第8章「ファブール城攻防戦」
AB.「セリス=シェール」
main
character:セリス=シェール
location:ファブール城・クリスタルルーム
―――カインの槍はセシルへと届かなかった。
「ぐっ・・・」
先程、セシルがゼムスへと転じた直後と同じ。
カインの槍は、セシルのダークフォースによって阻まれていた。
ただし、先とは決定的に違うことがある。今、カインの槍を受け止めているセシルのダークフォースの方が、圧倒的に強いと言うことだ。
「動かん・・・ッ!?」
その証拠に、カインは槍を引こうとしているが、槍の先端が見えざる力―――ダークフォースにしっかりと捕まれているために、押すことも引くことも適わない。
そうこうしているうちに、セシルはゴルベーザの呪縛を容易く振り切って、カインの方へと向き直る。「邪魔を・・・するな」
ぽそり、と呟いて、セシルは虫でも払うかのような仕草で、カインに向かって手を翻す。
途端、カインの身体は木の葉のように舞い、ゴルベーザを巻き込んでギルバートたちの所まで吹っ飛んだ。「ぐぁっ!?」
「カイン!?」ローザが自分の幼馴染を助け起こそうとする。
と、その手を持って、ローザは一瞬、信じられないものを見るかのようにカインを見た。
カインの手は、震えていた。「カイン・・・貴方・・・」
正直、ローザは信じたくなかった。
カインが震え、怯えているなどと。
強い肉体と強い意志。その二つを兼ね揃えたのがカイン=ハイウィンドであると、セシルはいつも言っていた。
ローザも同感だった。
セシルよりもずっと付き合いの長いローザは、この普段は無愛想な幼馴染が、何かに怯えたり、或いは泣きわめいたりするのを見たことがない。―――それは、カインの父であり、元竜騎士団長であるアーク=ハイウィンドが、行方不明になったときもそうだった。・・・いや。
(思えば、あの時からカインはずっと強くあろうとしたのよね)
カインにも恐れるものはあっただろう。恐怖を感じたこともあっただろう。泣きたいときだってあったに違いない。
それでもローザの記憶にあるカイン=ハイウィンドはいつもクールであり、自分やセシルと一緒にいるときだけ、ちょっとだけ笑ったり冗談を口にしたり―――けれど、恐怖や哀しみを表に出したことは一度もない。「カイン・・・しっかりしなさい、カイン!」
「ローザ、か・・・セシルが―――」
「どうしたの。セシルが、どうしたっていうの・・・?」
「・・・・怖いんだ」絶対に聞きたくない言葉だった。
「あいつが、解らない・・・あいつは、何者なんだ・・・!? ずっと昔からあいつのことを知っているつもりだった。だが、あいつは俺たちが思っていたモノとは違う―――」
「カイン・・・」
「あれは、人間なのか―――!?」
「カイン!」
「―――来るぞ!」セリスが叫んで剣を抜く。
ローザが顔を上げると、セシルがゆっくりとこちらに歩いてくるところだった。
ひっ、とローザの腕の下でカインが引きつった悲鳴を上げる。
迫り来るセシル=ハービィという恐怖に対して、その場の誰もが動けずに、硬直する―――ただ一人を除いて。「しばらく見ないうちに―――変わったものだ、セシル=ハーヴィ」
セリスもまたセシルへと向かって歩みを進める。
ただ一人、彼女だけが恐怖に縛られずに行動した。
セシル=ハーヴィと戦うために!「―――邪魔をするなら・・・全て滅す」
セシルは歩みを止める。前に出たセリスとの距離は、丁度歩数にして7、8歩分。
デスブリンガーを肩の位置まで持ち上げ、刃を水平に。
いつもの、ダークフォースを解き放つときの構えだ。「させるか! ―――『ヘイスト』」
セリスが己に加速の魔法をかけて、セシルに向かって駆け出す。
走っても、普通なら4、5歩は掛かる距離だ。セシルの行動の方が速い―――が、加速されたセリスの足は、瞬く間にセシルの眼前へと到達する。「はっ!」
気合い一閃。
セリスはセシルの胴を狙って剣で凪ぐ。
それを、セシルは剣で受け止める。―――金属音はしなかった。
セリスの刃は、セシルの持つデスブリンガーに受け止められていたが、直接鋼同士がぶつかり合ったわけではない。
デスブリンガーの表面に、薄く、それでいて濃密なダークフォースの膜が帯びていて、刃まで届いていない。「・・・!」
「邪魔をするな・・・」セシルが低く呟く。
反射的にセリスはその目を見た。
セシルの黒く変化した瞳と、セリスの青い瞳。その二つが交差し、交わった瞬間にセリスは悟った。(分かり切っていたことではあるが―――正気じゃない)
セシルの瞳には、セリス=シェールは映っていなかった。
ただ、己の邪魔をする存在が写っているだけ。「るぅおおおおおおおおあっ!」
セシルが吠えた。
その吠え声と連動して、デスブリンガーを覆うダークフォースが膨張する。それは黒く漆黒に輝いて―――・・・「ぐぅっ!?」
セリスは直感的に身を引いた。
加速魔法の効果はまだ残っている。ほんの数瞬で、セリスはさっきと同じくらいの間合いを取った。
だが、構わずにセシルは全力で剣を振るう。セリスの剣を受け止めた形から、横へ。
絶対に届かない距離のはずだった。
にも拘わらず、セリスは剣を縦のようにして構え、防御態勢を取る。そして、その判断は正しかった。
セシルの振るった剣から、闇の衝撃力が放たれる。
セリスの剣はその衝撃波を受け止め―――しかし、受け止めきれずに、セリスは後方へとよろめいた。その背中を、誰かが受け止める。「大丈夫か、セリス将軍・・・!」
「レオ・・・将軍?」セリスを受け止めたのはレオ=クリストフだった。
いつの間にか、闇の中を越えてきたらしい。「・・・事情は、だいたいの所はファブールの兵から聞いた」
レオはそう言って、首を横に振る。
「だが、何が起きているのか―――起きてしまったのか、よく解らん。ただ一つ解っているのは―――」
レオはセシルの方を見る。
闇の最強剣を手に提げた、黒髪のセシルを。「あのセシル=ハーヴィは、今、何よりも危険な存在で、何よりも優先させて倒さなければならない敵だと言うことだ」
「それが解っていれば、問題ない」セリスはそう言って、レオの身体から離れる。
剣を構え直し、気を張りつめて。「喜べ、レオ=クリストフ。アレは間違いなく化け物だ。人のカタチをした人ではないモノと言う意味でな」
「セリス=シェールがそう言うのならば、それは事実なのだろう―――喜べるかどうかは解らんが」レオもクリスタルの剣を抜く。
その剣は、血で汚れていて、普段のような透明な美しさは無かった。
それを見て、セリスはレオより一歩前に出た。「私が前に出る―――レオ将軍は援護を」
「それは・・・」
「今の貴公なら、私でも倒せる―――弱っていると言うことを自覚できていないのなら、私一人でやる」
「・・・確かにな。今の私では足手まといか―――わかった」レオが頷くのを見て、セリスは前に向く。
ヘイストの効果は未だ残っている―――が、その効力をセリスは自ら打ち消した。
魔法で加速された状態では、レオと連携が上手くいかない可能性があるからだ。「―――行くぞ」
セリスは宣言すると、セシル=ハーヴィに向かって駆け出した。
ゴルベーザは身動き一つ出来なかった。
片膝を突いて、立ち上がろうとして立ち上がれない。視線を前に向ければ、ガストラから来た二人の将軍とセシルが戦っている。
セシル=ハーヴィの戦闘力は、それほど高くない。
ガストラの将軍二人どころか、一人にさえ勝てはしないだろう。現に、ミストの村では暗黒剣の無い状態とはいえ、セリス=シェールに完全に抑え込まれていた。
だが、今、ガストラの二将軍は、セシルを相手にして手こずっている。
なにせ、魔法も剣もセシルのダークフォースに阻まれて届かない―――それほど、セシルの身に纏っているダークフォースは濃密で、力が強い。それに比べれば、ゴルベーザの力など砂粒のようなものだった。
こちらにとって幸いなことは、セシル自身も自分の力に戸惑っているのか、その膨大な量のダークフォースを防御に回しているだけで、攻撃には殆ど使っていないと言うことだ。もしも、100%攻撃力へと回せば、この場の全てを塵にすることも可能だろう。「・・・・・これが・・・ゼムス様の求めた力か―――・・・」
小さく呟いたまま、ゴルベーザは恐怖に縛られて、身動き一つすることが出来なかった。
デスブリンガーは焦っていた。
(おのれッ・・・ファルケンの大うつけがッ。誰が暗黒騎士の素質が上じゃと!? レオンをもしのぐ暗黒騎士じゃと!? 良くもそんな戯けたことが言えたモノじゃッ!)
セシルの手の中で、セシル=ハーヴィに思うがままに振り回され、デスブリンガーはかつての主に毒づいた。
(これは・・・こやつはそういうモノではないわッ。よりによって始祖の闇とはな! 世界の始まる前に存在していた孤独な闇―――孤独に耐えきれず、自らの力を割いて “竜” を産み出し、世界を作り出した大いなる哀れな闇―――くぅあああああああああああッ)
セシルが強引にデスブリンガーを振るうたびに、デスブリンガーは声なき悲鳴を上げた。
今のセシルのダークフォースの力は強引すぎる。本来、暗黒騎士はダークフォースの込められた武具を、自らの精神を御して扱う。
自分の精神力で、闇の力を抑え込んだ上で、力の方向性を定め、少しずつ力を解放して使うのだ。
それを一気にフルパワーで扱うときは、精神の “抑え” を無くし、ダークフォースを一気に解放する。そのさい、 “抑え” が無くなったダークフォースは暴走状態になる。力の方向性が完全に定まらず、使い手自身の生命力へと反動が来る―――ダークフォースをフルパワーで扱うとき、生命力を消耗するのはそのためだ。だが、今のセシルはデスブリンガーのダークフォースを、制御することなく使っている。
フルパワーで解放しているのではない。
セシル自身のダークフォースと、デスブリンガーのダークフォースを同調させて、強引にデスブリンガーから力を引き出しているのだ。(気づくべきじゃった! あの小娘の思考からセシル=ハーヴィという思念を読み取った時に! 或いは、こやつの存在を見つけた瞬間、こやつに引っ張られた時にッ! さすればこうも同調されて・・・ああっ、くぅっ・・・良いように扱われることも―――・・・ふ・・・ぐぅっ・・・!)
リディアの視線を読み取り、それをガイドにしてセシルの存在を見つけたとき、セシル=ハーヴィは何者かの支配から逃れようと “力” を求めていた。そこへ丁度、セシルを見つけたデスブリンガーを半ば無意識的に、半ば本能的に求めた。
そしてセシルがデスブリンガーを手にした瞬間、闇の波動の同調が起きた。ダークフォースの共鳴と言い換えても良い。その同調のせいで、まるでなにかの化学反応のように激しく膨れあがったダークフォースは謁見の広間を浸食。闇の空間へと転じた。今居るクリスタルルームが無事なのは、この場が聖別された場所であるからだとデスブリンガーは知っていた。
この空間にあるからこそ、セシルの闇の力が抑えられ、デスブリンガーも自我を保っていられる―――無理矢理に力を引き出され、振り回される苦痛を感じる自我があることを幸運だとは決して思わないが。なんにせよ、セシルは力を求め、そしてデスブリンガーにとってそれは不意打ちだった。同調した瞬間に、セシルは力の主導権を握り、デスブリンガーを支配した。これが不意打ちでなければ、デスブリンガーも抗しようがあっただろう。だが、現状はこの様だった。
(なんたる無様! なんたる失態! 妾ともあろうものがッ。最強の暗黒剣たる妾がッ。始祖たる闇の一欠片より産まれし妾が、同じ闇から産まれたとはいえ、まだ100の年月も生きて居らぬ若造にィッ!)
デスブリンガーは己の歯がゆさに絶叫した。し続けた―――そう、し続けることしかできなかった。
ギルバートは戦いを眺めていた。
セシルとセリス、レオの戦いを。戦いは互角に見えた。
セシルの剣捌きは、セリスに完全に見切られていたし、時折放たれるダークフォースもセリスは見切っていた。
逆に、セリスとレオの攻撃は、セシルに届かない。
すべてセシルの剣に阻まれるか、或いはその防御をくぐり抜けてセシルへ向けられた刃も、魔法もダークフォースに阻まれて届かない。セリスの必殺技であるスピニングエッジも、レオのショックも効果を見せなかった。どちらの攻撃も通じず、戦いは互角に見えた―――が。
(・・・互角じゃない・・・)
ギルバートはそう感じた。
一見互角に見えるが互角じゃない。その理由は―――疲労。
何度やっても届かない攻撃を繰り返し事は、肉体的にも、精神的にも疲労が重なる。セリスの瞳からは未だ力が失われては居ないものの、すでに息を切らしている。レオ=クリストフに至っては、血まみれの剣と鎧を見るに、元からダメージを負っていたらしく、剣にそれほど通じていないギルバートから見ても、動きが鈍いと感じられた。対して、どういうわけかセシルの方は息一つ乱していない―――いや、息をしているのかどうかさえも怪しい。それほど、今のセシルは異常だった。
「セリス将軍! このままでは―――」
「解ってる!」レオの叫びに、苛立った声でセリスが応える。
同時、セシルの踏み込み様に振り下ろしていた剣を、横に半歩身体をずらして回避。さらに同期して、セシルの胴を横凪に斬る! ・・・が、やはりセシルの身体に刃は届かない。「ダークフォースを越えられなければッ!」
歯がみする。
こちらの攻撃は完全に通じない。
向こうの攻撃を、こちらは何とか捌いているが、時間と共に体力は減っていく。いつか手違えて、致命的な一撃を負うことにもなりかねない。(イチか、バチか―――)
セリスは賭けというのが好きではなかった。
特に、生死を賭けた賭け事というのは。
賭けによって戦いの勝ち負けを、命の生死を決めてしまうのは、勝負にしても命にしても無責任だと思うからだ。(決着は、賭けなどというあやふやなモノではなく、人の意志と覚悟で―――と、言っても居られないか)
セリスは己の信念を、今だけは忘れることにした。
レオを振り返り。「レオ将軍! 力を、貸してくれ!」
「セリス将軍―――アレをやるのか? だが・・・」レオはセリスが何を要求しているのかに気づいて逡巡。
その迷いを打ち消すようにセリスが叫んだ。「迷ってる暇はない! このまま続けていても、疲れるだけだ―――時間が経過すれば経つほど勝機が無くなる」
「賭けるしか、ないかッ!」頷き、レオは覚悟を決める。
セリスは微笑み―――そこへ向かってきたセシルの剣撃を、剣で強く打ち払う。「・・・・・!」
強引なパリィに、セシルがバランスを崩す。それを見たセリスは素早くバックステップ。セシルと間合いを取り―――
「いまだ」
「おおッ!」レオが吠え、自分の剣に気を込める。レオの血で赤く染まっていた剣が、真っ白に輝きを放つ―――
「行くぞッ」
レオが剣を振り上げて、振り下ろす―――セリスに向かって。
「ぐぅっ!」
セリスはそれを自分の剣で受け止めた。
レオの水晶の剣と、セリスの鋼の剣。二つの剣が重なり合った瞬間、レオは一撃必倒の衝撃力をセリスの剣に叩き込んだッ!
ショック
「う・・・あああああああああっ!」
セリスが圧倒的な衝撃力を自らの剣に受け止めた。
レオの剣の輝きが、セリスの剣にそのままそっくり移される。白く輝く衝撃力を得た剣を、セリスは両手逆手に持ち直すと、同時に腰をひねって剣を背後へと回す。
剣に秘められたレオの “気” を抑え込みながら、標的を見定める。標的―――セシルはすでに体勢を立て直している。
構わず、セリスは逆手に持った剣を、背中から引き抜くようにしてセシルの右胴へと向けて横凪に振るう。セシルはそれを剣で受け止め様と構える。が。
「『デジョン』」
セリスの身体が、セシルの前から消える。
出現したのはセシルの左真横―――セシルがガードしようと剣を構えたのとは正反対の方向だ。「!?」
突然の時魔法に、セシルはセリスの動きを追うことさえ出来ない。
ガラ空きの胴へと、セリスは必殺の一撃を全力で打ち放つ。「受けろ! これが私達の最強打撃―――!」
スピニングインパルス
魔導強化された腕力に腰の捻りを加え、剣に100%の力を伝達させて打撃するセリスの得意技であるスピニングエッジ。
剣に気を込めて衝撃力と為し、敵に衝撃波を叩付けるレオの必殺技であるショック。
その二つを融合させた、最強の衝撃力と打撃力の相乗攻撃!打撃音―――というよりは破砕音がセシルの腰から盛大に響き、セシルの身体が吹っ飛ぶ。
それを見て、セリスはほぅ・・・っと息を吐いた。
「やった・・・か・・・?」
「セリス将軍!」レオが声を上げる。
そちらを見て、セリスは「ああ」と声を上げた。「助かった、レオ将軍。あのまま打っていたら、セシルの剣に阻まれて威力が半減するところだった―――・・・」
さきほど、時魔法デジョンを使い、セリスの身体をセシルの正面から真横へ移動させたのはセリス自身ではなく、レオだった。セリスにはそんな魔法を使っている余裕はなかった。
「それより―――手応えは?」
「ああ。完璧に決まった。これで駄目なら尻尾を巻いて逃げるしかないな」冗談めかしてセリスは呟き、セシルが吹っ飛んだ方向を見て。
笑った。「はは。逃げるしかないな」
セリスの視線の先では、セシルがあっさりと立ち上がるところだった。
見たところ、セリスの剣が命中した箇所の鎧が砕けているが、セシルの動きを見る限りダメージはほとんど無い。
もはや笑うしかないセリスの見ている前で、セシルはデスブリンガーを肩の位置まで水平に持ち上げる。「ちぃっ!」
笑みを消して、セリスは剣を構える。
刀身を盾にして、セシルのダークフォースを受け止めようと―――したところで、刃が砕けた。
崩れ落ちた刃の欠片を見て、セリスは舌打ちする。イチかバチかの賭けの結果がこれだった。
レオのショックによる衝撃力と、セリスの打撃力。その二つに剣自身が耐えられなかったのだ。以前に一度、同じ連係攻撃をやったことがあるが、その時もこうしてセリスの剣は砕けてしまった。つまり、それほどの威力があるという事なのだが。(これだけの威力―――流石にセシルのダークフォースも貫けたようだが、それだけだ。しかも二度とは使えない)
賭けに負けたのだと、セリスが悟った瞬間、セシルのダークフォースが、その手にした刃の切っ先から解き放たれる!
なすすべもなく、迫る闇の波動をセリスは眺め―――その視界を、レオの身体が遮った。「レオ将軍!」
「来たれ、イージスの盾よ!」セリスを庇うように身体を闇の波動の前に滑り込ませ、腕をかざして叫ぶ。
と、レオの腕に七色の光が円形を模して輝く―――そしてそれは、そのまま巨大な盾となってレオの身体を覆った。ごばぁっ!
闇の波動が盾に激突し、レオはその威力を必死で抑える。
「ぐ・・・くくぅ・・・・・ッ!」
ダークフォースは完全に盾が防いでいる、がその威力に押されるようにしてレオの身体が後方へとよろめく。
それをセリスが後ろから支えた。―――やがて、盾がダークフォースを完全に防ぎきると、再び七色の光となって虚空に消える。
「それがレオ将軍の最強の盾 “イージスの盾” か・・・見るのは初めてだな」
セリスが感心したように呟く。
レオは大きく息をついて。「使うのも久しぶりだ―――・・・」
レオはそう言ってぎこちなく笑おうとして―――失敗し、がくりと身体から力が抜ける。
「レオ将軍!」
その場に倒れかけたレオの身体を、セリスは慌てて支えた。
「くっ・・・どうやら私はここまでのようだな」
レオは支えてくれたセリスの手を押しのけて、自らの力で立つ。
それからセシルの方を見て。「ここは私が食い止める。セリス、貴女はその隙に逃げてくれ!」
その言葉にセリスはむしろ苦笑した。
ぷ、と声に出して笑って、素早くレオの手からクリスタルソードをもぎ取った。「なっ!? セリス、なにを―――」
「いやいやレオ=クリストフ。貴方の口から、私の名前を呼び捨てで呼ばれるというのはどうにも新鮮で楽しいな」
「あ・・・」
「こそばゆくもあり、嬉しくもある―――冥土の土産にはぴったりだ」
「セリス将軍! まさか―――」
「できれば最後まで呼び捨てで言って欲しいわ」
「茶化すな! もしや死ぬつもりではあるまいな―――いいや、言わずとも解る! だが、それは私の役目―――」
「レオ。貴方では足止めにもならない。―――貴方だけじゃない、セシル=ハーヴィを恐ろしいと思うのなら、誰にも彼には勝てない」くす、とセリスは笑って、クリスタルソードを軽く振るう。
いつもセリスが使っている剣よりも大きい―――が、重さはさほど変わりない。重心の違いに馴れれば、それほど使いにくいと言うこともなさそうだ。笑うセリスとは対照的に、愕然とした表情でレオは言う。
「恐ろしい・・・? ああ、そうだ。私は今、初めて恐怖というモノを感じている。セシル=ハーヴィという化け物の恐怖を―――君は恐怖を感じないのか? あの存在に・・・!」
レオ=クリストフの愕然とした表情など、そうそう見れるモノではない。
そんなことをセリスは面白く思った。セリスはセシルを指して化け物と呼び、そしてレオに喜べと言った。
だが、レオは喜べそうに無い。レオ=クリストフが求める好敵手というのは、あくまでも人間の範囲の話だ。そして、今のセシル=ハーヴィは人ではない。人外の、闇の化け物だ。人間の太刀打ちできる相手ではない。だというのに、セリスは笑っていた。
セシルという化け物に対して恐怖を感じていないようだった。―――それがレオには信じがたいことだった。「アレが化け物というのは同感。でも、怖いかと聞かれれば―――どうかしらね」
先程からセリスの口調が、雰囲気が変わっていた。
そのことにセリス自身が戸惑う。
だが、疑問には思わない。はっきりと自覚する。今の自分はガストラ帝国のセリス将軍ではなく―――(私はセリス=シェールだ。帝国もバロンもクリスタルも関係ない―――)
あの時と同じ気分だった。
ミストの村の帰り、本来は捕縛するべきミストを見逃したときと同じ。軍人としてのセリスは、さっさと逃げろと命令している。
けれど、セリス=シェールは戦うことを決意していた。
あの時のセリスは、困惑しながら結局ミストを見逃した―――けれど、今ははっきりとセリス=シェールとしての決意があった。(戦う? いいえ、違うわ。私は止めたいだけ)
セシル=ハービィという化け物を打ち倒したい訳じゃない。
クリスタルを手に入れたいというわけじゃない。
ただ、止めたいと思うだけ。(セシル=ハービィには黒髪は似合わない。そう思うだけ)
「きっと、怖くなんかないわ」
「何故だ!?」
「何故と聞かれても―――」問われて悩む。
上手く言葉が思い浮かばない―――が、ふととある女の顔を思い出した。
振り返る。彼女はこちらを向いていなかった。こちらに背を向けて、未だ倒れたままのカインに向かって何事か叫んでいる。
そう、彼女ならきっとこういうだろうと思いながら。「「―――だって、あれはセシル=ハービィだもの。だったら、なにも恐れる必要はないでしょう?」」
偶然にも。
セリスとローザの言葉が重なって、ローザはきょとんとセリスの方を振り向いた―――