第8章「ファブール城攻防戦」
AA.「恐怖」
main character:ギルバート=クリス=フォン=ミューア
location:ファブール城・謁見の広間

 

「よくわからんが―――」

 と、セリスは呟いた。

「よくわからない事態が発生しているようだな」

 広間の前。
 硬直して闇を見つめているフライヤとリディア、それからモンク僧兵とバロン兵たちを見やり、それから広間に充満している闇を見て、そんな感想を呟く。

 隣で、ローザも頷いて。

「そうね。でも一つだけ解ることがあるわ」
「ほう? お前のような一直線恋狂い娘にも理解できるものがこの世にあるとはな」
「ふふっ。そんなに褒めても何も出ないわよ?」
「・・・褒めてない」

 一気に疲れたように脱力するセリスに、ローザはびしぃっと広間の闇を指さして。

「あそこよ! あそこの中にセシルが居るはずだわ!」
「根拠は!」
「恋する乙女の勘なのよ! それでも不服なら、恋する乙女の直感でも構わないわ!」
「それ、どっちも似たようなもんだし。しかも根拠ゼロ・・・」
「ローザお姉ちゃん!」

 闇に目を奪われていたリディアが、ようやくこちらへ気が付いたらしく、名前を呼ぶ。
 つられてフライヤも振り返った。

「お姉ちゃん・・・今まで、何処に行ってたの・・・?」
「セシルを探してたのよ。でも、今ようやく見つけたっぽいわ!」

 やたらと元気なローザに、リディアは顔をうつむかせて、きゅっと唇を噛む。

「ティナが・・・」
「え? ティナがどうかしたの? ―――そういえば姿が見えないけど・・・?」
「ティナ、おかしくなちゃった。・・・変な人におかしくされちゃった。でも、私を助けてくれて―――」
「おかしくなっちゃったって・・・?」

 困惑するローザの隣で、セリスが「ちっ」と舌打ち。
 それを聞きとがめたローザはセリスを振り返り。

「・・・・・」

 黙って見つめる。
 追求するわけでも無く、ただ見つめられて、セリスは顔をそらす。
 しばらく沈黙が続く。まるで絵に描かれたように動きが止まり、―――だが、やがてセリスは再び舌打ちをすると。

「・・・おそらく、ケフカの仕業だ」
「毛深?」
「ケフカだ。人の名前!」
「ああ、なんかてっきり私は、毛がもさもさっとした魔物のような人を連想してしまったわよ。もう、セリスったら☆」
「・・・構わんからな。―――ケフカというのは私の同僚で・・・アホで間抜けで頭のねじが一本逆回転にはまってるような男だが、天才的な魔道士でもある」
「紙一重という事ね!」

 なんかとっても嬉しそうにローザが叫ぶ。
 思わず吹き出しそうになりながら、セリスは自制。
 これが平時だったなら、思いっきり爆笑していただろう―――が、リディアの泣きそうな表情を見ていると、どうにもそんな気は起きない。

「・・・まあ、そういうことだ。そして、ヤツは元々ティナを支配していた」
「それって・・・!」

 はっとしてローザは顔を青ざめる。
 セリスは黙って頷いた。
 その仕草に、今度は何故かローザは顔を赤らめた。

「つまり、ティナはそのケフカって人にZOKKONラブ! だったってわけ―――」
「ンなわけあるかあああああっ!」

 流石に自制できずにセリスは絶叫。

「ええー。でもでもっ、私の心ってばセシルに支配されてるわよ? だって私はセシルにZOKKONラブって永遠にフォーエバーだものっ!」
「わけわからんわっ! とゆーか、お前っ、自分を基準にして物事を連想するのはやめろッ」

 セリスが怒鳴ると、ローザは頬に両手を当てて、ぽ、と照れたように、

「そんなっ、夫婦でもないのに “お前” 、だなんて」
「・・・うん。なんかセシル=ハーヴィのことを心から尊敬できる気がするな。こんな女と良く付き合ってられるモノだ」
「ああっ、やっぱりセシルと名前が似てるからってセリス、貴女もセシルのことを・・・!」
「違うって何度も何度も何度も言ってるだろーがぁっ! だいたい何だその理由! 名前が似てるから好きになるカップルがどこにいるかー!」
「居ないの? だったら世界初ってことよ? 凄いわね、セリス」
「うがああああああああああっ!」

 絶叫。
 もーやだこんな所。というかこの女。
 さっさと国へ帰ってしまいたいと切に願う。

 と。

「・・・なにを騒いでいるのだ、セリス将軍」

 呆れたような、聞き覚えのある声に振り返れば、そこには見知った顔が血まみれになって歩いてくるところだった。

「レオ将軍―――・・・随分と、良い格好だな」
「相手が相手だったからな」

 全身血まみれ。
 それも全部己の血だ。
 だが、出血の割にはしっかりとした足取りで、レオ=クリストフは広間の前に到達する。

「将軍が以前に言っていたバッツ=クラウザーか」
「ああ。強かった―――だが、敵ではなかった。あれは敵ですら無かったよ、セリス将軍」

 レオ=クリストフはそう呟いて、苦笑。
 普段は笑うことのない、しかめっ面の男だ。苦笑、と言っても僅かに口の端を歪めた程度だった。
 だが、セリスにはその小さな苦笑が、とても寂しいモノに思えた。

「残念だったのか」
「なにがだ」
「そのバッツ=クラウザーが、レオ=クリストフの好敵手たり得なかったことが、だ」

 セリスはレオとバッツの戦いがどういったものかは解らない。
 だが、レオが勝利したのだろうということは解る。
 そして、満身創痍の辛勝でありながら「敵ではない」と言ったということは―――・・・

(レオ=クリストフはバッツ=クラウザーを敵とは認めなかった。それがどういう意味かはわからないが―――)

 それでも、レオ=クリストフが戦うべき敵を一人失ったと言うことは解る。
 そのせいで、少しばかり気落ちしていると言うことも。

 矛盾だな、と思う。
 戦士とは敵を倒すために存在する。
 だが、敵が全ていなくなれば戦士は己の存在意義を無くしてしまう。
 強敵を倒し、己が強くなればなるほどに。
 最強たる戦士は、最強であるが故に戦士としての意味を見失う・・・

(だから、強敵の存在を、出現を願う―――妙な話だ。敵を倒すことが戦士の目的だというのに、敵が産まれるのを望むとは)

 だが、それがガストラ最強と呼ばれたレオ=クリストフの今の状態だ。
 彼は、強敵を求めている。

「バッツ・・・お兄ちゃん・・・?」

 不意に、リディアがこちらを見た。
 ―――セリスは一度だけ彼女に会っていることを思い出した。
 ミストの村だ。
 少女の方は覚えていないだろうが、普通の人間にはありえない緑色の髪。それから、彼女から僅かに感じる幻獣の波動―――

(ミストの娘―――あいつが聞いたら喜ぶな)

 リディアが生きていたと言うことに、セリスはバロンで別れたミストのことを思い返す。
 そういえば、結局あの女はどうしただろうか? あれからバロン兵に捕まったという話も聞かないが―――

「バッツお兄ちゃんがどうしたの!? ねえっ!」

 セリスの手を掴み、リディアが引っ張る。
 その様子に、セリスはレオ=クリストフの方をちらりと見やり。
 レオは嘆息して、言った。

「バッツ=クラウザーは私が倒した」

 リディアが息を呑む。
 嘘・・・と呟いて、愕然とレオを見た。

 フライヤも信じられない思いでレオを見る。
 バッツの戦闘能力は、カイポの村の襲撃、それからホブス山のルビカンテ戦で嫌と言うほど見せつけられた。
 腹の立つ話だが、竜騎士をも凌ぐ瞬発力・跳躍力を見せつけられ、ルビカンテという化け物相手にも後れを取らずに、逆にセシルと一緒に追いつめた。

「あいつが・・・まさか、死―――」

 フライヤは言いかけた台詞を引っ込めた。
 そして、リディアの方を見る。

「嘘・・・だもん。バッツお兄ちゃんは強いもん! リディアを守ってくれるっていったもん! 勝手に、一人で死んじゃったりしないもん!」

 ぼろぼろと涙をこぼし、泣きながらリディアは叫ぶ。

「お兄ちゃんは、リディアを一人にしないもん!」
「リディア!?」

 リディアは泣きながら、今し方レオが歩いてきた通路へ走っていく。
 おそらく、バッツの様子を見に行ったのだろうが。

「くっ・・・」

 フライヤは一瞬だけ逡巡。
 ここで闇の中へと入っていったギルバートを待つか、リディアを追うか―――迷って、ギルバートの命令に従うことにした。リディアを頼む、というその言葉に従い、フライヤはリディアを追って駆けだしていく。

 それを見送り、レオは嘆息。

「やれやれ・・・私はバッツ=クラウザーが死んだとは一言も言っていないぞ?」
「ほう。とどめを刺さなかったのか?」
「とどめを刺そうとしたところで、妙な悪意をこちらの方から感じてな―――気になって急いでやってきた」

 急いで、という割に歩いて来たのは、傷を回復魔法で癒しながら来たせいだった。
 だが、まだ傷は完全にふさがったわけではなく、第一流れ出てしまった血は回復魔法では戻らない。貧血気味で、気を抜くとすぐに目眩を起こしてしまう。

「大丈夫か?」

 そのことを察して、セリスがレオに尋ねる。
 だが、愚問だったと即座に気づいた。
 レオ=クリストフは最強の武人だ。例え大丈夫でなくとも、大丈夫と言い張るだろう。そういう頑固さが、この男にはあった。
 案の定。

「大丈夫だ」

 彼は短く答えた。
 自分の予想通りの答えに、セリスは苦笑して、その笑みを隠すために手で自分の口元を覆った。
 左手で。

(―――左手?)

 不意に気づいた。
 その左手に、先程まで握っていたものが存在しない。

 振り返る。が、そこには誰も居なかった。

「―――静かだとは思っていたんだ!」
「ど、どうした突然。セリス将軍?」

 いきなり叫んだセリスにレオが驚く。
 だが、セリスはそれに構わず、広間の闇の方へと睨付けた。

「あの馬鹿女! いい加減に面倒見切れないわよッ!?」

 少しだけ地を出して叫びながら、セリスは闇の中へと飛び込んだ。
 それをやや呆然と見送り、レオは自分も闇の中に行こうとして―――思い直すと、手近に居たモンク僧兵に声をかけた。
 異常な事態に放心状態だったモンク僧は「ひぇっ」と奇妙な声を上げてレオを振り返る。
 敵ではあるが、今はそんなことはどうでも良い。

「―――何が起きている? 説明できる範囲で良いから最初から話してくれないか?」

 

 

 

 

 ―――ギルバートは城の中に居た。

 ファブールの城ではない。
 懐かしいダムシアンの城だ。

「こ、ここは・・・?」
「ギルバート!」

 白い、大理石でできたの階段の上から愛しい彼女が駆け下りてくる。
 アンナだ。
 ダムシアンで死んだはずの彼女が、生きて、豪奢なドレスに身を包んで階段の上から降りてきた。

「・・・アンナ?」
「ギルバート!」

 彼女はギルバートの名前を繰り返し、彼の元へたどり着くと勢いよく抱きついてきた。

「うわっ!?」

 彼女の勢いを支えきれずに、ギルバートは床に尻餅を着く。
 彼女の顔が間近にある。美しい、ギルバートが愛した健康的な美しさ。

「アンナ・・・」
「ギルバート・・・愛しているわ・・・」

 そっと。
 彼女はキスをねだるように、瞳を閉じて唇を突き出してきた。

「違う・・・」

 そっと。
 乱暴にならないように、ギルバートは彼女の顔を、身体を押しのけた。

「違う・・・違う・・・」
「どうしたの、ギルバート? 私のこと、嫌いになったの?」
「違う―――アンナは、もう死んだんだ・・・それを忘れちゃいけない」
「私は生きているわ、こうして―――」
「違うッ!」

 乱暴に。思いっきり乱暴に、ギルバートは愛しい彼女の身体をはねのけた。

「彼女は死んだ! 僕を庇って! そして、死んでからも僕のことを守ってくれた!」

 泣きながら、ギルバートは絶叫し続けた。

 思い出されるのはカイポの村のことだ。
 魔物に襲われ、諦めていたギルバートを、彼女は救ってくれた。死んでからもなお、ギルバートのことを想い、励ましてくれた。

「そんな彼女が生きてるなんて―――それを信じることは、本当のアンナを裏切るって言うことなんだ!」

 受け入れてしまいたかった。
 嘘でも、罠でも良い。
 彼女が生きているという幻を、受け入れてしまいたかった。

 ―――もしも、カイポの村でのことがなければ、ギルバートは受け入れていただろう。
 だが、ギルバートは目の前の幻を否定した。

「・・・そうね」

 と、アンナは頷いた。冷たい、冷めた表情―――ギルバートが知っているアンナは絶対にそんな表情はしない。

「私は死んでしまったわ。あなたを庇って―――あなたを庇ったせいで! あなたのせいで! あなたに殺されたのよ! わたしは!」

 場面が一転する。
 あの時の情景へと。
 赤い翼の爆撃のせいで城が半壊し、その瓦礫からギルバートを庇って、アンナが死んでしまった時。

 あの時と違うのは、その場に居るのがギルバートと、瓦礫の下敷きになったアンナだけということだった。
 バッツたちの姿はない。

「う・・・ああ・・・・」

 目の前に、アンナが瓦礫の下敷きになっている。
 その光景に、ギルバートは喉の奥を振るわせて、悲鳴が漏れた。

「私は殺されたのよ、ギルバート・・・あなたに」
「私は死にたくなかった。もっと生きていたかった」
「あなたなんか庇わなければ良かった。あなたみたいな人間のくず。弱くて、情けなくて、臆病者なんか助けなければ良かった!」
「私は死んだのに、あなたはなんで生きているの?」

 嘆き、怒り、哀しみ、苦しみ―――様々な表情をしたアンナが、次々にギルバートの目の前に現れる。
 そのどれもが、冷たく、殺意や憎悪、侮蔑をギルバートへと向けていた。

「死になさい。私を哀れと思うなら死んで。私を愛しているのなら―――ほら、私と一緒の場所に来て・・・」
「あなたなんか死んでしまえばいい。死んだって誰も困らないわ。ねえ、ほら、早く―――」

 気が付くと、目の前にナイフがあった。
 瓦礫に挟まったアンナと、自分のほぼ中間に。
 その刃は鋼の銀では無く、闇の黒色だ。

 ギルバートはそのナイフから目をそらした。

「ち、違う・・・アンナはそんなこと、言わない・・・」

 呟くものの、その言葉には力がない。
 考えないようにしていた―――少なくとも、バロンとの戦いが終わるまでは考えないようにしていたアンナへの罪悪感が、ギルバートの中で膨れあがる。

「そうかしら? ねえ、ギルバート。あなたが私の何を知っているというの? 本当にわたしはあなたの思うような人間かしら―――もしかしたら、あなたを偽っていたとは想わない? そう、初めて会ったときのあなたのように」
「あなたは自分の身分を偽っていたわね? ダムシアンの王族ということを隠して、ただの吟遊詩人として。それは、あなたがあなた自身として見て貰いたかったから。ダムシアンの王子ではなく、ただのギルバートとして」
「わたしも同じよ? あなたに嫌われたくなかったから、本当は腹の黒い、いやらしい女だって軽蔑されたくなかったから、あなたを偽っていただけ―――」

 そっと、ギルバートの背後からアンナの一人が首に手を回して抱きついてくる。

「ねえ、ギルバート・・・もう疲れたでしょう? もういいのよ? なにもかも忘れて、何もかも放棄して―――さあ、死んでしまいなさい。私を哀れと思うのなら、私に対して後ろめたいと想うのなら」

 ギルバートはもうなにも考えられなかった。
 ただがむしゃらに、目の前の闇のナイフを握りしめる―――と、それを逆手に持って、自分の胸へと。

「ごめん、アンナ」

 謝罪の言葉を呟き、そのナイフを思いっきり自分の胸へと突き刺そうとした瞬間。

「―――でも、それでもきっと私はあなたに生きていて欲しいと願うのよ」

 自分の首に抱きついているアンナが、耳元で囁いてきた。

「え・・・?」

 ギルバートの動きが止まる。
 ナイフは、胸に触れる寸前だった。
 ギルバートは、自分の背後のアンナを振り返る。

「光・・・?」

 そこにアンナは居なかった。
 ただ、光が見えた。

 

 ―――ギルバート。私はもっと生きていたかった―――死にたくなかった。その思いは、事実。でもね、それ以上にあなたに生きて欲しいと願う・・・

 

 姿は見えない。見えるのはぼんやりとした光の塊だけだ。

 ―――気が付くと、そこはダムシアンではなかった。

 様々な表情をしたアンナたちの姿も見えない。瓦礫に挟まれた彼女の姿も。
 単なる闇の中。
 右も左も上も下も解らない闇の中―――その中で、遠くの方にギルバートを導くように、小さな光の塊がある。

「アンナ・・・!? 本当の、アンナなのかい?」

 ギルバートは光に向かって歩きながら、彼女へ向かって呼びかけた。

 

 ―――ふふっ。言ったでしょう。ギルバート。見えないだろうけど、私はずっとあなたを見守っているって。だから―――・・・

 

 ぽつりと、アンナの声のトーンが一段階低くなった。

 

 ―――浮気なんかしたら、許さないからね?

 

「・・・・・・」

 光にたどり着く寸前、ぴたりとギルバートは歩みを止める。

「・・・こーいう時に言う台詞じゃないだろう・・・?」

 思わず苦笑が漏れた。
 彼女らしいといえば彼女らしい―――ふと、彼女によく似た女性を一人思い出した。

 ローザ=ファレル。

 セシル=ハーヴィを心から愛している女性。
 ギルバートは、ローザとセシルに、アンナと自分の影を投影していた。

(僕たちはこういう結末となってしまった。けれど、彼らは―――)

 ギルバートには一つの願いがあった。想いがあった。
 その為にも、セシル=ハーヴィを失わせるわけにはいかない。
 決意して、ギルバートは光に向かって一歩、踏み出した―――

 

 

 

 

 気が付くと、煌びやかな光に包まれた場所だった。

「ここは・・・クリスタルルーム・・・?」

 自分の城にもある。クリスタルを保管している部屋。
 先程、ギルバートは変貌したセシルに気を取られていたせいで、広間の奥にあったクリスタルルームに気が付いていなかった。

 振り返る。
 と、そこは広間だった。闇は未だに渦を巻いていて、暗かったが、だが先程よりは明るい。
 入り口に目を向ければ、レオ=クリストフの姿が見えた。

 闇に染まった広間の中に目を凝らして見れば、ラモン王たちの姿も見えた。
 皆、一様に倒れ伏している。生きているか死んでいるのか、それすらもわからない。

 だが、そんな闇の中で元気にこちらへと向かってくる者も居た。広間の闇を突っ切って、二人の女性が向かってきている。
 ローザと、それを追うようにしてセリスが闇の中を、こちらへ向かって来ていた。どうやら向こうはこちらを見えないらしく、二人とも恐る恐る、周囲を伺いながらこちらへと向かってきている。
 何故かローザは途中で何度か前方に向かって蹴りを放ち、セリスは剣を抜いて振り回している―――が、やがてギルバートとの所までたどり着くと、ローザはほっと息を吐いて。

「あー・・・ようやく終わったのね。セシルの偽物行進曲」
「・・・偽物行進曲?」

 ローザの呟きに、ギルバートは怪訝そうな顔を見せる。
 と、彼女は「あらギルバート」、と気安く名前を呼んで、頷いた。

「そう。なんか偽物のセシルがたくさん目の前に現れたの。なんかしらないけどバリエーションがいっぱいあって、心臓を貫かれて死んでるセシルとか、他の女の人と結婚して私にアカンベーしてるセシルとか、私を殺そうとしたセシルまで居たわね」
「へ、へー・・・それで、どうしたの?」
「そんなセシル絶対にあり得ないから、全部蹴り飛ばしてみたら消えちゃった」
「・・・そうなんだ」

 ―――あの闇の中は、闇に入った人間が恐怖と思うものを幻として見せるらしい。
 それが例えばギルバートの場合は、アンナに関するモノだったのだろうし、ローザにとってはセシルに関するものなのだろう―――だが、ギルバートの場合は本物のアンナが助けてしまったし、ローザの場合はそもそも幻のセシルなど歯牙にもかけなかったようだった。

(結局、現実を強く思っているのなら、幻など意味を為さない・・・)

 ローザ=ファレルを見ていると心底そう思う。
 或いは、ギルバートが愛したアンナも同じなのかも知れない。

(ただ一つの現実に固執するからこそ、そこまで強くなれる。でも、それは執念めいた強さだ・・・)

 それが、ただしいことなのかどうかは解らない。
 凝り固まった価値観は時として自分と周囲に不幸を招く―――ギルバートが知る物語の中にも、そういった事例は数多くあった。

(―――それでも彼女は、自分の愛を貫くんだろうね。例え、それが不幸を招く要因となっても・・・)

 そんなことを、なんとなく思った。

「―――ようやく、終わりか」

 今度は、セリスがたどり着いた。
 少々、顔色が青冷めているが、瞳に力は見失っていない。
 彼女はどんな恐怖を目の当たりにしたのだろうか。

 ふとそのことに興味を持ったが、流石に聞こうとは思わなかった。

(吟遊詩人としては興味もあるけどね)

「セシル!」

 ローザの声に振り返れば、彼女はクリスタルルームの中央。
 風のクリスタルが安置されている場所を見つめていた。
 そこにセシル=ハーヴィが―――突如として現れた、暗黒剣を手にして、こちらに背を向けているセシルがそこにいた。

(あれが・・・セシル?)

 一瞬、ギルバートにはそれがセシルだと言うことが解らなかった。
 その理由は髪の毛。
 セシルの銀髪は、今やどんな色も吸収して己の色に変えてしまいそうな、深い深い黒の髪へと変わっていたからだ。

 セシルの手前には、カインとゴルベーザ―――敵である二人が居た。
 だが、二人とも膝を床に着いている。随分と疲労しているようにも見える。

「カイン!」

 ローザが呼びかける。
 と、カインは疲労の滲んだ―――いや、疲労と言うよりはもっと別の何か―――表情をこちらへ向けると、チィッ、と舌打ちして、セシルに向き直る。
 セシルはこちらに背を向けていた。
 カインやゴルベーザなど、どうでも良いとでもいう風に無防備に、無造作に背中を向けて、クリスタルと向かい合っている。

「―――こんなモノがあるから・・・」

 低く、小さなはずの呟きは、何故かギルバートの耳まで届いた。
 それは、その囁きを耳にしただけで、心底冷えて来るような、聞く者をぞっとさせてしまう囁きだ。

(・・・恐怖)

 ギルバートは心の中で呟く。
 それは確かに恐怖だった。
 いつものセシルにはない、聞く者に恐怖を与える声。

 例えば、魔物の中には “声” に力を持つ物も居るという。
 声を聞かせただけで魅了したり、或いは混乱させたり、眠らせたり―――それと、同質のものだとギルバートも感じた。
 なぜならギルバートもまた、それらと同じような力を持っていたからだ。
 自分の声と楽器の音色―――それらを組み合わせ、物語を歌うことで観衆を魅了し、喜怒哀楽様々な感情を引き起こさせる。
 それが、今のセシルの場合は “恐怖” だったというだけだ。

(違う・・・あれは、いつものセシルじゃない。さっきのゼムスと名乗ったセシルでもない―――あれは・・・なんだ?)

 疑問をギルバートが抱いている間に、セシルはクリスタルへと一歩近づくと―――

 その手にした剣を、クリスタルに向かって振りかざした。

「こんなものが・・・・・あるからぁあああぁぁっ!」

 セシルはクリスタルに向かって剣を振り下ろそうとする。

「させるかッ!」

 呪縛の霊気

 ゴルベーザが、ヤンの動きを封じたのと同じ、闇の束縛でセシルの身体を縛る。
 剣を振り下ろしかけたところを止められたセシルは、ゴルベーザを振り返ってギロリと睨む。
 その瞳は、すでに赤くはなかった―――が、どんよりとした黒に染まっていた。

「カイン!」
「応ッ」

 ゴルベーザの声に応え、カインがセシルへと突進する。
 セシルはそれをぼんやりと眺め―――

「うおおおおおおおおおおおッ!」

 カインの跳躍しての槍の一撃が、セシルの顔面に向かっていった―――

 

 


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