第8章「ファブール城攻防戦」
AC.「かつてのいつも」
main
character:カイン=ハイウィンド
location:ファブール城・クリスタルルーム
ローザの目の前でカイン=ハイウィンドが震えている。
セシル=ハーヴィという恐怖に対して震えていた。ローザの背中の方からは、戦闘の音が聞こえてくる。
セシルと、セリス、レオのガストラのに将軍が戦っている音だ。
が、そんなことはローザにとってはどうでも良いことだった。誰がセシルと戦おうと関係ない。
ローザは直感していた。あのセシル=ハービィを止めるには、他の誰にも出来ないと。
自分たち以外の誰にもそんなことは出来ないと、確信していた。言い直そう。自分とカインの二人なら、絶対にセシル=ハービィを止められる!
「カイン・・・」
けれどローザは戸惑っていた。
目の前のカインに。
カイン=ハイウィンドは恐怖に震えていた―――そんなカインは初めてだったから、どう声をかけて良いかローザには解らない。
だから、ローザは悩んで。彼にかける言葉を、彼を立ち直らせる言葉を、自分でも珍しいと思うくらいに悩んで、考えて、そして結局――――――思いつかなかった。
「カイン!」
ローザはカインを勇気づける魔法の言葉を思いつくことは出来なかった。
だから、仕方なくカインの肩を両手で掴み、カインの目を真っ正面から見て――― “事実” だけを言うことにした。「カイン。いい、よく聞いて? カインは今、セシルのことを恐れてるのよね? でも、それは間違いよ? 大間違い。どれくらいの間違いかというと、そうね、セシルだと思って後ろから抱きついたら実はシドだったってくらいの大間違いなのよ! なんかそれってすんごい大間違いって感じよね。そうに違いないわ。・・・ああ、でも勘違いしないでね。私はそんな間違いはしたこと無いわ。だって大間違いですもの。とゆーか、セシルを他の誰かと間違えるなんて、絶対にあり得ないわッ。例え、間違えちゃったとしても、それはきっと私が間違ってるんじゃなくて、セシルの方が間違っちゃってるのよ―――・・・って、あら? 何の話をしてたんだっけ」
ローザは、あら? と首をかしげる。
が、やがてポン、と手を打った。「そうそう。カインが間違ってるって話なのよ。いい? カイン。セシルを恐れるのはすごく間違ってるのよ。だって、そうでしょう?」
ローザは至極、真剣な表情で続けた。
「「―――だって、あれはセシル=ハービィだもの。だったら、なにも恐れる必要はないでしょう?」」
誰かの声と重なった。
そのことにきょとんとして、ローザは後ろを振り返る。
見ると、セリスが水晶の剣を手にして、笑ってこちらを見ていた。初めて見るような気がするセリスの笑顔―――そう言えば、ローザはセリスの怒った表情しか見たことがないような気がした。だから、セリス=シェールという女性は、怒ることしかできないんじゃないかと思っていたが。(笑うことも、出来るんだ・・・)
なんとなくそんなことを思って、セリスの笑みを観察する。
普段は端整な顔立ちで、きりりっと引き締まっているが、笑うと少し愛嬌が出る。可愛い笑顔、と思ってはっとする。(こ、これって超強いライバル出現!?)
「カ、カイン。なんだかとってもぴんちよっ! 早く早く立ち上がりなさいッ。とゆーか戦えカイン私のためにーッ!」
焦ってカインの腕を両手で掴み、立ち上がらせようとするが、カインは動かない。
「カイン!」
「無理だ・・・」
「何がよっ!?」
「あれは・・・人間が太刀打ちできるものじゃない。あれは・・・人間じゃない・・・!」怯えている―――・・・
あの気高き騎士であるカイン=ハイウィンドが怯えている。
例えば、相手がただの化け物だったなら、カインはここまで恐怖を感じなかっただろう。だが、なまじ良く知る相手だったから、今までの印象とのギャップに、過剰に反応してしまっているのかもしれない。なんにせよ、カイン=ハイウィンドはセシル=ハービィを恐れている。
カインを立ち直らせるには、その恐怖を克服させるしかないが―――それは短時間でできることじゃない。背後で再び戦闘音。
セリスがステップを踏む音。セシルの剣が空を切る音。セリスの剣が、魔法がセシルのダークフォースに受け止められる音無き気配。
それらを、ローザは完全に無視して頭を抱える。「ああっ、もうっ!」
ローザは苛立ち混じりに叫んだ。
「いいこと! カイン=ハイウィンド! まず始めに言っておくけど、私は何度でもいうからね。貴方が解ってくれるまで、何度でも同じ事を繰り返すわ!」
そう、前置きしておいて。
「いい? あれはセシル=ハービィよ? 確かになんかいまはすっごく化け物っぽい力で大暴走しているけれど、セシル=ハービィなのよ? 例え人間じゃなくて、悪魔や神様なんかよりも強くって、人間じゃ歯がたたないよーな人外魔境かもしれないけれどもセシル=ハービィよ、あれは。だったら、私達がどーにかできない理屈はないでしょう! ―――いえ、私達以外の誰にもどーにもできないわっ!」
「それこそ、理屈になって無いと思うが・・・」
「理屈なんて関係ないわ!」
「・・・さきに理屈と言ってきたのはお前だろう・・・?」
「忘れたわ、そんなこと!」
「おい・・・」と、カインは呆れたように苦笑。
そういえば懐かしく感じる。このやりとり。
ローザがセシルを追って、バロンを出奔して以来だった。
それまでは、自分とセシルを相手に、彼女はいつもいつも馬鹿なことを繰り返していた―――・・・(いつも、か・・・)
なんとなくふと思う。
カインにとっては “かつて” のいつもの話だ。
だが、ローザとセシルにとっては、未だに続いているいつもなのだろう。何故ならば、当たり前だった “いつも” から、変わってしまったのはカインだけだからだ。
セシルは変わらず己の正しいと思ったこと―――正義、ではない。セシル=ハービィという男は正義という言葉を使ったことはなく、これはカインの私見だが、セシルは正義という言葉が好きではないのかも知れない―――を選択し続けてここにいるのだろうし、ローザも相変わらずそんなセシルを追いかけ回してこんな所に居る。
カイン=ハイウィンドだけが違う。
セシルを裏切り、ゴルベーザについて、そしてここに居る。思い返す。
それはずっと幼い子供の頃の話だ。
いつのまにかカインの知らないところでセシルとローザが仲良くなって、いつもセシルと二人でつるんでいたところにローザが割り込んできて、三人で一緒に行動するのが、いつの間にか “いつも” の “当たり前” となって・・・ローザはいつもトラブルメーカーだった。
例えばセシルが親のないことを馬鹿にしたと、同年代の子供にケンカを売って、そんなローザを庇うためにセシルが殴られて、それをカインがケンカの相手を引き受けていじめっ子たちを撃退した。
事を起こすのがローザで、それを仲裁しようとするのがセシル。結局、事件を治めるのがカインの役目だった。事件を起こすと言っても、ローザは無差別に事件を引き起こすわけではない。
全て、セシルの為だった。
セシルを虐める子供たちに逆襲しようとしたり、セシルがお金が無くてパンを買う金がないといえば、カインの家のキッチンを借りて(ローザの母親はセシルの様な汚らしい子供を家に上げるのを嫌がった)料理を作ろうとして何故か大爆発させたり、セシルが市民学校の試験で優秀な成績を治めたと聞けば、バロン中に宣伝して回ったり―――・・・(本当に、こいつはセシルセシルでロクでもないことをしているんだな)
三人一緒に、が当たり前だった頃があった。
そのことを、カインは思い出す。「・・・そうだな」
ふっ、と笑う。ローザの方を見て。
「いつも、お前がセシルを助けようと馬鹿やって、そのフォローをするのが俺の役目だったな?」
「・・・馬鹿・・・って。もしかしてカイン、私のこと馬鹿にしてる?」
「よく解ったな。賢いぞ」
「ふっ。任せなさい! これでも大学に行ってた頃は “ファレル家の神童” と呼ばれていたんだから」
「・・・それはそれで、なんか納得できない通称だが」肩を竦め、カインは立ち上がった。
―――不思議なことに、先程まで強く感じていた恐怖はない。
というか、どうしてあれほどの恐怖を感じていたのかが不思議だった。(ローザの言うとおりだ)
と、カインはセシルの方を見る。
セシルはセリスと剣を重ねていた。さきほどと同じく互角の戦い。
セシルの剣は、完全にセリスに見切られて、セリスの剣はセシルへと届かない。セシルの髪は黒く染まっていた。闇の力の影響だろうか。その瞳まで黒い。
表情も、普段のセシルとは違っていた。いつもの見るモノを安心させるような微笑みはそこにない―――あるのは、凝り固まった無機質な怒りの表情。セシル=ハービィは怒りを感じていた。
この現状に。こんなくだらない戦争を引き起こしたゴルベーザに。そして、なによりも。
全ての原因となった、クリスタルと呼ばれる石に対して。それが、今のカインにはよく解る。
だからこそ、セシルはクリスタルを破壊しようとした。ということは、クリスタルを破壊してしまえば、セシルの怒りも収まって元に戻るかもしれない―――(―――というのは甘いか)
自分の考えに苦笑して、カインは槍を構える。
愛用の銀の槍。
愛竜アベル、それからセシル=ハービィと並ぶ、カインの三つ目の相棒だ。「ローザ」
「なに?」
「俺たちなら、セシルを止められるんだよな?」
「当たり前でしょ」迷い無く。確信を秘めて応えてくるローザにカインは笑った。
「その言葉、俺も信じよう」
疲労が濃いことをセリスは自覚していた。
ステップを踏むたびに、足から力が抜けていく。剣を振るうたびに、握力が弱くなっていくのがはっきりと解った。(やはり、賭けなんてすべきじゃないわね!)
先程の賭け―――レオとの合体攻撃の疲労がきつい。
決して安物ではない自分の剣が砕けてしまうほどの打撃力だ。当然、それを放ったセリスの身体にもそれなりのダメージがある。特に、剣を握っていた手と、全体重をこめて踏み込んだ足のダメージが多い。
加えて、その一撃も結局、セシルには殆ど通じなかったという事実も、セリスを精神的に追いつめていた。(これは、本気でまずいわね・・・)
セシルの剣を、剣で受けず―――剣で受ければ、それだけ握力の消耗が激しくなる―――身体ごと避ける。避けながら、ちらりと背後を見るが、レオ=クリストフも他の皆も、逃げようともしない。
それだけ、セシル=ハービィの恐怖に縛られているのだろうか。それとも、セリス一人残して逃げることに気が咎めたのか―――などと考えていると、セリスは足を踏み外した。疲労が、足を踏み外させた。「・・・え」
と、思ったときにはすでに遅い。
セリスは足を滑らせて、その場に尻餅を突く。「しまっ・・・」
「セリス将軍!」レオの声に、反射的に顔を上げると、目の前にセシルが居た。
暗黒剣の切っ先をこちらに向け、とどめを刺そうと―――「―――ッ」
したところで、セシルは身体ごと後ろに跳んで下がった。
その直後、槍がセリスの目の前―――セシルのいた場所に突きたたる。「・・・危ないところだったな、お嬢さん」
「カイン=ハイウィンド!」カインはセリスの隣にたち、床にたった自分の槍を抜きながら、セリスに手を貸して立たせてやる。
「さて、ここまで戦って貰って悪いと思うが―――お嬢さんには引っ込んでいて貰おうか」
「それはとっても有り難いわね。馴れないダンスを踊ったせいで、もうクタクタなのよ」お? と怪訝そうにカインがセリスを見返す。
彼女はやんわりと笑って、何も言わずに後ろへと下がった。(変わったか? 彼女)
カインが知っている―――さっきまでのセリス=シェールは、もう少しトゲトゲしていたような気がしたが。
まあいい、とカインは余計なことを頭から追い出すと、セシルを睨み付けた。「セシル! ・・・この馬鹿げた戦いにケリをつけるぞ!」
カインが良く通る、意気のこもった―――普段のカインの声で、宣言する。
だが、セシルはカインを見ていない。
相変わらず、自分の目の前に立ちふさがる障害としか見えていない。ダークフォースの暴走で、半ば狂戦士と化してしまったのが今のセシルだった。「・・・こんなものがなければ・・・クリスタルなんて―――邪魔をするならぁッ!」
叫ぶ。
それと同時にセシルがカインに向かって突進してくる。
カインはその突進力を上回る跳躍力で横へと避ける。対象が横へと逃げて、セシルは動きを止めて、カインの方へと向き直る―――その時には、すでに着地していたカインは間髪入れずに天井に向かって跳び上がった。天井すれすれまで跳び上がり、目標―――セシルを見下ろす。「・・・・・・」
と、セシルは無言でカインへ向かって暗黒剣の切っ先を掲げて向けた。
その切っ先に集まる闇の光―――ぞわっと、背筋を走る悪寒に、カインはセシルが何をやる気なのか理解する。(ダークフォースを放つ気か!)
カインの予測通り。
セシルは剣の切っ先に収縮させたダークフォースを、カインへ向かって解き放つ。
その時には、カインは天井へと足をつけていた。そのまま別の場所に向かって蹴れば、とりあえず迫ってくるダークフォースを回避することはできる―――が。(恐れることは、なにもない!)
カインは敢えて、セシルに向かって―――つまり、ダークフォースへ向かって急降下を仕掛ける!
槍をダークフォースへと突き出し、そして、「うおああああああああああああああああああああああああっ!」
吠える。
その瞬間、カインの身体を青い闘気が纏い、その青い気はカインの腕を辿って銀の槍まで覆う。
ドラゴンフォース―――竜気と呼ばれる、竜騎士独特の力だ。竜の背に乗り、竜と心を深く通わせた竜騎士は、竜と同調してその体内を巡る生命力の力を得る事がある。それが竜気と呼ばれるモノであり、その竜気が濃くなればなるほど人間よりも竜へと近い存在になっていく。
その中にはドラグナーと呼ばれる、人の身でありながら竜族が得意とする “ブレス” を口から吐く者もいれば、人の姿を捨てて完全に竜へと変化してしまうものも居る。カインは竜気を纏ったままセシルのダークフォースと激突した。
青と黒。
二つの力はぶつかり合い、混ざり合い、反発し合って空中で拮抗する。
明らかにセシルのダークフォースの方が勢いは強いが、天井から加速した分、カインの竜気も互角に押し合っている―――が、やがて。「く・・・そぉっ!?」
ダークフォースが完全に押す。
カインの竜気が飛び散り、ダークフォースに飲み込まれ、カインの身体はクリスタルルームの天井へと叩付けられ、そのまま床へと落ちていく。「『レビテト』」
とっさにセリスの浮遊魔法が飛び、カインの身体は重力の束縛を無視して、ふわりふわりとゆっくりと床に降り立った。
カインは「大丈夫か?」と尋ねてくるセリスを一瞥して、「・・・余計なことを」
「礼くらいは言って貰いたいわね」
「アリガトウ」
「・・・ぎこちない」まあ、いいか、とセリスは肩を竦めて。
「セシル!」
声に振り返る。
と、いつの間にかローザが、セシルのすぐ目の前まで接近していた。「―――あいつ、何時の間に!」
「俺に気を取られていた間に、だ」驚くセリスに、カインが淡々と応える。
それから、その場に腰を下ろして―――「・・・あとはローザが何とかする」
「どうやって?」なんとなく、想像はついたが、セリスは一応聞いてみた。
カインは仏頂面で口をつぐんで、なにも言わない。
だから、代わりにセリスが言った。「愛の力で?」
「よく解っているじゃないか―――ああ、それよりも礼を言うから回復魔法をかけてくれ。天井に叩付けられたのがかなり効いている」
「―――今更確認するまでもないことだけれど。貴方って、至極ムカつくわ」ぶつぶつと呟きながら、セリスはカインに癒しの魔法をかけた。
「セシル! お願い、いつものセシルに戻って!」
ローザがセシルに向かって呼びかける。
だが、セシルは相変わらず変わらない。目の前のものをローザと見て居らず、ただ自分の邪魔をする存在としか目に映していない。「邪魔を・・・するな―――」
セシルがゆっくりと、目の前のローザに向かって剣を振りかざす。
それを、ローザは悲しそうな瞳で見つめ―――・・・「そう・・・私の声も届かないの・・・? だったら、もう―――」
顔をうつむかせ、ローザは力なく項垂れた。
そこへ向かってセシルは振り上げた剣を振り下ろそうと―――「だったら、もう、私の愛の白魔法で癒すしかッ!」
その言葉で。
何故か一瞬だけ、セシルの動きが止まった。
―――少なくとも、その場に居る、ローザの魔法の凶悪さを知る者たちは、動きを止めたように感じられた。ローザが顔を上げる。
その目が炎に燃えていた。なんかもーかなりやる気マンマンと言った状態だ。
普段のセシルならその瞳に燃える炎を見た瞬間に、自分の全身全霊をかけてローザを宥めようとしただろう。だが、今のセシルは普通の状態じゃなかった。だから、当然、ローザを止めようともせずに、ただ剣を振り下ろす!暗黒剣は、正確にローザの頭の上から足下までを両断した。
ローザの、残像を。
『ブリンク』―――魔法の残像を生み出して、敵の攻撃を回避する白魔法だ。分身魔法で稼いだ時間を使って、ローザは必殺の白魔法を唱え上げる!
「 “闇に束縛されし、誰よりも何よりも愛しき彼の者へ聖なる光の癒しを―――” 」
そして魔法は完結する。
「『ケアルガ』!」
完結した魔法は、白い光となってセシルの身体をダークフォースほど包み込み―――
「ぐぁあああああああああッ!?」
セシルは悲鳴を上げて、その場にがくりと片膝を突いた。
それを見て、ローザが「きゃあ」と歓声を上げる。「通じたわ! これが愛の奇跡と言うヤツね!」
嬉しそうに飛び跳ねるローザの姿を眺め、セリスは呆然と。
「・・・というか、こうまであっさりとダメージを与えるなんて―――今までの私達の苦労は何だったのかしら」
「さっき、俺はセシルのことを恐ろしいと感じた―――が。今は、あいつの方が恐ろしいと感じているんだが」カインも呆然とした声で呟く。
そんな二人に見守られて、ローザはさらに次々と魔法を放っていく!「セシル! 私の愛で真人間になりなさーいッ!」
色々と色々な意味で間違っている言葉を叫びながら、ローザの回復魔法が次々にセシルへと炸裂する。
その度に、セシルは悲鳴を上げて、悶え苦しみ膝を突く。―――まるで、ローザが人間に苦痛を与えることで快楽を得る、悪魔の類に見えた―――
後日、カイン=ハイウィンドは、その時の情景をそう語っている。
「それじゃっ、行くわよッ。とどめの―――」
「く、うううっ」もはや四つんばいになり、立ち上がる力も無さそうなセシルへ、ローザは気合いの込めた必殺の一撃を見舞おうとしていた。
「『ケアルガ』ーッ!」
とどめの一撃。
ローザの必殺の回復魔法。その白い光がセシルの身体を包み込んで―――「う、おおおおおおおおおおおおおッ!」
刹那、セシルが吠える。
それと同時に膨れあがる、セシルのダークフォース。
黒い、セシルのダークフォースはローザの白魔法の光を飲み込むと、消滅させる。「え?」
突然のどんでん返しに、ローザはきょとんとその場に立ちつくす。
と、そんな彼女へ、セシルの放ったダークフォースの刃が飛んだ!「ローザ!」
カインが叫ぶ。だが間に合わない。
ローザはあっさりと闇の刃に打ち倒されると、カインたちの元まで吹っ飛ぶ。「う・・・く・・・」
「ローザ!」カインがローザの身体をのぞき込むと、腹部が白いローブごと闇の刃によってすっぱりと斬られていた。
どくどくと傷口からは血があふれ出し、白いローブを赤いローブに染め上げていく。斬り口から血とは別にかいま見えているのは内蔵だろうか。手当の意味がないほど、致命的な一撃だった。「どいてっ!」
セリスが乱暴にカインを押しのけて、ローザの腹部に手を添えて回復魔法をかける。
一度目の魔法で血が止まり、二度目の魔法で傷口がふさがった―――だが、ローザが目を覚まさない。「ローザ・・・!」
「大丈夫。一応、死にはしないわ―――この場を生き延びられればの話だけど」そう言って、セリスはセシルの方を見る。
見れば、セシルの身体から黒いダークフォースが吹き出ていて、それはセシルの身体を隠してしまうほどだった。
しかも、闇はセシルの足下から床を伝わってクリスタルルームを浸食し始めている。聖別されたクリスタルルームが、謁見の広間と同じように、闇に染まるのは時間の問題だった。突然のセシルのさらなる変貌に、その場の誰もが困惑していた。
「な、いきなりなにが―――」
「覚醒した・・・」カインの呟きに応えたのはゴルベーザだった。
その場の全員の視線がゴルベーザへ集まる。「先程までセシルは自分のダークフォースを完全に扱うことが出来なかった。あまりにも強大すぎて、自分自身でももてあましていた―――が、その女が追いつめたせいで、土壇場で力を使いこなせるようになったのだろう―――窮鼠、というやつだな」
「・・・ネズミと呼ぶには、随分凶悪だ」言って、カインは銀の槍を手に構える。
さきほどまでのダメージはセリスに癒して貰った―――完全にダメージが抜けたわけではないが、それでも十分動く。「なら、今度はこっちの方がネズミというわけね」
セリスも、レオのクリスタルソードを手に、セリスに向かって構えた。
その様子を見て、ゴルベーザが嘲笑する。「なにをする気だ」
「見たままだ」カインが簡潔に応える。
「馬鹿な! 戦うつもりか! 勝ち目など無い―――カイン、ここは退くべきだ―――・・・」
「・・・同意するのはくやしいけれど同感です。あれは、もうセシルじゃない・・・」ゴルベーザの言葉にギルバートも頷く。
だが、カインは首を振った。「あれは、セシル=ハービィだ」
断言する。
セリスも頷いて。「レオ、お願い。そこの馬鹿娘を連れて逃げて」
「セリス将軍!」
「正直、私達じゃアレを止める事なんてできやしない―――けど、足止めくらいなら出来る。・・・あのセシル=ハービィをなんとかできるのは、そこで寝てる馬鹿女だけだから―――愛の力とやらがあれば、自分はなんだってできるって信じてるローザ=ファレルっていう馬鹿者だけだから―――お願い!」
「・・・・・いかんッ。セリス!」不意にレオが叫ぶ。
振り返る―――と、セシルがこちらに暗黒剣を向け、冗談みたいに膨れあがったダークフォースを解き放つところだった―――
「バッツお兄ちゃん!」
どれだけ走っただろう。
ずっと変わらない、似たような景色の続く城の廊下を走り続け、リディアはようやくバッツの姿を見つけた。「お兄ちゃん、しっかりして!」
リディアはバッツの身体をゆすり、意識がないということがわかると、回復魔法を唱え始めた。
その魔法が完結する頃、フライヤが追いつく。「『ケアル』」
「う・・・」リディアの魔法に、バッツの意識が目覚める。
「ここは・・・俺・・・生きて・・・・・・?」
「お兄ちゃん! ・・・良かった・・・・良かったよぅ・・・」
「あれ。リディア・・・? なんでこんな所に―――」
「まあ、なんにせよ無事で良かったのう―――さて、これからどうするか―――」
「フライヤ・・・? 俺は―――」ぼんやりと。
バッツの意識がはっきりとしていく。
それにしたがって、おぼろげだった記憶も徐々に思い出していく。「そうか・・・俺はレオ=クリストフと戦って・・・負けたのか」
負けたことに悔しさは、無かった。
ただ、自分自身に対してとてつもなく憤りを感じる。(結局、俺はなにも解っちゃいない。戦いへの覚悟もない―――けれどっ、人を殺せるヤツが強いなんて、思ってたまるかッ!)
「お兄ちゃん・・・どうしたの? すごく怖いお顔してる―――・・・」
「・・・あ、悪い」少し怯えた表情を見せたリディアに、バッツは小さく謝って安心させるように笑う―――が、あまり効果はなかったようだ。
「・・・そういえば、セシルたちは? どうしたんだ? ―――いや、それよりも戦争は終わったのか?」
バッツの問いに、フライヤは渋い顔をする。
その表情を読んで、バッツは息を呑んだ。「おい・・・まさか―――」
「ああ、いや、大丈夫じゃ。セシルたちもまだ生きてはいる。じゃが―――どうにも妙なことになっておってな」
「なんだよ妙な事って―――ちっ。とにかくここでこうしちゃいられねえ!」
「駄目ぇっ!」言うなり、バッツは立ち上がり―――かけたところを、リディアに止められる。
「駄目。駄目だよ。お兄ちゃんは怪我人なんだから、動いちゃ駄目!」
「お、おい、リディア・・・?」
「お願いだから動かないで。何処にも行かないで。リディアを・・・一人にしないでぇっ!」
「リディア・・・?」少しいつもと違うリディアの様子に、バッツは困惑し―――
―――おい。お前。なにンなところでぼやぼやしてやがるッ!
「・・・・・・え?」
いきなり、聞き覚えの無い声が脳裏に響き渡る。
きょろきょろと周囲を見回すが、辺りにはバッツにすがって泣きじゃくるリディアと、顔をしかめたフライヤしかいない。
空耳か、と思っていると。
―――寝ぼけてンじゃねえぞコラ。てめえのお仲間と、クリスタルがやべえんだ! いや、てめえの仲間なんぞどうでも良いんだが。
「な、なんだ・・・この声・・・!?」
聞き覚えの無い声だった。
それでいて、懐かしく思える声。バッツの様子がおかしいと気が付いたのだろう。
リディアは泣くのをやめて、顔を上げ、バッツの顔を見る。「どうしたの、バッツお兄ちゃん・・・?」
「いや、俺にもよくわかんねえんだけど・・・空耳が」
―――・・・あのなあ。こっちも時間が限られてるんだよッ。
(な、なんだ・・・?)
―――ああもう。こうなったら仕方ねえッ。てめえの身体、借りるぞッ。
その言葉を聞いたとき、バッツがイヤな予感を感じた。
感じた瞬間、後頭部を何かでゴッツーン! と鈍器で殴られたような衝撃を感じた。(予感的中―――)
などと思いながら、バッツの意識は再び闇に沈んでいった―――