第8章「ファブール城攻防戦」
X.「邪心降臨」
main character:セシル=ハーヴィ
location:ファブール城

 

 

 槍が迫る。
 鋭い切っ先が唸りを上げて、空気を切り裂かんばかりに突いてくる。
 セシルの剣の二倍ほどの長さがある槍だ。
 鋭く重い槍の一撃を、身を低くしてやり過ごす。腰をかがめた不完全な体勢から、それでも強引に前へと出ようとして。

「・・・ッ」

 やめる。
 カインが片手で槍を持ち、もう一方の手で腰の剣を抜こうとするのが見えたからだ。
 無理矢理な体勢で、不完全な速度で踏み込んでは、セシルの “居合い斬り” は威力も速度も半減してしまう。カインの抜剣の方が速い。

 がっ!

 踏み込みを留めたその間を置かずに、頭に強い衝撃を受けて、セシルは床の上に倒れた。
 一瞬、視界が真っ白になる。
 滅茶苦茶に混乱しそうになる思考を、意志の力で無理矢理ねじ伏せて、とりあえず次の行動を取る。

「立ち上がれッ!」

 声に出して叫ぶ。同時に、その声に命令されたかのように身体が反応。剣を持っていない方の手で―――倒れても剣を手放さず、また自刃しなかったことは幸いだった―――身体を起こすと、目の前に青い鉄靴。
 それがカインの竜騎士の鎧の足防具だと気づくより速く、セシルは起きあがるのを諦めて横に転がった。一瞬前までセシルの頭があった場所に、カインの石突きが打ち下ろされる。ごっ、と固い者同士がぶつかり合う重い音。石突きの形に、石の床が砕けてめり込む。・・・人間の頭なら十分に砕ける威力だ。

 カインが舌打ちしてセシルに向き直る。
 その時にはすでに、セシルは起きあがっていた―――よく自分でも素早く起きあがれたものだと思う。世界起き上がり選手権とかそういうものがあれば、優勝は無理でも入賞くらいはイケるんじゃないかとセシルは思い。

(って、違う! そんなこと考えてる場合じゃない!)

 冗談から思考を切り替える。
 と、思い出したように頭がくらくらした。側頭部が痛い。
 先程、セシルが地面に倒れる原因となった衝撃は、カインの槍だろう。
 カインが踏み込んでくるのをやめたセシルを見て、とっさに槍を横に振り回したのだ。片手で剣を抜こうとした状態で、片手で槍を振るったからセシルは倒れただけで済んだ。これが両手で、全力で振り回されていたら、兜をつけていても、おそらく二度と起きあがることは出来なかっただろう。

 それにしてもカイン=ハイウィンドは、味方にすれば心強いが、敵にすればこれほど厄介な事もないと思う。
 間合いを取れば、こちらの射程の外から槍を突いてくるし、それをかいくぐって前に出れば腰の剣の餌食になる。槍の直線的に長い武器に対して、こちらは必然的に真っ直ぐ踏み込まなければならない。回り込もうとすれば、カインに槍を引いて、さらに突き出すための時間を与えることとなる。カインの懐に跳び込むには、突き出された槍に沿って、最短距離で突進しなければならない。
 だが、その真っ直ぐの踏み込みは、とても単調な動きだ。カウンターで踏み込んできたこちらに、腰の剣を抜きはなってさらにカウンターを与えることはカインにとって造作もないこと。結局、なんの考えも無しに踏み込んでしまえば、ただの餌食と言うことだ。
 かといって、槍を上回る武器がない限り、間合いを取っていれば一方的に攻撃されるだけ。

(・・・くそ。隙がない)

 舌打ちをして、ふと、腰の剣のことを頭に思い浮かべる。
 今セシルが手にしている剣ではない。腰に刺さったままの、ヒビの入ってしまった暗黒剣シャドーブレイド。
 この剣を振るえるのは一度が限度だ。下手をすればその一度も怪しい。ダークフォースを解放させようとした瞬間、砕け散ってしまうかもしれない。

(けれど、打つ手が無い以上はこの剣にかけるしか―――)

 ない、と解ってはいるが、しかしセシルはその剣を使わないことを選択した。
 理由は相手がカイン=ハイウィンドだからだ。
 このシャドーブレイドほどの物ではないが、カインはセシルの暗黒剣、それからダークフォースの威力を何度も目にしている。カインに向けてダークフォースを放ったことはないが、それでも向こうの手の内はある程度知っているのと同じように、カインもこちらの手の内を理解している。そんな相手に、暗黒剣がまともに通じるとは思えなかった。

 カインは余裕を持った表情で、槍をもてあそんでいる。
 向こう側には明らかな余裕があった。こと、戦闘に関してはセシルがカインに適わないことを知っているからだ。

(剣術の試合では何度か一本を取れたこともある・・・けれど、カイン=ハイウィンドは根っからの武人だ。戦場に出れば鬼神となる・・・)

 カインとは、所属する所は違えど、何度も肩を並べて共に戦ったことがある。
 カイン=ハイウィンドの戦い様を見て、いつもセシルは思っていた―――試合ならばカインには勝てる可能性もあるけれど、死を賭した真剣勝負でカインに勝てる自信は全くないな・・・と。

「どうした、セシル? おとなしく俺たちに従うか!?」
「・・・それはできない」
「ならば死ね」

 冷たく、酷薄に言い放って、カインはもてあそんでいた槍をしっかりと握る。両手で。
 次の瞬間には、カインは踏み込んで槍を突いてきた。

(速いッ!?)

 セシルが出来たことは、首を僅かに傾けることだけだった。
 槍の切っ先がセシルの首を貫く―――いや、かすめた。

(・・・外れたッ!)

 全身の血という血、汗という汗、体液が凍るほどに冷たくなるのを感じながら、セシルは自分の首の皮をかすめていった槍の先、刃の根本の感触に身震いする。
 首を傾けることさえ出来なければ、セシルの首を串刺しになっていたに違いない。

(予想外の動きだ。まさか踏み込んで来るなんて・・・!)

 踏み込まず、こちらの剣が届かない間合いからじわりじわりと追いつめてくるとセシルは読んでいた。
 攻めて来るにしても、竜騎士特有の大跳躍で上から来るか、同じ突進でも槍で牽制して剣を抜いての迫撃かと―――セシルは知らなかったが、それはカインがレオ=クリストフに対して引き分けにまで持ち込んだ戦術でもあった―――考えていた。

 だが、まさか槍ごと身体ごと来るとは想定外だった。
 それでは、槍の威力と速度は増しても、槍の特徴である間合いの長さが無意味となる。
 目を向ければ、目の前にカイン=ハイウィンドの姿。剣を抜けば届く距離だ。

(もらった―――)

 セシルは槍がかすめた首から、血が流れるのにも構わずに、剣を持った手に力を込める
 この距離はセシルの間合いだ。
 カインは両手で槍を掴んでいる。この状態なら、カインが剣を抜くよりも、セシルが剣を振るう方が速い。

(―――!?)

 違和感があった。
 カインの距離だ。
 カインは両手で槍を握り、それを精一杯突き出していた。
 その槍の先端は、セシルの首のほんの少し後ろにある。
 間合いは、セシルの剣が届く間合い―――だというのに、これでは槍が短すぎる。

 違和感を感じながら、セシルは手にした剣をカインに向ける。
 ―――刹那、違和感の正体に気が付いた。
 カインは槍の端の部分を持っているわけではなかった。槍の真ん中辺りを握っている。

(槍を、短く持って―――)

 気が付いた瞬間、カインは槍を動かす。
 槍の持った箇所を支点に、くるりと回転。180度半回転した槍の石突きが、セシルの肩を強打する。

「ぐあっ」

 悲鳴を上げ、思わず剣を取り落とした。
 間髪入れず、カインは僅かに槍を引いて、セシルの胸元を槍の同じ箇所で突いた。

「かはっ!?」

 胸を突かれ、一瞬呼吸が止まり、激痛に意識が混濁した。

 ・・・呼吸が戻り、気を取り直したときにはセシルは床に倒れていた。
 身体が動かない。肩がなにかジンジンと熱く感じるが、痛みが感じられない。どうやら気が付かなかったが、倒れたときに頭を強く打ってしまったらしい。そのせいで、色んな感覚が混乱しているのだろうか。

「終わりだな、セシル」

 そういって、セシルの天井を向いた視界の中から、カインの影がぼんやりと浮かび上がる。
 視力も少し落ちている。親友の顔はよく見えない―――が、首元に槍の切っ先が突きつけられているのははっきりと解った。

「もう一度聞く。屈しろ」

 聞く、と言いながらそれは命令だった。
 良く言っても脅迫だろう。脅迫と命令、言葉としてどちらの方が良いのか解らないが。

「・・・・・・」

 頷くべきだとセシルは判断していた。
 死んでしまえば元も子もない。
 生きていれば、再起の可能性もある。
 だから、嘘でも屈すると言ってしまえば良い。

(僕は、まだ死にたくない・・・!)

 愛しい彼女の姿が思い浮かぶ。
 ローザ=ファレル。
 ようやく、彼女の想いに応えることが―――その覚悟が出来た所なんだ。
 だから死にたくない。死ぬのは嫌だ。

「カイン・・・わかった・・・」
「ほう・・・ゴルベーザに忠誠を誓うというのか?」
「ああ、とってもよく解ったんだ―――そんなことできるわけないってことが、この馬鹿野郎!」

 言い放って、セシルは笑った。
 ヤケクソ気味の笑みだ。

 死にたくないと思う。
 だが、それ以上に自分で在りたいと思う。
 ローザ=ファレルはセシル=ハーヴィを愛してくれている。ならば、自分は最後まで死ぬまでセシル=ハーヴィで在り続けなければならない。

 人は、死ぬと言うことを知らなければならない。

 セシル=ハーヴィという男は、その言葉を胸に、常に自分が正しいと思うことを行ってきたつもりだった。
 そして、彼女はきっと、そんな自分を愛してくれたのだと思う。
 ならば、最後の最後で彼女を裏切る事は出来ない。

「覚えておけよ、カイン=ハイウィンド! 俺はセシルだ。セシル=ハーヴィだ! 最後の最後まで、死ぬ直前までそうと在り続けた! そのことを覚えていろよ、カイン!」
「忘れるわけがない。俺が最初に王であると認めた男だ。絶対に忘れることはないだろう」

 ぐ、とカインの手に力がこもる。

「さらばだセシル=ハーヴィ。ならば俺は最後までカイン=ハイウィンドで在り続けよう―――!」

 カインが槍を突き出した瞬間、セシルは瞳を閉じた。

(ごめん・・・ローザ!)

 愛しい人に、心で謝罪をしながら。

(僕に、もっと、もっと力があれば、こんなことにはならなかったのに―――)

 それが、この世でセシルが思った最後の思考だった―――

 

 

 

 

 

「ぐぅあっ!?」

 レオの肩から血しぶきが舞う。
 バッツの高速の剣技に、レオ=クリストフはなすすべもなく一方的に追いつめられていた。
 全身、鎧の間隙を寸分の狂い無く狙われた、正確なバッツの斬剣に、レオは満身創痍となっていた。鉄色をしたブレストプレートは赤くぬれ、肘の先や指先など、地面に向いた頂点からぽたりぽたりと血が滴り落ちる。

「いい加減に倒れろよ! 意地張ってると、本気で死ぬぜ?」

 半ば心配したような、半ば焦っているかのようなバッツの声がレオに飛ぶ。
 満身斬傷のレオに対し、バッツは無傷だった。少しばかり汗をかいているというくらいか。息一つ乱していない。

「殺せるものならば・・・」

 バッツの言葉に、レオは赤く染まったクリスタルソードを眼前に構える。

「殺してみるが良い! ―――貴公に出来るのならばな!」
「くっ・・・の野郎ッ!」

 レオに向かってバッツが突進する。対してレオはクリスタルの剣を構え、それを迎え撃とうとする。

「―――!」

 レオの眼前で、バッツが急停止した。戸惑いながらも、反射的にレオはバッツに向かって剣を振り下ろし―――

 ―――手応えがないことに即座に気が付く。

「後ろかッ!?」

 バッツの父親譲りの体術。
 無拍子、と呼び称される、あらゆる動作を限りなく小さく少なく速やかに行う秘技。
 その中の一つに “分け身” と呼ばれる、高速移動で相手の目に残像を移し、惑わす技がある。その技で、レオは何度も後ろを取られ、斬り刻まれていた。
 だからこそ、目の前のバッツに手応えがないと気が付いた瞬間に、レオは背後へと剣を振り回す。
 満身創痍とは思えない、力強く素早い反応―――だが。

「なんだと・・・!?」

 背後にバッツは居なかった。
 声は、残像の方から。

「残念、前だよ」
「くッ―――!?」

 慌てて前に向き直る―――その首筋に、バッツの刀が突きつけられた。

(残像では、なかった・・・!)

 舌打ちする。
 手応えがなかったのは残像だからではなかった。
 ただ、当たらなかっただけだ。
 紙一重。剣の切っ先が触れるか触れないか―――そんなギリギリの回避。もしも相手がバッツでなければ、レオはそんな勘違いはしなかっただろう。だが、バッツには分け身という技があると頭に入っていた。だからこそ、手応えを感じなかった瞬間、残像だと勘違いした。

(不覚ッ・・・)

 自分の首に王手をかけたバッツを、レオは苦々しく睨付ける。
 対するバッツは不機嫌そうに顔を歪め、

「そろそろ降参しやがれ。ここまでして負けを認めねえのは無様を通り越して、哀れだぜ」
「・・・強いな、バッツ=クラウザー。・・・私が今までであった戦士の中で最強かもしれぬ・・・貴公の父、ドルガン=クラウザーやソルジャー1stのセフィロスよりも上かもしれんな・・・」
「へえ―――ようやく認めたかよ?」

 にやり、とバッツは笑ったつもりだっただろう。
 だが、レオにはそれは、どこか安堵したような笑みに見えた。
 そんなことを思いつつ―――しかし、レオはバッツの言葉を否定する。

「いいや。だが、敢えて言おう。バッツ=クラウザー・・・貴公は誰よりも強いが、それ故に誰よりも弱い!」
「なんだとッ」

 憤るバッツに、しかしレオは冷笑を浮かべ。
 一歩、踏み出した。

「うわわわっ!?」

 バッツの向けた刀に向かって、首を突き刺すように前に出たレオの行動に、悲鳴を上げたのはバッツだった。
 泡喰った表情で、刀を引っ込める。

「なに考えてんだ! 自殺でもする気かよッ!?」
「・・・何故、刀を引いた?」
「なにい・・・」

 レオの言葉にバッツが鼻白む―――と、一瞬の隙を衝いて、レオがバッツの刀身を剣を手にしていない、開いている方の手で握りしめると、その刀ごとバッツを引き寄せて、額と額を付き合わせるように目を合わせて睨付ける。

「今、貴公が刀を引かず、逆に突いていれば私は死んだだろう・・・」
「あ、当たり前だろ・・・馬鹿言ってるんじゃねえよッ!」
「―――貴公は、言ったな。騎士ならば剣を抜くことの意味を考えろ、と。ならば逆に言わせて貰おう―――」

 レオは転じてバッツの身体を突き飛ばして刀を放る。
 僅かにたたらを踏んで下がるバッツにめがけて怒号を発した。

「騎士を語るならば、騎士が命を賭す意味を考えよ! 戦場に出るならば、戦士として命を奪う意味を思い知れ! バッツ=クラウザー・・・貴公はその強さ故に、騎士が主命のために命を賭ける誇りを穢し、歴史の中に失われてきた幾千億万の戦士たちの死を冒涜したのだ!」
「な、なんだと・・・!?」
「・・・戦いが起これば人が死ぬ。人を殺さずに、人が死なずに、戦いが終わるようならば、そもそも戦争など起こりはしない! バッツ=クラウザー・・・貴公は先程、バロンの兵たちに手加減したと言ったな? 手加減して、命だけは助けたと、そう言うつもりか・・・?」
「そ、そうだ・・・こんな、こんなくだらない戦いなんかで人が死ぬのは間違ってるだろうがッ!」

 レオの声に負けじと、バッツも声を張り上げる。
 だが、レオは首を横に振った。

「くだらない・・・? ああ、確かにくだらない。だが、それでもこの戦争に参加した兵士たちは、皆、命を賭けている。己が死ぬことに対して、己が人を殺すことに対して、命に対して命を代価として支払う事に覚悟をしている―――だが、バッツ=クラウザー・・・貴公にその覚悟があるのか? なければ・・・!」

 ぶんっ、とレオが剣を振るった。
 自分の血で赤く汚れたクリスタルの剣は、しかし赤く彩り紅く光が透過して美しかった。

「バッツ=クラウザー・・・貴公はこの場に立つ資格からして無い! 私が “敵ですらない” と言ったのはそういうことだ!」
「う、うるせぇよッ!」

 バッツはレオに向かって踏み込む。
 何度目かの突進。
 その度に、レオは新しい斬傷を増やしてきた。だが、今度は違った。

 ぎぃぃぃぃんっ!

 水晶の剣と鋼がぶつかり合う。
 バッツの一撃を、レオは真っ向から受け止めていた―――いや、バッツが初めて真っ向から斬りつけたのだ。

「うるせえ・・・うるせえうるせえ! 俺だって、人殺しなんかしたくねえ! 戦争なんてクソくらえだ! だがな、俺は守るって決めたんだ! リディアを、他の皆を、俺は守るって決めたんだ!」
「自惚れだ、それは」
「なにぃ・・・」
「バッツ=クラウザー・・・確かに貴公には力がある。その力があれば、人を守ることが出来る・・・だが、果たして貴公の周囲の人間はそれを望んだのか? 助けて欲しいと、貴公をすがったのか・・・?」
「それは・・・ぐっ!」

 いきなり、合わせていた剣と刀を、レオが強引に押し返した。
 速さでは圧倒的にバッツが上だが、力はレオの方が上だ。

「望まなかったのだろう。おそらく、セシル=ハーヴィなら気づくはずだ・・・貴公の心の弱さに!」
「弱いだと・・・俺はッ、弱くなんかァッ!」
「弱い人間に強者はすがらん! セシル=ハーヴィは強者だ! だが、バッツ=クラウザー・・・貴公はただの弱者に過ぎん!」
「黙れよぉぉぉぉっ!」

 押し返された刀を、バッツは強引に押し返そうとして―――

「!!」

 嫌な予感がバッツの背筋を、悪寒となって駆けめぐる。

(やばい・・・なんか―――)

 慌てて、刀から力を抜いて引こうとするが―――

 ―――それより速く、レオの剣が真っ白に輝く。

「受けるが良い・・・我が必倒の一撃をッ!」

 レオの剣に白い輝きを発したのはエネルギーだった。
 魔力ではない。
 それにバッツは見覚えがあった。

(ダンカンのおっさんが使っていた気と同じ光―――)

 それに気が付いた瞬間、レオの剣の光が爆発したッ。

 ショック

 圧倒的な光の衝撃力に対抗して、バッツは自分の刀を盾にする―――が、その一撃は一度折れた父の形見の刀を、その折れた場所を再び折り、その勢いのままバッツの身体を打ちのめす。
 身体が木の葉のように軽く吹っ飛び、落ちて、床に叩付けられた―――

 

 

 

 

 

(僕に、もっと、もっと力があれば、こんなことにはならなかったのに―――)

 それが、この世でセシルが思った最後の思考―――

 ―――そう、なるはずだった。

 

 力が、欲しいか・・・?

 

 声だ。
 不意に頭に、声が響く。

「・・・え?」

 目を開ける。
 気が付くと、全ては停止していた。
 辺りは暗く。いや、黒く。
 まるで、目の中に墨でも入れられたかのように、周囲の風景は黒く塗りつぶされていた。
 色の失われた、ただ、輪郭だけのある世界。

「なにが・・・?」

 呟く。声は出た。
 ただ、身体は動いていない。口も動いてはいない。けれど、声だけは出た。

(なんだ・・・? なにが起きてる・・・?)

 今度は心だけで呟く。
 それに対して応えが響いてきた。

 

 力が欲しいのだろう・・・? 始祖の闇・・・

 

「しそのやみ・・・?」

 

 あらゆる始まりの、あらゆる存在の祖たる闇。

 かつては唯一の全てであったにもかかわらず、唯一であるが故に孤独に耐えきることの出来なかった哀れな闇―――

 

「なんだ・・・なにを言っている・・・?」

 

 力が欲しいのだろう・・・?

 ならば、ワシが力を与えてやろう。

 その代償に、貴様は―――・・・

 

 ずぶり、と。
 なにかがセシルの中につきこまれた。
 身体は動かない。視線も動かない―――だが、それは腕だと確信する。

「うわ・・・うわあああああ・・・?」

 自分の中が、その “腕” によってかき乱されていく。
  “腕“ は、セシルの中の何かを求めるかのように、貪欲な動きで、セシルの中を探っていく。

「やめろっ、気持ち・・・悪いっ」

 抵抗することも出来ない。
 抵抗のしようがない。
 なにがどうなってるのかさえ理解できないのだから、なにも出来ない。

 やがて―――

 

 みつけたぞ・・・

 

 声が、満足そうな声がセシルの中から聞こえてきた。

「なんだ、お前は・・・?」

 意識が薄れていく。
 そのさなかで、セシルは半ば無意識的にぼんやりと尋ねた。

 

 ワシの名は・・・ゼムス・・・幻の月の支配者―――

 

 律儀にも帰ってきた名前を耳にして、セシルは意識を失った―――

 

 

 

 


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