第9章「別れ行く者たち」
B.「忠義の心」
main character:ベイガン=ウィングバード
location:バロン

 

 夕焼けがバロンの町並みを赤く染め上げる。

 バロンの街は広い。
 だが、街の外側はぐるりと高い壁に遮られている。
 街を出るには、その外壁の南門か北門をくぐり抜けるしかない。

 つまり、通常は開かれているその二つの門を占領してしまえば、バロンの街を占拠したも同然と言うことだった。

「お館様。北門、封鎖いたしました」

 黒い忍び装束に身を包んだ忍が、同じような黒い装束に身を包んだエドワードに報告する。

 お館様―――そう呼ばれた男は、エブラーナの王だった。
 名はエドワード=ジェラルダイン。
 もう50を過ぎているはずだが、小柄ながら、きりっとした姿勢と、精悍な顔つきからしてそんなに年を取っているようには見えない。
 20代、とは言わないが、彼の実年齢を知らない人間が見れば40を越えてるとは到底思わないだろう。

「ふむ」

 と、エドワードは報告を聞いて頷いて見せた。
 それから傍らに立つ、自分の息子に視線を投げて。

「さて。思いの他、簡単に街が落ちてくれたな―――息子よ、どう思う?」
「俺が思うに―――」

 と、エドワードの息子は深刻そうに眉をひそめて。

「ここは一発、噂に名高いバロン一の美女、ローザ=ファレルの家を襲撃してそのケツを拝め―――ぐがっ!?」

 いきなり首筋に手刀。
 しかも綺麗な一撃ではなく、乱暴かつ雑な一撃だ。
 首に上手く決まれば、脳震盪と酸欠を同時に発生させ、そのショックで失神させることも可能だが、一歩間違えれば無駄に痛みと苦しみを与えることとなる。
 今の一撃は、故意に雑に放った一撃だった。

 がくりと膝をついて、喉を押さえ、咳き込む彼の後ろから呆れ半分怒り半分の声が投げかけられる。

「エッジ! 色惚けるのは後にしろってエブラーナを出る前から言ってるでしょーがッ」

 女性だった。
 エドワードと同じ色の同じ装束の女性。
 名前をジュエル=ジェラルダイン―――エブラーナ王エドワードの妻である。
 外見は若く、まだ二十代の前半を過ぎた辺りにしか見えないが、実際はエドワードと同年齢だった。

「がはっ、げほっ・・・ぐ・・・ぐぐ・・・な、なにしやがるこのババア・・・がっ!?」

 容赦なく背中に蹴り。
 無様に地面に倒れるその姿を見て、蹴倒した当人は腕を組んで。
 はぁ、と吐息。

「まったく・・・こんなんが次のエドワード=ジェラルダインを名乗るなんて、エブラーナもおしまいかもね」
「ははは。ジュエル、どーいうわけかその台詞、以前にも聞いた気がするんだがなー」
「ああ、私もこの馬鹿息子と良く似た誰かさんを相手に言った記憶があるわ」

 ジュエルが冷たい目でエドワードを見ると、彼は下手な口笛などを吹きながら明後日の方向を向く。

「ほら。エッジ、いつまで寝てるのよ。さっさと起きなさい」
「・・・起きて欲しいなら、足をどけろ」

 憮然としたエッジの声。
 ジュエルが見れば、エドワードの足が息子の背中を踏んづけている。

「エド」
「む? おおー、なんだ足の裏に何故か息子が? もしかして貴様、誰かに踏まれるのが趣味で自ら―――」
「おい、お袋。このアホ親父を抹殺しても良いか? というかむしろ抹殺するべきだぞ」
「その台詞もずいぶん前に聞いた気がするわね―――その時にお義母様はこう言っていたわ “抹殺したらその瞬間から、あなたがエブラーナ王ですよ” とか」
「うわ、それめんどいなー」
「・・・あんたら父子、どうしてそこまでそっくりなのかしら―――実は時間を越えてやってきた同一人物なんじゃない?」
「「それは失礼だ」」

 と、父子は全くの同時に言う。

 それから、エッジは父の足を押しのけて立ち上がると、自分の身体の土埃を払って。

「ったく。俺様の大事な服が汚れちまったじゃねえか・・・」
「・・・アンタ、何回言っても聞かないわねー。そんな色は駄目だって言ったでしょ?」

 ジュエルが呆れた顔してエッジの服装を見る。
 エッジの服装は、エドワードやジュエルが着ているのと同じ忍び装束だった。ただし、その色は派手な紫色で、ついでに金箔が塗してあり下品に光っている。

「駄目とか言われてもなー。親父みたいなダッセェ色。俺の趣味じゃないんだよなー」
「ああもう! 忍者としての自覚を持ちなさい! 忍者とはその名の通り “忍ぶ者” 。影に潜み闇を駆けて、敵を欺き裏をかく! アンタみたいな派手派手な忍者がどこにいるかーッ!」
「あー、俺忍者とか向いてないしー。ほら、なんつーか俺ってスーパースターじゃん? 地味な忍び装束着てても、俺様の内なる光ってヤツ? は抑えきれなくて、結局めだっちまうんだよなー。だったら最初から目立つ服装の方が良いだろ?」
「あのねえ・・・」
「だいたい、お袋だって人のこと言えないだろが」

 と、エッジが指摘すると、ジュエルはぎくりとして。

「な、なんのこと?」
「ほれ、これ」

 エッジは素早くジュエルの装束の裾を掴むと、ぺらっ、とめくって見せる。
 めくられた装束の裏地は、表の地味な色とは異なる派手な深紅。夕焼けの赤よりも、深紅のバラよりもなお深く濃い赤の色。

「こっ、これは・・・その・・・ほらっ」

 ぱしっ、とジュエルは裾を掴んでいるエッジの腕を振り払うと、胸を張って大きな声で言った。

「い、いーじゃない裏地くらい派手にしたって! チラリズム、ってやつよ!」
「・・・いい年こいて、なぁーにがチラリズム、だよ。誰もそんなの求めてねーっつーの。20年くらい若返ってから言えって」
「なぁっ。20年も若返ったら、私はアンタの年より下でしょうがッ。このロリコン!」
「だっ、誰がロリコンだッ!?」
「・・・この前クロウのトコの娘に言い寄ってたでしょ。確か、まだ10歳にもなってない―――」
「あっ、あれは先行予約というか先物買いというか・・・俺は計画性のある男なんだよッ」
「威張って抜かすなぁぁぁぁっ!」
「そこまでにしておけ!」

 と、エドワードが妻と息子の間に割って入る。

「いまは戦闘中だぞ。二人ともいい加減にしておけ」
「「は〜い」」

 大人しく頷いた後、しゅたっ、とエッジは手を挙げた。

「じゃあ、俺はファレル家を占拠して来るんで」
「待て、エッジ! バロンを制圧した後にしろ。そうすれば、バロン中の美女をよりどりみどり・・・」
「・・・こ、この馬鹿親子が・・・」

 ジュエルは拳を固く固く握りしめて、夫と息子へ向かって振り上げた。

 

 

 

「いいんですか、師匠!」

 その声は狭い店内へ響き渡った。
 酒場兼喫茶店兼軽食屋である『金の車輪亭』だ。付け加えれば、二階は寝室で、宿屋とも兼業している。
 店の中は三人の客の貸し切り状態で、昼間から豪快に酒を飲んでいた。

「ええい、落ち着かんか、マッシュ」

 師匠と呼ばれた壮年の男―――ダンカンは、顔を真っ赤にして(これはアルコールのせいではない)立ち上がった弟子に手を振り、椅子に座らせようとする。

 ―――カイポの村でセシルたちと別れたダンカンたちは、無事にバロンへとたどり着いていた。途中、少々迷ったが。
 到着したのは今日の朝―――ダムシアンで決戦が始まった頃だった。それから、身体の疲れを癒すためにこの店に宿を取り、それから昼間からずーっと酒をかっくらっている。昼頃、外が騒がしいのでダンカンの弟子にして息子であるバルガスが外の様子を見に行けば、エブラーナの忍者軍団が街を制圧するところだった。
 その話を聞いた瞬間、「なんだと!」と叫んで店を飛び出そうとしたマッシュに、ダンカンが当て身を喰らわせて気絶させて、何事も無かったように酒を飲み続ける。そして、ついさっき気が付いたマッシュが冒頭の言葉を叫んだと言うわけだ。

「落ち着けるわけ無いでしょう!? 戦争ですよ! 侵略ですよ! 戦わないと―――」
「戦うべき兵士たちはすでに城へ引っ込んだ。すでにエブラーナは街を制圧している」

 淡々と言うバルガスを、マッシュは睨付けた。その視線には今にも炎が吹き出しそうな烈火のような怒りが込められている―――が、それはバルガスへ向けられたものではない。そのことに気づいてか気づかずか、バルガスはその視線を受け流す。父親や弟弟子よりはいくらか知的な顔を無表情のまま動かさずに、酒を飲む。気絶したマッシュを放っておいて、昼間から父親に付き合ってサシで飲み続けているはずだが、その様子は表情に見受けられない。もしかしたら彼が呑んでいるのは酒ではなく、色つけしただけの水かお茶なのかもしれない。

 ともあれ。バルガスよりはよっぽど酔っぱらっているように顔を真っ赤にしたマッシュが、さらに詰め寄った。その身体がテーブルに触れ、がたたたっ、とやや耳障りな音を立てて揺れる。その上に置かれてあった酒瓶を、ダンカンは酔いの覚めていない怪しげな手つきで―――それでも正確に7本の瓶を指でつかみ取ってホールド。そんな様子をいつものマッシュが見ていれば、手を叩いて「師匠、すごいです」とでも感嘆したのだろうが、今のマッシュはそんな様子も目に入らない。自分がテーブルを揺らしたことさえも気づかないのかも知れない。

「兵士が・・・逃げたんですか?」
「戦略的撤退だ。街を戦場にすれば、バロン軍に不利だからな」

 忍者とは影に潜み、闇を駈け抜け、敵の背後から刃を振るう者。
 騎士の正攻法は忍者の邪道であり、騎士の邪道は忍者の正攻法。
 街の中など、建物の影や水路やその他遮蔽物など、潜む場所が多い街の中では、忍者の方が有利だった。
 それを早急に見越して、バロンの守りを任されたベイガンは街に常駐していた全兵士(街に常駐し、治安を守る警邏の仕事をしていた)を城へと収集をかけた。

 その判断は正しい。と、バルガスは思った。
 エブラーナが攻めてきたのは、バロン軍の主力が出撃したからなのに違いないだろう。三日ほど前に、バロンから北東へと飛びだっていく飛空挺の姿が見えた。あの方向はダムシアンか、そうでなければファブールだろう。―――そしてダムシアンはつい先日に攻め落とされたばかりだだとすれば・・・

 どれほどの部隊が出撃したのかわからないが、飛空艇は今までバルガスが見たことの無いほどの数が編隊を組んで飛んでいた。赤い翼の飛空挺がどれほどの数あるのか知らないが、おそらく全艇ではないだろうか。主力である陸兵団や暗黒騎士団もそれなりに出払っているだろう。少ない兵力で、エブラーナ忍軍に対抗するのは分が悪い。

「―――だから、守りの要であるベイガン=ウィングバードは籠城を選択したと思われる。つまり、主力軍が戻ってくるまでの時間稼ぎだ」

 淡々と説明してやると、マッシュはぽかんとした表情で兄弟子の顔を見つめていた。父親は変わらず赤い顔して酒を飲み続けている。マッシュの凝視を煩わしく感じ、バルガスは軽く手を振ってマッシュの視線を散らす。

「なんだ、気色悪い」
「いや・・・バルガスさんって、けっこー頭いいんだなって」

 そう言えば、いつもブ厚い本を読んでいたなァ、とマッシュは思い出す。そのことを思い返して、ふと呟いてみる。

「俺も本くらい読んでみようかなー・・・」
「よせよせ。脳味噌まで筋肉で出来ているお前が呼んでも理解できん。筋肉言語に変換されるのがオチだ」
「筋肉言語?」
「拳を固く握って殴り合って理解する言語のことだ。超難解言語でな、一部の特殊人間にしか理解できずなおかつ他人に迷惑千万な言語のことだ。これを理解しうる人間はよっぽどの単細胞か、ある意味紙一重の天才だけだな」
「おお! 俺は何時の間にそんな難しい言葉を!?」
「多分、産まれたときだろ―――俺には使うなよ? やるなら親父と心ゆくまで語り合え」
「師匠ーッ!」

 言われて、バネ仕掛けの玩具の如く、弾かれたように席を飛び出し、その勢いのまま拳を固く握って振り上げて、隣に座っていたダンカンへと殴りかかるマッシュ。
 ―――その一秒後に、その身体は軽々と吹っ飛んで、店の壁に激突した。ずぅぅぅん・・・と、低い衝撃音と共に店が揺れて、テーブルの上の酒がちゃぷちゃぷと揺れる。反射的な行動なのか、マッシュを殴り飛ばしたことにも気づかない様子でダンカンはぐびりと酒を煽り、

「おぅ、赤い・・・」

 空のグラスに新たに注いだ酒は、赤々と輝いていた。確か今飲んでいる酒は半透明な琥珀色をしていたはずだったが。
 などと思いつつ、グラスを持ち上げて透かすようにして液体を見る。赤く染まった琥珀色の液体の向こうで、ゆらゆらと揺れる赤が燃えさかり。
 異変に気が付いたバルガスも振り返る。見えたのは窓の外。踊るように揺れて燃えさかる炎が、窓いっぱいに拡がっていた。

「うん・・・? 火事・・・?」

 頭を抑えながら、ぼんやりとマッシュが呟く。
 それは完全に無視して、バルガスは嘆息と一緒に呟いた。

「成程。火をかけたか。―――忍者らしいやり方といえば、やり方だな」

 

 

 

 

 ―――街が燃えている。
 その様子を、ベイガンは城門の上から忌々しげに睨付けていた。
 内心の怒りの炎がその瞳に宿ったかのように、街に燃え広がる炎の様子を、彼の青い瞳は如実に写し取っていた。

「エブラーナめ・・・! そうくるか・・・」

 エブラーナが急襲してきたときに、ベイガンは即座に全兵士を城の中に撤退させた。
 兵力の少ない状態で、野戦、或いは市街戦は忍者相手に分が悪すぎる。こちらの兵力の半数以上がファブール攻略へと向かったが、それでもエブラーナとの兵数差はトントンと行ったところだろう。
 だが、バロンの兵員として実際にエブラーナ忍軍と刃を合わせた経験のあるベイガンは知っている。同等の兵数しか用意できないのなら、それはこちらの負けであると。エブラーナ忍者一人に立ち向かうのは、最低でも5人は欲しい。つまり、現状の兵数は同等ながら、兵力は5倍の差が付いていることになる。
 だからこそ、ベイガンは即座に兵を城の中に引っ込めて、籠城の構えを取った。今、ファブールを攻めているゴルベーザの部隊が帰ってくれば、五分以上の戦いに持ち込めるからだ。そしてその判断は正しいと自覚する。しかし―――

(予想してなかったわけではないが・・・甘く見ていたと言うことか!)

 胸中で毒づく。
 自分の役目は、ゴルベーザ率いる主力部隊がファブールより帰還するまでの時間稼ぎだと考えていた。
 だが、こうして城下を焼かれているとなると、黙って見ているわけにも行かない。

「・・・出陣の準備を。私は王に報告をしてくる!」
「はッ」

 ベイガンに指示され、近衛兵が駆けていく。
 それを見送り、ベイガン自身も王が座する王座へと足を速めた。

 

 

 

 王の間は静寂だった。
 人気がない。なにもない。
 あるのは玉座と、そこへ至る赤い絨毯。そして玉座に下品に足を組んで腰掛ける王が一人。

 彼は一人が好きだった。
 一人、というより静寂を良く好んだ。
 騒がしいのが苦手というわけではない。ただ、鬱陶しく感じるだけだ。

 彼は何もせず、身動き一つせずに王座に腰掛けている。
 最近の彼は、たった一人で、広く謁見の間としても使われる王の間で、静寂と共に無駄に時間を過ごすことが多かった。
 雑事は文官たちやベイガンが勝手にやってくれる。
 彼はただ座っているだけで良い。

 喜びもなく、苛立ちもなく。
 無感動に、それは例えるなら風の無い湖面のように、波をうつこともなく穏やかな水面の様に。

 

 不意に。

 その静かな湖面に、小さな石が一つ投擲された。

 

「失礼いたします!」

 乱暴に扉を開け、騒がしく飛び込んできたのはベイガンだった。
 王を守る近衛兵団長。
 静寂をぶち壊した闖入者に、王は機嫌の良い顔などはしなかった。

「なんだ・・・」

 面倒そうに座の上で崩していた姿勢を正す。
 対してベイガンは、最初から直立不動のきりっとした姿で「はっ」とまずは一礼。

「先程、城下を占拠したエブラーナ軍ですが、街に火を放ちました」
「・・・それで?」
「街の二つの入り口はエブラーナに固められております。すぐにエブラーナを撃退し、火を止めなければ街は全焼、住民たちの被害が―――」
「ベイガン。最初、エブラーナが攻めてきたときにワシはなんと言った・・・?」

 問われ、ベイガンは思い返す。
 エブラーナがバロンの街を攻めてきたとき―――まだ、半日も経っていない―――今と同じように報告にきたベイガンが子細を伝え終えると、王は心底どうでも良いように。

 

 ―――よい、お前に全て一任する。

 

 そう言って、ベイガンを下がらせた。

「た、確か私に全てを任せると・・・」
「ならば好きなようにしろ」
「はっ・・・しかし、出撃をするとなれば門を開けて跳ね橋を降ろす必要があります。相手は変幻自在、神出鬼没の忍者軍団。もしかすると、僅かな隙をついて城内に攻め込まれることもあり得ます。ここにいては危険ですので、避難を―――・・・」
「ベイガン」

 名前を呼ぶことで、王はベイガンを黙らせる。
 王の声音は先程よりも、苛立ちが混じっていた。いや、静寂の時間を二度もぶち壊された事で、ベイガンが王の間へと入ってきたときから苛立っていた。

「ベイガン。ワシはお前に好きにしろとは言った。・・・だが、ワシに命令することを許した覚えはないぞ・・・?」
「め、滅相も御座いません。ただ、私は王の身を案じて・・・」
「ならば貴様はただ黙っていくが良い。ワシの時間を邪魔するな」
「・・・は。解りました」

 頷き、ベイガンは真摯な瞳で王を見る。
 その目には―――セシルや、カインの瞳と同じ、揺るぐことのない強い意志の光がある。

 セリスたち、三人の将軍をガストラの三将軍と呼び表すのなら、ベイガンにカイン、セシルを加えた三人は、バロンの三騎士とでも呼ぶべきだろうか。
 ガストラの三将軍が、剣と魔導を使いこなす、比類無き戦闘力を持つというのなら、バロンの三騎士にあるのは。

 意地と、誇り。

 そして、その二つを強く強く強く強く、果てなく強く強固に固める意志の力。
 それは揺るぎなき忠誠の意志だ。

 セシル=ハーヴィが離反したのも、それは忠義心の為。
 カイン=ハイウィンドは、己が王と信じた者のために全てを賭けるだろう。
 そしてベイガン=ウィングバードは、バロン王オーディンに対して揺るぎない忠義の心を持つ。

 例えば、王が自分の目をくりぬいて見せろ、とでも言われれば、それが王の為であると判断したなら、ベイガンは躊躇わずに自分の瞳を指でくりぬいてみせるだろう。命を絶てと言われたなら、迷うことすら考えもせずに、自分の胸に刃を突き入れるに違いない。

 戦闘力ではカインに、部隊を統率する能力はセシルに一歩譲るが、忠義の心でいうのならばベイガンは他の二人にも負けはしない。

 そして、その忠信は対象である王にもどうすることもできないほどに強固なのだ。
 王の操り人形というわけではない。王の為だと判断したのなら、その意にすら背くだろう―――その一例がバロンを離れたセシル=ハーヴィでもあった。

「ならば、私がこの場で王を護りましょう。この身にかけて」
「ベイガン。ワシは静寂が好きなのだ。お前が居ては静寂が壊れてしまう・・・だから」
「行きませぬ! 私の役目は王の身を守ること。王が安全な場所へ避難しないというのなら、私が直に王を御守りするしか御座いませんな!」
「・・・好きにしろ」

 諦めたように王は言うと、脱力して、再びだらしなく足を組んで楽な姿勢で座り直す。

「はっ。それでは、兵たちに出撃をさせるので、私はこれで―――すぐに戻ってきますが」
「ああ、わかったわかった。早く行け。そして目障りななザコ共を片づけてこい」
「御意に」

 一礼し、ベイガンは王の間を後にした。
 残されたのは不機嫌そうな王が一人。
 だが、不意にその表情がにやりと、邪悪な笑みに変わる。

「己が “王” を護ることに固執する―――カカカ・・・やはり自分の王が殺されたときに何も出来なかったのが悔しいか・・・」

 その邪悪な顔をした王の呟きは、王自身以外に誰に聞かれることもなく。
 ただ、広く誰もいない王の広間に小さく響いて潔く消える。

 そして王は再び静寂―――ベイガンが戻ってくるまでのしばしの静寂を楽しむことにした―――

 

 


INDEX

NEXT STORY