第9章「別れ行く者たち」
C.「エブラーナの王」
main character:エブラーナ王エドワード
location:バロン城下町

 

 

 街が燃えている。
 基本的にバロンの町並みは煉瓦造りである。火には強い―――が、エブラーナの忍たちは、火が燃え広がるように街中に油をまいて火を放った。
 煉瓦造りであろうと、なんであろうと油を伝って火は街中に燃え広がる。
 煉瓦は燃えにくいと言っても、街が全てそれで出来ているわけではない。
 古い歴史のありそうな家などは木で造られていたし、煉瓦の家でもその庭には木や小屋など、燃えそうなものは幾らでもある。

 結果。
 バロンの街は今までにないほどの大火災に見舞われていた。

(・・・火災じゃねーか)

 燃える街を眺め、エッジは憮然とした表情で胸中にて毒づいた。

(これは事故でも災害でもねえ。あきらかな人災だぜ)

 炎の輝きに瞳を赤く染めて、エッジは炎に対して不機嫌だった。
 これは戦争だと言うことは分かっている。
 しかし、だからこそ民を巻き込んではならないのではないかと思う。
 火を放つのなら城に放てばいい。

「・・・そんな顔をするな。城の扉をこじ開けるにはこれが一番手っ取り早い」

 苦笑してきたのは自分の父親だった。
 エドワード=ジェラルダイン。
 現エブラーナ王であり、そしてエッジの名前も同じエドワード=ジェラルダイン。
 忍者の国、エブラーナでは代々の国王は皆同じ名前を継ぐ。

 もっとも、王なら「頭領」か「王」、子は「王子」か「若」と呼んで区別も付くが、身内―――例えば、エドワード王の妻であるジュエルなどは、呼び名に困る。どちらも同じエドワードなのだから。
 だから、ジュエルは自分の夫を「エド」、息子を名前と家名を略して「エッジ」と呼ぶことにしている。

「バロンの城は堅牢だ。城の周りは深く大きな堀にぐるりと囲まれていて、唯一の出入り口である跳ね橋の門を開かなければ中に入れない。堀を泳いで渡っても、その先には高くそびえ立つ城壁がある。魔法でも使って空でも跳ばない限りは、それを越えることは難しい―――だから、こちらからごり押しで攻めるよりも、向こうに扉を開かせた方が容易いし、こちらの被害も少なくて済む」
「親父にしては多弁だな。言い訳に聞こえるぜ」
「言い訳だ。正直、俺も気が乗らん。・・・どーやらそういう素養を、俺はジジイから受け継がなかったらしいぜ」

 皮肉な口調で言ってくる息子に、王は苦々しく返した。

 エブラーナの二代前の王。つまりはエドワード王の祖父にして、エッジの曾祖父―――エブラーナは完全な世襲制で、代々父から子へと王位を託される―――は今までのバロンとエブラーナとの歴史の怨念を凝縮して産まれたような人物だった。
 執拗にバロンと戦線を開き、月単位ではなく、日単位で繰り返し戦闘が行われ続けてきた。クリスタルの力を手に入れる為に、バロン以外の国―――トロイアやダムシアンにも攻め入ったこともある。

 前王―――つまりは現エブラーナ王の父であるが、彼はその父ほど好戦的な人物ではなく、どちらかというと覇気の足りない方だったが、それ故に父親の傀儡となって、戦争を繰り返した。それは、怨念と執念の塊である親が没した後も、その後を引き継ぎ―――親の意志を引き継いだと言えば、多少は格好がつくが、実際は戦争する以外のことを誰にも教わることなく、知らなかっただけなのだ―――バロンとの戦争を続けていた。

 そんな祖父と、祖父の操り人形であった父の姿を見てエドワードは生まれ育った。
 彼は、祖父のように怨念を背負って産まれては来なかったし、また父のように気弱でもなかった。
 しかし、それ故に反発し、年齢が10を数えないうちに国を飛び出すことになる。

 ―――だが、それはまた、別の物語だ。

 今現在の彼は、一端は飛び出したエブラーナの国の王をやっている。
 そして、かつては彼の祖父が願ったように、バロンの街を火の海に変えていた。

(―――なんだ、結局俺もジジイの血を引いていたって事かよ)

 不承不承、認める。
 多分、祖父がまだ生きていて、この場に立っていたのならエドワードと同じ戦法をとっただろう。
 もっとも、祖父は単なる先祖代々の怨念を果たす為、エドワードは味方の損耗を抑える為と、思惑は違うのだが。

(それでも、ジジイの轍を踏んでることには違いねえ)

 顔には出さず、心で毒づく。
 エブラーナの王となると決めた時から、自分の心を殺すことを強いられてきた。
 王とは個人の思惑よりも、国の行く末を考えなければならない。
 エドワードは、基本的に自分は勝手な人間であり、人の上に立つような人間ではないと思っている。多数の他人をまとめ上げるよりも、身一つで自由気ままに生きるのが性に合っていると、幼い頃から思っていた。

 ・・・だからこそ、そんな自分が王となると決めた時から、自分の勝手を殺し、心を殺し、エブラーナという国が栄えることだけを考えた。
 一より十を考え、古くからエブラーナに使えてきた名家の屋敷を潰して、田畑を開墾したこともある。
 産まれたときから幼馴染同然に共に過ごした、友とも呼べる家臣が不正を侵したときも、規範を示すたびにその首をはねたこともある。その時、涙ながらに命乞いをする友の顔を、エドワ−ドは今でも夢に見ることがある。

 そして今。
 バロンの城から兵を誘い出す為に、なんの罪もない民の済む街を焼き払っている。
 それらの行為を、エドワード個人の心は否定している。
 だが、エブラーナ王エドワードは、それを必要だからと実行している。

(憑かれているのかもな・・・)

 もしかしたら、当の昔に没した祖父の霊だか怨念だかが、エドワードにとりついて彼の望まぬ行為を強要しているのではないだろうかと。
 ・・・自分でも、馬鹿げていると感じることを思う。

(だとしたら・・・俺は祖父に好いように操られる親父のことを散々馬鹿にしてきたが―――結局、俺も親父となにも代わりはしない・・・)

 やはり表には出さず、自嘲気味に心の中で思う。
 と、そんなエドワードの手を、そっと暖かい誰かの手が包み込む。

 ジュエルだ。

 エドワードが振り返ると、もう数十年も連れ添ってきた妻は、エドワードの顔を心配そうに見ていた。
 その顔を見て、ふっ、と気持ちがゆるむ。

「エド、もう―――」

 ―――無理しなくていいんじゃないかい?

 という、ジュエルの言葉はふさがれた。
 エドワードの乱暴なキスで。

「んーっ!?」

 強く、吸い付くようなキス。
 ジュエルが強引に顔を背けると、ちゅぽっ、と酒瓶からコルク栓が抜けるような音が響く。やたらと強く吸い付いていたらしい。

「あ、ああああああ、あにすんのよー! この馬鹿キング!」
「いや、なんかこー、お前が物欲しそうな顔をしてたから」
「誰がンな顔をしたかッ! あたしは―――」

 顔を真っ赤にしてエドワードにくってかかるジュエル。
 その間に、息子のエッジが割り込んできた。

「なにイチャついてんだ、馬鹿夫婦!」
「うわ、馬鹿息子に馬鹿って言われた」
「なんだと!」
「はっはっは、羨ましいか馬鹿息子。オレらは夫婦であるからして、どんなときでもイチャついたり吸ったり揉んだりしたって良いのだぞ」
「いいわけあるかーッ。・・・ってこら、本当に揉むんじゃ・・・・・・ないッ」

 有言実行の言葉通りに、ジュエルの胸を掴んでくるエドワードの顔面に、肘鉄。
 ぱかん☆ と景気の良い音が響き渡って、鼻血を撒き散らしながらエドワードは上半身をのけぞらせた。
 が、そのまま倒れることはせずに、なんとか堪えるとのけぞっていた上半身を正しく起こして、息子の方へと笑いかける。

「どうだ息子? 吸ったり揉んだり・・・殴られたり。羨ましいだろう」
「いや、あまり。・・・ってか、鼻血拭けよ」

 だくだくと鼻から血を流し続ける父王に、エッジはあきれ顔を返す。

 エドワードは、忍び装束の裾でごしごしと鼻血をこすりながら、ふと、片手を神妙な顔をして見つめた。
 なにか、柔らかくて丸い物体を掴んでいるような手つきで、なおかつそれを揉むような怪しげな手つきをしてみせ。

「んー・・・・おぅ、ジュエル」
「あにさ」
「お前、乳、縮んで固くなって―――ぶげうぐぉがほぁぁぁぁっ!?」

 肘鉄から裏拳。大きくのけぞった所に、顎をめがけて追い打ちの真空飛び膝蹴り!
 ジュエル必殺のコンビネーションに、さすがのエドワードも仰向けにぶっ倒れた。その手は、かつてのジュエルの乳の形を思い出すかのように怪しげにわきわきと動かしたまま。

 大の字になってぶっ倒れた夫の姿を仁王立ちで見下ろして、ジュエルは地獄の鬼婆も裸足で逃げ出すような―――――――――文章では、とてもじゃないが表現できないような恐ろしい形相で、

「いい加減、エロ話題からはなれんかーいッ!」
「い、いや、しかし確かにこの前、直に触ったときよりも―――ぐをっ!?」

 ジュエルはエドワードの―――というか男性共通の急所を、容赦なく踏みつぶした。
 ・・・一応、そこには金的を護る為に薄い装甲が張られてあるが、それでも完全に衝撃を防げるというわけでもなく―――そこそこ痛い。

「おまっ、なんかこー酷いぞ!?」
「黙れ! ・・・だいたい、今はサラシ巻いてるから、押しつぶされて―――って、あにいわせんのよっ!」

 がこん☆
 と、ジュエルは今し方踏みつぶした箇所を、思いっきり蹴り上げる。
 致命的な一撃ではないが、先程よりも微妙に強い衝撃が、とてつもなく大事な部分へと直撃した。

「あ、あふぅっ!? こ、この衝撃は・・・」
「あぁ? なに? もう一発喰らいたい?」
「・・・うん。なんかこー、クセになりそー・・・」
「・・・・・・」

 倒れたままクネクネと不気味に身をくねらせるエドワード。
 ジュエルは何も言わず、後ろに立っている息子を振り返る。

「・・・エッジ。明日からあんたがエブラーナ王だ。頑張るんだよ?」
「あー、それってつまり・・・」
「なにい、殺される!? オレ、なんか命と貞操の予感!?」
「殺されたくなかったら、もうちょっとしゃんとしろーッ! つか、貞操ってなんの話だ」
「ああ、それは冗談だ。だって、オレの貞操は、二十年も前にジュエルに奪われちまったもんなー」
「・・・本気で殺すよ」

 ジュエルの瞳に殺意の炎が灯った瞬間。
 不意に、その場の “空気” が変わった。
 ジュエルは怪訝そうに眉をひそめ、エッジも夫婦漫才に呆れていた表情を引き締める。
 エドワードも素早く立ち上がると、さっきまでのひょうきんな表情は欠片もなく、国の規律には厳格であり、国に刃を向ける敵には非情なエブラーナ王としての姿がそこにあった。

「―――どうした?」

 エドワードが不意に疑問詞を呟くと、、いきなりその背後に一人の忍が出現する。

「報告します! たった今、バロン城より竜騎士団が出撃―――」
「そうか。もう少し堅いと思ったが・・・まあ、好都合ではある」

 ふむ、とエドワードは呟いて、自分の妻を振り返った。

「ジュエル。ここは任せる。俺は―――」
「はいはい、旧友の顔を拝みに行くんでしょ? いってらっしゃいな」

 ジュエルの言葉に、エドワードは顔を渋く染め上げる。
 まるで、心外だ、と言わんばかりに。

「宿敵と言ってくれ。あの男を友と思ったことは一度もない」
「なんでも良いわよ。やることは変わらないでしょ?」
「まーな」

 頷き、エドワードはバロンの城の方を振り仰ぐ。

「あの馬鹿の顔を見てついでにブン殴って、事の真意を問いただす!」

 


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