第9章「別れ行く者たち」
F.「苦い想い」
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character:エドワード=ジェルダイン
location:バロン城内
飛びかかってきたバロン兵たちに、エドワードとエッジは左右へと散開する。
だが、狭い部屋の中だ。二手に分かれた所を、それぞろえ部屋の角で囲まれてしまう。「往生際が悪い!」
海兵団の一人がショートソードを手に怒鳴る。
海戦の場合、普通は船同士、あるいは対魔物の場合でも砲撃戦がメインである。
兵隊が自ら武器を振るうのは、船に乗り込むか乗り込まれるかしたときだけ。その時は、狭い船の上での乱戦だ。だから迂闊に振り回して同士討ちをしかねない長剣ではなくショートソード、もしくはダガーが標準的な装備となる。中には片手用のハンドアックスを手にした兵隊も見えた。「待て、落ち着け!」
「なにを落ち着けと!」さらに飛びかかろうとした兵士に、エドワードが必死になって叫ぶ。
が、問い返されて首をかしげた。「・・・何を落ち着くんだろうなァ・・・」
「捕縛しろ!」兵士の一人の号令によって、他の兵士たちがエドワードに掴みかかる。
一応、殺す気はないようだった。
捕まえられて、尋問もしくは拷問されて、侵攻の目的等々を洗いざらい吐かされた挙句に牢屋にぶち込まれ―――その後はどうなるか解らないが。「くそっ、天下のバロン城へ忍び込むなんぞ良い度胸をしてやがる」
「うわ、褒められちまったよ。まいったなあ・・・」隊長らしき兵士の言葉に、その隣でエドワードは照れたように頭を掻く。
「なにっ!? きさま何時の間に!?」
見れば、兵士たちが捕まえようとしてしていたのは人型にふくらませた風船だった。
いつの間にか入れ替わったらしい。
だが、どういうわけか兵士たちはそれに気づく様子もなく、必死に風船と組み合っている―――その風船は油でも塗られているのか、掴もうとすればその度に手の中からつるんと滑り出て、なかなか思うように捕まえられない。「貴様ッ!」
隊長が反射的に腰の剣を抜こうとする―――その柄を、エドワードは素早く掌で押さえる。
「ぬ、抜けんっ!」
剣を抜こうとする力と抑える力。
当然、引こうとするよりも押す方が力が入る。
容易くエドワードは隊長の剣を抑えていた。海兵隊の隊長は、顔を真っ赤にして剣を抜こうとしていたが、やがて諦めると剣から手を放し、その拳を握りしめてエドワードへと殴りかかる。
「ほいっ、と」
「おわっ!?」その腕を取り、隊長の身体を背負うように腰に乗せて―――
そのまま、殴りかかってきた勢いを利用して、一本背負いに投げる。「ぐあっ!」
したたかに床に叩付けられ、隊長がむせたように息を吐き出した。
「た、隊長!」
風船と取っ組み合っていた兵士たちが、隊長の投げられた音でこちらを振り返って我に返る。
隊長(どうやら本当に隊長だったらしい)を投げたエドワードの姿を見つけ、兵士たちはぎょっとして自分たちが捕まえようとしていた物を振り返り―――「こ、これ、風船だぞ・・・」
「何時の間に・・・!」
「まさか・・・これがエブラーナに伝わる幻術というやつか・・・!?」騒ぎ立てる兵士たちに、エドワードが「ほう」と声を漏らす。
「なかなか博識なヤツが居るじゃないか。いちおー、秘中の秘術なんだがなー」
「ふっ・・・そういう貴様は物を知らないようだな! バロン兵の中には様々な分野に特化した『ヲタク』が居ることで、その手の筋には結構有名なんだぞ!」そんなことをのたまって、偉そうに胸を張る兵士。
と、その兵士の後頭部を別の兵士がどつく。強さ:かなり痛く。「偉そうに抜かすな、バロンの面汚しがぁぁぁぁっ!」
「お前のようなごく少数のマニアがいるから、俺たちまで同類で見られるだろ!?」
「知ってるか!? この前退役したお前と同郷の○○○君。いっつも故郷に帰るとご近所から白い目で『まあ、あそこの息子さんバロン兵らしいわよ』「ああ、あのオタクの・・・』って陰口叩かれてたんだぞ!」ちなみにプライバシー保護の為、人名は伏せてあります。
なんか周りの兵士から容赦なくリンチを喰らってるオタク兵士は、ぼろぼろになりながらも口を開いた。「そ、そんなこと言いながら、お前ら全員、ローザ=ファレルファンクラブの会員―――ぐべあっ!?」
「う、うるせぇよ! いーんだよ、オタクよりはマシだろ!?」
「おっかけやったっていいだろ!? 潤いがねえんだよ、海兵団にはよ!」
「海兵団なのに潤いがないとは、これいかに」
「あはは、ザブトン一枚―――」などとか、海兵団の兵士たちが騒いでいる内に―――
エドワードとエッジは、その部屋から抜け出していた。
「・・・ってぇ・・・くそ・・・」
城の中を歩きながら、エッジが殴られた顎などをさすりながら毒づく。
それを横目で見やり、「息子よ。あれくらいの包囲、無傷で乗り切れよ・・・」
「悪かったな。俺はアンタみたいにまだ幻術も上手く扱えねーし、まだ未熟だよ」
「まあ、幻術の出来不出来はイコール人生経験だからなー。色んな経験が、幻術のリアリティを高め、限りなく “現実” に近い ”幻実” として他人を騙せるわけだが―――でもお前、影分身くらい出来なかったか?」
「・・・・・・」押し黙った息子の態度にエドワードは肩を竦めた。
一見すると、親と子の世間話をしながら脳天気に歩いているようにも見えるが、その実、神経は周囲へと満遍なく広げている。
もしも、近くに兵士たちが近づいてきたなら、向こうが気がつくよりも先に、発見することが出来るだろう。「やっぱ兵士の数が少ないな。遭遇したのはさっきの連中だけだし・・・・・やっぱ、殆どがファブールへ出払ってるみたいだな」
「・・・だな。残ってるのは、予想通りに門のところで出くわした竜騎士団とさっきの海兵団―――後は近衛兵団か」
「じゃ、残るは近衛兵だけか―――っと」不意に気配に気がついて、エドワードは足を止めると、そのまま壁に背を付けて目を閉じると、息を殺す。
遅れて気配に気がついたエッジも、エドワードと同じように壁に背を付けて目を閉じた。エドワードたちが進んでいた通路の行く手から、数人の兵士が走ってくる。
「今度は西館だと!?」
「くそっ、侵入者め・・・好き勝手やってくれる!」
「しかし、大丈夫か・・・? これで謁見の間に残ってるのはベイガン様一人だけ・・・」
「ふん、ベイガン様なら大丈夫だ。侵入者の一人や二人に後れを取るような人ではない―――それよりも、急ぐぞ!」などと会話をしながら、走ってエドワードたちの目の前を走りぬけていく。
ちなみに、エドワードもエッジもただ壁に張り付いただけだ。物陰など、兵士たちの死角になるような場所に隠れたわけではない。ただ、壁に背を付けて息を殺し、気配を殺しただけだ。
簡単な隠形術(おんぎょうじゅつ)だが、よほど勘の鋭い相手でなく、相手が気がついておらず、その意識がこちらに向いていないのならそれなりに効果はある。
海兵団との遭遇時のように、完全に意識を向けられていれば無意味だが。「―――陽動は上手くやってくれたようだな」
「謁見の間か・・・そこにベイガンってやつが居る・・・?」
「おそらくオーディンもそこだ。非常事態に、ベイガン=ウィングバードが王の傍を離れるはずがないしな」そういう父に、エッジは怪訝な顔で。
「・・・ベイガンって誰だ」
「おい」呆れたように父は息子の顔を見る。
その息子は知らなかったことを馬鹿にされてるとでも思ったのか、不機嫌な顔つきで。「いや、聞き覚えはあるんだけどよ。ほら、俺様って野郎の名前は覚えにくいし」
「それは俺も同じだが」
「バロンで有名なのって、カイン=ハイウィンドとセシル=ハーヴィだろ?」
「ほぅ? セシル=ハーヴィはともかく、カイン=ハイウィンドの名前を覚えているとは驚きだ」
「まあな。ほら敵を知り、とか言うだろ? 何でもカインつったら、バロン一の美形だって言うじゃねえか。フォールス最高の美男子の称号をかけて、いつかは決着付けねーといけない相手だからな」冗談じみた言葉を、エッジは正真正銘120%真面目な顔で言っていた。
そんな息子に、エドワードは奇妙な表情を見せていたが―――「ま、がんばれ」
そうとだけ口に出す。
―――流石に、やる気になっている息子に「鏡を見ろ」という現実的かつ冷酷非情な言葉を言うことは、父として躊躇った。「で、ベイガンってどんなヤツだ?」
「セシル、カインの双騎士がバロンの剣だとすると、ベイガン=ウィングバードはバロンの盾だ」
「盾?」
「集団戦闘時における指揮能力はセシル=ハーヴィの方が上手だろうが、こと防衛戦になれば無類の強さを発揮する」
「はあ? 俺たちに簡単に城内に乗り込まれてか?」小馬鹿にしたように言うエッジに、エドワードは自嘲気味に。
「街に火をつけてやっと5人だけ、な」
その言葉は苦々しかった。
「攻城戦に手こずれば、ファブールから赤い翼が帰ってくる―――そのことを知ってたから、ベイガンは全兵力を城の中に引っ込めて、籠城を決め込んだ。正直、この城を正攻法で短期間に攻略することは不可能だったし、相手がベイガン=ウィングバードなら、単純な誘いには絶対に乗ってこない。かといってのんびり城を攻めてる時間はない―――だから、街に火を付けて城から騎士たちを誘い出すしかなかった・・・くそっ」
ばしっ。
不意に、エドワードは自分の頬を平手で殴りつけた。
今の言葉は言い訳だった。街に火をつけるしか “仕方なかった” という言い訳。(言い訳なんてするんじゃねえ、俺!)
「・・・・・もしも、バロンに十分な戦力があり、それから奇襲でなかったなら俺たちは城の中に入れたかどうかもわからんよ」
省みるほど、この戦争は苦すぎる。
必勝の為に、バロンへ急襲した。
宣戦布告もなしに敵地へ攻め入るのは明らかなマナー違反だ。・・・戦争にマナーもクソもななにもないと思うかも知れない。
だが、それでも人間として最低限の仁義は必要である。
予め攻め入ることを予告しておけば、相手に戦争の準備を与えることになる―――だが、それはイコール住民の避難の時間も与えると言うことであり、民間人への余計な被害を抑えることにも繋がる。戦争とは争い、破壊し、勝利し、奪う為のものだ。
だが、全てを滅ぼす為の手段でもなく、それを目的とすることでもない。
敗北者を完全に滅ぼし、奪う物も全て焼き尽くしてしまえば、後に残るのは戦争に疲弊した勝利者だけだ。
だが、敗者のいなくなった戦いに、勝利者の意味などない。戦争とは勝利が全てである。
だが、それは決して、勝利の為にはなにをやっても良いというわけではない。
勝利という目的の為に、手段を誤れば、結局その目的も意味が無くなることがある。そう、エドワードは今までずっと思ってきたが・・・・・
(結局、俺は・・・・・・)
だが、この戦争はそれらの思想を頭から無視した。
バロンに戦争の準備を与えるヒマもなく、急襲し、相手が城に閉じ篭もるとそれを誘い出す為に街に火を付けた。
バロンも、ミシディア、ダムシアンに対して同じようなことをやっている。だからといって、エドワードは自分の行いに正当性をこじつける気にはならなかった。苦い、思い。
だが、エドワードはすぐにそれを振り払う。バロンを急襲し、街に火を放ったのはなんのためか。
それはバロンを滅ぼす為でもなく、奪う為でもない―――ただ、かつては宿敵であり、今でも宿敵であり続ける、バロン王オーディンへ事の真意を問いただすためだった。
そのために、戦争まで仕掛けた―――だが、やりすぎだとは思わない。むしろ動くのが遅すぎた、と思っている。それはエドワードの直感だった。
バロンがミシディアを襲撃したと報告を聞いたときから抱いていた不穏な予感。バロンに、オーディンの身になにかが起こっている―――そう感じたからこそ、何度も事の真意を問いただす親書をバロンへ送った。だがその返事が返ってくることはなく、ミシディアに続いてダムシアンのクリスタルが奪われ、さらにはファブールまで侵攻するという話が飛び込んできた。もはや手紙では埒があかないと感じ取り、だからこそこうして直に真意を問いただそうとここに居る。そうしなければならないと、感じていた。
(・・・或いは、ジジイの怨念に背中を押されたか・・・?)
そんな思いが背筋を寒くする。
自分の直感だと思ったものが、打倒バロンを胸に没した祖父の怨念だとしたら―――そんな想像に不安になる。
が、馬鹿馬鹿しいとその考えを打ち払う。それは妄想だった。
祖父の怨念だと、それなら――――――そうであって欲しいと思う妄想。
いきなり戦を仕掛けたのも、街に火を付けたのも、全ては自分の意志ではなく、祖父の妄執であったという妄想・・・(しっかりしろよ、俺)
沸き上がってくる気弱な思いを振り払おうとする。
(戦争仕掛けたのも、街に火を付けたのも、こうしてここにいるのも、全部俺の意志だッ! 今更、被害者ぶって許されると思うなよッ!)
心の中で自分に向かって怒鳴りつける。
「おい、親父」
「!」不意に呼びかけられて、エドワードはびくっと身をすくませる。
はっと声の掛けられた方を見れば、不審そうな顔で息子がこちらを見てた。「どうしたんだよ、顔色が悪いぜ?」
「なんでもない―――それよりも、早く行くぞ」
「だったらぼーっとしてるなよ」息子に言われてエドワードは苦笑すると、再び城内を歩き始めた―――