第9章「別れ行く者たち」
H.「戦慄の少女」
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character:エドワード=ジェルダイン
location:バロン城内
体中を斬られ、ベイガンが床に倒れる。
どさっ、という重い音を聞いて、エドワードは一息ついた。ベイガンの身体を見下ろす。
幻覚に捕らわれたまま、防御らしい防御も出来ず、殆ど無防備の状態で斬撃の乱舞を受けたのだ。
起きあがる気配―――どころか動く気配すらない。全身から、おびただしい量の血液が流れている。
斬撃で死ぬことはなくとも、出血だけで死に至るだろう。
そう、判断すると、エドワードはもはやベイガンには気にもとめずに。「さて・・・これで邪魔者は居なくなったな、オーディン!」
「それ、なんか悪役っぽい台詞だな」息子のつっこみは無視。
エドワードはベイガンの身体を乗り越えて、オーディンの座る玉座へと進む。
と、今まで眠っていたかのように玉座に身体を預け、目を閉じていたオーディンはゆっくりと半目を開けた。ぎょろり、と物憂げに瞳をエドワードへと向ける。
そのオーディンへ向かって。「答えろ、オーディン! 貴様はなにを考えていやがる!」
エドワードの言葉に、しかしオーディンは答えない。
ただ半眼でエドワードを見るだけだ。
その視線に宿る感情は―――(なんだ・・・? 訝っている)
それは、まるでエドワードが誰か解らないと言った―――まるで初対面であるかのような目つきだった。
そう感じたエドワードを肯定するかのように、オーディンはゆっくりと口を開く。
「誰だ・・・貴様は・・・」
「なんだと・・・!?」まさか自分のことを忘れるとは有り得ないとエドワードは愕然とした。
ここ数年、顔を合わせることはなかったが、それまで何度も剣を交えてきた。
エブラーナ―――バロン間に、休戦協定が結ばれる前までは、実際に戦場でぶつかり合ったこともある。敵国同士の王―――それだけではなく、互いに王として即位する以前にも、個人的な付き合い―――ケンカ友達、悪友、或いは宿敵、といった間柄だった。
それを。
「忘れただと、この俺を!」
「・・・忘れる以前の問題だ。俺は貴様など知らん・・・」
「てめえ」侮辱、だった。
怒りに歯をきしませるほど強く噛み締め、エドワードは忍者刀を握る手に力を込める。
今にもオーディンへと飛びかかろうとした瞬間!「親父ィッ!」
後ろから、息子のせっぱ詰まった声。
同時に、背後から何かが迫る気配を感じた。「!!」
振り返ることすらせずに、エドワードは直感で真横に飛ぶ。
感じたのは熱だ。
熱が背後から迫り、横へ飛んだエドワードの脇を通り過ぎる。見ればそれは炎だった。
炎の塊が、エドワードの立っていた場所を通過して、玉座のある高台の一段下に激突する。
軽い小さな爆音が響き、赤い絨毯が焼けてはじけたが、燃え広がることはなかった。「なんだ・・・!?」
振り返る、とエッジが立っていた部屋の入り口に、見慣れない人影が三つあった。
エッジはというと、部屋の中央まで踏み込んで、突然現れた三人に対して警戒の姿勢を見せている。三人のうち、一人は少女で、他の二人の男たちよりも三歩ほど前に出ている。
右腕を真っ直ぐに持ち上げ、掌をひらいてこちらへと向けている。
ポーズからして、今し方、火炎―――魔法だろう、おそらく―――を放ったのはその少女だろうか。不思議な髪の色をした少女だった。
黒髪、金髪、赤髪・・・エブラーナに限定しても、人間の髪の色は色々とある。
が、緑色の髪というのは、長い間生きてきて初めて見る色だ。(もっとも、髪を染めればどんな髪の色もつくれるがな)
そんなことを思いながら、エドワードはオーディンに背を向けて、赤いライトメイルを装着し、緑色の髪を持った少女―――
―――ティナ=ブランフォードへと向かい合う。
見た瞬間に感じた。
これは、危うい、と。
忍として、国王として、人生の半ばを過ぎ去るまで、生きながらえてきたエドワードの危機感知能力が警告を告げる。
その少女は、“少女“ と形容できるほどに年が若い。息子よりも下だろう。自分の半分、どころか三分の一も生きているかどうか疑問だ。(俺も歳を喰ったもんだ)
思考を止めて、ふと苦笑する。
が、それも僅かのこと。
すぐに気を引き締める。―――目の前に相対する少女は、確かに若いが、しかし今まで出会ったなによりも危険なモノだと直感する。強敵―――例えば宿敵たるバロン王オーディンのような強者を前にしたときのような、威圧感を感じるわけではない。
どちらかというと、光明に隠された罠にギリギリで気がついたときの、背筋が凍り付くような感覚に近いだろうか。
その少女は罠だった。
外観では計り知れない、凶悪な罠。「きょーっきょっきょ・・・騒がしいので来てみたら―――オーディンちゃん、かなーりピンチーって感じですかー?」
とかいきなりのたまったのはその少女ではない。
少女の後ろに立っている二人の男の片割れだった。男だというのに、顔中に白粉を塗りたくり、その上からさらに化粧を施している。
そのキチガイ男が、男にしては甲高い、とんでもない声量で叫んだのだ。エドワードは男―――ケフカから大分離れていたが、それも耳の奥がキー・・・・・ン、と響いた。「手助けしますかー? 手助けしますねー。その代わり貸しプラスいちぃー!」
勝手に勝手なことを言い捨てて、ケフカはびしっとエドワードを指さした。
「さあ、行きなさい。僕の可愛いてぃなああああああっ! あいつをブッ殺しちゃえーっ!」
「・・・了解」ケフカの声とは対照的に、低く静かに呟くと、ティナは腰のショートソードを抜きはなち―――
「速ッ!?」
突進してくる。
その速度は、さきほどのベイガンの比ではなかった。
反射的に回避しようとするが、間に合わない!
ティナの突進から流れるような突きの一撃が、エドワードの喉元へと吸い込まれるように伸びて―――ガ、キィィィッ・・・
偶然、エドワードが持っていた忍者刀に当たる。
速い、が、なにせ少女の一撃だ。軽い。
持っていただけのエドワードの刀に当たり、それだけで勢いが止まった。「くっ!」
気を抜けば恐怖に萎縮しそうな身体を無理矢理に動かし、エドワードは素早く横へ飛ぶ。
(反応が遅れた・・・今の、運が悪けりゃお陀仏だ)
軽い一撃といえど、鋭く尖った―――しかも最速の剣だ。
しかも、剣は下からすくい上げるように―――先程、エドワードがベイガンに掌底を叩き込んだように―――正確に喉元を狙っていた。
途中で、刀が障害にならなければ、容易く死ねただろう。罠、だとは解っていた。
解っていたが、対応しきれなかった。
今、生きているのはただ運が良かっただけ。戦慄に、心がパニックを起こしかける。
「!」
エドワードに戦慄を与えた相手は、ほんの一瞬だけ遅れて、エドワードについて横に飛んでいた。
それを見て、エドワードは着地した瞬間、さらに飛んだ方向へ重ねて跳躍。それからさらに一瞬だけ遅れて、ティナが追う。(忍者の動きについてくるのかよ!?)
跳躍力、敏捷性は互角だった。
ただ、ティナが追う形になっているので、彼女の方が一瞬遅れているだけに過ぎない。(くそったれ)
言葉を吐く余裕もなく、胸中で毒づきながらさらにもう一度、同じ方向へ跳ぶ―――が、その先は壁だ。忍者の跳躍力で二度跳んだのだ。如何に広い広間といえど、簡単に端まで辿り着く。
エドワードは勢いよく壁に向かって跳び、激突する寸前に壁に足をつける。「っ!」
壁へ向かった慣性を、まるで壁を駆け上がるようにして上へと逃がす。
横から上へと向かった慣性を利用して、そのまま壁を強く蹴る。「どうだっ、これぞ忍者名物三角跳び!」
これは真似できまい、とエドワードは壁に激突する少女の姿に目を向け―――
「あれ・・・?」
思わず間抜けな声を漏らす。
エドワードの視線の先。壁の方に少女は居なかった。「馬鹿親父ーッ!」
馬鹿息子の声に、エドワードは振り返った。
その先。エドワードが三角跳びで壁から跳躍したその先に。「げ」
赤いライトメイルの少女が待ちかまえていた。
簡単な話だった。
エドワードの三度目の跳躍の時、彼女は壁に向かっては跳ばずに、ブレーキを掛けて慣性を殺すと、逆方向―――自分が跳んできた方へとバックステップした。エドワードが三角跳びで壁への激突を回避するのを見越していたのか、それともただ単に自滅すると思ったから距離を置いたのか解らないが―――
ともかく、ティナは剣を手に、エドワードを待ちかまえている。(やべえっ!)
エドワードは空中で身動きが取れない。
空転して多少は動けるが、ティナならば容易く捕捉できるだろう。(となると、取るべき道は一つ!)
剣を振るう始動をするティナに向かって、エドワードは眼前で掌と掌を向かい合わせ―――
「エブラーナ忍遁術―――」
呟き、直後にパァンッ! と掌を打ち鳴らす。
その瞬間、打った手の平を中心に、赤い炎が爆発的に燃え上がった!
火遁・微塵隠れ
炎はエドワード自身を巻き込んで、盛大に燃え上がる。
それは爆炎と呼ぶに相応しい、炎の大膨張だ。
その勢いは術者であるエドワードを呑み込むだけでは飽きたらずに、ティナにまで手を伸ばす―――が、ティナは素早くバックステップで回避。炎の射程圏外まで下がり、それでも飛んできた火の粉を剣で打ち払う。「な、なんじゃあいつ―――自爆しおった!?」
と、叫んだのはケフカと並んで事の成り行きを見守っていたルゲイエだった。
その隣でケフカが「ひょひょひょ」といつもの不気味な笑い声をたてて。「僕のティナに勝てないからって、自爆するとは潔いですねぇーっ!」
「いや、ウチの親父ほど潔よくない人間は居ないと思うが」ケフカに突っ込んだのはエッジだった。
父親が爆発した方を冷めた目で眺めている。爆炎はほんの僅かの間だけ、激しい自己主張をしただけだった。
一旦、ピークを過ぎるとあっさりと鎮火する。まあ、燃えるモノのない空中で起こった爆発だ。ケフカの言葉を使うなら、潔い爆炎であるということか。
その爆炎が残した白煙の向こうで、「あちちち・・・・ちぃっ、久々だからちっと加減が・・・」
白煙の向こうから、多少すすけた格好でエドワードが現れる。
「自爆したと思わせて、その隙に逃げる微塵隠れ。―――まー、なんもない場所で即座に使えるつったらこれしかなかったしなー」
などと気楽な口調で、エドワードが言う。
対して、エッジは予想通りに平然とし、ケフカとルゲイエはあんぐりと口を開けている。玉座に座ったままのオーディンは、騒がしいのが迷惑であるとでもいうかのように、片方の眉を上げて見せただけだった。そして、ティナは。
「・・・・・・」
何事もなかったかのように、無言で剣の切っ先をエドワードへと向ける。
―――そして、初撃と同じように、エドワードに向かって超高速で突進する!
しかし、それに対してエドワードは平然と構えて。「―――さっきは、ほとんど不意打ちだったが」
向かってくるティナの目をじっと見つめた。
(間合いはある。この距離なら、こっちに来る前に捉えられる!)
瞳と瞳が合う。
エドワードの瞳にティナの瞳が写り、ティナの瞳にエドワードの瞳が写る。
互いの瞳が合った瞬間、エドワードは自分の瞳に脳内のイメージを写しだし、それをそのままティナの瞳へと転写する。「・・・!?」
いきなり、視界が転じたティナはエドワードの姿を見失い、突進を仕掛けていた自分の身体を急制動。
動きを完全に止めて、その場に立ちつくす。「・・・? ど、どうしたのです、ティナ!?」
幻術に陥り、立ちつくしたままきょときょとと周囲を見回しているティナに、ケフカは不安げな声を掛ける。
ティナはケフカの声に気がついたようだが、しかしそれがどこから聞こえてくるのか解らないようで、やはり困惑したように周囲を見回す。何もない外ならともかく、ここは城の中だ。ある程度離れたケフカの声は、壁や床、天井などの至る所へ反響して、視界を闇に閉ざされたティナには正確な声の発信地が解らないのだ。眼前で戸惑ったまま一歩も動かない―――動けないで居る少女に向かって、エドワードはゆっくりと刀を持ち上げた。
(女子供を斬るのは気持ちの良いもんじゃねえけど―――悪いがとどめを刺させて貰う!)
「行くぜ・・・乱れ雪月花・・・ッ!?」
苦い思いを振り払い、必殺の秘剣をうち放とうとした瞬間。
エドワードの足首を、なにかが掴んでいた―――