第9章「別れ行く者たち」
E.「乱戦必至」
main character:エドワード=ジェルダイン
location:バロン城内

 

(見逃した・・・?)

 城内に侵入し、小部屋の一つに潜んでエドワードは訝しげに先程の竜騎士団を思い返す。
 城を隔離していた跳ね橋が降り、門が開いた瞬間を見計らってエドワードは少数精鋭の忍びを率いて、城の中に飛び込んだ。
 その際に、出くわした竜騎士団が追ってこないかとに、若干の疑問を覚えたが。

(侵入者よりも、街の火災を止めることを優先したか)

 そう判断し、一息つく。
 自分で仕掛けておきながら、しかし決してエドワードは無意味に民間人が死ぬことを望んではいなかった。
 だが、安堵してすぐに違和感を覚える。
 先程の騎士たちのなかに、バロン王オーディンの姿は見えなかった。

(妙だな・・・ヤツが城ン中に閉じ篭もってるってのは妙な話だぜ・・・)

 それは、竜騎士団に見逃されたことよりも、強い疑問だ。
 エドワードにとってオーディンは親友などという和やかな関係ではない。
 彼自身が言ったとおり、二人の関係は宿敵だった。
 周りから見れば悪ガキ二人の悪友同士にしか見えなくても、当人たちにしてみれば二人は宿敵だった。

 そう、呼べるほどの長い付き合いだ。
 友と呼べる間柄ではないが―――いや、友ではないからこそ、敵だからこそ互いの性分を良く見極めていた。

「・・・で。いつまでこうしてるわけだよ?」

 エドワードが違和感に悩んでいると、息子が脳天気な声を投げかけてくる。

 今、エドワードと共に潜んでいるのはエドワードと息子だけだった。
 一緒に進入した配下の忍たちは城の随所に散り、しばらくしたら騒ぎを起こして陽動の役目になる手はずになっていた。
 エドワードはとりあえず息子の方を振り返ると、その頭を殴りつけた。

「いてぇっ!?」
「静かにしろ、気づかれる」
「だったら殴るなッ!」
「叫ぶなつってんだろが! このトンチキ―――」
「おいっ、誰だ!」

 部屋のすぐ外から声。
 ちぃっ、とエドワードは舌打ち。
 部屋のドアに耳を付けると、兵士の足音らしき音が段々と近付いてくる。
 こつこつと、ゆっくり慎重に近づいてくる足音を聞きながら少しだけ考えて。

「・・・・・にゃーにゃーにゃー」
「なぁんだ猫かー」

 やれやれと気の抜けた声を吐いて、こちらに近づいてきていた兵士の足音が止まり、やがて遠ざかる。

「・・・やってみるもんだなー」

 まさか上手く行くとは思っていなかったエドワードは、やや呆然として。
 隣の息子も、似たような顔で額に手をやり、頭痛を抑えるかのような格好で、

「噂にはたまーに聞いてたがよ。バロンの兵隊って優秀だけど馬鹿だって・・・」
「誰が馬鹿だ」
「「おおわぁっ!?」」

 すぐ近くから声が聞こえ、エドワードとエッジは悲鳴をハモらせた。
 部屋のドアをほんの少しだけ開く。その隙間から外の様子を見れば、バロンの兵隊がずらりと並んでいた。
 いつの間にか、部屋の入り口をバロン兵たちが取り囲んでいる。

「ふはははっ! 馬鹿という方が馬鹿なのだ、という先人の知恵は正しかったな!」
「知恵っつうか、諺だろ、それ」
「単なる迷言だ。・・・ああ、くそ、小賢しい真似をしやがって!」

 勝ち誇ったように高笑う兵士の一人につっこみをいれる息子につっこみをいれてから、エドワードは毒づいた。

 簡単な話だ。
 最初の兵士が、エドワードの演技(というかなんといおーか)に騙されたフリをして、援軍を呼んで忍び歩きで部屋を取り囲んだというわけだ。
 言ってしまえば簡単な話だが、簡単な話だけに自分が情けなく感じる。
 兵士の言葉ではないが、やはり馬鹿という人間こそ、自分が馬鹿だと気づいていないものなのかもしれない。
 などと虚ろに思いつつ、エドワードは意を決して、こほんと咳払い一つしてから。

「クエッ、クエッ、クエ〜」

 チョコボの鳴き真似何ぞをしてみる。

「騙されるかーッ! だいたい、城内にチョコボが居るわけねーだろっ!」
「しまった! モーグリにしておけば良かったか!?」
「余計におらんわーっ!」

 だんっ、と兵士が怒鳴った怒り任せに部屋の入り口のドアを蹴り飛ばす。
 エッジと二人がかりでそれを抑える。が、隙間から見えた他の兵士たちが全員でかかれば、エッジと二人だけでは抑えきれないと判断。

「ま、待て! 落ち着け!」
「落ち着けるかーっ! くくくくっ、リヴァイアサンの出現以来、舟が壊され存在意義を失っていた我らバロン八大軍団が一つ海兵団! ここらで一発手柄の一つでも立てとかんと、マジで城を追い出されるからなっ!」
「うっわー、切ない理由・・・」
「うるさーい! 貴様らを捕まえれば、『タダ飯ぐらい』だの『窓際族』だの『故郷へ帰れ』だの言われなくて済むッ!」
「うっわー、切ない話・・・」
「繰り返すなーッ! 同情するな命寄越せーッ!」

 だだんだんっ!

 連続してドアが強打される。
 そのうち、ばきいぃっ、と破砕音が鳴り響き、ドアの蝶番が外れた。

「やべえっ」

 ドアがこちらへとのしかかってくる。
 倒れてくるドアから、間一髪、エドワードとエッジは退いて、部屋の奥の壁に付く。
 狭い部屋だ。窓もなく、他に出口はない。床にうっすらとつもった埃をみるところ、特に使われていない小部屋らしく、家具は一つもない。本当に椅子の一つすらなく、つまり隠れる場所も逃げられる場所も無いわけで。

「くそったれ!」

 部屋の壁に背中を付けて、エドワードは思いっきり毒づくと、飛びかかってくるバロン海兵団の面々を睨付けた―――

 

 

 

 

「馬鹿旦那と馬鹿息子は無事に城の中に入り込めたかしらねー」

 炎に赤く燃える街の中。
 城へと続く、街の北門のすぐ前にある広場で、ジュエルはそんなことを呟いた。
 顔を上げる。
 見上げれば、門の向こう。少し高台になった丘の上にあるバロン城の、さっきまで上がっていた跳ね橋が降り。門が開かれている。
 その開かれた門から、騎士の一団が進軍してくるところだった。

「ま、心配する余裕もないし―――必要もないわね」

 やれやれ、と口に出して肩を竦め、ジュエルは周囲に声を張り上げた。

「皆! ・・・来るわよ」

 その言葉に、緊張で周囲の空気が固まったような錯覚に陥る。

「いい? 解ってるとは思うけど、真っ向からやり合う必要はないわ! ある程度相手したら、適当なところで引き上げなさい―――城にケンカ売りに行った馬鹿王たちのことは考えないで良いから!」

 ジュエルが叫ぶと、一瞬だけ緊迫した空気がゆるんだように思えた。
 が、それも一瞬のこと。
 すぐさま張りつめた空気が戻り、ジュエルの周囲に陣取っていたエブラーナ忍者たちが口々に「応」と答える。

「それじゃあ、今日、今回最後の命令よ。適当に戦って、適当に逃げ出して、適当に生き延びて、適当に死になさい!」
「「「「応」」」」
「おうりゃああああっ!」
「ああ、良い返事ね・・・って。何!?」

 威勢の良い怒号はジュエルの背後から。
 振り返ると、もの凄い勢いで突進してきた壮年の男が、忍者の一人を殴り倒したところだった。
 その後から、二人の若い男がついてくる。

「うおおおおおおっ! なんじゃ貴様ら、いきなり火なんぞつけおってぇっ!」

 男は絶叫。
 火よりも赤く、顔を真っ赤に染め上げて激怒しているようだった。

「な、なに・・・アンタ」
「わしの名はダンカン!」

 名乗って、男―――ダンカンは血走った目をジュエルを睨付ける。

「バロンの人間!?」
「違う! だが、ワシは暑いのが嫌いなんじゃああああああああああああああああ!」

 どっごーん、と。
 ダンカンが叫ぶと同時、その掌からオーラの光が放たれ、忍者の一人をぶっ飛ばす。
 やや呆然と、その様子をジュエルは眺め、

「・・・はぁ?」

 と、困った声を上げる事しかできなかった。
 そのジュエルの耳には届かなかったが、ダンカンの後ろで二人の若者―――マッシュとバルガスがぼそぼそと。

「・・・師匠、砂漠で苦労なされましたからねー・・・」
「自業自得で迷っただけだろう。・・・付き合わされた俺たちの方が苦労した」
「あははは・・・・・」

 バルガスの言葉にマッシュは小さく乾いた笑いをたてる。

「ジュエル様! バロンの騎士団が!」

 ダンカンたちに気を取られていた間に、カインたち竜騎士団が街へと到着したようだった。
 その知らせを忍者の一人が叫び、ジュエルが城の方を振り返る。

「全騎士、敵を殲滅しろ!」

 カインがそれだけで十分だと言うかのように、短い命令を放ち、竜騎士団が「応」と答える。
 それを見てジュエルが舌打ちした。

「あれって・・・まさかカイン=ハイウィンド!? ちっ、予想外!」

 竜騎士団が鬨の声を上げて突撃し、それを忍者が迎え撃つ。
 そこへ、ダンカンが熱さに苛立った怒りをぶつけようと、手近な忍者に向かって拳を振るう―――

 こうして、乱戦が始まった―――・・・

 


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