第9章「別れ行く者たち」
D.「騎士のプライド」
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character:カイン=ハイウィンド
location:バロン城・竜騎士団兵舎
「これはこれはベイガン殿。このようなむさ苦しいところへ訪れるとは珍しい」
竜騎士団の兵舎だ。
そこへ姿を見せたベイガンを、竜騎士団の一人が慇懃無礼な態度で出迎える。今、ここにはいない竜騎士団長カイン=ハイウィンドは、近衛兵長ベイガン=ウィングバードの事をあまり快く思っては居なかった。
常に ”王に尻尾を振ることしかできない愚直な飼い犬” などと見下していた。
その影響か、カインの部下たちも、ベイガンのことを良く思う人間は居なかった。「相変わらずだな、カーライル」
ベイガンは、わずかに表情に険を混じらせたが、特にそれ以上は何も言わない。
今はそれどころではないと判断したからだった。カーライルと呼ばれた竜騎士も、それ以上はなにも言わずに。
「それで? どのようなご用件で―――まあ、なんとなく解っては居ますが」
「バロン城下がエブラーナの忍に襲撃された。それを一掃してこい」
「残念ながら」と、カーライルは肩を竦めて。
「我らは貴方の部下では御座いませんな。カイン=ハイウィンドの命令以外を聞くいわれは御座いません」
「ぐ・・・今は一大事なのだぞ! 街が燃えているのだ!」流石に街が燃えて、と言われてはカーライルの顔色も変わった。
他の竜騎士団の面々にも緊張が走る。
だが、カーライルは首を横に振り。「だったら、アンタが近衛兵を率いて出撃すればよいだろう」
「近衛兵は王の近辺を護らなければならん! 敵が攻めてきている今、城を開けるわけにはいかんのだ! 陸兵団も暗黒騎士団も殆どが出払っている! 現状で、エブラーナ忍軍に対抗できるのが竜騎士団しかいない!」
「しかし・・・」それほどベイガンの事が気にくわないのだろうか。
カーライルはなおも渋い顔を見せた。
その表情を目にして、ベイガンはその場に跪くと、土下座する。
「頼む! と、こうまでしなければ言うことを聞けんか!」
額を床にこすりつけ、それから顔を上げる。
見上げると、唖然とするカーライルの表情があった。「近衛兵長殿!? なにをそこまで―――」
「一大事と言ったッ! 口論しているヒマもない! 貴様らが私の事を気に喰わんというのも知っているが、今は―――」
「・・・無様だぞ、ベイガン」声は、後ろからだ。
聞き覚えのある声に、ベイガンははっとして振り返る。
そこへ現れた人物に、カーライルたち竜騎士団の表情が明るくなった。「騎士である者が・・・それも王の身辺を守る近衛騎士が、格下の騎士に向かって土下座する・・・無様じゃないか」
「火急の事態に、個人の感情や誇りなどは邪魔以外の何者でもない。・・・それに、騎士に誇りが必要だとするのなら、私にとっては、王を御守りすることこそが誇りなのだ」地面に屈していた膝を伸ばし、立ち上がりながら、ベイガンは淀みも迷いもない口調で言い捨てる。
と、カーライルがベイガンの背後に現れた竜騎士の名前を呼ぶ。「カイン団長!」
「ふん、急いで帰ってみれば―――なかなか面白いことになっているじゃないか」そう言って、カインはにやりと笑う。
「カイン! 話は聞いていたか!?」
「ああ―――エブラーナが攻めてきて居るんだろう」
「そうだ。城下に火を付けられた―――赤い翼が戻ってくるまで籠城をするつもりだったが。そうも言っていられなくなった」
「王を守ることが騎士の誇りとか言ってなかったか?」
「王を護る為に民を見捨てろと? カイン=ハイウィンド、まさか本意ではないだろうな」
「当然だ、が・・・ベイガン=ウィングバード、貴様の真意はどうなのだ。王を守れれば民などどうでも良いのではないか?」
「愚問だ。我が誇りは王を護る為だけにある―――が、王の役目は民を守ることだ。王を守れても、民を守れないのであれば、王の権威は失墜する」
「自分の誇りのために王を護り、王の為に民を守る・・・か。気持ちの良いくらい、自己中心な意見だな」
「なんとでも言え。とにかく、今は急を要する。カイン=ハイウィンド―――」
「解っている―――竜騎士団、出るぞ!」
「はっ!」カインの号令に、その場に居た竜騎士団全員が「応」と頷く。
カインは身を翻し、城門の方へと歩みを進め、竜騎士団もそれに続いた。
ベイガンはそれを見送り―――「頼むぞ、カイン・・・」
呟くと、自分も王の御身を守る為に、謁見の間へと戻ろうと急いだ。
(セシルなら―――)
城門へと鉄靴の音を響かせて早足で進みながら、カインはふと親友だった男のことを思った。
(セシルならば、どう思うんだろうな)
ベイガン=ウィングバードとセシル=ハーヴィは騎士の誇りというものへの考え方が良く似ている。
二人とも、時には誇りなどよりも優先するべきことがあると信じている。
それは、両人とも騎士や貴族の名のある家柄の出ではなく、下の名も持たない庶民の出だからだろうか。
ともあれ、もしもあの場にベイガンではなくセシルが居たなら、渋る竜騎士たちに対して、土下座の一つくらいしたかもしれない。もっとも、セシルの言うことならば、カーライルたちももう少し素直に話を聞くのだろうが。
ともあれ、セシルもベイガンも、個人の誇りなど有事にはなんの役にも立たないことを知っている。
そして、騎士の誇りとは、個人として誇り高く生きることではなく、どんなに無様を晒してでも、守るべきものを守ることだと言う信念を持っている。(だが、セシルとベイガンは違う・・・)
ベイガンは、民を守るのは王の為だと言った。
もしも、王の為ではないと判断したなら、あっさりと民を斬り捨てるだろう。
しかしセシルは違う。
セシル=ハーヴィなら、民の為に戦うことが騎士の誇りであると言うだろう。
そして、民の為に王と対立することさえも辞さない。現に、セシル=ハーヴィは王のやり方に―――いや、黒幕はゴルベーザだろうが―――疑問を感じたからこそ、今はバロンの敵となっている。
しかしセシルは別に王を軽んじているわけではない。
バロン王オーディンに対して、セシルは多大な恩義を感じている。
ただ、ベイガンの様に盲従しているわけではない。ベイガンならば、時に意見を言うことはあっても、最終的に王の意志に従おうとするだろう。例え間違っていると解っていても。
だが、セシルは王が間違っているのなら、それを正すことが家臣の務めであると言うだろう。それが王の為であるとも。(・・・そう言えば、セシルのヤツ・・・面白いことを言っていたな・・・)
ふと思い出す。
セシルと二人でミストへと向かう前のことだ。
セシルはバロン王のことを「偽物の可能性がある」と言った。
もっとも、その根拠は「高価な地図が燃やされたと聞いたのに、驚かなかった」ということだけだったが。(確かに、今のバロン王はどことなく妙だ。・・・今までは、てっきりゴルベーザのダークフォースに操られているだけかと思ったが)
バロン王がゴルベーザの意志に従っているのは―――ベイガンの様に表立って敬っているわけではないが、突然のミシディアへのクリスタル強奪、その後に続く、ミストへの攻撃、ダムシアン、ファブールへの侵攻・・・・・
それが、バロン王の意志ではなく、ゴルベーザの意志であることは明確だった。(だが、あのバロン王が―――かつては剣神とうたわれたオーディンが、そうやすやすと誰かの術中に陥るものだろうか?)
いかに若い頃は心身共に鍛え上げられていても、歳を取ればそれも衰える。
年のせいだと思えば簡単だが、しかし―――(それよりも、偽物であると考えた方が、解りやすいか・・・?)
そこまで考えて、カインは思考を打ち切った。
バロン城門へと辿り着いたからだった。カインの代わりにカーライルが門番に向かって叫ぶ。
「門を開けろーっ! 跳ね橋を降ろせーっ!」
カーライルの号令に答え、門番たちが門の脇にある巨大なハンドルを両手で回す。
その動きに合わせ、門がゆっくりと開き、城を隔離していた跳ね橋が降りていく。「行くぞ―――!?」
と、カインが部下たちに号令を掛けた瞬間、跳ね橋の向こうから何か黒い影が飛び込んできた。
「なっ!?」
数は5つつ。
人間だ、があまりの速さに黒い影としか視認できない。
影の一つがカインを強襲し、しかしその一撃をカインは反射的に槍でガード。
きぃんっ、と金属音が鳴り響いて、しかし反撃しようと槍を握り直したときには、カインを襲った影はその身を飛び越えて城の中へと進入してしまった。「エブラーナの忍びか!」
五つの影が入っていった城の方を振り返る。
と、部下たちの何人かが奇襲を受け、捌ききれなかったらしく、その場に倒れていた。「カイン隊長! 無事ですか!?」
カーライルがカインの安否を尋ねる。
カインは「ああ」と短く答え、忌々しげに城の中へと睨付けた。「どうします!? 先に侵入者を―――」
「いや、そちらはベイガンに任せる。こういう時のための近衛兵だろう―――俺たちは、街に残ったエブラーナどもを片付ける!」
「はっ!」カインが城から門の外へと視線を転じ、カーライルがそれに従う。
見れば、街の方では赤々と炎が燃え、未だ太陽は地平よりも天頂よりにあるというのに、まるで夕刻のように空が赤く染まっているような錯覚に陥る。
(俺は・・・どうなんだろうか)
ふと、思う。
ベイガンは王の為に民を守る。
セシルは民の為に民を守る。それが、彼らの騎士の誇りだ。
なら、カイン=ハイウィンドはどうなのだろうか。(決まっている―――)
ただ強きこと。
なによりも誰よりも強くあること。それがカイン=ハイウィンドの誇りであり―――(そして、その力を預ける王を俺は望むだけだ・・・!)