたかぁ〜?」
「ああ、いや、悪ぃ。ちょっと思い出せ―――」

 コンコン、と。
 不意に扉がノックされた。
 やべっ、とエッジが思った瞬間、メイドは素早く部屋の中に置いてあった大きなソファを指さした。
 大人五人くらい腰掛けても、ゆったりと座れる大きなソファだ。そのメイドの意図に気がついたエッジは、考えることをせずに素早くソファの後ろに回り込むと、ソファの影に隠れるようにしゃがみ込んだ。部屋の入り口からは、上手い具合に死角になる場所だ。

(敵か味方か―――ちょっと判別つかないが、もし敵だったとしても、女に騙されて死ぬとしたら本望だよな、俺)

 などと、エッジは自分に言い聞かせるように胸中で呟いた。

(・・・できれば死にたくねえけど)

 そう、エッジが心の中で付け足した瞬間、ドアが開かれた。

「うん? メイドか―――名前は?」

 兵士の声だ。
 名前を聞いたのは、そのあと女性をデートに誘う為―――ではなく、所属を明らかにする為だった。
 相手は忍者であるし、女装なんて簡単にできるのだろうと思ったのかも知れない。

「えっと、ユフィ=キサラギって言います。三月前からご奉公しています」

 と、女性が返答を返す。
 敬語になれていないのか、兵士になれていないのか、さきほどエッジを前にしたときのようなハキハキとした口調ではなく、どこかたどたどしい。

(・・・って、キサラギ!? セブンスのキサラギ一族か!? ユフィって・・・)

 聞き覚えのある名前に、エッジは海を二つ越えた地方にあるエブラーナに通じる忍者の一族を思い出す。
 ついでに、ユフィという名前も思い出した。

(ユフィって・・・まさか―――いや、でもあいつは・・・)

「ユフィ・・・? ああ、あの―――」
「あの?」
「い、いや、なんでもない。ああえっと、ここに怪しい男とか入ってこなかったか?」
「今目の前に」
「俺の何処が怪しいかッ!」
「いや怪しいかどうかは別にして、男だし。検索条件に半分引っかかってるから」
「ンなこと言ったら、この城に居る人間の殆どが男だわいッ! そうじゃなくてだな、なんかこう・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・不審な男だ」

 上手い表現が見つからなかったらしい。
 兵士は小さく唸って頭をぼりぼりと掻く。

「ともかく、誰も入ってきてないな?」
「はあ。どうかしたんですか?」
「どうかしたんですか・・・って。暢気だなー・・・侵入者だよ、侵入者! エブラーナの忍者が突然攻めてきて、そのウチの数人が城の中に入り込んだんだ」
「はあ。それは聞きましたけど・・・」
「だったらなんでこんな所に一人で居るんだ?」
「この部屋の掃除をしてた時に、エブラーナが攻めてきたって言われたんですよ。で、怖かったんでこの部屋でじっとしてましたー」
「・・・ならせめて鍵くらいかけろ。・・・俺はもういくが、他のメイドたちの所まで送るか?」
「いえ、いいです。お仕事の邪魔をしたら、メイド長にまた叱られますんで」
「そうか、わかった。だが、鍵はしっかり閉めろよ」
「はーい」

 ぱたん。

 と、扉が閉じられた。
 ふーっと、息をつきながらエッジはソファの影から身を起こす。と、丁度こっちの方を振り返った女性―――ユフィと目があった。

「あー・・・ユフィ=キサラギ?」
「そ。思い出した?」
「あー・・・いや、ちょっと微妙なんだが」
「はぁ?」
「俺の記憶ではユフィって男だったよーな・・・」
「だぁれが男だーッ!」

 げいんっ、とユフィのとび蹴りがエッジの下顎を捉えた。
 たまらず吹っ飛んで、エッジは部屋に置かれてあった棚に激突する。棚に飾られてあったグラスやら高級酒の瓶やらが倒れて落ち、ガッシャーンと派手な音を立てる。

「つ・・・つつ・・・」
「あ。ゴメン。だいじょぶ?」
「大丈夫じゃねえっての・・・」

 棚に激突して床にしりもちをついた状態で痛みを堪えるエッジに、ユフィが手を差し出す。
 エッジは片手で痛む箇所を軽く撫で、もう片方の手でユフィの手を取る。
 痛そうなエッジに、ユフィはあははと笑って。

「ゴメンゴメン。でもさ、アタシを見て男ってのは酷いんじゃない?」
「あのなあ・・・お前と最後に会ったのは、十年くらい前だった気がするぜ? まだ男も女もねえガキンちょの時代で―――ああ、そういやユフィって女みたいな名前だったなーって・・・・・」
「おいっ! なにがあった!?」

 棚に激突した音を聞きつけたのだろうか。
 さっきの兵士が部屋に飛び込んできた。

「「あ」」

 やべぇ、とエッジとユフィの二人は、手に手を取ったまま兵士と顔を見合わせた―――

 

 


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