残ったのは悔恨と後悔。
 奪われたのは・・・・・仲間。

「・・・ん・・・?」

 目を覚ます。同時に、目の前がぐるんぐるんと回った。
 仰向けに寝ている。天井が見える―――その天井が回っている。気分が悪い。

「・・・・・・ぅ・・・・・う・・・?」

 セシルはそのまま身動き一つしなかった。
 目眩が過ぎ去るのを待つ。じっと黙って、身じろぎ一つしないで居ると、世界の回転は徐々に収まり、平行を取り戻す。

「く・・・僕は」
「―――目、覚ましたかよ」
「バッツ・・・?」

 起きあがる。
 ベッドだ。このファブールに来る直前に気絶して目覚め―――それからほんのわずかな数日間、セシルが眠りについた場所。

 バッツの声に首を傾けると、ベッドの脇に彼が座っていた。

「バッツ・・・か。無事だったんだな」
「無事だよ。・・・俺はな」
「他の、皆は・・・?」
「ギルバートも無事。リディアも無事。ヤンとフライヤも無事―――ついでにクリスタルも無事だ」
「ローザとティナは・・・」
「・・・っ」

 セシルに問われ、バッツは押し黙る。
 それでおおよそのことは見当が付いた。

「・・・そうか」
「待てよ! 勘違いするなよ―――二人とも、死んじゃいない!」
「どういうことだ?」
「二人とも、連れ去られたらしい・・・ティナはケフカって野郎に。ローザはセリスって・・・ほら、あの女将軍に」
「ティナが!?」

 ケフカという名前は記憶にあった。
 ミストの村で、リディアを操り、命令していた男―――
 セリスがローザを連れ去った、というのはイマイチ良く解らないが・・・

「クリスタルは無事だった―――やつら、ローザを返して欲しければ、クリスタルをバロンまで届けろってさ」
「ああ、人質か」

 言いながら、セシルは自分の言葉に自分で疑った。
 ローザを連れ去ったのはセリスだという。あの高潔な女将軍が、果たして人質などという下劣な手段を取るだろうか?
 いや、彼女だって軍人だ。自国の為なら汚い手だって選択することもあるだろう、が他国のために自分の誇りを貶めるようなことをするとは考えにくい。

 だいたい、バロンの白魔道士とファブールの秘宝では、等価ではたり得ない。
 取引は成立しない―――

「行くのか・・・? ローザを取り返しに」
「・・・まあね」

 セリス=シェールの真意は解らないが、これはチャンスでもあった。
 わざわざ敵が自分たちの懐まで飛び込んで来いといっているのだ。守るよりも攻める方が光明は見いだせる。

 例え、罠があろうとも―――この好機を逃す手はないな。

 と、そこまで考えて苦笑した。
 どうして素直にローザを助けたい、と思えないのかと。

(・・・僕はとんでもなく天の邪鬼なのかも知れないな・・・)

 だが、もしもローザを助けるメリット―――クリスタルと秤にかけてまで彼女を助けるメリットがないとしたら、果たしてセシル=ハービィはローザを助けようとしただろうか?
 自分で自分に疑問を放つ―――きっと、助けることはないのだと思う。それが戦略的に正しいことだとしたら、司令官としてならば助けることは出来ない・・・・・・

 でも、セシル=ハーヴィ個人なら助けに行くのだろう。
 たった一人であっても。力及ばずに助けられなくとも。

「そうか、それを聞いて安心した」

 バッツはベッドから降りる。
 ・・・どこか、バッツの言葉には力がない。
 ティナが奪われたことに、ローザが連れ去られたことに、意気消沈しているのだろうか?

 そう、セシルが思っていると、バッツはセシルに背を向けて、表情を見せずに呟いた。

「悪いけどさ、俺はもう、降ろさせてもらうわ」

 

 

 

 

 竪琴の音色は美しかった。
 厳かな美しい調べ。―――その曲は、無意識に教会のステンドグラスを思わせる。
 リディアは、ファブールの門の上で、ぼーっとギルバートが奏で続けるそれに耳を傾ける。

 それは、鎮魂曲だった。

 ホブス山の山頂で、ゾンビの群れを土に返したのとはまた違った音色。
 ギルバートは昨日までの戦争で、失われた命に、肉体という枷から解き放たれた魂が、真っ直ぐに天上へとたどり着けるように願いを込めて竪琴を奏でている。

 それは、リディアには必要のない、曲だ。

 リディアはまだ生きている。
 そして、彼女の一番大切な人も生きている。
 ただ、ここには居ないだけ。連れ去られてしまっただけ。
 だから、少女の耳にその曲は届かない。

 彼女は曲を聴き、聞き流し、ただ拳を固める。
 固く固く、強く強く、それが、まるで少女のちっぽけな身体に秘めた意志そのものだというかのように。

 リディアの隣に佇んでいたフライヤはそれに気が付く。
 なにか声をかけようとして―――結局、なにも声をかけない。
 代わりに空を見上げた。
 ギルバートの竪琴の調べにのって、空へと昇っていく魂たちが見えるかも知れないと、そんな幻想にとらわれたからだ。

 空は、ただ青く。
 ぼんやりとした白い雲が浮かび、流れているだけ。

 ギルバートの鎮魂曲―――葬送曲は、もうしばらく続きそうだった。

 

 

 

 

「・・・間抜けといえば間抜けだな」

 リックモッドは牢屋の中で毒づいた。
 分かり切っていることだが、ファブールの牢屋の中だった。
 ファブールの牢番というのは、どうやら几帳面だか潔癖性の性格らしく、リックモッドのブチ込まれた牢室の中は、清潔で掃除が行き届いていた。窓一つ無いために薄暗いが、壁に添え付けられた松明には赤々と炎が燃え上がり、牢室の中を明るく照らす。

 ・・・バロンの牢室と比べて、随分と大違いだ。

「うっせーな! ・・・ったく、目ぇ覚ましたら牢屋の中だったんだ。どうしようもねえだろ!」

 リックモッドの隣の牢室で、ギルガメッシュがぶつくさと呟く。
 ・・・つまり、どういうわけかファブールの牢室に、バロン軍陸兵団の軍団長と、部隊長が入れられているのである。
 ギルガメッシュは、セシル=ゼムスの攻撃で気絶したまま戦争が終わり、そのまま捕獲。
 リックモッドに至っては、ゴルベーザの闇の束縛のとばっちりを受け、身動き取れないところをそのまま捕獲。

 どっちにしろ、間抜けなはなしであるのは間違いなかった。

 牢屋の中には、同じ理由で捕虜となった陸兵団の面子が居る。
 ギルガメッシュとリックモッドも体格がよいが、他の面々もそれに負けず劣らず。
 それが、牢屋の中に押し込まれているのだ。
 もう、ぎゅうぎゅう詰めで、暑苦しくて、臭くて溜まらない!

「うをー! なんとかしろリーック!」
「リックモッドと呼べ! 人の名前を勝手に略すな縮めるな」
「ああああ・・・なんで俺様牢屋なんかにー! 俺が一体何をしたーッ!」

 戦争だろ。
 絶叫するギルガメッシュに、リックモッドは胸中で呟いた―――

 

 


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