第8章「ファブール城攻防戦」
Y.「闇の中で」
main character:リディア
location:ファブール城

 

 バルバリシアは退屈だった。
 ラモン王を守るモンク僧兵たちに対して、腕を組んだままふわふわと宙に浮かんで。

「―――遊び相手にもなりやしないわ」

 つまらなそうに呟いて、視線を自分の髪の毛の先に送る。
 長い長い、自慢の金髪の先には余計な物が刺さっていた。
 人だ。
 モンク僧が三人ほど、三房に分かれた、長い、長い長い長い金髪の先に胸や腹部や四肢を貫かれて、バルバリシアと同じように浮かんでいる。

「う・・・うあう・・・・・」
「ぐ・・・ううううううう・・・」

 三人のうち、胸を貫かれたモンクはすでに絶命しているが、残りの二人は生きていた。
 だが、二人をつき刺している髪の毛は、まるで植物の根が地中の養分や水分を吸い上げるように、モンク僧の血を吸い上げて赤く染めている。そろそろ顔が真っ青になって、血の気が無くなってきた。死に至るのも時間の問題だろう。

 周りのモンク僧たちは、貼り付けになって死に向かい行く仲間たちを救おうとはしなかった。
 否、できなかった。
 すでに助けようとして飛び出したモンク僧は何人か居る。だが、その全員が全員、宙に浮いたバルバリシアの足の下で、砂となっている。バルバリシアの指先は、石像化の力を持つ。彼女の指に触れた人間は、じわじわと触れた箇所から石になっていき、最後には完全な石像になってしまう。バルバリシアは、何人かのモンク僧を石像にしたが、そのどれもが気に入らなかったらしく「美しくない」と、全て砕いてしまった。バルバリシアの足下に積もり積もった砂は、粉々に砕かれた石像の成れの果てだった。

 バルバリシアはふ、とカインたちの方へと視線を送る。
 見れば、カインが倒れたセシルに向かって槍を突きつけたところだった。
 それを見て、また退屈そうにバルバリシアはと息する。吐息すると同時に、絶命していたモンク僧を投げ捨て、一番近くに居た一人をまた新しく貫いた。もちろん、急所は貫かずに、即死しないように気を配ってだ。

「う、うわああああああああああっ!」

 新たな獲物の悲痛な声を耳にして、バルバリシアは一瞬だけ表情をほころばせる、がまたすぐに退屈そうに、

「・・・もうすぐカインの方も決着が付きそうだし・・・ああ、最後は本当に退屈に終わるのね?」

 バルバリシアは嘆いてみせる。
 ローザに匹敵する、いや、ローザ以上の絶世の美女だ。文字通りに人間離れした美貌を持つ彼女の嘆いた表情もまた美しく、絵になったが、その場の人間にしてみれば、その美しささえも恐怖の対象になった。

 槍を突きつけられているセシル=ハーヴィを見る。
 普通に見れる。
 一番最初の夜に、バルバリシアは彼に対して恐怖感を感じた。抵抗できないほどの圧倒的な恐怖感。
 それに屈して、バルバリシアはセシル=ハーヴィのダークフォースに滅ぼされるところだった。

 だが、今はそれを感じない。

(あれは・・・一体、なんだったのかしらね)

 疑問に思う。というか、思い込みたかった。
 気のせいだと思い込みたかった。自分の主君であるゴルベーザよりも恐ろしい、ダークフォースの使い手が居るなどとは認めたくなかった。

「さらばだセシル=ハーヴィ。ならば俺は最後までカイン=ハイウィンドで在り続けよう―――!」

 ふとみれば、カインがセシル=ハーヴィに向かってとどめを刺すところだった。

(本当に退屈―――)

 そう、バルバリシアが思えたのは、その瞬間までだった。

 

 

 

 

「なに!?」

 槍を強く突き出そうとした瞬間、カインは愕然とした。
 槍が、動かない。
 セシルの首筋に突きつけられた槍を全力で力を込めて突いても動かない。試しに引いてみる―――と、あっさりと槍は引けた。

「なんだ・・・?」

 セシルを殺すことを無意識に躊躇ってるとでも言うのだろうか。
 カインは愕然としたままセシルを見る。―――そして異変に気が付いた。

「ダーク・・・フォース・・・?」

 セシルの身体に、濃い黒い煙のような “闇” がまとわりついていた。
 何度も見た覚えがある。それがダークフォースであると、カインは確信する。
 カインの槍を受け止めたのも、ダークフォースであるらしかった。

「往生際の悪い・・・!」

 カインは違和感を感じながらも、そう呟いた。
 違和感―――何故、セシルがダークフォースを使えたのなら使わなかったのかと言うことだ。暗黒剣を使わずに、普通の剣を使っていたところを見ると、おそらくなんらかの理由で使えないのだと踏んでいたのだが―――

「終わりだ・・・セシル=ハーヴィ!」
「・・・セシル?」

 不思議そうな声は、セシル自身の口から呟かれた。
 と、槍を握りしめ、セシルに突き刺そうとしたカインが、唐突に吹き飛ぶ。

「ぐっ!?」

 冗談みたいに高く遠く飛び、しかし竜騎士であるカインは反射的に空中で姿勢制御。両足で地面に着地した。

「今のは、ダークフォースか!?」
「きゃああああああああああッ!?」

 悲鳴だ。
 見れば、バルバリシアが青ざめた表情、呆然としている。
 その視線の先では、闇を纏ったセシルが立ち上がろうとしているところだった。

(なんだ・・・この光景、見たことがある・・・)

 カインはそれをすぐに思い出せた。
 ファブールに来た夜の襲撃。セシルのダークフォースを見せつけられて、バルバリシアは同じように恐怖に固まっていた。

 セシルはゆっくりと自分の頭に被っていた、悪魔を象った暗黒の兜を外すと、床に落とした。
 がらんっ、と石と鉄板のぶつかり合う音が広間に響く。

 紅い。

 セシルの青い瞳は、今は紅く光っていた。
 それは、まるで魔性を思わせる瞳―――

「バルバリシアッ!」

 カインが叫ぶ、だが彼女は無反応だった。
 ちっ、と舌打ちしてカインはバルバリシアの元へ駆け寄ると、横へ並ぶ。
 そんな二人をセシルは顎を持ち上げ、見下すように見やる。

 ぞくっ、とした。
 嫌な悪寒が全身を駆けめぐる。戦士としての直感か、カインはそれがどうしようもなくヤバいものだと知覚する。

「誰だ・・・貴様は」

 目の前のそれは、セシルの姿をしていたが、しかしセシルではなかった。
 少なくとも、カイン=ハイウィンドの良く知るセシル=ハーヴィではない。

 カインの言葉に、邪悪な紅い光を瞳に宿したセシルはゆっくりと呟いた。

「ワシの名はゼムス・・・覚えておけ愚民よ。この星と、月の支配者となる名前だ―――」

 

 

 

 

 

「う・・・・ぁあ・・・・・」

 床に叩付けられ、手にした刀も折れ、一瞬前とは逆転してしまった状況に、バッツは痛みを堪えていることしかできなかった。

「ち・・・くしょう・・・ちくしょう・・・なんで、俺は・・・俺は誰も守れない・・・ッ」
「簡単なことだ。貴公が守ろうとした者たちは、誰も貴公に守られることを望んでいない―――むしろ、守られるべきは貴公なのだ」
「認められるか・・・そんな、こと・・・」
「強さ故に、自分の弱さを認めることができない―――それが貴公の弱さだ」

 全身を自分の血で染めて、それでもしっかりとした足取りでレオは倒れたバッツに向かって進む。
 手に提げた剣を持ち上げて、切っ先をバッツの心臓へと向けた。

「バッツ=クラウザー・・・貴公の強さと弱さ、ここで終わらそう!」
「くそ・・・」

(身体が、うごかねえ・・・俺は・・・こんなところで終わるのかよ・・・!)

 身を起こそうと力を込めるが、身体は痛みを訴えるばかりで言うことを聞いてくれない。
 終わりだ―――と、バッツは目を閉じて。

 その時だった。

 バッツとレオ、二人同時に “それ” を感じたのは。

「―――!?」

 レオはバッツに向けていた剣を胸元に引き寄せて身構える。
 だが、なにも起こらない。

「なんだ・・・? 今、なにか悪意の様なものを感じた―――」

 レオが無意識に身体を向けていたのは、城の奥の方だった。
 先程、ギルガメッシュ率いるバロン陸兵団が向かっていった先でもある。

 レオは、その方向を見やり、一瞬だけバッツを見やり、それから再び通路の奥へと身体を向けて。

 剣を、腰の鞘に収めた。

「―――命は預けておく。二度と私の前に姿を見せるな・・・死にたくなければな」

 そう言い捨てて、レオは通路の奥へと駆けだしていく。
 後に残されたのはその場に倒れたまま動かないバッツだけだ。

「ちくしょう・・・ちくしょう・・・ちくしょうぅ・・・・・・・・・」

 バッツはひたすらそう繰り返していたが、やがて意識を失った―――

 

 

 

 

 ファブール城の正門では、ヤンとリックモッドが激闘を繰り広げていた。
 そのあまりにもの激しさに、周囲のモンク僧もバロン兵も戦いの手を止めて、二人の戦いを見守っていた。

 実力伯仲だが、押しているのはヤンの方だった。
 だが、リックモッドの頑丈だったのは腕だけでは無かったらしい。レザーアーマーを貫通する打撃を、幾度も身体に受けているにも拘わらず、リックモッドは未だにダメージを顔に出さない。

 対するヤンも、何度打っても倒れることのないリックモッドという牙城に対し、嫌気を刺すこともなく疲れも見せずに打ち続けている。

 タフなヤツだ。

 互いに互いを思う。
 ヤンにしてみれば、もはや何十発、百発近く打撃をリックモッドに打ち込んでいる。大概の相手は、ヤンの拳のいいのが一発入れば倒れる。もって2、3発。今まででも、10発以上打って倒れなかった相手は居ない。リックモッドという男は人間ではなく、砂が詰まったサンドバッグかなにかでは無いかと思うほどに、手応えの無い相手だった。
 またリックモッドにしてみても、それだけの攻勢を見せて倒せないというのに、ヤンには苛立った様子も見えない。攻めても攻めても攻め抜いても手応えがなければ、精神的に疲労して攻撃がおざなりになる―――その隙を狙っているのだが、どうやらヤン=ファン=ライデンという男は鉄壁の意志を持つ男であるらしかった。

 何度目かの打ち合い、斬り合って、ヤンとリックモッドは間合いを取る。
 互いの顔を睨付ける。どちらもまだ気合い十分だった。

「しつこいヤツだ・・・」

 ヤンが呟く。

「それだけが取り柄でね」

 笑ってリックモッドが返す。
 思わず、ヤンは苦笑した。

「―――だが、そろそろケリを付けたいところだ。セシルを追っていったカイン=ハイウィンドが気になるからな」
「つれないことを言うなよ? まだまだ楽しもうぜ・・・と?」

 唐突に、リックモッドは背後を振り返った。無防備に、ヤンへと背中を向けて。
 ヤンは戸惑った。
 隙だらけだ。普通なら、ここで背後から仕掛けるべきだ、が。

 しかしヤンは動かなかった。

 理由は自分でもよく解らない。
 敵でありながら豪放で気安いリックモッドに親しみを感じてしまったからなのか。
 それともリックモッドが言ったように、もう少しこの戦いを楽しみたかったのか。
 わからないが、ともかくヤンは動かなかった。

「・・・苦戦しているようだな」

 引く声は、リックモッドの向いた身体の向こうから。
 ヤンはリックモッドの肩越しにその姿を見る。黒い、闇の鎧を身に着けた男だ。

「ゴルベーザ殿」

 一応は、赤い翼の軍団長であり、このファブール侵攻の総司令官でもあるゴルベーザに対し、しかしリックモッドは “様” とは呼ばなかった。リックモッドはこの男があまり好きにはなれない。この男が姿を見せる少し前から、バロン王の様子がおかしくなり、戦争が始まった。
 セシル=ハービィはミシディアへの侵攻の後、王に対する反逆罪と言う名目で国外追放。今はファブールの手先となって、敵となって立ちはだかっている。そのセシルの抜けた赤い翼の軍団長を、この男が引き継いだ。それだけでも好きになれる理由はない。

(赤い翼にはセシル=ハービィがよく似合ってる。それ以外の人間は認められねえな)

 というのが、リックモッドの―――いや、他の親セシル派の総意だったろう。

「カインの姿が見えないようだが・・・?」
「カイン竜騎士団長ならば、セシルを追って城の奥へ」
「そうか。ならば、そろそろ終わるかもしれんな」

 くっくっく、とゴルベーザが笑う。
 と、そこへ向かって。

「貴様がゴルベーザか!」

 ヤンが叫ぶ。

「いかにも」

 ゴルベーザが応え、リックモッドの前へと出る。
 ぎり、とヤンは歯を食いしばり、眼前の敵を睨付けた。

「貴様を倒せば決着が付く! 覚悟をッ!」

 ヤンはそのまま真っ向から突進を仕掛ける。
 それは、豪快さでは誰にも負けないリックモッドでさえも「無謀だ!」と呟かせる物だった。
 例えば普段のヤンならば、いきなり突撃を仕掛けたりをしないだろう。だが、やはりリックモッドとの戦いはヤンの心身を疲弊させていた。唐突なゴルベーザの出現によって、緊張の糸がとぎれたと言うこともある。今のヤンの頭の中には「ゴルベーザを殴って倒す』ことしかない。

 ゴルベーザは滑らかな動きで、腰の剣を抜き放とうとして―――

「・・・ぬ?」

 その動きが止まった。そこへヤンの打撃がまともに入る。

 ゴルベーザの兜が吹っ飛び、中から金髪の青年の素顔が現れた。
 それを見てヤンは息を呑む。

「セシル・・・?」

 違うとは解っていたが、それはセシル=ハービィの顔によく似ていた。
 双子ほどには似ては居ないが、まるで兄弟のように似ている。

 だが、そんなヤンの呟きも、ゴルベーザは聞いていなかった。
 なにかに気を取られたまま、虚空を見つめている。

「・・・馬鹿な、そんなことが―――」

 短く呟き、ゴルベーザは歩き出す。
 ヤンを押しのけてその先へと。

「ま、待て!」

 我に返ったヤンが、その進行を阻もうとする―――が、ゴルベーザは振り返ることなく、

「邪魔だ」

 呟き、パチン、と指を鳴らした。

 

 呪縛の霊気

 

 その場のゴルベーザ以外の全員の身体に闇がまとわりつく。
 唐突に、空間から染み出るように現出した黒い闇に、どうすることもなくヤンたちは捕えられる。

「なんだ・・・これは・・・う、動けん!」

 そんなヤンを無視して、ゴルベーザはそのまま奥へと進む。
 その背中を、ヤンは闇に捕えられたまま、見送ることしかできなかった。

「く・・・くそッ! セシル、気をつけろ・・・!」

 ヤンは自らが信仰する神へと、仲間の無事を祈った―――

「・・・・・ところで、だ」

 ふと、ぽつりと声が聞こえた。
 リックモッドの声だ。
 ヤンは首だけを後ろに―――闇が捕えているのは身体だけで、首から上は普通に動く―――振り返る、とリックモッドを初めとするバロン兵たちも捕まっていた。

「どーして、俺たちも捕まってるんだろうかね?」
「・・・・・さあ?」

 困った表情で、ヤンは答えた。

 

 

 

 城の後方を警戒し、バロン軍が城内に侵入した時、他の舞台に合流しようとしていたギルバートたちは、途中で西門を突破してきたギルガメッシュ率いるバロン軍陸兵団と遭遇した。
 フライヤの活躍と、ギルバートの竪琴から奏でる呪曲のお陰で、なんとか堪えていたが、流石に数の差がありすぎる。じわりじわりと戦力を消耗させ、追い込まれ、謁見の広間の前まで押し込まれていた。

「くそっ、この中には王たちが居る。ここを突破されるわけには!」

 謁見の広間の中の様子を、ギルバートは知らない。
 すでに、カイン=ハイウィンドとバルバリシアが攻め込み、クリスタルを発見されたことを知るよしも無かった。

「いい加減に降伏しな! これ以上やったってムダだぜ、ムダ!」

 味方の兵士たちに囲まれ、赤い鎧の軍団長ギルガメッシュが高らかに笑う。
 く、とギルバートは呻いた。

「ムダでもなんでも、諦めるわけには・・・ッ!」

 言いながらも、降伏した方が良いと考える自分が居る。
 すでにモンク僧たちも疲れ果て、フライヤもまた疲労が激しい。このまま続けても、こちらの犠牲を増やすだけだ。

(ここまで、か・・・)

 ギルバートは竪琴を持っていた手から力を抜く。
 と、ギルガメッシュが不意にすっとんきょうな声を上げた。

「お? おいおいおいおい」

 いきなり、自分の兵士たちをかき分けて、前に出る。
 唐突の行動に、皆が唖然とする中で、ギルガメッシュは身構えるモンク僧たちを押しのけて、飛びかかってきたモンク僧を軽くいなして、ギルバートの隣をすり抜けて、謁見の広間の扉の前に立つ。
 いきなりの行動に、殆ど誰もが唖然としていたが、その背中にフライヤが槍を突きつけた。

「なんだ、貴様ぁっ!」

 槍を突きつけながら、ギルガメッシュの不可解な行動に、とまどいを隠せない。
 ギルガメッシュは槍を突きつけられながらも、気にした風もなく、にやりと笑って見せた。

「この中で面白れえことが起こってるんだよ。ほれ」

 ギルガメッシュはそう言って、広間の扉を開け放つ。
 ギルガメッシュの背の二倍ほどはある大きな扉は、きしむ音を立てずにすんなりと開いた。

 その扉の先には―――闇が存在した。

 

 

 

 

 闇の中。
 リディアは漆黒の剣と向かい合っていた。

「最強の暗黒剣・・・?」

 暗黒剣って、確かセシルが使ってる剣だよね、となんとなく思い出す。
 最強って言うのはもっとも強いって事。なによりもだれよりも強いって事。だったら。

「ねえ、剣さん」
『デスブリンガーじゃ!』
「デスブリさん」
『妙に略すな! ・・・まあ、デス子よりかはマシか・・・』

 なにかぶつぶつと呟く暗黒剣に構わず、リディアは言葉を続けた。

「デスブリさんって強いんだよね。ねえ、だったら」
『ほう? 妾の力が必要か? 言っておくが小娘。お主如きでは妾を抜いた瞬間に精神が死ぬぞ』
「大丈夫だよ。セシルだったら絶対に使えるもん。ローザお姉ちゃんが言ってた。セシル=ハービィは史上最強の暗黒騎士だって」
『馬鹿を抜かすな! 史上最強絶対無敵の暗黒騎士はレオンにきまっとろーがッ」
「・・・レオンって誰?」

 リディアの疑問に、デスブリンガーはちっ、と舌打ち。
 ・・・剣に口はないが、わざわざ人間の舌打ちする音を真似て、そのような音を出す。

『今の若い者はレオンハルトの名も知らんのか』
「・・・もしかして、デスブリさんって、おばあさんなの?」
『なんじゃとッ!』
「だってー。 ”今の若いもんは” って、言うの、私の村じゃヒルダおばあさんとか、モーストおじいちゃんとか、お年寄りばっかりだもん。よくお母さんが、そう言われて叱られたの、リディア見たことあるし」
『年についてはノーコメントじゃ。とゆーか、妾は永遠の美少女故に長生きしててもババアなどではない。そこのところをよく覚えとけ。もしも心得違いをするようならば、汝に七日七晩に渡って髪の毛が伸び続ける呪いをかけるぞよ・・・』

 おどろおどろしく言うデスブリンガーに、リディアは「きゃあ」と怖がってみせる。
 怖がる、というよりはどちらかというと面白がっている様子だったが。

「デスブリさんって怖い人なんだね。呪いをかけるのは怖い人だってお母さんが言ってた」
『いや妾は人ではないが』
「そういう人に近づくと根暗が写るから、もしも見かけたら目を合わさないようにしなさいねって」
『お主の母親とやら、一度、ツラを見てみたいもんじゃのう―――というか、ファルケンよ、お主らは娘にどんな教育をしとるのかや?』

 デスブリンガーの声は、リディアに向けられた物ではなかった。
 きょとん、とするリディアに構わず、返ってこない答えに、デスブリンガーはやれやれといった風に言葉を続く、

『それほど変わり果てた己の姿を娘の前に晒すのが嫌か? 娘をここまで守ってきたのはお主だろうに。堂々と姿を現せ!』
『・・・・別に、そういう理由ではない』

 不意に。
 ぼうっと、リディアとデスブリンガーの間に、人影が現れた。
 暗黒の鎧に身を包んだ暗黒騎士。
 セシルではない。セシルよりも幾分か背が高い。リディアははっと息を呑んで、その暗黒騎士を見上げ―――

「おじさん、誰?」

 と、聞いた。
 おじさん、と呼ばれた暗黒騎士は苦笑して、デスブリンガーを振り返る。

『ほら、こういう事だ。俺はこいつが今よりもさらに幼いときに死んだからな。リディアは俺の顔など覚えておらぬよ』
『なるほど。確かに実の娘におじさん呼ばわりはきついじゃろうなあ』

 愉快そうにデスブリンガーが応える。
 そこへ、「あ」とリディアが大きな声を上げた。

「・・・お父・・・さん・・・?」

 自信なさげにリディアが呟く。
 ほう、と暗黒騎士は感嘆の意気を漏らし。

『聞いたかデスブリンガー。やはり親子だな。リディアは俺のことが解るらしい!』
「うん・・・解るよ。だって、お父さん、ずっと一緒にいてくれてたの、リディア知ってるもん」
『目に見えぬ存在に気づいておったというのか―――召喚士として、素晴らしい才能じゃのう』
『なんだ気が付いていたのか。リディアが召喚士の娘だと』
『気づかぬ訳は無かろう、召喚士という種族は―――とりわけ、ミストの召喚士は少しばかり特殊じゃからの』

 暗黒騎士とデスブリンガーの会話に、リディアはよく解らないと言うようにきょとんとしたままだ。
 が、いきなりなにかを思い出したかのように叫んだ。

「お父さん! お願いッ、助けて! ティナを助けて!」

 リディアは叫びながら暗黒騎士にすがりつこうとする―――が、すがりつこうとした身体には触れることが出来ず、リディアはそのまま転んだ。
 転んでも痛くはない。なぜならそこには地面というものが無かったからだ。地面がないのに転ぶというのも妙な話だが、そこはつまり妙な空間と言うことだった。

 暗黒騎士は、困ったように自分の娘を見下ろして。

『すまんな、リディア。俺もさきほどのいきさつは見ていた―――見ていることしかできなかった。ホブス山でのダメージは少しばかり深刻でな、こうして辛うじて存在は出来ているが、力はしばらく取り戻せそうにない。あの少女を救うことは今の俺には不可能だ』
「そんな・・・」
『だから・・・デスブリンガー! かつての主として頼む。リディアに力を貸してくれ』

 暗黒騎士に言われ、デスブリンガーは少し考えるように間を置いて。

『それは、随分と身勝手な頼みじゃな? かつては散々、共に暴れ回りながら、このファブールに妾を強引に封印しおって』
『俺は神の導きを知ったのだ。だからモンク僧となった―――お前を封印したのは、お前自身でも解っているだろうに。もしもまかり間違って、誰かがお前を手に取ってしまえば、大変なこととなる』
『お主がモンク僧などになるから悪いのだ! ファルケン!』
『そういうな。俺だってお前と別れるのは辛かったさ。けれど、モンク僧として生きることを決めた以上は、暗黒剣を持ち歩くわけにはいかないだろう』
『ふんっ・・・まあ、よいわ。だが、貴様の娘とはいえ、そんな幼女がこの妾を扱えるのか?』
『お前を使うのはリディアじゃない。セシル=ハーヴィだ』
『聞かぬ名前じゃの』
『お前が封印されてから産まれたからな』
『そんな若造が、この妾を使いこなすというのかッ!』
『俺がお前を手にしたとき、俺は24の若造だった。セシル=ハーヴィとは5歳も違わんよ―――それに、暗黒騎士としての素養で言うならば俺よりも上だ。お前が自慢げにいつも話していたレオンハルトよりも上かもな』
『・・・言うたな? 面白い―――おい娘。妾の鞘を取れ。だが妾は抜くなよ?』

 唐突に話を振られて、リディアは戸惑いながらも、デスブリンガーの鞘を掴んだ。

『さて、ならば行くとするか』
「え・・・? え?」
『なにを呆けて居る。お主らが先程から言う、セシル=ハーヴィとやらのツラを見に行くのではないか―――おい、小娘』
「リディア、小娘じゃないよ? リディアだよ」
『わかった、小娘のリディア。いいか? セシル=ハービィとやらのことを思い出せ。なんでも良い。どんな顔だったとか体つきは胴とか髪の色とか着ている服とか臭いとか声とか口調とか―――とにかく何かを思い出せ。そうすれば、後はお主の思念をガイドに、セシル=ハーヴィとやらの居場所をトレースする。ファブールの近くにいるのならば、すぐに見つけられるはずだ』
「え、えーと・・・?」

 まだ少し戸惑ったままだが、それでもデスブリンガーにやることを提示されて、リディアは頭の中でセシルのことを考えた。

(セシル、セシルの名前はセシル=ハーヴィっていうのがお名前で、髪の毛は銀色で綺麗で、目の色は青くて、それから真っ黒い剣を持ってて、それから声は大きいけどうるさくなくて、ローザお姉ちゃんのそうしそーあいの恋人で、実はこっそりティナもセシルのことが好きで、でもリディアはセシルよりもバッツお兄ちゃんの方が大好きで、大好きって言えば、リディアはココやブリッド、それからボムボムやトリスも大好きで。トリスとボムボムはお空を飛べて羨ましいなって思って、でもココは鳥さんなのになぜか飛べなくて、それから、それから―――)

 際限なくふくらんでいくリディアの思考。
 すでに殆どセシルとは関係ない方向へと思考が流れているが。
 それでもデスブリンガーにしてみれば、それで十分だったらしい。

『飛ぶぞ』

 と、一言だけ暗黒剣が呟いた瞬間。
 リディアたちの姿は、その場から消えていた―――

 

 


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